吉田 秀和 「世界の指揮者」新潮文庫 1982年発行 400円+税 敬愛する吉田さんは現役で朝日新聞に定期的に評論が出てくるから、まったくありがたい。この本はもう全集で買うしかないのでしょうか。古本屋は膨大なる在庫があるから、そこで探せるかも知れません。ワタシがもっと若く、謙虚であった頃、ココロ震わせて読んだ一冊。アバド、マゼール(若手としての彼を非常に高く評価している)辺りが論評する指揮者としてもっとも若手である!という時代の流れと、一方でCDの売れ筋はここから動いていないのでは?という驚きもあります。 「ナマで接すること」を基本とされているようで、歴史的指揮者においては「この人の演奏会は一度しか聴けなかった」「海外に遊学したときには既に亡くなっていた」などというコメントがあちこち見られます。それにしても!理詰めで納得させる演奏史であり、指揮者論であることか!稀代のマエストロ(フルトヴェングラー、トスカニーニに代表される)への言及にプラスして・・・ かつてグールドを「発見」したように、ここではまだ本格的な録音(CBS)が始まったばかりのブーレーズを賞賛しております。「個々の点で正確を極めているというだけでなく、全体をきき通すと、比類のない迫力をもっている点にある。音の輝かしさだって比類のないものだ」「ただものすごい力だ、迫力だというのではなく、よく理解できて、しかもそのためにヴァイタリティが少しも失われない」〜これ以上の説明は必要がないでしょ。 情緒的で、一方的な決めつけではなく、読み進めると「音楽が聞こえてくる」ような文章。また、理論的に正しい、輝かしく効果的な演奏でも「私はそれを楽しんだわけではない」と釘を刺すことも忘れません。(ミュンシュ/ボストン響の「英雄」公演)ワルターのフェルマータは、息継ぎのように扱われる〜つまり「歌の続き具合の問題なのである。ヴァルターの旋律は呼吸している」とか、録音で低音を強調するのは、彼の音楽の底流が独墺にあることを意味している・・・なるほど。 ライナー/シカゴ交響楽団「運命」への賞賛、ベルリンで聴いたセルの「ライン」、HAYDNのレコードがどれだけ素晴らしいか〜一方でDVORAK、BRAHMSには「色彩が欠けている」、クリュイタンス/ベルリン・フィルのBEETHOVEN 交響曲7番はテンポを冷酷に動かさない、バルビローリのBRHAMS交響曲2番の冒頭主題表現の「誤り」・・・これはすべて具体的譜例を伴って、理論的(感情的一方的乱暴な決めつけではない、けっして)に説明されました。 ワタシはライナーの「運命」の感動の裏付け(お墨付き)をいただいた気持ちになりましたよ。でも、ご批判いただいたクリュイタンス、セルのBRAHMS、バルビローリのBRAHMS 交響曲第2番・・・皆、素敵な演奏だと思っております。一方で、ショルティの「エレクトラ」とか、こりゃ一度ぜひ聴いてみんとあかんなぁ、とも感じ入りましたが。
音楽を楽しめることは幸せです。学んでも、気にすることはない。そんな勝手な、不肖な読み手でごめんなさい。 ヴァルターのマーラーは、あの神経質で爆発的な歓喜と絶望の交錯のなかでさまようバーンスタインのそれとは、ひどくちがう。また、それは草いきれのむんむんするような野趣にみちたクーベリックのそれともちがい、洗練された都雅を失わない。
(2004年6月5日)
○本で聴く音楽○−top pageへ |