2025年末待望のカニ

うっかり風邪ひきな2026年の幕開け


 ことしは60歳代ラストの年。上の孫は小学校へ、婆さんはあと数日で96歳になって足腰弱っても惚けもせず健在でした。年末孫の面倒を見に一日のみ付き合って、そのときウィルスをもらったのか?4−5日潜伏期間があって12月28日(日)年末ラストのトレーニング後に体調を崩しました。咽の不調、盛大なる洟水、ひどい痰の絡みに咳き込んで眠れない、婆さんの風邪薬の残りをいただいたら、副作用?やたらとトイレが近くなって利尿作用か、水分不足から連続両脚とも痙攣に悩まされつつ名古屋旅行は強行して、おいしい魚、酒をいただきました。ほんまはこんなムリしちゃあかんのだけどね。1/4(日)より市立体育館営業開始。過去の経験から、風邪で寝込んだあとに根性入れて筋トレすると、一気に尿酸値が上がって痛風発症する・・・そろりと復帰に向けて動きましょう。

日本人の健康寿命平均は男性が72.57歳、女性が75.45歳。毎日拝見する地域医療と趣味に日々全力で取り組む医師のブログにその情報を拝見いたしました。あくまで平均だから、いちおうの目安なんやけど、その辺りは目処としてして意識しておくことは大切でしょう。残された時間は意外と短いな。女房殿は同い年だから3年は面倒見てくれる可能性はある(かも知れない/甘い)・・・けれど、それも忍びない老老介護。日々意識して食生活、日々の運動鍛錬やノーミソ活性化に精進いたしましょう。身体は大丈夫だけれど、ノーミソがあかん!というは周りに迷惑を掛けることになるし、逆にノーミソ清明でも身体が動かん!というのは自分が苦しい。

どちらもイヤですよ。2019年に亡くなった母みたいに、前日迄現役に生活して突然、寝ているうちに逝く・・・のが望み。テーブルには頼まれた服の直し作業中、炊飯器にはご飯が炊けていたそう。しかも財産使い切って、というのが潔い感じ。

自分は老眼鏡は使っていなくて、小さい文字を読んだり、コンピューターには度数の弱い昔の眼鏡を愛用。昨年2025年久々に新調した「度数の合った」ものだと、近くの文字は相当に苦しい〜間違いなく老眼が進んでおります。耳鳴りは盛大だけれど、おそらくは聴力は未だ大丈夫、イヤホンの大音量使用は10年以上前より耳への負担を考慮して使っておりません。前年ゆる筋トレは180回(隔日)ほぼ皆勤賞だったけれど、ことしもなんとか継続いたしましょう。体育館へは往復4kmなので、それも有効な有酸素運動になっておりました。朝のストレッチと短いYouTubeエアロビクスはちょっと飽きてきたので工夫と変化が必要でしょう。

ことしも元気に規則正しい生活を心掛けて、遊びたいと思います。

前月の最大の事件は第2回HDD(2TB)お釈迦(正確には挙動不審)事件。偶然の巡り合わせだけれど、11-12月辺り多く聴いた音楽はそこに保存したファイルでした。失った音源はとっても残念だけど、それはそれで自分の音楽に対する姿勢を見直す佳き機会となりました。

以下、吉例前月(12月)振り返り。相変わらず音楽に対する集中力は足りない。挙げ句風邪ひきましたし。

Georg Kallweit(1966-独逸) Bach ミサ曲 ロ短調 BWV232〜ゲオルグ・カルヴァイト(コンサートマスター)/ベルリン古楽アカデミー/アンサンブル・ポリハルモニーク(合唱指揮/Alexander Schneider)(2018年ユトレヒト・ライヴ)・・・これはCDに非ず、音質は極上のライヴ音源。最近はネット配信のみという音源も増えているので、その流れかもしれません。Ensemble Polyharmoniqueは基本女声2名男声4名の声楽アンサンブル。ここではもうちょっと人数増強していると思われるけれど、OVPP(One voice per part)に近い、ソロと合唱は兼任しております。Georg Kallweit(1966-独逸)はけっこう有名なのに、詳細情報が意外と探せません。Akademie fur Alte Musik Berlinは過激なリズムを刻む古楽器演奏といったイメージだったけれど、ずいぶんとマイルドにバランスの取れた演奏でした。
先にフリッツ・ヴェルナー(1958年)の穏健、ちょっと豊満な演奏を懐かしく堪能したけれど、こちら60年後、きりりと引き締まった速めのテンポ、ヴィヴィッドに躍動する軽快なリズム感とアクセント、古楽器演奏は素朴に細みななサウンドに技術は洗練され、オブリガート楽器は味わい深い。ソロ歌唱は清潔なバランス、合唱は凛々しく驚くべき集中力。
ミサ曲なのに力強く、生命躍動して思いっきりヴィヴィッドに明るい作品は、冒頭から聴手の心を鷲掴みにして迫りくる敬虔にシアワセな気分に魂揺さぶられる親密なBach、ラスト迄一気呵成に堪能させてくださいました。
「キリエ(Kyrie)」
合唱「主よ、憐れみたまえ」(9:15)「キリストよ、憐れみたまえ」(4:38)合唱「主よ、憐れみたまえ」(3:25)
「グローリア(Gloria)」
「いと高きところには神に栄光あらんことを」「地には善意の人びとに平和あれ」(6:05)「われら主をほめ」(4:06)「主のおおいなる栄光のゆえにわれら主に感謝したてまつる」(2:56)「主なる神、天の王」「世の罪を除きたもう者よ」(8:16)「父の右に坐したもう者よ」(4:01)「汝のみ聖なり」「精霊とともに」(8:49)
「ニカイア信条 (Symbolum Nicenum)」
「われは信ず」「全能の父」(3:53)「唯一の主」(4:06)「肉体をとりたまいし者」(3:10)「十字架につけられたまいし者」(2:38)「よみがえり」(4:08)「聖霊を」(5:05)「唯一の洗礼を信認す」「来世の命を待ち望む」(6:33)
(Sanctus, Hosanna, Benedictus, and Agnus Dei)
「聖なるかな」「オザンナ」(7:42)「ほむべきかな」「オザンナ」(7:05)「神の子羊よ」(5:04)「われらに平安を与えたまえ」(3:10)(別途長い拍手有)

EMI icon 6986672/8枚組 Tchaikovsky ヴァイオリン協奏曲ニ長調(1959年)/Glazunov ヴァイオリン協奏曲イ短調(1957年/以上ウィリアム・スタインバーグ/ピッツバーグ交響楽団)/Prokofiev ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調(ウラデディミール・ゴルシュマン/セントルイス交響楽団/1954年)〜ナタン・ミルシティン(v)・・・Nathan Milstein(1903ー1992/烏克蘭→亜米利加)によるEMI icon 6986672/8CD分は2025年HDD挙動不審事件にファイルを失い、幸い再度入手叶いました。但し、膨大なる新旧録音他あちこち十数年ほど掛けて集めたものは残念、雲散霧消。どうせ集めるだけでちゃんと聴いていないから天罰が下ったのでしょう。日本では同世代のJascha Heifetzas(1901ー1987里都亜尼亜→亜米利加)人気の陰に隠れて人気はいまいちでした。Capitalレーベルというのもイメージ的によろしくなかったかも。
毎度同じことを書いているけれど、この人のヴァイオリンは背筋を凛と伸ばして、端正上品な音色。ハイフェッツの前のめり快速なテクニックも個性的で好きだけれど、こちらしみじみ作品の美しさを堪能せてくださって陶然と聴き惚れてしまいました。それに音質かなり鮮明、伴奏がソロに寄り添って息を合わせて美しい仕上がり、ハイフェッツの場合、あくまでソロ自己主張中心、伴奏は付け足しですから。
たっぷり露西亜風粘着質に魅惑のクサい旋律、Tchaikovskyは1881年初演。さらさらと快速に走り抜けるハイフェッツもよろしかったけれど、こちらしみじみ中庸のテンポにしっとり歌って神経質さ皆無、味わい深い品のある音色と表現、スタインバーグの伴奏とのバランスも絶妙に美しさ際立つ演奏でした。
第1楽章「Allegro moderato」(17:11)「Canzonetta: Andante」(6:28)「Finale: Allegro vivacissimo」(8:48)
Glazunovは1905年初演。かなり以前1949年の旧録音を聴いておりました。これもハイフェッツを思い出せば作品のイメージをがらりと変えるもの。あちらヘンドルの伴奏や音質印象か、もっと情感を廃してバリバリ突き進んで、テクニックを披瀝する乾いた作品〜だったはずが、浪漫の残滓たっぷりに甘美に魅惑の旋律に気付きました。凄い技巧と類推するけれど、ほとんど涼しい顔に旋律を歌って、スタインバーグの伴奏のニュアンスもおみごと。1957年時点で文句なしのステレオ音質でした。
第1楽章「Moderato」(4:03)第2楽章「Andante」(8:53)第3楽章「Allegro」(5:45)続けて演奏されます。
Prokofievは時代下って1923年初演。モノラルだけど音質はさほどに悪くありません。これもかなり前衛的に硬派な作品との記憶でした。もちろん第1楽章から自在にハードな作品に間違いないけれど、弱音のデリケートさ際立って繊細なテクニックが冴え渡って、晦渋さを感じさせない。「Scherzo」の軽快な疾走とテクニックは聴きもの。セントルイス交響楽団もこの辺り、既にみごとをアンサンブルを聴かせてくださいました。終楽章にも哀愁が漂いました。
第1楽章「Andantino」(8:39)第2楽章「Scherzo: Vivacissimo」(3:46)第3楽章「Allegro moderato」(7:21)

DECCA 421 348-2Shostakovich 交響曲第4番ハ短調〜ベルナルト・ハイティンク/ロンドン・フィル(1979年)・・・2021年に拝聴メモ有

クールかつ明晰、乾いて洗練された迫力たっぷりの演奏。オーケストラの技量の高さ、金管も鳴り渡って最高
旧ソヴィエットとは無縁の近現代作品としての完成された表現
こうして再確認すると英DECCAのアナログ録音は最強にクリア。最近聴いてガッカリしたジャナドレア・ノセダ/ロンドン交響楽団(2018年ライヴ)は、音質印象がよろしからぬ影響を与えていたと実感いたします。この時期Bernard Haitink(1929-2021阿蘭陀)は手堅くオーソドックスなだけ(?)の指揮者から、その基本方向のまま巨匠然としたスケールに余裕を加えて、驚きの変貌をしておりました。トラック分けにも配慮有。
ズズ暗い、巨魁に怪しい狂気さえ感じさせる作品は四管編成(フルート4本に+ピッコロ2本)オーボエ4本、クラリネット6本!ファゴット4本、打楽器は12種、チェレスタもハープ2台も加わる巨大な編成の大曲。1936年作曲されたのに初演は1961年(キリル・コンドラシン)という曰く付き作品。かつてその暗さに閉口した苦手作品もすっかりお気に入りとなりました。
第1楽章「Allegretto poco moderato」重苦しい着実な歩みは濃厚濃密な響きに非ず、ロンドン・フィルは素直な明るめの響きに、ものものしい暗鬱さを強調しないクリアに明晰な虚無を感じさせるもの。オーケストラの技量、迫力は充分。(16:20)
「Prest」ここは狂気を感じさせる異様な疾走!でも慌てず一歩引いて冷静、弦の細かいパッセージはみごとなアンサンブル、正確ていねいに熱を上げていく効果は絶大でした。(12:32)
第2楽章「Moderato con moto」途方に暮れたようにとぼとぼと歩みだす緩徐楽章、粛々と不気味なフーガは各パート明快に浮き立つ響き。やがて朗々と広がりを見せてティンパニは強烈なアクセント一撃!やがて雄弁なホルンからボリューム・アップして圧巻の盛り上がり〜魂が抜けたようなラストを迎えました。(9:06)
第3楽章「Largo」ファゴットから始まる葬送行進曲は、ややおちょくったような風情に、シニカルな風情に始まります。重い足取りのまま高揚して激昂して叫んで・・・弱音に沈静化して力を失いつつ・・・緊張感を高めつつ(7:03)
「Allegro」リズム変わって悲痛な弦から疾走、やがて明るくユーモアさえ感じさせるヴィヴィッドな勢いに突進しました。ラストに向けて思わぬ前向きな高揚に、オーケストラには充分厚みがあってヴィヴィッド。そして静謐に収束して消え入るように息を潜めました。(22:35)

Odyssey/LPBrahms ドイツ・レクイエム〜ブルーノ・ワルター/ニューヨーク・フィル/ウェストミンスター合唱団/イルムガルト・ゼーフリート(s)/ジョージ・ロンドン(b)(1954年)・・・ここ最近フルトヴェングラーを契機に、Ein deutsches Requiemに目覚めて、いろいろ続けて聴いております。これは第2回HDD死に掛け事件にBruno Walter(1876-1962独逸)全Columbia音源拝聴不可能に至って、ぼちぼちネットより再入手している中で再発見したもの。一連のニューヨーク・フィルとのモノラル録音には佳きイメージを持っていなかったけれど、まず奥行きのある瑞々しい音質に驚きました。この音源はネットに情報を求めるとなかなか出てこない、ウィーン・フィルとかニューヨーク・フィルのライヴばかり出現して、こちらセッション録音だって忘れ去られるにはもったいない立派な演奏でした。
合唱声楽ソロとも絶好調、George London(1920-1985亜米利加)と云えばボリス・ゴドゥノフの渋く重厚なイメージ、Irmgard Seefried(1919-1988独逸)もMozartやR.Straussのオペラに活躍するしっとり落ち着いた声、ウェストミンスター合唱団にも文句なし。荘厳な感動が押し寄せて、ラスト迄一気呵成に集中できました。
第1曲「Selig sind, die da Leid tragen(幸いなるかな、悲しみを抱くものは)」(8:55)
第2曲「Denn alles Fleisch es ist wie Gras(肉はみな、草のごとく)」(9:46)
第3曲「Herr, lehre doch mich(主よ、知らしめたまえ)」(4:52)
第4曲「Wie lieblich sind deine Wohnungen(いかに愛すべきかな、汝のいますところは、万軍の主よ)」(6:42)
第5曲「Ihr habt nun Traurigkeit (汝らも今は憂いあり)」(10:08)
第6曲「Denn wir haben hie keine bleibende Statt (われらここには、とこしえの地なくして)」(9:36)
第7曲「Selig sind die Toten(幸いなるかな、死人のうち、主にありて死ぬるものは)」(12:25)

(2026年1月1日)

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written by wabisuke hayashi