
戦争と花粉症と背中手術
日々気温は上がって順調に花は開いて春めきました。冷え込んで気分も沈みがちな冬とは大違い。卒業入学就職、転居、引退など人生の節目に桜が印象的に華を添える日本の春、数日後に上の孫も不安と希望に胸膨らませ小学校に上がります。海外の観光客も日本の佳き季節を堪能していただいていることでしょう。
トランプさんは難儀な人、伊蘭を攻めて一気に解決するはずが、思わぬ中東危機を引き起こしてホルムズ海峡封鎖、原油価格は一気に高騰、日本も隣国もオイル・ショック直撃、先は読めぬ不安な世界情勢が続きます。2026年は値上げラッシュが継続して、不況はいっそう進むと予想されます。庶民(=ワシ)は生活自粛して節約するしかない。
閑話休題(それはさておき)3月は花粉症状過去最悪+やや風邪症状にちょっぴり寝込んで、隔日トレーニングルーム鍛錬はほぼ休まず継続できました。いつからできていたのか? 30年ぶりに背中の粉瘤(アテローム)除去を決意、手術は一時間ほど、ほとんど痛みもなく無事切り取ってもらって傷口快復は順調、すぐにシャワーは使えたし、4日後にはフロも再開できました。結果的に隔日鍛錬は一日自粛したのみ。但し、処方された抗アレルギー剤の副作用がきつく、眠くなるというより不快な気分にどんより継続中。なんとかこの季節を乗り切りましょう。
結果的に市立体育へは15回/3月休まず実施出来。なにを差し置いても健康維持は最優先課題と心得ております。微妙な背中、腰の鈍い痛みは消えました。
「生活自粛して節約」と書いたけれど来週土曜には名古屋迄出掛けて大学先輩と呑みます。なんでわざわざ新幹線乗って名古屋で寿司喰わなあかんねん!ま、半世紀を超える付き合い、親しい人々との馬鹿話、生存確認ですよ。(ほぼ同じメンバー、あちこち4年回ほど)アラ古希だから、年々あの世に送り出す人も出現して、もう会いたくても会えない。元気に動けるうちはムリのない範囲に遊びに行こうと考えております。
● 以下、恒例前月の振り返り。花粉症さておき、音楽に集中できる季節がやってきました。
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Mussorgsky 交響詩「はげ山の一夜」/歌劇「ホヴァーンシチナ」第4幕への前奏曲/歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」交響的合成/組曲「展覧会の絵」/Tchaikovsky 2つの小品より第2番「ユモレスク」/ラトガウスの歌詞による6つの歌より「再び、前のように、ただひとり」/Stokowski スラヴの伝統的クリスマス音楽(Ippolitov-Ivanovの素材による)(すべてStokowski編)〜ホセ・セレブリエール/ボーンマス交響楽団(2004年)・・・じつは今更、昨年2025年末のHDDお釈迦事件の余波?ストコフスキーによる「展覧会の絵」自演(1965年)の音源が手許に見当たりません。仕方がないので弟子筋であるJose Serebrier(1938-宇柳具)の新しめの録音を2012年以来再聴いたしました。(・・・その数日後無事ストコフスキー自演音源再入手済)ボーンマス交響楽団は当時マリン・オールソップ時代(2002-2008年)オーケストラも1960年代シルヴェストリ時代の粗々しい記憶とは変わって、セレブリエールの統率はていねいな仕上げ、デーハーな編曲を煽る方向ではない誠実。音質はデフォルメした風情に非ず、残響豊かにバランスを感じさせました。
交響詩「はげ山の一夜」はもともと原曲とはかなり姿が違う(らしい)Rimski-Korsakov版が一般的に知られているけれど、これはそれを下地にカット、オーケストレーションに変更を加えたものとのこと。よりいっそうハデさと仰々しさが加わってラスト「夜明け」の場面の大仰デーハーな打楽器の追加は効果的でした。ちなみに「原典版」では「魔女たちの盛大な夜会」にて終了するから、この平和なラストは存在しないそう。(9:18)
歌劇「ホヴァーンシチナ」第4幕への前奏曲は、悲劇的な結末を予感させて深刻なところ。これもRimski-KorsakovやShostakovichの編曲が一般に知られて、ストコフスキーの編曲がどこをどういじっているのかはかわからない・・・けど、ずしりと重い運命みたいなものはしっかり伝わって重苦しい。(529)
歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」交響的合成は、泥臭い魅惑の馴染みの旋律有名どころ揃えて再編成、荘厳なスケールに仕上げて泥臭く、色彩豊かに重量級、けっこう感動的なドラマに仕上げておりました。(24:20)
「展覧会の絵」は前回拝聴時にはRavel 編に慣れているから、もっと粗野な印象有。旋律受け渡しの楽器担当が不自然、それはまるでWebern編曲の「6声のリチェルカーレ」を連想させて怪しい雰囲気満載。但し、セレブリエールは真摯かつ整ったアンサンブルで、作品本来の価値を(イロモノとしてではなく)正確に表出していると感じます。音質問題も含め、ストコフスキー自演よりこちらのほうが好ましい。1939年の編曲は四管編成、ホルン8本にオルガン迄入って、Ravelを上回る巨大なもの。「テュイルリーの庭」と「リモージュの市場」(それとその前の「プロムナード」)はカットされております。泥臭い露西亜風情な編曲との評価だけれど、セレブリエールはぐっとバランスを感じさせる、けっこうまともな表現でした。
静かな弦に荘厳神妙に始まる「プロムナード(Promenade)」(1:58)弦から異様な金管+多彩な打楽器が暗躍する不気味な「小人(Gnomus)」(2:21)「プロムナード(Promenade)」は静かな木管アンサンブル(1:10)「古城(vecchio castello)」古城の前の吟遊詩人はオーボエの歌(3:39)「ビドロ(牛車/Bydlo)」これはチューバ?ティンパニの追い込み、金管の絶叫に勢いがありました(2:40)「プロムナード(Promenade)」(1:03)「卵の殻をつけた雛の踊り(Ballet of the Chickens in their Shells)」イングリッシュ・ホルンのユーモラスな音色が印象的(1:16)「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ(Samuel Goldenberg and Schmuyle)」ここはRavel版に似て、もうちょっとハデなアクセントの対比(2:40)「カタコンベ(Catacombae)/ 死せる言葉による死者への呼びかけ(Cum mortuis in Lingua mortua)」怪獣出現のような始まり、朗々と雄弁な金管と打楽器の装飾に静かな眠りは難しそう。それを否定するように安らかな「呼び掛け」(3:44)「鶏の足の上に建つ小屋(バーバ・ヤガー/The Hut on Fowls' Legs, "Baba Yaga")」打楽器を伴わぬ金管際立つ始まり、やがて色彩豊かにすべてのパートが参画して不気味な風情は高まります。金管の雄たけびはかつてない野蛮。(2:58)「キーウの大門(The Great Gate of Kiev)」には壮麗なるオルガン参入。ティンパニのクレッシェンドも効果的にチューブラーベルも入りました。壮麗に輝かしい金管+細かい音型の木管がクライマックスを導きます。銅鑼ですかね?これが連打されるといっそう大仰さ増し増し。(5:20)最高。
ファゴット主体にユーモラスに愛らしい「ユモレスク」(2:11)弦が静かに呟いて、ハープも金管も参入してゴージャスに盛り上がる「Again, As Before, Alone」(3:26)「スラヴの伝統的クリスマス音楽」は荘厳に敬虔な弦のアンサンブルから、まるでGabrieliのようなコラールが続きました。(3:13)デーハーに粗野な「展覧会の絵」のあと、佳きクールダウンな選曲はおみごと。■
Berg ヴァイオリン協奏曲(1995年)/室内協奏曲(1996年)〜渡辺玲子(v)/ アンドレア・ルケシーニ(p)/ジュゼッペ・シノーポリ/シュターツカペレ・ドレスデン・・・Giuseppe Sinopoli(1946-2001伊太利亜)は新ウィーン楽派の音楽をまとめてCD8枚分録音しておりました。これは残響豊かに、とっても不思議なウェットな感触の演奏。
ヴァイオリン協奏曲は1936年初演(Louis Krasner/1903-1995烏克蘭→亜米利加)Alban Berg(1885-1935墺太利)のほとんどラスト作品。その高貴な美しき静謐は多くの人々に愛されております。無調性でありながら破壊的な違和感に非ず、しっとり調和を感じさせる美しい旋律連続。「ある天使の思い出に」(Dem Andenken eines Engels)とはマノン・グロピウス18歳に逝去した追悼とのこと。そんな深い哀しみはしっかり伝わります。渡辺玲子さん(1966-東京)のデビュー録音。この作品には情感を排して乾いた表現のイメージ、こちら情感たっぷりに濃い、厚ぼったいオケーストラの響きの渦に、線の細いヴァイオリンの絶叫と慟哭が蠢きます。後半に向け、壮大なる広がりが雄弁でした。ラストはまさに天使が天上に召される風情でした。
第1楽章「Andante-Allegretto」(12:30)第2楽章「Allegro(ma sempre rubato)-Adagio」(16:41)
「Kammerkonzert」は1927年初演(ヘルマン・シェルヘン)。無調だけれどドデカフォニーではないそう(ド・シロウトには理解できない理屈)。独奏ピアノ 独奏ヴァイオリン+13人の管楽器の編成。Andrea Lucchesini(1965-伊太利)はマリア・ティーポのお弟子さんとのこと。ここ最近、この作品に目覚めて拝聴機会は増えました。
第1楽章「Tema scherzoso con variazioni」「シェーンベルクの名から取られたA-D-Es-C-H-B-E-G、ウェーベルンから取られたA-E-B-E、ベルクの名によるA-B-A-B-E-Gの3つの動機が提示」(Wikiより)晦渋さの欠片も感じさせず、甘くしっとりとしたピアノは、妖しく味のあるウェットな管楽器と絡み合ってリズム感は明晰。(8:25)
第2楽章「Adagio」渡辺玲子さん登場。けっこう大柄な管楽器群と緻密に絡み合って、浮き立たぬしっとりとしたヴァイオリン。無機的なゲンダイオンガク風情に非ず、しっかり情感は高まり揺れる緩徐楽章。(14:38)
第3楽章「Rondo ritmico con introduzioni」ここは激しく激昂するピアノから始まって、ヴァイオリンは例の動機に呼応して、やはり線が少々細いと感じます。ド・シロウトには自在な混沌に響くけれど、きっと高尚な音楽理論があるのでしょう。不快なる晦渋に非ず、シノーポリの統率は一貫してウェットな情感とアジアがあって、たっぷりノーミソへの刺激をいただきました。(11:05)■
Bach 管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV1067/管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068(1978年)/オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調 BWV1060a(1984年)〜トレヴァー・ピノック/イングリッシュ・コンサート/スティーヴン・プレストン(fl)/サイモン・スタンデイジ(v)/デイヴィッド・ライヒェンバーグ(ob)・・・管弦楽組曲は旧録音。2010年来の再聴。写真はとっくに処分したCD、当時は懐かしい名曲全集もの中古放出CDを安く入手して、大切に聴いておりました。(GCP-1012)これは衝撃の逆カルチャーショック!・・・という表現が正しいのか?作品との出会いはロリン・マゼール/ベルリン放送交響楽団(1965年)2025年末、十数年ぶりに音源を待望の再入手、感激も新たに再聴コメントは・・・数か月経っても終わらない、あまりにゴージャスな響きご馳走喰い過ぎ風演奏は胃にもたれ、4曲続けて聴けない。立派な分厚い演奏に嘆息して、時に立ち止まって前に進めない・・・かつて古楽器演奏に衝撃を受けたTrevor Pinnock(1946-英国)旧録音を聴きだしたら、納得の軽妙なリズム、古雅に颯爽とカッコよいサウンド、自分はもうこちらの世界にすっかり馴染んでしまって抜け出せないことを自覚いたしました。快速だけど、こちらが標準として身体に染みついている・・・
1978年はディジタル録音定着前、ぼちぼち50年前だけど古楽器の演奏技術は成熟して、音質も現役。小編成に爽やかにヴィヴィッドな演奏が繰り広げられております。
第2番ロ短調 BWV1067は、ほの暗い旋律が魅惑のフルート協奏曲。Stephen Preston(1945-英国)はイングリッシュ・コンサートの創立者の一人(調べてみたら振付師としても著名なんだそう)ノン・ヴィヴラートに骨太の音色が力強いもの。冒頭フランス風序曲とは「緩急緩」のはず、初めてこれを聴いた疑問は「楽譜はどうなっているのか、どう読めるのか」。
「Overture」「緩」の部分はスウィングする付点のリズムに快速、「急」の部分はむしろ落ち着いて、再びの「緩」との対比はあまりない。小編成に素朴に躍動する魅惑の始まり。(6:11)
「Rondeau」記憶にあるマゼールは異様な快速、こちらしっとりゆったり、楚々と哀しく歌うフルート。(1:58)
「Sarabande」こちらもゆったりと落ち着いたテンポにしみじみ。(2:54) 「Bourree I-II-I」力みのない躍動に過激さとは縁遠い、イン・テンポに軽快なリズム。けっこうノリノリでした。(1:57)
「Polonaise - Double - Polonaise」ここも快くスウィングして慌てぬ風情。 Doubleのフルート・ソロは哀愁に充ちて朗々と歌います。(3:41)
「Menuet」ここも親密にしっとり、慌てぬ表現。(1:31)
「Badinerie」フルートの妙技を披露するフィナーレも、快速テンポに非ず、中庸に落ち着いた風情が続きました。(1:38)
第3番ニ長調 BWV1068はtp-3/ob-2/tim+弦+通奏低音の編成。見上げるように立派な風情の作品に間違いないけれど、こちら親密な風情が漂います。
「Overture」ここは壮麗なるフランス風序曲。これは前曲同様スウィングするリズム感に大柄と重量感を強調しない始まり。ティンパニと素朴なトランペットが効果的に、軽快な躍動際立つ演奏でした。緩急緩のテンポ感はイメージ通り。「急」部分のヴァイオリンはソロ、新鮮に旋律は浮き立ちます。マゼール盤に際立っていたオーボエの存在が薄い。(6:05)
「Air」は有名な「G線上のアリア」。昔名曲盤に入って馴染んでいた低弦のピチカートはどこに行ったのでしょう。主旋律はヴァイオリン・ソロ、装飾音も入ってしみじみ美しく、神々しく感銘深いところ。(4:50)
「Gavotte I-II-I」粗野なティンパニに支えられて、柔らかいトランペットが歌う元気なところ。ここも素朴躍動が響きました。(3:19)
「Bourree」快速にヴィヴィッド。(1:12)そしてアタッカで
「Gigue」壮麗なフィナーレに突入。あまり慌てず、力まず、爽やかに全曲を閉じました。(2:57)
オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調 BWV1060aは別なアルバムからだけど、昔所有していた名曲寄せ集めCDも懐かしく、続けて拝聴いたしました。Bachの協奏曲中、これがお気に入りベストを争う緊張感溢れる名曲。ソロ掛け合いの色彩の違いもたっぷり堪能できました。David Reichenberg(1950-1987亜米利加)はこの録音のすぐ後、若くして亡くなっていたとは知りませんでした。更に古楽器演奏の熟成は進んで、味わいのある響きのまま洗練されたサウンドはほとんどモダーン楽器との違和感を覚えさせぬもの。「Allegro」(5:07)「Adagio」(5:05)「Allegro molto」(3:30)■
Bartok ピアノ協奏曲第2番/ラプソディ 作品1〜ゾルタン・コチシュ(p)/イヴァン・フィッシャー/ブダペスト・フェスティヴァル管弦楽団(1985年)・・・Kocsis Zoltan(1952ー2016洪牙利)はさっさと亡くなってしまって残念無念。ピアノ、オーケストラとも洗練された緻密な表現に、泥臭さを強調せぬ知的な演奏でした。ピアノ協奏曲第2番の初演は1933年(作曲者自身)ド・シロウト耳にも超難曲!例の如く、ピアノは野蛮に叩き付けるように打楽器的な活用が強調される名曲。なんとステキな作品でしょうか。偶然だけどBartokのピアノ協奏曲は1960年頃の音源ばかリ聴いて、こちら低音もしっかり、リアルな音質に耳が洗われるようにクリアでした。
第1楽章「Allegro」は弦楽器なしの伴奏、華やかな管楽器と自在に疾走するピアノの対比が際立ちました。オーケストラにはキレを感じさせて打楽器の迫力も効果的、ピアノは壮絶なテクニックを駆使して緻密。(9:17)
第2楽章「Adagio - Piu adagio - Presto」ここは逆に金管楽器なしの始まり。ピアノとティンパニの緊張感漂う静謐、神秘な遣り取りがカッコよい!息詰まるような静謐の後に超絶技巧必須の細かい音型が疾走して、やがて参入する金管の遣り取りも精密緻密な対比も効果的でした。やがて静謐が戻って神秘なティンパニが呟いたり、連打したりピアノと渡り合って、そのまま消えるように終了。(12:59)
第3楽章「Allegro molto」伴奏は全員参加。冒頭どきどきするほどのズシリ!低音が腹の底から響くティンパニや大太鼓に始まって大活躍、ピアノもそれに負けぬ打楽器的な扱いに暴力的。それでもそのタッチには知性を感じさせました。それは華やかに第1楽章金管冒頭旋律と掛け合って疾走しました。(6:04)
Rhapsodyは1904年に作曲したピアノ曲を一年後に管弦楽伴奏を加えたとのこと。短縮版もあるそうです。
「Adagio molto」民族的に泥臭い旋律が大仰に詠嘆して、雄弁な始まり。やがて幻想的なピアノが静かに、そしてラプソディックに呟いて、先のピアノ協奏曲に比べてぐっとメロディアスなスケールでした。(14:05)
「Poco allegretto」剽軽な旋律が躍動して軽快な後半へ。ちょっと型通りと云うかありがちな疾走に盛り上がって、平易にわかりやすい、親しみやすい風情の作品でした。コチシュのピアノは期待通りのキレ味に流麗でした。(9:55)■
Shostakovich 交響曲第9番 変ホ長調/交響曲第5番ニ短調〜アンドリス・ネルソンス/ボストン交響楽団(2015年ライヴ)・・・Andris Nelsons(1978-良都美野)2027年を以てボストン交響楽団より退任が決まったそう。ま、あちこち兼任して忙しい人ですから。2018年に第9番のちょろ聴きメモ有
オーケストラの圧巻の上手さ、語り口の洗練に仰け反りましたこれは直前にラディスラフ・スロヴァーク/スロヴァキア放送交響楽団を聴いて、その対比からの印象だったのですね。低音がしっかり効いて、奥行きのある音質もリアル。
交響曲第9番 変ホ長調は戦後1945年の初演(ムラヴィンスキー)。「前2作とはかけ離れた軽妙洒脱な作品」(Wikiより)とはその通り、「第九」という題名への期待は「見事に肩透かし」との評価だったそう。多種多様な打楽器は駆使されても二管編成がベースの比較的小編成、ユーモラスに平易な風情の作品でした。交響曲全14曲中、これが一番好きかも。
第1楽章「Allegro」軽快に駆け出すような、ちょっと人を小バカにしたように小味な、明るい始まり。弦も管もたっぷり分厚くて打楽器も腹に響く重量級、生真面目にアンサンブルを整えるほどに剽軽さが強調されます。(5:23)
第2楽章「Moderato」例の本音がようわからん!クラリネットの旋律、虚ろと云うか感情が抜け落ちたような管楽器の絡み合いが続きます。弱音でも弦はしっとり深く響いて、心の奥底に哀しみを湛えているよう。(8:08)
第3楽章「Presto」細かい急ぎ足の音型連続、最初はクラリネットですか?ここのアンサンブルの切れ味とパワー、推進力は爽快、無慈悲に俗っぽいトランペットもカッコよく響きました。(2:53)
第4楽章「Largo」ここはフィナーレへの序奏。深刻な金管のファンファーレがわざとらしく、物々しいところ。(3:34)
第5楽章「Allegretto」物悲しくも平易なファゴットの旋律も情感が読みにくい。ユーモラスなのか、困り果てたのか?その旋律は徐々に走り出して、じつに俗っぽいリズムに乗ります。勇壮にカッコ良い結末を望むなら、なんとも妙な味わいに素っ頓狂、分厚い金管が大仰に盛り上がって〜やがてテンポを落として、最初のユーモラスな?旋律がいかにも!風に叫びます。ラストは全力疾走して、素っ気なく終わりました。(6:43)
今でも一番人気?交響曲第5番ニ短調は1937年初演(ムラヴィンスキー)1936年のオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」、初演を断念せざるを得なかった前衛的な交響曲第4番ハ短調など当局からの批判を回避させるための、わかりやすい「苦悩の戦いから勝利へ!」的作品。
Dmitry Shostakovich (1906-1975露西亜)も天才、プロだからどんな作品でも自由自在に仕上げることは可能だったのでしょう。三管編成+多種多様な打楽器+ピアノ、チェレスタ。ハープも入る大掛かりな編成。たしかに平易にカッコよい作品だけど、こどもの頃はこればっかり聴いていて、食傷気味でした。平静な気分に作品を堪能できるようになったのは、ごく最近のことでした。
第1楽章「Moderato」劇的にパワフルな始まりはゆったり目のテンポ。前のめりにならず、落ち着いた風情に洗練され激情とか熱狂とは無縁でした。オーケストラの余裕の技量に支えられた美しい始まり。(16:35)
第2楽章「Allegretto」ユーモラスなスケルツォも噛み締めるように、リズムを明晰に刻んで、賑やかな爆発や力みを伴わない。ボストン交響楽団の金管の厚み、ヴァイオリン・ソロ、フルートとの掛け合いも絶妙にクールな風情でした。(5:36)
第3楽章「Largo」金管は登場せず、弦楽器群が8部に分かれて歌うフクザツな変奏曲。弱音が続いても、その深みやテンションはまったく落ちぬボストン交響楽団の実力を見せつけました。そして壮絶な哀切極まるクライマックスを迎えました。(15:25)
第4楽章「Allegro non troppo」風雲急を告げる、快速なフィナーレに勢いを感じさ、そのアンサンブルは緻密。熱狂の疾走や爆発には至らぬ適度なバランス、爽快なるしみじみとした力感。ボストン交響楽団のパワーは余裕でしょう。(12:27/大喝采有)■
Mahler 交響曲第5番 嬰ハ短調〜クラウディオ・アバド/シカゴ交響楽団(1980年)・・・Claudio Abbado(1933-2014伊太利)の旧録音。かつて名曲全集中古放出激安CDを愛聴して、シカゴ交響楽団の迫力を絶賛しておりましたっけ。1904年初演。四管編成による巨大なる作品、現代管弦楽の精華、コンサートでの人気演目でしょう。
”・・・インパクトが大きい〜まるでスピーカーから疾風が吹き出すような!・・・有名なる「アダージエット」がとても清廉で、他にはない味わい”同じオーケストラ、その前ににジョージ・ショルティが録音して(1970年)駅売海賊盤を熱心に聴いていたものです。記憶ではそのむき出しのパワーを敬遠して、もう10年ほど聴いていない?(正直再聴するのはは少々不安です)
”威圧感サウンドが強圧として鳴り響かない。金管の切れ味鋭い個性そのまま、弦だって無機的に響かない。現代機能の精華を見せつけられるようなオーケストラに酔いしれ・・・歌心に溢れ爽快そのもの”
久々に聴いたけれど、音質極上。その感銘は寸分も違(たが)わない。これはこの作品のヴェリ・ベスト。
第1楽章「葬送行進曲 In gemessenem Schritt. Streng. Wie ein Kondukt.(正確な速さで。厳粛に。葬列のように)」もうほとんど伝説のAdolph Herseth(1921-2013亜米利加)のトランペット・ソロから始まって、シカゴ交響楽団の圧巻の金管が明朗に、正確に炸裂乱舞して爽快!それはムリムリ強面の威圧感として響かぬのが、当時47歳のアバドの個性なのでしょう。(15:23)
第2楽章「Sturmisch bewegt. Mit grosster Vehemenz. (嵐のような荒々しい動きをもって。最大の激烈さをもって)」楽譜指示通りの「最大の激烈」は余裕、冒頭から金管が明朗に、正確に炸裂乱舞して爽快!状態継続中。ヒステリックに乱暴な熱血に非ず、重量感やうねりも一歩引いてクール、リズムの切れ味最高。テンポの揺れにも不自然さを感じさせない。チェロによる哀愁の第2主題も、ウェットな泣きを強調しないバランスの対比感覚に惚れ惚れいたします。(15:10)
第3楽章「スケルツォ Kraftig, nicht zu schnell.(力強く、速すぎずに)」全編活躍する嚠喨(りゅうりょう)たるホルン・ソロはスムース、Dale Clevenger(1940-2022亜米利加)ですか?(終楽章の存在感も凄い)ノンビリと明るい3/4拍子は、きりりと清潔にかっちりとキレがありました。トリオにも節制と優しさ、落ち着きがありました。ラストの追い込みも力んだり煽らない。(17:41)
第4楽章「Adagietto. Sehr langsam(非常に遅く)」練り上げられたシカゴ交響楽団の弦は、きっちりとしたフレージング。官能性を強調せず、あくまで楷書に清潔、ほとんど消えそうな抑制と弱音、止まりそうなデリカシーでした。(12:03)
第5楽章「Rondo-Finale. Allegro giocoso(楽しげに)」遠いホルンから牧歌的なファゴット、木管が呼応する始まり。わくわくするような希望を感じさせて粛々、力みのない余裕のパワーに鳴り響く金管。クライマックスに向けて賑やかに音量が上がっても響きは濁らない、強引にならない。(14:41)(2026年4月1日)
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