Sibelius 交響曲第2番ニ長調 作品43
ジョージ・セル/コンセルトヘボウ管弦楽団
Sibelius
交響曲第2番ニ長調 作品43
ジョージ・セル/コンセルトヘボウ管弦楽団(1965年)
ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47
ヘンリク・シェリング(v)/ロジェストヴェンスキー/ロンドン交響楽団(1964年)
FIC(PHILIPS 海賊盤) ANC109 @666にて購入
2004年再聴。ワタシがナマで聴いた(札幌だけど)日本公演ライヴは未だに聴く機会を得ません。ワタシは、このスタジオ録音はLP時代から気に食わなかったし、5年前時点↓でも違和感があったらしい。これがねぇ、こうして久々、寒さ厳しい冬真っ最中に(偶然に)聴いてみると、いや、もう、これは滅茶苦茶な感動の嵐来襲、こりゃなんだ?状態。圧倒され、全面降伏白旗状態。自分の感性の変遷(ただアホやっただけ?)に呆れましたね。
問題は録音だろうな。このCDは罰当たり(勝手にCD復刻)海賊盤だから、オリジナルはもっと良いのかも知れないが、音の肌理が粗いし、少々響きに濁りもあって、全体に硬い印象有。いわゆる”キツい”ように聞こえて、そこが(かつての)ワタシの不満だったと思います。(他の方のサイトでも似たようなコメントを見かけたことが・・・)
とくに第1楽章。きっちりと音が充満していて、密度が濃いんです。コンセルトヘボウなら、もっと茫洋とした奥行き深い響きが可能なはずだけれど、ずいぶんと引き締まってアンサンブルはピタリと集中力があります。たしかに「Sibelius は清廉涼しげサウンドで」みたいな先入観(ワタシの)からいうと、これには違和感あるかもね。しかも、録音問題もそれに拍車を掛けてしまうし。
第2楽章の緊迫感も同様。端正で厳格で、いつもながら「正しい」演奏か。残念ながら”癒やし系”からはほど遠い〜それでも第1楽章より、かなり聴きやすいと思いますけどね。で、ワタシが感心したのは第3楽章「ヴィヴァーッチシモ」(実質スケルツォ楽章か)からなんです。
弦がモウレツなスピードで細かい音型を表現するでしょ?これがかつてない集中力とアンサンブルの密度なんです。ただ上手いだけじゃない、途中に安らぎの部分が挟まるでしょ?あれがじつに切々と美しい〜集中スピード部分との対比がここまでピタリと決まっている演奏も珍しい。
そして、終楽章の明快さ。ウチのBBSで「第4楽章冒頭、雄大なテーマの合間に、コントラバスで合いの手を打っておりますね、わかりますよね。ペシュコ盤は、コントラバスではなくてティンパニのように聞こえます。更に30秒手前くらいに、次のテーマに移るのだけれど、ここなどにも顕著にティンパニのロールがあります。これが、この盤だけのものか、それとも私の再生装置が悪くて、他のCDでは再生しないかを確かめ」たい、との書き込み有。
じつはこのセル盤を再聴したのもコレがキッカケでして、所有しているCDを確認したらナント計21種!閑話休題、なんといってもセルはバスとティンパニの際だたせかたが明快!ダントツ!録音はさほどでないから、これは指揮者の明快なる主張でしょう。いえいえ、その部分だけ、ということではなくて、終楽章の胸がすくような爽やかで豊かな歌心にノックダウンされました。
最後の最後まで集中力テンション途切れず、あざといテンポの揺れなど少ないが、セルの表現はいつも正しい〜感動を運んで下さいました。(ヴァイオリン協奏曲は、また別の機会に。2004年2月6日)
↓以下、1998年このサイト開設当初頃執筆分。「シベ2」(安易な俄”通”ぶり、略称言い回し)なんて書いてあるし、文章ぐちゃぐちゃだし・・・勘弁して下さいね。
1964年録音。3枚2,000円で電気屋さんの店頭で購入。シベ2(1965年録音)と、ヴァイオリン協奏曲(1964年録音)という豪華カップリングが嬉しい一枚。
1970年に亡くなったセルは、その年日本での最後のツァーを行いました。
中学生だったワタシは札幌会場(プロレスなんかが開かれる中島スポーツセンターにて。まだ市民会館以外はまともな会場がなかった)で、セルに会いました。だいぶ早く会場へ到着したワタシは、座席向かって左端を通って舞台の方へ向かうセルを発見。あわてて1m以内まで接近し、しげしげと眺めてしまいました。誰かと立ち話で打ち合わせしていて、背筋をキリッと伸ばした、大きくて恐そうな爺さんだった偉大なるセル。
大昔で記憶が怪しいのですが、たしかウェーバー「オベロン」序曲、モーツァルト交響曲第40番、そしてこのシベリウスの交響曲第2番だったと思うのです。(お客のマナーが悪くて閉口した記憶有)
シベリウスとセルとは合わないような気もしますが、レパートリーには入っていたようですね。(第7番のライヴもあったはず)ここは珍しくコンセルヘボウと録音しているのが注目されます。
この録音はLP時代に持っていて(フィリップスの1,000円盤)、はっきりいってあまり好きな演奏ではありませんでした。(当時の愛聴盤はモントゥー/LSO)久々に聴いて、いろいろと感慨深く、考えさせられることしきり。
まずアンサンブルが濃密で、充実していること。オーケストラが優秀でコンセルトヘボウ独特の暖かい、深い音色が充分聴き取れる立派な演奏であることに間違いはありません。どこにもスキがない、指揮者の思いが隅々にまで到達している演奏でしょう。歌うべきところは歌い、決めるべきところはピタリと決まる。凄いんですよ、なかなか。もう完璧のアンサンブル。
でも、この演奏は「なんかちがう」といった思いは、昔から変わりませんでした。シベリウスって、特有の涼やかな響きってあるじゃないですか。音の密度が高過ぎて、風通しが良くない状態というのでしょうか。ちょっと息苦しいような演奏なんですね。温度も少々高い。瑞々しさ、豊かさが足りない。
音の状態はあまり良くなくて、大音量のところでは音が割れます。(オリジナルはもっとちゃんとした音かも)PHILIPSにしては、ずいぶん残響も足りなくてそっけない録音。「セルの厳しさ」ばかり目立つのは、そのせいでしょうか。ライヴでは絶対凄いはず。
でも、これが純音楽的に充実した演奏、と言えるのかも知れません。できるだけオーディオ的に整った条件で、集中して聴くと見えてくるものはある。曲が進むに連れて、オーケストラの技量の高さや、セルのアンサンブルに対する執着(終楽章における縦の線!)が伝わってきて、その完成度の高さに圧倒される思いです。これはこれで感銘深いかも。
ヴァイオリン協奏曲は、シェリングのヴァイオリンが流麗で美しく、クセがなさ過ぎてつまらなく感じるのは贅沢な感想でしょうか。この曲はもっと激しく、燃えるような情熱が必要のはず。
この演奏も録音状態がイマイチなんですよね。(もしかしたらこのCDだけかも知れない)でも、これはこれで完成されていて、細部まで美音の限りを尽くして磨き抜かれています。永く聴き続けるのに耐えうる演奏でしょう。
ロジェストヴェンスキーは隠れシベリウス・スペシャリストで、雰囲気あるいい感じのバックをつとめています。
へんな話しですが、この録音、なかなか正規では手に入らないでしょ?FICのCDはしぶとくあちこちで見かけますからね。セルの録音、ましてやコンセルトヘボウとの録音なんてなかなか安く出てくれないんで、ありがたいものです。LPでは交響曲1曲のみの収録でしたから、得した感じ。(1998年)