2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日日曜はヤク切れからの鼻詰まりから眠りいっそう浅く頭痛少々、体調もあまりよろしくない。午前中蘇格蘭の田舎町よりやってきた、日本好きな英国人の素朴な観光動画をゆっくり拝見してぼんやり。珍しく女房殿がなにも予定はないそうで、外食したいとの希望、いつもの梅田駅前ビル地下の激安居酒屋を目指しました。前週は偶然、正直なところ料理にはいまいちな印象だったので、ここは大丈夫!な魚料理二軒選定、充分安く、たっぷりおいしく贅沢いたしました。最寄りの駅からのコミュニティバスの時間が中途半端になって帰り、業務スーパーに買い物に寄って歩いて帰宅、歩数は6,000歩を超えて一日の運動目標を超えました。今朝の体重は67.0kgほぼ変わらぬ高め安定(涙)
伊蘭戦争からホルムズ海峡閉鎖へ、これは長引きそうですね。もう第3次オイル・ショック確定かも。これから世界的大不況の銃爪(ひきがね)になるのか。我が家のトイレットロールやティッシュの在庫はちょっと心配・・・なんてうかつにネットに書いてしまうと、ますます煽る結果になりかねない。介護用品も不安です。日本の世論調査(朝日/電話調査)伊蘭攻撃不支持82%とのこと。固定電話?調査母数は?
NBC日本は委内瑞拉に敗北して残念・・・なんて結果を見ただけ。詳細は知りません。放送商売的にはヤバいですよね。
往年のそっぷ型名力士、南海の黒豹・元大関・若島津さん逝去、69歳。自分と同い年でっせ、愕然。高田みずえちゃんは泣いていることでしょう。
R.Strauss 交響詩「ドン・ファン」(2022年)/ 交響詩「英雄の生涯」(2023年)〜ハンス・グラーフ/シンガポール交響楽団・・・ヴェテランHans Graf(1949-墺太利)はヒューストン交響楽団の音楽監督を降りたあと、2020年よりシンガポール交響楽団に転出したとは知りませんでした。中国や東南亜細亜のオーケストラはここ最近実力向上著しく、ごりごりとしたパワーとか、色気にはちょっぴり足りない?いえいえ、この集中した驚異のアンサンブルを目隠しで聴けば、楽団名を当てるのはそうカンタンじゃないでしょう。音質極上。オーディオ映えする作品だけど、今まで経験した中でも最高の音質鮮度かもしれない。
テンション高く躍動して、誠実に洗練されたサウンドと勢いに充ちた「ドン・ファン」。野太いホルンのぶちかましはちょっと遠慮気味だけど、バランスの良さと響きの厚みに不足を感じさせません。(17:37)
カッコ良い場面頻出して、オーケストラの技量が問われる「英雄の生涯」は勇壮にカッコ良い作品。こちら前曲よりパワーが加わっている印象でした。テンポは納得の中庸に、恣意的な動きもありません。
「Der Held (英雄)」悠々として力みなく余裕のはじまり。低音をあまり強調しないのは録音の加減なのか、オーケストラの個性なのかは不明でした。(4:34)
「Des Helden Walstatt(英雄の敵)」喧(かまびす)しい「敵」の木管の動きと音色はクリアに、各声部を描き分けてリアル。弦の詠嘆もたっぷり、余裕の厚みを感じさせてちょっと驚き。(3:22)
「Des Helden Gefahrtin(英雄の伴侶)」ここはヴァイオリン・ソロがしっとり美しく際立ちます(伴侶のテーマ)。コンマスはそうとうの腕なのでしょう。後半の黄昏るような静謐には、オーケストラの響きにも穏やかな色気が感じられました。(12:58)
「Des Helden Walstatt(英雄の戦場)」バンダのファンファーレは充分遠く、満を持して「戦場」の場面へ。非力ではないけれど、ここはもっと爆発的な迫力が欲しいところ。ホルンも大奮闘だけど、往年の独欧系の名人の音色が脳裏にあると、ちょっとおとなしい印象かも。打楽器の動きはリアルに際立ちました。力任せに煽ったり、走らぬ余裕の表現を好ましく受け止めました。(7:36)
「Des Helden Friedenswerke(英雄の業績)」期待のホルン「ドン・ファンのテーマ」期待した通りの太さに近い。やがて人生の黄昏迫って、静謐さが支配するところはしみじみ美しく絶品。(6:36)
「Des Helden Weltflucht und Vollendung(英雄の隠遁と完成)」弱音部分のクリアな分離、洗練され落ち着いた響き。引き続く緊張感、黄昏の情景は深まってホルンとヴァイオリン・ソロの絡み合いも絶品の締め括りでした。(10:52)
Ravel 古風なメヌエット/ラ・ヴァルス(以上1974年)/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」(1975年)〜ピエール・ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニック/カメラータ・シンガーズ・・・2020年に聴いて
違和感有過ぎ。緻密クールな作品+表現は(彼にしては)やや前のめり、音質もいまいち、オーケストラのサウンドにデリカシーに不足するかも・・・そんな贅沢不遜な印象を得たもの
それはほんまか?どんなオーケストラでも洗練された響きに変えるのがPierre Bouelz(1925-2016仏蘭西)もマジックなのに、そんなことがあるのだろうか?当時の聴き手=自分の体調不良だったんじゃないか、再確認の必要を痛感いたしました。
記憶ではSQ4チャンネル録音をムリムリ2チャンネルに戻した音源のはず。たしかに広がりと分離を強調してやや不自然、臨場感や解像度はかなり、低音もしっかり効いておりました。もしかしたら前回入手した音源のマスタリング問題だったのかも。
「古風なメヌエット」は1895年作曲者20歳の作品。管弦楽版は1930年初演。アルカイックな懐古趣味的な作品はなかなか魅力的・・・「デリカシーに不足するかも」とのイメージはこれなんじゃないか。Ravelは生真面目に演奏するほどにオモロさ際立つ!そう思っているけれど、ブーレーズにしてはちょっぴり大味、アンサンブルにもぎくしゃくした印象がありました。(7:09)
「ラ・ヴァルス」は1920年初演。「渦巻く雲の中から、ワルツを踊る男女がかすかに浮かび上がって・・・」とは作曲者の言葉。弱音部分での優雅なデリカシー、大げさなリズムを刻む部分は無骨な強調して、打楽器もしっかり自己主張(おそらく前回はそこが気になったと類推)これは意識した対比表現でしょうか。テンポの揺れも決まって、骨太なニューヨーク・フィルのサウンドも厚みがあってなかなかセクシーでした。ラストのパワフルな追い込みもエネルギー満杯。(13:04)
「ダフニスとクロエ」は1912年の初演。四管編成に多種多様な打楽器+混声合唱のヴォカリーズも入る大掛かりな編成を駆使して極限に細かい音型を歌います。。巴里はそろそろStravinskyが話題になる時代に至っておりました。
ニューヨーク・フィルはバーンスタイン時代の粗いアンサンブルから改善され、デリケートかつ緻密、明晰に骨太の響きは仏蘭西系にはないパワフルな迫力。管楽器の明るい響きは期待される曖昧細身なアンニュイとは別世界だけど、フルートなどとても華やか。打楽器はなかなかの臨場感、重量感に最後まで華やかに盛り上がりました。カメラータ・シンガーズも雰囲気たっぷり。50歳のブーレーズの気力体力、色気を感じさせるもの。
「序奏(Introduction)」(3:09)「宗教的な踊り(Danse religieuse)」(5:28)「若い娘はダフニスの気を引こうとする(Les jeunes filles attirent Daphnis)」(3:05)「ドルコンのグロテスクな踊り(Danse grotesque de Dorcon)」(1:51)「ダフニスの優雅で軽やかな踊り(Danse legere et gracieuse de Daphnis)」(3:30)「リュセイオンの踊り(Danse de Lyceion)」(3:59)「夜想曲(Nocturne)」(5:00)「間奏曲(Interlude)」(3:10)「全員の踊り(Danse guerrire)」(4:18)「クロエの哀願の踊り(Danse suppliante de Chloe)」(5:26)「日の出(Lever du jour)」(5:40)「Pantomime」(5:37)「全員の踊り(Danse guerrire)」(4:20)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日朝体重は戻ってしまったけれど、前日昼食の焼きそば?それと好物のピーナツが原因か、夕食は女房殿が戻ってきてしっかり料理して喰いましたし。いつも通りのストレッチとYouTube体操済ませて市立体育館へ、途中しっかりゴミも拾って上々の好天でした。トレーニングルームは土日お仕事現役メンバーも少なく空いていて、ゆっくりマシンは使えました。左膝辺り微妙な違和感もあるけれど、全身しっかり使って体調は良好です。帰宅して洗濯実施。風があったので夕方迄にすっかり乾きました。処方されたクスリが切れて連日の鼻詰まりに難儀しております。今朝の体重は67.05kg+300g更に最悪。
メディア史に残る大罪そんなブログの記事を拝見。
これは卓見でしょう。「旧統一教会」「ジャニーズ性加害問題」は見て見ぬふり、マスコミが報道しない、乃至抑制したことにより実質上被害に加担したとの見方でした。たった今現在、別途似たような「公然の秘密」事象が進行していないか不安になります。こんな積み重ねが「オールド・メディア」の信頼性を失わせていった一因なのでしょう。
生活習慣病と個性的な髪型が気になる某隣国のトップは、威勢よろしく10発ほど花火を上げたそう。彼らなりの伊蘭や委内瑞拉問題への反応なのでしょうか。困ったものです。そんなカネがあったら国民の食糧にあてて欲しい。ホルムズ海峡は泥沼になりそう。
Debussy 牧神の午後への前奏曲/交響的素描「海」/バレエ音楽「遊戯」/組曲「こどもの領分」(Andre Caplet編)〜準・メルクル/リヨン国立管弦楽団(2007年)・・・ Jun Ma"rkl(1959-独逸)がリヨン国立管弦楽団の音楽監督を務めたのは2005ー2011年、その時期にDebussyの管弦楽作品(他の作曲家による編曲分も含む)9CD分を意欲的に録音しておりました。幾度も聴いて「これは薄味、というよりどうも味が薄い」そんな印象有。「聖セバスチャンの殉教」やバレエ音楽「カンマ」など、他、協奏的作品も聴いておりました。
自分の勝手気紛れな、安物の耳では聴くたびに印象も変わるもの。今回は素直過ぎる、水みたいな薄味サウンドも悪くないな、そんな感慨に至りました。
夢見るような半音階が官能的な「牧神の午後への前奏曲」。冒頭のフルートから儚げに淡く、ホルンの音色も細身、さらさらとした流れも素直に、陰影とかセクシー、個性の主張とは縁の薄い演奏・・・そんな印象は変わらないけれど、こんな静謐に頼りない演奏も悪くないかも。(10:21)
交響的素描「海」はDebussyの一番人気作品。
「海の夜明けから真昼まで(De l'aube a midi sur la mer)」これも息を潜めるように抑制された夜明けの情景よりスタート。波のうねりを表現する弦の動きも、陰影を強調しない。木管はデリケートにあくまで細身、ヴァイオリン・ソロは遣る瀬なく、テンポは微妙に揺れて金管の響きもマイルドに雄弁に非ず。頼りない風情も作品に似合っていると受け止めました。(9:20)
「波の戯れ(Jeux de vagues)」動きのあるスケルツォもフレージングが曖昧と云うか、ふわふわと線が細い。これをデリケートと呼んでもよいのでしょう。軽みというのはDebussyに於いては適正な表現かと。(7:06)
「風と海との対話(Dialogue du vent et de la mer)」不気味に不運急を告げるて荒れる海原・・・トランペットの叫びも細く、弱い。ティンパニがしっかりアクセント打ち込んでも、金管の響きに迫力とキレが足りない・・・けど、これはもうオーケストラの個性なのでしょう。(8:22)
「遊戯」は1913年初演、Debussy最後の管弦楽作品は大規模な四管編成。気紛れに自在な天才の世界、優雅であり甘美に幻想的、デリケートな作品は淡く、素直なサウンドによく似合う。ラストは意外と高揚いたしました。(19:24)
「こどもの領分」は1908年に作曲された三歳だった娘のための愛らしいピアノ作品。編曲担当のAndre Caplet(1878-1925仏蘭西)はDebussyの友人とのこと。
「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」これは退屈な練習曲なんだそう。木管のアルペジオが浮き立つように表現されて賑やか。(2:40)
「象の子守歌」これはコントラバスですか?像の寝息と夢の表現のよう。金管は暖かい響きでした。(3:40)
「人形のセレナード」弦のピチカートから始まって、木管が軽妙に躍動。(2:49)
「雪は踊っている」雪の妖精が舞いながら降りてくる・・・弱音の弦と木管主体に、夢見るように静謐な色彩(3:17)
「小さな羊飼い」オーボエの朗々たる歌から、例のデリケートに儚い旋律は木管に表現されます。(2:33)
「ゴリウォーグのケークウォーク」快活なリズムは弦から木管へ、小太鼓のリズムも軽快にユーモラス。(3:20)
Haydn 交響曲第26番ニ長調「ラメンタツィオーネ」/交響曲第27番ト長調/第28番イ長調/第29番ホ長調〜アンタル・ドラティ/フィルハーモニア・フンガリカ(1969−1973年)・・・Dorati Antal(1906ー1988洪牙利→亜米利加)による全集録音は偉業。全部聴いていないけれど、モダーン楽器によるオーソドックスな演奏を折に触れて愉しんでおります。驚いたのは各楽曲ごとの詳細録音情報が探せないこと、明快なはずの英DECCA音質にちょっぴり劣化を感じさせて、これは自分のオーディオ環境の責任かも知れません。けっこうパワフルにヴィヴィッドな演奏も、最近の古楽器による軽快なリズムに慣れた耳には、ちょっぴり重さと大柄も感じさせました。ざらりとした弦にはなかなかの味わい、独逸のオーケストラであるPhilharmonia Hungarica(独逸西部Marl)は2001年に解散。
モルツィン伯爵時代(1757-1760)からエステルハージ家時代(1761-1790)初期の作品。
Symphony No.26 In D Minor 'Lamentatione'は1768年頃の作品。編成はob-2/hr-2+弦、いずれも当時通奏低音にファゴットが入るのは慣習だったみたい。これは昔から馴染んでいる短調の作品でした。
第1楽章「Allegro Assai Con Spirito」は「嘆き」というニックネームが似合う哀しみの旋律に始まって、それは落ち着いたテンポに楷書の表現から始まります。(5:52)
第2楽章「Adagio」は弦の旋律が繰り返してシンプルに静謐、平明に淡々とした緩徐楽章は管楽器の色合いが感動的でした。(6:05)
第3楽章「Menuetto e Trio」はラストは悲嘆と慰安が交互に出現して、ゆったりとリズミカル。(4:52)
Symphony No.27 In G Majorは1760年頃の作品。編成はob-2/hr-2+弦。シンプルな短い作品、これは思わぬステキな旋律連続でした。
第1楽章「Allegro Molto」快速にウキウキ、陰影も豊かな魅惑の旋律に快活な始まり。(4:18)
第2楽章「Andante Siciliano」は低弦ピチカートに乗って落ち着いて優雅。途中哀しみも湛えてしっとり、そっと歌う緩徐楽章は弦のみ。(3:56)
第3楽章「Presto」元気いっぱい快活にリズミカルな3/8拍子。途中ちょっぴり陰もあるけれど、あっという間に終わりました。(2:39)
Symphony No.28 In A Majorは1765年の作品。編成はob-2/hr-2+弦。こうしてみるとHaydnは作品ごとに趣向を凝らしてなかなか個性的と感じます。
第1楽章「Allegro di Molto」はちょっと硬質な弦に快活な3/4拍子には緊張感ある強弱はヴィヴィッド。高らかなホルンが効果的に響いて、オーボエも色彩的でした。(4:13)
第2楽章「Poco Adagio」ノンビリととしたレガートとスタッカートのリズムに乗って、弱音器を付けたヴァイオリンが淡々優雅に歌いました。ここはけっこう長い緩徐楽章。(7:48)
第3楽章「Menuetto e Trio: Allegro Molto」一点の曇りもない、躍動して元気いっぱいなメヌエット。トリオはちょっぴり寂しげ。(2:37)
第4楽章「Presto Assa」付点のリズムに躍動する晴れやかなフィナーレ。ホルンも爽快に鳴り響きました。(2:51)
Symphony No.29 In E Majorも1765年の作品。編成は同じくob-2/hr-2+弦。
第1楽章「Allegro di Molto」は爽やかに清々しい3/4拍子。弦に孤高するオーボエも優雅でした。(3:39)
第2楽章「Andante」のんびりシンプルにリズムを刻んで牧歌的、チェンバロも顔を出しました。(5:26)
第3楽章「Menuetto e Trio: Allegretto」ホルンのアクセントが際立って、快活にリズミカルな3/4拍子。トリオはホルンは息の長い、静かな持続音でした。(3:57)
第4楽章「Presto」は晴れやかな表情、オーボエの音色も爽やかに流麗に快活なフィナーレ。(3:50)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日はどんより曇り、あまり気温は上がりません。金曜は婆さん(96歳)をデイサービスに預け、帰りは弟宅へ。女房殿は平日介護生活を終えて自宅に戻ってきました。自分はいつものように眠り浅く早朝覚醒、朝一番ストレッチや短いYouTube体操はもちろん、トイレ掃除、トイレカバー、シーツの洗濯を済ませました。珈琲豆が切れそうだし、おコメもぼちぼち尽きて買い物は必須、往復3kmほどのウォーキングとしました。途中目撃したガソリンは186圓也、タイヘンです。ゴミ出しにいったら、ちょうど引っ越し時期、大型ゴミ、小さな冷蔵庫の不法廃棄を見掛けました。あかんなぁ。もう引っ越したあとでしょう。今朝の体重は66.75kg+550g。
NHK党の立花さん。12億圓の借金抱えて自己破産とか。活動継続には意欲とのことだから、ぜひ頑張って欲しい・・・というのは皮肉のつもり。つばさの党とやらはどこに行ったのか。最近れいわ新選組も元気がないし、新興政党の息は短いようです。衆院予算員会はここ20年異例の短縮なんだそう、これが自民党圧倒的多数の結果なんやなぁ、熟議からは程遠い。
2026年度より新リーグ「日本バレーボールリーグ(Vリーグ)」発足。これは社会人バレーなんだそう。注目しているのは「警視庁フォートファイターズ 」(東京)いかにも強そうな感じ。学生や外国人も参加できるらしい。YouTubeで試合は見られるるでしょうか。
Mozart 交響曲第39番 変ホ長調 K.543(1956年)/交響曲第41番ハ長調 K.551(1954年)/アイネ・クライネ・ナハトムジーク ト長調 K.525(1956年)〜オットー・ クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団・・・Otto Klemperer(1885-1973独逸)とフィルハーモニア管弦楽団による旧モノラル録音。写真は収録作品がちょっと違うもの。(Testament SBT1093)低音も高音も伸びない、いつものEMI録音だけど意外と解像度が高く、まずまず不満はありません。クレンペラーの表現は意外に颯爽としてヴィヴィッド、明るく清潔なオーケストラはフルート先頭に木管が美しさ際立ちます。 Gareth Morris(1920-2007英国)でしょうか。正直なところ、古楽器のテンポやリズム、そして新しい音質に慣れた耳にはちょっと聴き苦しい感じ。後年のステレオ録音もしばらく聴いていないので比較したいものです。
両作品とも1788年の作品。交響曲第39番 変ホ長調 K.543。フルートは一本、クラリネットもティンパニも入って堂々たる風情の傑作。
第1楽章「Adagio - Allegro」立派な序奏から、湧き上がるようなエネルギーに充ちてパワフルな始まり。スケールは大きいけれど、旧態とした重厚長大とはちょっと違う推進力を感じさせて、この時期クレンペラーはまだまだ元気でした。(8:13)
第2楽章「Andante con moto」清楚にデリケート、落ち着いた緩徐楽章。(9:36)
第3楽章「Menuetto: Allegretto」テンポは中庸。じっくり腰を据えて、しっかりリズムに乗ったメヌエット。素直なクラリネットはBernadr Walton(1917-72)でしょうか。(4:02)
第4楽章「Finale: Allegro con spirito」繰り返し有。ここも遅過ぎず、楷書のリズムに推進力を感じさせて重量級、だけど躍動とデリカシーに不足しない。(5:52)
交響曲第41番ハ長調 K.551。こちらにはクラリネットがありません。ラスト交響曲に相応しいスケールの作品。
第1楽章「Allegro vivace」天翔ける雄弁な旋律は予想外に、重くないテンポ設定。じっくり地に足を付けてリズムは躍動します。提示部繰り返しなしは残念。(8:01)
第2楽章「Andante cantabile」優しく、デリケートな表情付けに歌う緩徐楽章。(8:16)
第3楽章「Menuetto: Allegretto」天女が天上より舞い降りる・・・ここのテンポも遅くなくてさっくりとした表情、もりもりとした起伏が感じられるステキなメヌエット。(4:06)
第4楽章「Molto Allegro」ズシリと腰を据えた重いフィナーレ?そう予想したら、思わぬわりと速めのテンポに躍動して、勢いと熱気は充分。フルートはしみじみ深みがあって美しい。ラストのフーガも立派だけど、ホルンは目立たぬのが残念でした。(8:31)
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は作曲経緯不明な魅惑の弦楽作品。一番人気作品かも。クレンペラーの手に掛かるとセレナーデに非ず、ほとんど立派な交響曲に仕上がりました。アビーロード・スタジオの録音。残響が豊かでした。
第1楽章「Allegro」天衣無縫の名旋律、これも晴れやかな表情に、思わぬ躍動する始まり。ズシリと低音は効いております。繰り返し有。(5:50)
第2楽章「Romance」涼やかにクールな表情に、余裕の雄弁な緩徐楽章。(6:09)
第3楽章「Menuetto」あっという間に終わる、大柄な表情のメヌエット。(2:02)
第4楽章「Rondo」テンポはそこそこ速めに、重量級に溌剌とした締め括り。(3:40)
Corelli 合奏協奏曲集 作品6(1687年ローマ編成版)〜キアラ・バンキーニ/アンサンブル415(1991年)・・・かつてあれほど気に入っていた伊太利バロックは、ここ最近拝聴機会が激減しております。フランツ・リスト室内管弦楽団(1980年/このCDは処分済)を聴いたのも2004年!かつてはバロックの演奏会があれば喜んで出掛けたのに、最近はすっかり出不精になってしまいました。Arcangelo Corelli(1653-1713伊太利)は主にローマで活躍し、後年に大きな影響を与えた人。ヴェネツィアで活躍したAntonio Vivaldi(1678-1741伊太利)より前の世代ですね。快活平易なVivaldiに比べてちょっぴり陰影も豊かに、旋律にいっそう深みや、時に哀しみを感じさせました。作品6-8「クリスマス協奏曲」が突出して人気だけど、ほか11曲もステキな作品なんですよ。
Chiara Banchini(1946-瑞西)率いる古楽器アンサンブルは少人数でもしっとりと豊かな残響、急いて前のめりに非ず、くすんだ響きに過激にならぬ穏健なリズムを刻む古楽器演奏。通奏低音の動きが効果的、オルガンの音色がマイルドなイメージをいっそう強めました。時にテオルボ(theorbe)?も響きました。ヴァイオリン・ソロ部分の音色に充分色気を感じさせました。
「415」とはピッチのことなのでしょう。こちら絶対音感とは無縁なド・シロウトだけど、たしかに微妙に音程が低い落ち着いた印象を感じ取りました。耳馴染みのよろしい音質だけど、今一歩響きに明瞭さが足りぬ音質。My安物オーディオの責任かも。作品を聴き進むほどに、熱気とノリを加えて感銘は深まってニ長調 作品6-4のヴァイオリン・ソロの掛け合いは最高潮・・・全曲聴こうと思ったけれど、半分で力尽きました。情けない。
合奏協奏曲 ニ長調 作品6-1/I. Largo - Allegro - Adagio - Allegro - Adagio - Allegro - Largo - Allegro(6:19)II. Largo(3:26)III. Allegro - Adagio(2:06)IV. Allegro(1:55)
合奏協奏曲 ヘ長調 作品6-2
I. Vivace - Allegro - Adagio - Vivace - Allegro - Adagio - Largo andante(4:39)II. Allegro - Adagio(2:16)III. Grave - Andante largo - IV. Allegro(4:37)
合奏協奏曲 ヘ長調 作品6-9
I. Preludio(1:51)II. Allemande(2:45)III. Corrente(1:37)IV. Gavotta(0:49)V. Adagio(0:58)VI. Minuetto(1:35)
合奏協奏曲 ハ短調 作品6-3
I. Largo - II. Allegro - Adagio(4:59)III. Grave - IV. Vivace - V. Allegro(7:07)
合奏協奏曲 ハ長調 作品6-10
I. Preludio(2:30)II. Allemanda(3:39)IV. Corrente(5:29)VI. Minuetto(1:43)
合奏協奏曲 ニ長調 作品6-4
I. Adagio - Allegro(3:43)II. Adagio - III. Vivace(3:45)IV. Allegro(3:25)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
な〜んもせん無為無策な日々はあっと云う間に過ぎて週末に至ります。昨日も早朝から目覚めたら花粉症のせいか洟水盛大、酸素の取り込みが足りなかったのか?頭痛があったけれど、いつものストレッチと短いYouTube体操を実施したら軽快いたしました。市立体育館に出掛けて道中日差しは暖かく、ちょっぴり風は冷たい。あと1−2週間で桜が咲くことでしょう。トレーニングルームは常連メンバー+新人少々、いつも通りの鍛錬を済ませました。帰宅して洗濯するのもいつも通り。平和なマンネリ生活が続きます。今朝の体重は66.2kg▲600g。
伊蘭情勢は泥沼へ、長引きそうですね。世界経済への深刻な影響が懸念され、亜米利加の戦費は膨大になりそうです。低迷するトランプさんの支持高揚を狙っての行動も高く付きそう。伊蘭の学校にて女子児童や学校職員ら少なくとも175人が死亡したのは亜米利加の誤爆とのこと。日本への影響も想像以上になるかも。ガソリンは予想通り爆上がり、トイレットロールは話題になった時点、いくらメーカー問屋は「在庫は充分ある」とアナウンスしても売り場から消えるのは経験済です。我が家の在庫を確認しなくては。
以下、あまりにヒマなのでお隣さん関係歴史の雑談。例の如く頓珍漢なカンチガイだったらご容赦。
紅衛兵とは中国文化大革命期に、毛沢東の指示で結成された学生・若者主体の政治運動組織。1966年から1968年にかけて「造反有理」を掲げ、旧文化の破壊や実権派への弾圧、暴力的な大衆運動を推進、最終的に人民解放軍により解散させられた・・・
とはAI検索の結果。実際は毛沢東の権力抗争に利用されたのですね。
やがて地方への「下放」(強制転出)され、その数1,600-1,800万人とか。都会育ちの若者が辺境の地に強制移住させられて農作業?言葉も違うだろうし苦労したでしょうね。10年で戻されたらしいけど、青春時代にまともな教育も受けていないし、ちゃんとした職業にも就くのは難物だったことでしょう。
自分の理解が違っているかもしれないけれど、それって日本の団塊の世代と似たような年頃なんじゃないの?
1947ー1949年の第一次ベビーブーム期に生まれた世代。約800万人の巨大な人口規模を持ち、高度経済成長を支え、2025年に全員が75歳以上の後期高齢者となり社会保障の負担増加が懸念される「2025年問題」の中心となる世代(AI検索結果)
日本の高齢化社会問題は大きな宿題だけれど、中国も構造的な問題を抱え、既に
中国は世界で最も速いペースで高齢化が進んでおり、2022年時点で65歳以上の人口が14.9%を超え「高齢社会」に突入した(AI検索結果)
中国の成長は著しかったけれど、完全に国民が豊かになる前に世界一の高齢化社会+一人っ子政策のツケがやってきているのでしょう。超絶男余り社会なんだそう。さて、我らが日本はどうなる。習近平さんは日本口撃に一生懸命だけど、他不動産崩壊など経済課題をたくさん抱えて、その不満のはけ口を外敵に求める・・・のは洋の東西を問いません。
Mendelssohn 劇音楽「真夏の夜の夢」より「序曲」「スケルツォ」「夜想曲」/Bartok ヴァイオリン協奏曲第2番/Debussy 交響的素描「海」〜ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団/エディット・パイネマン(v)(1967年ライヴ)・・・これは放送のエア・チェックらしい。
George Szell(1897-1970洪牙利→亜米利加)による同じ作品の他録音はいくつか存在して、出目怪しいライヴが出現したら、まずは音質がキモ。いちおう確認してあかなんだらファイル廃棄予定・・・その結果はまずまず、それなりに聴けるステレオ音源でした。タイミングは楽章間をかなり含んでおります。
劇音楽「真夏の夜の夢」は夢見るようなメルヘンとは無縁の強面演奏でした。
ちょいと硬質に過ぎて緊張感漂う「序曲」は速めのテンポに、ものすごく緻密なアンサンブル(11:27)
「スケルツォ」も強烈な緊張感とテンションに驚かされるほど(4:05)
「夜想曲」は素晴らしくスムースなホルンのアンサンブルを堪能できました。マイロン・ブルームでしょうか。(5:29)「結婚行進曲」がないのは画竜点睛を欠く感じ。
Edith Peinemann(1937ー2023独逸)のBartokは別途、以前に聴いた記憶もありました。初演は1939年(セーケイ・ゾルターン(v)/メンゲルベルク)民族的な旋律が魅惑の名曲。
第1楽章「Allegro non troppo」ハープの怪しい導入から不安な魅力を放つサウンド、端正な美音に非ず、濃厚なソロが荒々しく暴力的に始まってカデンツァは壮絶。セルの統率による引き締まったアンサンブルはカッコ良く、美しい!(17:24)
第2楽章「Andante tranquillo」思わぬ甘い、そして怪しく不気味な変奏曲。ハードに硬派なソロは辛口の表現、ジョージ・セルのバックは入念を極めて緻密なものでした。(10:01)
第3楽章「Allegro molto」泥臭い旋律が疾走するフィナーレ。パイネマンは流暢な超絶技巧〜そんな表現に非ず、切迫感に充ちた、細身に鋭い音色とフレージング。オーケストラの威力は多彩に緻密、圧倒的。(11:44)
「海」はジョージ・セルに似つかわしくなさそうな作品だけど、いくつかライヴ音源が残されました。十八番だったんでしょうか。Debussyの一番人気作品も1905年の初演は失敗、1908年の再演に熱狂的な評価を得たそう。若い頃の出会いから長く、この作品を苦手としておりました。凡人には天才の天衣無縫な産物を理解しがたかったのでしょう。これは仏蘭西風曖昧なアンニュイとは無縁の颯爽とした演奏でした。クリーヴランド管弦楽団はモウレツに上手い。
「海の夜明けから真昼まで(De l'aube a midi sur la mer)」夜明けの情景はかっちりとして緻密なアンサンブル、堂々たる雄弁な構成。ジョージ・セルはこの作品を交響曲として捉えているよう。(8:37)
「波の戯れ(Jeux de vagues)」淡いきらきらしたサウンドから始まるスケルツォ。ここも流れよろしく、テンション高く、カッコ良い疾走とみごとなアンサンブル。(6:27)
「風と海との対話(Dialogue du vent et de la mer)」速めのテンポにここも圧巻のパワーに雄弁。けっこうアツい演奏だけど、緻密な揺るぎなき自信に充ちた前のめりの勢い、爽快なフィナーレでした。(8:47/1:30ほど長い拍手とアナウンス含)セッション録音を確認しなくては。
Handel オラトリオ「メサイア」(Mozart編)K.572〜ミシェル・コルボ/ローザンヌ声楽アンサンブル/器楽アンサンブル/Audrey Michael(s)/Magali Dami Ange(s)/Jard van Nes(a)/Hans Peter Blochwitz(t)/Marcos Fink(b)(1990年)・・・Mozartが1789年に編曲した独逸語歌唱「Messiah」。詳細はリンク先参照お願い。「メサイア」は1742年ダブリン初演、熱狂的な成功だったそう。以来現代に至る迄愛され続けて、途中忘れられていたBachとは大きな違いでした。
オリジナル?はob-2/fg-2/tp-2/tim/弦5部/通奏低音(or)+声楽。これが 2-fl/2-ob/2-hr/2-fg/2-tp/3-tb/timに増加されて馴染みの旋律は軽妙に変貌、間違いなくMozartの優雅な世界へ。最初の一音が始まった途端、当たり前だけれど管楽器声部が厚く、その充実した響きに魅了されました。
マッケラスの1974年録音が聴きたかったけれど手許になく、Michel Corboz(1934-2021瑞西)による魅惑の音源を入手出来。声楽は詠嘆激情雄弁とは無縁乃至控えめに清楚そのもの、ニュアンスたっぷりに明朗なテイスト、モダーン楽器と思うけれど、いつもの見上げるように荘厳な「メサイア」は軽快なリズム感に、馴染みの旋律は妙に親密に清涼、身近に感じました。
たとえ意味合いが理解できなくても言語が違えば、歌の風情も変わります。これは編曲の成果なのか、それともコルボのデリケートな表現なのか、Mozart編曲を聴いたの初めてなので、なんとも判断は付きません。音質は極上。いちおう聴いた、といったメモのみ、お粗末。
Overture (3:00)
Part-1
Recitativo accompagnato ed aria「Trostet Zion!」(5:43)
Coro「Denn di Herrlichkeit Gottes des Herrn」(2:53)
Recitativo accompagnato ed aria「So spricht der Herr」 Aria「Doch wer mag ertragen den Tag seiner Ankunft」(5:24)
Coro「Und er wird reinigen」 Recitativo「Denn sieh!」(2:18)
Recitativo, aria e coro「Denn sieh!」Aria「O du, die Wonne verkundet in Zion」(6:39)
Recitativo accompagnato ed aria「Blick auf!」 Aria「Das Volk das im Dunkeln wandelt」(7:06)
Coro「Uns ist zum Heil ein Kind geboren」(3:38)
「Pifa」(2:36)
Recitativo「Es waren Hirten」Recitativo accompagnato「Und sieh!」 Coro「Ehre sei Gott」(3:11)
Aria「Erwach’ zu Liedern der Wonne」(4:12)
Recitativo ed Aria「Dann tut das Auge des Blinden sich auf」Aria「Er weidet seine Herde」(5:09)
Coro「Sein Joch ist sanft」(2:27)
Part-2
Coro「Kommt her und seht das Lamm」(3:00)
Aria「Er ward verschmahet」(10:35)
Coro「Wahrlich, wahrlich!」(2:00)
Coro「Durch seine Wunden sind wir geheilt」(1:53)
Coro「Wie Schafe geh’n」(4:11)
Recitativo accompagnato「Und alle」Coro「Er trauete Gott」(2:56)
Recitativo accompagnato「Die Schmach bricht ihm sein Herz」Aria「Schaut hin und sieh!」(2:34)
Recitativo accompagnato「Er ist dahin aus dem Lande der Lebenden」Aria「Doch du liessest ihn」(3:19)
Coro「Machet das Tor weit」(3:00)
Recitativo「Zu welchen von den Engeln hat er je gesagt」Aria「Der Herr gab das Wort」(1:26)
Aria「Wie lieblich ist der Boten Schritt」(1:58)
Coro「Ihr Schall ging aus」(1:22)
Aria「Warum entbrennen die Heiden」(5:02)
Coro「Brecht entzwei die Ketten alle」(2:05)
Recitativo「Der da wohnet im Himmel」Aria「Du zerschlagst sie mit dem Eisenszepter」(2:17)
Coro「Hallelujah」(3:39)
Part-3
Aria「Ich weis, das mein Erloser lebt」(5:59)
Coro「Wie durch einen der Tod」(2:01)
Recitativo accompagnato ed aria「Sie erschallt, die Posaune」(3:04)
Recitativo ed duetto「O Tod, wo ist dein Pfeil」(2:49)
Coro「Doch Dank sei Dir Gott」(4:15)
Coro「Wurdig ist das Lamm」「Amen」(6:35)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
ちょっと身の回りの必要なものが足りていないけれど、どうも外に出る意欲は沸きません。体調は悪くないけれど、気分は盛り上がらない。ストレッチと短いYouTube体操を済ませて、TVerにドラマ「相棒」昔のものを眺めたりしつつ、ブロッコリーや野菜、椎茸など過熱しつつしばらくぼんやり〜ようやく重い腰を上げて一番近いドラッグストアに出掛けました。しっかりマスクして往復3km弱、ちょっぴり運動になりました。佳き天気に気温もやや上がりました。花粉症からの鼻詰まりに頭痛有。今朝の体重は66.80kg+250g増傾向が続きます。残念。
中東情勢石油がタイヘンな時に文科省大臣不倫スキャンダルとか。これが大勝した自民党の緩みなんやろなぁ、野党はあまり騒がんことです。黙っていても週刊誌と世論が叩いてくれますから。なんせ日本の教育を司る大臣ですから。
WBC第1次リーグ、伊太利は亜米利加に大金星とのこと。日本人はこういうの好きですよね。
皿鉢(さわち)祭りの情景は贅沢な威容、素晴らしき食文化。高知はかつて営業で数年間毎月通ったお気に入りの街、よさこい祭りも2度伺いました。暖かくなったらまた出掛けたいけれど、贅を尽くした出品展示物は廃棄されるとのこと。そうだろなぁ、食中毒の心配でしょう、なんとも残念。ビンボー症の自分は再加熱してなんとか喰えぬものか、戦地や独裁政権下のこどもたちは飢えているのに・・・そんな余計な思いに至りました。宇克蘭や伊蘭はこの先、どうなるのでしょうか。そして日本への影響は?
Shostakovich 交響曲第9番 変ホ長調/交響曲第5番ニ短調〜アンドリス・ネルソンス/ボストン交響楽団(2015年ライヴ)・・・Andris Nelsons(1978-良都美野)2027年を以てボストン交響楽団より退任が決まったそう。ま、あちこち兼任して忙しい人ですから。2018年に第9番のちょろ聴きメモ有
オーケストラの圧巻の上手さ、語り口の洗練に仰け反りました
これは直前にラディスラフ・スロヴァーク/スロヴァキア放送交響楽団を聴いて、その対比からの印象だったのですね。低音がしっかり効いて、奥行きのある音質もリアル。
交響曲第9番 変ホ長調は戦後1945年の初演(ムラヴィンスキー)。「前2作とはかけ離れた軽妙洒脱な作品」(Wikiより)とはその通り、「第九」という題名への期待は「見事に肩透かし」との評価だったそう。多種多様な打楽器は駆使されても二管編成がベースの比較的小編成、ユーモラスに平易な風情の作品でした。交響曲全14曲中、これが一番好きかも。
第1楽章「Allegro」軽快に駆け出すような、ちょっと人を小バカにしたように小味な、明るい始まり。弦も管もたっぷり分厚くて打楽器も腹に響く重量級、生真面目にアンサンブルを整えるほどに剽軽さが強調されます。(5:23)
第2楽章「Moderato」例の本音がようわからん!クラリネットの旋律、虚ろと云うか感情が抜け落ちたような管楽器の絡み合いが続きます。弱音でも弦はしっとり深く響いて、心の奥底に哀しみを湛えているよう。(8:08)
第3楽章「Presto」細かい急ぎ足の音型連続、最初はクラリネットですか?ここのアンサンブルの切れ味とパワー、推進力は爽快、無慈悲に俗っぽいトランペットもカッコよく響きました。(2:53)
第4楽章「Largo」ここはフィナーレへの序奏。深刻な金管のファンファーレがわざとらしく、物々しいところ。(3:34)
第5楽章「Allegretto」物悲しくも平易なファゴットの旋律も情感が読みにくい。ユーモラスなのか、困り果てたのか?その旋律は徐々に走り出して、じつに俗っぽいリズムに乗ります。勇壮にカッコ良い結末を望むなら、なんとも妙な味わいに素っ頓狂、分厚い金管が大仰に盛り上がって〜やがてテンポを落として、最初のユーモラスな?旋律がいかにも!風に叫びます。ラストは全力疾走して、素っ気なく終わりました。(6:43)
今でも一番人気?交響曲第5番ニ短調は1937年初演(ムラヴィンスキー)1936年のオペラ「ムツェンスク郡のマクベス夫人」、初演を断念せざるを得なかった前衛的な交響曲第4番ハ短調など当局からの批判を回避させるための、わかりやすい「苦悩の戦いから勝利へ!」的作品。
Dmitry Shostakovich (1906-1975露西亜)も天才、プロだからどんな作品でも自由自在に仕上げることは可能だったのでしょう。三管編成+多種多様な打楽器+ピアノ、チェレスタ。ハープも入る大掛かりな編成。たしかに平易にカッコよい作品だけど、こどもの頃はこればっかり聴いていて、食傷気味でした。平静な気分に作品を堪能できるようになったのは、ごく最近のことでした。
第1楽章「Moderato」劇的にパワフルな始まりはゆったり目のテンポ。前のめりにならず、落ち着いた風情に洗練され激情とか熱狂とは無縁でした。オーケストラの余裕の技量に支えられた美しい始まり。(16:35)
第2楽章「Allegretto」ユーモラスなスケルツォも噛み締めるように、リズムを明晰に刻んで、賑やかな爆発や力みを伴わない。ボストン交響楽団の金管の厚み、ヴァイオリン・ソロ、フルートとの掛け合いも絶妙にクールな風情でした。(5:36)
第3楽章「Largo」金管は登場せず、弦楽器群が8部に分かれて歌うフクザツな変奏曲。弱音が続いても、その深みやテンションはまったく落ちぬボストン交響楽団の実力を見せつけました。そして壮絶な哀切極まるクライマックスを迎えました。(15:25)
第4楽章「Allegro non troppo」風雲急を告げる、快速なフィナーレに勢いを感じさ、そのアンサンブルは緻密。熱狂の疾走や爆発には至らぬ適度なバランス、爽快なるしみじみとした力感。ボストン交響楽団のパワーは余裕でしょう。(12:27/大喝采有)
Bach ゴールドベルク変奏曲 BWV988〜イム・ユンチャン(p)(2025年カーネギー・ホール・ライヴ)・・・Yunchan Lim(2004-韓国)は現在大人気、注目の若手なんだそう。繰り返し実行して全77分を超える演奏時間。スタンウェイでしょう。世界各地でこの名曲を演奏して、どこも満員御礼状態、若い女性に大人気とのこと。しっとりとしたタッチの優しさ、落ち着いてウェットに至らぬ入念な表情付け、各変奏ごとにたっぷりと間を取って、各々の変化や個性を味わう準備を整えます。曖昧さのないテクニックは適度な力感に明晰な表情、アツく力んだり叩き付けたり、そんな乱暴な打鍵とは無縁。静謐な熱を加えて説得力は充分、聴き手の集中を誘いました。
月に一度は拝聴したいお気に入り中のお気に入り、夢見るような作品。第30変奏の高揚後、しばらく間を取って懐かしく、そっと呟くようにアリアが回帰してクールダウン、万感胸に迫って名残惜しい。ここは繰り返しなし。
4:04-1:51-1:28-2:02-1:06-1:18-1:17-1:43-1:45-1:50-1:43-2:01-2:12-5:20-2:00-5:40-2:37-1:34-1:34-1:32-1:43-3:33-1:31-1:59-2:50-8:35-1:46-2:11-2:08-2:01-2:42
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
3・11から何年経ったのか。15年か、現地の苦しみ、哀しみは想像を絶して、当時はお仕事現役、商品の調達調整に四苦八苦したことも思い出になりました。
こちら昨日の天気はよろしかったけれど、気温はさほどに上がりません。朝一番にゴミを出して、ストレッチ、短いYouTube鍛錬、そして市立体育館へ、いつもと変わらぬ道中はけっこう冷えます。トレーニングルームは常連メンバーに欠席も多く空いておりました。いつも通りのメニューをこなして、帰宅してからフロの残り湯を汲んで洗濯を済ませ、いつもと変わらぬ日々が過ぎていきます。今朝の体重は66.55kg▲200gまだまだ。
トランプさんは対伊蘭攻撃作戦「ほぼ完了」想定より早く進展していると云ったそう。事実上封鎖されているホルムズ海峡については、現在は再開していると主張して「管理下に置くことを考えている」とのこと。ほんまですか?実態はよくわかりません。勝手な裏付けのない動画がいろいろ出ていて、亜米利加軍の種々激しい攻撃とか、どさくさに紛れて「トランプ逃亡!」みたいなワケワカらん題名のもありました。(内容は確認していない)
富山県にて140km信号無視ノーブレーキで交差点突入、衝突した相手は二人死亡とのこと。26歳の若者である犯人のこれからはどうなるのか、反省して社会復帰できるのか。運転中のイライラ度No.1は徳島県、第2位は富山県とのこと(調査基礎資料は不明)自分は先週運転免許返上いたしました。
毎朝拝見するブログはいくつかあって、実際にお会いしたことはないけれど二十年ほど?愛読している「電網郊外散歩道」。
自分よりちょっぴり人生の先輩、おそらく兄と同じくらいでしょう。山形に帰郷され、立派なお仕事スキルを活かして転職、お仕事退職後も乞われて数年別な職場に働いていらっしゃいました。農業をされていたご両親、二匹の先代猫を見送り、そして病に倒れた奥様を介護し、先日哀しい逝去のお知らせを拝見いたしました。あまりの衝撃と哀しみに、お見舞いのコメントの言葉も浮かびませんでした。
エエ加減にユルい性格な自分とは真反対、理系のきっちりされた几帳面な生活。LINUXに造詣が深く、日常あらゆることに統計やメモを取って、分析していらっしゃる。地域に根付いた生活、充実した日々、たしかお寺さんの檀家総代もされていたはず。地方の農家だから、大きなお屋敷なのでしょう。広い農地も蔵もあります。そこで愛猫との二人暮らしは寂しいかも。こちらそれなり都会、狭い団地暮らしには想像もできない、別な苦労があると類推しております。たった今健康に元気に暮らしていても、お子さまは心配なことでしょう。家屋敷、倉庫、そして農地の将来、先行きに不安もあると類推します。要らぬお世話だけど。
自分の無借金無財産な暮らしとは大きく違って、狭い日本でも各地方地域、生活模様は人それぞれ。他人様の暮らしをうらやましいと思ったことは一度もないけれど、健康寿命が接近すると人生のシアワセとはなにか、しみじみ考えてしまうものです。
Mahler 交響曲第6番イ短調〜レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィル(1967年)・・・四管編成に+ティンパニ先頭に15種以上の打楽器、チェレスタにハープ迄入る、怪しく巨魁に重苦しい、そして不気味に美しい作品。2008年来の再聴。
当時の印象は・・・
テンポ速めで落ち着かない、急いた前のめりの焦燥を感じさせる演奏です。粗削りな推進力、熱気、怪しげな狂気、耽溺〜およそ(かつて)Mahler に求めていたものが揃っております。音質はわりと良好
久々の印象は「音質はわりと良好」そう云えなくもないけど、ちょっと草臥れて散漫かも(とくに最終楽章)。「粗削りな推進力、熱気、怪しげな狂気、耽溺」はその通り。Leonard Bernstein(1918-1990亜米利加)49歳壮年の気力と熱気溢れる演奏でした。
第1楽章「Allegro energico, ma non troppo. Heftig, aber markig」重量級行進曲は速めのテンポ、落ち着かぬ疾走に粗削りの熱気、前のめりに突き進む骨太の情熱。これが1960年代の標準的演奏だったのか、バーンスタインの入れ込みに共感できれば感動間違いなし、若い人向けの演奏かなぁ。21世紀のMahlerブームに至ってからの一連の演奏を聴くと、これは異形と云うか、むしろ貴重なアツい記録だったと感じます。最終盤に向けてのアッチェランドも効果的に爆発します。(21:25)
第2楽章「Scherzo: Wuchtig」3/8拍子のスケルツォを先に配置。前楽章を上回る熱狂とスピード、情感の入れ込み。そして頻繁なテンポの揺れ、緩急の極端な対比強調、こんな骨太にパワフルなエネルギーの爆発は既に消えてしまったのかも。(12:25)
第3楽章「Andante moderato」前2楽章の熱気が続いた後の抑制、沈溺の緩徐楽章。ここの陶酔も尋常一様に非ず、木管をたっぷり歌わせて、ホルンの音色は個人的にはあまり好みじゃないけど、骨太に立派(Joseph Singer 1909-1978ですか?James Chambers 1920-1989か)そしてカウベルも爽やかに響く・・・けど、オーケストラの響きに洗練が足らんような気がせんでもない。(15:17)
第4楽章「Finale: Allegro moderato - Allegro energico」冒頭のきらきら怪しい響きはまるで「最後の審判」風絶望的に美しいもの。金管の雄たけびは雄弁!だけどもっとクリアな響きとアンサンブルを求めたいところ。これは偶然自分が入手した音源のせいかもしれません。期待のハンマーはあまり腹に響かぬのは残念。荒削りの推進力とパワーと熱は表情豊かに最後まで健在、アンサンブルには粗さと疲れを感じさせて、前半の感銘に及ばない。ラスト、消えたような静謐から絶叫にて締め括る衝撃の名曲でした。(28:39)
Ducas 舞踏詩「ラ・ペリ」より「ファンファーレ」(1957年)/Truina「闘牛士の祈り」(1958年)/Loeffler(1861-1935独逸→亜米利加)「異教徒の歌」(1957年)/Ravel「道化師朝の歌」(フランス国立放送管弦楽団/1957年)/スペイン狂詩曲(ロンドン交響楽団/1957年)/Sibelius 交響詩「トォネラの白鳥」/交響詩「フィンランディア」(1957年)〜レオポルド・ストコフスキー/彼の管弦楽団・・・ここ最近、Leopold Stokowski(1882-1977英国)に凝っていて〜というか、集めるだけ音源集めてちゃんと聴いてない・・・そんな反省からその豪華な響き、わかりやすい表現を愉しんで聴いております。これは米Capital?1950年代の終わり、ステレオ初期録音ばかり集めて音質は極めて優秀でした。オリジナルの趣旨からちょっと外れた寄せ集めだけど、聴き応えは充分。
「ファンファーレ」は劇の開幕を告げる金管による立派な響き。(2:21)「闘牛士の祈り」は1925年の作品。ここでは分厚いデリケートな弦楽合奏。静謐誠実なる”祈り”は悔恨に充ちて静謐、情緒たっぷりに優雅、セクシーな旋律でした。(11:16)
Loeffler(1861-1935独逸→亜米利加)もちろん「異教徒の歌」も初耳?ピアノが全編に大活躍して荘厳神秘に甘く濃厚に色彩豊かな後期浪漫風旋律(ソロのクレジットなし)。野蛮な風情に非ず、やがて登場するイングリッシュ・ホルンの旋律も平易にわかりやすい、弦もホルンもしっとり。ここでの「His Orchestra」は西海岸ハリウッドの録音、他はすべてニューヨークだから別団体となります。音質もアンサンブルの水準にもばらつきはありません。(23:37)
Ravel「道化師朝の歌」は本場ORTF、音質加減か線の細いサウンドに感じます。朝日も眩しく朝帰りの道化の気怠いバカ騒ぎにカスタネットも鳴り響いて、鼻声のバソンも印象的でした。Ravelの緻密な管弦楽技法を余すところなく引き立ててヴィヴィッドな演奏でした。(7:24)
「スペイン狂詩曲」はロンドン交響楽団。音質も上々、アンサンブルも洗練され、緻密そのもの。気怠い「夜への前奏曲」(3:54)怪しいリズムを囁くようにに刻む「マラゲーニャ」(1:57)これもデリケートな西班牙のリズムである「ハバネラ」(2:15)「祭り」沸き立つような喧騒を感じさせる華やかな細かい音型連続。カスタネットも映えて、ラストは賑やかに大爆発いたしました。(6:23)ここ迄が西班牙趣味ですか?以下、ちょっと余白を埋めて著名な
「トォネラの白鳥」は寂しげな雰囲気たっぷりな作品。もしかして「異教徒の歌」同様イングリッシュ・ホルンの活躍する作品を揃えたのでしょうか。表情豊かに起伏のある表現でした。(7:55)
ラスト「フィンランディア」は重厚に苦痛な金管から始まって、やがて勝利の歌を木管や弦が爽やかに歌う名曲中の名曲。ちょっぴりアンサンブルは粗い感じがありました。(7:36)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
新しい一週間が始まって、天気は良いけど寒いし、食材在庫も充分にあるのでコタツに引き隠りました。原因不明な背中?腰辺りの鈍い痛みは幸い軽快して、両太もも辺りに不快感があるのは前日の筋トレの関係でしょうか。いつものストレッチは必須、短いYouTube体操も実施しました。先週来の体重増傾向に気分は落ち込みます。ダイエットは幾度決意してもすぐに挫折気味なのも情けない。今朝の体重は66.75kg▲500g二日前に戻したけれど依然増傾向でした。
世間ではWBC話題に盛り上がっているけれど、自分は結果をちょろりと眺めるくらいの興味、NETFLIX独占放映なんですってね、契約は増えているんでしょうか。
伊蘭情勢も「制空権を奪われたからもう終わり」とか「イラン国内情勢は大混乱」、「安い伊蘭製ドローンに高価な最新鋭ミサイルで対応して、費用が掛かり過ぎる」「それなり長引いてホルムズ海峡閉鎖の経済的影響が大きい」とか断片的な情報ばかり。リアルに先行きは読めません。
石川県知事選は現職の馳さんが惜敗、前金沢市長である山野さんが当選したとのこと。現地のリアルな声は与り知らぬけれど、大人気の高市さんが応援しても勝てないのですね。能登半島地震からの復興継続事業を託されました。
セブン銀行とは長いお付き合い、お仕事現役時代の自分のお小遣いを貯めて家計とは別、それなりの金額に積み上がりました。現在は引退後の酒代とか大学の先輩との旅行代になっております。ずっとコンピューターよりアクセスして、昨年だっけ?やがてそれは廃止するからスマホ・アプリ登録せよ、とのメール有。四苦八苦して登録完了しました。現金はカードから引き出せるけれど、定期解約とかその他種々手続きにはアプリ必須、ところが・・・ログインができません、指紋認証も上手くいかんし、パスコードはどこにメモしたっけ?にわかに思い出せない。困りました。スマホにはどうも苦手意識が・・・なんか時代に遅れた爺になってしまいました。情けない。ここをなんとかクリアしましょう。(数時間悪戦苦闘して、現金カード引き出し時のパスコードと、スマホ・アプリの桁数が違うことに気付いて、無事クリアいたしました)
Mahler 交響曲第1番ニ長調「巨人」(1893年版ハンブルク稿)〜ウィン・モリス/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1970年)・・・Mahlerの録音をかなり残したWyn Morris(1929- 2010英国/威爾斯)による「1893年版ハンブルク稿」録音。「巨人」の表題採用はここの版までとのこと。LP時代からの馴染であり、若い頃Mahlerとの鮮烈な出会いをした、青春の胸の痛みや憧憬をたっぷり感じさせる名曲(ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団)。
10年前のおちゃらけたコメント有。(YouTube音源だったみたい)Wikiからの引用も再掲しつつ、しっかり再聴いたしました。正規音源はオーケストラの清涼な響き、音質はかなりクリアに洗練されております。
第1部「青春の日々から、若さ、結実、苦悩のことなど」
第1楽章「春、そして終わることなく(Langsam, schleppend)」提示部繰り返しはなし(楽譜はどんな指示なんでしょうか)。リッカルド・ムーティ時代のオーケストラは絶好調、旋律の語り口は爽やかに、弦も木管は夢見るように美しく、懐かしく、抑制された神秘の開始から洗練された響き。金管も輝かしく軽快なキレがありました。(13:26)*「序奏部分で最初のファンファーレが、ホルンに出る(第3稿はクラリネット)」(Wikiより)
第2楽章「花の章(Blumine)」ここも懐かしい旋律が溢れて、トランペットのソロは夢見るように清潔。こんなステキな旋律が演奏されないのはもったいない!清廉な響きにデリケートに極上仕上げのアンサンブル。中間部のホルンによる牧歌的なワルツ、情感の盛り上がりも絶品に名残惜しい。(8:40)
第3楽章「順風に帆を上げて(Kraftig bewegt, doch nicht zu schnell)」他ではなかなか聴けぬ速めのテンポに賑やかな勢い、ヴィヴィッドに前のめり、元気よろしいもの。中間部もレントラーもウキウキ、ラスト迄元気いっぱいのエネルギーが続きます。*「開始部のオスティナート(頑固な、執拗な)リズムにティンパニが加えられている(第3稿は低弦のみ)」(Wikiより)(6:02)
第2部「人間喜劇」
第4楽章「座礁、カロ風の葬送行進曲(Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen)」冒頭のコントラバス・ソロはエエ感じに不器用無骨。粛々とした怪しい行進曲の表情付けも入念、やがて安直なレントラー?は抑制してあまり対比は際立たないのは残念。中間部の夢見るようヴァイオリン、ホルン、クラリネットの掛け合いは楚々と美しく、行進曲再現部に乱入するテンポ・アップ対比はまずまず。「葬送風楽章の主題は、チェロ・ソロとコントラバス・ソロで弱音器は無し(第3稿は弱音器を付けたコントラバス・ソロ)、フィナーレでは小節の扱いの変更(ただし聴感上は大きな変化はない)」(第3稿は低弦のみ)(Wikiより)(11:09)
第5楽章「地獄から天国へ(Sturmisch bewegt)」風雲急を告げる金管の切迫感やキレ味は充分に、鳴りきっても明るく軽い。旋律の語り口はさっぱりとして慌てた濃厚表現に非ず、テンポはあまり急がず、しっかり噛み締めて清潔な響きはヒステリックにならない。爽やかなフィナーレでした。(20:08)
Weber 歌劇「魔弾の射手」序曲/Mendelssohn 劇音楽「真夏の夜の夢」序曲(1959年)/Liszt 交響詩「前奏曲」(1957年)/交響詩「タッソー、悲哀と勝利」(1958年)(以上フィルハーモニア管弦楽団)/ハンガリー狂詩曲第4番ニ短調(ウィーン・フィル/1959年)/Humperdinck 歌劇「ヘンゼルとグレーテル」序曲(フィルハーモニア管弦楽団/1959年)〜コンスタンティン・シルヴェストリ・・・Constantin Silvestri(1913-1969羅馬尼亜)によるEMI録音ボックスより。「演奏は素晴らしいのだが、音的に聞くに耐えない盤が少なからずある」との評もあるけれど、この一枚(CD13)はどれもかなり良好なステレオ録音、メリハリしっかりとした彼の表現をしっかり捉えておりました。
演奏はどれもパワフルに骨太、元気いっぱい。フィルハーモニア管弦楽団は明るい響きに、素晴らしいアンサンブルでした。オーケストラを精一杯鳴らせて、それはウィーン・フィルも例外に非ず、なかなか気持ちがよろしい演奏。寄せ集めだけど、選曲も配慮と筋の通ったものでした。
森の奥から痺れるような神秘のホルンが響いて始まる「魔弾の射手」序曲(8:58)耳元にそっと囁くようにおとぎ話が躍動する「真夏の夜の夢」序曲(11:38)ここのホルンも好調でした。
苦手なLisztだけど、こどもの頃から詳細旋律に馴染んでいる「前奏曲」。寡黙なピチカートから木管がそれを受けて高まる情感、そしてカッコよく金管が響き渡る・・・(15:39)「タッソー」は重苦しい詠嘆から始まって、高まる激情。暗鬱なクラリネットが歌い、それを受ける弦の嘆きが鬱陶しく、時に清涼に延々と続きます。後半は金管による明るい勝利の歌。(19:15)
「ハンガリー狂詩曲第4番ニ短調」の原曲は原曲第12番嬰ハ短調なんだそう。これは唯一ウィーン・フィルの担当。冒頭の金管から厚みと艶があって、弦の表情も変幻自在。泥臭く引きずるようなゆったりとした旋律から、やがて疾走する例のパターンが行ったり来たり〜興奮を高めました。 (11:26)
「ヘンゼルとグレーテル」はメルヘンの風情豊かに、夢見るように美しい作品。ちょっと音が割れるけれど雄弁な表現でした。(8:35)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
月曜を迎えて今朝は1度Cくらい?けっこう寒い。昨日日曜から寒の戻り、洗濯物は前夜入浴後、残り湯で洗濯は済ませて外干ししておりました。前日はちょっとしか呑んでいないから体調はフツウ、ストレッチと短いYouTubeエアロビクス済ませて市立体育館へ。日曜だからメイン体育館修復なって盛大なる行事に混んでいたけれど、トレーニングルームはがらがら、ゆっくりゆる筋トレをこなしました。自家製ヨーグルトが切れたので帰りスーパーに寄って牛乳を買ったら、既に冷蔵庫に一本ありました。夕食は安直に圧力鍋にカレーを作ったけれど、思わぬ上出来、妙に美味い。今朝の体重は67.25kg+500gまた逆戻り。
二人の孫から一日遅れ「じぃじ、お誕生日おめでとう」動画が届きました。息子のやらせ動画でもうれしい。
「ポッカ、自販機事業を売却し全国の4万台譲渡へ」
「飲料大手「ダイドー」自販機2万台撤去へ」
庶民の財布のひもは固くなり、手軽に出先でと云った飲料購入機会は減って、スーパーの安売りに敵わないとのこと。これも時代やなぁ、この業態はなかなか厳しいみたい。自販機のメンテナンスもタイヘンだし、運送補充の人手不足もあるのかと予想します。
この流れだと次はコンビニじゃないの?インバウンドには大人気、商品開発にも熱心だけど、どうしても単価は高くなりがち、ディスカウントスーパーにはもちろん負けるでしょう。働き手の問題も深刻かと。
なんか微妙になにもかもダメな日本になってくような・・・そんな流れを感じます。人手不足から導入されたセルフレジもスキャン飛ばし(万引き?)食い逃げが発生しているそう。情けないなぁ、日本人の良心が泣きますよ。罪悪感はないのか。無人販売店は、以前より万引き窃盗が続いておりました。
Prokofiev バレエ音楽「ロメオとジュリエット」(抜粋)〜デイミトリ・ミトロプーロス/ニューヨーク・フィルハーモニック(1957年)・・・三管編成、1名のティンパニ5名の打楽器、オルガン、ピアノ、チェレスタ、ハープ2、マンドリン2、独奏ヴィオラ・ダモーレ、更には別動隊バンダも必要な大編成。初演は組曲が1936-37年、バレエ全曲は1938年。著名な作品もなんとなく疎遠に、拝聴機会が少ないものでした。これほどの名曲も当初は酷評だったそう。ま、Tchaikovskyの名曲バレエの当初評価もそうだったらしい。Dimitris Mitropoulos(1896-1960希臘→亜米利加)は1949-1957年迄ニューヨーク・フィルの常任指揮者、首席指揮者。バーンスタンの前任ですね。
2011年に拝聴。当時の印象は
骨太で明るい響き、濃密でヴィヴィッド、アンサンブルが少々粗いが、必ずしもヘタなオーケストラ、というワケでもない・・・時代のエネルギー、アツさはしっかり感じさせて”音楽が楽しい!”雰囲気満載
この時期にして音質良好なステレオ。久々の拝聴印象は粗さは感じさせぬ骨太に明るい、パワフルなサウンド、多彩な旋律を自在に操って、ニューヨーク・フィルのアンサンブルはきっちりしていると感じます。歌謡性に充ちて色彩豊かな甘く悲劇的な旋律、変拍子もオモロい作品、時に破壊的な迫力際立つ演奏でした。
「モンタギュー家とキャピュレット家」(5:16)「少女ジュリエット」(4:12)「フォークダンス」(4:17)「仮面舞踏会〜ロメオとマーキュシオ」(2:13)「バルコニーの情景」(6:37)「タイボルトの死」(4:41)「別れの前のロメオとジュリエット」(8:19)「僧ローレンス」(2:39)「ジュリエットの墓の前のロメオ」(5:46)
Mahler 交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」〜ベルナルト・ハイティンク/ コンセルトヘボウ管弦楽団 (1969年)・・・旧録音。音質はPHILIPSらしい中低音にふくらみのある、暖かく芯を感じさせるものでした。Bernard Haitink(1929-2021阿蘭陀)の音楽は奇を衒わないオーソドックスなもの、栄光に包まれた人生だったと思います。第6番とかこの辺り、もうかなり新ウィーン楽派に接近してちょっと異形な交響曲。第2第3第4楽章辺りなかなか魅力的、けっこう好きな作品でした。
LP時代の全集はバーンスタインかクーベリック、この人くらいしかなくて、ずいぶんとジミな存在だった記憶もありました。幾度録音があるのかわからんけど、これが一番最初のもの。1908年初演、四管編成+ティンパニ先頭に11種の打楽器、ハープはもちろん、マンドリンやギターも入る巨大なる編成。Mahlerの作品中人気薄い印象だけど、この作品との出会いはハイティンクの1982年録音(FM放送より)それ以来のお気に入り作品。コンセルトヘボウはみごとな技量を感じさせて健全な楷書のMahlerでした。2012年来の再聴。
第1楽章「Langsam - Allegro con fuoco」妖しく曖昧に、引きずるような生暖かいテノール・ホルンの始まり。つかみどころのない遣る瀬ない旋律?をハイティンクは楷書の表現に、曖昧さや逡巡なく明快かつ誠実、コンセルトヘボウのサウンドにはパワーと深み、キレがあってアンサンブルに優れ、清潔に歌っております。(20:52)
第2楽章「Nachtmusik: Allegro moderato」「夜の歌=セレナーデ」(1)。 茫洋としたホルンから始まるちょっぴり切なく牧歌的、落ち着いた行進曲風。カウベルも鳴り響きました。弦も管も夢見るように美しく、しっとりスムースに清潔、淡々と歌っております。(14:40)
第3楽章「Scherzo: Schattenhaft」「影のように。流れるように、しかし早すぎずに」指示通り、とっても不気味に息を潜めて静謐、ニュアンスは入念な素早い動きでした。中間部はテンポを落として日差しも感じさせても、すぐに不気味な影が差してバルトーク・ピチカートや分厚い金管のワルツも衝撃。弦の響きは清潔に、アンサンブルは緻密そのもの。(8:50)
第4楽章「Nachtmusik: Andante amoroso」「夜の歌=セレナーデ」(2)。ここはもう新ウィーン楽派に接近して、誠実清潔にたっぷり甘く切ない愛の歌は静かに歌い、マンドリンやギターも登場する緩徐楽章。この楽章が全曲中の白眉じゃないのかなぁ。透明な弦、切ないヴァイオリン・ソロ、ホルンの牧歌的にスムースな音色、絡み合う木管に魅了されました。テンポは微妙に動いているけれど、それはほとんど自然な呼吸の範囲でした。(12:46)
第5楽章「Rondo - Finale」前3楽章の妖しい静謐をすべてチャラにするようなティンパニと、健全に明るい金管の始まり。コンセルトヘボウの金管はクリアだし、ハイティンクの表現は誠実かつゴージャス〜颯爽と立派な演奏だけど、全曲をまとめ上げて納得の締め括り・・・に至らぬ感じ。この楽章そのものがあっちこっち、印象が定まらない。(17:55)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日土曜は誕生日、自分はゆっくりのんびり。前日女房殿が帰宅後に掃除は済ませてくれて、朝一番市立体育館に出掛けました。なにか欲しいものはないか、との問いに「よれよれになったトレーナーを買い替えたい」。地元にもユニクロもシマムラもあるけれど、気分転換に梅田迄出掛けました。トレーナーを一着購入したけれど、凄い人ですねぇ、ガイジンさんも多いけれど、やはり中国人はあまり見掛けません。前から気になっていたちょっぴり高級な干物屋さんにてビール一杯のみ、更に唐揚げ屋さんに更にビール一杯追加、これは要らんかったかも。今朝の体重は66.75kg▲500g、まだまだ。
葬儀屋の倒産/廃業が増えているとか。日本では一年に亡くなる方が150-160萬人、生まれてくる赤ちゃんは70萬人ほど、人口は年々減っております。葬儀屋は大繁盛!かと思ったら、葬儀の習慣が変わりつつあるらしい。かつては大きな葬儀場、駐車場も広く、たくさんの参列者がある・・・例えば社葬みたいな、そんな情景は激減。自分の経験もほぼ家族葬のみ。それでもけっこう経費は掛かったけれど、大型施設は無用の長物になって、稼働率は激減でしょう。常識的に考えて戒名に20-30萬圓は高過ぎ!そう思いますもん・・・と、いうことはお坊さん、お寺の経営も厳しくなっているのかも。東京都では葬儀をしない「直葬」が30%に迫るとか、通夜と葬儀を一日で済ませることも増えているそう。火葬場は不足気味になって、値上げはもちろんだけど、稼働が追い付かず一週間待ち!ご遺体ホテルみたいなところも増えているそう。
「生者は死者の為に煩(わずら)わさるべからず」(梅原龍三郎)これは名言ですよ。自分は次男、女房殿にも弟がいるから墓もない。札幌の兄は既に墓仕舞いを済ませました。一人息子は埼玉在住だし、二人の孫は女の子だから、先を考えてのことでしょう。自分はできるだけ周りに迷惑を掛けぬよう日々努力や工夫しておきましょう。
Bach トッカータとフーガ ニ短調 BWV 565(Stokowski編)/Tchaikovsky バレエ組曲「くるみ割り人形」より「金平糖の精の踊り」「中国の踊り」「葦笛の踊り」「アラビアの踊り」「ロシアの踊り」「花のワルツ」/Ducas 交響詩「魔法使いの弟子」/Stravinsky バレエ音楽「春の祭典」(抜粋)/Beethoven 交響曲第6番ヘ長調「田園」(抜粋)/ Ponchielli「時の踊り」/Mussorgsky 交響詩「禿山の一夜」(抜粋)/Schubert 「アヴェ・マリア」〜レオポルド・ストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団・・・Leopold Stokowski(1882-1977英国)による「レオポルド・ストコフスキー「ファンタジア」(風)音源集成」(似たような音源集めたもの)2001年当時、ちょっぴりコメント有。その頃は激安CDを熱心に集めておりました。
「Fantasia」は1940年公開の映画だから、その音源はその1−2年前の録音でしょう。パブリック・ドメインに至って(「春の祭典」の版権は生きているかも)これはオリジナル音源を後年入手、ステレオ録音なんですよね。現代感覚の音質水準とはかなり違うけれど、おそらくは映画音楽収録の技術を活用した意欲的実験的なもの。YouTubeでも見られます。Classic Musicを愉しく、わかりやすく、こどもに普及させようと云った意欲が感じられる斬新な取り組みでした。抜粋も多いけれど、音だけ聴いてもけっこう満足できました。
Bachはストコフスキーの十八番、劇的荘厳に威圧感のあるモノクロームな作品に極色彩を施して、わかりやすく仕上げたもの。動画では抽象的に音の動きを表現しておりましたっけ。(9:25)
「くるみ割り人形」はクリスマスの夜に繰り広げられる個性的な踊りが、可憐にユーモラス。(2:36-1:03-1:49-3:15-1:07-4:28)
「魔法使いの弟子」はミッキーマウス登場する一番人気、たしか「ファンタジア2000」にも再登場しておりました。(「新ファンタジアは」興業的には失敗したそう)(8:28)
「春の祭典」は怪獣が跋扈して、原始の野蛮な情景がよく表現できている抜粋。オーディオ的には話にならんのだけど、怪しい暴力的雰囲気はたっぷり堪能できました。(22:28)
「田園」も抜粋なんやけど、これも上手いなぁ。半分くらいになってもエッセンスはちゃんと伝わる、悠々たる迫力演奏。(21:53)
「時の踊り」はカバが優雅に踊るんですよね。木管が名人揃い。大仰なテンポの揺れ、後半の躍動も最高。ふだん求めて聴かぬ作品だけれど、思わぬ名曲でした。(12:15)
ラスト「禿山の一夜」は大仰なストコフスキー版?抜粋〜そのまま鐘が鳴り響いて合唱が静かに参入、シームレスに「アヴェ・マリア」清涼敬虔安寧な収束に至る。違和感がないのは、昔から馴染んでいるからでしょう。(5:37-8:19)
Bartok ピアノ協奏曲第2番/ラプソディ 作品1〜ゾルタン・コチシュ(p)/イヴァン・フィッシャー/ブダペスト・フェスティヴァル管弦楽団(1985年)・・・Kocsis Zoltan(1952ー2016洪牙利)はさっさと亡くなってしまって残念無念。ピアノ、オーケストラとも洗練された緻密な表現に、泥臭さを強調せぬ知的な演奏でした。ピアノ協奏曲第2番の初演は1933年(作曲者自身)ド・シロウト耳にも超難曲!例の如く、ピアノは野蛮に叩き付けるように打楽器的な活用が強調される名曲。なんとステキな作品でしょうか。偶然だけどBartokのピアノ協奏曲は1960年頃の音源ばかリ聴いて、こちら低音もしっかり、リアルな音質に耳が洗われるようにクリアでした。
第1楽章「Allegro」は弦楽器なしの伴奏、華やかな管楽器と自在に疾走するピアノの対比が際立ちました。オーケストラにはキレを感じさせて打楽器の迫力も効果的、ピアノは壮絶なテクニックを駆使して緻密。(9:17)
第2楽章「Adagio - Piu adagio - Presto」ここは逆に金管楽器なしの始まり。ピアノとティンパニの緊張感漂う静謐、神秘な遣り取りがカッコよい!息詰まるような静謐の後に超絶技巧必須の細かい音型が疾走して、やがて参入する金管の遣り取りも精密緻密な対比も効果的でした。やがて静謐が戻って神秘なティンパニが呟いたり、連打したりピアノと渡り合って、そのまま消えるように終了。(12:59)
第3楽章「Allegro molto」伴奏は全員参加。冒頭どきどきするほどのズシリ!低音が腹の底から響くティンパニや大太鼓に始まって大活躍、ピアノもそれに負けぬ打楽器的な扱いに暴力的。それでもそのタッチには知性を感じさせました。それは華やかに第1楽章金管冒頭旋律と掛け合って疾走しました。(6:04)
Rhapsodyは1904年に作曲したピアノ曲を一年後に管弦楽伴奏を加えたとのこと。短縮版もあるそうです。
「Adagio molto」民族的に泥臭い旋律が大仰に詠嘆して、雄弁な始まり。やがて幻想的なピアノが静かに、そしてラプソディックに呟いて、先のピアノ協奏曲に比べてぐっとメロディアスなスケールでした。(14:05)
「Poco allegretto」剽軽な旋律が躍動して軽快な後半へ。ちょっと型通りと云うかありがちな疾走に盛り上がって、平易にわかりやすい、親しみやすい風情の作品でした。コチシュのピアノは期待通りのキレ味に流麗でした。(9:55)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
やってきました69歳の誕生日。70歳の壁迄あとわずか、親しい旧友の幾人かは重い病に倒れました。男性の平均健康寿命は72.57歳、あくまで平均だから人それぞれ、個人差はあるのでしょう。平均寿命は81.05歳だけど、それまで仮にカネがあっても、あちこち痛かったりまともに身動きも取れなかったら意味がない。もちろんノーミソの劣化だって油断できません。日々のストレッチやYouTubeエアロビクス、隔日の筋トレ(+往復4kmのウォーキング)に身体を鍛えて、健康を気遣っているつもり。でもなぁ、物欲は日々消えつつあって、欲しいもの、興味、読書に新しい知識を得たりすることも激減。テレビ番組もほとんど愉しめない・・・オシャレにも無頓着、まずヨレヨレになって草臥れたトレーナー入手は必須です。
日々、春の接近を感じさせる季節の変わり目。散々呑んで喰って自業自得な体重増を反省して、昨日朝はいつもと変わらぬストレッチ、YouTube体操済ませてマスクしっかり着用して市立体育館へ。順不同にはなったけれど、いつも通りしっかりゆる筋トレ実施しました。帰宅後しっかり昼食、勢いで残り総菜冷ご飯たっぷり喰い過ぎて、夕食も通常の量の結末は67.25kg+250g最悪。昨日朝より原因不明の微妙な腰?背中痛発症中。ストレッチでなんとかいたしましょう。
トップを失った伊蘭はどう動くのか。戦艦やミサイルは殲滅できても、ドローンの在庫はたっぷりあって、トラックでカンタンに運べて打ち出せるらしい。湾岸諸国は攻撃に参加するらしいけど、ホルムズ海峡閉鎖は長引いて欲しくない。孤立する露西亜のリアルな日常生活、国境やオデーサ辺りの戦況も断片的な情勢しか入ってこないし、中国の不況は理解できても、習近平さんの権力抗争との関係でどうなのか、なかなか先が読めません・・・この辺りの分析には興味を以て情報を追っております。
そして自民党圧勝高市内閣高支持率の日本は、これから実際になにをするのか、どう対応するのか。この数字は希望と期待の表れでしょう。
Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」/交響曲第4番 変ロ長調〜デイヴィッド・ジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団(1998年)・・・David Zinman(1936-亜米利加)はもうご高齢だから引退状態でしょう。発売時話題となったトーンハレ管弦楽団とのBetthoven交響曲全集録音はその後、重厚長大派、古楽器派、両方より評判がよろしくない。いろいろ独自の改変を入れ過ぎとの声もありました。音楽は嗜好品だから好みは人それぞれ、自分はその軽い、さっぱりとした響きを気に入っておりました。17年ぶりの再聴。上手いオーケストラですよ。
「英雄」は1804‐5年初演。浪漫派の幕開けを告げる巨大な傑作交響曲、古典的二管編成+ティンパニ。
第1楽章「Allegro con brio」颯爽として熱気溢れる快速。管楽器は明るく軽量、リズミカルに軽妙なサウンド。提示部は繰り返し。ティンパニがカッコよい!ノリノリ。その前のめりな落ち着かなさ、淡いサウンドを嫌う方はいらっしゃることでしょう。(15:53)
第2楽章「Marcia funebre: Adagio assai」浮き立つような明るい音色のオーボエは、自由な装飾音が印象的。重苦しくない、リズムが弾むような「葬送行進曲」。素っ気ないノン・ヴィヴラートの弦、粗野なティンパニのアクセントも印象的でした。(13:01)
第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」息も付かせぬ快速なスケルツォ。勢い余って叩き付けるようにノリノリの熱気、ここは他では経験できぬ興奮が経験できます。トリオのホルンは軽量、さっぱりとした風情でした。(6:16)
第4楽章「Finale: Allegro molto」怒涛のフィナーレの始まり。「プロメテウス」主題からの各変奏はクールに優雅、途中ヴァイオリン・ソロになるところなど「勝手な改変」の最たるところ、これはなかなか効果的なデリカシーと受け止めました。優雅に木管が歌って、再びの装飾音付オーボエも登場します。軽妙なノリ、淡くさっぱりとしたフレージングに流れよろしく、重厚濃厚さを強調しない。ラスト粗野なティンパニの乱舞も効果的。(10:23)
変ロ長調交響曲は1807年初演。なんとフルートは一本のみ、ヴィヴィッドな古典的名曲。
第1楽章「Adagio - Allegro vivace」とっても怪しい序奏から始まる旧来の交響曲スタイルを踏襲。思いっきり弓を引き絞って、一気に主部に突入するそのエネルギーは溌剌。落ち着かぬほどに前のめりな快速テンポ、さっぱりと素朴なサウンドは変わらない。(10:08)
第2楽章「Adagio」クールに優雅な緩徐楽章は、メリハリしっかりとしたリズムを刻みます。ラスト辺り、ホルンや木管の受け渡しは控えめにおとなしい。(8:06)
第3楽章「Allegro molto e vivace」表情豊かにユーモラスな旋律が行きかう、個性的なスケルツォ。トリオの木管も優しく、ここはヴィヴィッドな躍動が感じられる表現でした。(5:22)
第4楽章「Allegro ma non troppo」優雅な木管の音色、一糸乱れぬ弦のアンサンブル、かっちりとしたリズム感。軽快に期待通りの一気呵成な快速、例のファゴットの難所も難なくクリアいたしました。(6:27)
Bruckner 交響曲第7番ホ長調〜ハンス・ロスバウト/南西ドイツ放送交響楽団(1957年)・・・これはVOXの廉価盤CD以来の馴染みの音源。じつはSWRのHans Rosbaud(1895ー1962墺太利)のBrucknerボックスには第1番以外の音源が収録され、この第7番は1957年12月30日(Loffenau Sudwest-Tonstudio/モノラル)。各楽章タイミングもVOX録音とほぼ同じ(1957年12月27日-30日同じくLoffenau Sudwest-Tonstudio)余白は誤差の範囲〜ところが音質がまったく違う。こちらやや不自然だけど広がりあるステレオ、ずっと聴きやすい解像度の高さ。疑似ステレオ?Turnbaut/LP拝聴のネット記事を拝見すると「冒頭チェロが左奥から、右手から第2ヴァイオリンが聞こえてくる」とあるからほんまもんのステレオかも。
これはBrcuknerの作品中屈指の美しい旋律を誇る名曲。これは以前よりけっこう好きな演奏でした。
第1楽章「Allegro moderato」やや速め、素っ気ないほどのイン・テンポは煽ったり、雄弁な節回しとは無縁。硬派直截にストレートな表現だけど、冒頭のチェロから美しい旋律は浮き立つように流れよろしくデリケート、さっぱりとクールに弾みます。音質はいまいちだけど、バランスは各パートそう悪くはない。ラスト渾身の盛り上がりも文句なし。(19:03)
第2楽章「Adagio: Sehr feierlich und sehr langsam」遅すぎず適正なテンポ感。例の泣ける弦の旋律には魂籠る力の入れ具合、寄せては返す波のよう、滔々と流れよろしく心の底から感銘湧き上がる旋律の歌。ホルンの音色も深いなぁ(ラストも)トランペットの高揚にも胸を打たれる、クールな風情なのにけっこうアツい演奏でした。感極まるクライマックスには打楽器が入らない版(ハース版?)こちらのほうが好き。(21:33)
第3楽章「Scherzo: Sehr schnell」テンポはあまり急がず、しっかりリズムを噛み締めて、アツいスケルツォ。独欧系の深みのある金管がパワフルに、高らかに鳴り響くきました。トリオの風情もゆったり優雅でした。(10:48)
第4楽章「Finale: Bewegt, doch nicht schnell」なんかとってもしみじみ心浮き立ってリズミカル、淡々と・・・歩むようなフィナーレ。これが歩みを進めるほどに熱が加わって、なかなかノリがよろしい。金管が深い。(11:38)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
ぼちぼち週末を迎えて女房殿は平日介護生活よりご帰還します。本日は夜半より雨予報、朝から洗濯をしておきましょう。昨日はいつもお通りの早朝に起床して、ストレッチと流行り歌に乗せて短いYouTube体操2発済ませて、ご近所のスーパーに前日の食材買い漏れに出掛けました。往復3km弱ちょっとしたウォーキングのつもり。途中気の早い桜を目撃しました。
そして昼から爺友との酒はいつも通り「三週間後に手術する!」(大袈裟に)報告しておきました。爺友は禿げたおでこに黒く大きな老人斑が出て、液体窒素で取ってもらっている(本人は「死黒子」と云っておりました)ロクな話題もありません。昼食を抑制して酒席に臨むつもりが、けっこう喰ってしまって、挙句散々呑んで喰って〜その結末は67.0kg+650g自業自得。本日これより鍛えて減らします。昨夜、風呂に入って残りからさっさと洗濯したけれど、今朝、シーツなど週末まとめて処理分を失念していたのは酔っていたのからでしょう。
ちょうど一か月後、手術後10日後くらいに名古屋で大学の先輩との酒席が決まりました。わざわざ安酒呑むために名古屋迄、酔狂なもんですよ。
著名な政治家である元参院議員の大塚耕平さんが亡くなったとのこと。66歳、政治家としてはこれからの年齢、国民民主党の実力者なんだそう。べつにどの政党支持云々に関係なく、先日の総選挙に枕を並べて落選したヴェテランはタイヘンと思うけれど、月並みだけど「生命あってのものだね」生きていれば、元気だったらやり直しは可能なのになぁ、シミジミそんなことを考えてしまいました。誰も定命(じょうみょう)はわからんものです。「徒然草」の一節を思い出しました。
トップを失った伊蘭は暴走、滅多矢鱈と隣国(の米軍基地辺り)にミサイルなど打ち込んで、中立を決め込んでいた湾岸諸国を一気に敵に回しました。ホルムズ海峡の閉鎖やドバイやドーハの空港閉鎖も長引かぬよう祈りたいものです。
Bruckner 交響曲第7番ホ長調(1885年版/グートマン版/改訂版)〜クリスティアン・ティーレマン/ベルリン・フィル(2016年ライヴ)・・・著名な指揮者達によるベルリン・フィルのライヴ音源より、屈指の美しい旋律を誇るこの交響曲はChristian Thielemann(1959-独逸)の担当。これはWikiの音源例としても聴ける音源。「1885年版/グートマン版/改訂版」と書いたけれど、この最初に出版された版なんだそう。詳細の違いはまったく理解しておりません。
ベルリン・フィル演奏会ののアーカイヴより、幾度かの演奏から編集されたと類推するけれど、セッションとして入念な準備とイコライジングされた音源に非ず、音質は作った感のない(素っ気ない?)自然な空間、一部響きの濁りもありました。低音も不自然に強調させない。解像度もよろしくない・・・自分の激安オーディオ環境では理想的な再生は難しいのでしょう。ティーレマンは堂々たる演奏をする人だけど、ベルリン・フィルの威力や艶を前面に押し出す表現ではありませんでした。むしろ抑制を感じさせて、音質印象も含めて正直なところ、ちょっと鬱陶しい。
第1楽章「Allegro moderato」ゆったり遅めのテンポに慌てず、弦による弱音のトレモロから深呼吸するようなチェロの旋律は、遠くの山々を見つめるような開始。それを引き継いで木管、弦、金管が爽やかに参入して夢見るように陶酔の始まり。しばらく誠実に抑制した弱音が歌って力みを感じさせない。足取りはアクセントしっかり、悠然と進行して走らない。ラストのクライマックスは余裕の金管が鳴り響きました。(23:05)
第2楽章「Adagio/“Sehr feierlich und sehr langsam”(非常に荘厳に、そして非常にゆっくりと)」渾身のアクセントを込めて、諄々と弦が歌う感銘深い緩徐楽章。クライマックスには盛大なる打楽器が入りました。ラストのホルンの弱音は神々しほど。(23:42)
第3楽章「Scherzo/“Sehr Schnell”(非常に速く)」Bruckner交響曲のキモであるスケルツォ。堂々たるリズム感にスケール大きく、テンポの動き(時にけっこう走る)強弱にも恣意性を感じさせぬもの。中間部は優雅にのびのび、たっぷりテンポを落として効果を上げておりました。(9:55)
第4楽章「Finale/“Bewegt, doch nicht schnell”(運動的に、あまり速くなく)」明るいフィナーレはデリケートに爽やかに、ていねいな静謐から、流れもよろしい始まり。厚みのある金管による第3主題は腰を据えて堂々たる風情、やがて静かな遠い魅惑のホルンが続いて、この辺りの音はベルリン・フィルの伝統ですよ。この楽章も頻繁にテンポは動いても、不自然には響かぬ説得力のうちに全曲を閉じました。(13:51/拍手はカット)
Mussorgsly/Ravel編 組曲「展覧会の絵」/交響詩「禿山の一夜」/歌劇「ホヴァンシチナ」前奏曲「モスクワ川の夜明け」〜マリス・ヤンソンス/オスロ・フィル(1989年)・・・Mariss Jansons(1943-2019拉脱維亜)はオスロ・フィル時代(1979-2002)に一躍このオーケストラの評価を高めました。自分は一連の録音をいくつか拝聴して、大騒ぎするほどじゃない・・・(失礼)とは思うけれど、これは爽やかに気持ちのよろしい演奏でした。
「展覧会の絵」はMussorgskyの泥臭い素材を使って、Ravelによる洗練された極色彩、管弦楽技巧の粋を集めてオーケストラの技量を問う傑作中の傑作。原曲ピアノ版含めて月に幾度も拝聴するお気に入り作品でした。
オーソドックスなテンポ設定、ヤンソンスの統率にかっちりとしたアンサンブル、オーケストラの技量にも疑念を感じさせない・・・けど、音質印象か?全体にサウンドはマイルドというのか、キレ味や唯一無二の色やら突出した大爆発!に足らぬ印象でした。堂々たるクライマックスは悪くないけれど、全体に優秀な平均点印象か。贅沢云えば金管が弱い感じ。コンセルトヘボウとの再録音(2008年)はいかがでしょうか。
「プロムナード(Promenade)」(1:40)「小人(The Gnome)」(2:45)「プロムナード(Promenade)」(0:54)「古城(The Old Castle)」(4:52)「プロムナード(Promenade)」(0:31)「チュイルリーの庭(Tuileries)」(0:58)「ビドロ(牛車/Bydlo)」(2:46)「プロムナード(Promenade)」(0:43)「卵の殻をつけた雛の踊り」(Ballet of the Unhatched Chicks)」(1:14)「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ(Two old Jews)」(2:17)「リモージュの市場(The Market Place at Limoges)」(1:26)「カタコンベ(Catacombae)」(2:06)「死せる言葉による死者への呼びかけ(Cum mortuis in lingua mortua)」(1:58)「鶏の足の上に建つ小屋(バーバ・ヤガー/The Hut on Fowl's Legs (Baba-Yaga))」(3:25)「キーウの大門(The Great Gate of Kiev)」(5:23)
粗野な「禿山の一夜」は馴染のRimski-Korsakov版(10:51)「モスクワ川の夜明け」は大好きな歌劇「ホヴァンシチナ」が幕開けるステキな作品でした。(5:11)両方とも賑やかにヴィヴィッドななかなかの力演。テンポは有機的に動きました。
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日は朝から晴れて・・・と、思ったら市立体育館に出掛ける途中ぱらりと小雨が・・・たいした雨じゃないけれどね。朝一番にストレッチ、短いYouTube体操済ませて市立体育館へ。
途中、気の早い桜がちょっぴり開いておりました。ゆる筋トレ済ませてエアロバイク15分を手抜きしたのは、自宅逆方向の皮膚科に行きたかったから。30年ほど前に一度手術した背中の粉瘤(アテローム)とは別に、ここ最近直径1cmほどに育ったできものが気になる・・・手術して除去してもらうことにしたけれど、行きつけのクリニックは水曜昼からの手術日、けっこう混んでいて3週間後の予約となりました。感染症の確認のため血液検査をしたけれど、せっかく血を抜くのだからついでに尿酸値とか肝臓数値とか調べてくださいよ、お願いしたけれどダメみたい。1,910円も取られました。
そこは現金のみの取り扱い、小さな部分切除と云え手術は手術、いくら掛かるかわからんから現金を準備しておきましょう。それと手術したら3-4日筋トレはお休みせんとあかんらしい。フロもダメやろなぁ、困った。月末は暖かくなっているでしょうし。結果、総歩行は7kmに至りました。少々食材買い足して、いくつか買い漏れがあるのはいつものこと。今朝の体重は66.35kg+200g、こりゃあかんなぁ。
「旧統一教会に解散命令 保有資産の清算手続き開始へ」邪悪な似非宗教団体と政治家との関係は明らかになるのか。今の自民党の議席数や高市さん人気では難しいやろなぁ、追及したら「いじめ」とされてしまうかも。閑話休題(それはさておき)本日昼から爺友と第1回誕生日祝い=いつもの昼酒です。
Bach 管弦楽組曲第2番ロ短調 BWV1067/管弦楽組曲第3番ニ長調 BWV1068(1978年)/オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調 BWV1060a(1984年)〜トレヴァー・ピノック/イングリッシュ・コンサート/スティーヴン・プレストン(fl)/サイモン・スタンデイジ(v)/デイヴィッド・ライヒェンバーグ(ob)・・・管弦楽組曲は旧録音。2010年来の再聴。写真はとっくに処分したCD、当時は懐かしい名曲全集もの中古放出CDを安く入手して、大切に聴いておりました。(GCP-1012)これは衝撃の逆カルチャーショック!・・・という表現が正しいのか?作品との出会いはロリン・マゼール/ベルリン放送交響楽団(1965年)2025年末、十数年ぶりに音源を待望の再入手、感激も新たに再聴コメントは・・・数か月経っても終わらない、あまりにゴージャスな響きご馳走喰い過ぎ風演奏は胃にもたれ、4曲続けて聴けない。立派な分厚い演奏に嘆息して、時に立ち止まって前に進めない・・・かつて古楽器演奏に衝撃を受けたTrevor Pinnock(1946-英国)旧録音を聴きだしたら、納得の軽妙なリズム、古雅に颯爽とカッコよいサウンド、自分はもうこちらの世界にすっかり馴染んでしまって抜け出せないことを自覚いたしました。快速だけど、こちらが標準として身体に染みついている・・・
1978年はディジタル録音定着前、ぼちぼち50年前だけど古楽器の演奏技術は成熟して、音質も現役。小編成に爽やかにヴィヴィッドな演奏が繰り広げられております。
第2番ロ短調 BWV1067は、ほの暗い旋律が魅惑のフルート協奏曲。Stephen Preston(1945-英国)はイングリッシュ・コンサートの創立者の一人(調べてみたら振付師としても著名なんだそう)ノン・ヴィヴラートに骨太の音色が力強いもの。冒頭フランス風序曲とは「緩急緩」のはず、初めてこれを聴いた疑問は「楽譜はどうなっているのか、どう読めるのか」。
「Overture」「緩」の部分はスウィングする付点のリズムに快速、「急」の部分はむしろ落ち着いて、再びの「緩」との対比はあまりない。小編成に素朴に躍動する魅惑の始まり。(6:11)
「Rondeau」記憶にあるマゼールは異様な快速、こちらしっとりゆったり、楚々と哀しく歌うフルート。(1:58)
「Sarabande」こちらもゆったりと落ち着いたテンポにしみじみ。(2:54)
「Bourree I-II-I」力みのない躍動に過激さとは縁遠い、イン・テンポに軽快なリズム。けっこうノリノリでした。(1:57)
「Polonaise - Double - Polonaise」ここも快くスウィングして慌てぬ風情。 Doubleのフルート・ソロは哀愁に充ちて朗々と歌います。(3:41)
「Menuet」ここも親密にしっとり、慌てぬ表現。(1:31)
「Badinerie」フルートの妙技を披露するフィナーレも、快速テンポに非ず、中庸に落ち着いた風情が続きました。(1:38)
第3番ニ長調 BWV1068はtp-3/ob-2/tim+弦+通奏低音の編成。見上げるように立派な風情の作品に間違いないけれど、こちら親密な風情が漂います。
「Overture」ここは壮麗なるフランス風序曲。これは前曲同様スウィングするリズム感に大柄と重量感を強調しない始まり。ティンパニと素朴なトランペットが効果的に、軽快な躍動際立つ演奏でした。緩急緩のテンポ感はイメージ通り。「急」部分のヴァイオリンはソロ、新鮮に旋律は浮き立ちます。マゼール盤に際立っていたオーボエの存在が薄い。(6:05)
「Air」は有名な「G線上のアリア」。昔名曲盤に入って馴染んでいた低弦のピチカートはどこに行ったのでしょう。主旋律はヴァイオリン・ソロ、装飾音も入ってしみじみ美しく、神々しく感銘深いところ。(4:50)
「Gavotte I-II-I」粗野なティンパニに支えられて、柔らかいトランペットが歌う元気なところ。ここも素朴躍動が響きました。(3:19)
「Bourree」快速にヴィヴィッド。(1:12)そしてアタッカで
「Gigue」壮麗なフィナーレに突入。あまり慌てず、力まず、爽やかに全曲を閉じました。(2:57)
オーボエとヴァイオリンのための協奏曲ハ短調 BWV1060aは別なアルバムからだけど、昔所有していた名曲寄せ集めCDも懐かしく、続けて拝聴いたしました。Bachの協奏曲中、これがお気に入りベストを争う緊張感溢れる名曲。ソロ掛け合いの色彩の違いもたっぷり堪能できました。David Reichenberg(1950-1987亜米利加)はこの録音のすぐ後、若くして亡くなっていたとは知りませんでした。更に古楽器演奏の熟成は進んで、味わいのある響きのまま洗練されたサウンドはほとんどモダーン楽器との違和感を覚えさせぬもの。「Allegro」(5:07)「Adagio」(5:05)「Allegro molto」(3:30)
Tchaikovsky 交響曲第6番ロ短調「悲愴」〜ルドルフ・ケンペ/フィルハーモニア管弦楽団(1957年)・・・1883年作曲者が亡くなる直前に初演、三管編成、ティンパニにバスドラム、シンバルも入るそれなりの大きな編成、たっぷりTchaikovskyの濃密な旋律を堪能できる人気作品。Rudolf Kempe(1910-1976独逸)未だ47歳の記録。この時期にしてぎりぎりステレオに間に合っていないけれど、低音もしっかり効いてかなり明瞭な音質。これは日本ではなかなか発売されなかった?不遇な音源でした。ケンペの露西亜音楽というのはちょっとイメージが合わない?聴き手の先入観もあってか、露西亜風濃厚な幽愁とは違って、独欧風がっちりとした構成を感じさせました。フィルハーモニア管弦楽団には芯を感じさせるサウンド、優秀なアンサンブルでした。
第1楽章「Adagio - Allegro non troppo」は微妙にテンポが揺れて入念な表情付けに、たっぷり間を取って重心低く雄弁雄大な表現。激昂部分にも適度な力感に甘さ控えめ、煽ったり疾走に過ぎぬバランスを感じさせて、パワフルでした。(19:27)
第2楽章「Allegro con gracia」は弦も木管も響き厚く、リズムをしっかり刻んで、甘い変拍子ワルツは辛口。中間部はテンポをややおとして、不気味に深刻な風情が漂いました。(9:31)
第3楽章「Allegro molto vivace」颯爽とカッコ良いスケルツォは行進曲。細かい音型は完璧のアンサンブルと重心の低い推進力、表情は颯爽と前向きにアクセントしっかりに進行しました。金管が良く鳴っております。(9:05)
第4楽章「Finale: Adagio lamentoso」は詠嘆と慟哭の終楽章。入念な表情付けはウェットなお涙!に非ず、雄弁によく歌って、情感は清明に盛り上がりました。テンポの動きにオーケストラは反応よろしく、爽やかなサウンドが続きました。(9:41)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日はたいへんな風が吹きました。電線が高速道路みたいに鳴ります。前夜のうちに洗濯は済ませて室内干し、朝のストレッチ、YouTube体操済ませて運転免許返納へ出発。四條畷警察へは2.5kmほど、小雨だからたいしたことはない予想して歩き出したらやたら風が強い、通学のこどもたちも苦戦中。1.7km移動時点で安物のビニール傘は破壊されました。目的地に接近したら工事迂回路があって、そこで迷って、住宅街を逆方向に彷徨ってかなりの遠回りして大苦戦、しっかり運動した挙句無事到着出来。受付の強面おじさんに速攻、手続き受付処理いただけましたよ。なんたら履歴証明とやらも一切必要なし。これで潔く一生運転とは縁が切れました。
帰りは疲れたので野崎駅から住道駅へ電車、駅の高級スーパーにて(やや高い)たまごや野菜、久々に高級文旦など入手、コミュニティバスを持ったものです。今朝の体重は66.05kg+100g。
Pooちゃんが7年ぶり広州に帰郷中。北京とか上海じゃない中国南部、どちらかというか田舎らしい。リアルな動画を拝見する限り、極端にデフォルメした「悲惨な中国」風情に非ず、けっこう近代化した日常生活に、きれいなショッピングモールも人の流れもあるようです。一部の事象を針小棒大に印象操作というのはあるのかも、経済情勢はたしかに厳しい側面はあるし、若者の失業率も高いみたいだから、経済悪化の流れはあるのでしょう。次回の動画にその辺りのヤバいところも出るかもしれません。
伊蘭攻撃にホルムズ海峡閉鎖、これで原油の出口はなくなって価格高騰! 石油が届かなくなって困るのは中国だけじゃない、我が日本も資源のない国、一気に物価は上がるかも知れません。さて、依然として人気の高い高市さんはどんな手を打つのでしょうか。
Berg ヴァイオリン協奏曲(1995年)/室内協奏曲(1996年)〜渡辺玲子(v)/ アンドレア・ルケシーニ(p)/ジュゼッペ・シノーポリ/シュターツカペレ・ドレスデン・・・Giuseppe Sinopoli(1946-2001伊太利亜)は新ウィーン楽派の音楽をまとめてCD8枚分録音しておりました。これは残響豊かに、とっても不思議なウェットな感触の演奏。
ヴァイオリン協奏曲は1936年初演(Louis Krasner/1903-1995烏克蘭→亜米利加)Alban Berg(1885-1935墺太利)のほとんどラスト作品。その高貴な美しき静謐は多くの人々に愛されております。無調性でありながら破壊的な違和感に非ず、しっとり調和を感じさせる美しい旋律連続。「ある天使の思い出に」(Dem Andenken eines Engels)とはマノン・グロピウス18歳に逝去した追悼とのこと。そんな深い哀しみはしっかり伝わります。渡辺玲子さん(1966-東京)のデビュー録音。この作品には情感を排して乾いた表現のイメージ、こちら情感たっぷりに濃い、厚ぼったいオケーストラの響きの渦に、線の細いヴァイオリンの絶叫と慟哭が蠢きます。後半に向け、壮大なる広がりが雄弁でした。ラストはまさに天使が天上に召される風情でした。
第1楽章「Andante-Allegretto」(12:30)第2楽章「Allegro(ma sempre rubato)-Adagio」(16:41)
「Kammerkonzert」は1927年初演(ヘルマン・シェルヘン)。無調だけれどドデカフォニーではないそう(ド・シロウトには理解できない理屈)。独奏ピアノ 独奏ヴァイオリン+13人の管楽器の編成。Andrea Lucchesini(1965-伊太利)はマリア・ティーポのお弟子さんとのこと。ここ最近、この作品に目覚めて拝聴機会は増えました。
第1楽章「Tema scherzoso con variazioni」「シェーンベルクの名から取られたA-D-Es-C-H-B-E-G、ウェーベルンから取られたA-E-B-E、ベルクの名によるA-B-A-B-E-Gの3つの動機が提示」(Wikiより)晦渋さの欠片も感じさせず、甘くしっとりとしたピアノは、妖しく味のあるウェットな管楽器と絡み合ってリズム感は明晰。(8:25)
第2楽章「Adagio」渡辺玲子さん登場。けっこう大柄な管楽器群と緻密に絡み合って、浮き立たぬしっとりとしたヴァイオリン。無機的なゲンダイオンガク風情に非ず、しっかり情感は高まり揺れる緩徐楽章。(14:38)
第3楽章「Rondo ritmico con introduzioni」ここは激しく激昂するピアノから始まって、ヴァイオリンは例の動機に呼応して、やはり線が少々細いと感じます。ド・シロウトには自在な混沌に響くけれど、きっと高尚な音楽理論があるのでしょう。不快なる晦渋に非ず、シノーポリの統率は一貫してウェットな情感とアジアがあって、たっぷりノーミソへの刺激をいただきました。(11:05)
Mozart 交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」/交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」〜ズデニェク・コシュラー/チェコ・フィル(1977年)・・・Zdenek Kosler(1928ー1995捷克)による珍しいMozartのLP復刻音源。楷書の歯切れのよろしいフレージング、オーソドックスに快活な表現、音質も上々。チェコ・フィルも好調でした。
ハ長調交響曲 K.425「リンツ」は1783年、わずか4日で仕上げた作品なんだそう。二管編成+ティンパニ、クラリネット抜き。ハ長調と云う堂々たる明瞭な調整に爽快に前向きな作品。フレージングは几帳面、中庸のイン・テンポ、表情はヴィヴィッド、少々大柄だけど重くはない。チェコ・フィルは引き締まった明快なアンサンブルに、適度なノリがありました。
「Adagio - Allegro spiritoso」「Andante」「Menuetto」「Presto」(28:12)
ニ長調交響曲 K.385「ハフナー」は二管編成+ティンパニ、クラリネット有。1782年の作品。もともとセレナーデから再編した交響曲とのこと(ハフナー・セレナーデ K.250 (248b)の6年後)明るく、湧き上がるような喜びに充ちた天衣無縫な名曲。これが自分とMozart交響曲との出会いでした。快活な表現に管楽器が浮き立って華やか、清潔に曖昧さのない旋律のアクセント。中庸なテンポ設定は適性を感じさせて、清潔感漂う熱気に疾走いたしました。
「Allegro con spirito」「Andante「Menuetto - Trio」「Finale: Presto」(17:50)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
ひな祭り、我が家は息子も孫も男の子だったので、ちょいと疎遠な行事でした。昨日は夕方より小雨、本日終日雨だそうです。中東の動きは不穏だけれど、自分というか日本の生活はいつもと変わらない。いつも通りのストレッチ、短いYouTube体操こなして市立体育館を目指しました。ビニール袋、紙袋を拾ったので道中しっかりゴミ拾いをしつつ市立体育館へ到着すると・・・数か月工事中だった大体育館再開、バレーボール練習中。トレーニングルームは消毒ルールが変わって、使い捨てペーパータオルから、もうちょっと高級っぽいものを入口で一人一枚、これを使いまわしてアルコールかな?都度消毒して続ける運用に変わりました。そのタオル?っぽいものは帰りに回収します。平日月曜は常連組に空いて、しっかり全身ゆる筋トレをこなしました。今朝の体重は65.95kg▲250g、けっこうダイエットを意識して食事制限してもなかなか思うように減りません。
「GUのギャザーバレースニーカー」なんのことやら?女性のファッションへのこだわりに感心して、自らの運動靴を振り返りました。
お仕事引退時、服装はワリと自由な職場だったけれど上着とかスーツはぜんぶ処分いたしました。残っているのは冠婚葬祭用のみ。紳士靴も全部廃棄、爾来4年間運動靴を愛用して日々歩いております。
トレーニングルームご常連は年齢問わず概ね「形から入る」ブランド物のスポーツウェア、そしてカッコ良い運動靴。とくに女性はオシャレにはそれなりに気を遣っていらっしゃるのでしょう。自分はトレーナーにジャージ=寝ている姿と同じ、それは夏場は短パン+Tシャツに代わります。運動靴は安物ばかり乃至もらい物、じつは室内履き底のゴムがもう劣化甚だしくてつるつる、ちょっと危ういんですよ。そろりそろりと歩いて限界に挑戦中、ブランド物にはいっさい興味はありません。
ブランドにはブランドの品質、矜持があって、それを理解して使いこなす技量と経済力が必要でしょう。自分にはそんなものはありませんから。
Lalo スペイン交響曲ニ短調/Juan Manen(1883-1971西班牙) ヴァイオリン協奏曲第1番「コンシェルト・エスパニョール」〜ティアンワ・ヤン(v)/ダレル・アン/バルセロナ交響楽団(2015年)・・・楊天堝*(*ほんまは女偏1987-中国)は意欲的にSarasateの全曲作品を既に録音しておりました。
数年前に聴いて失礼にも「どーも西班牙情緒というか味やアクが足りない・・・もっと聴きたい!そんな気持ちになりません」
そんな不遜な感想だったけれど、久々に確認したら音質もよろしいし、端正清潔なフレージングはけっこう骨太に歌って、西班牙情緒たっぷりな旋律が際立だちました。Darrell Ang(1979-新嘉坡)には、ちょっぴり力みが感じられるかも知れません。たしかに往年の名ヴァイオリニストによる色気とか、鼻歌みたいに崩して抜いた感じ、みたいな余裕は皆無。
この作品は1875年巴里初演。ご当地で流行っていた西班牙情緒が反映して「仏蘭西から見た西班牙趣味」なのでしょうか。Bizetの歌劇「カルメン」みたい。
第1楽章「AIlegro non troppo」冒頭から重量感のあるhabaneraのリズム、ダレル・アンのリズムはアクセントしっかりだけれど、ちょっと重い。ソロは最初、表情付けに余裕が足りない感じ。(7:72)
第2楽章「Scherzando/Allegro molto」 小粋なJotaの躍動。ソロは清潔に、ていねいに細かい音型を歌って、じょじょに西班牙風情は盛り上がります。(4:08)
第3楽章「Intermezzo/Allegretto non troppo」ここもhabanera。昔省略されたのは第1楽章と風情が似ているから?ここの付点の突っ掛かるようなリズム感にも、やや硬さがあると感じます。ヴァイオリンは魅惑のセクシーな旋律ですよ。(5:57)
第4楽章「Andante」ここは哀愁の色濃く、甘いメロディがたっぷり歌いました。(7:05)
第5楽章「Allegro」「El Pano de La Habana(ハバナのプント)」という民謡に基づいて、シンプルに軽妙、華やかななリズムが繰り返すフィナーレ。ヴァイオリンの超絶技巧はスムースそのもの。(8:06)
Joan Manen「Consiert espanol」は 1898作曲/1935年頃改編された作品。作曲者の名前も初耳だけど、思わぬ甘い旋律が魅了されました。こちらのほうが「スペイン交響曲」より好きなくらい。
第1楽章「Allegretto ben moderato」爽やかな風情、明るい表情、賑やかに西班牙のリズムを刻んで、ヴァイオリンは上機嫌、軽妙に歌います。(13:23)
第2楽章「哀歌/Adagio ma non troppo」ハープも寄り添って神秘的な静謐な伴奏に、ソロは楚々と歌って沈む絶品の緩徐楽章。(8:53)
第3楽章「Allegro molt」賑やかに情熱的なリズムを刻んで、Laloよりずっと暗い哀愁の念が色濃い感じ。カスタネットも情熱的でした。(7:39)
R.Strauss 交響詩「ドン・キホーテ」 (大管弦楽のための騎士的な性格の主題による幻想的変奏曲/ピエール・フルニエ(vc)/1960年)/ホルン協奏曲第1番 変ホ長調(マイロン・ブルーム(hr)/1961年)〜ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団・・・昔馴染みの音源だし、幾度聴いているようでコメントは残っておりません。例の如くGeorge Szell(1897-1970洪牙利→亜米利加)率いる引き締まった表現や、しみじみ気品のあるPierre Fournier(1906-1986仏蘭西)のチェロに感心して、この時期にしてリアルにクリアな音質に驚かされました。
その各変奏曲の描き分けにはユーモアさえ漂って、決然として自信に充ちた余裕の表情付け。自信に溢れ緻密なアンサンブル、オーケストラの高い技量と指揮者への信頼を感じさせるもの。R.Straussのデーハーな管弦楽法に魅力を感じつつ、個人的につかみどころがない?やや苦手系作品との自覚だけど、ここ最近いろいろ聴いてきた中ではこれがヴェリ・ベスト。一度聴き始めたらラストまで一気呵成、こうして作品の真価に目覚めていくのでしょう。
「ラ・マンチャの男は騎士道物語を読んで妄想する」(6:00)「冒険に出る(ドン・キホーテの主題はチェロ、サンチョ・パンサはヴィオラ)」(1:56)「風車を巨人と思い込んで戦いを挑む」(2:31)「羊の群れをアリファンファロン大王の軍隊と勘違いして戦闘を挑む」(1:27)「騎士と従者の対話」(7:15)「懺悔者が携える聖像を誘拐された貴婦人だと思い込み、助け出そうとする」(1:48)「架空の恋人ドルシネア姫への思いに耽る」(4:01)「田舎娘をドルシネア姫だと思い込む」(1:04)「木馬に空中を騎行し、巨人退治に夢中になる」(1:01)「小舟は転覆してずぶぬれ」(1:43)「二人の修行僧に闘いを挑む」(1:05)「月の騎士との決闘でドン・キホーテは大地の打ちのめされる」(4:11)「ドン・キホーテは最後の日々を瞑想の中で過ごす。やがてドン・キホーテの死」(5:41)
ホルン協奏曲第1番 変ホ長調は18歳青春の作品。Myron Bloom(1926-2019亜米利加)はクリーヴランド管弦楽団の首席在任1955-1977年。そのあとパリ管に転出した名手でした。素直に真っ直ぐな音色、のびのび余裕のテクニックを堪能できます。バレンボイムはびろびろの仏蘭西風ヴィヴラートを嫌って彼をパリ管に招聘したのでしょうね。なんか残念。三楽章続けて第1楽章「Allegro」(5:26)第2楽章「Andante」(5:31)第3楽章「Rondo: Allegro」(5:02)
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日日曜は気温が上がって温暖、しかし朝ストレッチ、短いYouTube鍛錬済ませたらもう身動きしたくない。引き隠もってゆっくりいたしました。濃厚野菜ジュースは切れていて、所用に出掛ける女房殿にお願いしました。夕食は冷蔵庫在庫食材で充分足ります。今朝の体重は66.2kgほぼ変わらず。
こちらはぼんやり安閑と過ごしているけれど、以色列/亜米利加軍は伊蘭攻撃に最高指導者ハメネイ師が死亡とのこと。もうトランプさんはむき出しの暴力で委内瑞拉やら墨西哥に対峙して、この先の世界情勢はどう動いていくのか想像も付きません。前日、息子夫婦孫と楽しく呑んで喰っている頃、ミサイルが飛び交っていたんやろなぁ。悲惨なものです。伊蘭からの反撃ミサイルの報道もあったけれど、トップを失って、予(かね)て多くの国民の反政府デモも頻発、現政権は瓦解して新しい国に生まれ変われるのでしょうか。中東の重要なハブ空港であるドバイでは大多数の便が欠航になっているそう。先はなかなか見えません。
昨日、なんと隣国人民中国の音楽ファンの方より愛読メール有。【♪ KechiKechi Classics ♪】は中国でも見られるのですね。日本語は堪能のようだけれど、気を遣われて中国語をAI翻訳されて、ていねいな日本語両方併記され、過分なお褒めの言葉をいただきました。(きっと「HDDお釈迦事件」とか訳せんやろなぁ)日中関係はいろいろ微妙なことも多いけれど、日常生活を送る国民には無縁な対立、まして音楽を愛する気持ちに変わりはないでしょう。烏克蘭や伊蘭問題、以色列とガザ問題、委内瑞拉、きれいごとでは済まぬ世界情勢はリアルな現実だけど、なんとか平和な世界を心より願う。巴基斯坦と阿富汗斯坦も戦争状態とのこと。
Milhaud 劇音楽「プロテー(Protee)」作品17(1913-19年)/バレエ音楽「夢(Les songes)」作品124(1933年)〜モーリス・アブラヴァネル/ユタ交響楽団((c)(p)1979)・・・Darius Milhaud(1892-1974仏蘭西)は多作化であり。自分が聴いたのはほんの少々、これも初耳作品でした。20世紀初頭のパリには多彩な音楽が花開いて、例えばStravinskyとかProkofiev、Bartok辺りを思い出せば、こちらずいぶんとPopに平易。イメージとしてはEric Satie(1866-1925仏蘭西)に似て、但しあちらのほうがずっと無機的に前衛的でしょう。Maurice Abravanel(1903-1993瑞西?)の先入観としてこんな小粋な音楽演るの?みたいな感じだけれど、彼にはSatieの録音もあって青春時代に身近に接していたのかも。財政的に豊かだったらしいユタ交響楽団は、こんな意欲的な録音も可能だったのですね。もしかして入手困難作品?これはLP復刻みたい。ゴージャスな響きに音質はかなり良好。Mahler演奏ではかなり素朴さが際立ったオーケストラにも不満は感じさせません。
両曲ともネットを探ってみたけれど、詳細情報(編成とか楽曲解説)はほとんど探せない。以下、ありきたりにちょっぴりアリバイ掲載。
「Protee」はほとんど映画音楽風、快活穏健なリズムに平和、懐かしい旋律が続きます。
Ouverture(4:36)Prelude & Fugue(3:44)Pastorale(6:26)Nocturne(2:25)Final(4:31)
「Les songes」は牧歌的であり神秘、ユーモラスな風情に静謐なメルヘン。これも映画音楽風にわかりやすく、淡い風情に音楽は進みました。
Introduction(0:39)Modere(2:46)Anime(2:14)Anime, Moins vif, Anime(4:12)Vif(3:42)Tres vif, Modere sans lenteur, Lent(5:12)Anime non troppo(2:57)Modere(1:59)Lent(1:05)
Mussorgsky 交響詩「はげ山の一夜」/歌劇「ホヴァーンシチナ」第4幕への前奏曲/歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」交響的合成/組曲「展覧会の絵」/Tchaikovsky 2つの小品より第2番「ユモレスク」/ラトガウスの歌詞による6つの歌より「再び、前のように、ただひとり」/Stokowski スラヴの伝統的クリスマス音楽(Ippolitov-Ivanovの素材による)(すべてStokowski編)〜ホセ・セレブリエール/ボーンマス交響楽団(2004年)・・・じつは今更、昨年2025年末のHDDお釈迦事件の余波?ストコフスキーによる「展覧会の絵」自演(1965年)の音源が手許に見当たりません。仕方がないので弟子筋であるJose Serebrier(1938-宇柳具)の新しめの録音を2012年以来再聴いたしました。(・・・その数日後無事ストコフスキー自演音源再入手済)ボーンマス交響楽団は当時マリン・オールソップ時代(2002-2008年)オーケストラも1960年代シルヴェストリ時代の粗々しい記憶とは変わって、セレブリエールの統率はていねいな仕上げ、デーハーな編曲を煽る方向ではない誠実。音質はデフォルメした風情に非ず、残響豊かにバランスを感じさせました。
交響詩「はげ山の一夜」はもともと原曲とはかなり姿が違う(らしい)Rimski-Korsakov版が一般的に知られているけれど、これはそれを下地にカット、オーケストレーションに変更を加えたものとのこと。よりいっそうハデさと仰々しさが加わってラスト「夜明け」の場面の大仰デーハーな打楽器の追加は効果的でした。ちなみに「原典版」では「魔女たちの盛大な夜会」にて終了するから、この平和なラストは存在しないそう。(9:18)
歌劇「ホヴァーンシチナ」第4幕への前奏曲は、悲劇的な結末を予感させて深刻なところ。これもRimski-KorsakovやShostakovichの編曲が一般に知られて、ストコフスキーの編曲がどこをどういじっているのかはかわからない・・・けど、ずしりと重い運命みたいなものはしっかり伝わって重苦しい。(529)
歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」交響的合成は、泥臭い魅惑の馴染みの旋律有名どころ揃えて再編成、荘厳なスケールに仕上げて泥臭く、色彩豊かに重量級、けっこう感動的なドラマに仕上げておりました。(24:20)
「展覧会の絵」は前回拝聴時には
Ravel 編に慣れているから、もっと粗野な印象有。旋律受け渡しの楽器担当が不自然、それはまるでWebern編曲の「6声のリチェルカーレ」を連想させて怪しい雰囲気満載。但し、セレブリエールは真摯かつ整ったアンサンブルで、作品本来の価値を(イロモノとしてではなく)正確に表出していると感じます。音質問題も含め、ストコフスキー自演よりこちらのほうが好ましい。
1939年の編曲は四管編成、ホルン8本にオルガン迄入って、Ravelを上回る巨大なもの。「テュイルリーの庭」と「リモージュの市場」(それとその前の「プロムナード」)はカットされております。泥臭い露西亜風情な編曲との評価だけれど、セレブリエールはぐっとバランスを感じさせる、けっこうまともな表現でした。
静かな弦に荘厳神妙に始まる「プロムナード(Promenade)」(1:58)弦から異様な金管+多彩な打楽器が暗躍する不気味な「小人(Gnomus)」(2:21)「プロムナード(Promenade)」は静かな木管アンサンブル(1:10)「古城(vecchio castello)」古城の前の吟遊詩人はオーボエの歌(3:39)「ビドロ(牛車/Bydlo)」これはチューバ?ティンパニの追い込み、金管の絶叫に勢いがありました(2:40)「プロムナード(Promenade)」(1:03)「卵の殻をつけた雛の踊り(Ballet of the Chickens in their Shells)」イングリッシュ・ホルンのユーモラスな音色が印象的(1:16)「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ(Samuel Goldenberg and Schmuyle)」ここはRavel版に似て、もうちょっとハデなアクセントの対比(2:40)「カタコンベ(Catacombae)/ 死せる言葉による死者への呼びかけ(Cum mortuis in Lingua mortua)」怪獣出現のような始まり、朗々と雄弁な金管と打楽器の装飾に静かな眠りは難しそう。それを否定するように安らかな「呼び掛け」(3:44)「鶏の足の上に建つ小屋(バーバ・ヤガー/The Hut on Fowls' Legs, "Baba Yaga")」打楽器を伴わぬ金管際立つ始まり、やがて色彩豊かにすべてのパートが参画して不気味な風情は高まります。金管の雄たけびはかつてない野蛮。(2:58)「キーウの大門(The Great Gate of Kiev)」には壮麗なるオルガン参入。ティンパニのクレッシェンドも効果的にチューブラーベルも入りました。壮麗に輝かしい金管+細かい音型の木管がクライマックスを導きます。銅鑼ですかね?これが連打されるといっそう大仰さ増し増し。(5:20)最高。
ファゴット主体にユーモラスに愛らしい「ユモレスク」(2:11)弦が静かに呟いて、ハープも金管も参入してゴージャスに盛り上がる「Again, As Before, Alone」(3:26)「スラヴの伝統的クリスマス音楽」は荘厳に敬虔な弦のアンサンブルから、まるでGabrieliのようなコラールが続きました。(3:13)デーハーに粗野な「展覧会の絵」のあと、佳きクールダウンな選曲はおみごと。
2026年3月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
3月に入りました。どんよりとした曇り空に日差しは射さぬけれど、それなり気温は上がっているのでしょう。市立体育館での鍛錬中、しっかり背中に汗が出ました。もうちょっとしたらシャワー必須となるでしょう、現在は帰り身体が冷えるので控えております。昼から晴れて、天気は良くなりました。息子一家とJR北新地駅で待ち合わせ昼食、ちょっぴり、いえかなりの昼酒。なんせ小さい孫が二人いるので場所選定店探しに苦戦いたしました。ちょいと早めに出掛けて禁煙席を探して、馴染みの比較的高級な魚料理の店を確保いたしました。6歳4歳の孫は順調に成長中。息子一家と愉しく語らってけっこう呑んで喰って贅沢いたしましたよ。今朝の体重は66.15kg▲450g、有り難く減ってくれました。
以色列/亜米利加軍は伊蘭攻撃開始、とうとう戦争はリアルに始まって、それが国際社会にどのような影響が出るのでしょうか。伊蘭は体制転覆に至るのでしょうか。
こちら、どうでもよろしい過ぎ去った話題だけれど「伊東市の田久保真紀前市長について、大学の在学中に取得した単位が、卒業に必要な単位数のおよそ半分だった 」そう。なんや知らんけど書類送検されたそうですね。
この類のニュースを聞くと悪夢の学生時代を思い出す・・・いえいえ、ほんまに愉しいシアワセな4年間でしたよ。一生のお友達、人生への向き合い方を学びました。結論的に4年で無事卒業できて、立派な臙脂色の分厚い冊子になった卒業証書もちゃんと手許にあります。他人様に見せる機会はないけれど、ちら見せできますよ、ちゃんと。
幾度同じ話題を繰り返すけれど、1-3回生迄授業さぼりきって「卒業に必要な単位数のおよそ半分」(そこまでひどくないけど)というのは他人ごとに思えない。4回生は登録授業すべて通らないと卒業できぬ限界、忙しかったですよ。結論的に恥ずかしながら二科目追試を受けて土俵際徳俵から卒業、新卒として大阪の就職先に赴きました。
でも、定期試験の日程が発表され、それが壁に貼りだされるとさぼり過ぎ、自分はどの試験を受けてよいかさえもわからない・・・卒業四十数年を経、そんな悪夢に未だにうなされる〜一生のトラウマです。
繰り返すけど、アホ学生だった自分は辛くも4年で大学は卒業できて、亡き両親に面目を施しました。
これも幾度も使ったネタだけれど、お仕事現役時代若い頃、営業取引先の社長さんに「どちらの大学ですか?」と訊かれて「名乗るほどでは・・・」とのやり取りのあとに「〇〇大学ですよ、アホでも入れます」と答えたら、「ウチの息子、ことしそこを受けて落ちました」との気まずい、最悪のやり取りがありましたっけ。たしか、その息子が現在社長になっているはず。このネタ、亡き両親には受けたなぁ、大笑いでした。
Berlioz 序曲「ローマの謝肉祭」/Weber/Berlioz編 舞踏への勧誘/Mdenlsshon 劇音楽「真夏のの夜の夢」〜「スケルツォ」/Wagener 楽劇「トリスタンとイゾルデ」〜「前奏曲」と「愛の死」/Scriabin 交響曲第5番「火の詩」作品60(抜粋/ステレオ)/Mussorgsky/Stokowski編 組曲「展覧会の絵」より「プロムナード」「グノーム」「古城」(ステレオ)「ビドロ」「プロムナード」「卵の殻をつけた雛の踊り」「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」「カタコンブ」「バーバ・ヤーガ」「キーウの大門」〜レオポルド・ストコフスキー/フィラデルフィア管弦楽団(1931-32年Bell Laboratories録音)・・・The First Wide Range & Stereo Recordindsと題した興味深い一枚。2016年来の再聴は驚異的な音質水準、臨場感と低音もしっかり、かなりの解像度でした。Leopold Stokowski(1882ー1977英国)60歳前の記録。
「ローマの謝肉祭」は燃えるようなパワフルな勢いにノリノリ、当時のフィラデルフィアのテンションと技量の高さをしっかり伝えてくださいます。(8:25)
「舞踏への勧誘」速めのテンポは収録時間の制限か、かっちりして強弱メリハリたっぷりなのは当時流行っていたトスカニーニ風表現の影響なのか。(8:36)
「スケルツォ」は浮き立つように華やか、そして金管がパワフル。(4:53)
「トリスタン」も思いっきり抜粋して短いもの。フィラデルフィアの厚み、陶酔と色気はたっぷり堪能できます。弦にポルタメントが掛かるのは時代でしょう。(7:49)ここ迄がリアルなモノラル録音。以下、実験的ステレオ録音は各々全曲に非ず抜粋やカットが残念でした。
Scriabin「火の詩」は実質ピアノ協奏曲、思いっきり濃密にセクシー。たしかにステレオだけどさほどの効果は感じさせず他のモノラル音源とさほど印象は変わりません。(3:30-3:31)
「展覧会の絵」。録音当時Ravel版はクーセヴィツキーの独占、これは例の粗野なストコフスキー版、後年の録音よりテンポが速い(乃至カットたっぷりな抜粋)のは収録都合でしょう。これも期待したほどのステレオ効果に非ず、但し、モウレツな緊張感と怪しい臨場感はたっぷりでした。弦に始まる「Promenade - Gnome」(3:27) 「The Old Castle」(3:51)ここ迄がステレオ。
以下、高品質モノラル。速いテンポ、ヴィヴィッドな勢いに突き進みます。ライヴですか?聴衆のリアルな反応も聞こえてきます。
「Bydlo」「Promenade - Ballet Of The Unhatched Chicks」(ラストの間たっぷり、忘れたころの締め括りに聴衆の笑い有)「Samuel Goldenberg And Schmuyle」(思いっきり大仰な対比)「Catacombs」(金管は荘厳な響き。「 死せる言葉による死者への呼びかけ」はフェイドアウト)(8:06)「The Hut On Fowl's Legs」これは途中から「The Great Gate Of Kiev」ラストは音の雰囲気が違う。あちこちの寄せ集めなんでしょうか。テンションは思いっきり高いまま、ストレート系表現から勇壮な締め括り、打楽器は低音豊かにおどろおどろしく響きました。(4:01)
Mozart 交響曲第40番ト短調 K.550(2017年)/第41番ハ長調 K.551「ジュピター」(2018年)〜アンドルー・マンゼ/ハノーファー北ドイツ放送フィル・・・モダーン楽器によるピリオド・スタイルの演奏。現代の演奏会場にはモダーン楽器の音量が必要との考えなのでしょう。新しい録音にはこのようなスタイルが標準になりつつあるように感じます。Mozart交響曲最高峰の名曲揃えて、古今東西歴代名演録音揃えて、そのあとに新しい個性を主張できるでしょうか。音質は残響豊かにマイルドな響きでした。とっても新鮮!そしてスケール豊かな演奏に感銘をいただきました。
ト短調交響曲K.550は二管編成、ティンパニなし、ここではクラリネット入りと思う・・・(違ったらごめんなさい)快速テンポにさっぱりスタイリッシュなフレージング、もちろん弦はノンヴィヴラート、繰り返しは実行しております。パワーとか劇性を求める方にはスカみたいに素っ気ない?いえいえ、アクセントはしっかり明快、淡いサウンドに表情ニュアンスは微細な変化を見せて陰影豊かでした。
第1楽章「Molto allegro」楚々として速めのテンポ、管楽器が浮き立ってメリハリしっかり、時にアクセントも際立ちます。(7:32)
第2楽章「Andante」さらりとした弦はノン・ヴィヴラート。さっぱり軽快、浮き立つようなリズム感でした。(13:16)
第3楽章「Menuetto: Allegretto」かつて類を見ない怒りに充ちた快速メヌエット。強弱の表情ニュアンスはしっかり対比させておりました。トリオのホルンはなかなかの雄弁。(4:20)
第4楽章「Allegro assai」颯爽な快速、デリケートに軽いサウンド、アクセントは明快でした。繰り返しはしっかり実施して緊張感と勢いは最後まで持続いたします。ここのホルンも魅惑の音色。(9:30)
天翔けるスケールを誇るハ長調交響曲K.551は二管編成にティンパニ入り、こちらはクラリネットはないのですね。繰り返有、全曲ほぼ40分に達しました。
第1楽章「Allegro vivace」速めのテンポに低音も効いて、逡巡のない、なかなか重量級の始まり。馴染薄い木管の内声部の旋律や色合いも際立ちました。もちろん提示部繰り返し有。ティンパニも粗野にパワフルなアクセントを刻んでノリノリ、カッコ良く「大きな」始まり。編成も大きいのかも知れません。(11:26)
第2楽章「Andante cantabile」ノン・ヴィヴラートの清潔に楚々とした弦はリズミカルに揺れて、しっかりアクセントを刻みます。朗々と歌う木管が際立ちました。(11:00)
第3楽章「Menuetto: Allegretto」天女が空から舞うように降りてくるメヌエット。ティンパニの低音はしっかり、優雅なリズム感にホルンの太い音色が映えました。思わせぶりな「間」もあります。(6:04)
第4楽章「Molto allegro」しっかり重量級に明快、沸き立つようなアクセントを刻んで躍動するフィナーレ。天翔ける勇壮な旋律を、これでもか!繰り返しは新鮮ですよ。クライマックスのフーガに向けて例の「間」出現、期待のホルンは意外とおとなしかったけれど、こどもの頃から馴染み過ぎた「ジュピター」は新鮮に響き渡りました。(11:33)