花よ、咲け!夙川

三重苦


 一ヶ月前、自分のノーテンキさに呆れかえります。いつまでも寒い春。ようやく暖かくなってくるそうな。

 天変地異は自然の猛威だから誰でのせいでもないが、原発事故は人災そのもの。第2次世界大戦中、人命を軽んじて突撃していった悪い組織性癖が繰り返されました。死亡行方不明者計2万人?3万人?正直、ぴんと来ませんね。16年前の神戸の比ではない。あの時、お隣大阪在住で支援の窓口担当をしたけれど、こちらほとんど無傷でしたもの。神戸も悲惨だったが、人口が集中していて(だから被害は大きかったが)範囲は限られておりました。今回は被災範囲が広かったし、人口密度はぐっと低いから支援の手が届きにくい。しかも昼間発生だったからあちこち出掛けて、家族はバラバラになっちゃう。想像を絶する津波がすべてを押し流し〜そして原発事故。絶対に事故は起きないはずじゃなかったか。

 こちら西日本はフツウの生活であり、東日本絡みの商品調達にちょっぴり苦しんだくらい。しかし、放射能風評被害は全世界に広がりつつあるみたいだし、観光客はガタ減りでしょう。自粛ムードで不況は深化するだろうし、そもそも被災地の復興は一朝一夕に成るはずもない〜そして放射能の脅威、電力不足。なにが”オール電化”だよ、”私は必要だと思います”だよ。どんなに頭の良い人が揃っても、組織内での思考停止、情報隠蔽体質、”事故の可能性”を言い出せない空気があったんでしょう。個人の問題ではなく。現実がすべてをぶち破って、多くの国民を苦しめる結果に〜東電はつぶれるだろうが、そのあとどうする?

 1974年に人口減が予測され、40年を経、日本の衰退は徐々に見えてきたところに、一気にとどめ刺すような地震ですもんね。第2次世界大戦後の復興再現なるか、この未曾有の被害の中、新しい人材が育つことを期待しましょう。これが歴史のダイナミックな弁証法なんだな、きっと。”天罰”と某政治家が言って顰蹙を買ったのは、無垢の国民は罰の対象ではありえないということだけれど、安閑としている国民総体(含むワシ)には妙に当たっていたかも。ワタシは16年前の神戸の経験から、かなり物欲を失いました。

 今回の災害からなにを学ぶか、まだまだ時間が掛かりそうです。原爆に続いて、また日本国民は身を以て”放射能の脅威”を世界に語ることになってしまった。自分は原子力の平和利用について、必ずしも全面反対の立場ではないが、”科学技術の日本”の権威は地に墜ちたと感じます。しかし、福島原発事故をクリアして、正しく、見事に面目躍如を果たすことを期待しましょう。

   エラそうなこと書いたが、お仕事ストレスもあって酒ばかり呑んでおります。こんな希有な事件が起こると、職場は浮き足立つもの。震災関連の処理をしつつ、日常業務を粛々とこなすのも、けっこう、それなりにたいへんなんです。”衣食足りて、音楽を識る”というのは、おそらく真実であって、日常の暮らしが成り立たなければ音楽などココロに響くはずもない。自分は贅沢だ。自覚と自戒をしなくては。

 先月のヴェリ・ベスト。という毎月の繰り返しもなんか空しいなぁ。でも、ちょっぴり。

ディミトリ・スグロス(p)にて、Liszt メフィスト・ワルツ第1番(1987年メルボルン・ライヴ)/リゴレット・パラフレーズ(1989年シドニー・オペラ・ハウス・ライヴ)/ピアノ協奏曲第2番イ長調〜マルコ・ミュニヒ/スロヴェニア・フィルハーモニー交響楽団(1987年リュブリャナ・ライヴ)・・・苦手系の作品だけれど、とにかく強烈、正確無比のキレ味を誇るテクニックを堪能すべき壮絶なる演奏であります。精神性とか味わいとか、そんな言葉が空しくなるような強烈インパクト充分。かつての神童ぶり、健在です。

●Sibelius 交響曲第1番ホ短調〜レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィル(1990年)・・・亡くなった年の録音だから、もっと茫洋として達観した風情か・・・と思ったら大間違い。ライヴが基本の音源だから、すっきりクリアなサウンドにはならぬが、すさまじいテンポの揺れ、タメが絶妙に決まって個性的、その説得力抜群。もっと粘着質で暑苦しい表現と想像したが、スケール大きな浪漫な表現に、作品個性との違和感はありません。主義主張も徹底すれば、芸術に至るといった典型か。ちょっと驚き。

Mahler 交響曲「大地の歌」〜ジョナサン・ノット/バンベルク交響楽団(バイエルン州立フィル)/クラウス・フローリアン・フォクト(t)/ヴァルトラウト・マイヤー(ms)(2010年7月18日ライヴ)・・・CD出ていないですよね?鮮明なる放送録音(エア・チェック?)には冒頭拍手+アナウンサーの紹介有。恐るべきクール、テンションの低い(?)いえ、力みのない淡々演奏であって、歌い手も端正そのもの。とくにフォクトの冷静沈着な歌いぶりは、ユリウス・パツァーク(1952年ワルター盤)辺りが刷り込みの世代には「・・・ここまで来たか」的、感慨ひとしお。二人の歌い手はいずれWagnerの名手であって、現代のスタイルってこんなんですか?マイヤーも(フォクトほどではないが)似たような”クール路線”、これもカスリーン・フェリアの彫りの深いクセのある声質に馴染んでいると驚かされること、必定。ノットのオケは室内楽のように緻密綿密であって、体温は一貫して低い感じ。楽器編成の大きさを感じさせないもの。一聴、ヘロ演奏に思えるんじゃないか。ワタシは否定いたしません。

Weitblick SSS0109 Mahler 交響曲第6番イ短調〜ジュゼッペ・シノーポリ/シュトゥットガルト放送交響楽団(1985年ライヴ)・・・こうして良質な状態でCD復刻されたことを喜びましょう。かつてFMでエア・チェックし痺れた、というか、初めて第6番の魅力に目覚めた演奏であります。尋常一様ではない緊張感、集中力、揺れ動き、旋律をよく歌わせて、とことん怪しい雰囲気満載。サウンドは洗練され、アンサンブルは緻密であり、オケは鳴り切って、ド迫力。”揺れ”は見事に決まって流れに不自然さはない。金管高らかに鳴り響いて、打楽器の重低音、弦は明るくテンションが高い〜終楽章に焦点を当て、ダメ押しのように興奮が押し寄せます。

ヴェリ・ベスト。断言いたしましょう。フィルハーモニア管弦楽団とのセッション録音と比較しなくては。好対照はバルビローリ盤かな?

(2011年4月1日)


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written by wabisuke hayashi