2026年6月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日こちらは終日しとしと雨、新幹線は止まったようですね。夜半から今朝に掛けて凄い風、今朝早く台風は和歌山に上陸したそう。これから報道番組を確認するけれど、あちこち被害は出ているのでしょうか。本日は市立体育館行きのサイクルだけど、朝外に出るのは難しいかも。これから雨は収まるらしいから、それまで様子を眺めましょう。今朝の体重は66.7kg▲100g。
朝一番にストレッチと東南亜細亜のお姉さんが動き続けるエアロビクス済ませてからゴミ出し、冷凍庫の鴨鍋用の肉は季節外れに至ったので野菜の煮物に仕立てて、昼からの新たなネット回線契約工事を待ちました。すると・・・スマホに着信が〜正確には別室に音楽を聴いていたから、スマートウォッチに着信案内が到着、自分の安物ではそれでは通話はできないはず、操作がわからず切ってしまいました。
午後1時から3時という約束通り、午後一番にて工事の方到着。前のNuroひかりはWifiルーター一体型、新たに契約したAUひかりは自前のルーターが必要、以前のを段ボールから取り出しおくのを失念しておりました。あわててすぐに取り出したけれどAC電源がみつからず四苦八苦、箱をぶちまけて探索して無事発見! わずか30分ほどですべての作業は完了いたしました。前のルーターだからパスワードは同じ、FireStickと機種変更したスマホは新たに設定が必要だったけれど、Alexaとメインに使っているVAIOは以前登録したのが生きていて速攻つながりました。女房殿は婆さん宅より一時帰宅しなかったのでスマホはもう一台設定必須、持って出かけていたSurface Goはおそらく以前に設定が生きていることでしょう。
残る課題は支払方法(カード決済)の登録と、解約料の請求。そして義理で契約した要らん仕組み2か月無料期間終わったら解約、更に割引期間が終わったらNuroひかりに戻す(代理店の営業の方の知恵)・・・なんか悪いことをしているみたい。じっさいほんまに節約になっているのか?不安です。
以前より話題になっていたCopilot Keyboardを試しに導入してみました。数か月前、長年愛用していたGoogle日本語入力の動作が気に喰わず、MS-IMEに変えてほど不満はなかったけれど、やや長文変換に難があると感じておりました。その時点Copilot Keyboard は未だ試験運用中、いろいろ不備があるとの声もあったので導入は先延ばしにしておりました。入力方法はAtok、それはそのまま受け継がれて〜というか、設定の方法が分かりにくい。これから使い込んで使い勝手を検証いたしましょう。数日間の感想は変化にやや、心持ち時間が掛かって、これがもしかしてAI参照の影響?使い込んでいけば思うような変換出現となるのかも。例えば「ふかい」は「不快」が先に出現して「深い」があと、世の中では「不快」なことが多いのでしょう。(その後、我がWindow11の版は旧いらしく、設定にCopiletが出現しないことを発見・・・使えんことはないが・・・と云った中途半端な状態にMS-IMEに戻しました)
せっかくWifi環境も変わったし(体感なにも変わらんけど)フツウの無線キーボードから気分を変えてMSスカルプト・エルゴノミック・キーボードに変更いたしました。記録によると2016年購入〜もう10年選手。正しい指運の補助になるし、手首肘にも優しい。唯一の弱点はテンキーがないこと。付属の無線のは電池切れのまま、有線USB接続のものを愛用しております。
Xiaogang ye(葉小鋼/1955-中国) ソプラノ、バリトンと管弦楽のための「大地の歌」〜ロン・ユー/上海交響楽団/チャン・リピン(s)/シェンヤン(br)(2020年)・・・Mahlerの「大地の歌」に霊感を受けて同時に録音された意欲的な現代作品。晦渋さや暴力的な大仰さは皆無、幻想的にデリケートなサウンド、所謂中華風の音階や音の動きを感じさせて、静謐が基調。俗っぽさとは無縁なオリエンタルな旋律が続きます。2005年初演。作品詳細を分析するような知識はないけれど、言葉の意味は理解できなくても、心情や雰囲気はちゃんと伝わって、余隆(1966-中国)率いる上海フィルは洗練され、丁寧なアンサンブルを聴かせてくださいました。彼は独逸に学び2009年より上海交響楽団の音楽監督とのこと。
(和訳は自動翻訳/李白、王維、孟浩然等の漢詩がベースになっているらしい)二人の声楽ソロに三管編成、ピアノ。チェレスタ、琵琶、箏。打楽器には中国伝統のものが使用されております。これは見過ごせない名曲。
「Tale of Sorrowful Song(悲歌物語)」きらきらと 幻想的なサウンドに寂しげな木管。高貴なソプラノは東洋的旋律に落ち着いた情感を感じさせるところ。「月に憑かれたピエロ」の唱法がわずかに香りました。(s/7:46)
「Banquet at Tao Family's Pavilion(陶家の閣での宴)」寂しげな木管から始まる細かい音型はユーモラス、デリケートな旋律。中華風打楽器の音色がエキゾチック。(s/5:11)
「Imitation of Old Poem: Long Autumn Night(古詩「長秋夜」の模倣)」伝統的木管の響きも床しい静謐。しっとりとした女声が纏綿と歌って荘厳。(s/6:07)
「Song of Pick Lotus(摘蓮の歌)」ここは打楽器の動きも活発、一番管弦楽の動きが激しいところ。(br/6:22)
「Feelings upon Awakening from Drunkenness on a Spring Day(春の日の酔い覚めの心境)」幻想的なホルンは優秀。「春に酔える者」は剽軽な風情だったけれど、こちらはバリトンの詠嘆と爽快に躍動する金管とキラキラとしたサウンドの対比が美しい。(br/5:58)
「Staying at Teacher's Mountain Retreat, Awaiting a Friend in Vain, Farewell(師の山庵での滞在、友を待ち続けるも叶わず、別れ)」壮麗に雄弁なスケール。華やかに爆発する管弦楽。ソプラノの高笑い、中国伝統の打楽器の響きも鮮烈に終了します。(s/8:23)
Mahlerのほうはこれから聴きましょう。
Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ヤッシャ・ホーレンシュタイン/ウィーン・プロムジカ管弦楽団(1953年)・・・Jascha Horenstein(1898ー1973烏克蘭→亜米利加)のMahlerやBruckerを久々に拝聴して、演奏音質ともにかつての記憶より、ずっとよろしい印象を得たのでBeethovenも聴いてみました。十数年ぶり。オーケストラはウィーン交響楽団でしょうか。
古典的二管編成なのに巨大、初演1805年浪漫派の幕開けを告げる巨魁な交響曲。おそらくはLP復刻音源はちょっと残念、LP回転数がおかしい?遅いのか、ピッチがおかしく気持ち悪い。わずかにオフセンターっぽい音の揺れもありました。音の肌理も粗い・・・オリジナルはもっと音質状態はよろしいと類推します。
第1楽章「Allefro con brio」ズシリと重く、パワフルに重厚長大系表現の滑り出し。ティンパニの音が乱暴に響いて低音も濁ります。提示部繰り返しなし。自分の嗜好だけど、最近の古楽器系の躍動やノリに足りないと感じます。(17:03)
第2楽章「Marcia funebre: Adagio assai」いかにも重苦しく神妙、低弦アクセントしっかりに足を引きずるような「葬送行進曲」。テンションは高いけど、たっぷり大仰に詠嘆する管楽器には音色に色気が足りない。相変わらずティンパニの響きは乱暴でした。(17:28)
第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」かなりごりごりとパワフル重量級に慌てない、噛み締めるように落ち着いたスケルツォ。トリオのホルンは期待ほどの魅力的な音色に非ず。(6:15)
第4楽章「Finale: Allegro molto」フィナーレも大仰な表情に着実な始まり。変奏曲は悠々と優雅に、しっとり歌って堂々たるイン・テンポを基調に重心低く、かなり大仰な表情でした。相変わらずティンパニの反応は鈍く感じつつ、立派な演奏・・・だけど、星の数ほどあるBeethovenの名曲に特異な地位を占めるよころまではいかぬかも。残念。(13:05)
2026年6月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
台風接近して前日より沖縄空港では全便欠航とか、西日本は大荒れ、こちらは夜半よりまとまった雨模様でした。本日昼から新しく契約したネット回線の工事立ち合い。
前日は相変わらず眠り浅く、夢見よろしくなく、幾度同じパターンだけど自分は50年前の出来の悪い学生に戻って、整理整頓がよろしくないから自分が出席すべき授業の一覧が見当たらない〜うなされて目覚めました。
朝一番にお世話になった重い座りソファ二つ、女房殿と所定の場所に運びました。(今朝ゴミ出し時に確認すると無事回収済)ストレッチとYouTube体操はいつも通り、朝から快晴の空に市立体育館を目指しました。途中、電動車椅子の方の散歩といっしょになって、その性能の素晴らしさと、ちょっと凸凹裏道でもそれが使える日本の道路が素晴らしい。トレーニングルームはいつもの常連メンバーとご挨拶して、いつものメニュー消化、しっかり汗を流してシャワーも爽快、そのまま帰りスーパーに寄って食材入手して帰宅いたしました。天気が崩れないうちに洗濯も済ませました。今朝の体重は66.8kg▲400g、ようやく66kgに戻ったけれどまだまだ高水準。
名古屋にてマイクロバスが赤信号中交差点突入。若い者二人をひき殺したそう。85歳、最近は大型バスの車庫入れができなかったとか、これは運転をさせた側の責任、周りが諫めて運転を辞めさせないといけないと思います。お子さんや孫はいらっしゃらないのか。長野のマイクロバス事故があったばかり、この件の詳細続報を望む。なんの瑕疵もない、未来ある若い命はほんまに痛ましく、哀し過ぎますよ。
パリ・バレーより帰国、女性に大人気のイケメン高橋慶帆がSTINGS愛知に加入とのこと。また、盛り上がるでしょうね。世界一のリベロの一人小川智大は波蘭に移籍、高橋藍とチームメイトになるそう。サンバースはムセルスキーも引退帰国したし、どんなチーム補強をするのでしょうか。
早朝から音量低く音楽を聴いて、メモなどしていたのは・・・
Berg 室内協奏曲〜ヤンスク・カヒッゼ/トスカーナ管弦楽団/アンドレア・タッチ(v)/フォルコ・ヴィチ(p)(2001年フィレンツェ)/Berg ヴァイオリン協奏曲〜トーマス・ツェートマイヤー(v)/ハインリヒ・シフ/イタリア放送交響楽団(1989年ライヴ)・・・音質もよろしいし、しっかり集中して聴いていたら、妙に馴染みがある・・・じつはあとで2026年1月にしっかり聴いていたメモ発見。妖しく、晦渋さのない作品風情をたっぷり堪能して、いざJansug Kakhidze(1936-2002卓爾治亜)の画像を保存しようとしたら、既存の同名ファイルが存在することを発見しました。Googleサイト内検索も【♪ KechiKechi Classics ♪】はあまりにマイナーな存在なのか!出現しませんでした。印象、感想は数か月前と寸分違わない・・・というか、とっても情けない記憶消失状態。
Bruckner 交響曲第4番変ホ長調(1874年/第1稿)〜ヘスス・ロペス・コボス/シンシナティ交響楽団(1990年)・・・これはちょっと悩みながら聴いたもの。まだお勉強途中です。
Jesus Lopez-Cobos(1940-2018西班牙)は1986-2002年長期Cincinnati Symphony Orchestraの音楽監督在任。Brucknerはたしか5曲録音して、これは意欲的な1874年/第1稿録音でした。通常演奏される1878/80年稿に基づく第2稿とはまったく姿が違って、自分のように版がどーの云々もできぬ愛好家でも、素材は同じでも旋律の違いはしっかり理解可能。エリアフ・インバル辺りが最初の録音だったのかな?(1982年)21世紀に入ってこの版の録音は増えて、幾度聴いたことがあるはずが・・・まるで初耳のように響きました。
TELARCの録音印象もあるのか刺激的に尖った響き皆無、素直に洗練された暖かいサウンドが爽やかに広がりました。金管の凄みとか深み渋い響きはちょっと期待できないけれど、煽り表現は無縁。あちこち大活躍するホルンの鮮やかなテクニック、整ったアンサンブルはロペス・コボスの薫陶の結果でしょう。
第1楽章「Allegro」いろいろ細部は馴染みと違って粗野だけど、全曲通してここが一番違和感がない。(20:02)
第2楽章「Andante Quasi Allegretto」出足は旧知の旋律から、途中以降まったく馴染とは異なる旋律が粛々と、かなりしつこく歌って息長く、クライマックスも少々大仰でした。(20:06)
第3楽章「Sehr Schnell; Trio. Im Gleichen Tempo」は2/4拍子/変ロ長調(馴染の版では3/4拍子/変ホ長調)冒頭茫洋と魂が抜けたようなホルンは寂しい旋律(かなりしつこく、幾度繰り返えされる)いままではあちこち様子は違っても素材は同じだったけれど、これは記憶ののスケルツォとはまったく別もの。クリアな響きのまま緊張感を高めて疾走、中間部は優しい歌が広がりました。爽やかな草原の狩りの情景とはまったく異なる風情でした。(11:28)
第4楽章「Allegro Moderato」序奏ははまったく別物。そしていつもの素材に似た響きもあちこち散見、でもほとんど別方向に迫力の爆発を加えて、パワフルな金管はクリアに叫びました。安らぎの風情からのコラール風ファンファーレ、さらにカッコよい例のBruckner付点のリズムも登場して、高まる緊張・・・だけど、先入観のせいか印象は中途半端でした。(18:26)
2026年6月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
6月に入りました。台風は沖縄に接近しているそう。数日後、こちらにも影響は出るでしょうか。昨日日曜、女房殿は精力的に終日出掛けて夕方ご帰宅、自分はな〜んにもしたくありません。料理も食材在庫の範疇でなんとかいたしました。我流ストレッチと短いYouTubeエアロビクスを終えて、あとは昼寝などして無為無策に過ごして、ほとんど身動きしておりません。今朝の体重は67.2kg+500g。最悪。これから鍛えて減らしましょう。
ここしばらく断続的に微妙に背中に不快感もあります。ネットを探ってみると「すい臓がんの疑い」との怖い情報出現。
「すい臓は腹部の奥深く、脊椎の近くに位置する臓器だ。そのため、腹部ではなく背中や腰に痛みを感じることがある。これが筋肉由来の症状と勘違いされやすい理由」
1. 原因不明の体重減少(油断すればすぐ体重が増えるからそれは違うかも)
2. 慢性的な疲労感(腕や脚にずっと続く疲労感はないでもない)
3. 食欲の減退(食欲を抑制するのに日々苦戦中)
4. 黄疸(おうだん)(それとは無縁)
5. 消化機能の不調(快食快便が唯一の取り柄)
・・・ちょっと症状は違うかも。すい臓がんの要因は「血縁のある家族に膵臓がんになった人がいること、糖尿病や慢性膵炎(すいえん)、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)にかかっていること、喫煙などが、膵臓がんを発生するリスクを高めること」らしいから、発生要因とはまったく違うと信じたい。ただし、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)とやら?がなんなのかは知らんけど。
これから朝一番、十数年ぶつくさ云いつつ使居続けた座りソファ二つを大型ごみへ(邪魔臭く重い)。これが腰や背中にはよろしくなかったのかも。本日これからトレーニングルームに出掛けて鍛えてきましょう。
我が街のメインの駅であるJR住道にはスタバも、Zetteriaもコメダもセブンもあるけれど、一階の蕎麦屋は3月よりお休みのまま(店主が病らしい)。「ブックストア談/文教堂」が閉店したのは本を読む人が減ったからでしょう。さらに「フィットネスクラブ&サウナ/ルネサンス住道24」も閉店になるそう。店の流行り廃れは仕方がないけれど、次が入らないのは困る、廃墟化が始まるようで不安な感じ。少子高齢化の影響もリアルに感じます。なにか次の店入ってくれ! 以前閉店した和菓子屋さんはサーティワンアイスクリームに変わりましたっけ。
快進撃だったホワイトソックスの村上宗孝が負傷により4−6週間の休養。しっかり直して復活してほしい。7月早々に復帰できるでしょうか。
Dvora’k 弦楽セレナード ホ長調/森の静けさ(スタニスラフ・ヴァヴジーネク/ピョートル・ノウゾフスキー (vc)/2021年)/管楽セレナード ニ短調(ヴァハン・マルディロシアン/2022年)〜チェコ室内フィル・パルドビツェ・・・Czech Chamber Philharmonic Orchestra, Pardubiceとは初耳、チェコ共和国パルドゥビツェ州?の団体らしいけど、指揮者も含めまったく情報は探せません。意外にも端正なアンサンブルにメロディ・メーカーであるDvora'kの旋律を美しく表現してくださいました。瑞々しい音質も極上。
弦楽セレナード ホ長調の初演は1876年。懐かしく郷愁に充ちた旋律溢れ出る名曲。
第1楽章「Moderato」安らぎの楚々とした旋律。いかにも少人数に心を込めたアンサンブルは、ちょっぴりローカルに鄙びたサウンド、落ち着いてたっぷり懐かしい。(4:45)
第2楽章「Tempo di valse」哀愁のワルツ。響きはちょっと薄いけれど誠実に爽やか。(7:07)
第3楽章「Scherzo: Vivace」ウキウキと軽妙軽快、力みなくデリケートに走り出すスケルツォ。(5:54)
第4楽章「Larghetto」しっとり寂しいつぶやきは纏綿とした陶酔へ。(5:00)
第5楽章「Finale: Allegro vivace」快活な表情に爽やかな旋律は、第1楽章の回帰もちょっぴり、多彩に変化を続けて疾走いたしました。(6:11)
「Silent Woods」はもともとピアノ四手のための作品。チェロと管弦楽のための編曲は1894年出版とのこと。伴奏編成は1-fl/2-cl/2-fg/1-hr+弦。息を潜めて消えそうな詠嘆に、そっと歌うチェロは大柄ではない親密、Dvora’kはメロディ・メーカーの天才です。(5:54)
管楽セレナード ニ短調は1878年の初演から好評。編成は2-ob/2-fg/2-fg/コントラファゴット/3-hr/vc/cb、Mozartの「グラン・パルティータ」K.361の影響を受けているらしい。これも名曲。のびのびとした管楽器も立派な技量でした。
第1楽章「Moderato quasi marcia」土俗的な旋律はちょっぴり暗い表情に、しっかり歩みだす行進曲。(4:20)
第2楽章「Menuetto」いつも馴染みの「メヌエット」とはリズムの風情の違う穏健な旋律はボヘミアの民謡(ソウセツカー?のリズム)なんだそう。トリオはフリアントが楽し気に躍動しました。(5:50)
第3楽章「Andante con moto」イ長調。しっとりと落ち着いた夜想曲風。「グラン・パルティータ」の「Adagio」に似ているとWikiにあるけれど、どちらも甲乙つけがたい魅惑の旋律でした。高揚する場面でのホルンやクラリネットの迫力が素晴らしい。ラスト辺りのチェロやコントラバスのソロもしみじみ。(8:39)
第4楽章「Finale」ニ短調。闊達自在に動きのあるフィナーレの始まり。やがて優雅に落ち着いて、第1楽章が回帰して懐かしく、朗々たるホルンも響いて終了いたしました。(6:04)
Debussy 交響的素描「海」/Ravel バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲/逝ける王女のためのパヴァーヌ〜ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団(1963年)・・・George Szell(1897-1970洪牙利→亜米利加)による仏蘭西音楽の代表作録音。2020年に聴いて「ガッカリ・・・色気も素っ気もない辛口のオモロない演奏」とのMy酷評でした。久々の拝聴印象は「色気も素っ気もない辛口」に間違いないけれど、それはそれとして今回は、その正確に精緻なアンサンブルと集中力、クールな佇まいのまま熱を上げていく迫力演奏に意外な感銘を受けました。悪くない音質と思うけれど、妙に雰囲気に足りない風情なのはムダを削ぎ落としたサウンド個性なのか、ほんまに痩せた音質なのか微妙なところ。
おそらくDebussyの一番人気の管弦楽作品である「海」は1905年初演(失敗)2-fl+ピッコロの三管編成、6種の打楽器、ハープ2台も入るかなりの規模。ジョージ・セルは幾度も演奏会に取り上げた得意作品とのこと。1957年のルガーノ・ライヴもありました。こちら極東のド・シロウト(=ワシ)が期待したい、お仏蘭西風曖昧模糊とした色気とかセクシーサウンドとは無縁でした。
第1楽章「海の夜明けから真昼まで(De l'aube a midi sur la mer)」つかみどころのない旋律は細部まで明晰。緻密かつ颯爽、決然としたメリハリと正確なリズムのスウィング、そしてパワフルな辛口サウンド。(8:43)
第2楽章「波の戯れ(Jeux de vagues)」息詰まるように正確無比なリズムを刻むアンサンブル、気紛れな波の動きは理路整然としてカッコよい勢いと流れ、これほどクリアな金管木管の響きはめったに経験できない。(6:24)
第3楽章「風と海の対話(Dialogue du vent et de la mer)」風雲急を告げる切迫感、冷たいトランペット先頭に金管は細身に鋭い響き。そのままヴィヴィッドにテンション高く疾走してもスリム怜悧なサウンドは継続中、速めのテンポに情感を排したような几帳面なアンサンブルのまま全曲を締め括って、オーケオーケストラは技量でした。(7:38)
「Daphnis et Chloe」は1912年初演。「海」より更に大きな三管編成に12種の打楽器、混声合唱、舞台裏のバンダも入る巨大なもの。ここでは合唱が入りません。
「夜明け(Lever du jour)」星屑が広がるような木管の微粒子音型も正確に曖昧さ皆無。華やかさはないけれど、ジョージ・セルの無慈悲なほどに冷たい明晰は、Ravelの個性にいっそうに合って、作品の神髄を堪能できるもの。(5:16)
「パントマイム(Pantomime)」仏蘭西系の腰の軽い音色や、ベルリン・フィルのように極上の厚みとはまったく異なる世界だけど、これはこれで精密を極めた名人芸の木管が美しい。(6:26)
「全員の踊り(Danse generale)」ここが「クールな佇まいのまま熱を上げていく迫力」をしっかり感じさせてノリノリのリズム感と疾走、そして爆発。驚くべき曖昧さのないスリムなアンサンブルを堪能いたしました。(3:20)
「Pavane pour une infante defunte」はピアノ曲から管弦楽化され1920年初演。二管編成、金管はホルンのみという簡素な編成。清楚な官能に充ちた名曲も正確かつデリケート。ホルンはマイロン・ブルーム(Myron Bloom/1926-2019亜米利加)でしょうか。彼は1977年にパリ管に転出、仏蘭西風とは違う彼の知的な迫力が求められたのでしょう。(6:23)