音楽日誌
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2004年12月某日


大晦日。感慨はない。但し、リラックスしてます。早朝目覚めたけど、ちゃんと眠れました。今朝、ファン・ヒーターが最終的にいかれました。しとしと雨で寒いし、子機の調子が悪い受話器と一緒に買いに行こうかな。今朝、サイト本年最終更新。Brucknerでした。

Brahms 交響曲第3番ヘ長調〜スウィトナー/シュターツカペレ・ベルリン(1984〜86年)を(おそらく5年ぶりに)楽しみました。購入したのは博多在住時代のご近所書店というかレンタル・ビデオ屋。マイルドに溶け合った極上の柔らかい響き、細部わずかなニュアンスの付加を聴いていると、新しい興味を求めて日々CDを購(あがな)う自らの姿が卑しくも思えます。青い鳥はすぐそこに。こうしてサイトで記録を採るようになると、宝の持ち腐れが痛いほど自覚できる・・・

大仰なる表現ではないが、確乎断固としたメリハリ(これは最終楽章)や、表情の濃さ(第1楽章)もあって、金管の野太くも地味な大爆発に愕然とします。燃えるような情熱+ティンパニがダメ押し〜圧倒的説得力有。ここ数日聴いていたケンペ/ミュンヘン・フィルの爽やかな金管とは大違いだ・・・当たり前だけれど。録音極上。保留条件なしに最高の演奏。録音。

2004年大晦日は大雪さて、故障した女房パソコンの処分、ファン・ヒーターなどの購入でも、とドアを開けたら大雪真っ盛り。岡山に越して5年だけれどこんなのは初めてだ。これじゃクルマは出せない。故障ファン・ヒーターでは凍えてしまう・・・で、もしかして、との期待も込めて再度スイッチを入れてみるが、やはり警告音が・・・(今朝、何度も分解してお掃除したのに)

再度リセットして点火〜つきました。でも、即消えるかな?と思ったら、しばらくそのままで15分経過。でもちょっとおかしい、少々灯油臭いのと、なんやらやたらと本体アツくなっております・・・危ういか。(結局ダメでした)

なんやら外を見ていると、クルマ少な目でそろそろ走っているみたいなので、女房パソコンと電話機をHARD・OFFで処分、電気屋に回ってPIONEER製の新しい電話機購入、ファン・ヒーターも買おうかなと迷いつつ、当面ハロゲン・ヒーターがあるからいいか、とかであきらめ・・・そういえば、数日前HARD・OFFで見掛けた、かなりお徳用ジャンクPC4台くらい売れてましたね。見ている人は見ている。

さて、一年が終わろうとしております。ワタシにしては珍しく、それなりに意志を持って動き、そして苦しかった一年だったと思います。風邪ばかりひいて、入院手術まで経験したが、温暖な冬は(商売上マズいが)風邪のないお正月をプレゼントしてくれそうです。世情的には年々悪化し、想像も付かない天変地異も発生いたしました。大型台風、大地震で寒風吹きすさぶ中、年末をお迎えの方もあることでしょう。せっかくの東南アジア・リゾートの楽しい旅が、一瞬のうちに悲劇へと暗転した方も。

こうしてBach を聴きながら、ゆったりお正月を迎えられる自分は幸せである、ことを噛みしめます。幻想曲とフーガ ト短調 BWV.542/トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調 BWV.564〜ヘルムート・ヴァルヒャ(or)は、巨大なる音楽の伽藍を連想させ、その構築美を抑制の利いた、むしろ素朴な味わいで伝えます。(1963年)ブランデンブルク協奏曲第5番ニ長調/第6番 変ホ長調〜コープマン/アムステルダム・バロック管弦楽団(1983年)は、「音楽に於ける愉悦感とはどういうものか」をストレートに提示して下さいます。

「衣食足りて音楽を識る」〜素晴らしき2004年/一年間に感謝。

2004年12月某日


いちおう昨夜で通常業務は終了です。上司とワタシは本日未だお留守番やら、地元のお得意さま回りが残っているが、実質上自分の机の上下魑魅魍魎混沌状態塵芥清掃が第一。昨夜は上司と我がチーム(一番よく働き成果を上げた)の最終慰労忘年会。いよいよ本日からダイエットだ。

出張移動中は音楽に集中できます。先日、リヒターで堪能したBach オルガン作品を、ヴァルヒャ(or)で(トッカータとフーガ ニ短調 BWV565)〜正直なところ「オルガンの演奏は全部同じに聞こえる」と情けない状態だったが、ははぁ、なるほどこれはリヒターとは違いますな。もっと淡々素朴な、抑制の利いた表現。オルガンの音色が千変万化して、枯れた味わいもあります。(1965年頃?)リヒターのは雄弁で豪勢だったんですね。

Auber 「フラ・ディアヴォロ」序曲、 FLOTOW 「マルタ」序曲、「アレッサンドロ・ストラデルラ」序曲、LOLTZING 「ロシア皇帝と大工」序曲、Nicolai 「ウィンザーの陽気な女房達」序曲、ADAM 「われもし王者なりせば」序曲、CORNELIUS 「バグダッドの理髪師」序曲、REZNICEK 「ドンナ・ディアナ」序曲〜ハンス・フォンク/シュターツカペレ・ドレスデン(1986年)にて。フォンクは難病に冒され、今年2004年亡くなったはず。19世紀の喜歌劇序曲集でして、「ウィンザーの・・・」以外は作品的に知名度低いが、どれも楽しさ抜群!涼やかで厚みのあるオーケストラも魅力でした。

昨日言及したRespighi「ローマの松」〜バティス/ロイヤル・フィル(1991年)を確認。(一部称揚されている爆演系)などと少々揶揄したが、数年前の自らのコメントには少々違和感もある。徹底して「耳も裂けよ!」とばかりに絶叫する金管+打楽器の迫力を堪能されるのも悪くないかな。でも、もっと精緻で繊細な陰影対比がある演奏が好ましい〜ワタシはアンセルメ盤(1963年)が好きです。

朝一番で女房息子を大阪に送り出して出勤。主にお掃除風のお仕事しつつ、昼から地元お取引先売り場訪問。けっこうまじめに回っちゃって、疲れました・・・が、これにて一年のお仕事終了。ぼんやりしております。引き締めるべきか?それともとろ〜りとしたほうが良いのだろうか・・・。

奈良女児殺人容疑者捕まる、史上最悪ともいえる東南アジア津波被害、幼児兄弟を母親殺害事件、パチンコ熱中両親が車中幼児放置・・・こんな事件ばかり・・・とろ〜りしちゃいけないかな?日本人の正しい風習に従って「第九」堪能。合唱に対する考えがどんどん変わっていますね。そういえば、ここ数年でオーケストラに対する考えが変わって(というか、確定したと言うべきか)いましたね。

2004年12月某日


もう発作は来ない。いちおう鎮痛剤はもらってあるから、正月ちゃんと越せそうで、本日から広島へ当初の予定通り出張します。最後の最後までハードだ。正直、ノーミソの奥では”仕事は終わった”との認識があって精神的に切れてます。

Berg 「ルル」組曲〜こんどはオトマール・マーガ/ニュルンベルグ交響楽団にて。(ソプラノ表記なし)これはこれでやはり甘美で、ブーレーズのあとに聴いてもそう違和感なし。歌劇「ルル」(アントン・レック/テアトロ・マッシモ)全曲も意外と楽しめたが、難解ではあるがこみ上げるような官能が感じられて、これはたしかに現代に生き残るべき美しさでした。BBS書き込み関連で、Respighi「ローマの松」「ローマの祭」〜小澤/ボストン響(1977年)を。

これはおそらくワタシが所有するCD中もっとも初期のものでして、2000円くらいで買ったのか、それとも定価2,800円通りだったか。オーケストラが非常に上手い、細部まで明快精緻でテンションの高さも尋常ではなく充実している。速めのテンポ・・・ということではなくて、「間」が足りないと思うのは個人的好みだと思います。少なくとも(一部称揚されている爆演系)バティス/ロイヤル・フィル(1991年)よりずっと素直に聴けます。

さて、行って来ます。

(在広島)年末も押し迫って出張とはねぇ。しかも発作後なのに・・・更に会議後にお誘いがあって、酒席有。ま、ワタシはとことん二次会三次会みたいな性癖はないので、きもちよく(ムズかしい)お取り引き先と、安直な安い飲み屋で激論しました・・・体調良好で、こうして誘っていただくのも幸せです。健康第一。

(発作明けの)昨日も、今日もいつもより30分早く自宅を出て、(移動時間)音楽聴きました(ディスクマンで)。Mahler 交響曲第1番〜コンドラシン/モスクワ・フィルにて。ワタシは彼のMahler を愛するが、洗練と骨太さがほとんどバランスよく配置されて、これは単なる露西亜風個性とは言い切れない。沸き立つような精神の痛み・・・とは少々異なるが、たしかに濃厚な甘美を感じる演奏です。

バーンスタイン/ロサンゼルス・フィルGershwin ラプソディ・イン・ブルー〜バーンスタイン/ロサンゼルス・フィル(1982年)・・・少々Brahms のテイストも感じさせ、もの憂いブルースの味わいもある。つまり少々重い、粘着質もあります。引き続き「ウェスト・サイド・ストーリー」のシンフォニック・ダンスが収録されるが、変幻自在の変拍子がみごとに決まっていて、オーケストラのみずみずしい響き、明るい厚みが快感です。でも、これはやはり声楽入りで聴かないと・・・。

嗚呼、眠い。

2004年12月某日


もう24時間、本格的な発作は来ない。いちおう完治と信じたいが、発作は怖いので鎮痛剤はもらいに行きます。少々早めに出勤して最低限の資料提出して、途中抜け。明日からの広島会議も(本日の体調次第だけれど)残業して資料作って、対応するつもり。つまり、元の生活へ。なんとか。演奏会に行くくらいだから、当たり前か。

Bizet 歌劇「カルメン」は数少ない馴染みのオペラだけれど、管弦楽の組曲版をミュンシュ/ニュー・フィルハーモニア管(1967年)にて。「アルルの女」(5曲独自選曲)も収録されて、彼にはなんとなく珍しいレパートリーだけれど、オーケストラとの体質的相性問題か、期待ほど楽しめません。彼には燃えるような情熱!を期待したいが、オーケストラのスリムで上品な響きと完全にマッチしておらず、中途半端な印象がある。コレ、罰当たり海賊盤でして「美しいパースの娘」(組曲)〜アンセルメ/スイス・ロマンド管(1960年)収録されます。

これが得も言われぬ雰囲気有。説明しがたいアンニュイな味と香りは、録音のマジックとは言い切れない魅力だと思います。細部、やや曖昧なところもタマらない。引き続き、Faure 「ペレアス」組曲、「ペネロープ」前奏曲、「マスクとベルがマスク」組曲+トドメはDebussy 「小組曲」(BU"SSER編)へ。1961年の録音だけれど、コンピューター時代の現代機能主義では失われてしまった馥郁たる匂いがあって、弟子筋であるデュトワよりクール、かつやや崩れた退廃性を感じさせて、「素朴細部明快」を好むワタシとしては異形の嗜好となっております。(あくまでフランス/ロシア系の音楽に限るが)

ようやく寒くなってきました。午前中病院に行って、診療〜年明けに再検査だけれど、自分ではもう治ったつもり。通常業務に戻ります。明日の広島出張も予定通り。あと3日間乗り切って(説教メールもいただいたし)新年は体質改善というか、精進しないと。

通勤(通院)ではPierne' バレエ音楽「シダリーズと牧羊神」「ラムンチョ」序曲〜ジャン・バティスト・マリ/パリ・オペラ座管(1976年)を。たしかDebussyと同い年ですよね。でもずいぶんと知名度が違う。これは素晴らしい名曲(演奏も)でして、初期Stravinskyのテイストでもっと大衆的、わかりやすくしたような楽しい音楽でした。華やかで、粋な味わいのオーケストラも音楽の質にピタリと合います。

Berg 「ルル」組曲〜ブーレーズ/ニューヨーク・フィル/ベルゲン(s)(1976年)。極上の妖しさ、甘さ。酔うような快感有。帰宅して、昨日届いたQUADROMANIA4枚組Wagner 「パルシファル」〜クナッパーツブッシュ/バイロイト・ライヴ1951年の前奏曲に痺れ、ジョージ・ロンドンの確かな存在感に驚いた段階で「!」・・・これには記憶がある。つまりダブり買いだ。ちょうど2年前に購入した「Wagner MANIA」(HISTORY20枚組)を取り出すと、ちゃんと入っておりました。んもう、最後の最後までドジだなぁ。だれかにプレゼントだな、これは。情けない。ムダ使いばかり。

2004年12月某日


忙しく押し迫った時期に身動き取れません。発作が出ちゃうと。昨夜は良い感じだ、と就寝したが今朝5時頃激痛がやって参りました。一時間ガマンして残り少ないヤクを使用。どのくらいの時間効いているのか、それは石の都合だからわからない。当面の痛みを抑えて「痛みの素=石」の移動を待つ、というのが唯一の対策。救急で病院に行って、そのまま土日でしょ。だから、明日、病院へ本人が診察受けないと鎮痛剤もらえないんです。年末だし、混んでいるだろうな。即回復する=石が出る保証はどこにもないから、ヤクをいただかないと年を越せない。

女房クルマで息子部屋掃除+お迎えへ出発。本来ならワタシも行くんだけどね。こんな時に女房マシン調子悪くて、とうとうダメ。仕事休んでバチ当たりだけれど、昼から演奏会は行こうかな、と。もう一か八か勝負だね。

とうとう演奏会行き強行!結果論的に大丈夫でした。いや、じつは帰りがけちょっと怪しかったが、即回復。既に18時間くらいヤクを使っていないからもう大丈夫かも知れない。念のため明日午前中病院まで行って,前回の救急の精算と鎮痛剤もらってくるけど、この調子なら昼から日常お仕事生活に戻れるかもね。気力回復傾向。広島出張も予定通りか。生活の改善しなくちゃ。息子、広島の山中より帰宅(女房が迎えに行った)。

Sibelius 「4つの伝説曲」〜グローヴス/ロイヤル・リヴァプール・フィル(1974年)のCDいただきました。とてもジミ臭くて、いかにもイギリス的か?録音が例の如しEMI系ぼんやり薄味なので、もう少し聴き込む必要有。それにしてもこれのみの収録は少々贅沢か?それともこれで良いのか?ムント盤なんてこの倍くらい入ってまっせ、って、演奏の質とは関係ないけど。

本日の演奏会の復習ということで、Bach クリスマス・オラトリオ第1/3部〜フェルディナント・グロスマン/ウィーン響を。ステレオ初期か、モノラルか、と言う音質。既にウチのBBSにも書き込んだけれど、「少々前時代的、とくに声楽がオペラティックで昨今のすっきり軽快系とは異なります。音質余りよろしくなく、オーケストラのソロもそれほど上手くない・・・が、それでもBach の音楽の魅力が伝わります」と。QUADROMANIA4枚組(1,337円にて入手)は他にヨハネ受難曲(同じくグロスマン)も収録。どこの原盤でしょうか?(って、VOXのライセンス、とCDに印刷されておりました。ウワサによると実質海賊流用とか)

2004年12月某日


明日も仕事だ・・・なんて言っていたけど、とうとうやっちまいました大発作。(鎮痛剤効いているけど現在もかなり痛いです)夜中三時頃右腰奥に鈍痛を感じ、数日前みたいに小一時間くらいで治まるべ、と思ったら大間違い。もう七転八倒の激痛に冷や汗も出る始末。女房起こして馴染みの岡山中央病院へ。血尿出てるそうです。レントゲンでは写らないが、CTスキャンではしっかり石をとらえていて、「ああ、かなり下に来てますね」とのこと。

4年ぶり?懐かしい痛みだわ〜なんてそんな余裕なし。あまりの痛み苦しみに気分も悪くなるくらい。肥満気味、尿酸値が高い、そして激ストレスと三拍子揃えばわずか4ヶ月ほどで石は育つんですな。胆石入院時には腎臓付近に石はなかったらね。明日の演奏会はアウトか?今日中に石は出てくれるのか。食欲まったくなし。CD聴こうという意欲もなし。

発作から7時間目でいちおう痛みは沈静化。ヤクが効いているのか、それとも石が出たのか(おそらく違うでしょ)、それとも痛みの薄い場所に移動しているのか?職場のメールを家で受信して、出勤している人に当面のお願いメール返信。痛みのないウチにご近所床屋さんに行って、久々短髪にしてもらいました。(真っ最中に激痛が来たらどうしよう?とビクビクもの)

結果論的に音楽を聴ける(このようにコタツでノートパソコンをいじれる)体調になった、ということです。いっぱい水飲んで石を完全に流しましょう・・・昨日のRavel 「上品でセンチメンタルなワルツ」〜パレー/デトロイト響(1959年)の件で、思い出したことがひとつ。録音極上でして、タンバリン奏者の動きがわかるんです。そのリズム感の鮮やかなこと!ブーレーズもクリュイタンスも素敵だけど、こんな直裁で明るく楽しい演奏は希有なる存在。

昼からコタツでウツラウツラじっとしていたけれど、やがて激痛再発。ややガマンの時間を過ごしたが、堪らずヤクを使用〜ときに鈍痛を感じるが、それから(7時間)順調です。一晩大丈夫だろうか・・・ここ数日間、じっくり聴いていたBruckner 交響曲第5番〜ケンペ/ミュンヘン・フィルをとうとうラストまで到達。最高です。鳴りきったオーケストラは、勢いと迫力充分ながら、明るさと爽やかさを失わない。大見得とは無縁の、オーソドックスな魅力溢れます。これはこれで燃えるような演奏、というか、ほとんど最高。

Tchaikovsky 幻想序曲 「ロメオとジュリエット」/交響曲第5番ホ長調 作品64〜ユストゥス・フランツ/フィルハーモニー・デア・ナツィオネンにて。これはなんとも評価がムズかしいですね。演奏技量的アンサンブル的推進力的テンション的に文句なし。ライヴの熱気も残響もたっぷり。足りないのは「憂愁」「陰影」ですか?

2004年12月某日


昨夜は発作もなくゆっくり眠れました〜が、朝食をとったら俄にぼんやりどんより痛みが・・・大丈夫か?

ライナーのVerdi「レクイエム」聴き終わりました。ビョルリンクとプライスの歌がなんといっても壮絶か。オーケストラの厳しさは特筆すべきものだけれど、録音水準としては期待ほどではない。1959年ですから。しかたがないか。引き続き「聖歌四編」〜メータ/ロサンゼルス・マスター・コラール/ロサンゼルス・フィル(オーケストラは半分くらい登場しないじゃない。1970年)も聴いておきました。繊細で敬虔な作品/演奏だと思うが、ちょっと演奏の質的にムリムリな組み合わせでしたね。

直接、お取引先へ。いろいろトラブルがあって、相手激怒。ま、良く知った人だし、それはいいけど先の展望が見えずにカネばかり取られているようでヒジョーに精神的に落ち込んでしまう。更に数人と商談打ち合わせして、昼から職場に戻る予定が昼飯は喰えないし、時間はどんどん経っていくし・・・で、もうそのまま帰ろう・・・と思ったらケータイが。「メーカーさん来てますよ」〜約束忘れていた。

しかたがないので、出先の相対的近所まで来ていただいて、お客様の売り場でご商談。更に数件、お客様表敬訪問して、もう夜でっせ。精神的にくしゃくしゃしてHARD・OFFで衝動買い。スキャナ(これはちゃんと動いた。でも我が家で三台目)+無線LANアダプタ(これが設定上手くいかない)・・・ストレス募ります。

クルマで移動中、音楽聴きました。Respighi 「ローマの噴水」「ローマの松」〜アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団(1963年)を。まず、録音が良いことは必須条件。やれベルリン・フィルだ、シカゴ響だ、と上手いオーケストラが効果的に決まってます・・・が、そうだろうか。この華やかさ、輝かしさ、軽快愉快上品な味わいの魅力はどう説明したらよいのか。ばんばん鳴らす爆演系をヨロこぶようでは、この作品の真価は見えないぜ。

「かつてアメリカの自動車の街にマジックが発生した」〜ポール・パレー/デトロイト響でRavel 「ダフニス」第2組曲(1962年)、「上品でセンチメンタルなワルツ」(1959年)を。明快、すっぱりとした骨太な表現、ストレート系、なのにサウンドに健康な色気があって、じつは繊細そのもの・・・Debussy 「小組曲」(1959年)を聴こうと思ったんだけれど、そこまで到達できず。昨日のアンセルメ盤は絶品でした・・・ほんわか曖昧で匂うような官能。

本日もサボったし、ということではないが明日も出勤お仕事です。

2004年12月某日


本来休日出勤の予定だったが、昨夜9時時点でチーム・メンバーに「もう、あきらめよう」と、「明日祝日も出てこなく良い」と判断しました。キレイごとではない、どうせシステム不備による作業の遅れだし、お客に迷惑掛けるワケじゃない内部処理だし、家族とゆっくり過ごすほうが、ゆっくり休むほうが大切に決まってまっせ。上司に叱られない自信だって有。一時間ばかりビールを飲んで帰りました。世間では忘年会ピークなんですね。どこも混んでました。

昨日、出勤前にBruckner 交響曲第5番〜ケンペ/ミュンヘン・フィル(1975/6年 PILZ盤)を再度、じっくりじっくり確認。熱演!爽やかで暖かいオーケストラの響きが、抑制を伴いながらも燃えるような情熱を感じます。通勤バス中では、Berlioz 幻想交響曲〜小澤征爾/トロント響(1966年)を久々。こんなにノイズが多かったっけ?1995年にCD化されて、それから再発されないのも、そのせいでしょうか。

細部まで描き込まれ整理整頓された、やや神経質なアンサンブル。しかし、若さの勢いと集中力が得難い魅力になっていて、(以前は気になっていた)オーケストラの響きの魅力不足も感じません。あとでボストン響の録音も確認してみましょう。繰り返しは実行して欲しかったし、「幻想」のコルネットは魅力的だからぜひ演って欲しかったところ。

昨夜のビールが逆効果だったのか、昨夜就寝直後また発作が。一時間くらいで治まって今朝も快調だったが、やがてどんよりと痛みがある。運動と気分転換を目的に散歩して床屋さんへ行ってみるが超・満員でして、BOOK・OFFへ。さすが年末で在庫増えてますね。ワタシの基準(@250)の倍ではあるが、積年の課題CDがあったので数枚購入。今朝から、また自宅に散歩から戻ってからも断続的にBach 三昧。まず、ルーシー・ファン・ダール(v)で「シャコンヌ」(1996年)・・・これはリズム感が軽快で、聴き慣れたスタイルと大きく異なります。時に古楽器にありがちな貧弱なる世界ではない。センスとしてはむしろモダーンか?

しばらくサボっているリューシンク(オランダ・バッハ・コレギウム)盤カンタータ全集〜第97番「わたしのすべての行いに対し」をずいぶんと久々。書き掛けサイト用原稿在庫のなかにこのカンタータ集3本分あって、その日付はナント2001年でした。(なんとか完成させなければ)ヴァイオリン、オーボエ2本+オルガン、ファゴットのバックが素朴、やや不器用で暖かく、好きな演奏です。オランダ少年合唱団の音程がやや不安定にも感じられるが、全体として敬虔で爽やかな味わい。

断続的に腰奥付近が痛く、身動きがとれない。昼からずっとテレビ(二時間ドラマ再放送)を眺めつつ、ときにウトウトしつつぼんやり。夕方休日出勤の女房が帰ってきたので、近所にオープンしたお好み屋に行ってみるが、まぁまぁかな。安直な飯屋みたいなところが意外と少ないところだから流行るかも。広島風でした。起動が少々おかしい女房PCを分解したりしているうち、ようやく痛み治まりました。

本日購入したCDの一枚〜Honegger作品集はデュトワ/バイエルン放響(1985年)です。聴きたかったのは交響的運動「パシフィック231」・・・機関車がゆっくり動き出して、やがて全力疾走・・・この作品大好きなのに、CDはなぜか一枚も持っていなくて、ヤノフスキ/フランス国立フィルのライヴ・エアチェックがあるのみでした。アンセルメのLPは素晴らしい臨場感だった記憶がある。デュトワ盤はオーケストラのアンサンブルの優秀さ、細部緻密な表現と録音も素晴らしいが、かつての「蒸気をブシュ〜ッと吐き出す機関車」「ゆっくり回り出す重い車輪・振動」「荒野を疾走する真っ黒い車体」が彷彿と出来ません。

路線は電化され、快適な車両となってしまった現代の「パシフィック231」なのか。続く、「ラグビー」「第3番」(フルトヴェングラーの演奏で有名)は、ほぼ初耳状態で、とても明快でわかりやすい。もう一枚はIbert「嬉遊曲」〜マルティノン/パリ音楽院管弦楽団(1960年)〜これもLP以来。ワタシは佐渡/ラムルー盤(1996年)の若さを激賞して止まないが、正直言って比較の対象(オーケストラの技量、表現の巧みさ、貫禄、メリハリ、ハズしかたの桁に於いて)にならない。楽しさ爆発、もうジョーダン大炸裂ノリノリの賑々しさ、オーケストラの華やかさ上手さに舌を巻くばかり。(録音は英DECCAのマジックです)

本日購入ラストはVerdi 「レクイエム」〜ライナー/ウィーン・フィル(1959年)・・・これこそ少年時代FMで聴いて一発で痺れた作品であり、演奏でした。数十年の邂逅か。CD時代になるとムーティ盤、トスカニーニ盤、マタチッチ盤、マリノフ/ソフィア歌劇場盤など、どれを聴いても胸締め付けられたが、ライナーが脳裏に焼き付いておりました。嗚呼やっぱりだ、テンポが全然他とは違う(もの凄く遅い)、たしかにこんな演奏だった・・・ていねいに、そっと、そぉーっと旋律を囁いて繊細です。

DECCA 421 608-2 2枚組950円(税込)(当たり前だけれど)ソロが思いっきりオペラしてます。レオンタイン・プライス(s)、エリアス(ms)、ビョルリンク(t)、トッツィ(b)という、オペラ方面の知識に暗いワタシでも、ウワサだけはタップリ聞いている面々の雄弁なこと。オーケストラの圧倒的な厚み、迫力〜いつものウィーン・フィルらしからぬ、激情と切迫感に充ちた表情はライナーの精華でしょう・・・まだ、全部聴き終わりません。

2004年12月某日


せっかく熟睡していたら、夜中の3時過ぎ腰辺りの激痛で覚醒〜って、コレ久々の尿路結石の発作でしょ。前回のはじつは胆石であって切腹事件にまで発展するが、既にその原因は根治しているから間違いない。これは横になっても起きてもにっちもさっちもいかないほどの激痛であって、鎮痛剤(座薬)で当面ゴマ化して凌(しの)ぐしかない。過去数回の経験では一ヶ月以上症状が続いたこともあり、1時間ほどで治まったこともあるが・・・そういえば、ここ一週間ほど下腹部がどんより重かったな、なんて考えつつ水を飲んでトイレに行って、パソコンを開いていると上手い具合に自然と沈静化の方向へ・・・助かりました。

ストレス、運動不足が原因だな。アルコール摂取(=ストレス解消)もか。そういえば、昨日の戻りの新幹線中ではお茶も水も飲まなかったな。日常生活を改善しないと・・・。

昨日の新幹線移動中の音楽を引き続き。R,KORASAKOV「シェヘラザード」(パリ音楽院管)「金鶏」組曲(スイス・ロマンド管)〜アンセンルメ(1948年)は驚愕の録音です。1954年ステレオ録音も素敵な演奏だったが、音の鮮度分離、奥行き良好、広がりが存在しない以外すべて問題なし。演奏の質は変わらず、明るく、さっぱりとセクシーな演奏で、重苦しさ粘着質皆無の粋なもの。「金鶏」も同様だけれど、このシリーズはトラックの切れ目は一律に「間」が空いちゃって少々処理がいい加減でした。

居眠りしていたワリには本も読めまして、柴山哲也「『情報人』のすすめ」(集英社新書)〜あっという間に情報が旧くなってしまう「情報もの」だけれど、2001年3月発売(執筆は2000年)にもかかわらず、まったく内容的に鮮度を失わない希有な一冊か。「失われた10年」の的確明快な分析と、日本という閉鎖された歴史が生み出した「情報」に対する鈍感さ、第二次世界大戦の趨勢は情報戦で決まっていた問題、既に若者一般に普及しいてたケータイの意味合い(アメリカでは人口密度が最も高いハワイ州での普及がもっとも最初に進んだ事実に似ている)、インターネットの無限の可能性(双方向の情報の価値とマスコミの凋落)。

この時点では日本の通信料は圧倒的に高く、この数年でインターネット接続が一気に激安化か進んだのは周知の通り。あとはケータイ料金が下がっていくんだろうな。いや、どう現在は考えてもジョーシキ的な経費じゃない。大原健士郎「シングルライフの心もよう」(講談社+α文庫)〜精神科のお医者さんの著作は既に朝日文庫で何冊か読んだことがあって、これは日経新聞の連載をまとめ、加筆したもの(1995年発行)。ワタシの両親の世代で、一人息子が(やはりお医者として)独り立ちする頃に奥様を亡くされているんですね。配偶者に先立たれ、息子はトロントに留学し、心ならずも「シングルライフ」となった、ということを、淡々と、自分の事例で綴っていて、教訓めいたことはほとんどありません。

この人のゆったり、暖かい語り口は素敵です。

2004年12月某日


今年は最後までなんか忙しいなぁ、きょうは今年ラストの山口へ。昨夜も少々残業後、社外の親しい人と情報交換少々〜風邪は大丈夫だけれど、体調万全ではない感じ。気を付けましょう。昨夜、甥用のノートパソコン届き、セットアップあれこれ・・・というか、要らぬプロバイダー・セットアップ用セットを取り除いて、必要なソフトをセット・アップ。新しい、ピンピンの(性能の良い)パソコンにはなぜか情愛が沸かない。

昨日FMの「マニフィカト」の演奏者〜メールで情報いただいて、Bach 「“マニフィカト”初期稿 変ホ長調 BWV243a」(35分20秒)(ソプラノ) スザンヌ・リディーン/ハイドルーン・コルデス、(カウンター・テノール)ドルー・ミンター、(テノール)マルクス・ブルッチャー、(バリトン)ペーター・ハーヴェイ、(合唱)レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊、(演奏)ムジカ・フロレア・プラハ、(指揮)ローラント・ビュッヒナー<Glissando 779 019−2>だったそうです。合唱が新鮮な印象でした。(即、連絡いただくなんてありがたいものです)

今朝、Berlioz 幻想交響曲〜コリン・デイヴィス/コンセルトヘボウ管(1974年)を前半のみ。先日聴いたロンドン響(1963年)がとても気に入っておりまして、やはり第2楽章のコルネットですか、これはこの作品には必須ですね。「火の鳥」「新世界」も、このコンビは至福です。

山口へも移動時間が長いから、CDをセレクトしなくちゃ。山口BOOK-OFFも覗いてみようかな?

年末商材調達最終不足でお客にクソミソ言われつつ、逃げるように新幹線に・・・音楽聴きつつ夢の世界へ〜気付いたら広島出ているじゃない。もしかしてコレ新山口には止まらないんなじゃないの・・・って、新下関迄行っちゃってこだまで戻りました。予定より約一時間遅刻、しかも昼食抜きダイエット。新幹線って眠いんだよね、なぜか。

QUADROMANIAのSibelius (1/4枚分手持ちダブリ)を二枚持参。交響曲2番ニ長調〜マッケラス/ロイヤル・フィル(1994年)・・・う〜む、これは数多い彼の録音(言うほど聴いてないが)中、出色の完成度か。華やかな金管の輝き、胸のすくような旋律の涼やかで自然な流れ、間のみごとさ。威圧感やら、恣意的な表現とは無縁な、迫力・・・。第4番イ短調〜カラヤン/フィルハーモニア管(1953年)を引き続き。

フィルハーモニア時代のカラヤンの貴重な録音復刻(おそらく勝手に)でして、相変わらず録音年代ほど音質はよくないが、雄弁でスタイリッシュな若々しい演奏です。後年の粘着質感も薄目。でも、マッケラスの演奏とは対局の方向ですね。第7番ハ長調〜オッコ・カム/コペンハーゲン・フィル(1994年)・・・って、こんな録音あったんですね。

このオーケストラも初耳(もちろんCDで)だけれど、いや、なんというアンサンブルの集中力、清涼感。素晴らしい幻想的作品だけれど、自信に充ちた表現がリキまず、ひ弱にならず、絶妙のバランス。こちらのCDには「フィンランディア」「カレリア」組曲(マッケラス/ロイヤル・フィル 1994年)がフィルアップされるが、第2番に組み合わせれば良いのに。(演奏に文句なし)更に「エン・サガ」「トゥオネラの白鳥」「悲しきワルツ」〜ジョナサン・カーニー/ロイヤル・フィル(1994年)は初耳な指揮者だけれど、少々真っ正直というか、面白みの少ない演奏でした。

2004年12月某日


憂鬱な月曜日も本日含めてあと今年2回。年末ラストぎりぎりに広島で会議とはなんたること。本日締めの営業成績は我がチーム史上最悪〜お客様売り上げ絶不調でして・・・原因がはっきりつかめないもどかしさ有。事実は事実として冷静に、冷厳に受け止めないと。

今朝、FMで目覚めたらBach 「マニフィカト」でして、オーソドックスで穏和な表情が楽しい。新しい録音だろうが、誰の演奏だろう?と思ったら、レーゲンスブルグ聖歌隊・・・と言う以外指揮者も含め知らない名前ばかり。プラハなんとか、とか言っていたな。原典版でして、それだったらリリング盤が手許にあったはずだから、あとで確認しましょう。Bach つながりで、グールドのパルティータでも聴こうと思ったらCDが(例の如しで)発見できず。しかたがないので、ゴールドベルク変奏曲(1981年)を。

これは難しい演奏ですね。ひとつひとつの変奏曲が考え抜かれ、工夫し尽くされ、入魂であって、一方でとことん恣意的な演奏でもある。全体としてのまとまったイメージとか、流れで言えばやはり1955年盤か?音の状態も含め、たいへん美しい希有な存在であることは間違いないが、無条件絶賛するには(ワタシにとっては)宿題が多すぎます。(それにしてもこれが中古@250とはねぇ・・・)

2004年12月某日


朝(珍しく)ゆっくりお寝坊〜音楽聴きながらゆっくり朝刊読みつつ朝食〜家中のカーテンを洗濯しつつ年賀状をぼちぼち印刷(なんせ激安中古プリンタなので激遅)。ノンビリしたもんです。

数日前購入したCENTURION CLASSICSの「アンセルメ10枚組」〜これは音源表記など問題多いが、モノラル時代から定評あるフランスものは音質・演奏ともとても楽しめます。「ペトルーシュカ」(抜粋?ロンドン・フィル 1946年)+Martin 小協奏交響曲(スイス・ロマンド管 1951年)〜とくに後者の多彩なソロ楽器の鮮度に驚かされます。「展覧会の絵」(ロンドン交響楽団 1947年)に於ける盤石の自信に溢れた明るい表情、「スペイン交響曲」(ティボー(v)/スイス・ロマンド管 1941年)はフーベルマンの説得力に負けない、洗練と色気有。

Debussy「海」(1951年か?スイス・ロマンド管)然り、小組曲(パリ音楽院 1948年)も馥郁たる香りが漂う。

今年は暖かいせいか、風邪も(まだ)流行らず、ワタシも快調です。寝坊して、年賀状印刷して、遅い昼飯喰って昼寝して・・・最高っす。BBS書き込み関連で、XXCMベームの歴史的録音10枚組をいくつか確認〜購入したのは昨年2003年だったけど真面目に聴いていないな、コメントは一枚のみ・・・ご教授のあったBruckner 交響曲第4番(1936年)、Mozart 交響曲第41番(1942年)「後宮から」「フィガロ」序曲(1939年)〜いずれもシュターツカペレ・ドレスデンとの大昔録音だけれど、正攻法であり、精気溢れ、なんとも言えぬ端正な味わいがある。「フィガロ」の躍動感は、まさにこれから始まるドタバタ劇を予感させワクワクしちゃう。

夜、甥から電話が来て「その(紹介していた)ノートパソコン買ってくれ」とのこと。あわてて女房とマンション前の電器屋に走りました。いろいろソフトをセットアップしてあげないと。

2004年12月某日


良い天気だし、体調はまぁまぁだし、これで休みだったらねぇ・・・これから出勤。午前中で終わらんか?昼にウマいものでも喰って(ダメになったという連絡有)甥のパソコンでも物色したいが。

東京出張中、新幹線で聴いた音楽など。それにしても(眠らなければ)本も読めるし、CDもたっぷり聴けます。なんせ東京-岡山ですから。(なんと遠いこと)Sibelius ヴァイオリン協奏曲ニ短調〜グルバート(v)/コズービン/モスクワ国立(ロシアに於ける”国立”表記は非常に怪しい)交響楽団→1983年ライヴ・・・なんだって?ソロが全面一杯に広がって(いわゆるステレオ初期風収録)バックはほとんど奥行きなくて平板(存在感が薄い)だから、てっきり1950年中盤辺りの疑似ステレオかな?と思ったら!演奏はヴァイオリンの技巧はしっかりして、骨太少々濃厚な(かつどんよりとした)味わいが楽しめました。

フィル・アップがおかしなCD(YedangClassics YCC-0067)でして、WENIAWSKY ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調〜バリノヴァ(v)/コンドラシン/ソヴィエット国立響(1949年)という太古録音!でも、音質にそれほど違和感なし、というのも不思議でして、例の如しの超絶技巧バリバリと・・・のハズだけれど実は眠っておりました。今回聴いた中、最大の問題CDがMozart 「フィガロ序曲」/Bruckner 交響曲第4番ホ長調〜宇野功芳/日大管弦楽団(1981年ライヴ)となります。(GRANDSLAM GS-2000)

アマ・オーケストラによる誠実な演奏なので、アンサンブルの技量云々は言いますまい。(宇野さんは、アマ・オーケストラならではの充分なる練習量が欲しかったのか)5分17秒の超・鈍足「フィガロ」〜しかも、最終盤のアッチェランドが「いかにも」狙い風で、楽しいオペラの愉悦感の欠片もない。交響曲の方は、強弱記号の特異な解釈(例えば単純な金管咆哮を抑えて、長いクレッシェンドを形作る)とか、頻繁なテンポの変化による不自然なる「デフォルメ」や「効果」指向。ワタシには、やりきれなくなるような不快感がありました。(数日前のケンペ/ミュンヘン・フィルのなんと神々しい自然体!)

ナマで聴いたり、プロのオーケストラで演奏すれば別な感興があるのかもしれないが、これはCDという媒体で何度も楽しむべき音楽ではない。または宇野さんの熱心なるファンを喜ばせるための一枚なのでしょう。続いて聴いたモントゥー/パリ音楽院管によるStravinsky「火の鳥」(1919年版/1956年録音)「ペトルーシュカ」(1911年版/1956年録音 カッチェン(p))を。

なんという豊饒。ぬくもり。官能。ワタシはブーレーズの研ぎ澄まされたリズムの正確さと洗練を愛するが、まったく別世界の感銘がここにありました・・・(時間切れ。出勤します)

(昼でお仕事切り上げ)女房に迎えに来てもらって、そのままお昼は「刀削麺」(←行ったのは岡山駅ピーチ・プラザ店)を。ワタシはなんども食べてますけどね、風流なもんです。粗削りなきしめん風というか、なんというか。スープも澄んで上品な味わい。そのままパソコン屋〜紳士服屋でズボンを購入、電気屋にて小型掃除機(はぼき使用可能な)も。

昨日の移動中音楽の続き・・・カザルス/ホワイトハウス・コンサート(1961年)。Mendelssohn ピアノ・トリオ第1番ニ短調(ホルショフスキー(p)/シュナイダー(v))、F.Couperin チェロとピアノのための演奏会用小品、Schumann アダージョとアレグロ イ長調(この作品大好き!)、そして「鳥の歌」(泣ける)。とんでもない爺さんは、技術的にはかなりムリムリだけれど、それでも味の濃〜い説得力を感じちゃうのは先入観だけだろうか?

Dvora'k 交響曲第9番ホ短調「新世界」〜ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響(USSR State Radio and Television Symphony Orchestra 1973年。そういえばLP時代はモスクワ・ラジオ交響楽団との表記だった記憶もある)にて。既に帰宅後に聴いたものだけれど、正直集中しておりません。なんとなく、ざわざわとした色気を感じるような演奏でして、そこはかとないユーモアさえ・・・

2004年12月某日


昨夜五反田でジミな男4人組飲み屋で散財〜高過ぎるぜ。ま、しかたがない。年内は(もう)おとなしくしていましょうね。風邪は大丈夫。

朝一番に渋谷の本部へ移動〜さすが日本一の都会、無線LANの電波が4〜5本・・・ときにつながって、昨夜更新分「音楽日誌」FTP実施。夕方迄会議で遅くに帰岡〜明日、商品トラブル対応で出勤です。遅くに帰宅。ツカれました。

2004年12月某日


昨夜は自らのお仕事チームで(いきなり思い立って)自主忘年会。派遣さんにはボーナスがないので年に一度くらいは奢ってあげないと。ちょっと飲み過ぎました。深夜帰還・・・というか、始めた時間が遅かったから。楽しかったですよ。一年間の愚痴というか、本音バリバリで。今日は地元取引先と昼から大切な会議だけれど、当初のスケジュールが変わっちゃったので、既に東京行きの切符予約済み。午前もサボって代わりを出します。ゆっくり。

CENTURION CLASSICS IECC 10006「(おそらく)今年はCD購入打ち止めでしょう」なんて書いたけれど、案の定ウソッパチで、昼休みに岡山タワーでCENTURION CLASSICSの「アンセルメ10枚組」(1,990円)を見るともういけない。ほぼXXCM(History)と同じ内容だけれど、買い損ねていたんです。(それでも既存所有と2〜3枚ダブるが)で、さっそく気になっていたHandel 合奏協奏曲 作品6-4/6/12(1929年)〜デッカ弦楽合奏団とのもっとも旧い録音らしい。

これは正直、様子がよくわからない。音質問題も厳しいが、例えばフルトヴェングラー辺りの戦前異形大仰なる演奏とは質が異なって、それなりの整った室内楽に仕上がっているが、拝聴すべき個性が「ようわからん!」のは昨夜の酒が抜けていない(機能低下)ノーミソのせいか。続く、Haydn 交響曲第101番ニ長調「時計」(スイス・ロマンド管弦楽団1948年)は、すっきりスリムな造形が楽しめました。(それにしてもこのセット、表記が不親切で録音年数など一切なし)

ここ一ヶ月くらい(CD棚を)探索していたRespighi 「リュートのための古風な舞曲とアリア」「鳥」〜リンドン・ジー/オーストラリア室内管をようやく発見。ワタシのサイト中でも初期のコメント(素朴、かつ無内容)になるが、録音、演奏ともかなり鮮烈で素晴らしいものです。擬バロック的作品で、これは実演に接するとずいぶんと楽器編成の工夫とか、複雑な絡み合いとか、楽しさが倍加しますね。少々難解なる作品なのかな。

新幹線にて東京へ移動。フレーミヒ/ドレスデン・フィルの「クリスマス・オラトリオ」全曲(1974/5年)聴きつつ、実際上半分くらい眠っていたかな?ココロ癒される名曲だけれど、古楽器系の軽快なリズムに馴染んだ耳には少々堅苦しいと思いつつ、誠心誠意が伝わる演奏です。第6部に至って喜びのトランペット・ソロが合唱と絡むと、嗚呼今年も終わりだ、との感慨も深い。12/26(日)の岡山ポリフォニー・アンサンブルによるナマ演奏は、なんとか行きたいと考えております。(早島町「ゆるびの舎(や)」にて)

南木桂士「ふつうの医者たち」(文春文庫)は対談集。「文学では人は救えないと医者になったが、医者も生命を救えない。そこで文学に戻る」との言葉が印象的でした。「ふつうの医者」ではなく、各々立派な業績を上げたお医者ばかり登場するが、「特異な医者ではない」とい意味だそう。

小林司「昭和ヒト桁パソコン挑戦日記」(宝島社新書)〜2000年の発売で、ハードやらOSはWindows98とか純・情報的にはやや旧いが、学ぶべきは新しいものに対する情熱と失敗克服です。ワタシの両親の世代であり、友人や末娘というよき教師に支えられながら目的(翻訳)を達していく様子は感動を呼びます。これはカタチを変えて、これから先さまざまな事件や激変が身の回りに起こってくるだろうから、謙虚にその姿勢に学びたいもの。

ホテルに入ったが、前回は部屋の位置関係か、どこかの無線LANが拾えたが、今回は反応なし。明日、会議前に渋谷で試してみましょう。

2004年12月某日


例年なら忘年会連続するのだけれど、不況やら、自粛(ご遠慮)やら、スケジュールが合わなかったり、で静かな年末です。お仕事の煮詰まり具合は変わらないが。暖かいせいか、風邪の流行も例年ほどではないのかな?

交響曲第4/5番〜ケンペ/ミュンヘン・フィル(1975/6年 PILZ盤)ことし悩みに悩んだ(音楽に対してではない、聴き手である自らの姿勢に)Bruckner〜ボックス・セットで再購入を悩む交響曲第4/5番〜ケンペ/ミュンヘン・フィル(1975/6年 PILZ盤)をたっぷり、しっかりと。中庸のテンポ、大仰なる変化のほとんど見られない(オーソドックス?な)表現、威圧感のない爽やかな響き、しかし痩せたサウンドでではない。第5番 変ロ長調に至っては、燃えるような演奏である、との認識に至りました。購入しておそらく10年目〜価値ある演奏の再発見。(録音は鑑賞に差し支えない、会場残響豊かな聴きやすい水準。但し、SCRIBENDUM盤ではそうとう改善されている、とのウワサ有)

2004年12月某日


体調は回復方向か?油断は出来ないけど、かなりカラダは楽です。お仕事そこそこにこなして、昨夜は中華料理屋でやや落ち着かない忘年会。早々に帰宅しました。本日は広島へ日帰り出張。

音楽には集中というほどにならなくて、断片的にいくつか。Mahler 交響曲第4番ト長調〜第4楽章をオイストラフ/モスクワ・フィル(1967年)で・・・これはガリーナ・ヴィシネフスカヤ(s)の声を(久々)聴きたかったため。正直なところ、音質的にもスタイル的にも、旧さを感じてあまり楽しめませんでしたね。だいたいこの作品は難物だと思います。もう少し、聴き込まなくては。フィル・アップの交響曲第10番「アダージョ」〜ロジェストヴェンスキー/モスクワ放響(USSR State Radio and Television Symphony Orchestra 1963年)を引き続き聴いたけれど、洗練されない個性(厚ぼったい、重苦しい)は悪くない、と感じたものです。

リヒテルのChopin 集〜彼はまとまった曲集を演奏したり、録音したり、ということは珍しくて、これもスケルツォ3曲、練習曲(作品10)4曲、夜想曲3曲、しかも1954〜1980年迄の寄せ集めライヴ。彼の個性はChopin とは相容れないような気もするが、ほとんどの場合強烈な、甘さのない打鍵が説得力深く、思わぬ成果を上げております。でも、夜想曲第5番 嬰ヘ長調なんかを、しっとり演奏されると少々違和感有〜ちょっとちがうんじゃないの、と。第6番ト短調に至ってはBach ですな、こりゃ。

Mahler の件、口直しと言っちゃなんだけど、交響曲第4番の第1楽章をデ・ワールト/オランダ放送フィル(1993年)で再確認。オフマイク、芯のない残響ありすぎの音質がやや問題有だけれど、ひじょうに素直でムリのない姿勢はとても快感です。いや、ほんま第4番は難しい。

朝早くから広島行き、新幹線〜在来線で更に30分、下車して十数分歩くのでたっぷり音楽を聴けるんです。夕方、事務所に寄らずに帰宅(直帰命令が出ている〜いずれにせよケータイは追いかけてくるが)、体調ははっきり快方方面だと実感できるが、油断禁物。まず、Grieg/SHCUMONN ピアノ協奏曲イ短調〜リヒテル/マタチッチ/モンテカルロ歌劇場管弦楽団(1974年)を。有名なスタジオ録音ですな。

豪放さと繊細さが同居して、完成度が高い。圧倒的ソロの技巧+バックの配慮あるきめ細かい表現に文句などあろうか・・・しかし、ワタシは20年ほど前、Griegの協奏曲をライヴ(たしかスイス)FM放送で聴いた記憶が残っていて、それはもっと壮絶で鬼気迫るものがあったと思うんです。だから、とても良くできているけど期待通りじゃない、もっと乱れても良いからさぁ・・・そんな贅沢言いたくなりました。

Bartok 管弦楽のための協奏曲/弦・打・チェレスタのための音楽〜デュトワ/モントリオール交響楽団(1987年)。なんせライナーの強面演奏で馴染んでいるでしょ。三年ほど前だったかな?初めて聴いたときには「少々ヤワで味が薄いか」と思えたものです。やがて師匠筋であるアンセルメ(1956年)を聴いたりして、ヘロっと薄味Bartokだって悪くないじゃない、それも個性、なんて感じるようになりましたね。デュトワはもっと安定したアンサンブルでオーケストラの技量もしっかりしております。とくに「弦・打・チェレスタ」の集中力は素晴らしい。

Stravinsky「ペトルーシュカ」(1947年版/1981年録音)「春の祭典」(1978年録音)〜ムーティ/フィラデルフィア管。ムーティは音源を聴く機会が少なかったんです。結論的にこの演奏はまったく素晴らしい。速めのテンポで引き締まった集中力が最後迄持続します。細部正確に表現されるが、神経質ではなく、サウンドには常に暖かみがあって、むしろ骨太。洗練させすぎず、原始露西亜風野蛮方面でもない。とても楽しい。

不思議なのは録音でして、細部まで見通しの良い優秀録音のはずなのに、どうも会場残響奥行きが感じられない・・・これは一方的なワタシの好みでしょうね。ラスト、数回聴いて「?」状態・宿題であったMahler 交響曲第5番 嬰ハ短調〜マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィル(1990年)を。かつての自らの評価を検索すると「完成度は高い立派な演奏だけれど、今一歩と思うのは何故か」とのこと。例えばショルティ/シカゴ響、アバド/シカゴ響(1980年)に於ける(好き嫌いは別として)オーケストラの圧倒的ド迫力の記憶からの不足感か?粘着質な旋律の歌わせ方でもない、オーケストラの響きもサッパリ目なMahler も誠実で悪くはない・・・

これは聴き手の体調回復、集中力問題なのでしょう。爽やかなMahler として全曲楽しめました。

2004年12月某日


なんとか風邪を治めようと終日外出せず、おとなしく安静にしておりました。治ってはいないが、悪化せず。音楽もあまり聴けない。気候も体調も精神的にもどんよりしていて、Elgar 交響曲第2番 変ホ長調〜ダウンズ/BBCフィル(1993年)/チェロ協奏曲ホ短調〜コリン・カー(vc)/トルトゥリエ/BBCフィル(1992年ライヴ)など聴くと、いっそうどんより感は募ります。これらの作品はこんな演奏が望ましい・・・そんなことも思いもよらない。

本日、職場の忘年会。まだ年末に向けて二発くらいお仕事の山が残っていて、正直憂鬱です。きょうは”ブルー・マンディ”だし。

2004年12月某日


昨夜、岡大響定期演奏会(思いっきり楽しみました)〜「えがみの屋台」でそのままミニ忘年会。去年はもっと人数多かったんだけどね。お店の人に「ずいぶん飲みましたね」・・・うっそぉ!たいしたことないでしょ。風邪のウィルスをアルコール消毒しようとしただけ。タクシーで帰宅してフロ入って寝てしまったから、いつものコンサート感想文は今朝に。

サイト移転後に付けたカウンター「アクセス分析」(あまり興味ないが)によると、昨夜午前1時2時辺りのアクセスがいつになく多いから、オーケストラ関係者の期待を裏切っちゃったかな?誰も声も掛けて下さらないが。昨夜の復習でSaint-Sae"ns 交響曲第3番ハ短調〜オーマンディ/フィラデルフィア管(1964年)・・・ナマではあれほど素直に感動できたのに、妙に乾いた音のイメージばかり先行しちゃう〜でも、ちゃんとしたオーソドックスな演奏だと思います。(サイト文章は全面書き換え必要。後半の小品集はとても楽しい)

引き続き、同作品をスワロフスキー/ウィーン国立歌劇場管(1956年)という超マニアック(音質良好)音源にて。やや素っ気ない表現ながら、立派な演奏です。でも、昨夜の感動とは比較にならない。本日、一日大人しくして体調の回復を図りましょう。

2004年12月某日


お休みです。昨夜はよく眠れました。

LASERLIGHT(米DELTA)に「MEDITATION」(瞑想)という5枚組(15 686〜690)があって、現在でも入手可能だと思うが、これが選曲、演奏の質含めて「アダージョ・カラヤン」的な安易なコンピレーションを凌駕する出色の出物です。(ワタシは中古1,780円+税で入手したが、相場としては安くはない)例えば「Vol.2」では、有名な「タイスの瞑想曲」(コーロディ/ブダペスト・フィル)→Svendsen ロマンス ト長調(センティ(v)/ギョリヴァニ・ラト/ハンガリー国立管・・・もちろん日本語表記ワタシのいい加減ウソ呼び名)→Grieg「過ぎた春」(ケーゲル/ドレスデン・フィル)・・・と続くワケでして、FIBICHの「詩曲」作品41-6など「通俗名曲とは呼ばせないぞ!」的こだわりで、存分に瞑想させてくださいます。

ワタシのようなオツカれモード・おじさんにはぴったり!ですな。ワタシ数多い苦手作品のひとつ〜Schubert 交響曲第9番ハ長調をペーター・マーク/フィルハーモニア・フンガリカ(1969年)を。但し、手持ちCONCERTO ROYALE盤(三枚組)はトンデモ収録盤で第1/2楽章しか収録されない。(時間的には収録可能。編集ミスか)今年出た「QUADROMANIA」には全曲含まれるんです。ヘロ演奏だったらそれでも許すが、自然体に快く揺れる歌心に溢れ久々爽快!Schubert (交響曲)ってほんまに難しい。第3/4番ダブり覚悟で購入するか・・・悩むところ。ちなみに「未完成」もココロ擽る名演奏です。

さて、「第九」の季節となりました。ワタシとこの作品はずいぶんと長いお付き合いながら、この作品に対する「思い」はどんどん変遷しております。(敬意は変わらないつもりだけれど)第1楽章〜第3楽章はBrucknerを想起させる深遠なる世界、しかし最終楽章の違和感がなんとも言えない。いえいえ最終楽章だけ聴くんならOKなんですけどね。先ほど(先週処分したCDの店頭露出を確認に)ご近所BOOK・OFFへ行ってみたら、1977年のカラヤン盤が@250(税込)だったので(じつは先週から気付いていたけれど)購入〜さっそく聴いております。

ワタシは1962年盤を激賞していた(ゴージャス!)が、この演奏は通り一遍というか、手慣れた印象がありました。音質的にも感心しない。(会場残響と空間が認識できない)これだったら昨夜聴いた朝比奈/大阪フィル(1997年録音。但し聴いたのは第1〜3楽章)のほうがずっと誠実・入魂!せっかくのオーケストラのチカラが生かされていないな。ベルリン・フィルのホルンと大フィルとでは大違いと想像されるが、第3楽章「アダージョ」の感銘は朝比奈盤が勝る!・・・と思います。

2004年12月某日


今朝、一年半快調だったメインのパソコンが突然落ちてしまって大苦戦。帰宅後回復したけど、ちょっと動揺しました。お仕事進捗はまぁまぁかな?(実績数値ともかく)しかし、ヤク切れで昼から体調かなり悪い。寒い時期はずっと風邪ひいているよなぁ、情けない。さっさと帰宅しました。明日は休み。

Sibelius 交響曲第6番ニ短調(銀河鉄道)/第7番ハ長調〜サカリ/アイスランド響(2000年)を。かつて第1/3番はとても気に入ったはず。ところが、全然楽しめない。響きが痩せて聞こえるのは(昨夜のベルグルンド/ボーンマス響だって)ワタシの体調が原因でしょう。難解だけれど、その難解さをかつては楽しめたはずなのに、鬱々と楽しまない。

(恥ずかしながら)初めて「千と千尋の神隠し」(後半のみ)見ました。想像以上にイマジネーションが豊かで、知的刺激がノーミソに来ましたね。先日見た「もののけ姫」も同様。いずれ高尚で晦渋な世界で、たかが漫画と侮るなかれ。ワタシはずいぶんと考えてしまいました。

2004年12月某日


ヤクが効いて最悪の体調状態に至らぬまま高知〜徳島より帰岡。体力的にはまだ大丈夫だけれど、精神的にやや土俵際に来ていて、もうあきまへん。帰宅したら女房関東方面へ出張とやらで不在、ひとりぼんやり。音楽への集中力を失っております。

数日前【♪ KechiKechi Classics ♪】2004年勝手に各自アカデミー賞の原稿をメールで一本いただいていて、BBSにて発表したが、じゃ、自分はどうだったんだ、とシミジミ反省。「2004更新履歴」を辿ってみたら、旧原稿の焼き直しが多いし、(音楽上の)新機軸の発見なんてほとんどできていないな(オモロくないわ!)、と。つまり言い訳ばかり、一年中落ち着かず、不安で、焦って、ゆったり豊かな気持ちで音楽に集中する機会は少なかった〜あんなにたくさんCD買ったのに、という後悔ばかりでした。

なんに限らず・・・だけれど、能動的積極的じゃないと感動は享受できない。ぼんやり座して待っていても、な〜んも生まれないのでしょう。新しいこと、珍しいことに対する興味を失ったり、その発見に対する努力に手を抜くということ、=ボケの始まりと自覚しております。些細な出来事に対するこだわり、ヨロコびを噛みしめて、味合わなくっちゃ。きょうは、高知のあるインストア・ベーカリーで見掛けたパンがとてもおいしそうで、思わず買い込んじゃった〜それは期待通りとても柔らかく、ふっくらとして、シンプルで幸せな味でしたね。

Sibelius 交響曲第3番ハ長調(1977年)/第6番ニ短調(1973年)〜ベルグルンド/ボーンマス響を久々。年代のワリに音質が落ちると思います。かつての感想は「骨太でざっくりとした味わい、しかも荒涼とした風情を失わない」はずだったが、いまのワタシには、アンサンブルの粗さがやや気になりました。それにしても難解な作品だ。第6番を「銀河鉄道交響曲」とは言い得て妙ですね。(誰が言ったか?)もっと音楽に集中しないと。

2004年12月某日


本日、夜から(連続だけれど)高知・徳島方面に出張です。もうそろそろ出張にツカれてしまっているが、仕方がない。そういえば来週の東京行きの便を確保しないと。山口からかな?おそらく机の上はテンコ盛りだろうし、この先の(年内ラスト)お取引先との会議資料作成とか来年の対策とかの諸作業を優先順位付けなくっちゃ・・・閑話休題。新しく借りた無料ホーム・ページ・スペース快調です。

ティモラ・ロースラーという容姿端麗系のチェリストの録音がBRILIIANTから出ていて、これがとてもクールで爽やかで素晴らしい。Saint-Sae"nsのチェロ協奏曲イ短調/Faure「エレジー」/Bruch 「コル・ニドライ」/Tchaikovsky「ロココ変奏曲」(慣用版)〜ベネット/ジリナ室内管(2000年)。技巧的には充分だけれど、粘着質な節回しやら表現とは無縁で、ウェットな旋律が素直に楽しめます。(Zilina, Czech Republic となっているが間違いでしょう。ジリナはスロヴァキア共和国の都市ですから )

チェロつながりで、Schumann チェロ協奏曲イ短調〜クリーゲル(vc)/コンスタンティン/アイルランド国立響(1994年)を。クリーゲルもNAXOSでずいぶんと録音を残している(ほとんど聴いていない)が、表現がちょっとウェットなんですね。KODA'LYでは「バリバリ燃えるテクニック!」みたいな記憶があったが、勘違いだったか?スケールより味わい系、少々”泣き”の方向もあって、Schumannのラプソディックな浪漫的旋律には似合っているかも。

カップリングのBrahms の二重協奏曲(カーラー(v))は少々違和感ないでもないが、カーラーの端正なソロはいつもながらキモチよろし。但し、コンスタンティンのバックはそうとうヘロでした。Dvora'k ヴァイオリン・ソナタ ヘ長調/ロマンス ヘ短調〜ツォウ(v)/バタスビィ(p)(1998年)を。しっとり、清潔かつていねいな歌で、懐かしい旋律を堪能させて下さいます。嗚呼、素晴らしい名曲。晩秋(今は冬だけれど)の味わいが広がりました。(NAXOS 8.554413)

出勤して日常業務を粛々とこなしたが、体調がよろしくない。先の見通しを付ける作業ができない。夕方、クルマで(もちろん自らは運転せず)高知に向かうが、車中どーしょーもないくらい気分が悪い。でも、夜半、取引先に到着したとたん体調回復し、きちんと商談しちゃいました。

遅く、チームの若い人々と(喰いもんが旨いので)遅く食事(=酒)を少々。これが旨く、しかも安い!最高。鯖のたたき、イカ団子・・・明日、もう二越えくらいのお仕事、高知〜徳島へ。気持ちが保つかどうか。

2004年12月某日


八幡浜の朝市。新鮮なるサカナ最高!お休みをいただき、北海道から出てきた母親を空港までお迎えに。岡山には珍しい荒天でして、激しい降雨(全国的には異常気象だったらしい)中、おそるおそるクルマを運転しました。両親が健在なのはありがたいものです。翌日、そのまま母親と松山方面〜八幡浜へ。蜜柑と海産物で有名、風光明媚な美しい街でした。温泉などはないが、キレイなホテル、おいしいお魚(フグも鯛も旨かった)を堪能し、母親は生まれて初めて蜜柑畑(海から段上に山へ広がる)を眼前にし、北の街でお留守番の父親宛に思いっきり(高く)甘い蜜柑送付〜快晴・ピーカン。

松山から母親を送り出し、ワタシはそのまま休暇終了で現地お客様との商談(年末だし、スケジュール調整に失敗しちゃって・・・)。久々ケータイに電源入れたら大小さまざまなトラブル早速飛び込んできて、困ったもんですな。体調はギリギリ土俵際で維持。

八幡浜のホテルでネット接続し、サイト更新しようとしたらFTP接続不可。あれ?ファイヤ・ウォール問題かな、と思ったら無料で借りているサーバーがダウンしているのだね。そのうちFTPどころかサイトそのものにアクセスできなくなって、SCSの障害情報をさがしたらやっぱりトラブル発生とのこと。こりゃ、やっぱり移転の潮時かな、と。夜、ホテルでヒマに任せて「無料ホームページスペース」検索し、いちおう移転候補決めておきました。

・・・と、いうことで全然音楽聴いておりません。八幡浜BOOK・OFFで一枚のみSchumann ピアノ協奏曲〜ゼルキン/オーマンディ/フィラデルフィア管(1964年録音。輸入盤未開封)を@250購入するが、そもそもプレーヤーさえ持参しておりません。12月の声を聞いて、お仕事数値ボロボロ〜事実は事実として冷静に対策を考えないと。景気失速か。

松山でご当地のお取引先と商談〜高速バスで帰って参りました。(途中、バスのクラッチ故障で少々遅れる・・・得難い経験です)体調かなり悪化しております。そのまま帰宅して、お電話で失礼ながら大きな用事を自宅で処理済み。

帰宅してサイトのアクセス回復を確認するが、いかにも重い。まだ完全復調じゃないんだね。と、いうことで、さっさと移転してしまいました。(短気故〜日常閲覧はともかく、FTPトラブルはいつもだったからね)CSCさんには一年間お世話になったが、以前の「gooside」よりアクセス軽快だったのには感謝。この度お世話になる「忍者ツールズ」も、きっと若い人たちが少人数でやっているヴェンチャーなんだろうが、期待しております。それにしても「サイト移転」が年末行事になるとは・・・

2004年12月某日


2004年12月初旬の岡山今村宮昨日、女房早朝から名古屋出張で終日一人。朝一番でご町内今村宮へ参拝するが、某国首相のように他国への軋轢は一切生まない素朴な散歩でした。CASIO税込1000円デジカメで境内撮影を試みるが、どう見ても「秋」であって「冬景色」ではありません。サイト定例更新済み。

終日外出せず(風邪気味だったし)音楽聴きつつ、CDひっくり返しつつ、サイト用原稿執筆三昧。ちょうど現在の「無料ホームページスペース」に転居してからまる一年ですな。ここ最近、重い!とか閲覧不能、ということはないが、FTP(ファイル転送)不能はしょっちゅうでして、新規募集を中止しているのも気になります。(経営が不安定か?)FTP不能だと、更新したファイルが「0更新」乃至「中途半端更新」されてしまうので、その原稿は閲覧不能に。トップページだったらエラいことなんです。じつは来週辺り更新しようとしていた原稿が、すったもんだ(扱いミス)で半分消えました。(一度仮アップ・ロードしてから、修正のためダウンロードしたら半分消えちゃった)

ショック!で移転検討(広告がアダルトなんで、健全なる青少年にはマズい、というご意見も有)したいが、またあちこち情報変更するのもメンドーだしなぁ・・・と悩む日々。

音楽はたっくさん聴いたけれど(集中もできる)逐次「音楽日誌」でネタバラしすると更新ができなくなるので、一部のみ。Berlioz 幻想交響曲は先日、コリン・デイヴィス盤(ロンドン響)がすっかり気に入ったので、ジョン・エリオット・ガーディナー/革命的浪漫的管弦楽団(1991年)を確認・・・これがどうもピン!と来ない。これもコルネット入ってますよね。たしか、初演当時の楽器を意識した録音と記憶するが、現代楽器のハデハデしい音の慣れているためか、楽しめません。(即断禁物だけれど)

Delius 「高い丘の歌」〜ロジェストヴェンスキー/BBC響/合唱団(1980年)・・・英国音楽神髄のなんたるかを理解していない(味のない)演奏。アウト。「アパラチア」〜グローヴス/ロンドン・フィル/合唱団/BBC合唱団/ゴールドスミス合唱組合/ジョン・ノーブル(br)(1967年)・・・これぞ「黄昏の紳士の国」を彷彿とさせる、しみじみ・ジンワリ・まったり味わい深さ。32分間、ある時は管弦楽、また、ある時は大合唱団による懐かしい旋律(新世界の民謡ですな)の変奏を、慈しむように、ていねいに歌っていきます。最高!おとなの音楽です。おとこの音楽かも。

「川の上の夏の夜」〜ジョン・プリッチャード(J.P.)/BBC響(1984年)・・・これがまた、ちょっと寝苦しい妖しげな夏の夜(少年時代のワクワクするような夏休みを思い起こさせる)を彷彿とさせて、特別なマジック演奏でした。(以上BBCRADIOCLASSICS 15656 91332

・・・昨夜から、断続的にCD棚整理していて、案の定「処分したい・・・」意欲モリモリと。おそらく今年は延べ400枚はご近所BOOK・OFFに在庫を移しており、先ほど確認したら売れ残り(かつて所有していた記憶有)20枚ほど〜成績良いんじゃない?本日、70枚ほど処分して、これは金額云々じゃないんです。よりいっそう音楽に集中するため、たくさん聴くための「整理」です。今回は(音質にかなり問題の多い)露西亜系音源、歴史的音源(クナッパーツブッシュ中心)、現代楽器で演奏スタイルもちょっと恥ずかしいステレオ初期のバロック音楽、無名演奏家だけれど演奏もかなりキビしい音源・・・放出しました。

興味あるご近所の方、数日後に店頭に並ぶはずなので気を付けておいてください。

2004年12月某日


お休みいただきました。明日、北海道の母が来岡する(例年行事)するし、精神的なテンションも下がり気味なので。昨夜、精神的な緊張が途切れたせいか発熱し体調一気に悪化。ムリして音楽を聴いても全然楽しめない〜例えば、期待のSchubert 交響曲第9番ハ長調〜テンシュテット/ベルリン・フィル(1983年)聴いてもさっぱり・・・状態。今朝、意外と体調快調です。ずっと目の調子が悪かったが、ブルーベリー錠剤(みたいなもの)を服用したらずいぶんと改善しましたね。

EMI HCD-1125 中古@250今朝一番聴いたのが、Mahler 「大地の歌」〜クレンペラー/フィルハーモニア/ニュー・フィルハーモニア管/ルートヴィヒ/ヴンダーリヒ(1964/66年)。いや、もう最高です。ワルターのような官能ではなく、もっと乾いた感情と明晰さを誇って、まちがいなく厭世観虚無感漂って人生の懊悩が深い。(ニュー)フィルハーモニア管の響きは明るく、軽快明快であって、クレンペラーの重心の低い、遅めのテンポと妙に相性よろしい。歌い手とのバランス感覚(ワルター盤のパツァーク、フェリアは個性が濃過ぎですな。大好きだけど)、アンサンブルの集中力に文句なく、更にトドメで録音状態がとてもよろしい!

一時間なんのその!あっという間でっせ。引き続き、Stravinsky 「火の鳥」全曲(アンセルメ/ニュー・フィルハーモニア管 1969年)を。←かつてのワタシはいろいろ保留条件付けているけど、コシのないリズム(これが粋なんです)に色彩感豊か、しかもオーケストラの技量優秀+録音の優秀さが加われば文句なしでしょう。目眩くメルヘンの世界横溢で、ワタシお気に入り作品の原点とも呼ぶべき演奏でした。(駅売海賊盤ご容赦!でも、当時で1000円したんです)

そういえば、昨日仕事移動中(緊張感があるウチは体調維持)聴いたのが、Haydn 交響曲第94/101番〜コリン・デイヴィス/コンセルトヘボウ管(1981/79年)。アダム・フィッシャーは全般に爽やかで良い演奏だと思うが、一般にワタシはこの辺りの作品を「ウィーン・フィル(!)」で聴いております。その印象やら、彼の表現そのものの個性か、ずいぶんとジミというか、穏健着実な感じがあって支持者の多そうな演奏だともいますね。そろそろ体調悪化の気配でもあったのか、ワタシはいまひとつ楽しめませんでした。ポータブルCDプレーヤーの右チャンネル不調だったのも一因でしょう。(高音の刺激感もオーディオ機器との相性でしょう)

今朝、気持ちも爽やかに自宅コンポで聴けば、なんたる躍動感!マイルドにブレンドされたいつものコンセルトヘボウでした。

2004年12月某日


12月になっちゃったな、どうもテンション上がらん。昨夜、広島にて会議後忘年会〜そのまま遅くに帰宅。なんかお客様(=お友達)からたくさん声掛けられような様な気がする。明日から(遅れ馳せながらの夏)休み一日半取る予定・・・(勤続*周年10日休みがまるまる残っている。ちなみに10年前のも手付かず・・・どころか代休が消化できていない)本日、地元のお客様と商談。

出張中の音楽から〜PHILIPSの2枚組で「The Best of Boccherini」中一枚目。寄せ集め音源なんだけど、作品・演奏ともすこぶる楽しい。フルート協奏曲ニ長調(実際にはPokornyの作品)はガッゼローニ(fl)/イ・ムジチ(1971年)が担当していて、独逸系とは違った意味で引き締まった、明るい音色のフルートでした。誰でも知っている「メヌエット」(イ・ムジチ)を経て、ギター五重奏第5番ニ長調「ファンダンゴ」〜ペペ・ロメロ(g)/アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ(室内アンサンブル。1978年)・・・これが滅茶苦茶楽しい。

これ、もうクラシック音楽じゃないですよ、途中から。鈴やカスタネットが入って、激しくかき鳴らす情熱的ギター〜フラメンコか、ファンダンゴか・・・(ジャケット解説持参しなかったから、あとで題名「ファンダンゴ」を再確認)このままフラメンコ・ダンサーが眼前に出現しそうな躍動感有。弦楽四重奏曲ニ長調作品6-1〜イタリア弦楽四重奏団(1976年)は、嬉遊曲風の楽しげなる表情が晴れやか。

ラストはチェロ協奏曲 変ロ長調〜ジャンドロン(vc)/カザルス/コンセール・ラムルー(1960年)。LP時代からお気に入りでした。ツマッヒャー(Gurutzmacher/1832〜1903)編曲・・・ではなくて、原典版のG482によるものだそうでして、音質的には室内楽が続いた後のオフ・マイク感が気になります。作品はすこぶる楽しく、ジャンドロンのソロは上品。師匠であるカザルスの指揮は少々重いか・・・と感じられました。

 

【♪ KechiKechi Classics ♪】

●愉しく、とことん味わって音楽を●
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written by wabisuke hayashi