2006年3月某日
冷えますね。”花冷え”という美しい日本語が存在して、この辺りの先人達が育てた感性は大切にしたいもの。本日、山口へチーム全員連れて現場回り〜そのまま明日行事対応。今朝、無事サイト定例更新。苦しくて、いろいろあった3月ようやく本日で終了です。
箱物で2年程前に大量”オトナ買い”した露西亜系音源「YedangClassics」(韓国製)虫干し、棚卸ししました。未だ、半分聴けていないんじゃないか。その中から、Saint-Sae"ns チェロ協奏曲第1番イ短調〜ロストロポーヴィチ(vc)/ストリャーロフ/ソヴィエット国立放送響楽団(1953年)・・・昔懐かしいコロムビア・ダイヤモンド1000シリーズ以来の馴染みだけれど、これほど音質良好だったとは!それよりなにより「この作品って、こんな名曲だったの?」的躍動に溢れて、26歳のロストロポーヴィチはこの時点で(完璧な技巧だけじゃなく表現として)既に完成されておりました。変幻自在、抜いたところの鼻歌のような歌心も最高ですっ!
今朝、同じシリーズから(お気に入り)リヒテル(p)聴きました。Stravinsky ピアノと管弦弦楽のためのムーヴメンツ(ニコラエフスキ/モスクワ音楽院管弦楽団1984年)/Bartok ピアノ協奏曲第2番(スヴェトラーノフ/ソヴィエット国立交響楽団1967年)/Hindemith 室内音楽第2番 作品36-1(ニコラエフスキ/モスクワ音楽院管弦楽団1978年)・・・恐るべき強靱明快なタッチと、熱烈なアツき情熱に溢れた演奏でして、もしかしてStravinskyは初耳?作品か。かなりハードな作品ですね。Bartokはモノラル収録ながら音質も良好、もともと(彼にしては)わかりやすい明るい作品だったが、リヒテルのピアノで文句なく、どれもわかりやすい音楽に変貌しております。
辛気くさい、といった先入観のあるHindemithだって、もう、これしかないっ!という確信に充ちて、わずか20分弱の手に汗握る緊張が快感であります。リヒテルって”カラダで弾く”系のピアニストですね。
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岡山発→徳山→宇部→新山口→湯田温泉・・・ホテルに入りました。なんか疲れたなぁ、とくになんという仕事でもないけど。移動中、チームメンバーとおしゃべりしたり、音楽聴いたり・・・これから交流会・・・って、いつもいつも交流会ばっかりだ。そんなこんなで3月は終わりです。良い天気になってきました。
2006年3月某日
ちょっとストレス気味で睡眠不調です。途中覚醒、今朝も早朝に起きちゃいました。ま、体調悪くないし、きょうはお休みで昼寝可能だし、気にしないことにしましょう。最近、急速に酒に弱くなっていて、昨夜も「二時間ドラマ」〜未だ犯人の予測も付かないまま途中、起きてられなくて就寝へ・・・残念。
エーリヒ・ラインスドルフは史上初のMozart 交響曲全集(但し、当然旧全集)を録音した人で、ワタシは”2度とCD化されぬであろう”との予測大外れ、音源は最大手「ユニヴァーサルミュージック」へ身売りされ、みごと再発されました。演奏もややガサツだし、録音も少々奥行きに欠けるるから、旧全集としての資料的価値しかないかなぁ。価格的には1990年頃「8枚8,000円」は激安だったですよ。それが十数年を経て値下がり・・・でも、値段なら(驚愕の)アレッサンドロ・アリゴーニ全集があるし、価格/演奏/録音/収録のバランスであればハンス・グラーフ全集が一番でしょ。
先日、職場大掃除で出てきたCDプラケース(データ用簡易版だけれど)を大量にいただいたので、件のラインスドルフ全集をビニール袋から入れ替え〜なかなかわかっていただけないだろうが〜それだけで嬉しく、今朝は交響曲第21-26番(MCA MCAD2-9812B)を聴きました・・・第22-26番はステレオ録音。相変わらずの素っ気なくも粛々淡々とザッハリッヒな演奏だけれど、それでも名曲は名曲!ヴォルフガングはヴォルフガング。楽しいなぁ。
ミケランジェリ・ボックス第2集より、D.Scarlatti ソナタ集5曲(1969年ヘルシンキ・ライヴ)・・・音質、まぁ、それなりか。有名な作品ばかりで、いつもながら音に”芯”を感じさせて、濃厚なる味わい手応え充分有。続くSchumann「ウィーンの謝肉祭の道化」も、彼の十八番(おはこ)ですよね。これも断固たる自信に溢れた説得力が隆々でした。
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「BPOライヴ!」って、ブダペスト・フィルのことだけど、リコ・サッカーニ/ブダペスト・フィルの22枚組(BPO L1021)を通販で購入したのは、昨年2005年11月16日6,645円〜これでも@300だから充分安い・・・と思っていたけれど、YAMACHIKU通販特売で、なんと4,919円!に。ま、仕方がない。トータルすれば「定価3,200円→中古250円」なんていうのもたくさん買っているし、辻褄合っていると思います(言い訳)。閑話休題(それはさておき) ・・・
Schumann 交響曲第2番ハ長調(2001年ライヴ)聴きました。最近、ようやく(苦手)Schumannの交響曲が少しずつ聴けるように・・・なんて、これオーケストラのアンサンブルの集中力というか、ずばりあまり上手くないオーケストラというか、その辺に問題あるかも。リコ・サッカーニという人は、基本明る(陰影に乏しい?)くて、どの作品も同じような表現になってしまう・・・けど、ノリがあるんですよ。だから、聴き進むにつれて(作品によっては)ツボにはまってけっこう楽しい。ま、この作品は相対的に好きですし。
2006年3月某日
先日祝日分の代休であるはずの土曜日も、山口行事で出張入ったし、本来であれば本日お休みいただきたいところ。作業の流れ的にもちょうど良いんだけれど、新体制で落ち着かない状況としては”とにかく席にいなくっちゃ!”状態。実際、細かい諸トラブル連続だし。ま、休めば休んだでなんとかなるもんだし、出れば出たで目が回るような状態でして、休んだもの勝ち!なんだけど、ほんまは。
昨日のMozart 「エジプトの王タモス」のフィル・アップはバレエ音楽「レ・プティ・リアンズ」K.299b/「イドメネオ」からのバレエ音楽K.366〜クリサ/スロヴァーク・シンフォニエッタ(2002年)・・・先のフェルバー録音はVOXレーベルからの借り音源だったが、こちらはBRILLIANTのオリジナルでしょうか。いずれ、素晴らしく整った美しいアンサンブル!とは言えぬが、さすが新しい録音だし、リズム感スリム元気で”今風”ですね。この2曲はLP時代間違いなく所有して聴いておりました。(演奏者失念。PHILIPSのボックスだったが。「レ・プティ・リアンズ」はミュンヒンガー盤もあったかな?記憶曖昧)
若い頃には正直、”小味な作品の粋”は理解できませんでしたね。やがて幾星霜、ヴォルフガングの行進曲とかコンタルダンスなどを愛するようになってみれば、こんな気軽な作品だってなんと愉しい!そんなことを感じたものです。今朝は、同一ボックスのメイン歌劇「イドメネオ」〜シュミット・イッセルシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン/ニコライ・ゲッダ(イダマンテ)、アドルフ・ダルラポッツァ(イリア)、アンネリーゼ・ローテンベルガー(エレクトラ)エッダ・モーザー(イダマンテ)(1971年EMI録音)〜CD一枚目のみ。これこそ、LP時代はコリン・デイヴィス盤を聴いていたけれど、(今以上にもっと)歌劇に馴染みが薄くて、様子はよくわかりませんでした。
まだ、ちょっとだけなのでなんとも言えぬが、序曲は文句なしの立派な響き(録音は、ま、こんなもんでしょう)であって、「オペラ・セーリア」(重厚な雰囲気で規模の大きいシリアスなオペラ・・・ですか?)の雰囲気充分。歌い手はいまいちピン!と来ない・・・かどうかは、もう少し聴き込んでから。
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ちょっと出張の間が空きましたね。机仕事は好みではないが、本日も集中して諸作業こなして、次々と襲いかかる小さなトラブルを粛々と解決しつつ、時間は過ぎ行きます。この曜日はお取引先担当は休みが多くて、ちょっとヒマなんです。昼から休みにしたろうと思ったが、結局いろいろあって定時まで。明日に休みをいただくことに。折しも女房から「ちょっと残業します」とのメールがあったし、「じゃ、これから即職場を出て床屋に行くから、例の焼鳥屋で飲んでます。明日、休み」と返事しました。で、日本酒飲んで、赤ワインもいただいて、女房と合流して、ちょっとぼんやりしてました。
2006年3月某日
今朝、ちょっと早めに起きて、ジョギングならぬ少々速めのウォーキングしてきました。昼から雨らしい。思い出したが、お仕事上でヤバい在庫を発見して、一気にさばかなくっちゃいけない状況を昨日発見・・・(おそらくは)純粋にワタシのミス(かなぁ?)でしょう。ほかのメンバーの中途半端処理残(これも少々重い)も一気に引き受けて、これをクリアしてこそヴェテランの妙味か。昨日、チームメンバーをどやしつけたのは、急な作業依頼がお客からあって、締め切りも明示していたのに、土壇場になって「できるワケないじゃん」と開き直ったから・・・できそうもないなら、何故事前に相談がないのか。しっかり、たっぷり休み取った挙げ句、昨日トラブル対応で半日つぶれたのは知っているが、それを言い訳にする年齢(とし=41歳)かよ。
・・・きょうは書類資料作成(自分で決めた)午前中締め切り、合間を縫って(先の)トラブル処理意欲的に展開・・・昼から、地元取引先と商談。集中力とテンション必要です。すっかりトスカニーニ付いちゃって、昨夜はTchaikovsky 交響曲第6番ロ短調「悲愴」〜NBC交響楽団(1947年)・・・どこから失敬してきた音源かは知らぬが、人工的な音の広がり付加があって、それ故の少々金属的サウンドながら、ま、聴きやすい音質ではあります。
ワタシはこの作品を元来苦手にしており、それでも最近楽しんで聴く機会も多い〜リファレンス(参照の基本)はオーマンディ(←うわっ!書き直さないと)であります。(1968年RCA盤もよろしい)ようはするに、あまりウェット方面に振らないでいただきたい・・・トスカニーニの一切ムダを削ぎ落としたような、集中力とテンションこそ快感であります。
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懸案の在庫処分は一気に終えたが、朝一番で(自分主催の)打ち合わせがあったことを失念〜あわてて実施。資料作りするヒマなく、昼休みもつぶして頑張るが完成せず、中途のままそれを持参して地元取引先へ。たっぷり二人分(新人同行)商談して・・・ツカれ果てました。いろいろとまわりの相談に乗ったり、ま、充実した、成果もあった一日だったんじゃないか。やはり、酒席の翌日はややカラダ重いか。朝から頑張り過ぎたか。
朝、Tchaikovsky 交響曲第6番ロ短調「悲愴」〜オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団(1960年。久々第1楽章のみ)聴きました。バランス感覚に溢れた”極上のフツウ感覚”演奏であって、12歳のワタシは適切な(この作品との)出会いをしたと確信。ま、後にムラヴィンスキーに出会ったり、昨日のトスカニーニでもそうだけれど、極度の集中力と緊張感を強いられる演奏と比べると、若き日には物足りなさを感じたものです。
それが、やがて数多くの音楽との出会いで、こんな当たり前風演奏も好ましく感じてくる・・・帰宅後、Mozart 英雄劇「エジプトの王タモス」のための合唱と幕間音楽K.345/336a〜イエルク・フェルバー/ヴュルテンベルク室内合唱団/管弦楽団(VOX原盤録音年不明)・・・これは初耳か?それともLP時代「Mozart 全集」(2巻分20枚のみ所有していた)に含まれていたか?冒頭(及び途中)の合唱が少々ヒステリックぽいが、そのあとの管弦楽作品は極上の楽しさ続き、アンサンブルもそれなりの充実を見せて聴き応え有。
どんな筋かは与り知らぬが、男声・女声ソロの絡み合いも立派な、もっと聴かれても良い立派な作品です。(ラスト辺り、アーベルのバスは「ドン・ジョヴァンニ」を彷彿とさせる)”Mozart に駄作なし”。間違いない。でもこの演奏、少々リズムが緩いかな?
2006年3月某日
どんよりとした天候は、まるで自分の心象風景か。ま、今週も精一杯やりましょうわい。桜満開の週のはず。一ヶ月間が長く感じて、どーしょーもなし。
昨夜、Elgar「エニグマ変奏曲」〜トスカニーニ/BBC交響楽団(1935年ロンドン・クイーンズ・ホール・ライヴ)・・・これには驚きました。穏健派粛々タイプ指揮者のための作品か?と思ってきてきたけど、テンション高く、速めのテンポで朗々のびのびと歌っちゃう!明るく前向き、希望に溢れた熱血演奏に聴衆も大感激!って、深夜、日本の地方都市のマンションの一室中、しかも70年後だっせ。手に汗握って、時空飛び越えて、聴き手は気持ちをひとつに拍手をしたものです。
今朝、Brahms 交響曲第3番ヘ長調〜クーセヴィツキー/ボストン交響楽団(1945年)彼が71歳の録音か。独墺系ばかりだったアメリカの演奏会レパートリーを仏蘭西・露西亜系に広げ、現代に生き残る新しい作品の依嘱を行った功績有。しかし、彼の演奏スタイルはモダーンで現代に通じるものが多いためか、往年の巨匠中では(逆に)あまり注目されないことが多いと思います。ここでのBrahms も、速めのテンポで颯爽とスタイリッシュ、洗練された味わいあるもの。ワタシはとても楽しみました。著名なる第3楽章は、ずいぶんと甘さ控えめか。
では、出勤してきます。今週は宿題少ないと思います。ていねいにお仕事こなしましょう。
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本日は「歓迎会」。精神衛生上、スケジュール手帳は職場に置いていったので、出勤して気付きました。お仕事は諄々と進めて、チーム・メンバーをどやしつけ、地元お取引先に同行し、隣県の取引先に相談事の悩みを(ケータイで)受け・・・ま、こんなもんでしょう。夜、職場の歓迎会で前・上司と隣り合わせになり、件の誹謗中傷問題など、もっと大きな視野で話題になっていて、現・上司が遅れて隣になって、やはり既に自分の個人的問題(んなもの最初からなかったが)ではなく、そんな発言者を出した組織そのものの問題となっていたことに安堵しました。ま、あとは尻拭いていねいにしましょうね。これがサラリーマンだ。
むしろ、自分のチーム・メンバーの問題の深さに、少々褌を締める思い有。
珍しく(短い)出勤時間にポータブルCDプレーヤー持参で、音楽聴きました。トスカニーニ連続で、Mussorgsky「展覧会の絵」〜NBC交響楽団(1938年ライヴ)・・・いつもながらのオン・マイクな奥行きのない、平面的な残響皆無な音質だけれど、だからからこそ、各パートの凄まじい実力が明確に表出します。野太いトランペット先頭にテンション高い、腕の鳴るような名手の熱演連続します。こんな素晴らしき名曲、クサるほど聴いてきたけど、音質条件乗り越えて圧倒的な説得力に涙が出るくらい!今朝の「エニグマ」といっしょですよ。感極まって、ラストまで到達したら聴衆の喝采と同調しちゃいました。
トスカニーニって、文句なく素晴らしい。
2006年3月某日
昨日「白い巨塔」再放送最終回(少々間が空いた)堪能しました。ワタシは田宮二郎版(映画テレビとも)を見ていないが、テレビ・ドラマ好きのワタシとしては久々心底楽しんだ作品でしたね。”悪役、汚れ役、クセの強い役こそドラマの神髄!”と考えるワタシにとっては、唐沢寿明(どうひっくり返っても田宮二郎には及ばない・・・との評価はあるけれど)、若村麻由美(パッパラパーの財前教授夫人)、高畑淳子(少々浅はかな東教授夫人)、伊武雅刀(鵜飼教授。怪優ですな)、野川由美子(鵜飼教授のいけず奥様)、品川徹(病理の大河内教授ね。孤高のクールさ!)、そして西田敏行(財前又一)のエグい関西人表現・・・江口洋介、黒木瞳、矢田亜希子辺りは、当たり前すぎて、ま、あまりに奇を衒うのもよろしくないのかもね。
我ながら”ヲタク”な趣味だと思うが、「駅売海賊盤」の虫干し棚卸しケース入れ直し・・・けっこうな数量ですなぁ。「虫干し」というのは、文字通り結露で湿っぽかったのと、おお!こんなCDもあったではないか、との感動も新たにしました。「ケース入れ直し」というのは、ビニールケースからの回復、ケースや場所節約のダブル(無理矢理)収納分離(最近、職場大掃除でデータディスク用のケースがたくさん出たため)・・・これが楽しい!
その中からBeethoven ピアノ協奏曲第4番ト長調〜ギーゼキング(p)/ガリエラ/フィルハーモニア管弦楽団(1955年ステレオ!)を久々。う〜む、ワタシの罰当たり嗜好もあってか、新たな感銘や発見をできませんでしたが・・・Mozart 弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調K.428〜ジュリアード弦楽四重奏団(1960年代)・・・さっくりスリム、モダーンな演奏で、聴き慣れた豊満雄弁(誰の演奏だったっけ?)な印象一変の集中力。(但し、優秀録音とのネット検索結果とは違って、少々ぼんやりとした音質でした)以上、駅売海賊盤にて。
Mozart フルート四重奏曲ニ長調K.285〜ランパル(fl)/スターン(v)/アッカルド(va)/ロストロポーヴィチ(vc)(1986年)・・・ランパルは何度この作品を録音しているの?ワタシのこの作品演奏の善し悪しなど判断付きません。無条件幸福。他の演奏を持っていたかな?と棚を探ったら、ルネ・シーバート(fl)(ニューヨーク・フィルの団員ですよね)/ロドニー・フレンド(v)(ロンドン・フィルのコンマスを歴任)/ワルター・トランプラー(va)(往年のドイツ人名手)/ジョージ・ナイクルグ(vc)(録音年不明)のVOXBOX盤(CD3X 3003)出てきました。
ちょっとジミな印象だけど、着実、落ち着いた味わいで最後まで飽きさせませんでした。
Tchaikovsky 弦楽四重奏曲第1番ニ長調〜サンクトペテルブルグ弦楽四重奏団(1993年)・・・これは数年前、2枚組で購入したものだけれど、録音の加減か、金属的な響きがやや気になりました。名曲ですね。「アンダンテ・カンタービレ」にはポルタメントたっぷりの甘美で幻想的な世界を期待・・・すると、ややドライで強靱すぎる印象有。先日聴いたインターナショナル弦楽四重奏団のほうが雰囲気たっぷりか。VOX系の怪しげ音源だけど。
ミケランジェリ・ボックス第2集よりDebussy 前奏曲集第1集(1977年ヴァチカン・ライヴ)・・・第1集12曲だけでCD一枚なんて贅沢だけど、濃厚なる彼の表現ならこれで充分か。あまりに酷い(彼の)録音を聴き続けてきたせいか、オンマイクでデリカシーに欠けるこのライヴはましに思えます。レパートリーは狭い人だけど、やはりDebussyが一番か。ぼんやり曖昧なる雰囲気演奏ではなく、明快な粘着質を感じさせて、まるで黒砂糖を煮詰めたような、神秘的な苦甘さが強烈。Mozart 辺りは、聴いていて少々ツラいですけどね。
2006年3月某日
「<PSE>マークなしでも販売認める 経産省が4月以降も」〜ま、実質上お役所が引き下がったのはめでたいことだけれど、既に商品を投げ売りしたり、廃業や商売の縮小を決めたところはどうなるんでしょう。”(KechiKechi)中古品愛好家”としては、ちょっと胸をなで下ろしたところ。日一日一日と春めいてきました。きょうはノンビリ、休み。朝、7時半〜NHK(BS)”はるか”見てます。主役の彼女、とても可愛い。脇役もエエ味出してます。とくにMEGUMI(たしか岡山出身)が、明るく骨太な大阪女を絶妙に、可愛いらしく演じております。
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行って来ましたエアロビクス〜2週間空いたか。ま、途中ジョギングしたしね。やっぱり、初心者コースとはいえ、プロの指導なので、知らず自分の苦手で避けている動きもきちんと伸ばしたり、縮めたり、翌日あちこち痛いこともない。やはり我流はあきまへんな。
ご近所スポーツクラブ、ちょっとスーパーでお買い物(主に昼食食材)、そしてBOOK・OFFというゴールデン・コース移動中、聴いたのはShostakovich チェロ協奏曲第1番 変ホ長調 作品107〜カルロス・プリエト(vc)/エレラ・デ・ラ・フエンテ/ハラパ交響楽団(録音情報不明のディジタル録音表記)・・・この作品はシニカルと剽軽が同居しているような不思議な味わいがあって、でもやっぱり一歩間違えば辛気臭くなるかも!
って、このラテン系演奏家は、驚くべき明快な表現(少々ノーテンキなほどか)と優秀録音、プリエトもバリバリ系の超絶技巧系でじつに上手い。わかりやすい。むしろ、明るい。第3楽章「カデンツァ」(6分近くに及ぶ)が壮絶なる聴きもの。
さて、音楽しっかり聴いて、楽しんで、サイト用原稿蓄積しないと。
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「伴奏者としてのアンドレ・クリュイタンス」という4枚組(EMI 7243 5 73177 2 6)がありまして、ワタシは5年以上前に購入してた、と記憶しております。でも、ちゃんと聴いていない・・・はず。Tchaikovsky ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調〜アルド・チッコリーニ(p)(パリ音楽院管弦楽団1951年)/SCHUMonn チェロ協奏曲イ短調(コンセール・コロンヌ1951年)/C.Ph.E.Bach チェロ協奏曲第3番イ長調(パリ音楽院管弦楽団1950年)〜アンドレ・ナヴァラ(vc)/Chopin アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ〜アンネ・マリー・ダルレ(p)(パリ音楽院管弦楽団1950年)/R.Strauss ブルレスケ〜マルセル・メイエ(p)(パリ音楽院管弦楽団1943年)・・・これだけ聴きました。
演奏は各々味わいがあって楽しんだけれど、問題は音質か。この時期は既にモノラルとしては、かなりの水準のものも可能だったはずだけれど、どうも埃っぽく、肌理が粗くて、ヒステリックっぽくて、聴きづらい音ですね。ナヴァラのチェロは一種柔らかい叙情性を感じさせて、カザルスとかロストロポーヴィチ辺りに馴染んでいると、その個性が際だちます。Tchaikovskyは作品的に競合が多くて、チッコリーニは少々存在感的に損をしているようだけれど、ダルレ、メイエら往年のフランスの名手は香り立つような、粋な味わい有。
2006年3月某日
まったく不快な、しょうもない中傷とも言うべき事象が(取引先の一部から)持ち上がっていて、オモロくない。東京・本丸でのエラいさん登場の会議の場で、いきなり前後関係も事実関係確認もなしに「発言」が出ちゃうから(悪口軽口・・・自分を大きく見せるつもりだったんだろうが)、上司(異動したばかりで様子が見えない)も「事実確認」せざるを得なくなる。嫌疑が晴れるまで動きにくいこと!ほんま”大殺界”でして、”やる気”を削いじゃうなぁ。
人生、こういった時もありまっせ。負けまへん!昨夜はチーム・メンバーと自棄酒(良くないなぁ・・・)飲んで、今朝二日酔い気味です。しばし、ダイエット中止。本日広島行き中止。机仕事を一気にこなしましょう。明日は休みだから、ちょっと間が空いたけれどスポーツクラブへ。音楽は当然聴いておりません。
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流石、じっくり机仕事ははかどるなぁ、当面の不安(溜めていた課題)はずいぶん消えました。早く嫌疑が晴れると、もっと自由自在に動けるのだけれど。明日明後日とカラダをしっかり動かしましょう。それに音楽もいっぱい聴いちゃう。今朝、無事サイト定例更新。原稿在庫が切れていて、ぎりぎりで回しております。(ここ3年ほど)安定供給(更新)のためには、ダムの貯水率を上げていかないと。
昼休み、人様のブログ拝見していて、Mahler 交響曲第8番 変ホ長調〜エリアフ・インバル/フランフルト放送交響楽団/RIAS室内合唱団/バイエルン放送合唱団/北ドイツ放送合唱団/南ドイツ放送合唱団/西部ドイツ放送合唱団・・・(嗚呼、キリがない!)他(1986年)の録音が素晴らしい・・・旨拝見して、はて、どんなだったか?と帰宅後早速確認。よう知らんが、ワン・ポイントなんとかいう特殊な録音なんですよね。この作品にはショルティ/シカゴ交響楽団(1971年)の”刷り込み”がありまして、作品的には少々苦手意識があるし、録音は「あんなもの」(非常に煌びやかで華々しい)という先入観も有。だから、久々インバル盤を聴き出すと、ずいぶんとジミで、ぱっとせんか・・・?
・・・ところが、第1部半分過ぎくらいから耳が慣れてくるというか、全体の様子が見えてくるようであって、さっくり自然なる奥行き、楽器、声楽の距離感が鮮度高く感じられます。弱音が美しい。つまり、ナマの感覚に近いということか。ま、音質もちろんだけれど、いままで聴いてきたものとはずいぶん異なって、抑制された表現が異形なるスケールの作品に新たな価値を与えます。知的な集中力有。威圧感が薄い。オーケストラの響きが暖かい。スリムな響きでありながら、金管が鋭く鳴りすぎない。
2006年3月某日
昨夜、職場で「とうとう風邪かな?」と少々熱っぽかったんだけれど、今朝快復してますね。雨模様(という言い訳で)今朝はジョギング止め〜三日坊主面目躍如。本日明日午前は、机作業・調整仕事ばかりで少々気分が滅入りますね。先が読み切れないが、粛々と、地道に、目先の課題を誠実に消化していくことしかないけれど。
帰宅が遅かったし、ほとんど音楽聴けてません。深夜、Rodrigo アランフェス協奏曲/ある貴族のための幻想曲〜ペペ・ロメロ(g)/マリナー/アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(1978年)・・・あまりに馴染みすぎて真剣に聴かない傾向の作品だけれど、PHILIPS録音の見事な存在感、奥行きにはっとしましたね。アランフェス第2楽章「アダージョ」の、イングリッシュ・ホルンとギターの絡みばかり有名(たしかに極上!)になっているが、「幻想曲」だってバロックのテイスト漂う名曲であります。ギター・ソロ云々言えるほど数を聴いてはいないが、少なくともバックは(この時点)最高の雰囲気あるアンサンブルに仕上がっております。
2006年3月某日
早朝ジョギング(と、いうほどでもない短時間だけれど)行って参りました。足が痛いんですよね。スポーツクラブだったら、続けて数日通ってもそんなことはないんだけれど。走り方とか、ストレッチがマズいんだろうな。日々、春めいて来ましたね。本日、当面の山である(自ら主催・報告・運営の)会議へ。二月に一回の苦行であります。とにかく乗り切りましょうやい。それが終わったらスケジュール調整とチーム引継開始だな。体調万全。いろいろと(思わぬ)不快な、鬱陶しいことばかり続く”大殺界”最終年だけれど、健康に気を使ったり、人材育成を意識したりで、成果は求めないことにしましょう。
昨夜、ほとんど音楽聴いてません。なにをしていたんだか・・・?記憶なし。ああ、Handel 合奏協奏曲 作品6-4/6/12〜アンセルメ/デッカ・ストリング管弦楽団(1929年)楽しみました。コレ、アンセルメの初録音らしいですね。以前一度だけちょろり聴いて、ま、資料的価値ね、と捨て置いたものだけれど、真空管アンプに久々戻して聴いてみると、(盛大なる針音乗り越え)音楽の姿がよくわかります。時代を考慮すると出色の音質でして、時代掛かった異形なるスケール!方面ではなくて、すっきりスマートな、それでも時代故のポルタメントが味わい深い演奏でした。充分楽しめます。
息子の就職活動の進捗状況はわからないが、新興の外食産業の説明を受けているみたいです。「<新卒採用>07年春、各社の争奪戦激化か」・・・これも昨日の記事と一緒で、名の通った一流企業と一流大学、優秀なる学生の話題でして、大多数の「それほど優秀ではない学生」(含む息子)「中小企業」の様子が見えません。でもさぁ、なにを以て”優秀”と評価するのか怪しいもんだし、一流企業だって、ある日、あっという間に消えてしまうご時世じゃないですか。とにかくさっさと無事、就職して欲しいね。彼女もちゃんといるみたいだし。
中島梓「コミュニケーション不全症候群」(ちくま文庫)読んでます。10年以上前の著作だし、まだ最初の部分を眺めただけだけど、力作ですね。(少々文書の流れがぎくしゃくしていて読みにくい感じ)医療の発達で、本来生物学的に生きられない人々が生存し、結果として過剰過密な社会となり、更に”情報化社会”が疎外に拍車を掛ける・・・人間でなければ、種の継続のため自然淘汰が起こるところ。様々な異常な状況(または、すれすれの状態)は、それの”ある意味、正しい反応”なのではないか・・・
一昨日、5人で飲んだけれど、テーブルを挟んでこちらワタシ+27歳の関西人、向こう3人が「バブル入社」40歳独身(!東京出身+青森)〜これが見事な「コミュニケーション不全症候群」(ま、意味が違うんだろうが)=人の話を全然聞かない。仲良し同期3人組だけれど、横並びで勝手にしゃべっているだけで、話の流れとか空気とか全然読めない。ワタシもおしゃべりだし、27歳こてこて関西若者だって阿吽の受け答え出来るやつだけれど、会話のネタを振るとそれに関連する話題を勝手バラバラにするだけで「正しい”横レス”」(ちゃちゃを入れる、でもええが)が出来ない・・・まさに、”荒れた掲示板”そのままを連想させます。
・・・と、まぁ、きょうも頑張ります。朝、Mozart 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」〜ベルトラン・ド・ビリー/ウィーン放送交響楽団(2002年)聴いてます。そういえばロスバウト盤聴いたっけ?知っている旋律ばかりで、嬉しい、愉しい。
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まずひとつ、会議こなしました。快い疲れ有。見るともなし、朝の占いを見ていたら「なにをやっても空回り。先のとがった靴が運を呼ぶ」との御神託であり、スクエア・カットを愛するワタシとしては、相対的に「先のとがった」靴履いていったものです。(番組によって、運勢水準が異なるのは。ある意味救いか?)ま、粛々とお仕事消化したが、新体制での実質スタートで諸作業がまったく引き継ぎできておりません。新人君にいろいろ教えていたら、ずいぶんと遅くなっちゃった。説教じゃないっすよ。
明日、引継スケジュールの整理。予想より苦戦しそうな予感有。夜、バスまで時間があったので「味の時計台」ラーメン(岡山駅前店)喰っちゃいました。
2006年3月某日
世の中は祝日だけれど、これから山口へ日帰り出張です。明日、昼からの会議報告の資料読み込みは、もう直前!明日午前中、すべてのお仕事をすっとばして籠もります。きょうは直行直帰予定。昨夜は”新チーム”発足式(ようはするにいつもの飲み会)でして、まだ昨日から着任したやつは右も左も様子はわからない(東京より西に来たことはない)し、もう一人は前のお仕事の残りと長期研修が待っております。ちょっとお仕事でおもしろくないこと(お客絡み)があって、内容的にはそう気にすべきことでもないのだけれど、上司が対面を気にする人だし、少々後始末が不快・・・というか、この恨み晴らすで、きっと。
嗚呼、飲んでばっかりだ!と反省しつつバスで帰宅(というくらいだら、そんなに遅い時間ではない)し、フロも入らずバタリと就寝・・・早朝ジョギングご近所カルく一周(含む神社参拝)そしてシャワー。爽快です。今朝、いつものブラン・シリアル(+黄粉、牛乳)、野菜ジュース、チーズ、そして一昨日のおでんの残り(こんにゃく中心)・・・あとコーヒー(いつも蜂蜜入り)後、体重計ったらさらに1kg減で66kgに接近!”飲む”とわかってる場合は、昼から節制しているからね。この調子で行きまっしょい。気持ち、切り替えて出かけます。
Mozart コロネーション・ミサ ハ長調K.317の件。聴いたのはヨハネス・ヴィルトナー/カメラータ・カッソヴィア/コシツェ教職合唱団(1991年)でした。ちゃんと数えていないが、いったい何種CDがあるんだろう?(カラヤンの1986年ライヴ、ガエターノ・デローグ1994年、ペーター・ノイマン1990/1年、ああ、リリング盤があったか)的お気に入りの作品でして、明るく、躍動に溢れた快活作品!コシツェ教職合唱団って、少年合唱が含まれているのかな。緻密さより、軽快さ、華やかさが目立ちました。プリティ・コールズ(s)/アンナ・ディ・マウロ(ms)/ジョーン・ディッキー(t)/アンドレア・マーティン(bs)ソロ声楽陣も安定しております。
更に、ラウダーテ・ドミヌム - ヴェスペレK.339/オッフェルトリウム「主の保護のもとに」K.198/モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618/モテット「エクスルターテ・イウビラーテ」K.165が含まれ、収録も万全。コレ、中古250円で入手したもの。
おっと、出張の準備しなくっとこちゃ。
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山口迄とんぼ返り。凄い人出でして、帰りの新幹線自由席は満杯でした。(ワタシは無事座れたが)やはり世間は休みなのだね。自宅より往復移動時間計5時間〜たっぷり音楽を聴き、書籍持参し忘れたので山口のBOOK・OFFにて一冊仕入れ・・・どうもCD最低価格を底上げしたみたいで、どこでも@750になっていますね。@500が希少価値でして、困った方針ですな。それと、帰りの新山口駅から「努力は実る」というどデカい看板目立ちました。予備校かな?人生そんなシンプルなもんでもないんだけどなぁ。頑張っている受験生諸君に水を差すつもりはないけれど。桜が咲き始めております。
バブル時代懐かしい録音だけれど、Mozart ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488/Chopin ピアノ協奏曲第1番ホ短調〜スタニスラフ・ブーニン(p)/外山雄三/NHK交響楽団(1986年ライヴ)・・・才気走って、時に強靱な打鍵が空虚でさえあえるが、粗削りながら”勢い”とか”輝き”を感じさせる記録であります。いまになればやや冷静に楽しめるけれど、当時は酔うような大熱狂であって、Chopin のラスト、ピアノ・ソロが終わってまだオーケストラが演奏しているのに、会場は絶叫に埋もれます。当時の記憶(FMで聴いたんだっけ?テレビだったか)では、オーケストラのアンサンブルがいまいちだったハズだったが、いえいえけっこうちゃんとした、美しいもの。ま、リアルな雰囲気の録音(優秀録音とは言い難い)も含め、日常聴きするCDじゃないかもね。
Mahler 交響曲第4番ト長調〜フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団/リサ・デラ・カーザ(s)(1958年)・・・静謐なる部分での各パートの美しさは絶品!トランペット、ホルンの弱音が美しい・・・これは希有なる現象でして、アンサンブルの水準ともかく、ショルティ時代とは印象まったく異なります。純粋にワタシの勝手な思い込みだけれど、空虚さを感じるんです。ライナーだったら、もっと濃密なる集中力が伝わる・・・リサ・デラ・カーザは少々時代を感じさせる歌唱でしたが。
Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ルドルフ・ケンペ/ベルリン・フィル(1959年)・・・これは燃えるような推進力と、(ベルリン・フィルらしからぬ)清涼なる響きがバランスしてエエ演奏です。(誰のフルートだろう?この美しさは。初耳っぽいが)この時期だから・・・といった期待以上の奥行きがある音質でして、ま、強奏で音が割れたり、いつものように低音が甘かったりするが、出色のものだと思います。フィル・アップはSchumann「マンフレッド」序曲(1956年)こちらはモノラル録音。音質かなり落ちます。
ワルター・クリーン(p)のBrahms 5枚組より「ハンガリー舞曲」(全21曲+ブレンデル)・・・これはモノラル録音だけれど、ハズむような躍動に充ち充ちておりました。「ワルツ集」作品39(全16曲+ベアトリツ・クリーン。ダブり買い)・・・愉しい。こんな明るく上機嫌なBrahms もあるんですね。Mozart 交響曲第40/41番〜エルネスト・ブール/南西ドイツ放送交響楽団(バーデン・バーデン)・・・硬質なるオーケストラの響き、ほとんどイン・テンポでいかにも非・浪漫的演奏だけれど、青くクールな秘めたる激情、みたいなものを感じさせます。正直、聴いていて少々ツラい、というか”Mozart の愉悦”とは縁遠い、厳しい姿勢に貫かれた演奏であります。音質もあまりよろしくないか。
ラスト、少々珍しい作品を。MATTHAUS FREDERIC Blasius(ブラジャス、と読むのか1758-1829)クラリネット協奏曲第1番ハ長調(HANS OSKAR KOCH教授編)/JOSEPH Fiala(フィアラか。1748-1816) クラリネットとイングリッシュ・ホルンのための協奏曲 変ロ長調(JOHANNES WOJCIECHOWSKI編)/JOHANN SEBASTIAN Demar(デマール?1963-1832)クラリネット協奏曲 変ホ長調(HANS OSKAR KOCH教授編)〜シュレヒタ(cl)/コッホ(eh)/マラート/マンハイム・プファルツ選帝候室内管弦楽団(1995年)・・・ARTE NOVAの「マンハイム楽派」5枚組中の一枚(74321 37299 2)すべて「世界初録音」とのこと。
いずれ(もちろん)初耳作品ながら、この時代特有のMozart に一脈通じる(も少し生真面目で融通利かない感じ)懐かしさが一杯です。少々硬質だけれど、鮮明なる録音で、切れ味鋭いシュレヒタのクールな技巧が楽しめます・・・が、好みの音色ではありません。
2006年3月某日
女房はじつは一昨日から4連休だそうで、うらやましい限り。きょうは久々、息子のところに出掛けるそう。”来春採用「増やす」、9年ぶり5割超 主要100社調査”〜ウチの息子は来春就職でして、ぼちぼち就職活動をしているようだけれど、主要100社には縁はないとはいえ、めでたいことです。「ニート」とは人事採用抑制の結果であって、ココロの問題じゃないですから。きょうも朝一番の資料作りから始まって、昼からのミーティング対応、明日の出張準備、明後日の会議資料(詳細資料送付済)印刷(できれば読み込み・・・でもムリだろうなぁ)、荷物の整理と机移動・・・なによりチーム新メンバーへの(入魂)説教がある。気が抜けない一日だね。
ライブドア株をUSEN社長が買い取ったと言うことで、話題になっております。その宣伝価値や、計り知れない額と類推。無料インターネット・テレビ「Gyao」を初めて知った・・・というか、見る機会を得ましたね。嗚呼、こりゃ楽しい。時間に縛られない(但し、宣伝だけはすっ飛ばせないが)のが素晴らしい。あとは”コンテンツ”(内容)ですな。
1990年代に購入したと記憶するCDを久々取り出して少々驚き・・・Mozart 嬉遊曲 変ロ長調 K.Anh.229(第3番)〜カール・シュレヒタ、ユルゲン・デムラー(cl)/ユルゲン・ゴーデ(fg)(バーデン・バーデン・フィルハーモニック・アンサンブル 1992年録音)。作品そのものも珍しくて、5つの嬉遊曲、または6つのセレナード K.anh.229(439b)の一部となります。「驚き」とはワタシはこの作品(全曲)既に所有していて、時に楽しんでいたこと(Discover DICD 920195-6 トリオ・アヴェナ 1991年)、更には南西ドイツ放響のメンバーである演奏者は「マンハイム楽派」(5枚組。現在ならうんと安い)で既にお馴染みであったこと・・・つまり、その連関性に10年ほど気付かなかった、ということであります。
なるほど、いつもながらの愉悦に充ちた牧歌的かつ楽しげなる躍動、そして記憶通りの、やや金属的(過ぎ)な切れ味あるクラリネットの音色でした。他、Pleyel、CARULLI(この人は良く知らない)の珍しい作品を含みます。管楽アンサンブルの楽しさを堪能しました・・・が、ベルギーのトリオ・アヴェンナのほうが、いっそう表情が柔らかいか。
続けてMozart コロネーション・ミサ ハ長調K.317のことに言及しようと、検索、数行書き進めたところで、エディターが落ちました。そろそろ出勤ですので、また帰宅してから、ゆっくりと。
2006年3月某日
書籍について言及するのが遅れました。藤原作弥「死を看取るこころ」(講談社文庫)〜名著だけれど、これも廃版か。最近、”目利き”はたしかでほとんど選んだ本は当たり!です。精鋭の経済記者は自らが長い病に倒れたことをきっかけに、医療問題に目を向けております。「一歩間違えば残留孤児だった」ことから始まって、やがて話題は表題通りへ。父親の看取りの件、そして悩み成長する看護師(看護婦さんじゃダメなの?)の尽きせぬドラマへ。こんな素晴らしい女性がいるなら日本もまだまだ大丈夫!捨てたもんじゃない。そんな確信と感動をいただけます。これはエッセイ?(浅薄な言葉だ)、コラム(う〜む、ちょっと違う)、やはり短編ドキュメンタリーか。
堀三郎「生活習慣病へのアドバイス」(岩波アクティブ新書)〜「週刊東洋経済」連載をまとめたものだけれど、内容は単なるノウハウ本を越えて深い(真に科学的な)分析に至ります。著者はワタシと同年代ですね。ありきたりな「タバコはよくない」「日本食が理想的」みたいな内容水準じゃないですよ。統計学的な裏付けがちゃんとあって、寿命の伸長にあわせて「ガン」を分析すれば、現状維持かむしろ減っている(部分もある)ことや、QOLへの言及など、実践的な患者に立場に近い感覚で平易かつ詳細なる「アドバイス」。例の近藤理論(「患者よ、がんと闘うな」)とも(その科学的冷静なる手法において)ほとんど違和感なし。
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Mahler 「大地の歌」の件、結局、昨日は(徒歩通勤中)ワルター/ニューヨーク・フィル/ミラー/へフリガー(1960年)を聴きました。ウィーン・フィル/フェリアとの1952年録音の評価があまりにも高いためか(または戦前の1936年でも同様だけれど)、これは少々ワリを喰っていますね。ニューヨーク・フィルの響きが明る過ぎる印象もあるでしょう。でも、良好なる音質だし、端正なる歌い手(少々真面目すぎか)も魅力に不足はないと思います。
やはりショルティとは大違いの、アンサンブルに暖かい”融合”が存在すると思います。楽譜に表記された音符を正確に表現する・・・これが基本かと思うが、(それだったらコンピューターで演れよ!とツッコミ入れたくなること)さておき、厭世の旋律を慈しむように、ていねいに、暖かく、包み込むように豊満なる演奏です。同時期、同じオーケストラを操ってできあがったバーンスタインの(一連のMahler )録音との大きな相違!骨太で、細部まで優しい配慮有。ニューヨーク・フィルって、指揮者やその時の調子によって(同じような基本の味わいそのままに)ガラリ印象変えますよね。これほど緻密な集中力アンサンブルもめずらしいか。神経質にはならないけれど。
けっしてお気に入りとは言い難い作品だけれど、やたらと手許に貯まり続けるBerlioz「幻想交響曲」〜昨夜はエドゥアルド・ファン・ベイヌム/コンセルトヘボウ管弦楽団(1951年)を。ワタシの出会いはオーマンディ(CBS)であって、リファレンス(参照の基本)はブーレーズの旧録音(1967年)となります。なんか、久々「大上段に構えた、堂々たる名曲に相応しい、それらしい風格に出会った!」的、貫禄、圧倒的スケールと勢いを感じさせます。妙に神経質・分析的・暗鬱な風潮に警鐘を鳴らすかのような、立派な演奏。ちょっと気恥ずかしいくらい、真正面から切り込んだ説得力であります。時代かなぁ、ある意味。
Mozart 序曲集「フィガロの結婚」「コジ・ファン・トゥッテ」「魔笛」「イドメネオ」/「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」(1955年)Haydn 交響曲第104番ニ長調「ロンドン」(1956年)〜ルドルフ・ケンペ/フィルハーモニア管弦楽団・・・珍しい組み合わせですね。しかも、ステレオ録音(ま、この時期なら・・・的水準だけれど)。期待通りの躍動と推進力、清涼なる明るい響きに満たされて幸せなMozart でした。ケンペのHaydnも初耳だな(もしかして、これだけ?)。着実な歩み(テンポは速くならない)で、かっちりていねいに細部を仕上げておりました。落ち着いて、貫禄もあるけど、清涼で明快、しっとりとした響きを失わない。
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今朝、いつもの時間にピタリ!と目覚めて、雨が上がっていることを確認。久々(おそらく15年ぶり)カルくご近所を走って参りました。(出張続きでラーメン喰ったら1kg増えたし)週末予定が立て込んでくるとスポーツクラブへは行けないから、これも悪くないかもね。この間のお勉強によると、定期的な運動は重要でして、それはカロリー消費にはほとんど影響を与えないが、体質の改善(=筋肉質へ)、減量による基礎代謝の低下を防ぎ、インシュリンの分泌を正常化する、とのこと。ま、そんなことより、なにより”気持ちよい!”ですよね。
朝の爽やかな空気に相応しい音楽はRossini 弦楽のための四重奏ソナタ集〜ロッシーニ・アンサンブル(ブダペスト)/キッシュ(1991年)を(ずいぶんと)久々。嬉遊曲ですよね。一枚目で止めてしまったが、これは、重厚長大なる音楽の合間にちょっとだけ楽しむべきものであって、ずっと続けると少々飽きる・・・というか、静かにおしゃべりやお茶を楽しみながら部屋にずっと流れている・・・そんな状況に相応しいか、と思います。
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(安物)オーディオ・セット裏がちょうど窓になっておりまして、結露が凄いんです。で、かなり暖かくなってきたし、下に落ちた水滴がカビっぽいし、ということで久々に清掃(カビ・キラーも出動!)〜ついでに、アンプを真空管(たった2本)駆動に交換(TU-894 貰い物)・・・MDやチューナーを切り替えられないのが不便だけれど、年に数回しかそれを使う機会は存在しなくて、ほとんどCDしか聴きませんから。音の改善は顕著でして、少しずついろいろ取っ替え引っ替え聴いてみたけれど「残響過多で音楽の様子が分かりにくい」方面の印象一変!
例えばヴァント/北ドイツ放送交響楽団による1980年代の旧録音Brahms 、エド・デ・ワールト/オランダ放送フィルによるMahler 交響曲第7番ホ短調(1994年)・・・この辺りの手応えは充分。逆に「優秀録音」と思ってきたPHILIPS録音(例えばハイティンク/ボストン交響楽団による「ダフニス」1989年)は改善を感じない・・・いずれワタシの貧しい音響環境+耳ですから。プラド音楽祭(1956年ライヴ)に於けるホルショフスキーのBach 平均律第2集より4曲ライヴなど、とてもなまなましい鮮度で蘇ったものです。
ま、とつとつ泰然とした虚飾を感じさせない演奏が素晴らしいのだけれど。
2006年3月某日
さて、出勤。会議資料の作成と送付、新年度の席替えのための荷物整理へ。45分程だから歩いていこうかな?運動のため。
出張移動中に聴いた音楽について・・・Mozart 連弾のためのピアノ・ソナタ集(ヘ長調K.497/ト長調K.357/変ロ長調K.358/ハ長調K.19d)+アンダンテと5つの変奏曲ト長調K.501〜イングリット・ヘブラー/ルートヴィヒ・ホフマン(p)(1976/77年コンセルトヘボウ録音)これは1991年新星堂から発売されたもので、5枚組で8,500円くらいしたんじゃないか。ヘブラーが美しいですね。容姿もピアノも。ワタシの「ピアノのMozart 」の基本はヘブラーであって、LP時代は協奏曲を半分くらい所有していたものです。ナマでもCDでも、FMでもそうそう聴けるものでもない、珍しい作品だけれど、暖かさと優しさ、楽しさが溢れて幸せになります。長く楽しめば、価格の多寡は問題じゃない。
断続的に楽しんでいた「フィガロの結婚」〜ヴィットリオ・グイ/グラインドボーン音楽祭(1955年)を通して全部、一気に。先日「音質が少々・・・」と思ったが、ポータブルCDプレーヤーのイヤホンで確認するとそんなことはない、この時期にしては出色の、ちゃんとした音の鮮度でしたね。グイにはざっくりとした勢いがあって、そして、クール!他の歌い手は先日通りの印象を崩さないが、リーゼ・ステーヴンス(ケルビーノ)は少々時代掛かって、しかも”ズボン役”としては少々硬質な表現か・・・エーリヒ・クライバー、フィリッツ・ブッシュ、ハンス・ロスバウト、クレメンス・クラウス等、少々昔の音源ばかり聴いてきたので、(未聴まま残してある)クイケン盤を聴かなくっちゃ。
Mahler 「大地の歌」〜ショルティ/シカゴ交響楽団/ミントン/コロ(1972年)・・・一連の「駅売海賊盤」だけれど、以前ワタシはこの演奏を高く評価しておりました。「明快、鮮明な録音であることに代わりはないが、声楽陣が絶好調で聴き応え充分の迫力+シニカルな味わいもあって、これまで聴いたショルティのMahler 中もっとも感銘を・・・」・・・ところが、抜群の技量を誇る管弦楽団+声楽陣が”溶け合わない”〜鮮明なる(人工的な)音質の中で各自バラバラに演奏している、そんな空虚さが不満でした。(ワルターの聴き過ぎか?)これは、同じオーケストラでフリッツ・ライナーの演奏(1959年)を聴き比べしたいと思います。
先日来の(自分なりの)宿題であるStravinsky「春の祭典」〜カラヤン/ベルリン・フィル(1975〜77年)・・・今回は正規盤じゃなくて駅売海賊盤にて(他意はありません。「ミューズの神を率いるアポロ」1972年も聴きたかったので)結論的によく考えられ、完成度の高い演奏であって「やる気なしスカスカ演奏」というコメント撤回であります。但し、好みではない。ド・シロウトのワタシが云々すべきでもない複雑怪奇なるスコアは、細部までちゃんと鳴らされて、聴き馴染んだ作品から初耳風旋律パートが聞こえてくる・・・のはかまわないが、どこかしこ”きっちり歌ってやろう”、”(カラヤン風)味付けはしっかりね”的違和感があって、ベルリン・フィルの厚く荘厳なる響きも(本来粗野な)この作品には似合いません。洗練されているワケでもないし。いえいえ、あくまで聴き手の好みですから。
「ミューズの神を率いるアポロ」は先月聴いた作曲者の指揮によるコロムビア交響楽団(1964年ニューヨーク)とは別種の、艶やかな官能の世界でした。
Mozart ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488〜ルービンシュタイン(p)/ヌッジオ/スイス・イタリア語放送管弦楽団(1955年ライヴ)・・・ワタシはこの人の一種楽天的な、明るく肉厚なMozart が大好きです。良質なる放送音源でして、おそらくは人工的に適度な広がりが付加されて聴きやすい。残りは1961/1970年のChopin (1曲のみVilla-Lobos)の小品集ライヴであって、演奏者自らの声でのアンコール紹介もあって臨場感豊か(音質はよろしいとは言えないが)。誰でも知っているワルツ第7番嬰ハ短調 作品64の2は、淡々と変幻自在で、これほどの味わいは滅多に出会えないでしょう。
おっと、出勤時間です。真面目にお仕事して早々に帰宅したい。
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徒歩40分(有酸素運動)出勤。数日間職場を空けた宿題消化と当初の資料準備+CDR焼き付け送付(かなり苦戦)終え、机上の矛盾そのままに昼から早々に帰宅(帰りはくじけてバスで居眠り)。水曜に迫った会議の資料印刷、なにより”読み込み”(報告するわけだから。おもしろおかしく。ネタを仕込まないと)月曜定例ミーティング(その前に定例進捗資料作成)、席移動(引っ越し)、問題児(41歳独身)来岡(とことん説教・・・のつもり)、火曜日は山口まで出張(祝日はなくなりました・・・)、そして水曜は全中四国から集まって討議報告勉強会。ありがたいことです。きっと、なんとかなります。ならなかったことは一度もないではないか。
出張中聴いた音楽の件(少々間が抜けているが)続き。Nicolai 歌劇「ウィンザーの愉快な女房達」(1956年)/R.Strauss「ドン・ファン」(1955年ライヴ)/Rimsky-Korsakov 「シェヘラザード」(1956年)/Elgar 演奏会用序曲「コケイン」(1949年これのみロンドン・フィル)〜エドゥアルド・ファン・ベイヌム/コンセルトヘボウ管弦楽団・・・ここ最近、この人の録音を聴き続けでして、その剛直な響きに痺れております。超・個性派メンゲルベルクの後任だったし、ステレオ録音に一部ギリギリ間に合った世代ということで、ずいぶん(音質的に)損をしておりますね。
前任者とは別な意味で濃厚な味わいがあって、やや速めのテンポながら重量感と骨太さがたっぷり感じられます。+驚くべき燃えるような推進力!これはとくに「シェヘラザード」に於いて圧倒的な効果であって、巨魁盤石なるスケールに至っております。しかし、センスはあくまで現代的であって、暖かい響きが続きます。(ロンドン・フィルの音の違いも楽しめます。もっとさっぱり味か)
ラスト(でもないが)Brahms ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品83〜ディミトリス・スグロス(p)/タバコフ/ソフィア・フィル(録音年不明のディジタル録音)・・・スグロスは神童として華々しくデビューしたはずだけれど、この録音はほとんど話題になっておりませんね。ま、「ピアノ付き交響曲」との異名をとる作品だから、オーケストラの知名度があまりに弱かったのか。これは想像を遙かに超える、瑞々しくもスケールのあるピアノであって、落ち着いた、静かな味わいに溢れます。あくまでリリカルで、叩き付けるような情熱系ではない。タバコフのバックが(意外にも)絶好調でして、繊細で奥行きのある響きに魅了されました。
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日常音源入手には不如意なる地方都市在住のため、東京出張時はどうしてもCDを探します。前回、新橋キムラヤで切れていて(仕方がなく)通販で購入したミケランジェリ10枚組第2集は体感500円落ちで、今回は大量に並んでおりましたね。だからあせっちゃいけない。今回も”狙いのもの”は(どこでも手に入る)並んでいなくて、次回を狙いましょう。で、話題のジュリアーノ・カルミニョーラ(v)/カルロ・デ・マルティーニ/イル・クァルテットーネ(1997年)によるMozart ヴァイオリン協奏曲全集を購入。ナント新品580円。これはバロック・テイストの現代楽器ですかね。
一枚目を早速拝聴〜小味で浮き立つような軽快さはあるが、ヴァイオリンの音色はむしろジミででしょうか。(完全にノン・ヴィヴラートではない)バックの編成はとても小さく(古楽器の団体らしいが)、ほとんど室内楽のような親密な印象です。この人の「四季」は個性的な表現で話題になったらしい(未聴)が、まともでオーソドックスな演奏だと思います。中低音に味があります。
ほか、Mozart 教会ソナタ集〜ボフスラフ・マトウシェク(v)/コレギウム・ヤロスラフ・テュマ(録音年不明だけれどディジタル録音表記)・・・なぜかオルガニストが表記されない。収録順番はケッヘル番号順だし、以前から楽しんでいるNAXOS(ヤーノシュ・セバスチャン)盤とは(収録順が全然違って)ずいぶん印象が異なりました。弦の編成が少ない(ほとんどソロ)し、少々音が割れるほどに賢明に弾いて、そしてオルガンがあまり響かない。躍動と活力音楽ですな。ほんま楽しい。
ボフスラフ・マトウシェク(Bohuslav Matousek)って、名前知っている・・・としばらく考えていたら、シュターミツ弦楽四重奏団じゃないの。
2006年3月某日
東京での定例会議を大過なくこなして帰宅、ま、いろいろな情報も発見もありました。連続酒席で、ちょっと体重戻っちゃったかな。昨夜は(いちおう)銀座の地下・大衆居酒屋で”アフター団塊の世代=50歳前後”の親父4人集合〜いずれ名の通った立派な(ワタシを除く)企業サラリーマンであり、家族を抱える父親であり、そして”音楽を愛する酔狂な親父”であります。京都大学名誉教授森毅さんが「ええかげん社交術」(角川ONEテーマ21)で提唱した、崩壊した「社会主義」「会社主義」の次に来るべき「社交主義」(怪しいメンバーも集う、ゆる〜い関係)そのものか。
どうも若者もアタマが硬いというか、全体に保守化が進んでいるようで、一方で”建前論”が闊歩していて気に食わない。内々、組織内、仲間内にこもっちゃう。「努力したから、その分認めてくれ、というのは甘い」「アイディアや突破口は偶然に生まれる」「世の中、平等にはできていない」「エエ思いをするやつばかり偏って続くと良くないから、シャッフルは必要」・・・まぁ、どれもこれも共感に溢れ、ワタシら中年4人組は寸時も座を白けさせない、即興的対話精神に充ち充ちておりました。楽しかったが、少々飲み過ぎたか。(一升瓶から注がれた赤ワインはスカみたいな味だった)
新幹線で60歳絡みのビジネスマンお二人ほど、座席にて堂々とケータイを受けていることに驚き。先ほど、帰りの斜め前の席では、鮮やかお見事なるキー・タイピング捌きの若い女性がノートパソコンを使っておりました。出張中上記含め書籍3冊読了、CDは7枚ほど聴きました。明日はお仕事で出勤(スポーツクラブへも行けない)だから、本日はここまで。
2006年3月某日
昨夜はそんなに飲んだかなぁ?今朝、ずいぶんと残っているような気がする。ちゃんと9時で帰ったし、風呂にもフツウに入って早々に寝たんだけれど。今朝も寒いですね。昨日は広島往復(通常商談+お詫び+ご挨拶+別件打ち合わせ+現場一件訪問〜但し、なんと!クルマで送っていただいた)、職場にとんぼ返りで諸作業モウレツにこなして、更に社用車で現場へ〜戻って「お別れ会」に(ぎりぎり間に合って)出席。つまり、予定通り・・・以上の成果か、消化か。本日、昼から東京。(ノートパソコン持参せず)午前中ギリギリ迄宿題溜めてます。こなすべきお仕事がちゃんとある、というのは有り難いことであります。
昨日の「お別れ会」だけれど、一昨日の「ワタシ激怒」をけっこう皆気を使ってくれているみたいで、とくに若い者(ワタシより少々、ではなくて20歳台の面々)が「はやっさんのチームに行きたい!って、ずっと希望を出していたんですよ」(一人は希望通り来週からウチのチームへ)・・・エエ職場です。反省してます。若い者が「もっと飲みましょう!」と激しく誘われたが、ダイエット中でもあるし辞去。ホワイト・デーで派遣さん女性軍に、フルーツ入りロールケーキを(女房指導により)お返ししたので、その感謝お礼もありました。広島までは新幹線ですぐだけれど、お取引先までは在来線乗り換え含めけっこう時間が掛かるので、音楽ちゃんと聴けました。
(現在なら1,919円で買える。ワタシは2,300円ほどで購入)ジェイムス・ロッホラン/ハレ管弦楽団のBrahms 交響曲全集より、第2番ニ長調(+大学祝典序曲/ハイドン変奏曲 1973/74年)から・・・おそらくはもっとも世評高いモントゥー/ロンドン交響楽団を、ワタシは(演奏の素晴らしさを認めつつ)「思い描いていた音質=響きではない」(国内盤であるせいか?)と不満を感じたことがありました。ま、勝手なもので、ロッホラン/ハレ管だったら最初から「豊かで奥行きあるサウンド」を期待していないから、誠実着実な演奏をちゃんと楽しめました。作品的にも穏健派解釈が似合っているのか。
ジミで鳴らないオーケストラだし、バルビローリ(とことん甘美であり、しつこく歌う!)の後任だったら苦労したでしょうね。ワタシは”威圧”を嫌うので、作品/演奏とも虚飾がない方向が好ましい。特異な個性を感じさせないが、続けて聴いているとやがて、その誠意に打たれるような”味わい系”でしょうか。第2楽章「アダージョ」が白眉。いえいえ、後半に向かうほど”誠実な歌”が耳馴染んで快感でした。
Stravinsky 「プルチネルラ」(コロムビア交響楽団1965年ハリウッド)「オルフェオ」(シカゴ交響楽団1964年)〜作曲者の指揮で。「プルチネルラ」は声楽入りで(1920年版っていうのか?)、聴いた限りでは「各パートひとり」みたいな雰囲気(そういう楽器編成ですか?)で、鮮明だけれどオンマイクな録音はなまなましい。ワタシお勧めのロバート・クラフト盤(但し声楽なし1945年版)に比べれば、木訥虚心坦懐な(素っ気ない?)演奏ぶりはいつものことながら、声楽含め演奏者の技量はまことに立派であります。結論的に数日前と同じ「乾いてクールな情感」を感じさせて文句なし。「オルフェオ」は知名度が劣るだろうが、まるで古代ギリシア悲劇のような(って、見たことも聞いたこともないから思いつき)端正な音楽でした。
2006年3月某日
サブくて雪は降るし、風邪ひきかけだし、職場の雰囲気ブチ壊すし・・・で、雰囲気と気分変えましょう。ワタシの敬愛する「転妻よしこ」さまご推奨のピアニスト・富田珠里さんのブログ「opus73」(これってやっぱ「皇帝」ですか?)・・・いやっ、お若いのに文書がウマい。じつに流れがよろしく、例えが的確で雰囲気眼前に浮かぶよう。一日にひとつ、素敵な出会いがあればそれで幸せと考えないと・・・彼女の演奏もナマで聴きたいですね、いつか。
昨日来のベイヌム絡みで、Mozart 交響曲第40番ト短調〜ベイヌム/コンセルトヘボウ管弦楽団(1956年Q DISC)はリハーサル風景です。編集されているのかも知れないが、途中(あまり頻繁に)止めたりしないで、所々掛け声を入れながら音楽を流れよく仕上げていきます。だから、全曲演奏+ベイヌムの朗々とした(エエ)声入り、風ドキュメントか。驚くべきテンションの高い緊迫メリハリ演奏であって、フルトヴェングラー方向であり、あれをもっと常識的明快に仕上げた、といった立派な演奏であります。(コメントになっていないか)
昨日衝動(じつは確信犯)購入のベイヌムの英DECCAボックス〜Beethoven バレエ音楽「プロメテウスの創造物」作品43(1952年)オーケストラはロンドン・フィルであります。序曲はともかく、ほとんど未聴だった作品でして、思いの外楽しげ。いつもの厳つく激しい音楽とはずいぶんと異なりました。(バレエ音楽だから当たり前か)40分ほど掛かって、「英雄」第4楽章の旋律も終曲に登場。思わぬところで知人に出会った、そんな感じです。今度出る国内盤では交響曲第2番との組み合わせらしい。
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コートなしで雪と強風に吹かれ、ホテルの乾燥に咽を痛めつけられ、職場での失敗で精神的にも落ち込み・・・もう風邪でアウトか?と心配したが、一晩寝たら快復!これがダイエット+定期的なスポーツの成果ですな。でも、今週土曜朝一番の定例エアロ・ビクスはお仕事出勤でアウト。新年度からは祝日も休みじゃなくなるし(交代で出勤だし、代休もいただけるけど、いつ休むんだ?状態)なんか、世情的に世知辛いというか、ウチの職場がノーテンキだった、というべきか。本日、広島。とんぼ返りで岡山に戻らなくっちゃいけないが、できれば広島でもう一カ所、岡山に戻って一カ所現場訪問をしたい。でも、そうなるとほんまにキツくて、挙げ句今夜は異動者の”歓送会”でこれは万難を排して出席すべき義理も有。精神的ダウンは激しく動きながら自らフォローする!これが鉄則。内々に逃げ込まない。
今朝、Stravinsky ピアノと管弦楽のための奇想曲〜アンセルメ/ウォルター・ストララム管弦楽団/作曲者のピアノ(1930年〜EMI盤だと1929年)〜以前のワタシは「録音の加減もあるのか、オーケストラの編成が小さく(聞こえるだけ?)て、なんやらスカスカで、ピアノ共々味わい系なんです。ゆったりとしてユーモラスで小味系」「終楽章はジャズのリズムですか。いやはや、全然気付かなかった。あんまし技術的にバリバリ切れないところがよろしい。ぼやき漫才風演奏か」と・・・ははぁ、なるほど・・・今朝は様子がよくわからない、というかCENTURIONCLASSICS(IECC10006-9)の復刻問題か?再確認しないと。
バレエ組曲「火の鳥」(1919年版1946年)/詩編交響曲(1947年または1950年録音)〜アンセルメ/ロンドン・フィル・・・これは音質悪条件乗り越えて、手慣れたというか、ちゃんと聴かせ上手で楽しめましたよ。詩編交響曲のアルカイックな作風は、ワタシのお気に入りです。
2006年3月某日
昨日は、朝から粛々と集中して作業、資料も出来上がって(正確にはネタを仕込んで)、幸い大きなトラブルも抱えておらず(新たに発生もせず)、なんとか(昼からのミーティングをサボって予定通りの)高松行きのマリンライナーに間に合った!どころか、時間に少々余裕が・・・エコノミーチケット(明後日の広島往復分)購入して、まだ10分〜その横の(禁断の)中古屋さんへ。
ベイヌムのDECCAボックス(5枚組 473 110-2 2,919円)BBS上で話題になっていたもので、ワタシは「なんとか半額で」と願ったその日に見掛けたもの〜人生とは出会いです。まさに今回出た国内盤シリーズの半額であります。高松へ移動、商談2発後、上司と合流して取引先幹部と定例協議、無事乗り切り・・・バスで松山へ(泊。チームのメンバーがいつもの酒場で待っておりました)。それにしてもサブいでんな。雪もちらついてましたよ(コートも持ってきていなかったし)。これからご当地の取引先と定例協議+商談予定。きょうは来週の会議に向けての資料作り(ノーミソ仕事)のメドが立っていないので、事務所に戻らないと。きょうもキツいでんな。
移動時間(片道計)3時間半以上だから音楽タップリ聴けました。Ravel 「ボレロ」「道化師の朝の歌」「逝ける女王のためのパヴァーヌ」「スペイン狂詩曲」「ダフニスとクロエ第2組曲」〜シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団(1980〜1983年)から。ワタシはRavel を無条件に(Debussy以上に)愛するが、これは演奏・録音とも”標準”というか”お手本”とするべき完成度の高いもの。あまりに洗練され、美しすぎる音楽であって、逆に日常聴きに相応しくないのではないか、天の邪鬼精神が頭をもたげちゃう。
彼のロシア音楽とか、Mendelssohn、そしてBartokなども、さっぱり過ぎて洗練され、アクがなくて物足りないくらい・・・と感じてきたが、昨年あたりから「クール・ビューティもエエではないか」と、薄味上品な演奏を楽しめるようになりましたね。師匠筋であるアンセルメよりオーケストラが上手くて、アンサンブルも精緻であって、逆にそれが”味わい不足”などと感じてきたものです。素直に極上の響きを楽しめるようになったのも”年齢(とし)”か。
先の「ベイヌム・ボックス」からBartok 管弦楽のための協奏曲〜コンセルトヘボウ管弦楽団(1948年)を早速確認。これはQ DISC(97015)のボックスに含まれるものと同一音源となります。意外とさっぱりとした演奏で、わざわざ太古録音で聴かんと!といったものでもないかもしれないが、音質はかなり上質です。Q DISC盤は板起こしなのかな?もっとノイズがきつかった記憶有。(演奏の質も含め、帰宅して再確認しましょう)
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中川米造「素顔の医者」(講談社新書)ようやく読了。医療ものはずいぶん読んだつもりだけれど、こんな”根元的な切り口”あるんですねぇ。日本の医学教育は「医学」であって「医療」ではない。学位を好むのは日本特有の「肩書き好み」である(しかも管轄する文部省に「医学」関係者は存在しない!)、海外では医学は「応用科学・技術学」に分類されるのに対して、日本(だけ)では「自然科学」に分類される・・・
医者の「権威」(エラそーな)は、ドイツの軍医からの西洋医学の移植によるものであって、医学用語にドイツ語を使うのは日本だけだ(代表例は”カルテ”)・・・医者が不足し、裕福であった時代からの変遷、世襲が続くことによる社会的常識の欠如、「医学」教育の閉鎖性、そして医療経営の危機。そもそも「医療」とは、医者の仕事とはなんなのか、8割は自然治癒するものではないのか・・・1993年という既に10年以上前の著作だけれど、現在の状況(医療機関の大多数は赤字だ)を予見分析した名著。
一番頷いたのは、診療風景に於ける「立派な椅子の医者」と「小さな丸椅子の患者」・・・どっちがお客なんじゃい。
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職場に戻って、思わぬお仕事苦戦をしていたけれど、職場内部運営連絡のマズさで(いわゆる正確なデータ問題を”阿吽の呼吸”で処理しようとして)大迷惑・・・はともかく、ワタシの”一番気にくわないパターン”(つまり、お客相手の気分感情を考えず、”阿吽の呼吸”なし官僚処理するくせに、乾いた事実データ連絡に手を抜く)の逆鱗に触れてしまって、数人に激怒(しつこく)してしまって、職場の雰囲気どん引き状態。反省いたします。
ま、起こってしまったことはしかたがない。反省しても後悔しちゃいけない。久々、ど残業いたしました。来週の会議資料は土曜にやります。
2006年3月某日
嗚呼、今週はいきなりキツいなぁ。本日午前中のツメた作業(溜まっているいることでしょう)資料提出+夕方から〜明日朝のお取り引きとの打ち合わせネタ作り(これが一番か)、(それに絡めた通常の)商談も目白押しで高松、松山、広島、途中異動者お別れ会が挟まって、その間に来週(自分主催の)会議用資料整理と事前CDROM作成送付作業・・・でも、木曜にはもう東京へ行かなくっちゃ。先週、サボらず手抜かずにやっておけ、ってか。ありがたいことですよ、お仕事がちゃんとある、ということは。走りながら考える、次の打つ手を考える性格ですし。そういえば出張申請していない。もちろん先週の出張精算/報告もしていません。時間がない・・・とは言えぬ。体調維持して、ダイエット上手に継続したいもの。
・・・昨日、”大序曲 変ロ長調K.anh.8(=K.311a)は、いろいろネットで調べてみたけれど、フェルナン・ウーブラドゥくらいしか音源が探せなくて”〜と書いたけれど、自分で所有してました。フェルナン・ウーブラドゥ「Mozart a Paris」・・・音質やや頼りないが、パリに関係深いMozart 作品集めて良い企画(演奏者もフランス名手ばかり)ですね。当該作品(ほんまに明るくて、楽しい作品)含まれる2枚目(他、フルートとハープのための協奏曲 ハ長調、交響曲「パリ」ニ長調K.297)を確認〜アンサンブルがややラフで、軽快で明るい味わい有。(CD1枚目は更新済)
ミケランジェリのSchumann ピアノ協奏曲イ短調に触発され、(初期中期浪漫派はたいてい苦手)交響曲を聴けるようになっているかも、ということで第3番 変ホ長調「ライン」〜ホルヴァート/オーストリア放送交響楽団(PILZ音源の「ライン」はたいていコレの変名)を。ややさっくりと速めのテンポ、素朴で飾らない方向の演奏に好感が持てましたね。ついでに交響曲第1番 変ロ長調「春」〜アルド・チェッカート/ベルゲン・フィル(1987年)・・・このサイト初期の更新は見るのも恥ずかしい悲惨なる無内容ぶりだけれど、ベルゲン・フィルのアンサンブルがショボいのと、Mahler による編曲がずいぶんと整理された響きに感じる・・・そんな印象であって、以前ほどの反発はありませんでした。
音楽の好みにはいろいろぶつくさ言いたいワタシにとって、Stravinskyは(珍しく無条件での)お気に入りの作曲家のひとり。「バレエの情景」(CBC交響楽団 1963年)「青い鳥」(1964年コロムビア交響楽団〜ニューヨーク)を作曲者自身の指揮で。一連の「自作自演」録音はどれも、乾いてクールな情感(素っ気ない)が、作品の枠組みをわかりやすく提示して下さいました。CBS録音は意外と録音が良い(場合もある)。続けて、バレエ組曲「プルチネルラ」(1949年版声楽なし)/「うぐいすの歌」(激しい音楽ですね)〜ケーゲル/ドレスデン・フィル(1981/83年)・・・これも「乾いてクールな情感」に間違いないが、妙な不機嫌さの緻密な徹底と、逆目に出たユーモアを感じさせて楽しいものでした。
今朝、「ペトルーシュカ」(1947年版)〜ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団(1981年)・・・先日のFranck 交響曲ニ短調(1984年ライヴ)以来、見直していて、やや速めのテンポできりりと引き締まった、ストレートな演奏が好ましい。オーケストラが抜群に上手く、テンション高いですよ。(だから、ということでもなく。先のドレスデン・フィルだって充分味わい深い)続けて「春の祭典」〜カラヤン/ベルリン・フィル(1977年)・・・ワタシは(かつて)この演奏をクソミソに書いていて、「フツウのやる気なし演奏か?なんかスカスカみたいな」という鼻持ちならぬコメントを残していて、じつは再コメントの機会を狙っているところであります。
なかなか余裕の、グラマラスな雰囲気ある演奏でして、細部の彫琢に甘さがあるのではなく、甘美な味わいがウリなんでしょう。旧録音含め、いずれゆっくり確認したいものです。さて、出張準備して出勤しましょう。出掛ける前から萎えていても仕方がない、やるべきことはやるしかないのだ。
2006年3月某日
行ったり来たりの気温天気だけれど、着実に春の足音聞こえますね。体重かなり落としたし、そろそろ早朝ジョギングカルく始めようかな?
ミケランジェリの(10枚組)ボックスだけれど、第1集と取っ替え引っ替え順繰り、関連比較しながら楽しんでおります。第2集CD2はMozart ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調K.450/大序曲 変ロ長調K.anh.8(=K.311a偽作とされるもの)/Schumann ピアノ協奏曲イ短調〜バックはヘルマン・シェルヘン/スイス・イタリア語放送管弦楽団(1956年ライヴ)音質まぁまぁでしょう。純真無垢なMozart !を期待すると大間違いでして、流線型に味付けられた個性的な色に染め上げられます。これは好き嫌いがはっきり出る演奏でして、雄弁な表現に揺れる世界は驚くべき味の濃さ。ワタシは彼の色づけを充分楽しみました。大序曲 変ロ長調K.anh.8(=K.311a)は、いろいろネットで調べてみたけれど、フェルナン・ウーブラドゥくらいしか音源が探せなくて、ある意味貴重かと思います。モウレツに楽しい作品に間違いなし(Mozart の作品じゃなくても)。
Schumannに至っては胸がアツくなるような浪漫の世界であって、1948年のミトロプーロス盤よりずっと(文句なく)楽しめました。(主に音質的な理由だと思うが)ま、ミケランジェリにとってはMozart もSchumannも一緒と言うことだね。もしかしたら、(苦手)Schumannの交響曲も楽しめるようになっているかも・・・と、そんなことを感じさせるくらいの圧倒的説得力有。
いろいろ音楽の見聞を広げましょう、ということでJANA'CEK グラゴル・ミサ〜ラディスラフ・スロヴァーク/スロヴァキア・フィル/合唱団/ハヨーショヴァ(s)/ストラセンスカ(a)/プリビル(t)/ノヴァーク(b)(1978年)を。じつは著名なるアンチェル盤(1963年)も(ずいぶんと以前から)聴いていたけれど、はぁ・・・オルガン・ソロが凄いっすねぇ(実際、なかなかの即興的なテイスト)、くらいの安易な感想くらいしかありませんでした。作品解説は、これ以上ない!というくらい詳細なサイトがありますから参照を。よく理解できないが、古代スラヴ語というのが=グラゴル語なのかな?ご当地の人々も「ローマ字で」なんて書いてあるから、当然日本のワタシには理解できるはずもないが、いわゆるミサ曲なんでしょう、きっと。(違うか)
久々に聴くと(著名なる)「シンフォニエッタ」によく似ており(とくに「Svet」=「サンクトゥス」辺り。そしてラスト「Intrada」の金管爆発)、いわゆる線香臭い音楽としてではなく、近代の民族的サウンドがけっこう先鋭的で充分楽しめます。録音も、そして合唱の充実ぶりがなかなかの演奏でした。
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2年ほど前でしたか、YEADANGCLASSICS(韓国製)のボックスものが激安で出現して、(既に所有しているもの以外)ほぼ8割方購入しました。その数約100枚経費約三万円ほど・・・ワタシは特別に露西亜系演奏家に思い入れはなかったので、ほとんどダブりがない、というか、信じられなような無定見なコンピレーション(思わず笑っちゃいます)で、「激安ボックス・セット」じゃないと絶対に買わない!・・・で、箱を取り出して久々虫干し(いっぱい買っているな、と感慨も深く)。その関連で取り出した音源は〜
その中でリヒテルは特別な存在でして、その前から購入してダブっていない音源のひとつが、Rachmaninov ピアノ協奏曲第1番 変ホ短調〜バックはザンデルリンク/国立ラジオ大交響楽団(モスクワ放響のこと?1955年)・・・驚くべき強靱硬質なタッチ、強烈熱烈情熱的演奏は彼特有の個性であります。彼のテクニックは技術そのものが目的ではなくて、確固とした個性を表出するために存在します。だから「嗚呼、リヒテルの技巧って凄いな」と(逆に)感じたことはありません。
耳目を驚かすような極端なるテンポの揺れやら、大仰なる旋律の詠嘆、艶やかな響きの磨き上げはないんです。でも、結論的に、たしかに実現した音楽の輝くような説得力!浪漫性。ザンデルリンクの骨太なるバックの説得力も並ではない。(RUSSIANREVELATION RV 10064 1,290円の値札有)・・・更に、Chopin ピアノ協奏曲第2番ヘ長調〜スヴェトラーノフ/ソヴィエット国立交響楽団(1966年)を〜これは、いかにもリヒテルに似合わない(バックも)ような作品ですな。
たしかに聴き馴染んだ、甘やかな儚い世界とは大違いの(もしかして)大勘違い演奏か!というくらい別種の音楽に聞こえます。”驚くべき強靱硬質なタッチ、強烈熱烈情熱的演奏”は先のRachmaninov と同じであって、(例えば)アルゲリッチの情熱とは別種の”違和感”が存在します。ま、別種の音楽と思えば、これはワタシの好みに間違いなし。(MELODIYA BVCX-4055)
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発見相継ぐ!棚中よりCD行方不明出現。ヴュルツ盤ですっかりココロ奪われたMozart 四重奏曲 変ホ長調K.452〜メロス・アンサンブル+ケーゲルシュタット・トリオK.498〜ジェルヴァーズ・ド・ペイエ(cl)の演奏も含まれます。これはワタシのCD収集ごく初期に@1,200程で購入した記憶有。”Pucciniは「蝶々夫人」しか持っていない!”というのも大嘘でして、「ラ・ボエーム」全曲がカルロス・クライバー/スカラ座/フレーニ(1981年ライヴ)+エレーデ/聖チェチーリア管弦楽楽団合唱団/テバルディ(1951年)2種発見・・・どころか、粗筋まで印刷して綴じ込んである・・・つまり(少なくとも一度は)しっかり聴いている、ということです。(結局、「トスカ」も「トゥーランドット」も存在しない)
楽しみにして聴きましょう。
2006年3月某日
週末休み・・だけれど、タイムカードの締めと出張申請の関係で(ちょっとだけ)職場に行かなくっちゃいけないかも・・・これが地方都市の良いところか?どうも睡眠の調子がよろしくない・・・体調は大丈夫。おそらくは花粉症もセーフ。↓昨夜の自らの傲岸不遜コメントを反省します〜”マジック必要です”とは!
ヨルマ・イシュ-フルヴィッツのChopin 夜想曲 嬰ハ短調(遺作)を再確認・・・つまり単発で聴けば誠実真っ直ぐな表現は、淡々と胸を打つということです。で、更にワルツ イ短調 作品32-3/スケルツォ ロ短調 作品20をミケランジェリ(1988年ブレゲンツ・ライヴにて)・・・仰け反りますよ!粘着質な、しつこいほどの個性の刻印は。遅いテンポでいつまでも終わらない。
それにしてもChopin はちゃんと集中できていないなぁ、と反省しつつ・・・例の”症状”(慢性じゃ)発症〜CDが棚から発見できない。ツィマーマンの協奏曲とポゴレリチの小品集2枚組がどこにもない。これは(流石に)処分するなどということはあり得ず、ほんまの行方不明・・・(絶望と情けなさが・・・どこへいった?)で、代替品といっちゃなんだけど、アダム・ハラシェヴィチの「Chopin 名曲集」(1967年)を取り出しました。たしかもともとPHILIPS録音で、協奏曲と並んで数少ない彼の録音だったはず。一時はどこでも見掛けた一枚だけれど、ワタシのは(当然)”駅売海賊盤”であります。
ミケランジェリのあとに聴くと、その素直でアクのない世界は物足りないほど。線が細くて、個性不足気味か。しかも、馴染みの当たり前すぎる収録作品集でしょ?ふむふむと聴き進んでいくと、やがてしっくりジワジワと”当たり前の世界”が聴き手を捉えます。ワルツ 嬰ハ短調 作品64の2辺りから胸に迫るものがあって、木枯らしのエチュード(イ短調)でその激しさ(演奏ではない、作品の)に打たれ、幻想即興曲 嬰ハ短調(この作品こそ、ド・シロウトが考えるもっとも”それ”らしい作品)にときめき・・・この人はテクニックが切れる人じゃないですね。(そういえば1955年第5回ショパン・コンクールでハラシェヴィチに破れアシュケナージが2位となったことに対して、ミケランジェリが抗議の審査員辞任をした・・・とのこと)
ラスト「英雄ポロネーズ」というのが、少々当たり前に決まり過ぎて(演奏は親しげでエエ感じだけれど)・・・って、これだけ著名作品ばかり揃えた(名曲)CDって、最近見ませんねぇ。リンクしたものもワタシのも”駅売海賊盤”であって正規盤じゃないし。最近、流行らんのか、こういうのは。日常座右に置くに(そして気軽に楽しむには)相応しいと思うが。
ウィルヘルム・バックハウスは(無骨な)独逸系音楽のスペシャリスト、といったイメージが強いけれど、Chopin 練習曲集作品10/25の録音(1927年)が残っております。これが驚き。音質がしっかりしていることもそうだけれど、襟をきりりと糺すような着実な演奏ぶりが意外なほど作品に似合っていて、旋律の甘さや構成を明快骨太に表現します。新鮮!わかりやすい!飽きさせない。ちゃんとしたChopin に間違いないが、作品10-7ハ長調にはBach が木霊しました。(テクニックが素晴らしい!幻想即興曲 嬰ハ短調さえ細部まで曖昧さ皆無で表現、子守唄変ニ長調 作品57の揺れるような情感)
ミケランジェリに戻って(十八番)Bach 「シャコンヌ」(1988年ブレゲンツ・ライヴにて〜これはボックス第2集CD8に収録される)。なんど聴いても濃厚明快なる集中力に痺れました・・・音質条件乗り越えて。
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土曜日朝一番のエアロビクスは(出張以外は)必ず行くように努力しております。参加メンバーはすっかり顔馴染みとなって、お声も掛けてくださるように。林屋辰三郎「南北朝」(朝日文庫)読了。ネット検索したが絶版ですね。結城宗広(東国武士)、楠木正成(河内の悪党)、足利尊氏、後村上天皇(南朝の天皇)、佐々木道誉(守護大名)、足利義満・・・各々、各階層の人物を代表させて詳細「南北朝」を解析します。ともすれば後醍醐天皇、悲運の忠臣・楠木正成(「太平記」という語り物が江戸時代にイメージを作り上げた)、北畠親房(「神皇正統記」で有名。でも、この人は立派ですねぇ、というか、南朝唯一で人を得た、といった感じ)を軸として、そして、「太平記」〜明治時代の(天皇の逆賊)イメージで足利尊氏は悪役として(かつて)語られたが、もっと冷静に資料と各階層の利害、王政復古の時代遅れというか、歴史の逆行を分析します。
尊氏の墓所でである等持院(水上勉縁の寺でもある)は我が母校に隣接していたし、楠木正行(まさつら)の古戦場である四条畷は大阪時代のご近所、賀名生(あのう)御所にも遊びに行きました。もちろん金閣寺(学生時代すぐ側に住んでいたし)もね。なんか、妙に馴染み深い土地柄ばかり。後醍醐天皇御在所である笠置山にも泊まりに行ったことがあります(たしかキジ料理を喰った記憶がある)。歴史の複雑な変遷も、知っている土地絡みだと楽しく読めますね。
R.Strauss 「ドン・ファン」「死と変容」「ティル・オイレンシュピーゲル」〜ズデニェク・コシュラー/スロヴァキア・フィルハーモニー(1989年)・・・ワタシはこの種の音楽をいまいち理解していない(楽しめない)罰当たり音楽ファンだけれど、先日の「アルプス交響曲」(ナマ、ハイティンク盤、ケンペ盤)、「英雄の生涯」(ヤルヴィ盤)と立て続けに聴いて、なにかしら感じところがありましたね。つまり、優秀なる録音、チカラのあるオーケストラ、充実したアンサンブル・・・そんなことがR.Straussを楽しむ前提じゃないのか、と。
ちょっとスロヴァキア・フィルでは、響きが洗練されないというか、もの足りないと感じました。
2006年3月某日
相変わらず眠りが浅いが、体調大丈夫。日に日に暖かくなっていますし。本日は直接地元取引先へ行って、職場には行かないつもり。ちょっと気になることはあるんだけれど。女房マシンとして2年ほど使ってきたFMV・BIBLO(中古ジャンク6,300円で購入)だけれど、ディスプレイ付け根辺りが割れかけたりしつつ、画面明るく鮮明で(しぶとく)快調に稼働して参りました。が、USBにつなげた光学マウスとACアダプタが(形状的に)ぶつかっていたらしくて、とうとうUSBソケットいかれちゃいました。ちゃんと起動するが、マウス・ポインタが出てこない。このマシンは(マウス以外のポインティング・デバイス)が存在しないので万事休す状態。どうしよう。(・・・なんのことはない。PS2にUSBの変換ソケットで解決!まだまだ行きまっせぇ)
サイト定例更新。今朝のFMでBach ゴールトベルク変奏曲の弦楽3重奏曲版やってましたね。例のシトコベツキーの。エエですね。Bach には「オリジナルがどうの」と言わせぬ(なんでもかんでも)魅力があって、響きが多彩です。アマティ弦楽3重奏団によるCDが入手できることは、意外なほど知られていない・・・定例更新しました。(毎度のことだけれど)サイト更新用原稿尽きました。なんとかせぬと。
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地元取引先に行き(そのご担当とは)久々に商談・・・ここ最近時間が合わなくてメールとかケータイとかで済ませておりました。(反省)ほとんど商談ではなく、相談の聞き役みたいな感じで、これでお給料もらっているからありがたいもの。クルマでの移動だったので、カーステレオをがんがん聴きましたよ。Mussorgsky 「展覧会の絵」「禿げ山の一夜」Borodin「中央アジアの高原にて」「ダッタン人の踊り」〜ダニエル・ナザレス/スロヴァキア・フィル(1987年)・・・コレ、NAXOS初期の音源だけれど”爆演”でした。なかなか凄い。
ちょいとヴィヴラートが効いたトランペットの冒頭から雰囲気怪しく、弦が薄いが、金管絶叫、なんせティンパニの激打ぶり強烈。テンポの揺れも相当。ディジタル初期のいかにも硬い、ドンシャリ録音と併せてその(洗練されない粗野な)迫力たるや、かなりのものです。精神的に元気なときには充分楽しめます。適度に上手いお上品演奏に飽き足らない人々にお勧め。フィル・アップの作品も激遅タメからぐいぐいテンポ・アップしたりで、クセもの的雰囲気プンプンでした!「展覧会の絵」のNAXOS音源では、最近クチャル盤を見掛けていて、この音源は現役かどうか不明・・・ぜひ生き残っていただきたい。
商談終えて、そのままスポーツクラブでご飯一杯分、ジム・マシンで汗をかきました。一週間(なんだかんだ言いつつ)終了です。ゆったりとした気持ちで音楽聴きたいですね。ノートパソコンDynaBookSS3000は入札者に送付いたしました。ずいぶんと楽しませていただいた”ジャンク・マシン”(改造)2台分嫁に行っちゃいました。
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BRILLIANTの格安Chopin ボックス(13枚組3,390円ありがたい価格。99802)中、夜想曲を半分のみ。演奏はヨルマ・イシュ-フルヴィッツ(p)(1998年)。しっとりとした瑞々しい芯のある音色、技術的にも文句なし(録音にも)だけれど、Chopin にはマジック必要ですよね。遣る瀬なくも美しい旋律に感銘したが、なにかが足りない?フツウ過ぎ?単調なのか。いえいえ、ワタシはChopin にコメント付けられるほど聴き込んでおりません。安心して聴けるのは、ほとんどルービンシュタインのみ・・・でして、これからまだまだお勉強であります。
2006年3月某日
(在高知)昨日はすっかり春!ワタシのチームから離れるメンバーの(第1回)お別れ会実施。仙台から異動してくる問題児(といっても41歳独身)からケータイに連絡ありまして、「ウチは廃棄物最終処理場だからな!」と宣告しておきました。知人から勧められて新しいホテルを予約したが、上々のグレード・価格です。無線LANでネット接続可。先週購入した(中古リフレッシュ)ミニ・ノートパソコン(流石に)快調です。オークションに出していたDynaBookSS3000は無事落札されました。ま、入金商品送付受領迄油断できないが。無駄なく資源を活用していただければ幸いです。
クルマで移動中(同乗者に遠慮して音量小さかったが)聴いた音楽。Franck 交響曲ニ短調〜リッカルド・ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団(1984年パリ・ライヴ)・・・一連のLIVECLASSIC100(怪しげライヴ、時にエエ加減情報含む)中、出色の音質を誇ってみごとな奥行きであります。ワタシには苦手系の作品だけれど、明快メリハリがあってオーケストラが非常に上手く明るい、細部まで配慮の行き届いた爽やかな演奏ですね。晦渋暗鬱になりがちの作品だけれど、独逸系演奏よりラテン系(+アメリカの実力派オーケストラ)のほうが楽しめるのか。(代表例モントゥー盤)この作品のイメージ一新!の見事な演奏でした。
フィル・アップは擬古典的作品であるBizet 交響曲ハ長調〜トーマス・シッパース/イタリア放送ナポリ”スカルラッティ”管弦楽団(1970年ライヴ)・・・コレ、いかにもブート・レグ!的ほぼ残響なしオン・マイク粒の粗い平板音質だけれど、演奏は生き生き躍動しております。青春の息吹を感じさせるようなお気に入り作品であり、辛気くさい方面の前曲と妙にマッチしておりました。
Mozart ヴァイオリン協奏曲第3/5番〜アンネ・ゾフィー・ムター/カラヤン/ベルリン・フィル(1978年)・・・現在は妙齢の色気むんむんの彼女も当時、山出しの15歳。デビュー録音でしたか、たしか。これはカラヤンが驚くほど(自らの色を)抑制した肌理細やかなバックが見事でして、のびのびとした才気あるヴァイオリンを支えております。こどもとは思えぬしっかりとした味わい深いソロでして、若手にありがちの”走りすぎて味が薄くなったり”などという事象皆無。清潔であり、余裕さえ感じさせる快活かつしっとりとした表情。同乗者(クラシック音楽には縁のない)は「Mozart って、明るくていいですね」と絶賛。
これからご当地で商談〜それから徳島に移動です。
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思わぬ予定変更(お相手の)で、徳島泊中止〜帰岡へ。ま、当初の目的は達成したので、とくにどうの・・・ということもありません。あちこち現場まわりをすると、必ずBOOK・OFFに出会う・・・高知徳島で4軒ほど覗いた(各々5分ほど)かな?出物はないでもなかった(ラサール弦楽四重奏団の新ウィーン楽派4枚組とか)が、不要不急のものは断念。全体に最低価格を上げているし・・・と思ったが、ラスト徳島(住吉)で超高価1,000円!盤購入(久々)〜Mozart ハフナー・セレナード(1954年)/ポストホルン・セレナード(1959年)〜ギュンター・ヴァント/ケルン・ギュルツニヒ管弦楽団(TESTAMENT SBT.1302)じつは持参CDが不足していた、ということも有(帰りのバスのお供に)。なぜCD一枚に収まるかというと、テンポ問題+前後の行進曲が抜けているということであります。(やっぱり行進曲は要るよなぁ)
演奏は驚くほどの快活さと集中力、このオーケストラってこんな立派なアンサンブルだったの?というくらい細部まできっちり表現して生真面目、1960年前後のベーム/ベルリン・フィルのMozart を連想させますね。但しいっそうの躍動推進有。「ハフナー・セレナード」第1楽章の快速ぶりは、舌を巻くばかり。録音もモノラルながら鮮明です。少々厳しすぎて、”まったり愉悦感”とは縁遠いが。
ミケランジェリ10枚組第1集〜CD6はDebussyです。こどもの領分(1968年)、映像(1987年)、前奏曲第1巻(抜粋1977年。同年のヴァチカン・ライヴとは別物)・・・かつて手放したものも含めなんども聴いていたはずだけれど、漆黒の闇に花火が弾(はじ)けるような華やかで、妖しいコクがありますね。音質的に万全とは言いかねるが、一昨日の「金盥を叩いたようなChopin 」(1985年)よりずっと聴きやすい・・・いえいえ、ほとんど鑑賞に問題なし。1949年のブエノスアイレス・ライヴは、驚くべき曖昧模糊とした音質だったが、それでも「聴くに足る」音源と確信したものです。”音質が悪い”ということにもいろいろありますようで。感じ方か?
2006年3月某日
もうずっと睡眠が浅い。ちょっと咽が痛いかな?むしろこういった季節の変わり目のほうが体調を崩しやすいので、気を付けないと。本日、朝一番より地元取引先と上司との顔合わせ(延び延びになっていた)〜高知へ(現行チーム第1回お別れ会)〜徳島で取引先部署新体制(じつは旧知の一番親しい二人)に状況聞き取り・・・のフリして酒席で激励の予定。ちょっと組織(というか経営陣)がガタガタで、その中で真面目に努力しているやつは可哀想なんです。偶然だけれど、個人的になんどか相談にきていたメンバーがマネージャーに就任、なんとか応援してあげないと。四国方面ツァー二日間で、ラスト戻って地元・岡山で夕方から商談。多忙なのはありがたいものです。
昨夜〜今朝に掛けてMozart 歌劇「フィガロの結婚」〜ヴィットリオ・グイ/グラインドボーン歌劇場/シュッティ(スザンナ)/ブルスカンティーニ(フィガロ)/ユリナッチ(伯爵夫人)/ケルビーノ(スティーヴンス)(1955年ステレオ!録音)・・・これは待望の入手でして、紅顔の青年であったワタシと「フィガロ」との出会いはこれだったんです(セラフィム1000シリーズの抜粋LP)。”安かったから・・・”という出会いだったが、一発で痺れた、というか、あの感動は若き感性でしか蘇らないのか。冒頭でスザンナとフィガロが「ディンデイン!」とか歌っているでしょ。で、急にスザンナが低い声で「ドンドン!」と受けたら、これはまるでドリフターズの決まったギャグでっせ。音楽の神は粋な出会いを作ってくださったものです。
ブルスカンティーニの存在感ある快活ユーモラスなフィガロ、シュッティはコケティッシュで賢いスザンナを表現して、ワタシの原点はこれであります。リーゼ・スティーヴンス(ケルビーノ)は、ライナーの「カルメン」で主役を務めていて(ワタシの「カルメン」との出会いのひとつ)なにより、グイの表現はイタリア・オペラ風の快活な躍動と推進力に充ちたもので、さっくりとした味わいでありながら、ツボを抑えた熱気がいっぱい。LPの記憶より音質が落ちるかな?とも思うが、なんせ1955年(MOZAET YEARだ!)ですから。(グイの「セヴィリャの理髪師」も欲しいところ)
昨日、ミケランジェリの続き。Chopin ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調(1968年)/マズルカ 嬰ヘ短調 作品59ー3(1967年)/ワルツ 変ホ長調(遺作)(1962年)ここまでボックス第1集より、更にDebussy 前奏曲集第1巻(1977年)これはボックス第2集より確認。彼のChopin は少々表情が濃厚すぎると感じるが、時にぴたり!と個性符合するときがあって、有名なマズルカの変幻自在な味わいとリズム感は聴きものであります。「葬送行進曲」がこれほど”それらしく”悲劇的かつ雄弁に響くことも希有な経験でしょう。Debussyの幽玄な味わいには言うことなし。
では、行って参ります。金曜日朝の定例更新は遅れそうです。
2006年3月某日
ついにやってきました”誕生日”。なんの感慨も、というか、むしろ負の感慨が沸き上がる感じ。今朝の朝日新聞で、デューク更家さん(ワタシよりちょっとだけ年上)が「毎日リセット、毎日再スタート」「やりなおしはいくらでもきく」と言っているいるのが印象的ですね。畢竟、生活とは毎日の積み重ねだけれど、彼の場合、なんどか事業に失敗していたはずだし、いつまでもクヨクヨしてもしかたがない、毎日新鮮な気持ちでやりなおそう、という基本哲学ができたのかもしれない。
ワタシも毎日”きょうの宿題はコレ”みたいなお仕事(お仕事だから仕方がない)を続けているけど、実際は起こってしまった思わぬ事象に対して、都度都度ていねいな対応処理することの積み重ね(ある意味、場当たり的な対処)であって、その中で信頼関係が(いつの間にか)積み重なる・・・解釈ではなく、常に実践的解決でありたい。
昨日のChopin 「アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ」〜ミケランジェリ(1949年)再度、曖昧朦朧とした音質で確認するが、後半ポロネーズのノリノリの熱気に聴衆が終了待ちきれずに熱狂的拍手・・・いいですね。今朝、クリスティアン・ ゲルハーエル(br)による「亡き子をしのぶ歌」(ピアノ伴奏版)/ゲロルト・フーバー(p)(2002年)・・・これは端正で、安定した歌唱でした。これが現代風なのかな?昔の録音ばかり聴いているから、もっと表情付けが細かい、感情の動きが表出するような作品かと思っておりました。ワタシは、現代風のクールな表現が好みです。
続く、Scho"nberg 室内交響曲 作品9(Webernによる室内楽版)〜ハイペリオン・アンサンブル(2002年)・・・原曲は怪しく破壊的な、美しい作品(お気に入り!)だけれど、ピアノ4重奏になると作品の構造が明快になって、晦渋さは消え去りますね。演奏は集中力が続いて、まったく素晴らしい技量。
さて、本日は宿題目白押しだ。決着付けなくっちゃいけないことも2件ほど有・・・って、”毎日新鮮な気持ちで”いきまっしょい。
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・・・残念ながら新鮮なる気分にほど遠く、それでも当初の宿題をちゃんと予定通りこなしつつ、そこそこのトラブルも経験しつつ(自らフォローも入れつつ)一日終了。これがワタシの誕生日です。正式に我らがチームの人員発表されたので、若い者を誘って飲みに行っても良いんだけれど、女房が待っている自宅へ大人しく帰宅へ。(最近、凝っている安い)赤ワイン飲みました。明日から四国方面で連続酒席なのにね。「大殺界」だかなんだか知らんが、こんなモヤモヤした毎日なのか。でも、一昨年のほうがずっとキツかった記憶もある。こんな時にはそれなりの遣り過ごし方がある・・・そんな人生のワザを覚えたのか。
Chopin 「アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ」〜ミケランジェリの演奏だけれど(「アンスピ」なんつう略語は止めましょうよ。恥ずかしい)1985年のライヴで再確認。今だったら「10枚組」第1集のCD2に含まれるが、かつて所有していたERMITGE盤で聴いてました。その時もよろしい印象は持てなかった。これは金盥を叩いたような音質のせいか?それだったら、曖昧模糊とした1949年録音のほうが、ずっと様子がよくわかります。ワタシはルービンシュタインの、ほっかり暖かい世界を思い起こしていたのでした。
2006年3月某日
明日がワタシの(めでたくもない)誕生日でして、既にノートパソコンを2台も購入しちゃったが、昨夜、そのお祝いと称して外食〜実態は女房のご飯支度回避行動。「河忠」は岡山市内ぴかいち!の味を誇る店だけど、「萩料理」というくらいだから醤油が甘いんですよね、九州よりもっと(少々閉口気味)。ダイエットは進んでいるが、酒量は増えているような?というか、体調快復で”飲める”ようになっているのか。本日、またカロリー調整しなくっちゃ。よろしくない。春めいて、暖かくなって参りました。
今朝、Elgar エニグマ変奏曲(1985年)/「威風堂々」5曲(1986年)〜アンドレ・プレヴィン/ロイヤル・フィルハーモニー・・・現役盤ですな。同じオーケストラ、作品でノーマン・デル・マー盤(1975年)が存在して、それも意外と知られていない名盤だけれど、さすがプレヴィン!素朴で自然体、そして清涼な歌に溢れます。バルビローリの甘美な節回しとは異なる魅力があって、涼やかであり、時に金管が爆発するロイヤル・フィルの魅力たっぷり。奥行きある録音極上。
さて、出掛けましょう。今週一週間乗り切りましょう。
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べつにどうの、という一日でもないが、どうもすっきりしない気分は雨模様のせいか?昼からお取引先にちょっとだけ寄ったが、特別な問題も事件もなし。いろいろと日常連絡問い合わせがあり、それを粛々淡々とこなして、早々に帰宅。ほんまは企画書や主催会議、出席会議の準備があるんだけれど、ま、明日一日空いてますから。
クルマで移動中、昨日のアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ第2集〜CD1「1949年ブエノスアイレス・テアトロ・コロン・ライヴ」を。(全部は聴けていません)・・・これは初耳音源ですね。かなり酷い音質でして、通販サイトのコメントではこの点を厳しい評価されている方もいらっしゃいましたね。ま、今回聴いたのはカーステレオだし、だいたい日常でも安物オーディオ(+耳も安物か)だから音質云々コメントする資格、ほんまはないんです。でも、その悪条件乗り越えて、ピアノの響きにしっかりとした濃厚なる芯を感じさせて、しっかり”聴かせ”ます。
Beethoven ピアノ・ソナタ第3番ハ長調という少々渋い選曲も、印象一変の説得力であります。彼の個性には似合わない(濃すぎるか?)と思ってきたChopin (ワタシお気に入り)「アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ」だって、自在なる浮き立つような熱気が感じられて(朦朧たるノイズ乗り越え)存分に楽しめました。
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オークションに出しているノートパソコンDynaBookSS3000に入札が入りました。ワタシのは少々旧式だけれど、ハードディスク増設済みだし、完動品ですから。ま、いくらで落札されるか知らぬが、これで嫁入り決定です。ちゃんと末永く使っていただきたい。金額の多寡じゃない・・・というのは数日前の繰り返し。
2006年3月某日
(日は変わっていないが、午前中でそれなりの文書量目となったので、スレッド追加)ダブり買いCD4枚+文庫本それなりをご近所BOOK・OFFにて処分。ぽかぽかと暖かく、歩いたらエエ運動です。で、先の「日誌」執筆しつつ、処分すべき本を選びつつ音楽をたっぷり楽しみました。
Schubert 弦楽四重奏曲ニ短調「死と乙女」/4重奏断章ハ短調(遺作)〜カスパー・ダ・サロ弦楽四重奏団(PILZ 160 231(c)1988 西ドイツ製)・・・このCDともずいぶん長い付き合いでして、ちゃんと聴いていないな、と思ったら、ちゃんと以前更新してますね。(ネット検索で発見した)匿名団体だそうで、イタリア弦楽四重奏団辺りの演奏ではないか?とのこと。1950年代〜60年代の来日団体は、ことごとくこの作品を演奏した、という(かつての)超・人気作品でして、ワタシは少々敬遠しておりました。こうして再聴すると、ほの暗い激情が雄弁に表現され、41分の長大なる甘い旋律がひたすら快感であります。これは近代的なスタイルによる立派な演奏ですね。甘過ぎない、巨魁に雄弁過ぎない。
BRILLIANTでSchubert 室内楽全集が格安にて手に入ります。(←ちょっと相場上がってますね)「死と乙女」絡みで、そのボックスを取り出したらSchubert ピアノ・トリオ 変ロ長調 作品99/D898〜イスラエル・ピアノ・トリオ(録音年不明。英CRD原盤)・・・この作品もお気に入りですよ。で、久々聴いてみると少々音質の鮮度が落ちますね・・・ちょっと集中できないな、と感じていると「ピン・ポ〜ン」と宅急便が到着。そういえばHMVに注文していたか。
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ10枚組第2集〜前回東京出張時に新橋キムラヤで探したけど切れていた(未入荷?)もの。(じつは苦手作品である)Beethoven ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」〜マリオ・ロッシ/イタリア放送ローマ交響楽団(1960年4月28日ヴァチカン・ライヴ)・・・これって、以前聴いてましたっけ?と、思ったらマッシモ・フレッチャ盤は1960年5月14日ライヴなんですね。こちらのほうも由緒正しからぬライヴ収録なんでしょうか、目の覚めるような、とは言いかねるが、意外と聴きやすい音質でこれは楽しめる一枚。(CD3)
驚くべき集中力と濃厚流麗な表現、完璧なテクニックによる白熱演奏!「苦手の作品でして・・・」などという戯言を一蹴するかのような、圧倒的な説得力で目眩く感動に充たされます。些細なるハプニングだけれど、最終楽章ラスト、わずかな音の静謐の狭間に雷鳴が鳴り響きます。ドキュメンタリーですな。続くRespighi 交響詩「ローマの噴水」も雰囲気ある演奏でした。
2006年3月某日
昨夜10時過ぎに女房帰還、駅まで迎えに行きました。オークションで落札され、送付済みだったノートパソコン「返品したい」とのメールがあり、どうしようか(液晶の状況が想像以上に良くない?)とのこと。いやぁ、困ったな、と思っていたら今朝「勘違いでした」とのメール再び有〜よかった。
昨日、この間、断続的に数度聴いていたCONCERTOROYALE「G.P.Telemann」(206244-360)隅々まで再確認。全体に音質が厳しいこと、演奏が玉石混淆状態であることはともかく、作品の方向がワタシの好みであることを確信。Bach も大好きだけど、より親しみやすく愉悦を感じさせる音楽だと思います。「玉」の代表はハンス・マルティン・リンデ(bf)/ヨハネス・コッホ(ガンバ)/ヒューゴ・ルフ(cem)のソナタ ハ長調/幻想曲ニ長調辺りか?、リンデ/コレギウム・アウレウム(ロルフ・ラインハルト指揮は表記ミスでは?・・・と思ったら、創立メンバーの一人であるとの情報)、あと、シュトゥットガルト・ゾリスデンがバックを務める数曲が、意外と充実している感じ。
でもね・・・Telemann「パリ4重奏」〜アメリカン・バロック(1986年)の演奏を聴いて、仰け反っちゃいました。古楽器(フルート、ヴァイオリン、ガンバなど)の技量の高さ、躍動するリズム、繊細なるニュアンスの妙、それを存分に捉える鮮明なる録音。1960年前後から20〜30年ほどのバロック演奏の変貌ぶりには驚くべきものが!・・・シェリル・アン・フルトンによる「Triple Harp」ってどんな楽器なんでしょうか?リュートみたいなかそけき音で、儚げに鳴っております。(AMONNA CD-SAR 39)CONCERTOROYALE(=VOX)盤はやはり音質に問題有り過ぎ、マニアにしか勧められないか(ワタシはXOVマニアか?)。
厳父・大Bach カンタータ第147番「心と口と行いと生活で」〜リューシンク/オランダ・バッハ・コレギウム/オランダ少年合唱団/ホルトン(s)/ブヴァルダ(ct)/ショホ(t)/ラムセラール(b)(2000年)・・・散々Telemannを称揚してきたが、Bach の(誰でも知っている歌ってる)作品は、最初の柔らかなトランペット(古楽器+オーボエ)が鳴り出すと、んもうその魅力的な響きにココロ奪われました。声楽、器楽ともベストの技量ではないと思うが、素朴と敬虔がはっきり感じられ、なんせ録音が新しいのも嬉しい。ルース・ホルトン(s)の清楚誠実さに痺れます。オブリガートするジョン・ウィルソン・メイヤー(v)もしっとり。
「主よ、人の望みの喜びよ」が流れ出すと、そこは至福の世界であります。無宗教なワタシでさえ、神々しいものに対する無垢な感謝の気持ちが沸き上がる・・・器用じゃないが、暖かい演奏でした。(BRILLIANT 99380/1)
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ10枚組(第1集)〜Schumann ピアノ協奏曲イ短調(ミトロプーロス/ニューヨーク・フィル1948年)/Franck 交響的変奏曲(ウォーレンシュテイン/ロサンゼルス・フィル1949年。これが一番音質的に厳しい)/Grieg ピアノ協奏曲イ短調(ガリエラ/スカラ座管弦楽団1942年)・・・ずいぶんと以前(10年以上か?)からあちこちよく見掛けた一枚でして、Griegはダブり、というか馴染みの(凄い)演奏です。自在なるテクニックを操って、濃厚なる浪漫が溢れる集中力演奏。音質の不備乗り越えて、思わず身を乗り出すような熱気充満してます。Franck は太古AM放送のエア・チェック並か。
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ソフトバンクがボーダフォン日本買収へ〜じつはコレ、大きなニュースなんです。言うまでもなく電話事業の軸はケータイに移行していて、それでも周波数割り当てで、新規事業者は既存勢力の枠に参入できなかった。通話料(基本料)がバカ高いの周知の事実であって、インターネットの接続料金並に「価格破壊」を期待していたけれど・・・「買収」という大ワザがあったんですねぇ。「カネがあればなんでもできるのか」みたいな浅薄な論議さておき、カネがあれば新しい事業展開可能です。(使う側のココロの問題じゃないですよ)孫さん、やってくださるでしょうね、”激安ケータイ”を。
岡山県警から、犯罪情報・被害者情報もネット流出事件〜「Winny」で。バカ(確信を持って、声高に!言いたい)ですよ。世の中に”ワタシはパソコンを使える”と大勘違いしている人間は多いけど、ワープロやメールOK、エッチなサイトが見られるくらいで”使える”なんて思ったら大間違いでっせ。ほんまはウィルス対策ソフトなど使わなくても、ちょっと気遣い工夫で対策は(かなり)可能でして、ワタシの5年間の経験では「AVG」が発動したのは一回のみ。(スパイウエア対策も重要です)
安全対策やら、ましてや”ファイル交換ソフト”の恐ろしさを甘く見ているのは笑止千万として、生活を豊かにする、お仕事を正確に合理化、かつ労働時間を短縮して、ほかの仕事を充実させる、または遊ぶ・・・ということです。ま、端で見ていると、むしろ”ムダな仕事を増やす”人々が多いこと!ましてや、公(おおやけ)の情報を扱う人間が、そんな基本知識さえ持っていないという驚くべき実態。ことの結末は見えているが、もっとOA一般を使えないエラい人達が、がんじがらめに”規制強化”をしてくる、ということでしょう。正しい”合理化”さえ。
「厳罰より学習支援を」〜山崎千津子さん(高松少年鑑別所部外協力者。元教員)・・・今朝の朝日新聞では一番感動した寄稿であって、少年犯罪の低年齢化、凶悪化、そして厳罰を求める風潮は高まっているが、彼女の鑑別所での実践を見ると、それは一面的な見方ではないか、大多数の少年は再生が可能なのではないか、との思いを強めます。書評欄では(テレビでお馴染み)宮崎哲弥さんが「ニート」って言うな!(光文社新書)を取り上げていて、これはぜひ読みたいな、と感じさせる評論。
先月の朝日新聞では同趣旨の話題が取り上げられたが、乱暴粗雑な「ニート」分析に警鐘を鳴らしているみたいですね。どうも表層浅薄なる発生事象分析から、結果と原因を取り違えることが多いようで、ワタシは(何度も書くが)これは単なる”就職難”の結果だと思っております。そして、実際に就職できない若者が増えると「ニート」と騒ぎ出す・・・
ふだん「ノウハウ本」を読まないワタシだけれど、そんな2冊(さらりと)読了・・・まず有名な著作である長田孝行「食べてやせる!低インシュリン・ダイエット」(ワニ文庫)・・・なるほどね。もしかして2回目の読了かと思うが、現在ダイエット実践中としては納得するところが多いもの。一気に血糖値を上げる食物、食べ方だとインシュリンが大量に放出されてしまって、それが肥満を呼ぶ・・・(場合によっては糖尿病を発症する)ということでして、低GI値のものを食生活の中心に据えろ、という主張であります。
なるほどね。同じカロリーであっても身に付き方が全然違うと言うことだね。代謝を下げない努力(やはりスポーツは重要)とか、炭水化物を抜く危険性にも言及され、”単品ダイエット”などという非科学的非健康的手法とは一線を画すもの・・・結論的にワタシはかなり実践しておりました。ま、本は売れないと仕方がないから、少々”期待持たせ過ぎ”的表現多いが。(こんなにおなかいっぱい食べているのに、どんどん痩せていく実例!とか)
佐々木康之「パソコンで仕事が10倍おもしろくなる!」(宝島新書)・・・2001年の出版だからやや情報が旧いが、基本のツボは使えます。「自分のホームページを持とう」辺りは現在なら「ブログ」なんだろうね。「自分の居場所を確保しようとすれば、情報を囲い込むのではなく、みんなで共有しようとする姿勢を持たなくてはいけない」〜これは情報化時代の基本姿勢でして、情報を発信しない人間に情報は集まらない、という大原則であります。(高度成長時は情報を独占し、隠し、選別することがエラさんのお仕事でした)
「文章を書きながら考えを整理すること」これも納得。文書作成のノウハウも出ているが、基本は(サイトであれメールであれ、そしてブログであれ)「真っ黒にしない」こと。この音楽日誌も数行毎に「余白」あるでしょ?画面横にもあるでしょ。時々、画像を入れるでしょ。でもね、大切なのは書き手の「主張」と「思い」だと。あと、ソフトは”使い分け”が重要で、しかも一定の絞り込み(使い込み)が大切である・・・そのソフトの実例も出ているが、偶然にもワタシとほとんど変わらない・・・というか、こちらいっそうシンプルであります。
2006年3月某日
昨日は毎週サイト定例更新であることを失念・・・さきほど一日遅れで更新しました。朝一番で女房を駅まで送っていったり、お仕事は余裕で即、外出する予定で(ナイショで)自家用車を職場横の有料駐車場に止めたら、小さめではあるが手の掛かるトラブル処理有・・・結局、駐車料金1,400円!しかも、続けて大トラブル発生!商品調達ミス発覚!別便仕立て(経費掛かるが信頼に換えられない)で大苦戦・・・ケータイで善後策出しまくり。
自宅にいったん寄って昼食もそこそこ、息子に荷物送り、オークションのノートパソコンも送付。取引先へ商談(トラブル発生の当該者です)へ。事務所につかつかと(当たり前のように)入っていって、あちこち知っている人々(エラいさん含め)から声掛けられて、お土産(試食品)たくさんいただきつつ商談。もう4年のお付き合いか・・・彼もそろそろ異動かとおもうが、ワタシの持ち分担を(ますます)減らして若手に引き継ぐ予定なので、シミジミしちゃいました。取引先とはお仕事のお付き合いとはいえ、こんなに親しくなるとは・・・晩飯を買って帰ろうと思っていたけれど、お土産には惣菜もあったので、そのまま(そこのご近所でもある)スポーツクラブへ。
ジムで小一時間しっかり汗を流して体重量ったら、更に順調に減ってます。そのまま帰宅すればエエのに、電気屋に行ったのが運の尽き〜4万円弱のミニノートパソコンFMV650MC8C/W(中古リフレッシュHD新品交換済)購入・・・数日前、一台買ったばかりなのに!これはお小遣いで買いましょう。一年半ほど(主にお仕事、出張用に)使ったDynaBookSS3000(改造済)が、さすがに最近少々使用感的にかったるいというか、実用的な水準から離れてきた、というか・・・
夜一人だし、既にOSもセットアップ済だけれど、要らぬソフトやおせっかいなるXP(SP2)の設定を抑制して、ウィルス対策ソフト(AVG)入れたり・・・で深夜まで。ま、そんなこんなで音楽に集中できず。で、定例サイト更新失念へ・・・となります。部屋は阿鼻叫喚状態だけれど、これからスポーツクラブへ行って、それからお掃除。
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行って来ましたスポーツクラブ。我ながら真面目でんなぁ。昼前には帰宅して、しっかりとお掃除+一部模様替え。カルく昼食をとってノートパソコン設定継続・・・どうもいろいろと思うように、自由自在に順調にならない。パソコンなんてどれでも原理は一緒だけど、ビミョーなクセがあるもんです。とくに無線LANの機器が中古激安寄せ集めなので・・・相性問題で四苦八苦。
クルマにて、Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ヤーノシュ・フェレンチーク/ハンガリー・フィル(1981年)
・・・これも国内プレス盤(GES-20002)で、オンマイクで残響不足、奥行き不足でやや平板・・・なのは演奏ではなくて、あくまで音質的なこと。峻厳で集中力のある演奏です。以前に「誠実だけれど、まるで日本のオーケストラのような・・・」みたいなことを感じた記憶もあるが、たしかにそう言えないこともないか。(輸入盤だと印象はかなり変わるんです)* 帰宅後、部屋で再確認したが、乾き気味ではあるが、クルマで聴くほどの違和感なし。なにより、アンサンブルのテンションに驚きますね。第8番だってぴかいちの元気良さ。トスカニーニ方面ですね。
それと(既にBBSに書き込んだけれど)Telemannの件、「ダルムシュタット組曲」ハ長調(ご教授いただいて作品判明)〜ギュンター・ケール/マインツ室内管弦楽団(CONCERTOROYALE)再聴、「メヌエット」で音とび一箇所(針飛び?)有。演奏サウンド音質も少々ガサツながら、ウキウキするような楽しい作品ですね。次のCDに「トランペットのためのソナタ(調性不詳)」「トランペット協奏曲 ニ長調」〜ホリー(tp)/フェルバー/ヴュルテンベルク室内管弦楽団が収録され、実質トランペット協奏曲が続きます(これも作品詳細はわからない)。これも少々音質が厳しいが、思わぬチェンバロ・ソロが登場して、それに弦が絡んでいく、しっとりとした美しい作品でした。チェンバロがふた昔前の金属的な音色ですが。
2006年3月某日
昨夜は(お仕事調整のストレスもあってか)痛飲しちゃって、今朝酒が残ってます。いつもは9時で終わるんだけど、11時くらいまで飲んじゃったなぁ。良くない飲み方猛省。きょうは昼から地元取引先と定例商談だけど、さすがにその頃には酒臭くないでしょ。そのまま帰る予定で、女房は本日から大阪の実家に行ったし、そのままスポーツクラブでも行くか。体重は順調に減ってます(酒はダイエットに影響ないのか?)。頭痛も残っているので、音楽聴いてません。
2006年3月某日
3月というのにまだ寒いですね。行ったり来たりで、春はもうすぐ。さ、気持ちを引き締めていきまっしょい。中古2,000円ノートパソコン(+メモリ増設2,400円だったか。壊れた一代前のが3,480円?多くその部品流用)はオークション6,000円で落札されました。ま、金額の多寡ではなくて、”動くものをちゃんと活用していただける”ということです。ありがたい。
Sibelius 交響曲第2番ニ長調〜ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団(1966年ライヴ)・・・CD一枚で43分収録は贅沢だけれど、オン・マイクで音の肌理が粗く、硬質強烈なサウンド(ステレオ録音)は録音のせいばかりとも言えないと思います。コンセルトヘボウとの録音でも感じたが、”北欧孤高の荒涼”方面でなく、もっと充実した厳しい集中力が凄い。ワタシはセルの大ファンだから、この”厳しさ”は快感感動であります。但し、”癒し系”からはほど遠い強靱なる演奏だから、聴く時期・体調・精神状況を選ぶと思いますよ。ま、海賊収録っぽい音源だし、ちゃんとした録音だったら印象ガラリと変わるかも知れません。終楽章ラストのいやます切迫感に、胸もアツくなりました。(VIRTUOSO 93020)
昨日の流れで、今朝Beethoven 交響曲第7番イ長調〜ヤーノシュ・フェレンチーク/ハンガリー・フィル(1981年)を。この作品、こどもの頃は(全9曲中)一番好きな作品だったのに、ここ数年何故か苦手となり、聴く機会が少なくなりました。これが、この作品特有にある、押しつけがましい元気の良さ方向ではなく、抑制とバランス、質実を感じさせて素直に楽しめます。ジミな演奏ですけどね。昨日の第5番で”鳴らないオーケストラ”との(かつての自らの)コメント引用したが、これは音質問題かな?じつは第3/8番(GES-20002)、第7/1番(GES-20004)、第5/4番(GES-20001)は(p)1994の国内プレス。第6/2番(15 903)、第9番(15 905)は先月東京で購入した分でこれは(p)1988のUSA盤となります。
ワタシのボロ・オーディオだけれど、(国内盤)第7番は、ぼんやりベールの掛かったような音質でして・・・”鳴らないオーケストラ”に聞こえないこともない。USAプレス(6年も前なのに)のほうが一皮むけた明瞭さがあって、優秀録音とは言えないかも知れないが、細部の様子鮮明(例えばアンサンブルの微細なズレとか)です。いずれ、ヴィルトゥオーゾなオーケストラではないが、質実な味わいが快い。
では、行って来ます。
2006年3月某日
平日にお休みいただきました。二転三転のお仕事分担で、けっきょく元に戻ったり(ま、詳細分担変更・人員入れ替えの引継を考えなくっちゃいけないけど)で、どうも精神的に疲れてしまって・・・ワタシは大殺界(女房見立てによる)だそうだから、あまり変化せず”継続”が望ましいそう。だから、これで良いのでしょう。東京出張の切符を取らなくっちゃ。ココロ安らかに音楽を楽しめない。書籍にも集中できない。そんな昨日でした。なんとかテンションを戻さないと。
それでも深夜にアルフレッド・コルトーのピアノを聴きました。Chopin の小品集(1954/55/57年)・・・少々無定見な寄せ集めCDだけれど、流麗な技巧とは言い難い、トツトツとしたタッチが暖かい。前奏曲第24番ニ短調(1955年)辺りは、全然指が回っていなくてかなり悲惨だけど。(別な作品に聞こえちゃう)Schumann ピアノ協奏曲イ短調〜ロナルド/ロンドン・フィル(1934年)は第2楽章しか含まれないのが残念なほど、まったりとした味わいが濃い。ほかDebussy 前奏曲集ほか4曲(1932年)Ravel はソナチネがちゃんと3楽章とも収録(1931年)され、ラストはBrahms の子守歌(コルトー編1940/1年)。
やはり、旧い録音のほうがテクニックに不安が少なくて聴きやすいと感じました。
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休みでも生活のリズムを崩さない。というか(若い頃から、最近はいっそう)早起きになっていて、あまり睡眠時間は多いほうじゃないんです。(出張移動中は居眠りが楽しみだけど)新しく購入したノートパソコン用の光学マウス(タッチパッドは嫌いです)を探しに、サブい雨の中、歩いてパソコン屋(先日とは別の店)迄行ってみたら、なんと!お休み。エエ運動になりました。が、ムダ足。(風邪ひいたか?)やや調子の怪しいスキャナと併せて、今度の休みに探しましょう。それまでにはオークションに出したパソコンも送付済みになっているはずだし。本日「LvieNX LV-13」のHDDをきれいに(OS以外)データ処理しました。
Shostakovich 交響曲第5番ニ短調 作品47〜バーンスタイン/ウィーン・フィル(1979年ライヴ)を久々・・・というか、コレあきらかにウィーン・フィルの音じゃないですね。(ANF LIVECLASSIC LCB-027)バーンスタインの濃厚怒濤の表情ではなく、率直で勢いもあり、金管はロシア風ヴィヴラートがいかにもそれらしい。けっこう楽しめる演奏です。ちょっと更新用文書も準備しちゃいました。(未更新)フィルアップのProkofiev 交響曲第1番ニ長調「古典」〜クラウディオ・アバド/ヨーロッパ室内管弦楽団(1986年ライヴ)・・・これは溌剌と若々しい躍動でした。(正真正銘!だと思います)
朝日新聞の「論断時評」〜金子勝 慶応大教授のコメントは辛辣です。メディアは小さな嘘やゴマカシの積み上げで「スター」を作り上げ、それが露呈すれば「悪者」として徹底的にバッシングする。そして飽きれば、それでおしまい。問題の本質はどこかに消えてしまう。これは一連の「ホリエモン」騒動のことだけれど、小泉構造改革の定着の結果であって、メディアはその暴走に警鐘を鳴らせない。インセンティヴという名の「成果主義」は、日韓ほぼ同時に発生した研究論文捏造事件へとつながり、挙げ句、その流れで「永田メール」事件で民主党は壊滅的打撃を受けちゃう・・・日本は大殺界か天中殺か。ワタシもココロしないと。
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ヤーノシュ・フェレンチーク/ハンガリー・フィルのBeethoven 交響曲全集は、数年掛かって先月ようやく全部揃いました。調べてみると1981年のアナログ録音らしいですね。購入時聴いた交響曲第9番ニ短調は驚くほど立派な演奏だったが、久々交響曲第5番ハ短調を再聴。”鳴らないオーケストラ”とか”正しいBeethoven ”とかエエ加減なコメントばかりだけれど、これは正統派の充実した演奏です。ワタシの苦手系の音楽だけれど、午前中のShostakovichもそうだけれど、きょうはしっくり胸に染みました。
Telemann 組曲ハ長調(作品番号わからず)〜ギュンター・ケール/マインツ室内管弦楽団・・・CONCERTOROYALE3枚組は興味深い音源が含まれるが、作品出典がよくわからない、表記が不親切なものも多いんです。これは(いつもの感想だけれど)Bach をうんと明るくしたようで楽しい!音質的には少々厳しくて、それ故か先月のMozart よりアンサンブルが雑に感じないでもない。
有名なる3台のヴァイオリンのための協奏曲ヘ長調(「食卓の音楽」第2集)〜ラウテンバッヒャー、シェファー、エッガー(v)/シュトゥットガルト・ゾリスデン・・・これは実力派のソロが自在に歌った、楽しい演奏です。オーボエ協奏曲(調性表記がないが短調です)〜アルフレッド・スー(ob)/シュトゥットガルト・ゾリスデン・・・これも同様の愉悦感有。