2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
本日は終日雨予報。昨日は最高気温25度Cに至ったそう。前夜もいつもの早朝覚醒、ぼんやり小一時間ネットなど眺めてちょっぴり二度寝いたしました。ヘルシー朝食後、ストレッチ入念に背中奥の違和感を確認しつつ、短いYouTubeエアロビクス済ませて市立体育館を目指しました。葉桜ばかり、もうちょっとで短パンでも大丈夫な季節に至っております。途上、若い女性に颯爽と追い抜かれ、自分もさほどに遅い歩みでもないはずが、どんどん離されました。トレーニングルームは空いていて、バーベルメンバーは若い顔触れに変わっておりました。いつも通りしっかり鍛えて汗は盛大、シャワーも使って体調は整いました。今朝の体重は66.15kg▲300g。菓子を手許に置かない、買わない生活が功を奏しております。
数日前名古屋で先輩と呑んだけど、次回の日程の記憶がない・・・確認すると6月に非ず、7月中旬でした。大阪に4人やってくるんだよなぁ、伊達や酔狂の世界ですよ、ちょうど一年前いっしょに萩旅行に出掛けたメンバーとほぼ同じ。
安物人民中国製スマートウォッチは女房殿と交換してすっかり馴染みました。昼時点6,915歩/4.74km/816kcal消化。体育館へ出発するときに「ウォーキング」登録すると、その運動量が記録されます。ところが安物だからスマホ連動の仕組みが違う、以前のはウォーキング開始とともにスマホも動き出して終了後移動コースが記録されます。GPS連動しているのでしょう。ところが現在使用している安物スマートウォッチは歩数距離カロリーのみ、次回スマホ・アプリ起動時に同期するのみ、コースは記録されません。でも運動量はわかるし、これで充分機能は足りて通話着信(通話はできない)SNS着信内容メールなど確認可能。満足しております。
Shostakovich 交響曲第1番ヘ短調〜ユリ・アーロノヴィチ/モスクワ放送交響楽団(1964年)・・・Yuri Ahronovitch(1932-2002露西亜→以色列)1989年ライヴ音源とは別、1972年亡命前の珍しい音源。フェドセーエフのオーケストラに非ず(後継)ロシア国立シンフォニー・カペラのことらしい(確信はない)。この辺り、旧ソヴィエットから露西亜の楽団呼称は難物でした。音質は予想外にクリア、オーケストラは優秀。初演は1926年(ニコライ・マルコ)熱狂的な大成功であったそう。二管編成+7種の打楽器、ピアノも入って、栴檀は双葉より芳しく才気走った19歳の作品。不安げであり、ユーモラス、ヴィヴィッドに多彩なサウンド、わかりやすいメリハリある旋律。ノリノリのテンションも素晴らしい、粗野な金管も輝かしい演奏でした。ラスト辺りの切ないチェロ・ソロなど絶品。(30:47)
Shostakovich 交響曲第8番ハ短調〜ニコラス・ブライスウェイト/アデレード交響楽団(1988年)・・・この作品は1943年初演(エフゲニ・ムラヴィンスキー)四管編成、ティンパニ先頭に9種類の打楽器が入ります。戦争の悲惨さを描いた作品らしい。ムラヴィンスキーの1947年録音は壮絶だった記憶もありました。
Nicholas Braithwaite(1939-英国)が濠太剌利南部のオーケストラ(1936年創立)を指揮した珍しいABC音源。以前にSibeliusの交響曲(全集)を聴いていて、意外と誠実なアンサンブルに驚いた記憶もありました。Shostakokovichにはちょっとテンションが低くて、作品個性的に難しいかも。あちこち比較するために作品を幾度聴きなおして、理解は深まりました。
第1楽章「Adagio/Allegro/Adagio」ごりごりとした低弦は「スパイ大作戦」のテーマに似て、その迫力、追い詰められたように切迫した表情には不足気味。弱音部分でのテンション維持にも苦戦して、後半戦に入って精一杯の金管の絶叫、打楽器のアクセントや高揚はなかなかの大奮闘!狂気を伴う切ない慟哭に不足するのは、音質印象だけではないでしょう。(26:46)
第2楽章「Allegretto」晴れやかな賛歌みたい?弾けるようなスケルツォ。ここも少々響きは薄く、ヒステリックな躍動とノリに足りない。(6:20)
第3楽章「Allegro non troppo 」無機的無感情な弦がリズムを刻んで、管楽器がヒステリックな合の手を入れるオモロい趣向の疾走。もっと荒れ狂うパワフルな凶暴さは欲しいところだけれど、かなり頑張っておりました。(5:42)(Attacca)
第4楽章「Largo」緩徐楽章は寂しげに静謐かつ不安げ。弱音になると音楽の流れや表情の変化が分かりにくくなるのが残念なところ。(12:22) (Attacca)
第5楽章「Allegretto」ファゴットから始まるハ長調だけど、あちこち不安げな表情を孕みつつ、気分は高揚して打楽器を伴って金管の壮絶な爆発がやってきて・・・力が抜けたような静謐に収束する・・・この辺り、元気な勝利じゃないから当局には問題視されたんだそう。やはり弱音部分での緊張感は維持できぬ、オーケストラの弱さを感じました。(16:06)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日朝は好天。たっぷり洗濯したあとに曇って、幸い雨の心配はなく夕方には気持ちよろしく乾きました。上の孫が初登校、未だ給食時間迄の授業はなくて、おそらく弁当を持って行ったんでしょう、授業後無事学童倶楽部(?とやら)に到着したとアプリに連絡があったそう。だれでも経験することなのに、我が孫にはいつまでも赤ちゃんのイメージがあるから不安なものです。
京都府南丹市の行方不明だった小学生のご遺体発見、ご家族の悲嘆心痛は想像に余りあります。日本の安全神話は確実に危機が迫っている。洪牙利では16年ぶり親露政権交代へ、さて欧州はどう動いていくのでしょうか。
ストレッチと短いYouTube体操済ませて、女房度の指示で京橋迄。使わなくなった銀行口座の解約は本人じゃないとできないそう。放置しておくと経費が掛かるのですか?往復しっかりマスクして(花粉症対策)あっという間に手続きを終え、最寄りの駅迄戻ったらちょうどお昼時。コミュニティ・バスの時間も中途半端・・・禁断のラーメンを喫してしまいました。駅前のラーメン屋はたしか3度目、ここは絶品の鶏白湯味、大評判に間違いない店、満足いたしました。総歩数は6,500歩ほど、いちおう一日の目標はクリア出来。
スマホの件学び続き。機種変更来スマホで撮影した写真が「Googleフォト」に保存されない・・・あれはGoogleのアカウントで自動で設定されるものじゃないのか。調べてみると「保存を許可する」設定が必要だったのですね。また、お勉強になりました。ほんまにスマホの扱いには慣れていない。
右腰奥の違和感は背中に移動中。軽快?しつつ微妙な不快感は続きます。今朝の体重は66.45kg▲350g。夕食を抑制したのが減量の成果になりました。
Saint-Sae”ns 組曲「動物の謝肉祭」〜エフレム・クルツ/フィルハーモニア管弦楽団/ヘプシバ・メニューイン(p)/アビー・サイモン(p)(1959年)・・・Hephzibah Menuhin(1920-1981亜米利加)の音源がまとめて発売され、その中に含まれていたもの。これも文部省選定の音楽。自分が買ってもらった17cmLPはまさにこの演奏でした。Efrem Kurtz(1900-1995露西亜→亜米利加)だった記憶はあって、ピアニストは記憶なし(おそらく表記もなかった)Abbey Simon(1922-2019亜米利加)との二人だったことは今回ようやく思い出しました。
岡崎友紀(1953-「奥様は18歳」が懐かしい)のナレーターでかつてCDも入手しておりました。(「ピーターと狼」との組み合わせ/新星堂1000シリーズ)
1886年室内楽版初演。fl(ピッコロ持ち替え)/cl/グラスハーモニカ(チェレスタやグロッケンシュピールで代用)/シロフォン/ピアノ2台/弦5部の編成。パロディを多く含む、愉快にユーモラスな作品。
久々に拝聴して、音質はいまいち。例えばアルゲリッチの「ピアニスト」は思いっきりヘタクソ、大仰な表現を思い出せば、こちらごくごくオーソドックスな演奏なのでしょう。楽しい作品ですよ、「亀」は「天国と地獄」の「カンカン」を思いっきり遅いテンポに優雅に歌ったパロディだし、「象」はコントラバスによるユーモラスなワルツ。「水族館」は幻想的、「鳥籠」のフルートは爽やかそのもの、「化石」の骨が鳴る描写もリアルにユーモラス。「白鳥」はしみじみチェロが優美な名曲中の名曲でした。愉快な作品を堪能するには充分な存在でした。
序奏と獅子王の行進」(1:58)「めんどりとおんどり」(0:49)「らば」(0:33)「亀」(1:48)「象」(1:14)「カンガルー」(0:58)「水族館」(2:25)「耳の長い登場人物」(0:46)「森の奥のカッコウ」(1:56)「大きな鳥籠」(1:16)「ピアニスト」(1:38)「化石」(1:15)「白鳥」(2:54)「終曲」(1:54)
Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜エーリヒ・ラインスドルフ/ボストン交響楽団(1962年)・・・Erich Leinsdorf(1912-1993墺太利→亜米利加)はボストン交響楽団音楽監督在任1962-1969年、前任シャルル・ミュンシュの熱狂に馴染んだ聴衆には不評だったそう。歴代ボストン交響楽団によるBeethoven交響曲全曲録音はこれのみ。
1804年初演、古典的二管編成+ティンパニのこの作品は彼の交響曲中一番のお気に入り。この辺りRCAのLiving Stereoの水準は健在でした。世間の玄人筋には注目の全集らしいけれど、中庸質実、重心低く地味にオーソドックスな完成度でした。
第1楽章「Allegro con brio」慌てず力まず、じっくりと腰を落ち着けて中庸のテンポは亜米利加風に非ず、欧州系落ち着きのある重心の低い、渋いサウンド。弦、木管もホルンも惚れ惚れするほどしっとり深みがありました。提示部繰り返しなし。(15:35)
第2楽章「Marcia funebre: Adagio assai」一歩引いて泣きの涙や情感に溺れず、入念な表情に歩む葬送行進曲。慌てず煽らず、厚みのある響きを維持して粛々と高揚、やがて聴き手の胸を打つ名人芸。オーボエはRalph Gomberg(1921-2006亜米利加)フルートはDoriot Dwyer(1922-2020亜米利加)でしょうか、しみじみ美しく鳴っておりました。(16:09)
第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」軽妙なスケルツォは控えめのテンポに優しく始まって、じょじょにパワーを加えて要らぬ力みはありません。トリオのホルンも抑制が効いてあまり際立たない。(6:07)
第4楽章「Finale: Allegro molto」怒涛の始まり〜に非ず、歩みは中庸のテンポに、磨き上げられたサウンドは魅惑。各変奏も悠々と慌てずていねいな仕上げ、テンポの動きも頻繁ではない、噛み締めるような旋律の歌と流れに恣意性を感じさせぬスケール、堂々たる納得のフィナーレに仕上がりました。ラストのホルンの迫力には痺れました。(12:02)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
新しい一週間が始まって、本日最高予想気温は24度C、ほんまの春がやってきております。
前日散々呑んで体調を心配したけれど、幸いなんということもない。いつもどおりの朝のストレッチ、軽いYouTube体操を済ませて市立体育館へ。マスクを着用したのは花粉予報に「盛大」とあったため。道中、桜はほぼ葉桜へ、残り花が少々あるくらい。つつじが満開になっております。日本の四季は美しいですね。トレーニングルームはまずまず空いていて、いつも通りのMy メニュー消化は快調、しっかり汗が出る季節に至っております。シャワーを使ってちゃんと着替えて気分爽快、右腰奥の違和感はかなり軽快して、これは数週間ぶりのことでした。今朝の体重は66.8kg+150g。久々唐揚げ調理して、しっかり喰ったからね。
そう云えばスマホのバッテリーの件、朝充電して名古屋往復、帰りの新幹線でも充電できるように準備したけれどけっきょく使わず、帰宅時には35%でした。ま、一日保てば実用の範囲内かも。それと機種変更に伴うLINEの引継ぎと云うのは数日分しか残らぬことを思い出しました。事務局の先輩より9月の京都OB会の日程が案内されたのはよろしいとして、次回大阪に遊びにくるはずの6月の日程の記憶がありません。1月新年会の時もそうだったけれど、皆年寄りは早くやってきて早く帰るから昼12時スタート、前回と同じ店では申し訳ないから別なところを探さなくっちゃ。
以前にも言及したけれど、居酒屋のスマホ注文が広がっているというSNS投稿拝見。あれは店側にとっては比較的経費が掛からぬ便利な仕組みらしい。
50代おっさん「居酒屋のスマホ注文は『流れ』がぶった切られて無粋」とブチギレる
大きい声では言えないけど 居酒屋のスマホ注文で自分のリソースを使わされるのが嫌って人、器小さすぎませんか
なるほど。自分はそんなに不快じゃないけれど、爺友はそんな感じでした。紙のメニューと違ってディジタル画面は「一覧性」が弱点、「なになに(料理名)注文して」と云われてもそれがどのジャンルに入るのか確認しないと探せない。もっと困るのはLINE登録して注文、これはあとでブロックするのが面倒くさい。もちろん我がスマホみたいにバッテリーが弱っているのも難儀しますよ。
危惧した通り通り亜米利加/伊蘭停戦協議決裂、バンス副大統領は巴基斯坦より帰国とのこと。さて、ホルムズ海峡はどうなる?
Strauss 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(1963年)/交響詩「ドン・ファン」(1960年)/交響詩「死と変容」(1959年)〜ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団・・・Eugene Ormandy(1899ー1985洪牙利→亜米利加)によるCBSステレオ録音。このあと1970年頃にRCA再録音があったはず。
これが音質もクリアだし、オーケストラはゴージャスに輝かしく、瑞々しく、厚みのある響きは余裕、過不足のない端正、オーソドックスな表現も最高。LP時代日本での不人気が信じられないほど、華麗な仕上げに耳を奪われました。
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」は1895年初演。輝かしく華麗な響きに弾むような躍動表現。オーケストラのパワーはあり余るほど。(15:51)
「ドン・ファン」は1889年初演。独欧系とは色が違うけれど骨太豪快なホルンの「ドン・ファン」のテーマにぶちのめされました。(16:57)
「死と変容」1890年初演。静謐が続く死の病床の弱音はしっかり響いてリアル、死との戦いの高揚、浄化されたラスト部分弱音の洗練も瑞々しいもの。(23:44)
交響詩「ドン・ファン」には1955年音源もたまたま手許にあって、いちおう確認してみたけど、あまり雰囲気は変わらない。モノラルでもかなりの優秀録音、でもステレオ録音があればよいかな。(16:45)
Grieg 劇音楽「ペール・ギュント」 第1組曲 作品46/第2組曲 作品55/組曲「ホルベアの時代から」/トロルドハウゲンの婚礼の日/ノルウェー舞曲〜モーリス・アブラヴァネル/ユタ交響楽団(1975年)・・・
20年ほど前に散々屁理屈コメント後処分したCD2枚組。Maurice Abravanel(1903-1993瑞西→亜米利加)のGrieg音源を半分ほど再聴できました。彼は1947-1979年長期に渡りユタ交響楽団(ソルトレイク・シティ)の音楽監督を務めました。
Edvard Grieg(1843-1907諾威)の旋律はどれも短く平易、民族風に懐かしく、情感豊かなものばかり。アンサンブルは予想外に優れ、鄙びてジミな音色も作品によく似合って、しっとり落ち着いて良く歌いました。VOX録音による音質も、低音にちょっと不足するけれどまずまず良好。
劇音楽「ペール・ギュント」は1876年上演、二管編成+8種の打楽器、ハープ、ピアノ、オルガン+声楽、ハリングフェーレ(諾威の民族楽器とのこと)も入るそう。1891年組曲版ではハープ、ピアノ、オルガン、声楽、民族楽器は省かれておりました。なんせ自分の世代は文部省選定作品、細部迄旋律は馴染んで、出会いはアーサー・フィードラーでしたっけ?筋書きはどうしようもないクズ男ペール・ギュントの放浪物語・・・らしい。しみじみとした歌と意外にリズムのアクセントもしっかりとした演奏でした。
第1組曲/清々しい空気漂って北欧の清涼な情景広がる「朝」(3:57)哀切に沈む弦が粛々と嘆く「オーセの死」(4:00)妖しくセクシーな「アニトラの踊り」(小学校のダンディな音楽の先生は「アニトラ姉さんの踊り」と説明しておりました)(2:15)「山の魔王の宮殿にて」は怪しいファゴットから始まって徐々にテンポを上げて不気味な風情が高揚する名曲。ここはパワフルな爆発でした。女声が入っている?ように聴こえるけど違うのかな。(2:25)
第2組曲/「イングリッドの嘆き」切迫する始まりから、クズ男ペール・ギュントから一夜で捨てられた富豪の娘イングリッドの哀しみが歌われます。(3:50)「アラビアの踊り」賑やかにリズミカルな躍動。ここは立派な演奏でした。(4:40)「ペール・ギュントの帰郷」彼の帰郷はあまり歓迎されていないような?風雲急を告げる劇的場面。(2:48)「ソルヴェイグの歌」これは「朝」と並ぶ一番人気でしょうか。故郷にパール・ギュントを待ち続け、中年に至ったソルヴェイグ絶品の歌。ここでは弦が静謐に絶品、寂しげに歌うけれど、女声ソロのイメージが強い。(4:44)
組曲「ホルベアの時代から」は1884年ピアノ作品として初演、1885年弦楽アンサンブルに編曲さた、バロック風情の弦楽アンサンブル。憧憬が湧き上がるようにヴィヴィッド躍動する名曲。ユタ交響楽団の弦は意外とリズミカルに、しっとり仕上げでした。
躍動する「Prelude」(2:45)しっとり落ち着いて情感漂う「Sarabande」絶品(4:01)溌剌リズムをアクセントを刻む「Gavotte」(3:07)「Air」ここはバロック風に非ず、纏綿と寂しげに歌うところ(5:00)「Rigaudon」細かい音型が剽軽な、いかにもバロック風情の合奏協奏曲+甘い哀愁も漂いました。(2:46)
「トロルドハウゲンの婚礼の日」はピアノ作品「抒情小曲集」から編曲。大仰な表情に、浮き立つようなリズムに幸福感充たされた名曲。(5:21)
「ノルウェー舞曲」はピアノ連弾版が1883年初演。これはHans Sitt(1850-1922捷克)の二管編成編曲なんだそう。
「Allegro marcato」は不安を孕んで急ぎ足の始まり。(5:16)
「Allegretto tranquillo e grazioso」はなんともノンビリ牧歌的。(2:39)
「Allegro moderato alla marcia」は木管による剽軽な躍動。パワフルな金管も登場します。(3:00)
「Allegro molto」は深刻深淵な始まりから、やがて愉快に明るい歩みが続きました。オーボエによる物憂い中間部も登場。(5:47)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日土曜は好天。例の如く睡眠不如意、右腰奥鈍く微妙な痛みを抱えつつ名古屋迄出掛けました。前夜、女房殿に背中をマッサージしてもらって、その時点はなかなかエエ感じだったけれど、朝起きて朝食を摂ったら元の木阿弥。せめてストレッチは入念、身体中の各関節可動域に問題なし、短いYouTubeエアロビクス済ませて、名古屋会場12時集合に間に合うようコミュニティ・バスに乗りました。
新大阪駅は相変わらずタイヘンな人出。新幹線は自由席に座れるていどの混み具合、インバウンド家族がたくさん乗っておりました。予想通り京都でかなり降りて、名古屋へはあっと云う間に到着、近いですよ。駅前は人出が多いですね。汗ばむほどの好天、駅前の寿司屋はわかりやすい場所で助かりました。いつもの名古屋、奥三河新城、岐阜多治見のメンバー自分含めて5人集合、途中一人亡くなったけれどもう13年間呑み続けていて、学生時代より51年来の知り合いでした。ちょっと料理が出てくるのが遅い感じはあったけれど、味も値段もまずまず、集合メンバー中60歳代は自分のみ、アラ古希のメンバーは元気でした。次は6月に大阪にやってくるそう。(1月の大阪新年会は大好評でした)全国メンバー集合は9月の日程調整して京都開催、そのまえに7月の京都祇園祭にやってくる北関東の先輩ご夫婦との会場セッティング予定もあります。そこそこ元気なこと、ちょっぴり経済的に余裕があることに感謝いたしましょう。
散々呑んで、帰宅は夕方5時半頃。最寄りの駅からにタクシーはなくて、自宅まで25分程歩いて、総歩数は壱萬歩超え、幸い右腰奥辺りの不快感は悪化せず、体調も悪くない。今朝の体重は66.65kgほとんど変わらない、高め安定中。これから日曜の市立体育館にて鍛えましょう。
自分はノーテンキに遊んでいるけれど、亜米利加/伊蘭交渉はどうなるでしょうか。どうも以色列が要らんことを継続しているように見えます。
Elagar バレエ音楽「真紅の扇」(抜粋)/カンタータ「オラフ王の伝説からの情景」より「空を飛ぶ小鳥」/創作主題による変奏曲「エニグマ」〜エドワード・ワルガー/ロイヤル・アルバート・ホール管弦楽団(1920-21年)・・・100年以上前の一発録り、アコースティック(ラッパ)吹き込み。英PearlによるThe Elgar EditionはLP復刻7枚出ていて、なぜか手許に.mp3音源入手済(経緯失念)。頼みのDiscosを探しても情報は全部出現しません。著名なる「エニグマ」はてっきり1926年録音と同じ?そう信じていたら音の解像度がまったく違う!わずか5-6年で録音技術は長足の進歩を遂げたのですね。
ヴィヴラートなしの弦、たっぷりイヤらしいポルタメント有、低弦はファゴットに増強して、現代の耳からするとほとんど異世界の薄いサウンド、もちろん奥行き、空間、残響など期待もできません。SP針音は除去してありました。時にピッチもおかしく、アンサンブル云々さておき、当時は「音として残す」ことが最重要だったのでしょう。しばらく聴き続けると、曖昧模糊とした音にも耳慣れてきました。資料的価値の音源だけど、これはこれでとっても貴重な時代の証言でしょう。
Edward Elgar(1957-1934英国)の作品は、それなり聴き込んだつもりだったけれど、最初の2曲は初耳かも。
神妙に可憐、優雅な「真紅の扇」(4:41)軽快に弾むような「空を飛ぶ小鳥」(3:27)
こんな時代にそれなりの長さの「エニグマ変奏曲」全曲録音には驚き。各変奏曲が短いから録音が可能だったのですね。1899年初演は大成功、とっても憂愁な風情の美しい作品ですよ。
神妙な主題提示(1:27)第1変奏「C.A.E.」は憂鬱に揺れ(1:55)不安げに疾走する第2変奏 「H.D.S-P」(0:42)明るく穏やかな第3変奏「R.B.T.」(1:21)第4変奏「W.M.B.」は劇的(0:34)ポルタメントに詠嘆する第5変奏「R.P.A.」可憐な木管も呼応します(2:07)穏健に優しい第6変奏 「Ysobel(イソベル」(1:27)第7変奏「Troyte(トロイト)」は颯爽としてティンパニ大活躍、金管の迫力も理解可能(1:03)第8変奏「W.N.」は牧歌的に落ち着いて(1:35)第9変奏「Nimrod(ニムロッド)」万感胸に迫ってここが白眉。でも印象はいまいち(1:58)優雅な第10変奏「Dorabella(ドラベッラ - 間奏曲)」チューバの低音が際立ちます。(226)第11変奏「G.R.S.」颯爽としてカッコ良いはず(053)第12変奏「B.G.N.」の詠嘆のチェロ・ソロにはポルタメントとヴィヴラート有(248)優し気な風情に不安も漂う第13変奏 「*** - ロマンス」(2:29)第14変奏「E.D.U. 」ラスト、テンポ・アップして輝かしく、誇らしげなフィナーレを迎えました。(4:59)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
これより朝一番のコミュニティバスに乗って新大阪経由名古屋へ、先輩と昼酒。右腰奥や背中の鈍い不快感はかなり軽快したけれど継続中、眠り浅く早朝覚醒もいつものこと。帰宅は夜となります。以前は節約してバス往復をしたものだけど、最近は新幹線が当たり前、すっかり贅沢になりました。
昨日は雨予報、ストレッチ、YouTube体操を済ませて、トイレ掃除、ゴミ出しして洗濯物は室内干し。今朝時点、ぜんぜん乾いていない。市立体育館へ出掛ける時には雨は一時上がっていたけれど、予報では十分ほどで雨雲は接近するとのこと、途中その通りに降り始めました。桜は無残に歩道に散って葉桜へ、そして赤いツツジが開花し始めました。インバウンドは桜は知っているけれど、いっせいに咲くツツジの美しさは知らんでしょう。雨模様だから自転車で通う方はお休み、一か月定期更新1,500圓也を支払って一番乗り、空いておりました。今朝の体重は66.7kg+450g、最悪。
隔日に休まず全身筋トレ9種/10回*4セット+有酸素運動エアロバイク15分(70kcal消化)これは靭帯一本切れている左膝のリハビリを兼ねております。限界まで!追い込んで、食事はささみ中心、プロテイン・・・みたいなことはまったくなくて、転居してから4年目、負荷もまったく変えていないユル筋トレ。目指すのはムキムキの筋肉質!に非ず、体調維持と健康です。10年ほどトレーニングを続けて、見た目ハラは通常(じつは未だ出ている/内臓脂肪はしぶとい)体形はそれなりに整って、なにより若々しい姿勢が維持できている・・・そう信じたい。基本は華麗なる加齢に否応なく減っていく筋肉を維持するため。精神的にも良いようです。市立体育館往復4kmウォーキングも効果的でしょう。あと何年継続できるでしょうか。
昨日上の孫の入学式。緊張気味の写真が送られてきました。すべてのこども達に幸あれ。うんと勉強できなくても、出世なんかしなくても、読み書き算盤、人間関係を学んでお友達を作って、なんとか人生をやり過ごしてほしいと望む。女房殿は平日介護泊りがけの御役目終えて、昼前に帰宅。夕食は精一杯のメニューを考えて、食材は無駄なく使い切ってそれなりの味に仕上がりました。
Scho"nberg ヴァイオリン協奏曲(ディミトリ・ミトロプーロス/ニューヨーク・フィル/1952年)/Berg ヴァイオリン協奏曲(アルトゥール・ロジンスキー/クリーヴランド管弦楽団/1940年)〜ルイス・クラスナー(v)・・・両曲とも初演者Louis Krasner(1903-1995烏克蘭→亜米利加)による録音。
Scho"nbergは1940年初演(伴奏はストコフスキー/フィラデルフィア)。ハイフェッツが初演を断ったというドデカフォニーの超難曲!なんだとか。もしかして初耳作品?聴いていても歯が立たず「聴かなかったことに」した可能性が高い。
音質はかなり良好。作品はつかみどころなく、かなり晦渋だけどクールに知的、端正な風情が感じられて美しくも暴力的な作品と感じました。クラスナーは休むことのない八面六臂の大活躍、ミトロプーロスの伴奏には厚みがあって緻密な響きでした。もうちょっと聴き込むと作品の真価は掌中に入りそうな予感がありました。
第1楽章「Poco Allegro」(12:18)第2楽章「Andante Grazioso」(7:44) 第3楽章「Finale (Allegro) 」(11:19)
Bergは1936年の初演(ヘルマン・シェルヘン)こちらもドデカフォニーだけど、天使のように美しく、演奏機会も多い作品。こちらも低音しっかり効いて音質は意外に良好。こちらは作品に馴染んで、最近の録音も聴いているから演奏個性を受け止めました。アツく、濃厚な表情豊かに前のめりなヴァイオリン、生まれたばかりの名曲へのアツい思いと壮絶な緊張感が迸る演奏でした。ロジンスキーのオーケストラも精密な仕上げ。ラストに向けて精神が浄化されるような名曲を堪能できました。
「Andante; Allegretto」 (10:38)「Allegro」(12:31)
Chopin 英雄ポロネーズ 変イ長調/アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ 変ホ長調/華麗なる変奏曲 変ロ長調/マズルカ 第6番イ短調/コントルダンス 変ト長調/タランテラ 変イ長調〜マルコム・フレージャー(p)(1979年release)・・・Malcolm Frager(1935-1991亜米利加)は早くに亡くなっていたのですね。TELARC最初期のディジタル録音、べーゼンドルファーを使用、質実にジミ、素朴な音色が個性的にリアルなChopinでした。
みごとに華やかさの足りない、角の取れたサウンドはまるで古楽器を聴いているかのような「英雄ポロネーズ」(6:22)
大好きな「アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズ」は落ち着いてマイルドな前半、ハデさのないポロネーズの躍動リズムは微妙に揺れて味わいはたっぷり。(12:40)
「華麗なる変奏曲」は題名通りの華麗な始まりから、とつとつとした疾走が続きました。(7:06)
「マズルカ 第6番イ短調」このリズムの突っかかりはかなり本場っぽくて、ちょっぴり暗い旋律は素朴な音色、柔らかいタッチに似合う。(6:35)
「コントルダンス 変ト長調」は優しく清潔。(1:39)
「タランテラ 変イ長調」目まぐるしい旋律の躍動も、タッチに鋭さは皆無でした。(2:49)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
本日も雨模様継続中。明日に名古屋行が迫って悩み二つ。
じょじょに体調は戻ってきているけれど、未だ右腰奥、背中辺りの鈍い、微妙な不快感が残っていること。健康診断は来月なので、それまで真の要因はわかりません。診てもらうところを変更して腹部エコーも実施いたしましょう。そこは三年前に「石があるよ」と指摘されたところでした。ストレッチは入念、YouTubeエアロビクスはオーソドックスだけど効果がしっかり感じられるもの、お気に入りの流行歌に乗せたものも続けて実施しておきました。昼から曇り空、室内にじっと過ごしました。今朝の体重は66.25kg▲250g。
名古屋迄呑みに出掛けて体調崩したらシャレになりません。そういえば先日クリニックの待合室で見知らぬ爺に挨拶され、人違いだったみたい。マスクすれば爺はみな同じように見えるのかも。
もうひとつ不安なのは、sim載せ替えた旧女房殿スマホの件。使い勝手やスムースな動きは気に入ったけれど、なんせバッテリーの保ちがよろしくない。前夜寝る前に85%ほどに充電して、朝12時間後に確認したら35%。明日朝充電して夜帰宅迄大丈夫でしょうか。ま、電池切れても問題ないか、そんなに使わんし。
せっかく伊蘭攻撃は一段落〜そう思ったら、以色列の黎巴嫩攻撃に反発して、伊蘭はホルムズ海峡再閉鎖との情報。まだまだ先は見えません。トランプさん80歳、ちょっとナニじゃないの?皆、うすうす感じているみたい。
Sibelius 劇音楽「テンペスト」(全曲)〜レイフ・セーゲルスタム/オランダ放送フィル/オランダ放送合唱団/ヘレナ・ユントゥネン(s)/モーテン・フランク・ラーセン(br)/ハンネ・フィッシャー(ms)/セバスチャン・ブローウェル(t)/ゲルト・ヤン・アルデルス(b)(2009年9月19日コンセルトヘボウ・ライヴ)・・・Leif Segerstam(1944-2024芬蘭)をしばらく聴いていないと思い出して、Sibeliusの音源を探ると、こんな珍しいものを入手したまま放置していたことを発見。出目は不明、放送用音源のネット流出でしょうか。
ネーメ・ヤルヴィなどちょっぴり聴いていた「テンペスト」は組曲版、じつは劇音楽としての全曲からの再編成だったのですね。1926年初演、著名なシェイクスピアの戯曲「テンペスト」への音楽、三管編成、ティンパニ+8種の打楽器、ハルモニウムやハープ、混声合唱団に4人のソロ歌手を伴う大規模なもの。「タピオラ」とかこの辺りがSibeliusの実質ラスト作品らしい。作品の経緯、構成はWikiに譲って・・・
聴き始めたら、例の清涼なサウンドにデリケートに多彩、懐かしい短い旋律延々と続いて時に劇的かつ幻想的、しみじみと快い感銘連続・・・これは全曲演奏?deel 1(51:46)deel 2(29:30/長い長い大喝采は別)となっておりました。ヘルシンキ・フィルとのセッション録音では組曲版を採用しておりました。
オスモ・ヴァンスカの全曲録音が「67:20」となっていて、これはテンポの関係でしょうか。それとも収録が微妙に違うのか。ネットより入手したデータ・ファイルはまとめて二つのみ、詳細情報はありません。台詞もなし。短いエピソードの連続に、各曲ちょっぴり間は空くけれど、十数分ほどの差はなんなのでしょう。音質は良好、セーゲルスタムの表現は緻密に雰囲気たっぷり、声楽も充実して、美しい旋律サウンドを堪能したけれど・・・謎は深まるばかり。
この演奏会では他、交響詩「ルオンノタル」(12:15)交響的幻想曲「ポヒョラの娘」(16:25)「バリトンと管弦楽のためのセレナーデ」(7:58)も演奏されて長丁場でした。以上、聴いたというアリバイと疑問のみ。たったこれだけの文書を書くのに、しっかり音楽に集中して堪能、あちこち情報求めてネット探って・・・佳き老後のヒマつぶし、ノーミソ鍛錬と自覚しております。
Schubert ピアノ五重奏曲イ長調「鱒」〜ヘプシバ・メニューイン(p)/アマデウス弦楽四重奏団/ エドワード・メレット(cb)(1958年)・・・Hephzibah Menuhin(1920-1981亜米利加)は著名なユーディ・メニューインの妹。彼女の音源がまとめてCD化され、これはその昔、廉価盤LPで出ていた記憶もありました。
とっても平易な旋律、家庭で演奏を愉しむような風情の名曲。旋律細部迄馴染んでいるのに、演奏者の特異な個性の違いを感じとることが難しくて、いつもお気楽に愉しんでいるだけ。真ん中にピアノ、弦が左右に配置される不自然な昔風録音、奥行きは足りず、ちょっと音質は荒れ気味でした。ヘプシバのピアノは明るく、軽妙な味わいがあって、弦とよく息が合っていると感じます。ま、誰の演奏でも構わぬのが正直なところ。
作曲者22歳の作品、出版されたのは没後、初演の時期もわかっていない浪漫派室内楽の最高峰。v/va/vc/cb+ピアノの編成。コントラバスの動きが印象的でした。
第1楽章「Allegro vivace」は穏健に歌謡的な旋律が明るく、ピアノが軽やかに歌う始まり。低弦の動きに安定感があり、ピアノと弦が有機的に絡み合って愉快な対話がヴィヴィッドに進行いたしました。(9:21)
第2楽章「Andante」はしっとり情感漂う絶品の緩徐楽章。シンプルなピアノと弦は対等平等、低弦が陰影豊かに歌って淡々として歩みでした。(7:12)
第3楽章「Scherzo」は躍動して溌剌、元気いっぱいなリズムを刻むスケルツォ。トリオは優雅に上機嫌なもの。(4:01)
第4楽章「Tema con variazioni」ここが歌曲「鱒(Die Forelle)」の旋律による変奏曲。弦による優雅な主題提示から、コロコロ可憐なピアノが呼応して、しっとり歌う弦と絡み合って陰影豊かに、魅惑の変奏が続きます。ここも低弦の存在が際立ったアクセントになっておりました。(8:08)
第5楽章「Finale」露西亜風の簡単な(?Wikiによる)主題が快活に、ちょっと陰のある主題を歌って、やがて軽快に疾走、表情は晴れやかなフィナーレと至りました。終わったかな?と思ったら、また再開〜というのもオモロい趣向でした。(6:31)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日は好天だったけれど、朝のうちは気温がちょっと低い。腰奥の鈍い不快感継続中、入念にストレッチしてからYouTubeエアロビクスはオーソドックスにシンプルな10分間、面白みはないけれど充分な手応えがありました。
市立体育館への道中は桜が散りかけ、そろそろ若葉のほうが勝っている感じ。疎水のところに舞い散った花弁が集まってゆっくり流れて、それは花筏(はないかだ)そんな言葉を改めて知りました。体育館前の中学校は入学式、可愛らしい一年生と若い笑顔のお母さんが記念写真を撮っておりました。トレーニングルームはいつも以上に空いていて、ゆったり筋トレマシンを使って全身に快い手応え有、シャワーも気分は爽快でした。今朝の体重は66.5kg+150g、昼夜しっかり喰ったら減らないのですね。
伊蘭/亜米利加2週間の停戦へ。未だ先のことは予断を許さぬけれど、このまま安全なホルムズ海峡通過が継続されて欲しい。原油は下がり、円は上がっているそう。残念なお隣さんはまた祝砲を打ち上げたらしい。ムダ金使うなよ。
例の台湾有事発言以来隣国人民中国からの観光客は半減、オイル・ショックに飛行機代は上がったり、中東のハブ空港が使えなかったり、いろいろマイナス要因はあるけれど、中期的にはインバウンドは増えると予測しております。日本旅行は人気があってリピーターは多いそう。
初心者は東京、京都、大阪、博多くらいかな?北海道や沖縄も大人気、奈良、広島、仙台、熊本、名古屋から北上して白川郷、金沢方面も観光客が増えているみたい。日本はさほどに広くないし、交通の便も整って、全国各地、まだ知名度低い魅惑の田舎には各々名物料理、歴史ある名所旧跡、観光資源はたくさん存在します。
2年前に出掛けた宮崎県高千穂峡には新しいホテルができて、福岡空港より海外団体客がやってきておりました。昨年11月に出掛けた「唐津くんち」は福岡からの便がよろしいこともあって、かなりの海外観光客を見掛けました。夏に山口県萩に旅行したけれど、外国の方は皆無。ホテルも足りない。
山形県酒田のアマンディーヌちゃんは地元の観光大使、地方の魅力を伝えております。
観光客が増えてトラブルも増えることでしょう。奈良のシカを蹴ったり、桜の樹木を揺らして花を散らしたり、民家の庭にこどもの用を足す某隣国の方は言語道断。高野山では「露出の多い服装は避けるように」という看板ができたそうです。修業の場にわざわざ煩悩を増やすのはいかがなものでしょうか。
Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団(1954年)・・・なんとなくだけど、しばらくBeethovenの交響曲を聴いておりません。昔馴染みのFritz Reiner(1888ー1963洪牙利)の音源を取り出したら・・・あれ?こんな音だっけ。音の芯はあるけれど、ちょっと響きが濁って広がりが感じられない・・・そうか。これはモノラル録音だったのですね。同年録音の「ツァラトゥストラ」が仰け反るように鮮明な音質だったので、こちらもステレオとばかり信じておりました。
1804年初演、浪漫派の幕開けを告げるパワフルな名曲中の名曲は古典的二管編成+ティンパニ。これは凄い演奏ですよ。
第1楽章「Allegro con brio」恐るべきアンサンブルの縦線の合い方、明るい音色、快速テンポに、引き締まったサウンド。この時期からシカゴ交響楽団の技量は文句なしでしょう。わずかなテンポ・アップやタメは効果的に、叩き付けるような強烈にアツいテンションの高揚とノリ。提示部繰り返しなし。(14:14)
第2楽章「Marcia funebre: Adagio assai」深く沈静して情熱的な葬送行進曲は、しっかりアクセントとリズム感。悲劇性を強調したウェットな風情に非ず、パワフル。オーボエのヴィヴラート、フルートの音色はアメリカンな明るい音色に力強く熱気を高めました。トランペットも強烈。(15:06)
第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」快速スケルツォ。これはかつて聴いたことのない前のめりの怒れる推進力、トリオのホルンは意外と軽快に、その対比表現はみごとでした。もちろんアンサンブルの縦線はぴたりと合う。(5:15)
第4楽章「Finale: Allegro molto」前楽章の勢いのまま怒涛のフィナーレは変奏曲。主題提示も快速のテンポに流れるような筋肉質、パワフルな各変奏はしっかり強烈アクセントを刻んで、途中、たっぷりテンポを落としてスケールは大きなもの。熱を加えつつノリノリに疾走を続けました。(14:14)
Khachaturian ヴァイオリン協奏曲ニ短調〜ユリアン・シトコヴェツスキー(v)/アラム・ハチャトゥリアン/ソヴィエット国立放送交響楽団(1956年ライヴ)・・・Julian Sitkovetsky(1925-1958烏克蘭)は著名なドミトリーの父親。病に早世したから、録音は少ないみたい。奥様はベラ・ダヴィドヴィチ。ネットから入手したLP復刻と思われる音源だけど、スリーヴ画像は探せませんでした。音量レベルがやや低いモノラルだけれど、予想外に良好な音質。
初演は1940年(ダヴィッド・オイストラフ)例の如く泥臭い民俗的なリズム、哀愁漂う魅惑の旋律連続する名曲。著名な「ガイーヌ」を思い出せば、そのアクのある旋律リズム風情をそのまま連想できるでしょう。ヴァイオリンは明るく洗練され、正確スムースな技巧、素直な音色に良く歌って端正、作曲者による管弦楽も息の合った伴奏でした。
第1楽章「Allegro con fermezza」は怪しく細かいリズムにほの暗い躍動に始まりました。
第2楽章「Andante sostenuto」緩徐楽章は哀しくもやすらぎの子守歌風。
第3楽章「Allegro vivace」変拍子に明るく揺れて、細かい超絶技巧音型が疾走します。哀愁の旋律を途中に挟んで、爽快に全曲を閉じました。(35:20/拍手込)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
右腰奥の鈍い痛みは移動中、不快感が治りません。熱もないし、体調もさほど悪くないけど心配です。朝一番にストレッチ入念、短いYouTubeエアロビクスは久々にオーソドックスな初心者(高齢者)向け短いもの、それでも充分な手応えがありました。
天気はどんより曇った花冷えの小雨模様押して、クリニックへ向かいました。背中手術後10日ほど経過、抜糸してもらって通気性のある絆創膏二週間ほど貼ってままにしてくれとのこと。入浴は自由。除去した粉瘤の生検結果は悪性なし。これで一段落。ちょっぴり食材買い足して帰宅して往復4q弱のウォーキングとしました。今朝の体重は66.35kg▲350g。じつはレトルトのミートソースを入手、たっぷりパスタを喫して、明らかに喰い過ぎを後悔しておりました。夕食抑制してなんとか減量へ。
幾度も書いているけれど、在留外国人からの視点による日本の価値やよろしくないところ、逆に海外に在留する日本人からの現地の報告動画を興味深く拝見しております。伊蘭攻撃の陰に隠れて、すっかり話題に上らなくなった委内瑞拉の件、当たり前に現地の人々のリアルな日常生活があって、先のWBC優勝に沸き立つ、熱狂的な市民の様子が報告されておりました。
露西亜、中国、印度もそうだけど、なにも知らぬままステレオタイプな偏見はいけませんね。それに広い国だから地域ごとにようすは(言葉も)ずいぶんと違うみたい。亜米利加のことだって、じつはよくわかっておりません。
Tchaikovsky ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調(ジョージ・ショルティ/ウィーン・フィル/1958年)/Rachmaninov ピアノ協奏曲第2番ハ短調(エイドリアン・ボウルト/ロンドン・フィル/1955年)〜クリフォード・カーゾン(p)・・・久々の拝聴。
Tachikovskyは1875年初演(ハンス・フォン・ビューロー)冒頭ホルンのぶちかましから強靭強烈、個性的な協奏曲は大成功だったとのこと。いまでも一番人気の作品でしょう。
Clifford Curzon(1907-1982英国)とGeorg Solti(1912-1997洪牙利→英国)そしてウィーン・フィルとの異色の組み合わせ。音質は良好。冒頭ホルンから分厚い魅惑の響き、ショルティ率いるウィーン・フィルはいつになく強面に硬質なリズムを刻んで、瑞々しいリリカルなカーゾンのピアノも、それに煽られるように力強いタッチ。第2楽章の抑制抑制とメリハリも名人級、終楽章の堂々たるテクニックには余裕を感じさせました。露西亜風泥臭い剛直に非ず、この人の音色には気品を感じました。
第1楽章「Allegro non troppo e molto maestoso - Allegro con spirito」(20:48)
第2楽章「Andantino semplice - Prestissimo - Tempo I」(7:09)
第3楽章「Allegro con fuoco」(6:55)
甘く濃厚甘美なRachmaninovは1901年初演(もちろん作曲者自身による)これも大好評だったそう。両社ともLP時代より馴染んだ演奏だけれど、こちらモノラル録音だったとは後年知ったこと。充分に瑞々しい音質でした。Adrian Boult(1889-1983英国)のたっぷり重心の低い、渋く雰囲気たっぷりな伴奏最高。こちらぐっとオーケストラとソロは息が合ってスムースな流れ。落ち着いて、魅惑の旋律は上品に、優雅に抑制された情感がこみ上げました。自然な呼吸に優しいタッチは、ほとんどこれ見よがしな技巧を感じさせぬもの。呟くような緩徐楽章が最高です。
第1楽章「Moderato - Allegro」(10:41)
第2楽章「Adagio sostenuto」(11:12)
第3楽章「Allegro scherzando」(12:19)
Dvora'k 交響曲第8番ト長調〜チャールズ・マッケラス/ハンブルク・フィル・・・Charles Mackerras(1925-2010濠太剌利)は1966-1970年ハンブルク国立歌劇場の第1指揮者を務めたらしいから、1960年代後半の録音と類推。音質は良好。表記はハンブルク・フィルとなっているけれど、Das Philharmonische Staatsorchester Hamburg、歌劇場のオーケストラのことでしょう。幾度同曲を録音して、これが一番最初のはず。
全9曲の交響曲中、ひときわ美しく懐かしい旋律際立つ名曲。1890年初演。二管編成+ティンパニ。さほどに大きな編成じゃないのに、立派に響くのは師匠筋であるBrahms譲りでしょう。
オーケストラの質は極上、やや速めのテンポにアクセントをしっかり、清潔に、郷愁の風情たっぷり歌って、このオーケストラのホルンはなかなか骨太の響きに魅惑でした。大好きな作品を久々に拝聴したけれど、これはヴェリ・ベストな演奏かも。
第1楽章「Allegro Con Brio」は郷愁の旋律から始まって、心持ちテンポは速めに若々しく颯爽としてノリノリと弾むような推進力。元気いっぱい、テンション高いオーケストラの響きには、コクと厚みがありました。(9:36)
第2楽章「Adagio」ハ短調だけど、深刻な激しさを感じさせぬ情感に充ちた緩徐楽章。中間部はハ長調、牧歌的な情景が広がって、マッケラスの表現はいっかんしてヴィヴィッドなアクセント、例のホルンも豪快に響いて金管の情熱的な盛り上がり、弦の静かな対比も熟達の表現でしょう。(10:42)
第3楽章「Allegretto Grazioso」スケルツォに非ず、甘く、懐かしく、哀愁の旋律にしっとり揺れる3/8拍子のワルツ。ここが一番人気でしょう。颯爽とした表情は継続して、中間部の旋律も優雅に懐かしい。ラストの追い込みもパワフル。(6:18)
第4楽章「Allegro Ma Non Troppo」トランペットのファンファーレから始まるカッコ良い変奏曲。チェロの悠々とした主題は浮き立つように、次第にギヤを上げて高揚、金管の豪快な大爆発へ、フルートのソロもみごとなもの。この辺り多彩な変化はDvora'kの技炸裂、マッケラスのテンポの変化にも不自然な恣意性を感じさせぬ流れでした。やがてしみじみとしたチェロとデリケートな木管の絡みに沈静化し、ラストは圧巻の金管爆発のうちに全曲を締め括りました。(9:28)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
背中奥辺りの微妙な鈍い不快感、足腰関節のわずかな痛みを抱えつつ、ストレッチは入念、各関節の可動域に問題はありません。短いYouTube体操を済ませて市立体育館に向かったら、マスクを忘れて花粉がヤバイ。風は暖かくて、桜は未だ見頃だけど、散り始めて葉が出てきました。途中大学キャンパスは新入生がたくさん、みな希望に溢れて笑顔いっぱい。市立体育館は朝一番、平日常連メンバー少数、いつものゆる筋トレ+エアロバイク15分有酸素運動済ませたら汗びっしょり、着替えてシャワーが気持ちよい季節がやってきております。でも腰辺り奥の不快感は消えません。精密検査が必要かも。今朝の体重は66.7kg▲300g、まだまだ。
恥ずかしいスマホ知識の件続き。sim載せ替えの時、ホーム画面設定で「TONEスタイル」(これが使いにくい)になってしまって、サポート窓口のお姉さんにリモートでAndroid標準に戻してもらいました。前日夕方、なんかヘンな操作をしたみたいでまた「TONEスタイル」になってしまって、にっちもさっちもいかない。また、電話しようかなぁ、面倒やなぁ、恥ずかしいなぁ、ちょっと悩んでおりました。ToneMobileのホームページを眺めても、そのやり方は探せない・・・そこで、AIに尋ねてみたら・・・一発で操作方法出現。なんということもなくカンタンに戻りました。些細なことだけど、妙に嬉しい。そういえばダイソーのマガジンタイプのカバーは売り場になくて、ゴムの側保護のを入手しました。
体育館の途中、桜があまりにみごとだったので、撮影しようとスマホを取り出したら「カメラ」のアプリがない・・・これはすぐ探せました。セブン銀行のアプリは再設定が必要でした。これはコンビニ端末が空いているときに設定作業いたしましょう。困ったのは思った以上にバッテリーが弱って、一日2回充電が必要、これはなかなか旅行や外出時は難しいかも。
Satie ジムノペディ 第3番/第1番(Debussy編)*/バレエ音楽「メルキュールの休息」/Music Hall Music「風変わりな美女」/組曲「びっくり箱」(Milhaud編)/Milhaud 舞踊組曲「ブラジルへの郷愁」/Stravinsky ラグタイム**〜バーナード・ハーマン/ロンドン・フィル*/ロンドン・フェスティヴァル・プレーヤーズ/ロンドン・フェスティヴァル・レコーディング・アンサンブル**((p)1971/73)・・・Bernard Herrmann(1911-1975亜米利加)は映画音楽畑に活躍した人。英DECCAにいくつかクラシカルな録音も残しております。これはどれもお気楽に愉しい、小粋な作品ばかり。(写真は収録がちょっぴり足りぬもの)これはけっこう売れたんじゃないのかなぁ、中古CDをよく見掛けます。「ジムノペディ」は他の作品との組み合わせがLP時代に出ておりました。あとは録音用の臨時編成でしょうか。音質は上々・・・映画館に流れるお気軽な音楽みたいな風情。
「Gymnopedies III/I」はSatieの一番人気ピアノ作品(1888年)をDebussyがさらに雰囲気妖しく編曲して気怠い風情溢れる作品。(6:34)
「Les Aventures De Mercure」は1924年の作品。自在に大衆的、賑やかに、素っ頓狂にユーモラスに、次々と場面が変わっていく自由な音楽。(13:37)
「La Belle Excentrique」はダンスホール向けの音楽?のパロディとか。初演は1922年(ウラディミール・ゴルシュマン)元気いっぱい、思いっきり俗っぽい、安っぽいリズムが疾走し、踊ります。「Grande Ritournelle (グラン・リトルネッロ)」「Marche franco-lunaire(フランコ・ルナ・マーチ)」「 Valse du mysterieux baiser dans l'?il (目に神秘的なキスのワルツ)「Cancan grand-mondain(上流社会のカンカン)」(4:47)
「Jack-In-The-Box」は1899年のピアノ作品をMilhaudが管弦楽編曲したもの。木管がユーモラスに付点にのリズムに弾む「Prelude」小粋に躍動する「Entracte」優雅にちょっぴり荘厳かつノリノリな「Finale」へ。(6:53)
「Saudades Do Brasil」は1920年のピアノ作品を、二管編成、多彩な打楽器の管弦楽に編曲したもの。リオや伯剌西爾の各都市地域名にちなんだ12の舞曲からなって、伯剌西爾の泥臭くノンビリ優雅なリズムは自在。響きは薄く、ユルいアンサンブルは大仰、なんとも味わいたっぷりにユーモラスでした。(26:35)
「Ragtime」は1920年初演。fl/cl/hr/コルネット/tb/大太鼓/スネアドラム/スネアなしのドラム/シンバル/ツィンバロン/2-v/va/cbの11人編成。Wikiには「評価はあまり高くない」と要らんことを書いてあるけれど、録音も多いし、ツィンバロンが活躍、変拍子も入って素っ頓狂にヴィヴィッドな名曲ですよ。(4:42)
de Falla 組曲「三角帽子」第2番/Albeniz/Arbos編 「イベリア」より「セビーリャの聖体祭 」「トリアーナ」「港」/Granados スペイン舞曲 第6番/「ゴイエスカス」間奏曲/Turina 交響詩「ロシオの行列」/Arbos アラビアの夜/Breton 「ポロ・ヒターノ」「アルハンブラにて」/Albeniz 「ナバーラ」/Turin「幻想舞曲集」より「夢想」「饗宴 」〜エンリケ・フェルナンデス・アルボス/マドリード交響楽団(1928年)・・・Enrique Arbos(1863-1939西班牙)の音源を入手したまま失念、ある日ぼんやり聴いてみたら「音質やや落ち?」あわてて内容確認したら1928年!いえいえ、時代を勘案すると驚異的な解像度と鮮度に驚きました。ほとんど伝説的な指揮者、作曲家の記録は貴重でしょう。
de Falla 組曲「三角帽子」第2番はかなりヴィヴィッドなリズムに、オーケストラのアンサンブルも優秀。初演が1919年だからまだほやほやの記録でしょう。収録中、これが一番音質も良好、ノリノリのアツい演奏でした。「隣人たちの踊り(セギディーリャ)」(3:07)「粉屋の踊り(ファルーカ)」(2:38)「終幕の踊り(ホタ)」(6:35)
Albenizはピアノ作品として断片的には聴いていた作品、なんとなく馴染みの西班牙風情が情景が広がります。Arbosの編曲は色彩豊かでした。「セビーリャの聖体祭 」は剽軽にリズミカルな始まりから、やがて賑やかに勇壮荘厳な祭りの行進は爽快、カッコよい旋律はけっこう有名でしょう。ホルンの牧歌的な音色、鐘の音に静かに終了(7:27)快い西班牙のリズムを大仰に優雅、力強く刻む「トリアーナ」(5:24)「港」は賑やかに元気一杯の躍動!(3:40)
Granados 「スペイン舞曲 第6番(Rondalla aragonesa)」は、ゆったりと緩急強弱をつけてたっぷり歌って牧歌的(3:44)「間奏曲」は詠嘆の始まりから、チェロを先頭に哀しく歌いました。カスタネットもはっきり聴こえます。(3:48)
Turina「ロシオの行列」は晴れやかな表情の躍動。情景や尋常は刻々と変化して、やがて鐘も華やかに鳴り響きました。(6:51)
Arbos 「アラビアの夜」はウェットな夜の空気が流れる哀愁、纏綿と陰影妖しく、やがて朗らかに歌って穏健に終了しました。(6:28)
Tomas Breton(1850-1923西班牙)は初耳かな?どの作品もわかりやすい、民族的な風情たっぷり。
「ポロ・ヒターノ」は快活に大仰、そして軽妙な、いかにも西班牙風旋律リズム。オーボエが大活躍しました。(4:20)「アルハンブラにて」これもピチカートとハープが付点のリズムに軽快、流れるよう。期待通りの優雅な哀愁の西班牙風でした。(7:08)
「ナバーラ」とは西班牙北部の州とのこと。沸き立つような明るい民俗的?リズムが爆発します。(5:28)
Turina「夢想」どんな夢をみたのか、高所から思い切って飛び出して、そのまま爽快に空を滑空?(4:22)「饗宴」これはカッコよい短調の旋律が躍動しておりました。(4:17)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日日曜も女房殿は未だ風邪より快復途上、午前中休んで昼から所用で出掛けていきました。朝、ストレッチした後、ユルいYouTube体操はいっしょにこなしました。洗濯済ませて雨も上がったので外に干したあと、ご近所のスーパーにちょっぴり食材補充に出掛けました。往復3kmほど、軽いウォーキング。右腰の鈍い不快感は背中に移動しつつあって、いかにも結石みたいな感じ。すっきりとした体調になかなか戻りません。今朝の体重は67.0kg+300g(涙)これから鍛えて節制生活して戻します。
前日注文したプリンターのインク(激安互換品)はなんと翌日夕方には到着!驚きました。
女優・中山マリさん(80歳)ご逝去。NHKドラマなどにも出演していた実力派らしいけど、存じ上げませんでした。すると女房殿が「サインはVに出ていた美人女優でしょ?」と。へぇ、写真だとずいぶん印象違うけど、自信満々にそう主張するので不安になりました。でも変わったなぁ、いくら年齢を重ねても面影は残るはず、そう思って再度調べたらそれは中山麻理さん、既に昨年2025年に亡くなっておりました。ま、もともと芸能界の知識には暗いし、興味も薄いし、そんなカンチガイはありがちですよ。以前にも千葉雄大は千葉真一の息子だ、女房殿はそんな主張をしておりました。亡き北海道の婆さんは岡田准一は岡田真澄の隠し子と固く信じてましたっけ。苗字が同じだけで親子にされたらたまりまへんで。
Bach ヴァイオリンとピアノのためのソナタBWV1014-1019 全6曲〜ユーディ・メニューイン(v)/ルイス・ケントナー(p)(1951年)・・・20数年ぶり半分のみ再聴。CD2枚組890円だったThe50'sも懐かしい。音質はかなり良心的。
演奏にややアクとクセが顔を出す時期か、ケントナーのしっかりと安定したピアノとは対照的に、メニューインの体臭を感じさせる演奏/リズム感も昔風だし、洗練が足りない
とは当時の印象。
久々現在の耳に聴いてもさほどその印象は変わらない。Bachはどんなスタイルの演奏でも作品の骨格は変わらない、心擽る旋律の魅力は緩急際立って充分に伝わる・・・けれどLouis Kentner(1905ー1987洪牙利→英国?)のピアノが端正に正確、Yehudi Menuhin(1916ー1999亜米利加)のヴァイオリンは、古楽器系含めここ最近の流麗な技巧、セクシーな節回しや音色に慣れているから、ちょっと表現はアクが強過ぎ、硬く、不器用に感じました。ネットの評価を探ったけれど、少なくとも日本ではほとんど話題に上っていないようでした。
ソナタ第1番 ロ短調 BWV 1014はしっとり哀しみを湛えた作品。誠実だけどメニューインの不安げなヴィヴラートはちょぴり大仰さを感じさせて、リズム感も技術的にも流麗ではない感じ。
「Adagio」(4:42)「Allegro」(3:28)「Andante」(4:11)「Allegro」(4:21)
ソナタ第2番 イ長調 BWV 1015は穏健に落ち着いた風情の旋律。不器用だけど、明るく、やや昔風表現と感じます。
「Dolce」(3:58)「Allegro」(3:58)「Andante un poco」(3:30)「Presto」(3:53)
ソナタ第3番 ホ長調 BWV 1016は寂しげな風情漂って、ここでのヴァイオリンはかなり技巧的に不安を感じさせて無骨。ケントナーのピアノは淡々と抑制を効かせて正確なリズムを刻んで支えておりました。
「Adagio」(5:58)「Allegro」(3:24)「Adagio ma non tanto」(5:35)「Allegro」(4:18)
Holst 組曲「惑星」〜ヘルベルト・カラヤン/ウィーン・フィル/ウィーン国立歌劇場合唱団(1961年)・・・1918年初演された(エイドリアン・ボウルト)四管編成の巨大なる”映える”カッコよい作品。これは「惑星」ブームを導いた録音だったと記憶します。
20年ぶりの拝聴・・・のはず。当時は駅売海賊盤を聴いていて、音質に不満を漏らしておりました。久々の印象はクリアな音質とウィーン・フィルの迫力に打ちのめされました。Herbert von Karajan(1908-1989墺太利)53歳気力体力に充ちたスタイリッシュな表現、金管も打楽器強烈な迫力、弦の弱音の洗練も文句なし。これはこの作品ヴェリ・ベストかも。
「棺を蓋(おお)いて事定まる」自分も若い頃は、売れ筋カラヤンに対する反発心ばかリだったけれど、オーケストラ・コントロールの自在さ、グラマラスな表現に心奪われる機会が増えました。
初演当時は賛否両論だったそうだけど、現在はおそらく英国音楽最高の世界的人気作品。四管編成にティンパニ6台(2人)ほか9種の打楽器にハープ2台、チェレスタとオルガン、更には女声合唱も入る巨大なる編成。
「火星、戦争をもたらす者 (Mars, the Bringer of War)」鳴りきったウィーン・フィルの華やかにマイルドな金管、前向きな推進力たっぷりなリズム感はノリノリ。この時期ウィーン・フィルはこの作品にあまり慣れていなかったはず、そんなことを微塵も感じさせぬ圧倒的な統率でした。(7:08)
「金星、平和をもたらす者(Venus, the Bringer of Peace)」控えめなホルンから始まって、その旋律をオーボエとフルートが受け取る静謐穏健な始まり。ヴァイオリン・ソロの優雅な旋律、チェレスタも効果的に極限のデリカシーな弱音も緊張感たっぷり。夢見るように美しい。(8:25)
「水星、翼のある使者 (Mercury, the Winged Messenger)」囁くようなスケルツォは極弱音に流麗に流れて、この辺り、雄弁な盛り上げかたは熟練の技でした。(4:02)
「木星、快楽をもたらす者 (Jupiter, the Bringer of Jollity)」ここがカッコ良い一番人気。幻想的な木管に彩られ、圧巻のホルンが野太くヴィヴィッドに響いて颯爽、これ以上の迫力はなかなか経験できぬスケールと洗練サウンドでした。そして優雅な「我が祖国に誓う」登場、後にその歌詞を付けていっそう有名になったけれど、作曲者にはそんな愛国の意味を旋律には込めなかったそう。(Wiki英語版より)(7:41)
「土星、老いをもたらす者 (Saturn, the Bringer of Old Age)」ハ長調とは思えぬ不安に暗い、重苦しい歩み。弱音での細部クリアな響きには深みがあり、重量感、そしてしっかりとしたリズム感もありました。粛々とスケール大きく高揚させて、クライマックス(fff)での打楽器も効果的に彩りを添えました。やがて宇宙の果てのような幻想的サウンドは儚く消えていきました。(8:37)
「天王星、魔術師 (Uranus, the Magician)」剛直な金管と打楽器ぶちかまして、スケルツォのリズムに歩みだして「魔法使いの弟子」に似たユーモラスなところ。ファゴットのリズム感、強烈な金管と打楽器。なんと華やかにゴージャス、余裕の響きなのでしょうか。(5:51)
「海王星、神秘をもたらす者 (Neptune, the Mystic)」不規則な拍子、微弱音に絡み合って浮遊する木管は宇宙の果てを連想させるところ。やがて神秘の女声ヴォカリーズが響いて、それは「合唱団は隣の部屋に置く。部屋の扉は曲の最後の小節まで開けておき、ゆっくりと静かに閉じる。合唱団、扉、副指揮者達(必要な場合)は聴衆から完全に見えないようにする」との指示なんだそう(Wikiより孫引き御免)この消えるような締め括りには優秀な音質必須でしょう。(7:37)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日は雨予報だったけれど、ストレッチ、短いYouTube体操済ませて市立体育館への往復中、なんとか曇ったまま天気は保ちました。道中桜は満開でもちょっぴり肌寒い感じ、高校の入学式なのか?正装っぽいご両親が笑顔に多くすれ違いました。微妙な脇腹とか背中辺りの鈍い痛みを抱えつつ、トレーニングルームは空いていて、ゆっくり鍛錬出来。不快感はやや継続中、風邪症状?それが胃腸に影響しているかも。早々に帰宅すると女房殿はコタツに隠って、軽く昼食を摂ったら寝込んでしまいました。そんな体調で婆さんの介護は大丈夫なのか。女房殿の希望に渋々プリンターのインクを注文。自分はもう使わないけどね。
夕食の準備をしようと思ったら、風邪の女房殿がラーメンが喰いたいとのこと。先日、出先での残念なラーメン経験もあって、雨の中、今回は間違いない味のご近所に出掛けました。今朝の体重は66.7kg+150g、せっかくの筋トレ+有酸素運動もラーメンで帳消しですよ。
スマホが上手い具合に機種変更できて、出費なし。充電がType-Cになったのも普遍性が増して使いやすいし、起動時のパスコード入力画面が(他の方一般に当たり前な)大きなものになったのも嬉しい。いままでのは通常のフリック画面が出て小さかった。後継機なので使い勝手が変わらぬのもありがたいですね。スマホケースはマガジン・タイプは100均、かなり草臥れてきたし、サイズが若干大きくなって使えなくなりました。これをどうするか、透明のカバーは付けているけれど、ゴムの保護枠みたいので済ませるのかどうか、ちょっと考え中。気のせいか、動作は若干速くなったような気もします。バッテリーの消耗は前機より速いようだけれど、日常遣いに問題なさそう。一年しか使っていないのに、こんな状態?かなりムリな負荷を掛けるような使い方だったのでしょう。あと何年使えるでしょうか。
スマホは便利だけど、なにもかもそれに頼る生活はちょっと不安です。まずモバイルICOCAへの移行が宿題。それと女房殿のも含めて三台眠っている安物スマホを売らなくっちゃ。ま、ほとんど希少金属代程度でしょう。
Shostakovich 交響曲第7番ハ長調「レニングラード」〜ラディスラフ・スロヴァーク/スロヴァキア放送交響楽団(1989年)・・・ NAXOSより当時の相場としては、ずいぶん安く全集が出た時にお世話になりました。現在では
「弦の音がひ弱・・・木管は技量が劣り、いかにも頼りなさげ。金管はパワー不足」
「パワーに欠ける部分があって、残念」
そんなリスナーの声がネットに残されております。もうそれはその通り、なんやけど、なんとも冴えない非力なオーケストラを率いてLadislav Slovak(1919-1999斯拉仏克)入魂の演奏、いかにも「ファシズムに対するソヴィエット露西亜の戦いと勝利」みたいな作品はどうも苦手として、しばらく避けていたけれど、昔馴染みのせいかなぁ、けっこう素朴に不器用な演奏を愉しみました。
初演は第2次世界大戦中1942年(サムイル・サモスード/ボリショイ劇場管弦楽団)同年ロンドン、ニューヨークでも演奏されて、わかりやすい旋律は大人気だったらしい。三管編成+ティンパニ他7種の打楽器、ハープ2台にピアノ迄入る大編成。音質は悪くないと思うけれど、オーケストラの響きには芯が足りない。
第1楽章「Allegretto(戦争)」人数が少ない?との声もあった薄い響き、例の馴染の繰り返し旋律は(人間の主題)なんとも牧歌的にリズムがユルく、いかにも鳴りのよろしくないオーケストラ。それでも途中からテンポを上げて煽っていくスロヴァークの熱意と根性が感じられる勇壮な始まり。打楽器のアクセントはけっこう優秀でした。(26:08)
第2楽章「Moderato (Poco allegretto)(回想)」は途方に暮れたようなスケルツォ。細かい音型の弦がしずかに歩み始めて、オーボエも妙に切ない。やがて切迫感漂うテンポ・アップに至って、やはりリズムのキレは少々甘いけど、打楽器はなかなかの名手、アクセントを際立たせました。この辺りを聴くと優秀録音なのかな、とも思う。(10:15)
第3楽章「Adagio(祖国の大地)」オーケストラの真価を問われる弱音続く緩徐楽章。穏健静謐な旋律はていねいに表現されもメリハリ弱く、印象が薄い始まり。中間部の力強い疾走は精一杯の金管絶叫に、小太鼓の連打も効果的でした。そして荘厳なコラール風弦の合奏に収束して、やはり弱音での存在感が薄い感じ。(19:20)アタッカでそのまま
第4楽章「Allegro non troppo(勝利)」へ。風雲急を告げる緊張感迸る・・・はずの始まりも、いまいちたどたどしいリズム。それでも精一杯の金管の絶叫、盛大なる打楽器の参入に熱を加えました。現主体の第2部に入ってテンポうあ音量は落ちて、弱音部分の響きは弱く、旋律印象が定まらない(フルートは良い音で鳴っていると思う)。やがてそのままクレッシェンドが続いて強烈なティンパニのアクセント登場、クライマックスを至って第1楽章の「人間の主題」に全曲を締め括って、やや情けない金管乗り越えて感動的でした。(16:42)
「The Heart of Tchaikovsky」/劇的序曲「ロメオとジュリエット」(抜粋)/「トレパック」(バレエ音楽「くるみ割り人形」より)/「ワルツ」(バレエ音楽「眠れる森の美女」より)/交響曲第6番ロ短調「悲愴」より第1楽章「Allegro non troppo」/スラヴ行進曲(抜粋)/ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調より第1楽章「Allegro non troppo e molto maestoso」冒頭/交響曲第4番ヘ短調より第3楽章「Scherzo」抜粋/交響曲第5番ホ短調より第2楽章「Andante cantabile」抜粋/「ハープサルの思い出」作品2/歌劇「スペードの女王」より第2幕「Shagi! syuda idut(階段だ!奴らがこっちに来るぞ)」/大序曲「1812年」(フィナーレ)〜サルヴァトール・トゥッティ・カマラータ/キングスウエイ交響楽団(1968年発売)・・・Salvador "Tutti" Camarata(1913- 2005亜米利加)は作曲家、編曲家、トランペット奏者、レコードプロデューサー、とのこと。ウォルト・ディズニーとも関係が深かったそう。オーケストラは倫敦の録音用団体らしい。
これは当時リアルな音質を誇ったPhase4録音、抜粋と云うかエエとこ取り、編成はおそらくオリジナル通り、ピアノ曲である「ハープサルの思い出」や「スペードの女王」はもちろんカマラータの編曲。
基本「さわり」寄せ集めみたいな音楽は避けるようにしているけれど、明るく、分厚く、ブリリアントにゴージャスな響きはパワフル、雰囲気たっぷりに極上な演奏が続いて、全部聴けないのがとっても残念な隔靴掻痒状態。魅惑の旋律のエッセンス揃えてけっこう堪能できました。気が短い人に最適。
「ロメオ」はいきなりクライマックス!金管も打楽器も絶叫(4:29)。快活に元気いっぱいの「トレパック」はノリノリ(1:09)晴れやかな表情に優雅ゴージャスな「ワルツ」も最高(3:32)。「悲愴」は第1楽章中盤の哀切高まるところのみ。全曲聴きたい!そう思わせるたっぷり陶酔と抑制の表情を堪能できました。(5:21)「スラヴ行進曲」も金管鳴り切ってヴィヴィッドな勢い、後半のみの演奏が残念至極。(6:03)
ピアノ協奏曲は冒頭のみ、厚みのあるオーケストラ、キレッキレのピアニストのクレジットはありません(1:31)。そのまま途切れず、交響曲第4番ヘ短調第3楽章「Scherzo」はピチカートの緊張感ある妙技へ(1:39) 交響曲第5番ホ短調のホルン・ソロの技量最高、それに寄り添うオーボエ、弦もしっとりとしみじみ。(5:29)
懐かしく穏健な「ハープサルの思い出」はオーボエが活躍しました。(2:37)寂しげな「スペードの女王」のアリアは木管主体(2:08)「1812年」はラスト部分、デーハーに壮麗な鐘が喧しいほど鳴り響きました。大詰めには大砲もちゃんと用意されておりました。(4:38)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
本日は終日雨模様らしい。
週末がやってきて、昨日女房殿は孫のところへ。病じゃなくて私立から公立の保育所に変わる関係のタイムラグ、お留守番でした。相変わらずの睡眠不如意、胸やけは収まったけれどやや体調不調継続中。ストレッチとYouTube体操は実施、身体を動かすべくご近所のスーパーに往復3kmほどウォーキング、兼少々食材買い物実施。ちょうど外に出た時にお隣の棟に救急車到着、救命士が階段を上がっておりました。「徳島の息子さんに連絡して!」みたいな声も聞こえました。ご無事でしょうか。女房殿はちょっと遅く、孫の御守から帰ってきてやや風邪気味とのこと。
今朝の体重は66.55kg▲250g。昼夜とかなり喰って反省していたのに減ってくださいました。右腰奥に微妙に鈍い痛み復活中、結石でしょうか。
ちょっと前に書いたけれど自分のスマホはToneMobile。2020年12月に契約してぼちぼち5年、中(低)速使い放題1,210圓/月也激安(通話別)先日200圓値上がったところだけど充分安く実用的。出先で動画は見られない。自宅ではWifiだから問題なく、もとより小さい画面に動画を見る習慣もありません。当時e20という専用機種は無料だったんですよ。機能やスペック云々は他を知らないからまったく不満なし。でもぼちぼち5年でしょ?さすがに微妙に草臥れて「050」アプリは受信できても起動できず(掛けられない)他微妙に不具合もありました。近々どこかで機種変更が必要やろなぁ、そんなことを考えておりました。
女房殿は自分とは使用頻度が桁違い、もっと過酷な使い方をしたのか?幾度故障して買い替えて、現在は楽天モバイルへ。前機はToneMobile機種はe21、一年ほど使って着信の呼び出しが鳴らない!大騒ぎして乗り換えたもの。その眠っているスマホにsimを載せ替えたら使えるのじゃないか、そう類推して朝一番サポートに電話してみました。
・・・結果、意外とカンタンに載せ替え出来。但し、初期ホーム画面設定で「TONEスタイル」を偶然指定してしまって、使いにくい!通常のAndroidスタイルへの戻し方がわからない・・・またまたサポート窓口にに連絡したら、親切にもなんとリモートで修正してくださいました。LINEはQRコードでカンタンに戻せたけれど、楽天PAYの設定にも四苦八苦、それとバッテリーの保ちは微妙かも。ま、仕方がない。しばらくこのまま使ってみましょう。一連の作業は佳きノーミソ鍛錬、ボケ防止になりました。
Bruckner 交響曲第7番 ホ長調(1885年稿/ノヴァーク版)〜ダニエル・バレンボイム/ベルリン・フィル(1992年)・・・Daniel Barenboim(1942-亜爾然丁→以色列)も高齢に至って、活動量も落ちてきたようです。これは若い頃のシカゴ交響楽団との全集録音に続く50歳頃の再録音。ベルリン・フィルはクラウディオ・アバド時代でした。かなり以前より音源は入手したけれど、バレンボイムは好みの指揮者じゃないのでなんとなく後回し、おそらく初耳。シャウシュピールハウスのセッション録音は残響豊かに優秀な音質でした。Bruckner交響曲中、屈指の美しく、穏健な旋律を誇る交響曲は思わぬ完成度。ベルリン・フィルの艶と厚みのある瑞々しい響きを活かして慌てず走らず、落ち着いた抑制と余裕を感じさせる感動的な演奏でした。
第1楽章「Allegro moderato」冒頭夢見るようなチェロの主題が美しい。落ち着いた歩みに湧き上がる暖かい情感、ベルリン・フィルは弦も金管もマイルドに溶け合って洗練され、厚みがあり、デリケートに艶のある響き、フルートもホルンも魅惑の音色でした。テンポの動きにも不自然さを感じさせない。(21:54)
第2楽章「Adagio. Sehr feierlich und sehr langsam」ここはこの作品の感動的な白眉。練り上げられた魅惑の弦が洗練されたサウンド、天上の浮遊するフルートも期待通りの活躍でした。打楽器も入るクライマックスに向けてわずかなテンポ・アップと熱の加え方、適度な力感と流れにも納得(ここではティンパニの序奏は入らない)収束するホルンの静謐もぞくぞくするほどのセクシーサウンド。(24:53)
第3楽章「Scherzo: Sehr schnell」Bruckner交響曲のキモであるスケルツォ。ここもアクセントを強調せず、抑制した風情に慌てぬ中庸のテンポ。トリオは優雅にたっぷり歌って弦や木管は官能的なテンポのタメ、金管もマイルドな響きにメタリックに響かない。ラストは余裕のパワーに盛り上げてくださいました。(10:24)
第4楽章「Finale: Bewegt, doch nicht schnell」ベルリン・フィルの痺れるような洗練されたサウンドが粛々と歩んで、冒頭は軽妙に弾むように流麗、落ち着いた始まり。やがてコラール風の金管はぐっとテンポを落として、徐々にテンポを上げて高まる情感、相変わらず余裕のパワーと厚みを感じさせました。この作品は大好きだけど、終楽章の落ち着かぬ風情にガッカリする経験も多いけれど、しっかりとした「間」、落ち着きと静謐、洗練際立ってテンポの揺れも納得できるフィナーレに追い込みました。(13:29)
Brahms クラリネット・ソナタ第1番 ヘ短調/クラリネット・ソナタ第2番 変ホ長調 /ヴァイオリン・ソナタ イ短調「F.A.E.ソナタ」より 第3楽章 スケルツォ ハ短調/2つの歌 作品91「秘めたるあこがれ」「聖なる子守歌」〜カールマン・ベルケシュ(cl)/イェネー・ヤンドー(p)/タマラ・タカーチ(ms)(1995年)・・・指揮者としても活躍するKalman Berkes(1952-洪牙利)と名手Jando Jeno(1952ー2023洪牙利)によるクラリネットの名曲録音。自在な技巧を誇って、クラリネットは夢見るような色気、低音から高音迄ムラのない美しい音色。質実着実なピアノが重心低くそれを支えます。知名度的には低い演奏家かもしれないけれど、これは演奏、音質とも出色の完成度、Brahmsの内省的に落ち着いた室内楽の魅力を堪能いたしました。交響曲より室内楽のほうが自分に嗜好に合っていると自覚しております。
クラリネット・ソナタは両作品とも1895年初演。ヴィオラ・ソナタとしても演奏される名曲。
ソナタ第1番 ヘ短調は心の奥深く、秘めた情感が泡立つような作品。名曲。
第1楽章「Allegro appassionato」過去を深く悔いて独り内心嘆いているような、寂しげに切ない思いが迸る始まり。これがBrahmsの魅力ですよ。(8:20)
第2楽章「Andante, un poco adagio」(変イ長調)清明な精神の落ち着きを感じさせて、クラリネットとピアノの穏健静謐なつぶやくような対話。(5:47)
第3楽章「Allegretto grazioso」3/4拍子、そっと優雅に揺れる懐かしいレントラー。中間部にはピアノのアルペジオに乗せてちょっぴり不安が襲う。(4:35)
第4楽章「Vivace」表情明るく前向きに力強く歩みだすフィナーレ。途中リズム?拍子の変化も効果的な流れも、これは青春の明るいMozart風情に非ず、中年オトコの背中に苦い思いが漂って陰を感じさせました。(5:28)
ソナタ第2番 変ホ長調
第1楽章「Allegro amabile(愛らしく)」穏健な気分に遠くを眺めながら、遠く昔の思い出を懐かしむような始まり。(8:14)
第2楽章「Allegro, molto appassionato」哀愁に揺れる魅惑のの3/4拍子。ヤンドーのピアノは劇的にちょっと力が入り過ぎ。中間部には清明に朗らかな表情が浮かびました。(5:52)
第3楽章「Andante con moto - Allegro」しっとり落ち着いた旋律。クラリネットが前向きに、色彩豊かに歌い上げる変奏曲。(7:31)
以下いずれもKalmanによるクラリネット編曲作品。ちょっぴり珍しい作品を織り込むのが当時のNAXOSの趣向でした。
「Scherzo in C Minor」は快活に弾むような躍動。(5:35)
「Gestillte Sehnsucht」はクラリネットの低音がオブリガートして、Tamara Takacs(1950-洪牙利)は愛の歌をしみじみ。(6:05)
「Geistliches Wiegenlied」は情愛に充ちた子守歌。控えめなクラリネットとピアノは女声との距離感が好ましい。(5:41)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
前夜は呑み過ぎやなぁ、反省しております。量的にはさほどではないけれど、あまり体調万全ではなかった自覚はありました。例の如く早朝覚醒して、しばらくぼんやりしてちょっぴり二度寝、ストレッチはしっかり。YouTube体操は時間調整に失敗してサボり、そのまま市立体育館に出掛けました。雨はすっかり上がって、花散らしの風は少々、未だ桜は見ごろです。朝一番にトレーニングルームに入って、常連メンバーは休まずに鍛えておりました。自分も負けられない。いつもどおりしっかり鍛えて帰宅しても、すっきりと体調は戻らず、珍しく胸やけもあって不快なまま。マシになったのは夕方でした。今朝の体重は66.8kg▲650g、一日で元には戻せません。
もうどうでもよい話題がマスコミに報道されます。田久保前市長のその後の所業とか、坂口杏里「サンドイッチ万引き容疑で逮捕」いずれ話題にするのも空しい自業自得。知らんがな。もう過ぎた人たちですよ。そういえばウィットに富んだ「エイプリル・フール」ネタは見掛けなかったなぁ、現実が冗談じゃ済まされん状態だからか。
インドネシア沖でM7.4の地震発生とか、津波とか被害状況はいかがでしょうか。
トランプさんは「イランの新体制の大統領がアメリカに停戦を求めてきた」とし、「ホルムズ海峡が開放されれば検討する」と表明。伊蘭側は否定していて、この人はまったく信じられない、思い付きで「言ったもん勝ち」なんでも有なんですね。NATO脱退を検討とか、かき回すだけかき回して、あとは知らん。やることなすこと裏目に出ているみたい。他人様のお国のことだけど、史上最悪の亜米利加大統領ちゃうかな。
さて、我らが日本はこの国難をどう乗り切るのか?今のところドラッグストアにはトイレットロールは潤沢にありました。じわじわと物価は上がるだろうけど、いまのところ落ち着いている感じ。
Rachmaninov ピアノ協奏曲第2番ハ短調/Ravel ピアノ協奏曲ト長調〜エレーヌ・グリモー(p)/ヘスス・ロペス=コボス/ロイヤル・フィル(1992年)・・・Helene Grimaud(1969-仏蘭西)23歳、DENONへの録音を久々に拝聴いたしました。音質極上。Jesus Lopez-Cobos(1940-2018西班牙)は伴奏の名人なんだそう。
Rachmaninovは1901年全曲初演、甘美憂愁な旋律を誇る名曲、小学生時代にリヒテル/ザンデルリンク(1959年)のモノラルLPに出会って一発で痺れたものですよ。作曲者の自演含め、古今東西名演奏録音犇めく名曲中の名曲。
これは驚きの完成度、しっとりと落ち着いた音色、叩きつけたり濃厚に表情を強調しないピアノ。「第一楽章冒頭の和音の連打部分において、ピアニストは一度に10度の間隔に手を広げることが要求されており、手の小さいピアニストの場合はこの和音塊をアルペッジョにして弾くことが通例となっている」そう、ここでもそんな感じに始まって、余裕のテクニックは暑苦しい濃厚露西亜風に非ず、常に抑制と品を感じさせる表現。ロペス=コボス率いるロイヤル・フィルはデリケートにきめ細かい響きにピアニストをフォローしておりました。これは最近聴いた中でもヴェリ・ベストの完成度。
第1楽章「Moderato - Allegro」(10:51)第2楽章「Adagio sostenuto」(11:20)第3楽章「Allegro scherzando」(11:42)
Ravelは1932年初演(マルグリット・ロン)変幻自在、ジャジィにファンキーな名曲。ここでは曖昧な雰囲気に流さず、ちょっぴり硬質なタッチに正確な技巧、やや前のめりなノリ。リズムがようわからん緩徐楽章はぐっと静謐に抑制して、両端楽章との対比もみごとでした。ここでもロペス=コボスの伴奏はテンション高く、優れた伴奏でした。Ravelのこの作品に、これほどクリアな音質はかつて聴いた記憶はない。
第1楽章「Allegramente」(8:27)第2楽章「Adagio assai」(9:22)第3楽章「Presto」(4:03)
Mozart ヴィオリン・ソナタ第17番ハ長調K.296/第18番ト長調K.301(293a)/第21番ホ短調K304(300c)/第22番イ長調K305(293d)/第23番ニ長調K306(300l)〜ヴォルフガング・シュナイダーハン(v)/カール・ゼーマン(p)(1953-55年)・・・いずれも1778年 マンハイムにて、Mozart22歳の優雅極まりない連作となります。この時代、あくまで鍵盤中心にヴァイオリンはオブリガートという扱いから、対等平等の作品として浮き立つような明るい旋律が躍動しております。
ウィーンの名手Wolfgang Schneiderhan(1915-2002墺太利)Carl Seemann(1910-1983独逸)による、しっとり落ち着い良く歌う上品優雅なヴァイオリン、ピアノもデリケートに息もぴたり。音質はモノラルでも自然な潤いのあるもの。どれも希望に溢れた青春の輝きが続きます。
(旧呼称第24番)ハ長調ソナタK.296はなんの屈託もなく、晴れやかに弾むようなリズムに乗った始まり。緩徐楽章のしっとりとした落ち着きも印象的、終楽章の躍動に、わずかに陰が差すところはいかにもMozart。
「Allegro vivace」(6:35)「Andante sostenuto」(5:25)「Rondo: Allegro」(4:29)
(旧呼称第25番)ト長調ソナタK.301(293a)は優雅に歌うよう、そして溌剌軽妙なピアノとの対話に始まりました。「Allegro」はシンプルな3/8拍子から始まって暗転も印象的、以下2楽章で終わるのはJ.C.Bachに倣ったそうです。
「Allegro con spirito」(7:39)「Allegro」(4:13)
(旧呼称第26番)ホ短調ソナタK304(300c)は、ほの暗い魅惑の旋律に、激情が走る始まり。「Menuetto」はピアノの詠嘆から始まって、ヴァイオリンと交互に哀しみが走ります。中間部の安らぎの対比も魅惑でした。
「Allegro」(6:36)「Tempo di Menuetto」(5:11)
(旧呼称第27番)イ長調ソナタK305 (293d)は一点の曇りもない、快活シンプルに躍動疾走する始まり。「Andante grazioso」は弾むような付点の旋律が典雅に陰影もある変奏曲でした。
「Allegro di molto」(4:49)「Andante grazioso」(9:05)
(旧呼称第28番)ニ長調ソナタK306 (300l)これは3楽章制。ピアノが元気よく始まって、ヴァイオリンがオブリガートする始まり。すぐに主役は交代して対等平等のスタイルへ歌う可憐な作品。淡々と落ち着いた緩徐楽章を経、細かい音型に溌剌と躍動するフィナーレへ。途中で拍子が変わるのも印象的。
「Allegro con spirito」(4:56)「Andante cantabile」(4:56)「Allegretto - Allegro」(6:08)
(ついでに)
Bach 無伴奏パルティータ第2番ニ短調 BWV1004〜ヴォルフガング・シュナイダーハン(v)(1955年)・・・彼のBach無伴奏作品はこれ以外の録音を探せません。音質は良好。たったヴァイオリン1挺に巨大な宇宙の広がりを感じて、泣かせる「シャコンヌ」。その関係でこの作品は拝聴機会が多い作品でした。正直なところBachの無伴奏作品はどんな演奏を聴いても、その感動の質はさほどに変わらない。端正なテクニックに煽り過ぎぬ表現に怒涛の感銘をいただきました。
Allemanda(4:22)Corrente(3:23)Sarabanda(3:46)Giga(4:06)Ciaccona(14:51)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
相変わらずの早朝覚醒継続中。それでも抗アレルギー剤を服用中止したので不快感はなくなりました。朝のストレッチ、短いYouTube体操を済ませてご近所のスーパーへウォーキング往復3kmほど。外に出るとうすら寒い雨模様、これを「花冷え」と呼ぶのでしょうか。終日降り続きました。最低限の食材を補充して、菓子は買いませんでした。しばらくガマンするつもり。先日数年ぶりに喰ってけっこう美味く感じたカップ麺に心動いたけれど、これもやめておきました。
花粉症とか背中切ったりなんなり一ヶ月ほどご無沙汰、雨の中昼から軽く呑みに出掛けました。コミュニティバスは120圓に値上がり。ほんの気分転換のつもりが・・・爺友と馬鹿話しが過ぎて、けっこうしっかり呑んだ挙句やや二日酔い状態、今朝気分はよろしくない。体重は67.45kgわずか一日で1.25kg増は自業自得。深く反省してこれからしっかり鍛え直しましょう。
日々拝見するブログに「弥生ついたち」とあって、はて?弥生とは3月のことじゃなかったっけ。調べてみたら、
旧暦3月(現在の3月下旬ー5月初旬)を指す和風月名で、春になり草木がますます生い茂る様子を表します
とのこと。正しい使い方だったのですね。「弥」は「いや増す」の「いや」、どんどん草木が成長するという深い、めでたい意味であることを知りました。
自分は使う機会はないのだけれど、いよいよ「自転車も青切符時代」へ。ここ数日の報道に注目しておきましょう。歩道通行などのマナー問題定着には時間が掛かることでしょう。スマホをいじりながらの自転車運転など毎日散々見掛けますもの。信号待ちにトラック運転手がスマホを眺めているのはかなり危うい・・・けど、けっこう目撃します。
Mendelsshon 弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20/協奏的変奏曲 作品17*/無言歌 ニ長調 作品109*/アルバムの綴り ホ短調(Assai tranquillo)*〜アンサンブル・エクスプロラション/ロエル・ディールティエンス(vc)*/フランク・ブラレイ(p)*(2004年)・・・Ensemble Explorationsは古楽器アンサンブル(独逸?)活動期間1995-2010年。
16歳天才少年の作とは信じられぬ傑作、弦楽八重奏曲 変ホ長調は1825年の作品。複弦楽四重奏の編成。(メンバーは
クリスティーネ・ブッシュ(v)/リディア・フォーベス(v)/チャン・チャン(v)/フランシス・ルーセンス(v)/マルガレーテ・アドルフ(v)/グース・イェケンドリュプ(v)/マルテン・ベーケン(va)/ロエル・ディールティエンス(vc)/ゲールト・ドビエーヴル(vc)とのこと)馴染の湧き上がるような希望に溢れた旋律は、ちょっぴりジミにくすんでマイルドに響きました。
第1楽章「Allegro moderato ma con fuoco」憧憬に充ちて明るく躍動して、シアワセ胸いっぱいに膨らませた始まり。(14:09)
第2楽章「Andante」楚々とした哀しみを湛え、デリケートな緩徐楽章。(6:58)
第3楽章「Scherzo: Allegro leggierissimo」トスカニーニの拡大された編成でも有名なスケルツォ。ちょっぴり辺りの様子を伺うような不安を浮かべて、そっと躍動しました。(5:00)
第4楽章「Presto」ここのテンポはかつて経験したことのない快速!ごりごりとした低音から始まって、マイルドな響きのまま疾走躍動する希望と元気一杯のフィナーレでした。モダーン楽器のテクニックそのままに、滋味深い音色が個性的でした。(6:01)
「Variations concertantes」は1829年の作品。懐かしく素直な旋律から優しく、ちょっぴり陰のある素直な変奏曲が続きました。ピアノは1874年のスタンウエイとのこと、素朴だけれどバロック時代のような粗野な響きに非ず、洗練されて溌剌。ディールティエンスのチェロは内省的にヴィヴラート控えめ。雄弁にぎらぎらとした表現とは無縁な音色でした。(9:32)
「Lied ohne Worte」は1845年晩年の作品。ゆったり揺れるような安らぎの旋律から、途中ちょっぴり情感が高揚します。(4:14)
「Assai tranquillo」は1837年の作品。途方に暮れた哀しみが広がりました。(3:42)
Shostakovich 交響曲第1番ハ短調/バレエ音楽「春の祭典」〜 ジョージ・ショルティ/コンセルトヘボウ管弦楽団(1991年ライヴ)・・・Georg Solti(1912ー1997洪牙利→英国)がシカゴ交響楽団の音楽監督を降りた頃のライヴ。世評盤石、英DECCAの優秀な音質もに支えられ、録音も数多い人だけど、自分との相性はあまりよろしくないと自覚しております。このライヴの音質はいまいち、残念な水準と感じました。
Shostakovich 交響曲第1番ハ短調は1926年初演、栴檀は双葉より芳しい20歳前、自在に才気煥発な作品。二管編成に7種の打楽器+ピアノも入ります。全14曲の交響曲中、もっとも好きな作品でもあります。コンセルトヘボウはリッカルド・シャイー時代(1988-2004年)の客演。ヴェテランらしい落ち着いて神妙な表現でした。
第1楽章「llegretto - Allegro non troppo」冒頭ファゴットがとぼけた味わいの始まり。メリハリある対比がユーモラスな始まり。オーケストラは厚みのあるマイルドな響きに落ち着いて重量級でした。(7:57)
第2楽章「Allegro」スケルツォはショルティらしい前のめりの始まり、ピアノも活躍します。途中優雅な表情に分厚くゆったりとした部分を挟んで、ファゴットのノンビリとした歌から再びテンポを上げて緊張感たっぷり。低音もズシリと響きました。(4:26)
第3楽章「Lento」オーボエの哀愁たっぷりなソロに始まる緩徐楽章。それはチェロ・ソロに引き継がれ「ジークフリート牧歌」の引用らしいけど(Wikiより)ド・シロウトにはよう理解できません。情感は高まって第2主題は「葬送懇親曲」なんだそう。悲痛なヴァイオリン・ソロ登場、分厚いアクセントと金管の強奏はいかにもショルティらしい。(7:24)
アタッカで第4楽章「Allegro molto」へ。不気味な低音が蠢く始まり。やがてクラリネットとピアノに導かれて緊張感を高めて熱を加え、ヴァイオリン・ソロがそれを沈静化させました。やがて爽快な金管がマイルドに分厚く響き渡ってクライマックスへ、ティンパニのソロから弱音のチェロ・ソロも神妙、やがて爽快なトランペットから重心の低いの締めくくりに終了いたしました。(9:02/拍手有)
お気に入り作品だから月に幾度も拝聴している、原始の暴力炸裂する名曲「春の祭典」は再録音。「Ritual of Abduction(誘拐)」の部分で「ティンパニ2小節がごっそり落ち、続くホルンソロの箇所で叩かれる」タイヘンなミスがあるそう。(ネットからの情報)
第1部「大地の礼賛」冒頭のファゴットの音色がシカゴとはずいぶんと違う素朴さを感じさせる音色。神秘の木管も独欧系の深みがあって無機的な音色にならず雰囲気たっぷり。「春の兆し」の激しいリズムにもムリムリな力みを感じさせず、ティンパニの迫力は充分だけど、ショルティも年齢を重ねたのか、ちょっと物足りない。「誘拐」はティンパニ大活躍のところだからミスはつらかったやろなぁ。ショルティは1974年録音でもミスをそのまましているから(やはり「誘拐」トランペット落ち)編集修正を許さぬ(ミスを気にせぬ)人なんでしょう。第1部終盤に向けてティンパニは立派に持ち直します。金管の鋭くならぬマイルドな厚みはかなりの迫力でした。
Part I「Adoration of the Earth(大地の礼賛)」
「Introduction」(3:12)「The Augurs of Spring - Dances of the Young Girls(春の兆し(乙女達の踊り))」(3:21)「Ritual of Abduction(誘拐)」(1:20)「Spring Rounds(春の輪舞)」(3:09)「Ritual of the River Tribes(敵の部族の遊戯)」(1:54)「長老の行進(Procession of the Sage)」「Adoration of the Earth(長老の大地への口づけ)」(1:02)「Dance of the Earth(大地の踊り)」(1:12)
第2部「生贄の儀式」導入から「乙女の神秘的な踊り」は静謐な不気味、生暖かい風情。木管の響きもホルンも深いですね。「生贄への賛美」から一気に打楽器炸裂して暴力的な興奮へ、低音も効いて金管も文句なしの実力。「祖先の儀式」中盤からの金管の絶叫も以前のショルティのような力任せに非ず、ラスト「生贄の踊り」の追い込みも前のめりにならず、慌てず一歩引いた重量級の余裕を感じさせました。
Part II「The Sacrifice(生贄の儀式)」
「Introduction」(4:14)「Mystic Circles of the Young Girls(乙女の神秘的な踊り)」(3:25)「Glorification of the Chosen One(選ばれし生贄への賛美)」(1:32)「 Evocation of the Ancestors(祖先の召還)」(0:40)「Ritual Action of the Ancestors(祖先の儀式)」(3:36)「Sacrificial Dance(生贄の踊り(選ばれし生贄の乙女))」(5:18/大喝采有)
2026年4月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
4月に入りました。花粉症も山場を越えたでしょうか。寝る前に服用する抗アレルギー剤の副作用がきつくて、翌日朝から午前中ずっと身体と頭が重く、不快な気分が続きます。昨夜服薬を中止したら、気分はマシだけど洟水は出て眠りにくい。昨日も朝一番、ストレッチ、短いYouTube体操済ませて市立体育館を目指しました。前夜の雨は上がって曇り空、傘は必要ありません。道中桜は満開です。トレーニングルームは常連メンバーのみ、順不同だったけれどマシン使用を譲り合って、いつものメニューをこなして汗びっしょり、そんな季節になりました。久々にシャワーを使って下着も替えて、帰り身体が冷えることもありません。帰宅して洗濯実施。ようやく重苦しい体調は軽快いたしました。今朝、右脚痙攣して目覚めました。体重は66.25kg▲200g、ちょうど食材も菓子も切れていて、間食しないと減るのは自明の理。
春の選抜、地元(すぐご近所)大阪桐蔭決勝戦優勝。圧勝でした。
自分は女子バレー、もちろん男子バレーも大好き。弱そうな地方チームを注目しております。 和田由紀子のファンなのでレッドロケッツ川崎を応援しているけれど、来季より伊太利へ移籍するそう(関菜々巳も所属するブスト・アルシーツィオ/彼女も大ファン)。エース佐藤淑乃も伊太利(ミラノ)へ。そういえば既に伊太利リーグに参戦している石川真佑はノヴァーラを退団とのこと。どこへ行くのでしょうか。
ならば本来は地元大阪マーヴェラスを贔屓にすべきところ。ところが来シーズン、オポジットのリセ・ファンヘッケ 、ミドルブロッカーの小川愛里奈 、アウトサイドヒッターの宮部愛芽世 、他主力選手がかなり抜けてメンバーチェンジするみたい。
野球選手のトレード経緯はわかりやすいけれど、バレーの移籍はわかりにくいですね。外国人選手は自国に戻るかも知れないし、他の海外に行くかもしれない。小川、宮部はどこか別のチームに既に内定しているんでしょうか。どのように打診をされ、条件提示され、契約が進むのか外野からはその流れが理解できません。
Stravinsky バレエ音楽「春の祭典」〜ピエール・ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団(1969年)・・・Pierre Boulez(1925-2016仏蘭西)の名を一躍高めた録音。中学生だった自分も初めて「春の祭典」に出会い、このLPに痺れました。爾来、幾度聴いてきたでしょうか。10年ほど前に聴いて曰く
完璧な技巧、リズムの正確さ縦線の合い方、デフォルメ皆無、各パート理想的なバランス、聴こえぬところはない各声部、洗練されきった知的サウンドにノーミソ痺れますよ。ジョージ・セルの薫陶によるクリーヴランド管弦楽団のアンサンブルは、当時最盛期を迎えていた・・・
我がオーディオ環境は高品質云々とは無縁の安物、それでも半世紀を超える昔のアナログ録音は優秀、上記称賛の印象は寸分も違わない。更に当時40歳代のブーレーズの尖り方、勢い、アツさをしっかり感じさせて、とくに「選ばれし生贄への賛美」辺り、オーディオ的に打楽器の低音をデフォルメして強調しないバランス、強烈なリズムのキレに痺れました。1963年、1991年、どの録音もブーレーズの演奏は気に入っております。これぞ「20世紀の古典音楽」のリファレンス、参照の基準でしょう。
Part I「Adoration of the Earth(大地の礼賛)」 「Introduction」(3:37)「The Augurs of Spring - Dances of the Young Girls(春のきざし(乙女達の踊り))」(3:20)「Ritual of Abduction(誘拐)」(1:26)「Spring Rounds(春の輪舞)」(3:53)「Ritual of the River Tribes(敵の部族の遊戯)」(1:59)「長老の行進(Procession of the Sage)」(0:45)「Adoration of the Earth(長老の大地への口づけ)」(0:44)「Dance of the Earth(大地の踊り)」(1:20)
Part II「The Sacrifice(生贄の儀式)」「Introduction」(4:07)「Mystic Circles of the Young Girls(乙女の神秘的な踊り)」(3:18)「Glorification of the Chosen One(選ばれし生贄への賛美)」(1:32)「 Evocation of the Ancestors(祖先の召還)」(0:39)「Ritual Action of the Ancestors(祖先の儀式)」(3:38)「Sacrificial Dance(生贄の踊り(選ばれし生贄の乙女))」(4:37)
Scriabin 交響曲第3番ハ長調「神聖な詩」/第4番「法悦の詩」〜イーゴリ・ゴロフスチン/モスクワ交響楽団/ドミトリー・ロカレンコフ(tp)(1995年)・・・Igor Golovschin(1956-露西亜)率いるMoscow Symphony Orchestraは1989年創立された新興オーケストラ。以前交響曲第1番ホ長調を聴いて少々ガッカリした記憶もありました。素朴なサウンドに骨太だけれど、金管はあまり器用じゃない感じ。最近聴いたリッカルド・ムーティのScriabinに感銘を受けて、再聴仕切り直しを思い立ちました。世評を探ってみたけれど、ほとんど話題に上っておりません。彼の全集録音には珍しい管弦楽作品がいくつか併録されておりました。
1905年初演(アルトゥール・ニキシュ)四管編成、ハープ2台、打楽器はティンパニのみ。収録音量がやや低く、残響豊かな音質。全編Wagner風甘い旋律が延々、サウンドの芯は少々曖昧にメリハリ、色気も不足気味と感じました。それは音質印象なのか、オーケストラのサウンド個性なのか判断は付きません。
序奏「Lento」重厚な金管による短い序奏。このモットーが全曲に渡って出現します。(1:36)
第1楽章「Luttes(Struggles/闘争)」魅惑の旋律は平易、弦と金管の勇壮雄弁な表現、木管にメルヘンの安らぎも感じられる濃厚浪漫な始まり。アンサンブルに破綻もなく、それなりの迫力もあるけれど、各パートは個性不足か。長丁場を構成感を以て組み立てる演奏に非ず、やや散漫、弱い印象がありました。(25:37)
第2楽章「Voluptes(Delights/悦楽)」甘美に妖しい緩徐楽章。とってもイケない感じのトランペット、金管の切ない絶叫もも登場して高まる官能、いや増す幻想的濃厚浪漫の世界が囁き続けました。これはほとんどWagnerの世界。ここもちょっと響きは薄いというか、サウンドの芯は弱く感じるけれど、そう悪くない。(13:45)
第3楽章「Jeu divin(Divine Play/神聖な遊戯)」リズミカルなトランペット・ソロが幾度しつこく繰り返され、弦が弾むように、優雅に歌い続けるフィナーレ。高揚を続け、やがて打楽器を伴って爆発〜クライマックスの壮麗華麗サウンドは不足気味でした。オーケストラの技量問題か、弱音でのテンションの落ち具合も気になります。(11:06)
「Le poeme de l'extase」は1908年に初演された人気作品。短い単一楽章だけど、四管編成に多種多様な打楽器、グロッケンシュピール、チェレスタ、ハープにオルガン迄入る大編成。寄せては返す官能の波がとってもエッチ、全編に雄弁なトランペットが活躍する「神秘和音」(?)作品とのこと。こちらは旋律に馴染んでいるせいか、響きの不足云々をさほどに感じず、ラストしっかり盛り上がりました。伸びやかなトランペットも最高。音質もこちらのほうがクリアな感じ。(24:13)