柴田 南雄「グスタフ・マーラー」岩波新書280 1984年 430円
柴田先生ももう亡くなってしまったんだなぁ。この本はNHKFMで放送されたものをまとめたもの(またはその逆)で、その半分くらいはタイマーを駆使してカセットに録音したものです。(もう残っていませんが)あの一種独特のくぐもった、抑えた口調がよみがえる気分。
初期の「嘆きの歌」から交響曲全曲を詳細に解説していて、それに日本での初演の様子、ヨーロッパでのマーラー受容の経過、現代の優秀な録音まで、もう完璧な網羅ぶり。 長くなるので概略ですが、「マーラーを理解することによって、典型的な古典音楽を聴いただけでは理解できない、本来の交響曲-響き合う-の意味合いが見えてくる。また、ベートーヴェン以来の声楽と交響曲との結合の復権でもある」との主張。 1967年にウィーン芸術週間で、マーラーの主たる作品ほとんど全曲が取り上げられたことが、以降現代の管弦楽のレパートリーとして定着したということ。(海賊盤で有名なクライバー/VSOの「大地の歌」もその中の一曲。当時の評論によればバーンスタインの「復活」が圧倒的な感銘を与えたそう)
日本での戦前からのマーラー演奏史、筆者が若い頃から馴染んだSP録音も触れられています。(有名なオーストリア脱出前夜、ワルター/VPOの第9番ライヴは涙を誘う)楽曲解説にとどまらないエピソードもふんだん。
第1交響曲の第3楽章「葬送行進曲」に影響を与えたという、モーリッツ・フォン・シュヴィントのエッチングなども掲載されています。「復活」には、バーンスタインの「復活」に霊感を受けたベリオが、名作「シンフォニア」(パドヴァの聖アントニウスが引用され、自由に変容されている)を作曲するに至った経過も述べられます。 「大地の歌」のテキストが、中国の原詩を自由に変節したものであるにもかかわらず、高名な中国文学者である吉川幸次郎先生の高い評価の引用から「中国文学の権威である氏の、西洋音楽に対する感想がまことに正鵠を射たものであるのに敬服せざるをえない」と幅の広い論拠を示しているのも驚きです。 やがて、指揮者としての活躍ぶり、死への道。アルマとの確執。第10番の構想。そして「現代音楽への道筋」が語られ、全編が締めくくられます。 各所に有名な録音の「演奏論」が交えられ、その徹底した根拠ある理知的な芸術論は貴重なもの。第9番におけるカラヤンとバーンスタンの対比は白眉。 この本は岩波新書なので、手に入りやすいと思います。内容は全く新鮮。
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