2005年10月某日
よく眠れて、今朝はもっと寝ていたい!・・・というのは昨日のスポーツ・クラブの成果でしょう。今週のお仕事スケジュールをほとんど失念しているのも精神的にエエ感じです。あれこれ思い悩むのがいちばんいけない。柳瀬義男「ヘボ医者のつぶやき」(集英社文庫)読了・・・というか、これはいつも好んで読む「医療もの」からはほど遠く、まさに題名通り!高名なる小児科医らしいが、薄汚れた(失礼)独身中年男性医者の日常生活と愚痴連続で、ほとんど”医療行為”描写が存在しない。いや、むしろフーゾク関係の話題の方が多いくらいなんです。
肩が凝らなくて、こういのも良いかもね。気楽に読めて。飄々とした飾らない人柄も目に見える感じ。昨夜、途中になってしまったMozart 「ハフナー・セレナード」K.250〜チェリビダッケ/ナポリ”スカルラッティ”管弦楽団(1968年)・・・冒頭の序奏がぎょっとするくらい遅いが、即快活な表情に戻ってノリとコクのある表現は充分魅力的。音質的にはやや厳しい(本場イタリアの海賊盤だからね。”NO NOISE SYSTEM”も問題有だ)が、ワタシには許容範囲。ジュゼッペ・プレンカイプ(v)のソロ・ヴァイオリンもゴキゲンでした。
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ちょっとノーミソ空でお仕事消化してます。延髄反射作業は80%くらい消化で、手帳もケータイも置いて帰宅しました。ウチの職場は20数名の小さな営業所だけれど、本日(今年二人目の)メンタル・ヘルス休職者出ました。両者ともワタシより少々年上でして、いったい原因はなんだろう?「展望」「先の見通し」不足だろうか。ここ数ヶ月、ワタシ個人はその辺りばかり(あちこち内外に)語っているような気もするが、”バカの壁”ってあるんだよなぁ(・・・とつくづく・・・嘆息)。
諸情報、条件は平等に提示・配布・開示されているはずだけれど、そこから導き出される”見通し”は、各々バラバラ。ワタシはたった今現在「大殺界」(女房見立て)に間違いないが、主たる取引先の方々と自由に意見交換し、展望・見通しを語り合うことができる幸せ(哲学の問題だ!)を噛みしめております。(お給料はそこそこいただいていれば、既に上がる下がる、の問題ではない)ナイショだけれど(ああ、あいつはもう担当から外されるな)なんていう”お取引先情報”も入ってくるのも、世情の厳しさか。
なんとかかんとか、10月終了しました。お正月の家族旅行計画立てております。
2005年10月某日
秋晴れ。本日はスポーツクラブにちゃんと行きます。いよいよ掃除機(韓国製)がダメになりつつあり(電源の接触が悪い。6年もの?)女房は「排気の出ないものが欲しい」との意向有。
昨日聴いたギンペル(v)のTchaikovskyのあとに、「憂鬱なセレナード」〜ロザンド(v)/ショーケ/南西ドイツ放響が収録されます。これはVOX2枚組(CDX5116)に含まれますね。アクが強く少々ヤクザで印象深い演奏。特売まとめて購入した「CONCERTO ROYALE」〜Mozart レクイエムK.626〜フェルディナント・グロスマン/ウィーン・コンツェルトハウス管弦楽団/ウィーン少年合唱団/エクイルツ(t)/ブッフバウア(b)・・・これはPILZなど少々怪しげ廉価盤で馴染みの音源だと思います。1960年頃の録音か?評価としては女声ソロも担当した少年合唱団の”不安定さ”を指摘されることも多いけれど、ワタシは清廉で頼りなげな世界を堪能しました。よほど強引大雑把演奏でない限り、この名作の価値は揺るがない。
アリアCDさんの評価で「悲しいくらい下手」とコメントがあった、アヴェ・ヴェルム・コルプス K.339〜ヴァール/クリストフォロス・アンサンブル/シュトゥットガルト・フィデリス少年合唱団/ヴァイスマン(s)を、楽しみに確認しました・・・う〜む、少年合唱団が少々調子外れなのだね。それに一生懸命歌っているのも妙に哀しい。
BBS書き込み関連でStravinsky「火の鳥」の版問題に少々言及。自分でもお勉強なので、ここに再掲しておきます。
1910年版〜いわゆる全曲版で4管編成。ワタシはこれが一番好きです。
1911年組曲版〜4管編成。「魔王カスチェイの踊り」で終了する。録音は少なくて、ブーレーズ/BBC響くらいしか知らない。
1919年組曲版〜通称”いくいく版”、2管編成。だいたい往年の録音〜最近までこれが編成、長さとも取り扱いしやすかったようで、多くの録音がありますね。
1945年組曲版〜2管編成。作曲者の自演が録音の嚆矢だと思うが、1919年版より10分ほど長く、オリジナルのテイストが生きていると思います。CD収録の時間の関係もあって、これから採用が増えると考えられます。(ご指摘の通り、フィナーレのスタッカートは作曲者版でもそうなっておりました)
書き込みに呼応して、Stravinsky バレエ組曲「火の鳥」(1945年改訂版)〜ストラヴィンスキー/コロムビア交響楽団(1967年録音)を。・・・2002年購入時からまともに聴いていなかったらしく、版の違いを改めて認識しました。自演録音には賛否が分かれるところだけれど、さっくり淡々とした演奏でして、あまり”聴かせ上手”とはいえない。ま、最晩年85歳の録音ですし、ワタシは充分楽しみました。(聴き慣れている、ということも有)音質もアンサンブル(オーケストラの実体不明)もまぁまぁか。続けて全曲版を、アンセルメ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1969年英DECCA録音)にて確認・・・これはアンセルメのラスト録音。ワタシ一番のお気に入り。
色彩豊かでクール、オーケストラの技術も優秀(録音も)で、スイス・ロマンド管とは別に再録音した意味合いがよく理解できます。後の世代にありがちの”考え過ぎ”とも異なる、ツボを押さえたものでした。
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行って来ました、スポーツクラブ。昨日行けなかったのは残念賞だけれど、先週はヤクの副作用で息も絶え絶えのエア・ロビだったので、久々快調でしたね。女房と帰り、いつもの「パル・パスタ」で生パスタ(トマトソースと瀬戸内の海の幸パスタ)堪能。ここはいつも若い人たちで混んでおります。価格も安いし。
昼からウツラウツラしつつ過ごして、夕飯後、Mozart 2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調K.365〜ブルーノ&ティート・アプレア(p)/チェリビダッケ/イタリア放送ローマ管弦楽団(1968年)を。ほんのちょっと粘着質なテンポ設定がとても快く、ピアノがとても暖かくて素晴らしい。うっとりしちゃって、引き続き「ハフナー・セレナード」(オーケストラはナポリ”スカルラッティ”管弦楽団に。1968年)に進むが、ここでBBSに「Gershwin」関連の書き込みがあることを発見。(ウチのサイトにはそんな話題多かったか?)
せっかくなのでSP復刻取り出して、自演の「ラプソディ・イン・ブルー」に変更。
ポール・ホワイトマンとのSP復刻(快速9:07)もあるけれど、ジャズ・バンドのノリはまったく驚くべき精気でして、編曲がかなり異なることもわかります。たしかにバス・クラリネットの存在感はたいしたものでした。
・・・カットがたくさんあるんです。1927年ニューヨークの録音だけれど、テンポ設定含めSP収録の都合かも知れません。それでも、演奏の熱気はちゃんと理解できる。(自分の書き込み)
引き続き「パリのアメリカ人」〜作曲者/ヴィクター交響楽団(1929年)を確認するが、音質良好だし驚くほど楽しい!オーケストラが上手い!管楽器やら、打楽器がノリノリにスウィングして、クラクションの調子外れにも盛大に遠慮がない。BBS書き込みを契機に、聴くべき音楽の雰囲気ガラリ変わっちゃう・・・そんなこともひとつの出会いでした。
2005年10月某日
小雨模様で肌寒い週末休み。いつもの時間に目覚めるのは体調維持している証拠か。昨日更新の●Romanze(CONCERTO ROYALE 3枚組)中「不明作品」(リュート+弦楽3部の作品)について、即情報いただいて解決(加筆)しました。ありがたいですね。その裏付け、関連情報のためにCDをひっくり返し、ネット検索を掛け、自サイト記事の確認(一部修正も!)・・・って、BBSひとつ書き込むのもけっこうたいへんなる手間であり、それが”趣味”の醍醐味でもあります。
部分聴きながら、早朝からHaydnばかり1時間半ほど、多種多様な演奏を楽しみました。一番、ぴん!と来たのはアダム・フィッシャーの交響曲第89/90番かな?
女房は仕事でクルマを使うので、スポーツクラブへいけません。(明日にしましょう。本日は散歩でも・・・)どんよりしっとりした天候だけれど、妙に落ち着いていて精神的にくつろいでおります。来週以降、お仕事的にはタイトな状況続くが、ま、せいぜい体調管理して乗り切りましょう。一昨日届いた「CONCERTO ROYALE」〜Tchaikovsky3枚組には、交響曲第1番ト短調〜ビストリーク・レジュハ/スロヴァキア・フィルの演奏で第4楽章(のみ)が収録されます。これが少々おかしい。
じつはかなり以前に全曲CDは購入していて(MEDIAPHON MED 22.310)第4楽章は12:22、これが今回購入したCDでは9:10〜これは誤差の範囲ではなくて、有意の差であります。カットがあるのか?別録音か?ペーター・マークのSchubert でもそうだけれど、このシリーズは怪しいでんな。
・・・その怪しいシリーズから、Brahms 交響曲第2番ニ長調〜エルネスト・ブール/南西ドイツ放送交響楽団(バーデンバーデン)を。恐るべきクールというか、冷酷で鋭利な表情を崩さず、というか、もうほとんど無感情か、最初っから最後まで正確なアンサンブルが続いていく・・・ということです。この作品、キライではないが、自分にとっては少々迷走気味の価値観なので、これ以上コメントできず。別セットで、Tchaikovsky ヴァイオリン協奏曲ニ長調〜ブラニスラフ・ギンペル(v)/シュラー/バンベルク交響楽団を。
馴染みの名前だなぁ、と記憶を辿れば往年の「コロムビア・ダイアモンド1000シリーズ」ですよね。(オイロディスク原盤/初CD化か)音質はやや曇りがちだけれど、露西亜風粘着質過剰なるクサみ(これはこれで貴重なる個性だけれど)はなく、かといって端正すぎて味わい薄きこともなく、上品でバランス感覚溢れる説得力有。おそらくはかつて様々聴いたこの作品表現としては、もっとも充足感が深いかもね。
ご近所BOOK・OFF、電機屋、HARD・OFFなど散歩した程度で、ぼんやりヒマなお休みであります。BOOK・OFFでは@250でアルゲリッチ(既に所有音源)、ルービンシュタインの「皇帝」(作品がそう好みではない)ありましたよ。ダメじゃない、見逃しちゃ、ご近所クラシック・ファンご同輩!
2005年10月某日
昨夜は眠くて途中ダウン。本日会議対応〜地元取引先へ夕方から商談。んもう、まったく週ラスト迄なにかとこきつかって下さいますな。今朝、定例更新したが、●Romanze(CONCERTO ROYALE 3枚組)と同じシリーズ追加注文5組(計15枚)到着(合計3,265円)今朝からぼちぼち聴いてます。
・・・ライナー/シカゴ交響楽団の「展覧会の絵」は録音も極上なんです。ワタシの所有するCD(おそらくは個人的にもっとも初期に購入した一枚)にはBartok 管弦楽のための協奏曲(1955年)が続けて収録され、これも度肝を抜くような鮮やかな演奏、だけれど(わずかに)音質が落ちます。ま、「1955年」という年代を勘案すれば「極上」なんだけど、前者があまりに優秀録音故少々気になる・・・ワタシの先入観だけかも知れないが、ショルティのシカゴ交響楽団がスポーティな筋肉を感じさせるのに対して、ライナーではもっと陰影というか、さまざまな味わいの変化を楽しめる・・・いかがでしょうか。
昨日聴いたラストは、レヴァイン/ミュンヘン・フィルであります。Weber「オベロン」序曲、Mozart 交響曲第39番変ホ長調、Copland クラリネット協奏曲(スパンゲンバーグ(cl))、R.Strauss 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」(2000/2002/2003年 このセットは録音クレジットがわかりにくい)は、やや速めのテンポ、ノリノリのリズム感、とても楽しい一枚でした。全体として、明るく軽快、暖かみのあるオーケストラの響きが好ましいが、深い奥行きとか重量感には欠けるのでしょうか。比べちゃいけないが、先日聴いたアレッサンドロ・アリゴーニ/トリノ・イタリア・フィルの「のんびりまったり」と別世界の引き締まったアンサンブル!
Coplandはワタシのお気に入り作品でありまして、前半の草原に朝日が昇ってくるような清涼感、後半のジャジィな躍動感が素晴らしい。スパンゲンバーグの切れ味鋭い(金属的な音色でもある)、抜群の技巧に酔いしれるが、一昨日聴いたライスターの暖かく柔らかい、自然体の響きを少々懐かしく思い出したものです。
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嗚呼、終わった。午前中の会議室は後半暑苦しく、空気が澱んだけれど、ワタシがそこに居るという存在感(のみ)が必要だったのでしょう。しかし、個人的には昨日一昨日の会議、夜の付き合い(メンバーはほとんど一緒)含め、先の展望が見えたような高揚感が(少々)ありました。(たった今現在は苦しいけれど)夕方からの商談も滞りなく終了。数人の義理ある人にも声を掛けて参りました。早々にタクシーにて帰宅(事務所に戻らず)・・・出先で数件トラブル処理し、ようやく一息付いた・・・親父から年賀印刷の依頼が届いていましたね。
CONCERTO ROYALE 3枚組@653円・・・まずMozart 「セレナード集」(206238-360)から。アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク〜ベーム/ウィーン・フィル・・・表記となっているが、太古録音でそんな存在あったんだろうか?(晩年1974年の録音ではない・・・調査すると1943年との情報有。オーストリア放送協会音源か)う〜む、華やかで大柄な味わいはあるけれど、ムリして聴くような音源じゃないかも。引き続き収録されるセレナード第5番ニ長調K.204〜ギュンター・ケール/マインツ室内管弦楽団・・・特別に個性的な表現ではないけれど、例えば木管の透明な響き、弦の素直な味わいなど、これはこれで充分楽しめる40分間・・・なんせ我らがヴォルグガングの音楽ですから。
2005年10月某日
この季節の眠りが浅いのは毎年のことか。どういうワケだか、頼みのYahoo!BBも体調のようにどんより速度が重い。さ、今週あと二日気持ちを維持して10月を乗り切りましょう。11月は苦しいぞい。東京にも2回出張有。2泊3日東京〜松山なんてスケジュールもある。マリーンズはタイガース一気攻略、日本一めでたい。
昨日、拝見した某ブログにBrahms クラリネット・トリオ イ短調〜ライスター(cl)/ボーグナー(p)/ベトヒャー(vc)(1997年)が取り上げられており、ああ、このCDは持っていたなぁ、ということで・・・もしかして未聴?ライスターの同作品録音は、エッシェンバッハ(p)/ドンデラー(vc)(1968年)を長く楽しんできたが、こちらの存在を失念していたかも。ライスターは幸いナマ演奏も聴く機会を得たが、表面的な色艶・小賢しい表現の変化ではなく、もっとまっすぐに、素直に、ほとんどなにもしていないように見えて、じつは余裕の説得力が深いですね。
新しいほうの録音は、秋にふさわしい憂愁の念がいっそう切なくて、ワタシは一気に黄昏てしまいました。今朝、Sibelius 交響詩「タピオラ」(ロンドン交響楽団1932年)/交響曲第2番ニ長調(交響楽団表記1930年)〜ロベルト・カヤヌス(1856-1933)の指揮にて。この名指揮者CD3枚分のSibelius 録音は拝聴に値する価値有。予想外の聴きやすい音質、咳いたような切迫感と躍動、充分なる「間」、推進力、荒涼とした響きがはっきりと感じられて、現代に生き残るべき立派な(表現意欲としてモダーンな)演奏でした。
更に(大のお気に入り作品である) Bach ブランデンブルク協奏曲から第2/6番〜コッホ/ベルリン室内管弦楽団(1970年代)を。改めて思い起こせば全集だけで12組を数える所有であり、単発一枚物が数枚あるはず。ヘルムート・コッホは、ひときはゆったり懐の深いオーソドックスな表現だけれど、おそらくは現代には失われてしまった典雅でまったり、やや頑固な味わいさえ感じさせてむしろ新鮮でした。重いのではなく、あわてない、走らない。
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広島へ行って来ました。ま、いつもの馴染みの担当との商談だけれど、それなりにたいへん。”お願い”ではなく”語る”ことが。いつもはゆったりしてそのまま帰宅するところだけれど、お客が夕方来るので職場に戻りました。なんか疲れたなぁ、いつものことだけど。上司伴って、ヒジョーに楽しい酒席〜その流れで明日、会議対応であります。
広島へは在来線乗り換えもあって、けっこう時間が掛かるんです。(ほとんど山口県方面だし)まずBach ブランデンブルク協奏曲第1〜4番〜クレンペラー/プロ・ムジカ管弦楽団(1946年?)を。パリのオーケストラなのかな?ホルンのカルいヴィヴラートは、いかにもそんなそんな感じ。音質的にはかなりキビしいが、かっちりしっかりして、表現的には旧さを感じさせないと言うか、腰がしっかりした演奏ですね。ま、時代的に当然リコーダーではなくフルートを使っている(これは効果的)し、第2番のトランペットが妙に音量が小さいのは不思議。(でも、4曲続けて聴くとやや疲れる・・・LP板起こしか?針音もあるし)
ここしばらく気になっているライナー/シカゴ交響楽団で、まず「展覧会の絵」(1957年)・・・いやはやもう滅茶苦茶オーケストラが上手い。音の立ち上がりがパ〜ンとしていて、爽快であってもノーテンキではないんです。クールで音に根性が籠もっている・・・(眠いので・・・ここまで)。
2005年10月某日
ま、いつものことかもしれないが、漫然とした(具体的ではない)不安が存在する。ほとんどの場合、職場に出かけ、些事満杯諸作業に追われればそれなり忘れてしまうものだけれど。昨夜、マリーンズ圧勝で3勝目。凄い。タイガースのファンの方々は胃の痛むことでしょうなぁ。ワタシはジャイアンツ(権力の象徴的な存在であります)が負けていれば、あとはどこが買っても良いんです。原も大変だろうな、再登場で。ファンは多いだろうが、ワタシは絶対的古田派宣言であります。
Sibelius 交響曲第3番ハ長調(1975/76年)〜モーリス・アブラヴァネル/ユタ交響楽団へ。第3/4番はジミで少々晦渋内省的なる作品だけど、器用ではない、饒舌ではない表現はこの作品にいっそう似合っていると思います。第1番ホ短調も続けて聴いたけれど、これは初期作品特有のTchaikovskyに近い、かなりスケールの大きな(ほか数多くの)演奏に馴染んでいたせいか、少々物足りなさも感じたものです。
いずれ、(かつてBBS上で発言があったように)”一糸乱れぬ”的アンサンブルへの賞賛が世間一般にあるのでしょうか。”アマオケ並アンサンブル”的評価に対して、しつこいくらい反論をしてきたが、整っていれば、技術的に優れていればすべてが解決するような、音楽表現はそんな安易なものではないと思います。
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本日は事務所にて地元取引先と打ち合わせ会議、本番に強い!という評価通り、この間のネタを継ぎ接ぎの資料として取り繕う絶妙の対応・・・明日広島です。戻って夜、お客様とお付き合い・・・というか、大切な意図(目先の利益じゃないですよ。この人はキーマンなんです)もあります。明後日、更に会議対応があって(これは主催ではないが)その後、夕方から更に商談2発で今週終了!って、けっこうまだあるじゃないの。11月の予定、予想通りびちびちに詰まってきて、まだまだ入りそうです。土曜も日曜も出る日が多いかな。体調に気を付けないと。
イヴァン・アンゲロフ/スロヴァキア放送交響楽団のDvora'k 交響曲は第8番ト長調(2003年)へ。今朝方ちょっと聴いた限りでは、少々薄味か、オーケストラの響きに個性不足か?とも思ったが、夜じっくり聴いてみればそんなことはない。たしかに、ウィーン・フィル/ベルリン・フィル辺りとは違いますよ。でもね、誠実で素朴、一生懸命な味わいもある。(少々不器用でたどたどしいが)残りは第4番ニ短調のみ。コシュラー(中途半端)全集(BRILLIANT)より、気楽に取り出して楽しめそう・・・そんな気がします。
2005年10月某日
快晴の松山、行きつけの中では一番お気に入りのホテルだけれど、やはりあまり眠りの質がよろしくありません。ビンボー症の悪いクセで「無料朝食」のパン喰い過ぎか。商談内容はまぁまぁ・・・お客様現場はやはり売り上げ苦戦状態で、その影響はストレートに我々に伝わります。(しかし、それでもお気楽サラリーマンは)ご当地のおいしい寿司をお昼にいただいて、直帰。
Bruckner 交響曲第5番 変ロ長調〜ヨッフム/フランス国立管弦楽団(1969年ライヴ)は、結局、昨日朝ラストまで(一応)聴いたけれど、たしかに最終版アンサンブルの粗さ、少々息切れも散見されるが、この人はライヴの人なんじゃないか。熱気、勢い、申し分ない盛り上がりで楽しめました。拍手も盛大。(ブー!も入ってますか?)
帰宅して、例の”アマオケ並”評価も存在する、モーリス・アブラヴァネル/ユタ交響楽団によるSibelius 交響曲第2番ニ長調(1975/76年)を。ワタシはエラく簡素なコメントをかつてしたことがあるけれど、ゆらさんのBBS上でのコメントが的を射ていると思います。曰く
これは、あまり滑らかに洗練されたものではない、オーケストラもどこか武骨で乾いた音色の、どちらかといえば硬さのある質朴な演奏ですが、独特の滋味があります。変に歌い口の濃い演奏よりも、この朴訥な気分のシベリウスのほうが、私には好ましく感じられます。
至言。”アマオケ並”と評された方と音楽の聴き方の基本が異なる。ワタシも再コメントしたいですね。
2005年10月某日
ヤクが抜けるまでの辛抱か、今朝はかなり体調改善の兆し有。さて、今週も気張っていきまっしょい。(ありがたいことに)スケジュール目白押し。
巨匠オイゲン・ヨッフムによるBruckner 交響曲第5番 変ロ長調には数種の(正規)録音が存在して、得意の作品だったろうと想像されます。コンセルトヘボウ管との1964年オットーボイレン・ライヴが有名なのかな?しかし、ワタシは彼の演奏を全面賛同支持しているワケじゃないが。ベルリン遊学中こんの氏が(2年前の前言を翻し)フランス国立管弦楽団(1969年ライヴ録音)を酷評しているので、さっそく後追い再確認(PECO SSCD 002 海賊盤か?)〜まだ途中だけれど。
オーケストラも聴衆も作品に慣れていないだろう(その点、我が日本の聴衆は偉大なる故・朝比奈翁の薫陶蓄積成果有)が、金管木管の表情明るく、軽快な音色が流石仏蘭西だけれど、表現そのものはいつもの厳しく、旋律を煽っていくヨッフムそのものはないでしょうか。「後半疲れてくる」との証言もあるから、最後まで聴き通してから感想追加しましょう。
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大殺界(女房見立てによる運勢)の身の上としては、延髄作業(=大脳を使わない)の連続で、でも諸実務だけはキレイに消化し(たつもり・・・)てクルマにて夕方には松山に出発。チーム・メンバーで飲みました。もう本年度10回くらいは飲んでいるが、今回がもっとも(異様に)盛り上がったかも知れないな。嗚呼、楽しかった。苦しさの意味、不調の所以、打開の方向性。自らの改善すべきこと・・・ジョーダン連続で大笑いしました。幸せなサラリーマンだ。
2005年10月某日
昨日はほんまに体調悪くて、風邪のひきかけだったのか。せっかくダイエット気味だったが、どうしてもダイエット進行時は、精神的にダメージが起きやすいのでたくさん食べざるを得ない(勝手な理論だけれど)。女房がもらってきた赤ワイン(フランス産だけれど、銘柄一切理解できない。知識0%!)も飲んじゃいました。昨晩(滅多に見ない野球)日本シリーズはマリーンズの圧勝だったが、濃霧には驚きましたね。その後の「踊る大走査線」(新しいほう)は、期待したほどの出来ではない。真矢みきって、華やかな雰囲気があって大好きだけど。
今朝、かなり回復です。こうして(いつものように)出勤出張に間に合うよう復調するんだろうな。なんのための休みか。しつこくTchaikovsky 交響曲第5番ホ短調〜フリッチャイ/ベルリン・フィル(1949年)を繰り返し拝聴。これは驚くべき演奏です。一気、サイト用原稿へ。(これも珍しい行動か)更にR.Strauss「英雄の生涯」(1947年)/Bartok'「管弦楽のための協奏曲」(1946年)〜ライナー/ピッツバーグ交響楽団聴いております。これは後年のシカゴ響との録音が有名だし、音質問題もあるけれど、アンサンブルの集中力やら引き締まった推進力に於いて劣るものではない。後年の録音も久々、聴きたくなりました。
吉田典生「40歳からの人生を簡単にする99のコーチング」(講談社+α新書)・・・これは残念な一冊だなぁ。見開き2頁に一項目、きっちり同じ字数で99の問題提起。どれもことの本質に迫った、じつは「ノウハウ本」にとどまらない内容に充ちて読み応え有・・・なのに、ムリヤリ「ノウハウ本」にしちゃう(でないと売れないんでしょう。情けない世情だ)から、どうも据わりが悪い、集中できない。実例を含んだ「読み物」とすればきっと素晴らしい一冊に仕上がったことでしょう。残念。
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昼からモウレツな倦怠感と、眠さにダウン。(昨日と同じ)じつは耳の穴がどうも痒くって、ということで「アレロック」(非ステロイド系の抗アレルギー剤)を服用してからの症状なんです。これはきわめて副作用の少ない薬として知られているが、それでもやはり個人の相性で、合う、合わないがあるらしい。思い出したが15年ほど前にも似たような症状に苦しんだことがあり、その時にも「抗アレルギー剤」(なんの薬だったかは不明)を服用していたような記憶もあります。ま、とにかくいったんお薬はストップ。これで様子をみましょう。(ネット検索というのはほんまにありがたい。15年前には考えられなかった)
千葉マリーンズ圧勝で連勝。渡辺俊介のアンダースロー(より下から球が出てくる)最高っすね。完璧完封。野球なんて滅多に見ないが、パ・リーグ・プレー・オフ以来楽しんでおります。Cherbini レクイエム ハ短調(ムニッヒ)とか、Bruckner 交響曲第5番(ヨッフム/フランス国立管弦楽団1969年)を少々聴いたけれど、ちゃんと集中できておりません。
明日、先週出張の残務整理といつもの定例資料作り、先行きの資料作成と会議、内部での報告・・・夕方から松山出張。苦しいところだなぁ、この2ヶ月。
2005年10月某日
お休みです。じつは東京からの戻りJAL便に本を2冊忘れて来ちゃいました。両方とも読み掛けで楽しかったのになぁ、メールで連絡して機会があったら空港に取り行こうかな?いずれBOOK・OFF@105円新書だけれど。米原万里「不実な美女か、貞淑な醜女(ブス)か」(新潮文庫)ようやく読了。近来稀に見る充実した文化論であり、抱腹絶倒の書であります。翻訳と通訳の違い、なにより言語=文化の違い、駄洒落、ことわざをどう訳すか、通訳はその場の即断が要求されるから熟考は許されない。直訳ではまったく意味が通じない”その場の空気”もあるという。
どこを切り取ってもホットな警句に充ちているが、もっとも印象に残ったのは通訳にせよ、翻訳にせよ、まず「母語」(ここでは当然日本語)が身に付き充実していないとダメだ、という当然の指摘です。言語を身につける幼少時代に中途半端状況(例えば幼少期を海外で過ごすとか、両親の言語が異なる、など)では、いかに両親の言語であってもちゃんとした”通訳”はできない、ということです。つまりよき通訳とは、外国語のみならず、それ以上に正しく美しい日本語を使いこなせないといけない・・・
昨夜、Mozart 交響曲第38/39番〜アレッサンドロ・アリゴーニ/トリノ・イタリア・フィル(話題の激安全集中。ワタシのは少々以前の発売ものだけれど)を。ワタシは音質がそれなりで、あまり演奏者の個性前面でなければ、稀代の名曲全集を座右に置くのは当然と考えるが、演奏の質については、少々ユルく、躍動感に不足して、ノンビリした演奏だと言うことです。繰り返しを実行していないのは、この場合正しいかも。典雅なクラリネットの掛け合い〜第39番「メヌエット」など2:42で(あっという間に)終わってしまって、少々物足りないけれど。
東京出発前の衝動買い(ワタシの常でもある)は、レヴァイン/ミュンヘン・フィルのボックス12枚組(OEHMS OC509 4,790円)・・・昨年来、バラ売りされていたライヴだけれど、価格がずいぶんとこなれました。(地道に集めていた人。ごめんなさい)今朝は、CARTER(エリオット・カーター)管弦楽のための変奏曲/WUORINEN(チャールズ・ウォリネン)弦楽のためのグランドバンブーラ/SESSIONS(ロジャー・セッションズ)ピアノ協奏曲 /DOMENICA(ロベルト・ディドメニカ)交響曲(2002/3年)〜ロバート・タウブ(p)を。
現代音楽(この表現ももう過去のものになりつつある)にありがちの、難解晦渋破壊的大音響ものではなく充分リリカルであり、なによりわかりやすい。これはレヴァインの成果ですか?SESSIONSのピアノ協奏曲が一番親しみやすく、 DOMENICAの交響曲には、有名作品の旋律引用が見られました。
やはり同時に購入したDvora'k 交響曲全集(5枚組)〜イヴァン・アンゲロフ/スロヴァキア放送交響楽団(2001〜4年が。1,390円)は、(これまた馴染み薄い)交響曲第2番 変ロ長調+ボヘミア組曲へ。まだお勉強中なので、なんともコメント付けられず。少なくとも「ボヘミア組曲」は無条件で楽しめる懐かしい旋律連続であることは間違いなし。
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昨夜から飲み始めた「耳」の薬のせいだろうか、今朝からやたらとカラダが重く、眠い。むりやり午前中スポーツクラブへ行くが、ようやっと消化、という感じで、終わったあとの爽快感もありません。昼から、消え入るようにうつらうつらするが状態改善せず。今晩は見るべきテレビ番組が続くのに、なんてこったい。食欲のみ落ちていないから、まだ大丈夫か。風邪のひきかけ?それともココロの風邪か。
Tchaikovsky 交響曲第5番ホ短調〜フリッチャイ/ベルリン・フィル(1949年)を。これはかつて、おそらくヘリオドールのLP(DG録音)から出ていた音源で、想像を絶する良好な音質と、燃えるような美しい入魂演奏にココロ奪われます。ワタシはこの作品をあまり得意としてはいないが、クリップス/ウィーン・フィル(1958年)の、しっとり甘やかで優しい 回しに痺れた記憶がありました。それに匹敵する感動か。テンポは揺れ動き、アンサンブルは引き締まって辛口の説得力に溢れます。当時のベルリン・フィルには”甘さ”の欠片もない。第2楽章ホルン・ソロもあくまで渋い。
余白に収録される「南国の薔薇」「ウィーン気質」〜RIAS交響楽団(1949年)に於ける溌剌としたリズム感も楽しいものです。これはライヴ。(以上HISTORY 204569-308)同じケースに収録されるのが、Rimsky-Korsakov 「シェヘラザード」〜ドラティ/ロンドン・フィル(1937年)なんとドラティ31歳の録音。これも音質状態はしっかりとしていて、やや色気不足で素っ気ない表現ながら、勢いがあって意外と聴かせる演奏でした。併録はGrieg ピアノ協奏曲ヘ短調〜ルービンシュタイン(p)/ドラティ/RCAヴィクター交響楽団(1949年)・・・これは文字通りRCA録音であって、ルービンシュタインが”バリバリ”ではなく、あくまでリリカルに流麗に弾きこなして流石の完成度でした。
2005年10月某日
今朝は少々寒くて目覚めたくらいの気候〜これが本来の姿ですな。昨日も高松のお客さんが「季節外れのアイスクリームが売れていて、本来売れるべきシーズンもの全滅状態」とのこと。同感でございます。これからいつもより30分早く家を出て山口へ。できるだけ早めに戻って耳鼻咽咽科に行かなくっちゃ。(右耳にノイズが乗る。それ以外体調は維持)ああ、あと電池切れした(だけではない、短針が動かない)時計を買わなくっちゃ。
最近の”音楽の聴き方”だけれど、何度も聴く、納得いくまで聴く、ということです。もちろん繰り返し聴きに堪えない、というものもあって(=良い演奏ではない、ということではない。たった今現在自分の嗜好に合わない、ということです)それは仕方がないが、部分聴きも含めて”何度も聴くこと”が重要なんです。未聴CD残は増えるばかりだけれど、安易な消化作業は音楽への敬意を失わせますからね。で、Mussorgsky/Ravel 編「展覧会の絵」〜クーセヴィツキー/ボストン交響楽団(1930年)を先月辺りから楽しんでおります。(じつはダブり買い。HISTORY 204554-308と)
数年前の自らのコメントは見るのも恥ずかしいが、(音質ともかく)これは峻厳で集中力ある、魅力的な演奏です。聴き馴染み、少々食傷気味の作品であるはずが、数度繰り返して飽きさせない。センスはまったくモダーンであって、ボストン交響楽団のアンサンブルはこんな大昔から優秀であったことに驚かされますね。比較対照にはならぬ個性の相違だけれど、ストコフスキーの怪異なスタイル(1930/31年)とは大違いのスタイリッシュな個性に痺れます。Rachmaninov 交響曲第3番ヘ短調(1947年ライヴ。1945年表記は間違いか。)には、コメントを付けられるほど作品に精通していないが、30分余聴き通して(貧しい音質の中からでも)旋律の甘さを堪能でき、「ヴォカリーズ」(1945年ライヴ)に至っては、これだけ纏綿とした雰囲気を湛えた演奏は類を見ない・・・
今朝から、Dvora'k 交響曲第1番ハ短調「ズロニチェの鐘」〜イヴァン・アンゲロフ/スロヴァキア放送交響楽団(”アマオケ並”との粗暴酷評の)を。タイミング表示がCD本体にしか付いていない・・・というのは少々不親切ながら、これは価格に免じてご容赦。(ちなみに第8番が2003年4月のライヴである旨以外、録音年月日クレジットもちゃんと詳細存在しない)馴染み少ない初期作品が、これほど爽やかに、懐かしく、素直に楽しめるのも希有な出来事でしょう。手許にはコシュラー/スロヴァキア・フィルが・・・(時間切れ!)
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危うくバスに間に合い、無事山口へ。商談もまぁまぁという感じで、早々に帰宅させていただいて耳鼻科へ。ふだん縁が薄いのでネット検索すると、ご近所にあるもんですね。外耳が荒れているとのこと。カルい外耳炎ですか?消毒していただき、もうほとんど状況改善。新幹線は混んでました。明日から国体だからか。一週間終了しました。移動中しっかり音楽を楽しみました。まず、今朝方時間切れだった、Dvora'k 交響曲第1番ハ短調〜コシュラー/スロヴァキア・フィル(1973年頃録音か?)・・・これはアンゲロフ盤ですっかり”作品の姿”に目覚めたみたいで、この演奏も楽しめました。
録音は(ポータブルCDプレーヤーのイヤホンでは)弦が薄く、ややヒステリックか。広がりにも不足します。(帰宅して部屋のコンポで確認する限り、そう悪くはない音質、奥行き感も自然と感じますが)スロヴァキア・フィルも洗練流麗さを誇るオーケストラではないが、コシュラーの表現にはいっそう貫禄があるし、ホルンや木管の素朴な味わいは聴きもの。第2楽章「アダージョ」とフィナーレはアンゲロフ盤よりずっとテンポが遅く、じっくりしっかりていねいに、静謐に、懐深く聴かせて下さいます。なんやら、すっかり(この作品も)気に入っちゃいました。
「何度も聴く、納得いくまで聴く」ということで、Brahms 交響曲全集〜ハンス・スワロフスキー/南ドイツ・フィルハーモニー、全4作品(+「大学祝典序曲」)移動中に拝聴。どう聴いてもぱっとしない音質だし、オーケストラの響き薄く、しかも濁って、耳あたりはまったくよろしくない。挙げ句、この作品はワタシにとって少々苦手系なんです。でも、こればかり何度も聴いております。1,490円にて相場より500円ほど高く購入した!その直後にヴァントの旧全集中古で1,000円で見掛けた(未購入)という意地もあります。
まったく以て、”流麗”とはほど遠く、歌わない、流れない、美しくない、素っ気ない、鳴らない、雰囲気で聴かせることを拒否した演奏。ところが、こどもの頃からさんざん馴染んだ挙げ句”ワタシにとって少々苦手系”となった名曲が、この演奏なら意外と抵抗なく、最後まで全曲聴き通せる(楽しめる)という不思議。オーケストラは録音用の臨時編成(楽器編成が小さいのか?)らしく、器用なアンサンブルではないにも関わらず。「妙に芯がしっかりしているというか、ガンコ開き直り系演奏か」・・・これはワタシの初めて聴いたときの感想でした。ある意味、細部まで明快な演奏なのか。
2005年10月某日
昨日の「音楽日誌」原稿は、じつは東京での会議最中内職の成果であって、予定より早めに終了したのを受けて、渋谷タワーレコードへ。チェーン店の価格相場はどこでも(岡山でも)変わらないが、品揃えは相当に異なります。CD購入意欲は薄れているが、それなりに買っちゃいました。へむれんさんからは、苦手Liszt+マズア計4枚いただいちゃう(ちゃんと聴け、と)し、今週中くらいには通販で15枚ほど届く予定もあって、気付けばけっこうな数量手配している計算か。
Dvora'k 交響曲全集(5枚組)〜イヴァン・アンゲロフ/スロヴァキア放送交響楽団(2001〜4年)が税込1,390円という出物だったので入手。このオーケストラは初期NAXOSで大活躍だったが、時にぱっとしないアンサンブルで失望させてくださったものです。昨夜から、第5番ヘ長調/第7番ニ短調そして今朝から第9番ホ短調「新世界より」を聴いているが、予想外の好演といえるでしょう。オーケストラそのものは、やや個性不足というか特別な魅力を感じないものの、ざっくり大掴みに、全体構成とか流れがとてもよくできていて、つまり良い意味での”職人的”というか、聴かせ上手な演奏なんです。
細部神経質にならないが、素朴な味わいもあって、アンサンブルも悪くない。「土の香りがするような・・・」という決まり文句も連想いたしました。
さて、一週間ぶりの出勤・・・ま、なんとかなるでしょう、きっと。経験上、ならなかったことはないし。思い悩んでも仕方がない。夕方から高松だけれど、その準備もあります。移動中にはCD持参しましょう。
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高松より帰って参りました。お仕事は純実務的には80%くらいの消化、精神的満足では60%くらい。やはり、たんなる消化仕事(延髄のみ使用=条件反射)で午前中いっぱい掛かってしまい(一週間留守だったんだから当たり前か)、”本来のお仕事”(大脳仕事)ができてない。高松での商談もぎりぎり・・・状態で自分で自分に合格点は付けられない感じ。なにより、体調が・・・というか、右耳に違和感(痛くはない)があって病院に行かなくっちゃ。女房、大阪の実家に所用で帰省とのこと。
それと(これは別項ネタにしたいくらいだけれど)今朝方「イヴァン・アンゲロフ/スロヴァキア放送交響楽団」のネット検索で、非常な不快感が・・・曰く「アマオケ並のアンサンブル」(!?)との某ブログでの評価拝見。個人的には「アマオケ並」との表現は2度目(一度目はモーリス・アブラヴァネル/ユタ交響楽団のMahler 評で)でして、どうやらワタシの知らない世間常識では「アマオケ並」という、客観的評価軸が存在するらしいですね。
この執筆氏はどうやら「標準的一般的アマオケの平均水準」を熟知されているようで、きっと日本中、世界中のアマオケのナマ演奏に精通されているのでしょう。一度教えを請いたいもの。こういった安易な、紋切り型、天上天下唯我独尊的表現からは”音楽の悦び”は感じ取れませんよ。そもそもアマオケに対する”敬意”を感じない。ワタシは各々の純粋な個性表現として(もちろん技術水準もその要素のひとつだけれど)楽しむことにしております。嗚呼、ハラ立った!この方はアマオケの演奏会に行って「ああ、アマオケ並のアンサンブルですね」とかいう評価になるんだろうな。
(宿題としていただいた)LisztのCD4枚、順繰りに、少しずつ聴いております。交響詩「英雄の嘆き」/「ハンガリー」〜マズア/ゲヴァントハウス管弦楽団(1980/78年)・・・初耳でございます。まず、録音、アンサンブルの充実ぶり鳴りっぷりに敬意を表さなければ。Beethoven での”安全運転”と、かなり印象が異なるのは、作品との相性でしょうか。あとは作品の好み方向ですな。まだ聴き始めたばかりだから、安易な判断は下せないが、少なくともSatie 「おまえが欲しい」(Je te veux)とはあまりに隔たりがあって、ワタシのささくれ立った精神(ココロ)を(たった今現在)癒す音楽ではないかも。勇壮で、悲劇的であり、怪獣音楽のようでもある。(「ハンガリー」に於けるズスケのソロはもちろん美しい。「英雄の嘆き」のホルンも甘く切ない)
瀬戸大橋往復は大作Scho"nberg「グレの歌」〜ジェイムス・レヴァイン/ミュンヘン・フィル/ヘップナー/ヴォイト/マイヤー/シュルテ+そしてナレーターがヘフリガー(2001年ライヴ)2枚分たっぷり!かつてアバド/ウィーン・フィルをFMエア・チェックで聴いたはずだけれど、作品には馴染みが薄い・・・これは「浄められた夜」と同質の、後期浪漫のむせかえるような甘美な世界であって、ほとんどWagner的でもあり、個性がかなり異なるMahler 風でもあります。筋はこれがわかりやすいかな?題材も”いかにも世紀末”風(初演は1911年だけれど)。比較対照を持たないのでなんとも言えないが、レヴァインはオペラの人だし、ライヴとは思えぬ精緻なアンサンブルと歌い手の充実にも文句はないでしょう。
2005年10月某日
実質上お仕事から3日間のみの逃避だけれど、北海道の親元にてノンビリしておりました。(音楽も持参せず)80歳になった親爺はまったく元気であり、相変わらず高速道路を120km超で飛ばすし、食欲も旺盛也。空気が良いせいか、精神的にリラックスしているせいか、やたらと眠く、夜もよく眠れるし、ウ○コもツルツルと形よく出ました。空気が澄んでいること、景色の美しさが目に染みること・・・昨日北海道出発前からケータイの本格対応して、一気にお仕事モードへ。(体調悪化で昼食も摂れず)夕方から専務の有り難いお話し(ほんま。相変わらずの本音トーク炸裂!)拝聴して、レセプションを抜けて、へむれんさんと痛飲。
話題は”中高年サラリーマンのお仕事心構え”でっせ。いきなり眠りが浅い。夢見も悪い感じ。結論的に、途中自分で取ったホテル一泊以外はすべて「ネット環境」なしで、”パソコン=単なる重いお荷物”へ。この間読んだ本〜夕刊フジ特別取材班「こんな人が解雇(クビ)になる〜リストラされた78人の教訓」(角川ONEテーマ21)2001年発売。少々以前となるが、状況は変わっていないでしょ。これは現在でも夕刊フジに掲載されているのかな?
”教訓”というのは題名に偽り有、でして、ひたすら78人千差万別「解雇(クビ)」取材の連続であります。つまり教訓は”読み手が勝手に考えろ”的書籍でして、この方針はまったく正しい。つまり、安易な「解雇(クビ)にならないノウハウ」など存在しない・・・これを「三面記事の集積」と捉えるか、神髄を得るのかはビミョーなところでしょう。ワタシも前半戦は「?」状態だったが、全部読み終わったあとの暗鬱たる気持ちに少々感慨有。
明日、一週間ぶりの出勤。諸作業山積、しかも夕方から高松行き。(距離的に出張にならないが、往復実質3時間掛かる)明後日は山口。少々憂鬱であります。(脳裏にMozart 「プラハ」が流れるが、ずっと音楽は聴いておりません)
2005年10月某日
昨日、大阪経由〜無事千歳着。バスで夜7時頃まで視察(お勉強)。夜、ちょっとだけ懇親会があって、そのままおとなしく寝ました。飛行機の時間が中途半端だったのと、体調いまいちで昼食取っていないし、夜の宴会(少々グレード下がる・・・それでもいちおう札幌ですから!)でも、ちっとも料理/酒はおいしくない。本日、昼過ぎまで会議対応。これで業務終了。
昨夜のホテル(まとめて予約してくださった)某老舗有名ホテルチェーンだけれど、水回りの設備は旧いし、部屋ごとのネット接続サービスもない。(価格はわからない。まとめて経費で落としたので)数ヶ月前、高知で(別な)某老舗有名ホテルチェーンに泊まったが、やはり同じような設備でしたね。はっきり言って、これは経営危機に早晩陥りますよ。ま、札幌は観光客が多いからなんとかなっているんだろうが。
本日のホテルは自腹で予約したものだけれど、ドーミーイン札幌は、札幌にしては抜群に安いし、部屋もキレイ、大浴場も付いていて、こうしてネットもつながります。(昨日のレポートをさっそく本部へ提出済)これから、高校時代の友人と旧交を温めましょう。
音楽持参せず。期待の札幌BOOK・OFFも@750で、品揃えもロクなものはない。明日は白老の実家に向かうので、当然ネット環境はありません。
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高校時代の友人とは連絡が行き違って、結局アウト。これはよくできていて、なんとなく体調が良くないこと、べつにどうの、ということではなかったが、なんとなく気が進まない・・・正直(内心)ほっとしました。こんなことあります。ちょっとだけおいしいものを喰って飲んで、ラーメン食べてホテルへ。疲れているのか。
明日、早朝に親元へ行きましょう。
2005年10月某日
女房を駅まで送ってきたところ。サイトを定例更新済。今朝、ディノ・チアーニのChopin 名曲集(1971年ローマ・ライヴ)を・・・正規録音ではないらしくて、音質的にかなり大味というか、響き過ぎで残響が濁ります。かなりスケールある個性的な演奏なのだろうが、(音質的な問題理由で)少々静謐さに欠けるようなイメージとなって残念至極。夜想曲ロ長調 作品62-1/ホ長調 作品62-2など、ラプソディックで自由な情感が素晴らしい場面も有。後半に行くほど(耳が慣れたのか?)コンサートの感興が高まったのか、浪漫的な味わい深まって感銘がありました。
さて、これから出張荷造りして新大阪経由/伊丹から千歳です。服装に少々悩みますね。
2005年10月某日
あ〜あ、自分が延々と報告する(実務主催もする)会議当日。資料は優秀なる本部テクノクラート作で(全部理解当然不可能勝手抜粋翻訳曖昧意訳具体化)。正直、昨日段階で開き直りました。自分が一定の役職になってから、時間のムダ、と思えるお客様との会議はすべて廃止、ないし自分が出席しないように変えてしまったが、これだけ数値が悪くなると(上司から、お客から)復活要望が出てくるのだね。公の場の報告やら、発言は得意なほうだと自覚しているが、もうしばらく人前での公式報告はやっていない・・・って、6月に同じ会議で延々報告したか。
昨夜〜今朝に掛けて、Bartok'歌劇「青髭公の城」〜フェレンチーク/ハンガリー国立歌劇場管弦楽団/合唱団/ネステレンコ(b)/オブラツォーヴァ(ms)の演奏で。(1980年頃の録音か。ディジタル録音表記なので)エフゲニ・ネステレンコの圧倒的貫禄存在感はもちろんだけれど、オブラツォーヴァのややヒステリックな切迫感がこの作品にはぴたり!でして、聴けば聴くほど妖しげ静謐な旋律の魅力に痺れるばかり。問題はCD初期であるためか「全編でトラックひとつだけ」ということであり、中途中断にはタイミングを記憶しないといけないのが不便。フェレンチークのオーケストラは、意外にも透明感と集中力あるアンサンブルを誇って、時間が許せば何度でも楽しみたいくらい。
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会議終わりました。ちょっと集まりが悪かったけど、「さすが!土壇場に強い」という、あたかも完全に資料理解して詳細説明しているかのような(錯覚の幻想)抜群の説得力(自画自賛)。2時間報告してのどもかすれたが、しゃべりっ放しではなく、要所要所参加者に同意を求め、意見を伺い、具体例の提示を願い、疑問を投げかけ・・・絶妙の間合い。参加者もちろん、ウチのメンバーも感心して(ようまぁ、ここまでホラ吹けるもんだか・・・と)絶賛!(ウソ)
夕方早々、やはり別組織の親しい人とかなり突っ込んだ情報交換有(=酒少々)。北海道両親へのお土産買うて、いろいろほか詰め合わせて宅急便で送りました。女房は昨日、怒りの辞表を叩き付けた!との報告があったが、無事条件闘争に勝利し、本日撤回したそうです。明日、栃木の本社へ早朝より出張。ワタシは大阪経由千歳札幌迄。
明日、サイト(前倒し)定例更新予定。札幌にはノートパソコン持参するが、ネット接続環境があるかどうか不明。少なくとも、週末の両親のところにはなにもありません。
2005年10月某日
まぁまぁよく眠れました。小雨模様の清涼な朝。エエ感じの一週間のスタートを切れそう。
昨日のMozart !コンサートに触発され、交響曲第38/39番〜ヤープ・テル・リンデン/アムステルダム・モーツァルト・アカデミー(2002年)を。クールですっきり贅肉をそぎ落としたような響き、古楽器による霞んだような柔らかな歌と、それなりにメリハリ・インパクトあるアタック。(穏健派バランス感覚でしょう)かつての名演奏(例えばワルター)と比べると、ずいぶんと遠くまで来てしまった・・・的感慨は深いが、少なくともワタシの現在の心象ではこんな奥ゆかしいサウンドが好みであります。技術的には文句ない高水準であって、有名なる第39番メヌエットに於ける、クラリネットの遠慮がち装飾音も美しい。
今朝、Debussyのピアノ小品集少々〜タマーシュ・ヴァーシャリ(p)で。よく知られた作品ばかり、配慮ある収録で、繊細かつ華がある演奏。録音年不明だけれど、DGレーベル故1960年代〜70年頃の演奏か。たしか、デュトワ/ロンドン響との「ペトルーシュカ」(1976年)が、このレーベルのラスト録音のはずだから。
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お仕事消化は順調でした(実績数値最悪ながら)。あとは明日の会議乗り切って、更に夜の情報交換のお誘い迄なんとかクリアしたいところ。今朝から聴いているDebussyをラストまで聴いております。ヴァーシャリが9曲、ディノ・チアーニとデムスが2曲、そしてコンタルスキー兄弟が2曲担当しております。ラストは2台ピアノピアノ版の「牧神」です。ヴァーシャリの演奏がもっとも聴き応えがあるが、チアーニの「沈める寺」の深く沈殿し、奥底に広がっていくような幻想的迫力も聴きもの。静謐で鮮やかな世界がどれも楽しい一枚でした。(DG DCI 82729)
2005年10月某日
さて、連休もラスト。スポーツクラブはお休みしようかな?床屋さんに行きたいし。昼から演奏会だし。
昨日の流れでMahler 交響曲第3番ニ短調〜クーベリック/バイエルン放送交響楽団(1967年)を今朝から聴いております。ベルリン遊学中こんの氏によると「正直いって第三番のほうはあまりに、自然主義てきな表現で、Soltiの第二回録音がベストだと思っている小生には少々リリック過ぎるか、と贅沢な注文をしてしまう。確かにSolti指揮シカゴ響と比較するとつめの甘さが聞こえてしまうは事実だけれど」と手厳しい評価でんな。「自然主義」「リリック」というのは卓見であって、ワタシは(Mahler では唯一この作品のみ)ショルティを聴いていないから比較も不能。それに1960年代のDG録音の方向問題(英DECCAではないから艶がない)もある。
ようはするにほとんど”山出し”の演奏であり、吉田秀和氏言うところの「それは草いきれのむんむんするような野趣にみちた」素朴な表現だと思います。ワタシにはこういった演奏が一番飽きがこない、録音だって聴き疲れしない世界だと。南独逸の暖かいオーケストラの響き、やや素っ気ないほどのストレートな(化粧っけのない)旋律の歌。ま、タバコフ/ソフィア・フィルの全集も存分に楽しめる、そんなストライク・ゾーンの広い耳ですから。
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昨日、思いつきで「(続)人様のことなど、よけいなお世話だけれど・・・」という与太話更新したが、それに関連するメール(今や希少価値)2通いただきました。いや、もう、ほんまに世間にはいろいろな人がおますなぁ・・・午前中、スポーツクラブではなく、床屋さん(ご近所に新規オープンした)へ。昼から更に演奏会へ。嗚呼、Mozart って、やっぱエエなぁ。しあわせ。
演奏会行き帰り+帰宅後でMahler 交響曲第2番「復活」〜クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(1971年ライヴ)。音質は怪しいが、清廉なオーケストラに入魂のタメと節回し付けて、99分の長丁場をまったく飽きさせない。素晴らしいスケールだけれど、どんより重くないんですよ。クレンペラーって、あまりたくさんは聴いていない(とくにメインのEMIステレオ録音は)が、どれを聴いてもほとんど痺れますね。
さて、明日からまた激務(う〜む、精神的に)だ。明日明後日乗り切ったら、北海道出張は息抜きでっせ、ほんま。
2005年10月某日
爽やかな秋空の休日。きのうはいつものスポーツクラブ、大好きな2時間ドラマ(の再放送。脇役で久々中野良子を拝見)、久々の夕食料理実践、読書・・・ゆったり充実してました。まだ途中だけど米原万里「不実な美女か、貞淑な醜女(ブス)か」(新潮文庫)・・・題名は「人生究極の選択!」ではなくて、通訳の悩みのこと。つまり、正確さを犠牲にして美辞麗句で飾るか、原意を忠実に、結果ツマラない日本語とするか・・・彼女はテレビですっかりお馴染みだけど、露西亜語の通訳さんなんですね。文系出身であろう人々が、例えば原子力問題の国際会議通訳をどう乗り切っていくか、その哲学的背景、抱腹絶倒の大失敗談の数々。日本語文章も絶品で、緻密で内容豊富だけれど、じつにわかりやすい。
ここしばらくテレビCMで、Satie「おまえが欲しい」(Je te veux) が流れていて、嗚呼エエなぁ、じっくり聴きたいなと考えた〜が、ラインベルト・デ・レーウ盤が棚から探せない。(毎度ながら。この曲のみクセニア・クノーレの演奏)、仕方がないのでチッコリーニの全集5枚組(1966ー1970年頃の録音)を取り出すが、件の作品がどこに収録されているかわからんのです。(もしかして収録されていない?)目をつぶって、えい、やっ!と取り出した一枚聴きました。(4枚目でした)正直、ワタシの粗雑な耳にはどれも同じよう(に素敵)な作品と聞こえて、繊細儚げで、涼やかに澄み渡るピアノがどれも印象的に静謐。ちょっと頼りないほどに。彼は最近ファッツィオーリを愛用しているらしいが、この録音もそうなのでしょうか。
・・・ああ、出てきました。「おまえが欲しい」〜クセニア・クノーレ(p)。ワルツですよね。シャンソンでもあり、メリーゴーランドの音楽のようでもある。粋で明るく、どことなく寂しく切ない。コレ、たしか歌版もあったはずで、一度聴いてみたいですね。
聴き残したCDを「宿題」と考えると楽しみ半減だけれど、「夏休みの(残してしまった)宿題」と考えるとちょっと懐かしい思い出かな?VOX音源を集中的にCD化復刻してくださった「CONCERT ROYALE」(3枚組)〜似たような趣向で「QUADROMANIA」(4枚組)が現在1,000円以内で特売中だけれど〜こちらもじつはHMV通販にて(密かに)半額特売中(680円ほど?)です。(5セットほど追加注文中)先に正価(それでも1,340円ほど)で数組購入していて、種々雑多無定見収録の「Romanze」(206253-360)ようやく完全拝聴済。
Beethoven のロマンス2曲(ラウテンバッヒャー)、Dvora'k「伝説曲」(ランドー/ヴェストファリャ交響楽団。なぜこの作品が入るのかは趣旨的に不明)ともかく、Rosenmu"ller、Muffat、Biber、Purcell、Alessandro Scarlatti、Corette・・・でっせ。Haydnだって「リュート、ヴァイオリン、ヴィオラとチェロのための四重奏曲」(これが出典がよくわからない。調正も不明)というマニアックな収録で、演奏は凸凹(相当に)あるけど、時に痺れるほど美しい場面に出会って、ようやくサイト用の原稿・・・って、象の足をなでるようなものだけど。
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じつはようやく台風被害のスーパー軽セルボ・モード(傷だらけ年に一度しか洗わず薄汚い)”修理”に出しました。(保険屋と話が付いた)で、代車が来るでしょ。これがアルトの新車でして、明らかに代車の方がカッコよく美しく、性能がよろしい。いや、もう、修理はエエから代車をそのままいただいておきます・・・というワケにいかぬか。ムリか。昼前、無事病癒えた女房とエアロビクス〜先週に続いて”キャナリィ・ロウ”へ。(喰い過ぎ/贅沢)夕方から、お医者兼ヴァイオリニストからのお誘い有、岡山駅2階で焼き鳥など・・・(喰い過ぎ/不摂生の世界に近いか)マック vs Windows談義で激論!お医者にはマック派が多いんですね。
昼寝しつつ、Mahler 交響曲第3番ニ短調〜ホーレンシュタイン/ロンドン交響楽団(1970年)を。5年ほど前にBRILLIANT全集を購入以来、この演奏だけは、ちゃんと集中していなかったのは深い反省でございます。録音極上、ロンドン交響楽団は素直で指揮者の指示に忠実に従って、透明な響きでした。ゆったり、落ち着いた味わいが美しく、この作品が本来持っている平和で牧歌的な味わいが幸せでしたね。
明日、もう一日お休み。昼から(先のお医者兼ヴァイオリニスト出演の)演奏会に行きます。午前中はきちんとスポーツしたいね。
2005年10月某日
昨日は午前中いっぱい通常業務が目白押しで、ようやく昼から(性に合わない)ムツかしい資料読みこなし半分ほど。夜7時来訪予定のお客(というか友人)は、ナント7時に空港に到着ということで、岡山駅着は実質夜8時スタート。2時間ほど楽しく激論しました。久々、ちょっと飲んだかな?
タクシーで帰宅したあと「音楽日誌」更新でも・・・と思ったら、エディター(EditHTML)が起動しない。即異常終了状態。執筆断念してよく眠り、今朝、再度いろいろいじるがやはりダメ。これは(仮に)秀丸エディターにて更新しております。どうしよう。音楽聴いてません。連休だし、しっかりスポーツして、音楽も楽しみましょう。(連休明けの件は思い出したくない)
・・・EditHTMLを一度削除、レジストリも削除、再度ソフトをダウンロードして「ファイルの関連付け」設定をやり直したら回復しました。一代前のセレロン400mhマシンでも同様の症状が出現したが、原因はなんだろう?気分を変えて、懐かしのDOS風ブラック背景色に変えてみました。BBSでちょっと話題になったテンシュテット/ロンドン・フィルでMahler 交響曲第1番ニ長調(1977年)を。入魂・繊細・入念・清廉であり、聴き手に極度の緊張と集中を要求する、切なくも美しい毅然とした演奏であります。いつもクソミソに言う(ことが多い)EMI録音だけれど、鮮明だし、涼やかなサウンドはよくとらえられ、優秀録音なのでしょう。きっと。
ロンドン・フィルとの相性も抜群(アンサンブルも優秀)だけれど、どうも”音が薄い”印象がある。(とくに弱音部分)オーケストラの問題なのか、それとも録音か、CD化マスタリング問題か(LPでは音質良好との証言有)ワタシの安物オーディオとの相性か、お疲れ気味中年聴き手の耳の機能低下か?それでも、第1番はそれなりに不満なく楽しめたが、続く第2番「復活」第1楽章は、その問題がいっそう気になりました。いずれテンシュテットの演奏解釈問題ではないが。
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行って来ましたスポーツ・クラブ(エアロビクス)。昨日は飲んだくれたから、しっかり汗を流さないとね。今朝から聴いたのがRachmaninov ピアノ協奏曲第3番ニ短調〜ホロヴィッツ(p)/コーツ/ロンドン交響楽団(1930年)を。たしか、史上初のこの作品の録音だったはずで、昨日の1951年録音との聴き比べであります・・・って、そんなに集中していたわけじゃないけど。以前聴いたときの印象より、ずっと音の状態は良好(比較的聴きやすい)であって、一種妖艶なる説得力ぐいぐいと迫って感動深い。
ところで昨日のホロヴィッツ(p)/ライナー/RCAヴィクター交響楽団(1951年)だけど、どんなCDだっけ?どこに仕舞ったっけ〜記憶が飛んでます。朝から悩んで、スポーツクラブから帰って、半日悩み続けて・・・思い出しました!もともとRCA録音だけれど、THE 50's THE50-18(2枚組)でした。ちなみにコーツ/ロンドン交響楽団(1930年)はHISTORY 20.3166-306(2枚組)・・・こうして”音楽日誌”に残しておかないと、記憶はどんどん薄れていくばかり。(あとで検索できるからね)
2005年10月某日
朝晩は完全に”秋”だけれど、昼の気温は相当ですな。どうも眠りの質が悪くて、体調どんよりイマイチ。お仕事絡みの(良からぬ)リアルな夢を見たような・・・今朝、なんとかサイト定例更新しました。ほんま”青息吐息”状態続く。本日、日常業務+会議報告すべき資料じっくり読み込み研究+夜から酒席有。女房は病院だそうです。
Beethoven のピアノ・ソナタもやや苦手な罰当たり者的我が身であるが、ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調「月光」をルドルフ・ゼルキン(p)(1962年)で。これはこども時分、自宅にあった17cmLPであって(兄が買ったのか)かなり遅い幽玄たるテンポ設定が印象深いものでした。誰でも知っているような曲だけれど、第1楽章など繰り返されるアルペジオに乗って、とつとつと繰り返される短いモノローグは革新的作品。可憐なる第2楽章、疾風怒濤最終楽章のテクニック要求は凄いものだけれど、壮年期のゼルキンは表層的な技巧に走ることもなく、ちょっと古風かつ余裕の貫禄ぶりでした。
Beethoven のピアノ・ソナタは聴く機会が少ないし、コメントらしいコメントはもちろん、自分なりの感想もはっきりしない・・・が、さらに同曲をアルトゥール・シュナーベル(1934年)にて。1932〜35年に録音された史上初の全集より。音質は想像以上だし、ゼルキンよりむしろモダーンなセンスというか、颯爽とカッコ良い演奏であり、終楽章の技巧の冴えは驚くべきものでした。
今朝からRachmaninov ピアノ協奏曲第3番ニ短調〜ホロヴィッツ(p)/ライナー/RCAヴィクター交響楽団(1951年)・・・これは音質も良好(カーネギー・ホール)だし、堂々たるスケールと細部まで緻密な技巧、セクシーな表現横溢でその完成度には舌を巻くばかり。(カットがあるらしいが、この録音は”カットが少ない”そう)では、お仕事行って来ます。
2005年10月某日
一般にホテルではあまりちゃんと睡眠が取れません。高知の定宿(というか一応ホテルだけれど)はネット接続、無料朝食、ウォシュレット、入浴剤、かなりの安価であることも含め、努力の跡を認めるに吝かではないが、いかにも施設が古臭い。経費節減で選んだ宿だけれど、もう少し上質で快適なところに変更しないと、カラダが保たないかも知れませんね。本日、午前中ご当地商談こなして、岡山でさらに商談夜まで。(音楽は車中で60年代歌謡曲ヒット集・・・暗い!)来週火曜日まで緊張続きますね。それを乗り切って、札幌で会議(ほぼ=帰郷・秋休み)。
優勝の喜びに沸くタイガースだけれど、村上ファンド問題で揺れております。ファンが多い球団だし、どうしても情緒的論調が目立つけれど、基本、阪神電鉄株が「潜在的価値よりずっと株価が低い」=「株価が正確に反映されていない」「お買い得である」こと、つまり現代資本主義がきちんと機能していないことが大問題なんだと思います。つまり、前回のホリエモン騒動含め、今回も「村上ファンド支持!」は明快。大阪は「値段と価値が釣り合う、正直な街」と思ってきたが、いかがでしょうか。(但し、ワタシ個人は株、博打、パチンコ、宝くじ、一切やりません。剰余価値は労働によってのみ生み出される、という大原則を哲学としているので)
BBSでテンシュテットにコメントが寄せられております。「テンシュテット/ロンドン・フィルはやや音が薄いのではないか」(ワタシの意見)「ライヴでは分厚い響きだったし、LPでは薄さは気にならないからCDのリマスター問題ではないか」(とのご意見有)「いや相性問題かな」(ワタシの意見)「ベルリン・フィルとの録音はどれも素晴らしい」(別なご意見)「ベルリン・フィルとの録音は響きが硬質に過ぎる。ニューヨーク・フィルとの録音は充実していました」(ワタシの意見)・・・じつはテンシュテットのMahler 録音に於けるオーケストラ問題は、柴田 南雄「グスタフ・マーラー」(岩波新書)にて既に言及されております。
いずれ論議は自由闊達百家争鳴状態が望ましくて、これを機会に「テンシュテットを聴こう!」という機会になれば、と思います。帰宅したらちゃんと聴きましょうね。ワタシは彼のMahler を聴くと(いつも)胸が痛むんです。(ここまで出張用パソコンDynaBookSS3000〜超薄型軽量マシン〜にて執筆)
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高知は好天でして日差しの強さは10月とは思えぬ・・・順調に商談を終え、帰りの高速道路も快調であり、ワタシのみ岡山のお取引先の事務所前で降ろしていただきました。商談2本。背中が汗ばむのは、あながち気温だけの理由ではない。年末に向け相当にハードな手応えある商談ですな。そのままタクシーで直帰。先日修理(して自分のものと)した女房の会社マシンだけれど、お隣の営業所が”修理して使いたかった”と今更の言い分らしく、もう一台故障で眠っていたパソコンを女房持ち帰り〜なんとかしてちょうだいな、と。筐体を開けて、はぼき付き掃除機できれいに清掃(とくにCPUファン周りと電源辺り)、接続確認して配線整理してから組み直すと、ちゃんと起動するでないの!
要らぬソフトやファイルの徹底整理、レジストリの整理、OSは98だったのでアップ・グレードしてやろうかと思ったが、そのままで充分いけますね。USBも使えます。思いの外、機能の高い機種(セレロンの700mhくらいか。メモリは128mb)、ハードディスクが4gbしかないことを除けば立派なもの。もし、このマシンをいただけるのであれば、部品取り替えOS入れ直しでちゃんと使えまっせ、現役で。パソコンの案配をいろいろいじるのは、個人的には非常にストレス解消となります。精神的なツカれも取れちゃう。
連続ワザBartok' 管弦楽のための協奏曲/弦、打楽器、チェレスタのための音楽〜ラハバリ/BRTフィル(1990年)を。演奏者知名度にはいっさいこだわらないし、眼前に@250で登場すれば購入(いつだったか記憶失念)するのは当たり前・・・。作品の魅力を感じ取る上で、充分な価値ある演奏だと思います。ラハバリは精緻にていねいにアンサンブルを仕上げているが、終曲など少々リズムのノリが悪い感じですか。オーケストラの響きに魅力が足りない、厚みに足りない印象はあるかもしれないが、立派なものです。
2005年10月某日
昨日から雨模様。一雨ごとに・・・というのは本当で、一気に秋らしくなってきました。体調維持に気を付けないと。
希代の名曲であり、人気作品であるBartok' 管弦楽のための協奏曲は、いったいどのくらい手元にCDが存在するのか。数えるつもりもないが、試しに「サイト内検索」(トップページ下)を掛けてみると、聴取機会はたいへん多いことに驚かされます。お気に入りですな。サイト解説初期にライナー/シカゴ交響楽団(1955年)を更新している(もっとも最初期に購入したCDでもある)が、まともにコメントできた試しはなし。何度も聴いている(記録によると)デュトワ/モントリオール交響楽団(1987年)を。
「オーケストラは上手いし、録音極上だし、サラサラと耳あたり良くて気持ちヨロシくて、なんか文句ある?といったところか。ま、『オーケストラ・コン』は別格だと思うけど、Bartok'って、もっとおっそろしい音楽でしょ?エグさとか、激しさとか、うんと欲しいね」〜2003年(自らの)コメントが残っているが、清水のような美しい、透明な響きも悪くないのではないか。意外と飽きがこない演奏なのか、と思います。師匠筋であるアンセルメ/スイス・ロマンド管の演奏(1956年)もオモロかったですよ。怜悧方向だけれど、さすが指揮者の色合いやら、ひんやりとした個性がはっきり感じられて、時代とオーケストラで表現も変遷する・・・そんなことを感じましたね。
ベルリン遊学中こんの氏(日記=tagebuchは毎日必読)ご推奨により、Hans Rott(1858-1884) 交響曲第1番ホ長調〜ヴァイクレ/ミュンヘン放送管弦楽団(2003年 ARTENOVA 82876 577748 2)を。このCDが一番入手しやすい。Mahler と同世代(1860-1911)ですな。かつてよりレイフ・セーゲルスタム指揮ノール ショピング交響楽団の演奏を、FMで聴き知っておりました。う〜む、Bruckner+Wagnerの雰囲気ちゃいますか。第1楽章って「タンホイザー」に似てませんか。Mahler とは個性が異なると思うんだけどな。
演奏は悪くないんじゃないですか。(って、コメント付けるほど作品と馴染みではない)このオーケストラ、合理化で解散したんでしたっけ?
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午前中それなりに事務所仕事して、地元取引先現場3件回ったあと、高知へ。更に現地で2件訪問後、ホテルへ。で、チーム3人でいつもの”高知料理”たっぷり!ウヒヒ。カツオは旬だけれど、清水鯖が絶品だったなぁ。でも、そうそうに終わって、ゆっくりさせていただきます。
2005年10月某日
季節の変わり目か、朝がツラい。体調なんとなくどんよりぎみだけれど、運動不足は解消している(はずだ)し、机仕事連続の気持ちの持ち方かな?それとも忍び寄る風邪か。長期展望見通しはまったくない人間だけれど、半年一年くらいの見通しは持っていて、これが一週間くらい、数日、今日一日のお仕事配分なら得意です。つまり、急な、どーしょーもないトラブルさえなければ、どん詰まり締め切りギリギリまで作業〜みたいなことはありません。その辺りは要領良い。ところが!
瞬発力、短期記憶力が急激に落ちてきております。(1)一週間後の資料づくりをしている途中に (2)メールが来ていて「ああ、消化30分くらいだな」と判断して手を付けてる途中に (3)職場の事務の人が「昨日出した稟議書の添付資料が仮になっているが、正式なものはいつ届くのか」という質問に、電話を掛け (4)その間に、ケータイが来て、それは朝一番に「お願い事」をした取引先(地元岡山)からの快諾であり、四方山話もあり (4) それが終わったら「30分仕事」途中であったことを思い出し、作業をすすめつつ (5) 広島の会議に出席しているチームのメンバーより電話が入り、状況報告、それを即上司にノーツで決済伺いをたて (6) 「30分仕事」に戻ろうとすると、上司から即返答が入り、それに伴う速攻の関連処理が存在し (7) 処理しつつ、ケータイが鳴り、先ほどの取引先から別件の依頼があって「おそらく大丈夫」と返答、本部担当に即電話を入れてお願い
(8) 机の上にいつの間にやら、お取引先現場からの追加注文があり、事務の人に依頼するには少々イレギュラー故、自分でコード・マスター検索し、そこそこに価格を負けてあげて発注し、その手配済み返答をPCファックスで流し (9) 「30分仕事」は既に2時間くらい経過しており、一気に馬力を掛けて消化していると、若い者が商品の質問に来たので懇切丁寧(ウソ)に対応し (10) そういば、本来着々と進行していた(ウソ)来週の資料検索用マスター開けっ放しであり、そもそも、なにを調査しようとしていたか失念し (11) そこに別な取引先(山口)から電話が来て、昨日速攻でメール返答したものが、じつは違う商品であり(お詫び修正作業) (12) さらに電話が来て、それは先週おじゃました高松の取引先からの質問であり(その場で明快に回答・・・のつもり) (13) 「30分仕事」はどうなった?と不安になり(14) そこに物流担当から、朝、頼んだことの説明がきたが、なんのことやら思い出せず・・・(納品トラブルの後処理でした)パソコン・ディスプレイに(自ら)貼った付箋紙のメモの意味が理解できず・・・上司から三ヶ月先の見込みについての質問が飛び込み・・・(以下不明)
ワタシは事務仕事に向いていない、という自明の理であります。全部覚えられない。きっとたくさん重要なことが抜けているはず。いや、もっと大切な先行きの”ほんまのお仕事”ができていない。明日、高知行き商談。明後日戻る途中、そのまま夕方から更に地元取引先と商談2発。週末一日で来週開催の会議資料読み込み(他人が作った膨大なる資料を)説明できるようにしなくてはいけないが、ナント夜には一番大きな取引先の実務部隊(私と似たような立場)のキーマンが「情報交換」(=酒)に広島から来訪のメール有・・・当然断れない。いえいえ、ありがたいことです。
今朝、Kuhlau(クーラウ 1786〜1832年 Schubert のちょろり先輩か?Beethoven の影響が大きいとのこと。目が不自由だったそう)フルート五重奏曲第1/2/3番 作品51〜ラフィン(fl)/シェイレン(v)/ラスムッセン、アンダーセン(va)/ヨハンセン(vc)(1985年録音)にて。この種の作品としてはMozart が有名だけど、多彩なる旋律の楽しさ、明るさに負けず、スケールと勇壮さではそれを凌駕する魅力か。ラフィンとは初耳だけれど、清潔かつ雄弁な明るさが上品であって、名人ですな。録音クレジットによると、プロデューサーとエンジニアを兼任してますね。もしかして”持ち込み音源”?(NAXOS 8.553303)
VOXの「フランスのエスプリ〜フランス管弦楽選集」より Berlioz 序曲「リア王」〜リチャード・カップ/フィルハーモニア・フンガリカ・・・全体を流し聴きしていると気にならぬが、単独で聴くと少々アンサンブルがヘロいか。でもさ、Berliozの旋律って(「幻想」ばかり聴いていたせいか)ワンパターンであまり好きじゃなかったのに、連続して聴くと徐々にその滋味が楽しめるように・・・Lalo「ノルウエイ狂詩曲」〜カオ/ルクセンブルグ放送管・・・アンサンブルがやや薄味だけれど、緊張と優美、牧歌的雰囲気が交互に出現する思わぬ名曲ぶりに驚かされました。秘曲の魅力を紹介するに、充分なる実力。(録音年不明だけれど1970年代か)
2005年10月某日
例年のことだけれど、秋になると睡眠状態が芳しくなくなります。ここ数日、よく眠れない。途中で目覚めちゃう。これはどうしてかな?今週は高知だったっけ?来週に(先月の台風で流れた)大きな会議を入れてしまって、その準備(北海道行きの前日だ)がたいへんだね。いえいえ、そんな心配の前に今日をどう乗り切るか・・・
相変わらず”強い音楽”(例;Beethoven )は聴けず、Sibelius など楽しんでおります。キング・クリスチャン二世 作品27/カレリア序曲 作品10〜ギブソン/スコティッシュ・ナショナル管弦楽団(1966年)・・・これは数日前に聴いたドラティ/ロンドン響の演奏などと一緒に収録されるもの(つまり寄せ集めっぽい)2枚組(EMI 7243 5 85785 2 2)。英国にはさほどにメジャーな存在ではない名人がたくさんおりまして、この人のSibelius も冷涼なる雰囲気ばかりではない、しっかりと芯のある力感溢れる立派な演奏です。(「吟遊詩人」 作品64、フェスティヴォ 作品25-3も収録)
カレリア組曲/トゥオネラの白鳥/フィンランディア(サージェント/ウィーン・フィル 1961年」)ポヒョラの娘(BBC交響楽団1958年)は、ワタシのこども時代からに愛聴盤(ダブり音源。「エン・サガ」が抜けているだけ)でして、ややアンサンブルが緩いけど、ゆったり豊かな響きで味わい深いもの。今朝は交響曲第4番イ短調〜サカリ/アイスランド交響楽団(1997年)・・・これは繊細荒涼たる響き、緊張感溢れるアンサンブルが驚くべき水準であって、サカリはこの難解なる作品を自信に充ちて表現して下さって、わかりやすい。立派なものです。
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ここ最近、出張外の通勤では鞄もなにも持たず、帰りは手帳もケータイも(電源切って)職場に置いてきちゃう・・・自宅ではお仕事のことは忘れたいんです。懸案だった当面の実務作業(+諸トラブル処理)はすべて消化した(つもり)が、これは”当たり前”のこと〜本来はもっと大所高所から、先読みした展望のお仕事をすべきなんだろうが、もう夜には精神的に(体力はきっと大丈夫)疲れ果ててしまって、また明日ね、状態。帰宅したら女房は調子悪いらしく、週末病院へ詰めなくちゃいけないとのこと・・・ま、いよいよ来週に迫った北海道への出張申請も終わり、その直前の(大きな)会議準備に没頭しなくっちゃ。
不真面目なBoccherini聴きであるワタシに、BBS上で教育的指導有。ありがたいことです。じつはいろいろCDだけは揃えていて、昨日もチェロ協奏曲第1番 変ホ長調G474〜エミール・クライン(vc)/ハンブルク・ソロイスツ(1996年)聴いてました。(2枚組に計8曲のチェロ協奏曲を収録・・・全部聴き通す根性はなし)これが楽しい!いきいき!現代楽器・それなりに雄弁なスタイルだけど、こちらの方向が馴染みですな。じつはこのCD、ずっとその存在を忘れていて、昨日棚中から発見!したものでございます。
今朝から「フランスのエスプリ〜フランス管弦楽選集」(VOXBOX CDX5114)楽しんでおります。Berlioz「トロイ人」「ファウストの劫罰」からの管弦楽曲/序曲「リア王」(リチャード・カップ/フィルハーモニア・フンガリカ)、Lalo「ノルウエイ狂詩曲」(カオ/ルクセンブルグ放送管)、Faure「ペレアストメリサンド」組曲(ド・フロマン/ルクセンブルグ放送管)、MASSNET 管弦楽組曲第2番「ハンガリーの風景」/Chabrier「ポーランドの祭」(カオ/ルクセンブルグ放送管)、FRANCIAX ヴァイオリンと管弦楽のための組曲(ラウテンバッヒャー)/ヴィオラと小管弦楽のための狂詩曲(ウィルリヒ・コッホ/フランセ/ルクセンブルグ放送管)・・・
「ペレアス」以外は聴かれる機会の少ない音楽であり、演奏者も寄せ集めだけれど、ワタシの音楽愛好ルーツを彩る渋い存在ばかり。演奏も作品も想像以上に上質で楽しめるものばかりでした。もう10年以上前に購入したものと記憶しております。こんなCD紹介が【♪ KechiKechi Classics ♪】の本旨だったような気もしますね。FRANCIAXなんて、とぼけた味わい最高!
2005年10月某日
なんやら暑さが戻っておりますね。きょうも頑張ってスポーツ・クラブ行き(女房同行)。そのまま、ご近所にできた「キャナリィ・ロウ」(イタメシ屋)に行ってきました。昼だと二人で3,000円弱の予算で多種多様に楽しめます。おいしかったなぁ、お洒落だし。家族連れが多かった。
音楽に対する集中力やら、新しいCDを購入する意欲が著しく落ちております。(中古でぼちぼち、タマに・・・といったところか)昨夜からどんな音楽聴いたっけ?Boccherini 「Opera Con Titoli」(意味不明・・・「表題付の作品」だそうですご教授有)〜弦楽五重奏曲数曲含んだCD(Capriccio 10 453 マユミ・セリエ、シルヴィア・ヴァルヒャ・・・ほかの演奏。1993年)ぼんやり素朴な響きを聴き(流し)つつウトウト・・・2度も繰り返したけど、様子が見えん、というか、ああのんびりエエキモチやなぁ、状態。Mahler 交響曲第7番ホ短調〜リーパー/グラン・カナリア・フィル(1995年)・・・これは再聴だけど、ああずいぶんと良い録音だ、素直で明るい響きだなぁ、と、そんな程度。
ARTENOVAに「オーボエ・ラプソディ」という一枚があるんです。(74321 72102 2)Boccherini オーボエ五重奏ト長調 作品45-1/Reicha オーボエ五重奏ヘ長調 作品107/Crusell 嬉遊曲ハ長調 作品9/そしてMozart オーボエ四重奏曲ヘ長調K.370〜サルヴァドール・ミール(ob)/ロマノフ(v)/サンクトペテルブルグ・トリオ(1995年)・・・いや、もうこれはゴキゲンな一枚でして、Mozart だって名曲中の名曲なのに、意外と入手しにくい(廉価盤が少ないのか?)中、福音のような存在なんです。
Mozart に於けるイキイキ明るい表情だけではなく、ほかの聴く機会の少ない作品だって、同様の愉悦を感じて、この企画物の価値は高いと思いますよ。今朝、Dvora'k 交響曲第8番ト長調/スケルツォ・カプリチオーソ/伝説(3曲)〜バルビローリ/ハレ管(1957/58年)を。これはじつは既にサイト初期にコメントしているが、もの凄くエエ加減なことでして、書き直しが必要な自覚(たっぷり)有。少々オーケストラの響きは薄いけど、燃えるようにテンションの高さでしたね。音質も悪くない。
先日組み立てたばかりの「セレロン400mhマシン」は、最低限のメモリ(128mb)とハードディスク(10gb)+CDRドライブ付けてHARD・OFFへ。結果、一銭にもなりませんでした。(誰かに使っていただければ本望です)処分するにもお金が掛かる時代だからね。使わないマシンをしまって置いても場所取りだし。そのあと、ご近所のパソコン屋さんで「メカニカル・キーボード」(テンキーのないタイプ)2,980円で入手。キーボードはクリック感の深い、かちっとした手応えが大切なんです。
「Pentium4/2.4ghマシン」は快調だけれど、(試しに)WindowsXP「SP2」初めて入れてみると、無線LANの設定とかいろいろメンドーですね。セキュリティは日頃完璧(のつもり)だし、要らんかったかも。(これは7年もの熟成ノート/LaVieNX LV13Cにて執筆)
2005年10月某日
冷静に考えてみると、先月はいろいろあったね。三朝温泉に行き、台風で九州出張没って我がマンション停電騒ぎ、パソコン相次いでぶっ壊れ・・・おお、そういえば女房の職場でパソコン故障してデータを救い出したが、「もう壊れたパソコンは要らん」(様子わかる人間がいないんです)とのこと。いちおう、いただいておこうか〜ということで、昨夜、試しに組み立てなおしてOS入れてみたらちゃんと動くでないの。Pentium4-2.4gh/736mbメモリでっせ。ドライバが少々足りないが、やはり「セレロン400mh=3,150円マシン」とはかなり動きが違いますな。それにDVDも見られる「コンボ・ドライブ」付き(いまどき、当たり前か)
まだ、(ドライバいくつか不足分含め)環境整備やらカスタマイズができておりません。で、これが完全に仕上がると一台余ってしまうが、どうしよう。予備でしまっておくか。それとも最低限部品に組み直して売り払うか。(場所代がもったいないし)昨日〜本日再確認した音楽は、Brahms 交響曲第1番ハ短調/悲劇的序曲〜ジャンスク・カヒッゼ/トビリシ交響楽団(録音年不明)・・・一時HDCレーベル、そこそこの廉価盤として売られていたものだけれど、初耳演奏家となります。う〜む、誠実だけれどオーケストラが鳴らない。弦が薄く、響き硬質で濁りもある。ちょっとドレスデン・フィルを連想させるが、あれほどの骨太さと個性もなく、独自の存在を主張するには少々弱いでしょうか。(BOOK・OFF@250)
これから休日定例スポーツクラブへ。(ここまでセット途中のPentium4/2.4ghマシンにて試しに執筆/更新)
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行って来ましたいつものエアロビクス(激汗)。ハシモト先生はいつも溌剌でエエ感じですな。Pentium4/2.4ghマシンはだいたいの環境を整えたが、ビデオ・ドライバが完全に合致していない(どうも文字が大きすぎて調整できない)、それにオーディオ・デバイスが使えません。(女房の会社にドライバがあるはずだけれど、探せるだろうか)それまでは元のマシンに戻しておこうかな?
逢沢明「ネットワーク思考のすすめ」(PHP新書)・・・これは1997年発行ですね。日本人は古来ネットワーク好き〜という視点は見るべきものはあるのかもしれないが、いまとなっては「ネット社会概論」的であまりおもしろくない。少々ズレていてもかまわないから、大胆な予測が欲しかったなぁ。(あとで気付いたけれど、先月読んでますね、この本。ボケてまんな)浜辺祐一「救命センター当直日誌」(集英社文庫)・・・この先生イケ面なんですよ。しかも東大医学部ストレート、ワタシと同い年というのにこの違いは!もの凄くリアル本音で(実話なんでしょ、デフォルメしたとしても)文書ウマ過ぎ。家族の慟哭・激昂、医者の困惑・激怒が眼前に浮かぶようだね。(「こちら救命センター」「救命センターからの手紙」続編)
荒井千暁「医者の責任患者の責任」(集英社文庫)・・・種々様々な症例を(まるで)小説仕立て(実話を元にしているとのことだけれど)で立体的に表現していて”読ませる”本であります。でもさ、各話題ごと、前半の「小説的」部分と、後半の「症例的」部分のつながりがわかりにくい。ワタシのアタマが悪いのかね。八柳鐵郎「酒場稼業四〇年」(朝日文庫)・・・泣けます。厳しい水商売になんども失敗し、夜逃げし、また立ち上がる。人間の弱さ、優しさ、エエ加減さ〜お互い北海道人だよね、と自覚できます。
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小泉首相の靖国参拝の判決(有罪)は、ま、特別感慨ないけれど、「一太郎ヘルプ」判決(無罪)は画期的でしょう。システム上の本質問題ではないような、ちょっとしたアイディア部分でで難癖付けるなんて・・・と思っていたけど、けっこう高裁もジョーシキあるじゃん。ワタシは「一太郎」でワープロを覚えたが、現在では(お仕事互換性問題で)「WORD」ですが。(残念)
それと結論だけ書いておくが、「Pentium4/2.4ghマシン」無事ドライバ類入手、ほぼ完璧にセットできました。