2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
本日休み。睡眠不如意甚だしかった昨日も午前中集中的にお仕事完了させ、あまりの気分の悪さに早々に辞去、自宅でうつらうつら居眠りなど・・・夜半には快復してスポーツクラブへ連日。足腰の筋肉が日々鍛えられるのはオモロいもんです。葉室麟「蜩の記」(祥伝社文庫)購入数ヶ月、とうとう読了しました。藤沢周平の九州版、んなこと云うと硬派なファンに叱られるけれど、地方藩のお家騒動、権力抗争に毅然と矜持を以て耐え忍ぶ戸田秋谷、切腹までの時限を区切られ藩史を編纂しつつ幽閉される彼を監視する役を仰せつかった若き檀野庄三郎・・・彼(か)の人柄に魅了され成長していく筋書きは、まさに藤沢周平そのもの。緩みきったノーミソに久々刺激有、再読いたしましょう。映画になっていたんですね。テレビでももう放映されていたらしいけれど見逃しました。残念。
de Falla 「火祭りの踊り」/バレエ組曲「三角帽子」第1/2組曲/Granados「アンダルーサ」(1957年)/Albeniz「ナヴァーラ」「セビーリャの聖体祭」「トリアーナ」/Glinka 「ルスランとリュドミラ」序曲/Mussorgsky 歌劇「ホヴァーンシチナ」前奏曲/Rimsky-Korsakov 序曲「ロシアの復活祭序曲」〜アルトゥール・ロジンスキー/ロイヤル・フィル(1958年)・・・Artur Rodzinski(1892ー1958/66歳とは短命)最晩年EMIへのステレオ録音。亜米利加のメジャーオーケストラのシェフを歴任、トスカニーニに認められNBC交響楽団のトレーナーも務めたとか。Westminsterにけっこうな録音が残っていて、かつて廉価盤蒐集熱心だった頃はお世話になったものです。メリハリのある強烈演奏が個性、西班牙系のレパートリーはなんとなく?音楽が鳴り出した音質かなり良好なステレオ、ヴィヴィッドに躍動して、エキゾティックかつ正確なリズムのキレも最高にアツい演奏です。ビーチャム時代のロイヤル・フィルの金管最高。「三角帽子」ラスト「ホタ」最後のカスタネットのクールなリズム直前参入!?って初耳、楽譜はどーなっとんのか。(手許にあったマータ/シモン・ボリヴァル響を聴いてもフツウ「ドン!」で終了。懐かしいエンリケ・ホルダ盤は打楽器+カスタネットの激しい乱入・・・休みでヒマやからじっくり確認出来)
Holst 組曲「惑星」〜ヴァーノン・ハンドリー/ロイヤル・フィル(1993年)・・・ロイヤル・フィル連続。彼(か)の金管炸裂がここのところお気に入りであります。8年ほどの前のコメントと寸分違わぬ印象継続、音質も良いですね。フィル・アップのDelius 天国への道(クリストファー・シーマン/ロイヤル・フィルハーモニック/1994年)Bax 交響詩「ティンタンジェル城」(ダグラス・ボストック/ミュンヘン交響楽団/1998年)も泣ける旋律揃い。Baxの勇壮劇的な旋律に初めて目覚めたかも。
更に・・・今朝拝聴。Beethoven ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」〜パウル・バドゥラ・スコダ(p)/ヘルマン・シェルヘン/ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1950年代)・・・Beeやん協奏曲アレルギーすっかり完治。懐かしい旧Westminster音源、今更こんな太古録音聴かんでも、って、ほんまはスホーンデルヴィルトの古楽器アンサンブルを探して、途中発見した安易保守的昔懐かしい後ろ向き選択・・・これが予想外に良好なる音質、徒に威容を誇っるような巨魁演奏に非ず、当時30歳前後の若々しい鮮度を感じさせる中庸バランス演奏でありました。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
いつもの月曜が始まって、営業数値は苦戦気味(言い訳いろいろしても)お仕事進捗は思いの外、今週末完了を狙ったものを一気にクリアしました。すったもんだあった職場の担当替えもぼちぼち稼働準備、自分には直接関係ないけどちょっぴりでも助力できればと配慮しております。なんのアレルギーか知らんけど5月末になっても盛大な洟水継続、夜眠りが浅いことに苦しんで、今朝も早朝覚醒、音源データ整理”Russia”辺り、確認点検しておりました。ダブルトリプル内容違い次々発見!ヲタク趣味やなぁ、いくつになっても。
昨夜は週初めのスポーツクラブ、しっかり45分汗を流しました。両太ももは常に筋肉痛状態、風呂が欲しいですね(シャワーのみの施設)マッサージもお願いしたいところ。帰宅後「家庭の医学」みたいな健康番組を眺めて、柔軟性ストレッチの重要性を説いておりました。膝裏の柔らかいことが大切なんだそう。意識しておきましょう。
一昨日朝聴いた音楽を思い出しました。Debussy 前奏曲集第1巻第2巻〜ジャン・イヴ・ティボーデ(p)(1994/95年)・・・この作品は静謐神秘、アルトゥール・ベネデティ・ミケランジェリやリヒテル辺り、往年のピアニストによる濃厚濃密(硬派)な演奏ばかり聴いてきて、若手〜と思ったらJean-Yves Thibaudet(1961ー)はもうほとんどヴェテランじゃないの。これが柔らかくも小粋、演奏者の個性を色濃く表出させるより、作品の妖しいニュアンスを素直に活かした”上手い”演奏。陶然として聴き惚れましたよ。
Tchaikovsky 交響曲第6番変ロ短調「悲愴」〜クラウディオ・アバド/ウィーン・フィル(1973年)・・・初耳。シカゴ交響楽団との再録音(1986年)は耳にしていて、あまり印象に残っておりませんでした。当時40歳未来の巨匠として売り出していた頃。ユージン・オーマンディによりこどもの頃から馴染んだ名曲中の名曲、拝聴機会は減ったけれどムラヴィンスキーを先頭に本場露西亜を聴くことが多いかな?(サイト内検索したら「聴き比べ」(2)みたいな乱暴な記事もその昔、載せておりました→このCDは処分済)
こちら英DECCAとは異なる会場残響を自然に活かしたウィーン・フィルの美しさ前面、弦は常にウェットに濡れております。彼(か)の気恥ずかしくなるほど憂愁な旋律は洗練され、テンポはさほどに動かさないのにニュアンスたっぷりに自然な歌に溢れました。Russia風泥臭さ、力みやエグい爆発皆無、それでも弱音からいつの間にやら大音響へと至る構成の妙に感心いたしました。(ここで女房殿の「ご近所迷惑!」との水入りにガッカリ)
喰わず嫌いはアカンな!都会的というか欧州系に洗練された”悲愴”でした。もう40数年前でっせ。
では、行ってきます。代休を2日溜めて先延ばし、明日お休みをいただく予定・・・本日なにもなければ。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
爽やかな月曜の朝、本日明日と30度Cを超えるとのこと、未だ5月なのにね。いちおう先週の細かい案件はクリアしているつもりなので、本日から新しい気分で今週を乗り切りましょう。スケジュールやら種々案件の締切はgoogleカレンダーに記入して常に点検するクセを付けているので、課題締め切り失念の不安は少なめになっております。昨日も引き隠りやったなぁ、昼にうどん(乾麺)を茹で過ぎて、夜カレーを作ったから(自分のみ)カレーうどんになっちまいました・・・うどん連続は炭水化物の摂り過ぎ?土曜に国産殻付き落花生を喰ったりしたので体重増を心配したけど、幸い今朝は体重維持。こんなな〜んもせん休日ばかり、せいぜい【♪ KechiKechi Classics ♪】 の定例更新くらい。
どんな音楽を聴いていたか・・・記憶失念。大昔(画面の幅が狭い)2時間ドラマ再(再々々?)放送「刑事・鬼貫八郎」(主演;大地康雄)のていねいな作りに感心、最近のドラマの安易さ、質の低下に思いを馳せたものです。お決まりの家族とのやり取りもユーモアたっぷり。風采のパッとしない演技派性格俳優を主演に据えて、ここまで手応えのあるシリーズを続けられたのは時代だったのか。
Weber クラリネット協奏曲第1番ヘ短調/第2番 変ホ長調/コンチェルティーノ変ホ長調〜エルンスト・オッテンザマー(cl)/ヨハネス・ヴィルトナー/チェコ・スロヴァキア国立フィル(コシツェ)(1990年)・・・共和国分裂前の録音。ソロ指揮者ともウィーン・フィル縁のメンバーであります。(ベルリン・フィルのアンドレアスは息子?)Carl Maria von Weber(1786ー1826)はBeeやん(1770ー1827)の時代にすっぽりはまる世代の人、 Schubert(1797ー1828)とも同時代でしょう。やや人気薄?いくつか聴いた作品はどれも素朴な躍動に溢れて、ワクワクするような喜びを感じさせる旋律リズムばかり。この協奏曲も(稀代のMozartを別格として)なんとうきうき愉しい!名曲揃い、エーラー式って云うんですか?ヴィヴラート控え目、低音から高音まで均一に美しい素直な音色であります。このCDとのお付き合いも長くなったなぁ。
Chopin バラード第1番〜4番/Debussy 前奏曲集第1巻より第1,2,3,5,8,12番/Prokofiev ピアノ・ソナタ第6番イ長調/(アンコール)Chopin 夜想曲 嬰ヘ長調作品15-2/Prokofiev 行進曲(「三つのオレンジへの恋」より)〜ウラディミール・クライネフ(p)(1982年モスクワ・ライヴ)・・・Vladimir Krainev(1944-2011)は真央ちゃんのコーチの旦那、もう亡くなっちまったんやなぁ、いつの間にか。Prokofievのピアノ協奏曲全集(キタエンコ/1991-2年)辺りが代表的録音か(未聴)。これは放送音源のネット流出音源?旧ソヴィエットの伝統を受け継ぐぱっとせぬ音質でも、陰影彫りの深い表現は説得力抜群、Chopinには濃厚な浪漫香って、Debussyには静謐神秘な味わい、Prokofievは変幻自在強烈な打鍵が興奮を呼びました。ライヴとは思えぬ傷のない演奏に彼の技巧を堪能できました。こんな音源がネットに転がっているから油断できない。
では、行ってきます。朝、しっかりひとまとまりの音楽を聴けるから、ありがたい身分でっせ。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日は音楽三昧。ヨーグルトもグラノーラの在庫もたっぷり、ご近所コンビニに入金に行ったのみ、あとは洗濯お掃除、軽い昼食をつくったり居眠りしたり・・・爽やかな天候に佳き休日でした。夕方、お仕事から戻った女房殿とご近所外食しようと思ったら、どこも(と云うほど件数もないけど)イマイチな感じ、結局最寄りの駅前迄散歩になってしまって、いくつか覗いた店はどこも珍しく満員。結局、気になっていたオシャレな和風落ち着いてやや高級そうな居酒屋に初訪問、ここが大正解!美しく、美味しい料理、東北のナントカ富貴とやらという酒もキレがあってなかなかのもの。料金はまずまず、機会があれば通いたいもの。収入激減しても女房殿の稼ぎが(あと二年)潤沢なので贅沢できますよ。珈琲豆を入手して帰宅しました。
音楽は昔馴染みに保守的なレパートリーばかり。Brahms バイオリン協奏曲ニ長調〜ヨーゼフ・シゲティ(v)/ハーバート・メンゲス/ロンドン交響楽団(1959年)・・・これは往年のMecury録音。Joseph Szigeti(1892-1973)69歳、現在なら老け込む年齢じゃないけど、ほぼ60年前ですから。それより更に昔の録音を聴いてもシゲティの技巧はゴツゴツ無骨、流麗さから程遠いもの。しかも稀代の美しい浪漫難曲、著名なBachの無伴奏も含め”今更・・・”感ないでもないけど、この人の演奏は若い頃胸を熱くして聴いておりました。(Beethovenには別コメント有)これは7年ほど前に自主CDとしたもの。あまりの名曲、馴染み過ぎて拝聴機会は減った作品は(幾種ある)オイストラフの美しく豊満な演奏、現役世代や若手のキレ味テクニックを散々聴いて、こちらシゲティの”一聴彼の音”と理解できるアクとクセのあるヴァイオリン、これが昔の記憶通りに”胸を熱くする”誠実演奏〜これって記憶の産物(刷り込み)ですか?音質もほとんど現役。
自主CDフィルアップはSchubert 交響曲第8番 変ロ短調「未完成」〜オイゲン・ヨッフム/コンセルトヘボウ管弦楽団(1953年)+Janacek コンチェルティーノ〜ワルター・クリーン(p)/ハインリヒ・ホルライザー/ウィーン・プロ・ムジカ管弦楽団・・・ヨッフムの昔の録音は堂々としてオーソドックス(音質も良好)頓珍漢な組み合わせの「コンチェルティーノ」は「ピアノ、2台のヴァイオリン、ヴィオラ、クラリネット、ホルン、ファゴットのための」室内楽ですね。顔ぶれ的にVOX録音?どこから持ってきたのか、こんな音源。すっかりモダーンな作品、ホルンの朗々とした活躍もステキな作品でした。(コレらしい)
Wagner 楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲(ロンドン交響楽団/1969年)/Elgar 「エニグマ」変奏曲(ハレ管弦楽団/1956年)/Ravel 「マ・メール・ロワ」(ハレ管弦楽団/1957年)〜ジョン・バルビローリ・・・10年ほど前に拝聴。勇壮なスケールを誇る「マイスタージンガー」前奏曲、カラヤン/ドレスデンの1970年全曲録音は当初バルビローリが想定されていたとのこと。納得の悠揚たるタメを堪能いたしました。「エニグマ」は今月憂愁に甘美な変奏曲を愛聴してきた流れ、
これほど切なく、詠嘆の色濃い節回し+スケールの雄大なる歌は稀有なる体験
・・・ちょいと褒め過ぎ?それとも聴き流したこちらの問題か。Ravelのメルヘンは慈しむように繊細でした。
Beethoven 交響曲第1番ハ長調/第7番ニ長調〜エーリヒ・ラインスドルフ/ボストン交響楽団(1962-69年)・・・不安と希望を思わせる二つの軽妙なる(不安定な?)序奏から始まる第1番ハ長調交響曲、この出足も革新的な作品はイン・テンポを崩さず、次の躍動リズム溢れる第7番ニ長調交響曲も変わらぬスタイル、やや堅苦しいほど正確オーソドックスにほとんど飾りのない演奏。これがオーケストラの輝かしい優秀さも手伝って、結果作品の真価(素の魅力)をみごとに表出する結果に至ります。この全集は音質イマイチと思ってきたけれど、それは表現上の印象も手伝っていたのでしょう。今回は各パートの役割をしっかりバランス良く聴き取れました。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
週末休み。いつものように早朝覚醒でも眠りが浅い感じはそうありません。昨夜しっかりマシンジムの成果、気温も上がって汗をたっぷりかくのも爽快。お仕事は細かい問題やら、ヒヤヒヤちょんぼを水際で喰い止めてもらったりしつつ、なんとか今週終了、新人はなかなかどん臭く、不器用に大器晩成型っぽく、こちら対応に苦戦中です。これも試練というか、人生のアクセントでしょう。昨日、お付き合いも長くなった理系先輩のブログにて「ブログに取り上げる記事のテーマは」との記事有、ステアマスター15分間呻吟中に眺めたNHK「ユーチューバー」番組と併せ、いろいろ考えさせられました。
五原則というのがあるそうで(1)人を傷つけない(2)自分を傷つけない(3)法律を守る(4)公序良俗に反しない・・・あとひとつなんだっけ?ネットの匿名性から自分を飾って”盛って”しまう(エスカレートすること)も多くて、炎上すれば一瞬で信頼を失う(サラリーマンで云えば失業状態)に至るとのこと。自分の場合お仕事の案件は”愚痴”に限定して、具体的な内容には一切触れずデフォルメしております。ウケ狙いは絶対にしない、興味ないこと、ウソは書かない(触れないことは多い)、政治的なことも大きな流れと意見の多様性の確保、変化を基本姿勢として触れるのみ。
結果、じつにツマラらぬ日常のマンネリ連続となるのだけれど、それが人生でしょう。ドラマなんてそうそういつもないものだし、悪い事件はないほうがよろしい(病の悪化とか、ご不幸とか)。あくまで自分の生活のリズム、アクセント、備忘録として継続してるのみ。それでも来年夏で20年、継続すれば40歳から60歳へ、体力意欲興味生活環境考え方人生はいつの間にか変わってまっせ。ときどき読み返して(関連記事をサイト内検索)感慨深く思い出したり、誤字脱字を日々修正したり・・・あくまで自分勝手な趣味ですから。(紋切り型ご挨拶「独断と偏見で」という言葉はキライだけど)
Elgar 創作主題による変奏曲「エニグマ」/ エレジー*〜レオポルド・ストコフスキー/チェコ・フィル(1972年ライヴ)/*アンスリー・コックス/ロイヤル・フィル・・・数日前、ノーマン・デル・マーを感慨深く拝聴したばかり。チェコ・フィルとの珍しい組み合わせはBachが出ておりました。Phase4録音はオン・マイク、各パートの意識的な強調は効果的、チェコ・フィルはいつになく濃厚、木管の音色も美しく際立ちます。これはストコフスキーの彫りの深い表現もあるのでしょう。不自然なあざとさに非ず、雄弁なテンポの揺れ、慈しむように美しい変奏曲を堪能させてくださいました。
この作品はこどもの頃?ハイティンクの来日公演(どのオーケストラかなぁ?ロンドン・フィルだっけ)をテレビで見掛け、全然理解できませんでした。こんな憂愁にデリケートな旋律はオトナじゃないと愉しめないのかも。アンスリー・コックス(この人はようわからない)の「エレジー」が名残惜しく、泣ける旋律でした。
Beethoven ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲 ハ長調 作品56〜ヘルベルト・カラヤン/ダヴィッド・オイストラフ(v)/スヴァトスラフ・リヒテル(p)/ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(vc)/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1969年)・・・シンプルな旋律が意外とお気に入り作品。これは泣く子も黙る名人勢揃い!発売当時話題となって、当時健在だった旧ソヴィエットの意向により「新世界レコード」より発売されたEMI録音でした。21世紀にはそんな話題も夢物語、演奏者も全員鬼籍に入りました。自分はメジャー嫌いなので、意識的にこの演奏を避けてきたというか、LP時代は貧しくて廉価盤しか買えなかったからオイストラフ/クヌシェヴィツキ/オボーリン/サージェント盤(1958年録音)を愛聴しておりました。
幾度か聴いていたはずなのに初耳印象、各々巨匠たちは肩の力を抜いて、息詰まるような緊張感と熱気!に非ず、意外と淡々と美しく叙情的な風情であります。彼(か)の官能的なロストロポーヴィチもさらりとして、御大カラヤンだって徒にオーケストラをゴージャスに響かせていない。そんな力むほどの作品じゃないのかな?腕の見せ所がないらしいピアノが思いの外瑞々しく、さすがリヒテル、アンサンブルの要は彼であったとの記事を読んだ記憶もありました。一周回って親しいものとなった・・・そんなふうに愉しく拝聴いたしました。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
あっという間の週末は小雨模様、天草より晩柑が届いて瑞々しくいただきました。体調は悪くないけれど、睡眠浅く5時ころに目覚めてしまう毎日、今夜は悪い誘いを振り切ってスポーツクラブに行きましょう。北海道の両親のところへ熊本土産+写真数枚到着、喜びの電話がきておりました。孫のお嫁さんを見せられること、これも親孝行でしょう。足腰すっかり弱った父親は91歳、それでもマンション一階の小さな庭の畑仕事をして、二度ほど転んだとのこと。ノーミソはまったく健在みたい。
国会にて「加計文書」なるものが話題になって、当時の文科省事務方トップが認めているんだから事実関係的に勝負あった、状態なんやけど、政府は馬耳東風状態、国民もぴん!と来ていない雰囲気はマズいでしょ、先のナントカ学園問題を見ても、んもう”なんでも有”みたいなのは。ま、名古屋近郊旧いマンションの一室でつぶやいても仕方がないけど。
お仕事は週末山場、いくつか懸案事項も目白押し。しっかり一人前に働かせて下さって感謝でっせ。
Shostakovich ピアノ協奏曲第1番ハ短調/Mussorgsky 組曲「展覧会の絵」〜ウラディーミル・オフニチコフ(p)/マキシム・ショスタコーヴィチ/フィルハーモニア管弦楽団(1990年)・・・Shostakovichは(珍しく)お気に入り作品、才気溢れてユーモラス闊達、露西亜のピアニストVladimir Ovchinnikov(1958-)はかつて聴いたことがないほど、美しくしっとり仕上げて陶然とさせて下さいます。この人の技巧にはまったくムリなく、無機的に非ず、でもちょいと素直過ぎかも。「展覧会の絵」の迫力、デリケートなバランスも見事だけど、壮絶なアクというか個性を求めるのは往年のリヒテルとかホロヴィッツが念頭にあるのか。いつまでも劣悪音質+ライヴならではのミスタッチやら少々仕上げの粗い演奏を称揚するのもちょいと後ろ向き、こちら鮮明な音質に日常拝聴すべき価値なのでしょう。
Beethoven/Liszt編 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ユーリ・マルティノフ(p)(2013年)・・・1837年製のLiszt時代のエラールとか。Lisztは好まないのでBeeやんの交響曲ピアノ版はグレン・グールドのをちょっぴり聴いたくらい。しばらく前にBrahmsの交響曲ピアノ連弾版を聴いて、作品の構造をクリアに浮彫って感心した記憶有。こちら流石名人Lisztの編曲は雄弁、作曲者への畏敬の念溢れて「英雄」のスケールたっぷり、細部聴き馴染んだ旋律を不足不満なく堪能させて下さるゴージャスなもの。時代楽器を採用したマルティノフの意欲と技巧に敬意を評しつつ、響きの重(鈍?)さ、キレの不足にやや不満を覚えました。古楽器系の軽快素朴な響きリズムを好むけれど、この流れだったらモダーン最新鋭のピアノのほうが似合っているのかも。
では行ってきます。一週間のケリをしっかり付けましょう。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日夕方より激しい雨、トラブル続きのお仕事はなんとかギリギリ次善の策を打っているところ。待ったなしの高齢化問題(日々事態は進んでいる)二極分化(名古屋のタワマン即売とか)さておき、憲法改定やら政治的法律に熱心な安倍ちゃんやら「右」系の活発な動きについて朝日新聞に詳細コメント(耕論)がありました。与謝野馨さん逝去享年78歳、こういった保守派(だけじゃないないけど)の良心的論客はどこにいったのか。数を頼んだ反論無用な暴力的威圧、一方で紋切り型の反対にも違和感ありますよ。エラそーなことを外野からつぶやいても仕方がないけど。
昨夜、7時よりマシントレーニング45分、すごい汗と下半身筋肉痛(攣りそうなくらい)にてエアロビクスは断念、もう一ヶ月ほどサボりがち。8時に帰宅して音楽聴いたり、テレビ見たりする時間が欲しいということもあります。夕飯ちょいと喰いすぎたかな?そう思ったけれどきっちり運動すると体重は減るのですね。本日残りの資料仕上げて、昼から取引先定例商談、一週間はあっという間に過ぎ去ります。ヤミで早めに職場出勤、残業なし5時で堂々と上がれるリズムもよろしい感じ。(但し、お仕事宿題をスッキリ快速クリアするのが前提)身分は変わってもお仕事の質、水準は若いものに負けたくないもの。
Elgar 創作主題による変奏曲「エニグマ」/行進曲「威風堂々」第1-5番〜ノーマン・デル・マー/ロイヤル・フィル(1975年)・・・これは隠れた名盤、穏健紳士なイメージから離れた前のめりな熱演であります。Norman Del Mar(1919ー1994)は往年の英国指揮者、日本での知名度は薄くても実力者はたくさんいるのですね。DGらしからぬ録音、というかドイツのレコード会社には(当時)英国系レパートリーを揃えられなかったのでしょう。そこへデル・マー起用、例の如しロイヤル・フィルのキレのある金管は絶好調、雄弁にアツい「エニグマ」。そして「威風堂々」(「Pomp and Circumstance」からの名訳!)の快速元気、一気呵成な推進力はかつて見られなかった爽快。音質も上々です。
Holst 組曲「惑星」〜エイドリアン・ボウルト/ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1959年)・・・5年ほど前のコメントが残って、オーケストラが作品に慣れていない感じモロ、あちこちミスも多いけれど、ボウルト翁の手に掛かると盤石の貫禄にほっとするものです。「木星」ばかり有名(たしかに美しくもゴージャスな旋律サウンド)だけど、冒頭「火星」のカッコよいリズム、華麗なる加齢を重ねると”静かなところ”への嗜好も高まりました。「土星」の粛々とやがて激しさを加えるところ、「水星」「天王星」スケルツォのユーモアも素敵な作品。音質もかなり良好でした。
他、今朝Zelenka ヨーゼフ1世の記念のためのレクイエム ニ短調/ミゼレーレ ハ短調〜ローマン・ヴァーレク/チェコ室内管弦楽団/アンサンブルバロック1994(1994年)など拝聴中。神秘な古楽器アンサンブルであります。
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
せっかく一昨日褒められたのに油断大敵、某商品が一気に不足して調達不可、お詫びと善後策に追われました(未だ対応途中)。数週間後に迫った取引先を呼んでの定期イヴェントの資料準備も未だ完成途上(+初体験若い相棒分の点検も有。そちら優先)べつにド残業には至っていないけど、本日どんよりとした曇り空同様スッキリせぬ気分、睡眠不如意というか眠りが浅い自覚も有。日本では「共謀罪」参院へ。性的犯罪厳罰化(これは重要)と抱き合わせて国会延長して与党は通す構えの真っ最中に、英国にて大規模テロ発生、「テロ対策」を謳う与党は渡りに船?でも「共謀罪」はテロ防止にはならんらしい・・・閑話休題(それはさておき)
ノートパソコンDELL Inspiron N5110をZorin-Linux-12(64bit)→Zorin-Linux-Liteー9(32bit)に戻してみました。起動が遅かったり、解凍ソフトの不具合もあったので。メインのHP Omni 220-1140jpはWindows10から動かさないけど、サブ・マシンはいろいろ試したり遊んだりしてノーミソ気分転換を図っております。Chrome(32bit版)、Dropboxを使ったらほぼ同じ環境になりますし。作業途中、いろいろ不具合も徐々に修正して、それも趣味の楽しみでっせ。
Respighi 交響詩「ローマの祭り」/「ローマの噴水」/「ローマの松」〜エンリケ・バティス/ロイヤル・フィル(1991年)・・・これは十数年ぶりの拝聴。以前のコメントはノーテンキなもの(廉価盤としての役割!なんて)だけど、曰く
細部が粗い。これは複雑で魅惑的な旋律が絡み合うでしょ。ところどころ、キメが入って一区切りなんですが、その旋律のリズム感、止め、というか「間」が甘い感じ。それと(これは誰かの演奏の記憶があるのか?)爆発するところと、甘美な静謐さの対比が弱い。ま、全部爆発しちゃって、それがバティスの良いところなのでしょうが、全曲通して聴くのは少々ツラい
・・・なるほど。ブライアン・カルヴァーハウスの名録音は臨場感たっぷり、拝聴途中女房殿より「ご近所迷惑!」と声が掛かるほどの金管大爆発大音響ド迫力!世評が割れるのは常のこと、どこかのコメントにて(記憶失念)ティンパニの入りの遅れ、一部管楽器ソロの音程ミスの件指摘有、ライヴさておき、セッションだったらその辺りしっかり修正を望みたいところ。(最近のライヴ収録は複数回の演奏より編集している)印象は上記昔のコメントとあまり変わらぬことを前提に、少々粗い、シンプルな推進力をしっかり堪能いたしました。これはヴェリベストではないにせよ、価値ある一枚也。昔懐かしい”爆演”系の代表例でしょう。
Mussorgsky/Ravel編 組曲「展覧会の絵」〜チャールズ・マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィル(1991年)・・・ 旧Virgin録音→EMIへ→さらに現在はERATO?レーベル固有の音というか個性雰囲気は企業買収によって、オールド・ファン(=ワシ)にとって混乱しがちな今日此の頃であります。これもけっこうな優秀録音。但し、上記トンデモRespighiのあとでは耳が少々麻痺しておとなしく感じました。緻密ていねい誠実な描き込み、バランス感覚も抜群、先のエンリケ・バティスとは好対照な美しい演奏であります。オーケストラもけっこう上手い。
では、行ってきます。今日一日を誠実に乗り切りましょう。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
いつもの日常再開しております。華麗なる加齢を重ねると新しいこと、特別なイヴェントより、当たり前な毎日に安心するもの。連日の好天に気温も上がって春真っ盛り。いつもの定例月曜の前週残務処理、ミーティング(二本)。まともに仕事をせず我流を貫く一年先輩(継続雇用)は実質上お仕事を外され、体制替えは正式に発表されました。後釜に配置される(=トラブル修復役)は昨年度の優秀な相棒、「はやっさんの予言通りになりましたね」しみじみ述懐しておりました。一歩間違えれば自分が尻拭き役になっていたかも知れぬから、人生はわからぬもの。職場トップの週報(お上に報告するもの)冒頭にて激賞され、自分としては当たり前の行為も評価されれば嬉しいもの。
精力的なお仕事を続ける女房殿は心臓に違和感?有、24時間心電図計測中。気のせいであればよいのだけれど。こちら久々のマシンジム45分間「強」設定にしっかり汗、足腰腹背筋への手応え充分に今朝▲500g、今週で週末の美食と酒+熊本ラーメン分を一掃いたしましょう。
Bach フルート、ヴァイオリンとチェンバロのための協奏曲イ短調BWV1044/チェンバロ協奏曲第2番ホ長調BWV1053/第3番ニ長調BWV1054/第4番イ長調BWV1055〜フランス・ブリュッヘン(fl)/マリー・レオンハルト(v)/グスタフ・レオンハルト(cem)/レオンハルト・コンソート(1967年)・・・これって50年前!強面厳格な演奏に驚いたLP時代の記憶も鮮明、30年ぶり拝聴かも。奥様は存命かも知れぬけど、他のメンバーは皆鬼籍に入りました。音質及び技巧の切れ味は現役そのもの、この時点、既に古楽器演奏の完成度に驚かされました。正確な技巧、揺るがぬ几帳面なテンポは堅苦しいほど、ホ長調BWV1053第1楽章「Allegro」の明るくもシンプルな繰り返しも「いつまで続くの?」、それはニ長調BWV1054第1楽章「Allegro」に至っていささか冗漫に感じるところも同様、こういった硬派なスタイルで初めて作品風情が際立つものでしょう。(終楽章「Allegro」は映画「ある愛の詩」に使われておりました)オーボエ協奏曲として有名なイ長調BWV1055は、こちらチェンバロでもたっぷり愉悦を受け取りました。
では行ってきます。毎日お仕事が充実してありがたいこと。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
行ってきました熊本。エエとこやなぁ、やっぱ九州大好き。好天に恵まれ季節外れの猛暑も気になりません。一年前の震災被害はあちこちビルの工事中、解体待ち、熊本城の石垣の崩れ天守閣も工事中、おそらく民家も色々タイヘンな状況が続いてると想像しております。息子のお嫁さんのご両親は24歳の長女を先頭に女3人男一人の4人姉弟は美男美女に性格も朗らか、ご両親は天草で自営業をされて家族とても仲がよろしい。ステキな方々と親戚づきあいとなりました。ウチの息子も32歳、これで一区切り、結婚式をどうするかは未定。高そうな立派な料理屋は息子が支払っておりました。エライぞ。北海道の爺婆も喜んでいるでしょう。
深酒後の一昨日は朝昼と食事自制して夕方には▲500g戻しても夜会食(ホテルの朝食も美味い)更に空港にて禁断の熊本ラーメン、今朝の計測は+500g・・・う〜む。今夜しっかりスポーツクラブで鍛えんとな、ここ数日酒+美食の限りを尽くしましたから。
県営名古屋空港からFDAにて熊本往復は安いんですよ。とても贅沢をした気分。これが人生のシアワセなんやろな。昨夜帰宅してから【♪ KechiKechi Classics ♪】定例(アリバイ)更新、ノーミソが日常に戻るのに四苦八苦しております。隣国ではミサイル連続飛ばしているのに。
昨夜のBrahmsが自分的には少々重くて、音楽は次に何を聴いたらよいか逡巡中。Szymanowski(マーク・エルダー1983年)とかElgar(ロッホラン1982年)のBBCライヴにも集中できません。Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜グスターボ・ドゥダメル/シモン・ボリバル・ユース管弦楽団/ジャニス・ワトソン(s)/ジェーン・ヘンシェル(a)/Chor der Staatlichen Hochschule fur Musik und Darstellende Kunst Monnheim/Landesjugendchor Rheinland-Pfalz(2008年ルートヴィヒスハーフェン・ライヴ)・・・拝聴中。思いっきりアツい、明るい、前のめりの若いエネルギーに充ちた演奏であります。頻繁なテンポの動かし方に少々面食らいながら、若さはこのくらいでよろしいかと。(後述)朝出勤がゆっくりになったので最後迄拝聴。明るくテンションの高いオーケストラ、地元の合唱団?(芸術学校?)これがとても精緻なものでクール!
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日はいつもの毎金曜難行苦行にケリ付けて、また酒(悪友がいるとどーもアカン)11時半迄。せっかくの体重減も今朝計測結果は+1kg、朝昼と節制して夜は熊本です。昨日来ちょいと頭痛有。じつはとうとう職場改変が正式にケリが付いて月曜発令、結果自分は現状維持(働かぬどころか害悪となる)問題の一年先輩(自分の経験史上最悪)は事実上飼い殺し状態に決まりました。昨年一年間いっしょにお仕事をした優秀な中堅がその穴埋めに異動します。現状のお仕事わずか2ヶ月、引き継ぎも終わって取引先と関係ができたところで、全然場所違い畑違いの担当になるのもかわいそうだけど、仕方がない・・・そんな結末報告が延々。遅く帰ると女房殿激怒状態。
65歳迄年金が出ないからお情けで雇用、みたいな雰囲気はここ最近一気に状況が変わりました。我が職場は定期採用して人材世代の切れ目や不足はないんだけれど、自分の場合はまったく現役お仕事内容+若者が多く配置された職場に指導や面倒を見る役割に至りました。体力的にも取引先との関係、コンピューター・ネットワークの使いこなしも、現役の戦力のつもり。年収は1/3ほど?(毎日愉しいから)それは全然気にしていないけれど、”事実上飼い殺し状態”と同じ賃金、なんか忸怩たる思いありますよ。
”共謀罪”衆院通過、なんだかなぁ。自粛と(お上への)忖度社会が来るのか。
Debussy 夜想曲/交響組曲「春」/交響的断章「聖セバスチャンの殉教」(アンドレ・カプレ編)「ふたつのファンファーレ」〜ダニエル・バレンボイム/パリ管弦楽団/合唱団(1977/78年)・・・そんなに熱心に聴いていないクセに「どれもそれなり、どれもいまいち」と酷評しているバレンボイム30歳代若手時代の録音であります。ミュンシュの残念な急逝後、本格的なシェフとしてパリ管に在任したのが1975ー89年、けっこうな長期政権にサウンドはローカル→インターナショナルに変化いたしました。これはデリケートな響きに意外なほど完成度が高くて、ま、クリュイタンス時代のエッチなサウンドじゃないけど(ホルンにヴィヴラートが足りない!)清潔かつわかりやすい明晰演奏になっております。馴染みの「夜想曲」さておき、幾度聴いて迷子状態になっていた「聖セバスチャン」の神秘な美しさを初めて発見しました。短い「ファンファーレ」も金管の美しさ躍動。
さて、いざ熊本へ。震災後初訪問、街の様子はいかがでしょうか。向こうの若いご両親とは親しくなれるでしょうか。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
あっという間の週末金曜。相変わらずの洟水症状+睡眠が浅いのはさておき、体重減は順調、ついに待望の70kg切れが見えてまいりました。(身長165cmだから標準体重には程遠いけど)半年前より▲4kg、相変わらずの出腹状態でも昨年のズボンは楽勝に穿けて、脂肪の奥に腹筋確認出来、下半身の鍛錬(ステアマスター)は効果有。間食と炭水化物を減らすこと(甘い飲料はもともと好まない)食物繊維の多いものを意識的に摂ること、他ほとんど通常の食事(酒も)+定期的なスポーツの成果でしょう。炭水化物の重ね喰いをしないこと(代表例;ラーメンライス)それは飲酒時にも大切でして、魚肉野菜はたっぷり喰ってもピザ焼きそばポテトは避けて、締めのお茶漬け、ラーメン!厳禁。飲酒翌日の体重はほぼ維持できていることを確認しております。一ヶ月後の健康診断目指して、引き締めていきまっしょい。
本日お仕事なんとか乗り切って、明日熊本へ息子結婚に向けてご挨拶の旅へ。天候はよろしいみたい。禁を破っても本場・熊本ラーメンが喰いたい。大好きな街ですよ。
Mozart ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調K.456〜ラファエル・プヤーナ(fp)/ジャン・ピエール・ヴァレーズ(1939-)/アンサンブル・インストゥルメンタル・ドゥ・フランス(録音年不明)・・・Rafael Puyana (1931-2013)はクリストファー・ホグウッドの師匠に当たる往年のチェンバリスト、ここではフォルテピアノを弾いております。(ヴァレーズの器楽アンサンブルはモダーン楽器)第2楽章「Andante un poco sostenuto」ト短調の寂しげな変奏曲が大好きな作品、これはネット上から入手した音源、CDにはなっていないでしょう。古楽器系溌剌軽快なリズムを多く経験した耳には、素朴な飾りのないスタイル+音色は好感を以て拝聴してもフツウ(にステキ)な感じ。
Stravinsky 「ペトルーシュカ」からの3章(1971年)/Bartok ピアノ協奏曲第1番/第2番(1977年)〜マウリツィオ・ポリーニ/クラウディ・アバド/シカゴ交響楽団・・・30歳前後、腕が鳴るような切れ味テクニックのポリーニであります。「ペトルーシュカ」は腕自慢のピアニストなら、必ず手掛けてみたい難曲中の難曲とか。最近では(IMALUちゃんを連想させる)ユジャ・ワンが爽快でした。こちら若きポリーニは有無を云わせぬ怜悧な推進力に言葉を失うほど。Bartokも凄いけど、民族的粗野な音楽ではなく、都会的洗練に溢れた完成度、これはアバドの優れたバック、シカゴ交響楽団の硬質洗練されたサウンドイメージも大きいでしょう。第3番の録音はその後もなかったでしたっけ?Bartokは結局ゲーザ・アンダ/フリッチャイのが音質とも完成度抜群!と云っても、もうぼちぼち60年前、こちらも40年前か・・・
では、行ってきます。本日も(自分で決めた)宿題は残さずキレイに乗り切りたいもの。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
「共謀罪」本日委員会採択?趣旨というか本音がようわからない。機密保護法、新・安保法制、そして憲法改定へ。闊達な論議を期待したいけど、なんとなく雰囲気で、小選挙区制の多数を頼んで(しかも投票率が低い)流れで、空気で一気に決まってしまうのものなぁ。実際運用も空気や流れで運用されたら堪らんでしょ。自分も含めて無関心というか、関係ない、まず日々の暮らしで精一杯ということかな?閑話休題(それはさておき)東京本丸連続会議中内職して、当面の細かいことはクリアしつつ、やはり数日職場を空けるのはいろいろタイヘンでして、昨日集中して宿題をこなしました。二日間東京に行っている若い相棒は”内職”マネするので、強く”100年早い!”と叱責しておきました。
本日は昼前から取引先所要対応〜定例打ち合わせ。明日金曜だから一週間はあっという間だ。昨夜は一週間ぶりのスポーツクラブ、エアロバイク強設定30分+ステアマスター15分(これがキツい!)したら次のエアロビクス45分参加する体力は残らなくて退散しました。60歳過ぎたらまず健康、お仕事は複数のフクザツな処理を並行させて、それはノーミソ活性化のために重要なのでしょう。旧友朋友呑み友達=マネージャーの腰痛さておき、不眠症が気になります。鬱病再発の兆候っぽいので。
Beethoven 序曲「コリオラン」/Szymanowski ヴァイオリン協奏曲第2番/Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ウラディーミル・ユロフスキ/ウィーン交響楽団/レオニダス・カヴァコス(v)(2014年Kissinger Sommerライヴ)・・・ ここのところネットから入手したライヴ音源ばかり。旬の指揮者であるVladimir Jurowski(1972-)がウィーンのオーケストラに客演した記録はリアル、オン・マイク残響やデリカシー不足なやや大味音質、音楽を愉しむのには不足のないレベルでしょう。Beeやんの前にSzymanowski( 1882-1937)の件、これは初耳、なんとなく拝聴機会を得なかったもの。これが不思議なオリエンタル浪漫を感じさせる美しい旋律、カヴァコスの技巧的キレも文句ない単一楽章の名曲、ちょっと新しい発見でしたよ。
力強くも強引な「コリオラン」、馴染みの「英雄」は思いっきりオーケストラを煽って第1楽章「Allegro con brio」の思わぬ「間」というかタメ、終楽章「Allegro molto」出足の物々しい遅さ、入念なテンポの揺れ、描き込み、昨今の古楽器系とは一線を画す雄弁かつクサい個性的演奏也。若手はこれで良いんです。音質のせいか上品に大人しいはずのオーケストラはザラリとして、かなり力入っておりました。
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
先週末行ったばかりの同じホテル前泊、同じ会議室にて、全国から優秀な若い男女が集まって(ほとんど知らない顔)+旧知にも再会して、自分の立ち位置しっかり自覚しました。要らんよなぁ、こんなロートル、なくても回るよなぁ、お仕事。但し、若い人も必ず例外なくヴェテランに至るのは人生の必定、理想的じゃないにせよ、お手本になるような動きをしなくては。ふだん、名古屋方面の小さい職場に逼塞しているから、自分のことは客観的に見られないですから。今回は酒もなし、ホテル近くのスーパーで惣菜など入手してダイエット意識食生活継続中。東京本丸では日常と同じパソコン環境になるので、内職しっかり、当面の課題はほぼクリアしているつもり。本日一気に残務整理しましょう。夜は一週間ぶりのスポーツクラブだ。
5年ほど前迄は音楽(iPod)+書籍+サイト更新セット(USBメモリ)持参したものだけど、半年に一回(今回は二回)の出張に片道一時間半、ひたすら居眠りのみ。これじゃノーミソ老化一方か。まる二日間”音なし”生活也。今回は上着を忘れたり、業務用ウルトラブックの電源忘れたり(会議途中知り合いに借りて充電)ぼんやりが過ぎてまっせ。
今朝はDebussy 牧神の午後への前奏曲(Ravel編)/リンダラハ(Lindaraja)/夜想曲(Ravel+コチシュ編)/Bartok 二つの映像/Ravel ラ・ヴァルス(以上コチシュ編)〜ゾルタン・コチシュ/フェレンツ・ラドシュ(p)(1979年ライヴ)・・・リンダラハ(Lindaraja)は2台ピアノ用だけど、ほかは4手連弾なのか、調べつかず(「夜想曲」はいかにも2台分の豊かな響き)。音質はまずまず音楽拝聴に支障ない程度。どれもお気に入り、ほとんど馴染みの旋律ばかり、色彩はノーミソ内で補って、師弟二人のピアニストによる息の合った”微妙な揺れ”、妖しい”間”を堪能できました。コチシュも亡くなったのだな(1952-2016)、早すぎ、残念。
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
曇り空の月曜開始、本日夜、また東京前泊明日会議対応となります。ちゃんと土日休んだのに疲れが取れんなぁ、しばらく平日夜のスポーツクラブも行けてない。2016年度はずっとヒマだったのに、3月くらいからやたらとお仕事切羽詰まっているのは巡り合わせかな?本日だけでも待ったなしのお仕事いくつか思い付くし、定例のお仕事別にして今週締め切りいろいろ、そして週末は熊本行き。適度に忙しいのは=充実しているということ、そんな環境に感謝いたしましょう。
昨夜、青息吐息よーやく【♪ KechiKechi Classics ♪】 定例更新。某隣国がミサイル飛ばしてもなにしても、誰のためでもない、自分なりのケジメ、生活のリズムであります。
Bruckner 交響曲第7番 変ホ長調(ノヴァーク版)〜セルジウ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル(1989年)・・・EMIのが1994年、別途東京ライヴが1990年ライヴ、シュトゥットガルト放送交響楽団との1971年は別格として、ほかベルリン・フィルとの1992年ライヴ(シャウシュピールハウス)・・・いったいいくつ出ているのか。ファンとしてはありがたいもの、これはベルリン・フィルハーモニーでの演奏会収録とのこと。あまりに聴き馴染んだせいか、ベルリン・フィルとの超・微速前進が脳裏にあるのか、フツウのテンポに思える!美しく穏健な作品はチェリビダッケによってじっくり、ゆったり、ていねいに細部描き込んでこそ魅力際立つと思いますよ。かっちり硬派な構築物を思わせるギュンター・ヴァントもステキだけど、こちらひとつひとつのフレーズを慈しむようにバランスを整え、ニュアンス豊かに仕上げていく所作に聴き手は緊張感を強いられます。走らず慌てず騒がず息長く、激昂しない・・・粛々とスケール豊かに音楽は進んでいく・・・陶酔に身を委ね、延々と続く音楽はいつまでも終わって欲しくない。
「音楽日誌」は再び一日お休みとなります。さて、本日明日どうお仕事乗り切るか、ちょいと呻吟中。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
出張疲れの昨日土曜はかなりの雨模様。午前中通院二軒、眼(視野)の異常を指摘されて既に10年、眼圧コントロールに成功、老眼は幸いないけれど、視力のダウンは実感、しかし検査では落ちていないとのこと。血圧も正常に復しました。更にディスカウントストアに寄って、お気に入り生乳100%ヨーグルトとグラノーラの特売など入手、雨中佳き散歩のあとは例の如し引き隠り休日也。ヲタク趣味音源整理+居眠り三昧。
旧いOSを狙った世界的サイバー攻撃発生とのこと。それなり規模の事業所でネットワークを組むと、各種周辺機器のドライバ互換性問題でOS更新ができないんですよね。つまりどこか日常稼働しているものがアウトに。買い替えが必要になるけど、お金が掛かるし、機嫌よう動いているし、ま、これでいいんちゃうの・・・その挙句の出来事でした。発信元はどこ?イスラミック・ステイトとかアルカイダ?それとも某隣国なのか、まったくの個人なのか。10年ほど前だっけ?職場で個人的にウィルス対策の相談(+設定)を受けていたら、ワシも・・・あちこちから声が掛けられて、一般市民の無為無策ぶりに驚かされたものです。高機能なOS+ネットワークの普及+大多数が同じプラットフォームというのも考えもんですね。若い世代はもっぱらスマホですし。
いつも愛用している「はこBOON」運用休止とのこと。例の宅配便抑制(配送人不足値上げ契約見直し)の流れか。いままでいくつか激安宅配を利用してきて、次々淘汰され、唯一残ったものなのになぁ。残念。
Bruckner 交響曲第8番ハ短調(ハース版)〜ギュンター・ヴァント/ミュンヘン・フィル(2000年ライヴ)・・・Gunter Wand(1912ー2002)最晩年ミュンヘン・フィルとのライヴがけっこう出ております。なんでかな?ずっと不思議に思っていたら、チェリビダッケ(1912ー1996)逝去後のBrucknerレパートリーを担っていたのですね。2004年クリスティアン・ティーレマンの首席指揮者就任演目は第5番というのも意味があったのでしょう。ケルン、ハンブルク、ベルリン・フィルといずれ眼光鋭いハードな演奏を繰り広げたヴァントも既に最晩年の88歳、オーケストラの個性は暖かくも穏健なサウンドに第1楽章「Allegro moderato」第2楽章「Scherzo. Allegro moderato」は凡百な集中力でないにせよ(彼にしては・・・)やや大人しいというか淡々とした風情であります。テンポ設定は中庸、全体では88:12だからCD一枚に収まりません。
後半第3楽章「Adagio. Feierlich langsam, doch nicht schleppend」に於ける天国的な陶酔、第4楽章「Finale. Feierlich, nicht schnell」の推進力にようやく彼の本領発揮、煽ったり走ったり、いらぬテンポを動かさぬ盤石演奏に、長丁場も聴き手をしっかりつかんで離さぬ感銘をしっかり受け取りました。最近、長い作品は聴き手の根性が続きませんでしたから。
Stravinsy ヴァイオリン協奏曲ニ調*/Shotakovich 交響曲第10番ホ短調〜ヴォルフガング・シュナイダーハン(v)/カレル・アンチェル/ベルリン・フィル*(1962年)/チェコ・フィル(1955年)・・・CDは寝かせるほど熟成される・・・どこかの都市伝説は意外と当たっていて、これも随分と長いお付き合い也。Stravinskyは音質+濃密なベルリン・フィルのサウンドに仰け反りました。シュナイダーハンはこのハード辛口な名曲を初めて”美しい”と感じさせて下さるもの。終楽章のホルンはヴァイオリン・ソロに負けぬ大活躍であります。Shostakovichは演奏旅行中ミュンヘンでの録音(モノラル)とのこと。音質それなり、Shostakovichはクリアな音質必須と思うのでちょいと心配しておりました。
暗鬱に長大なる第1楽章「Moderato」は20:28、たいていここで挫折する難解な風情、いくら苦手でも幾度トライヤルしているからなぁ、かなり様子もわかってきてなんとか乗り切りました。ずず暗いトンネルを抜けると第2楽章「Allegro」=スケルツォ楽章はなんと!3:51の快速疾走、ここに即物的表現なアンチェルのテンション面目躍如。オーケストラも絶好調。第3楽章は「Allegretto」再びDSCH音型も怪しい暗鬱な風情に戻って、ここのホルンは「大地の歌」引用らしい・・けど、そう云われんとわからんな。(10:57)終楽章「Andante - Allegro」は暗い出足のまま激しく疾走して怒涛のクライマックスへ・・・(11:54)モノラルという音質的な制限はあっても出色のわかりやすさ。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
わずか5年前の連日出張生活から足を洗って既に4年超え、半年に一回の東京行きは疲れます。名古屋からわずか一時間半、品川駅の人混みに酔い、ホテル朝食時の外人さんの多さに驚き!会議前夜同じ職場より5人前泊、若い女性とホテル側で一緒になったけれど、年寄り(”としょり”と読む)二人(いつもの呑み友達)に誘われてはご迷惑やろうと慮(おもんぱか)って品川の夜、さんざん呑みました。来週熊本に行って息子の嫁さんご両親にご挨拶するよ、すると既に孫もできた彼は”ウチの息子の嫁はんはブッサイクでなぁ”と失礼なことを云う・・・閑話休題(それはさておき)。GW直前の職場改変の件、事態はいっそう悪化して、職場トップは本格的な職場編成替えを決意したらしい=ワタシ如き引退ヴェテランのリリーフ付け焼き刃に乗り切るのは(将来も見据え)ムリ、優秀な若手中堅と入れ替えると。現状でもけっこう忙しい(?ほどでもないけど)自分への配慮かも。翌日、東京本丸の会議は(全国より参集)いつもながら元気で優秀な若者に圧倒されました。そして会議中激しい内職しまくり、珍しくケータイも幾度鳴って閉口気味。ふだん出掛けないからね。
今更キツいお仕事負荷もなんやけど、ちょっと気が抜けたなぁ、現状維持かよ。たしかに取引先との関係はそれなり安定しているけど。古巣の北陸金沢への復帰は残念、なりませんでした。帰り品川駅側、上品な塩ラーメン喰って帰宅しました。巡り合わせで来週月曜早々夜、再び東京入りへ。今度は夜おとなしくしておきましょう。今朝、体重確認したら現状維持、酒+かなり試食したけど(それがお仕事)。炭水化物を意識して減らしております。
今朝、久々の音楽拝聴。出張やら移動中の音楽はもう聴けないなぁ、なんや疲れて、集中できないし。イヤホン大音量の耳への負荷も心配です(耳鳴り有)。Couperin アッレマンド ロ短調/サラバンド ロ短調/ティク−トク−ショック、またはオリーヴしぼり機/Rameau アッレマンド イ短調/D.Scarlatti ソナタ 変ホ長調L.142(K.193)/ニ短調L.366(K.1)/ロ短調L.449(K.27)/Chopin 幻想ポロネーズ 変イ長調作品61/夜想曲 嬰ト短調作品27-1/舟歌 嬰ヘ長調作品60〜イーゴル・コマロフ(p)・・・Igor Alexeyevich Komarov (1927-1981)は初耳、旧ソヴィエット往年のピアニストらしい。ネット入手したおそらくLP音源はかなり音質良好、豪快硬質な露西亜風!を想像したら大間違い。バロック〜Chopin迄肩の力が抜けて、リリカルな瑞々しい音色、神経質に過ぎず、意外と淡々と流れの良い適度な雰囲気、ニュアンスある演奏でした。
さて、恒例通院でもするか。外は雨模様です。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
本日の最高気温予想は27度C、黄砂の影響?職場数人が洟水に苦しんでおります。今朝は隣国の新しい大統領選出にともなって、韓国の社会文化、日本の国民性との違いついて興味深く関連記事を拝読いたしました。もっと深めて勉強したいですね。
半日分のお仕事滞留分は無事クリア、本日昼からの取引先商談の準備の目途もたちました。自分の担当分だったらそれが当たり前のヴェテラン、問題は新人の指導、幾度それは経験しても課題状況、もちろん相手の性格によっていろいろ、パターンが異なります。今回は大苦戦やなぁ、それはもしかして自分は華麗なる加齢に引退年齢、若者との年齢差(育った環境の違い)のせいか。”絶対マネするな”とは云っても、こちらお相手の状況を見越して変幻自在先手の対応、優先順位の徹底(=そうでないところの手抜き)+(自称)卓越したOA機器ネット環境の駆使活用快速処理+話術のツボ、見てないようで見ている(相手の顔色ばかり見る)から、妙な(よろしくない表層的な)マネが目について、あまりよろしい結果を生んでおりません。器用じゃない彼にはひたすら耐えていただいて、粘り強く対応しましょう。将来ある若者は大器晩成型かも。こちらも試練でっせ。
自分が26歳のときにはどんなんだっけ?もう結婚していたし、人前で話すことが得意な弁舌家だったっけ(振り返ると寒気がするほど恥ずかしい)。時代はパーソナル・コンピューターやらネット、ケータイ登場前でした。若き相棒は電話応対が苦手、極端に声が小さくて、いかにも不安げ、自信なさげ、モロ。
Shostakovich 交響曲第6番ロ短調/第1番ヘ長調〜ローマン・コフマン/ボン・ベートーヴェン管弦楽団(2006年)・・・3年ほど前に聴いていて、全然歯が立たなかったもの。鳴らぬオーケストラ、といった印象は音量レベルの低さと理解できました。作品そのものがズズ暗くも重苦しい第1楽章「Largo」からShostakovich苦手意識が抜けない聴き手には、ここでもうアウト。”CDは寝かせるほど良い”とはどこかのブログの箴言、幾度かの経験で徐々に作品全容がぼちぼち見えて、しかも意外と優秀録音。1936年生まれの大ヴェテランの統率を受けたオーケストラは各パート自発性は足らんけど、知的に抑制の効いたサウンドも悪くない。第2楽章「Allegro」にはオーケストラの馬力をもっと望みたいけど、まずまずの爆発(Wikiの「爽やかで喜びに満ちた楽章」というのは???)第3楽章「Presto」の疾走もボリュームをうんと上げて聴けば(金管打楽器炸裂!)それなり愉しめるもの。オーケストラはやはり上手いくない、というか大人しいかなぁ。才気煥発な第1番ヘ長調はもっと若さの爆発!みたいなものを求めたいところ。
さらにShostakovich 交響曲第10番ホ短調〜ローマン・コフマン/ボン・ベートーヴェン管弦楽団(2003年)〜カッコ良い第2楽章「Scherzo」ラストに編集ミスがあるとか(ネット情報による)。ようやく全曲をちゃんと聴き通せるようになりました。
Shostakovich ピアノ協奏曲第1番ハ短調〜ペーテル・ヤブロンスキー(1991年)・・・十数年前にエエ加減なコメントが残って久々の拝聴。どんな演奏も文句ないほどお気に入りだけど、英DECCAの効果的な音質、ヤブロンスキー20歳の記録はしっとり美しく歌って最高っす。
本日昼から取引先商談、そのまま東京へ。「音楽日誌」は一日休載となります。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
隣国にて新しい大統領が決まっても、今週末東京にて会議があるのでお仕事日程が切羽詰まっております。昨日は昼から女房殿に連れられて銀行へ。気ばかり焦る午前中のお仕事はたっぷり残してしまって本日明日に持ち越し、明日昼から取引先商談(準備は全然できていない)そのまま東京前泊、会議中もノートパソコン持参で継続処理必須状態です。三つほど課題が重なると一つ目の出来事と、三つ目の対応をごっちゃにしてしまう(そして二つ目の宿題は失念=うっかり頓珍漢)若い相棒は、結局ここ数日のお仕事はぜ〜んぶムダに、こんな質(タチ)の悪い妙に元気な年寄り(=ワシ)に(+取引先にも)連日叱られてかわいそうだけど、なんとか耐え忍んでくれ。やがてある日、蓮の花がぽん!と開くように悟る時がやってくるはず。自分一人の実務処理作業だったら昨日午前中で充分クリアできるはずが、教育的指導(説教とも云う)に時間が取られます。細かい自分の処理ミス、取引先のミスの修正処理対応にも。
気分は本日朝の天候同様どんよりとして本日勝負!一気宿題クリア目指しましょう。昨日銀行対応はさっさと終わって(本人認証と自筆がポイント)ヒマだったし、夜は連続スポーツクラブへ。一昨日連休明けの鍛錬はけっこうキモチよかったので、昨夜もしっかり汗を流しました。週末金曜は東京帰り、夜のスポーツクラブは時間的に微妙なので、本日夜もしっかり通うつもり。
Stravinsky 交響詩「ナイチンゲールの歌」/ヴァイオリン協奏曲ニ長/ Mahler 交響曲第4番ト長調〜ロリン・マゼール/ベルリン放送交響楽団/チョン・キョン・ファ(v)/ジャニス・マーティン(ms)(録音年不明のライヴ音源)・・・旧西ベルリンのオーケストラがドイツ交響楽団に改名したのが1993年だから、その前のライヴ音源に間違いなし、音質まずまず、ちょいと鮮度落ちといったところ。Janis Martinは1960年台の録音に登場して、チョン・キョン・ファのデビューは1970年辺りだからけっこう昔の録音なのかも。Mahlerはたしかこのオーケストラと若い頃録音してましたよね(1969年/ヘザー・ハーパー(s))それと同時期コンサートか。
前2作品のStravinskyは両曲とも出足のヒステリックさが破壊的な魅力、いつもながらオーケストラの統率に優れ、わかりやすく整理された演奏、といったところ。もっとハードな辛口作品と思うけどなぁ。上手いオーケストラですね。木管がとても美しい。ヴァイオリン・ソロは豊田耕児さんですか?やや遅めのテンポを自在に動かして、たっぷり息の長い旋律末尾など陰影深い表現が印象的です。女声ソロの知的な声もマゼールに似合っておりました。
Bruckner 交響曲第7番ホ長調〜ベルナルト・ハイティンク/シカゴ交響楽団(2007年ライヴ)・・・5年ほど前に聴いてぴん!と来なかった記憶有。世評は絶賛だし、ハイティンクは大好き。コンセルトヘボウを降りてから例えばベルリン・フィルとのMahler、このシカゴ交響楽団との相性が万全であったか微妙と感じます。(ロンドンでのBrahmsBeethovenも音質が好みではない)柔軟にオーソドックスな表現と、硬質なオーケストラの切れ味は得難い組み合わせだったのでしょう。細部デリケートなニュアンス+飾りの少ない明晰表現に前2楽章はイマイチ入り込めず、自分勝手なBruckner印象ではもっと茫洋とした残響必須かと。この作品のキモ・美しい第2楽章「Adagio/Sehr feierlich und sehr langsam(非常に荘厳に、そして非常にゆっくりと)」にはもっと陶酔が欲しいところ・・・というのは勝手な聴き手の要望でしょう。第3楽章「Scherzo/Sehr Schnell(非常に速く)」の躍動とバランス感覚にようやく感銘深まり、第4楽章「Finale/Bewegt, doch nicht schnell」は明るく、溌剌と全曲を締め括ってたっぷり満足させてくださいました。
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
GW明けお仕事再開、職場は初エアコン稼働。若き相棒のところに取引先より質問問い合わせ連続、あたふたしてるのが不思議、じつは先週GW中(自分も知らぬうちに)生煮えの未整理情報を一斉(大量!)に流して、それが要因でした。要らぬものはカット、内容を吟味していないから(もとより本人は内容理解できていない)質問問い合わせ殺到、いっそう混乱する・・・一旦取り下げて、再度整理して送付する旨申し付けました。彼も未だ(現場研修2年経て)赴任一ヶ月ほどの若者、毎日内外より叱責されて試練でしょう。なんとか耐えろ、遠回しにいろいろ将来の悪い例やら、彼のよろしくない(自分と相手の立場位置関係を考慮しない)性癖を指摘しているいるけど、全然理解できないみたい。自分も試練だな、人を教えることは自分のなかで曖昧さを一掃すること、時に声を荒げても「なんども失敗しろ、お詫びして修復すればそれでOK」は指導の基本です。ヘタな言い訳しないのはエラいぞ。
ちょっぴり残業して帰宅遅い女房殿に先立って素早く夕食調理、スポーツクラブは一週間ぶり、しっかりマシンジム45分間、下半身中心に鍛えました。怪しかった左膝もどんよりした体調も快復、体重はようやく(10年ほどの)過去最低水準に戻して、ここ数週間幾度+1kgほど揺れ戻して後悔したもの。更に▲500g目指しましょう。連日(それなり)詰めたスケジュール、週末は東京本丸会議有(勘弁してくれんなぁ、なかなか)そんな中、本日昼からお休み必須、既に支給された退職金の銀行との処理、本人じゃないとダメなんだそう。午前中集中してお仕事クリアいたしましょう。
Wagner 歌劇「リエンツィ」序曲/歌劇「タンホイザー」序曲/第3幕への前奏曲/楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲/徒弟たちの踊りと親方たちの入場/舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕への前奏曲〜オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団(1960/61年)・・・昔から馴染みの音源だっけ?パブリックドメインに至って音源データを早々に入手したけれど、聴いたのは初耳かも。音質はかなり良好(「タンホイザー」2曲のみちょっと落ちる。アッチェレランドはアツいけど)イメージとして(見た目)頑固頑迷な古老(1885-1973)彼の世代として極めてモダーン、クリアなサウンド、要らぬ重みや大仰な飾りのない表現であります。テンポは中庸、スケールにも欠けない。フィルハーモニア管弦楽団という清廉なサウンドとの相性もよろしかったのでしょう。Wagner聴くならちゃんとオペラ全曲を!そんなこだわりから管弦楽作品を聴く機会は減っておりました(そのくせ聴き通す気力体力集中力は減退気味)。こどものころから著名旋律に馴染んでいるから、長〜いオペラも愉しく聴き通せる・・・後期浪漫に通じる勇壮な旋律サウンドを堪能いたしました。
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
さてノンビリ、ぼんやり過ごしたGW明けは佳き天候、仏蘭西ではルペンさんに非ず、若いマクロンさんが大統領になったんだそう。日本人は劇的な変化を好まない国民性、なんとなく空気に流される風潮があるのが気になります。大震災と原発事故が発生した不幸な民主党政権崩壊の経験から”羹に懲りて膾を吹く”状態に至って+格差、高齢化社会、福祉負担増、消費増税・・・それでも政治に大きな動きなし。それどころか都議選は小池フィーバーとか(眼前にある豊洲問題など落とし所も示されたいないのに)選挙後は蓮舫さん降ろしの動きらしい。党派問わずハト派の論客は出ないのか、ちゃんとした政治家が育っていないのか、育つべき素地や前提が揃っていないのか。国民が求めていないのか。多数決なんでもアリじゃオモロないっす・・・
閑話休題(それはさておき)本日よりお仕事の構え、仕組みの変更を(急ぎ)熟考しなくては。未だ、呑み話情報だけど、ぼちぼち正式にお仕事担当変更に非ず、担当倍増の件がやってきそうだし。昨夜はご近所温泉風大型浴場〜ご近所居酒屋(やや高級)久々、そこは美味いしキレイなんだけど、品数が少ないのが難点なんです。山菜やら焼き魚、どれも薄味絶品。
Bartok 組曲「不思議なマンダリン」/Hindemith 気高き幻想〜ジャン・マルティノン/シカゴ交響楽団(1967年)・・・ライナーの黄金時代の後を受けて不幸なジャン・マルティノン(1910ー1976)のシカゴ時代は1963-1968年、当時RCAはシャルル・ミュンシュ、フリッツ・ライナーの二枚看板を失って、ラインスドルフ、マルティノンの人気はイマイチだったとのこと。当時の音源をいくつか確認すると、録音で聴く限りどれも精鋭な表現、新鮮なサウンド、オーケストラの実力に感心します。レパートリーが独墺系古典的なものに非ず、近現代中心に新機軸を目指したらしいけど、保守的な観客には受けなかったのか。(ユニオンとか理事会の政治的な問題もあったらしいとの噂)「マンダリン」が組曲版なのは時代か、激しくも暴力的な作品も美しく切れ味のあるもの。辛気臭い?Hindemithも朗々とオーケストラを鳴らして鮮度充分でした。音質も良好。
Mahler 交響曲第1番ニ長調〜ロリン・マゼール/ガリシア交響楽団(2012年ライヴ)・・・1992年設立スペインの新興オーケストラ、最晩年のマゼールはトスカニーニ・フィルとかバレンシアにあるソフィア王妃芸術館とか、若い人たちの育成に力を注いだらしい。好き嫌いは別として、この人はウィーン・フィルであれニューヨークであれ、時に恣意的なテンポの揺れが自然な音楽の流れを阻害しても、自分の個性主張をオーケストラに徹底する力量を持っておりました。ここでも同様、しかしそれが若いオーケストラにフィットして”決まった”、説得力ある立派な完成度であります。青春薫る名曲は若いオーケストラに相応しい。
今朝はCorelli ヴァイオリン・ソナタ イ長調 作品5-9/Cabonelli ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 作品1-2/Mossi ヴァイオリン・ソナタ ロ短調 作品1-5/Visconti ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 作品2-5/Castrucci ヴァイオリン・ソナタ ト短調 作品1-4/Locatelli ヴァイオリン・ソナタ イ長調 作品8-10/Monningri ジーグ ニ短調〜ムジカ・アンテクヮ・ケルン/リッカルド・ミナーシ(v)(2011年?)・・・題して「Corelli’s Regacy」。Corelli、Locatelliを除いて初耳作曲家作品ばかり、どれも典雅に練り上げられた古楽器が豊かに躍動しておりました。
では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
完全引き隠り(途中出勤)なGWも本日終了。ここ数日まったく運動(散歩も)せず、昨日は冷蔵庫怪しげな在庫一掃料理たくさん喰ったから体重が心配だったけれど、なんとか維持▲α。明日は出勤お仕事再開して、宿題満載な次期体制(自分のお仕事付加)を見据えつつ、夜はスポーツクラブへ、一週間ぶりにしっかり身体を動かしましょう。ボケて衰えているヒマはありまへんで!仏蘭西大統領決戦選挙の日。トランプさんに懲りてマスコミの論評も慎重+世界的な右傾化排外主義蔓延の流れを読んでいるようですね。
昨日は集中力萎え切って音楽もちょろ聴きばかり、【♪ KechiKechi Classics ♪】 定例更新がやっと。しかも執筆途中、Komza'k「Fideles Wien」は音源データが存在しないことに気付く不始末状態が情けない。ワルツ「レモンの花の咲く頃」の美しさに痺れました。J.Strauss関連の音源データ保存分を探って(例えばお気に入り)喜歌劇「こうもり」がないことに愕然!んなバカな!CDではヨハネス・ヴィルトナー盤(NAXOS)が棚中現役であったことにほっとしました。ようやく探し当てた音源は・・・
J.Strauss 喜歌劇「こうもり」(抜粋)〜ワルター・ゲール/チューリヒ放送管弦楽団/合唱団/ウタ・グラーフ(ロザリンデ)/アルベルト・クンツ(アルフレート)/ヘッダ・ホイサー(アデーレ)他・・・懐かしいコンサート・ホール・レーベル音源也。ゲールは1960年に亡くなっているから1950年台のモノラル録音(らしいけどステレオになっている)期待値が低いせいか、意外に音質はまともに聴きやすいもの。SP→LPへ一般家庭に音楽が普及して+録音技術が進んでいった1950-1960年台、モノラルからステレオの変化も画期的だったことでしょう。「名曲を安価に聴いていただく」といった企画ものだったのか。早速のうきうき快活な序曲開始を期待したら晴れやか優雅なワルツが・・・喜歌劇「くるまば草」序曲/ポルカ「iの上の点」(I-Tipfert/イ・ティプフェル)〜ヨーゼフ・クリップス/ウィーン・フェスティヴァル管弦楽団を冒頭に収録しておりました。このレーベル、クリップスも常連さんでしたね。LP時代持っていた音源?思わぬところで再会を果たしました。小粋でんなぁ。「くるまば草」は各場面のエエとこ取りをして多様に愉しいもの、「こうもり」に負けまへんで。
Walter Goehr(1903ー1960)はユダヤ系独逸人、英国に亡命、帰化?Scho"nbergの弟子、現代では息子のほうが有名だけど、彼も作曲家だったらしい。「こうもり」序曲はクリップスに負けぬ自在に優雅な表現、オーケストラはようワカランけど技術的には充分、不自然な歌い手前面の音録りはいかにも昔風、雰囲気もミュージカルみたい。歌い手も本格派、朗々と明るいアデーレのコロラトゥーラ・ソプラノに魅了され、アルフレートの雄弁な美声に聴き惚れました。舞踏会「侯爵様、あなたのようなお方は(Mein Herr Marquis)」女優オルガ(じつは女中アデーレ)のアリアはいつ聴いても微笑ましく、シアワセな気分になります。抜粋は残念やなぁ、ワルター・ゲールには「ジプシー男爵」(抜粋)もあります。
Mussorgsky/(Leo Funtek(1885-1965)編曲)組曲「展覧会の絵」/(Rimsky-Korsakov 編)交響詩「禿山の一夜」(レイフ・セーゲルスタム/フィンランド放送交響楽団1986年)/(Kalevi Aho編)歌曲集「死の歌と踊り」(4曲/マルッティ・タルヴェラ(b)/ネーメ・ヤルヴィ/フィンランド放送交響楽団1984年)・・・「展覧会の絵」原曲ピアノ版も、Ravel先頭に編曲版なんでも大好き。華やかに金管打楽器炸裂するRavelも大好きだけど、こちら原曲のテイストを活かした「フンテク版」。弦を主体としてやや暗い、粗野な風情も悪くありません。「禿山」は馴染みのもの。現代芬蘭土の作曲家Kalevi Ahoによる歌曲編曲が凄くて、タルヴェラのあまりに立派な歌声も堂々として、華やかに切れ味ある金管は編曲の妙なのか、ヤルヴィの統率なのか俄に判断がつかぬところ。
ほか、ちょろ聴きは限りなし。Dvora'k 弦楽四重奏曲第3番ニ長調(シュターミッツ弦楽四重奏団)第1楽章のみ(これは甘美な旋律であった)Beethoven 交響曲第5番ハ短調(クラウディオ・アバド/ベルリン・フィル2001年ライヴ)第1楽章のみ(音質芳しくなくて集中できず)など拝聴。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
薄曇りにやがて雨のGW後半、そろそろ花粉症も終わりの季節と思うけど、ひどい洟水鼻詰まり継続、花粉だけが要因ではないのかも。睡眠が浅く、な〜んもする気も外食する意欲もなく掃除洗濯がやっと、微妙に風邪気味かも知れません。なんせスポーツクラブも土日祝日は使えぬ契約ですし。体調怠いGWはせめて音楽ばかり聴いておりました。息子より運動靴(女房殿の分と二足)到着、彼女の差し金(配慮)か、ありがたいものです。夜半に女房殿ご帰還。
Stravinsky 交響曲ハ調(2008年ライヴ)/Mussorgsky 交響詩「禿山の一夜」/Tchaikovsy ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調/Stravinsky バレエ音楽「春の祭典」(2012年ライヴ)〜シャルル・デュトワ(1936-)/ダニール・トリフォノフ(p)(1991-)/シカゴ交響楽団・・・これはネットから拝借した音源、音質良好、2010年よりリッカルド・ムーティ(1941-)が音楽監督を務めて既に7年、亜米利加のメジャーオーケストラとしては若返りに失敗したと思ったけれど、意外と好評のようです。Stravinskyは1940年作曲者+シカゴ交響楽団で初演された新古典的作品とのこと。著名な初期三大バレエ音楽も大好きだけど、アルカイックに乾いたこの時期の作品もステキ、強面作品?そんな勝手な印象を持っていた交響曲は、デュトワのマイルドなバランス感覚にわかりやすく、端正に(古典的に!)表現されました。個人的には小学生時代が懐かしい、ヴィヴィッドかつ金管の迫力たっぷりな「禿山」(Rimsky-Korsakov版)を経、若き露西亜のピアニストは著名コンクールにて相次いで優勝した期待の星との共演へ。
キラキラと繊細なタッチ、爽やかに情感たっぷりなピアノを堪能いたしました。数日前、勝手なコメントを付けた「春の祭典」はお気に入り作品、モントリオール交響楽団(1984年録音)は洗練された響きがおとなし過ぎて世評ほど良いとは思えず、こちら老練熟達の表現に+ハードなオーケストラの個性が際立って見事な完成度でした。
Webern 夏風の中で/Mahler リュッケルト歌曲集/Haydn 交響曲第101番ニ長調「時計」〜ベルナルト・ハイティンク/シカゴ交響楽団/クリスティアーネ・ストタイン(ms)(2008年ライヴ?)・・・ブーレーズとともにバレンボイム後の空白を埋めたハイティンク、この人は穏健派のバランス感覚と硬質なオーケストラの個性が妙にマッチしておりました。後期浪漫派の爽やか甘美な残滓たっぷりな「夏風の中で」、オランダの名花Christianne Stotijnによる静謐な「リュッケルト」〜いちど生体験した作品は舞台上にたくさん団員がいても、ほとんど刈り込んだ少ない出番に室内楽的な作品との印象でした。Haydnの明朗さ、徒に大柄ではないけれど、しっかりモダーン楽器の豊かな響きがヴィヴィッドな演奏を堪能いたしました。これはかなり以前に自主CD化、詳細データが失われて、たしかもう一曲分データ不良だったっけ?
Mendelssohn 交響曲第3番イ短調「スコットランド」〜ヴォルフガング・サヴァリッシュ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1967年)・・・ステレオ時代を迎えて次世代の巨匠として次々浪漫派の交響曲全集を録音をしていた頃のサヴァリッシュ。既に半世紀前の音源は最近話題になりませんね。ネット上でいくつかの声(おそらくオールド・ファン)を拾うと曰く「音が旧くなった」と。これは妙な話で、アナログ録音の原盤テープが劣化したということ?それとも当時としてはまずまずの音質水準だったけれど、今となっては時代遅れになったという趣旨か。だったら1955年驚異的Mercury録音をどう評価するのか。新しいもの=高品質とならぬのがムツかしいところ。おそらくはもともと老舗PHILIPSにしては失敗作録音だったのでしょう。オーディオの世界は縄張り外と自覚しつつ、嘆息しておりました。演奏そのものはオーソドックスな躍動に悪くないもの、但し、この清廉なオーケストラ起用の経緯はどんなものだったのでしょうか、美しく響きませんね。特別にこの個性を求めて聴く意欲が湧かぬ・・・即断は禁物だけど。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日通常出勤。残務一気消化できるのも世間はGW真っ最中、電話がほぼないため。職場はほとんどお休み中(自分の担当ではない)取引先よりファックス一枚、連休明けの月曜にこれこれ揃えておいて、という悪質な案件を発見!フォローしておきましたよ。女房殿不在、自宅にて料理意欲失って冷蔵庫在庫尽きているから(ご飯も炊いていない)弁当はなし、若いモンを誘って取引先定例打ち合わせ訪問途中にラーメンなど喫しました。会議では一時間しゃべり続け疲れ果てました・・・早々に帰宅して外食する意欲もなく(昼も外食だったし)ありあわせ食材調理にて夕食済ませ、ほんまの連休に入りました。
今朝の朝日新聞は良心的保守派の論客・佐伯啓思さんの憲法論議「憲法9条の矛盾/平和守るために戦わねば」。勝手に東京オリンピックの年に改憲を狙う安倍ちゃんさておき、護憲派も実際に北朝鮮有事(事態はリアルに切迫)にどう対応するのか、だから改憲といった「手段、手、技術の問題」に非ず、憲法そのものの存立前提、国際情勢、隣国との関係をしっかり考えるべきでしょう。論議の深化なくして多数で押し切ることはもちろん、現状維持をお題目のように唱えるのも虚しいもの。
Dvora'k 交響曲第9番 変ホ長調「新世界より」〜コリン・デイヴィス/ロンドン交響楽団(1999年)・・・ロンドン交響楽団は歴代シェフの見つけ方がうまいですね。コリン・デイヴィス在任が1995-2006年、次のゲルギエフさておき今シーズンよりサイモン・ラトル就任、ベルリン・フィルよりずっと似合っていると思います。閑話休題(それはさておき)話題のLSO自主制作録音、ハイティンクも含めて聴いた範囲ではどれも音質が芳しくない・・・そう感じるのは我が貧者のオーディオのせいらしい。デッドというかある意味リアルな直接音中心、これはバービカン・ホールのサウンドであるとの(実際に現地に行った方の)情報を得ました。つまりこれがほんまの音らしい。晩年のコリン・デイヴィスの表現、ロンドン交響楽団の芳醇な音色を絶賛される声もあるから、うかつな即断不可。こちら英DECCA辺りの録音を懐かしく思い出しました。作品そのものをちょっと愉しめぬ感じ。仕切りなおしましょう。
Chopin 練習曲集 作品10/25〜マウリツォ・ポリーニ(p)(1960年)・・・世評絶賛!(聴いたことないけど)著名な1972年録音に非ず、18歳の記録也。キラキラするような技巧の冴え、甘美な旋律は思いっきり新鮮に表現され、音質も悪くないもの。個々の作品旋律はどれも馴染みだけど、まとめて全部”練習曲”を通して聴いたのも初めてだったかな、一気呵成にラストまでたどり着きました。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
呑んだ翌日はへろへろ〜というのは体調云々より意欲気力の問題か。数年前マネージャー時代は深夜迄お付き合いして翌日、こなすべき資料作成はかえって集中力が高まったものです。昨日は女房殿を駅迄送ったほかは、荷物をコンビニまで持っていったのみ。ここ最近読書もまったく進んでおりません。本日のGW中日出勤は佳きアクセント、週次で作業は回っているから、お仕事在庫一掃(午前中)昼から取引先へ、次の体制問題を見据えて”お仕事整理仕舞い”を考えるのもノーミソには新鮮でしょう。せっかくの連休中断は若いモンにとってはご迷惑なことでしょう。
平日夜のみ格安スポーツクラブ契約は当然お休み、5/1(月)夜はちゃんと45分間のキツいマシンジムをこなして、翌日も連続しようと思ったら深酒でしょ?来週連休明け迄運動機会がありません。趣味が引き隠り音楽拝聴(+2時間ドラマ再放送)なので、いくら青汁やら食物繊維、ヨーグルトを意識して摂っても身体は鈍ります。朝、久々ちょっぴりウォーキング+α(ストレッチ)してきました。お隣の公園の藤満開、昼間は蜜蜂が乱舞しておりました。
Bruckner 交響曲第5番 変ロ長調〜オイゲン・ヨッフム/コンセルトヘボウ管弦楽団(1964年オットーボイレン・ライヴ)・・・21世紀の標準はギュンター・ヴァントですか?(彼も故人だけど1912-2002)これは20世紀中特筆すべき名盤と讃えられ、自分も早々に棚中揃えたもの〜爾来幾十年、幾度聴いても残念ながら震えるような感銘を未だ受け取れません。バイエルン放送交響楽団との1958年録音があるでしょ?あれも評価高いようだけど、56歳壮年の気力体力充分なヨッフムは例の如し”走り過ぎ煽り過ぎ”の典型、こちら会場のせいか、その性向はさほどに非ず、当時の手兵であったオーケストラ(1961ー1964)との信頼関係も篤く、厚みのあるサウンド、アツい推進力とアンサンブルの見事さに間違いなし。
でもね。第5番はBruckner交響曲中屈指の深遠なるスケールを誇るもの、第1楽章「Introduktion: Adagio - Allegro」冒頭、暗闇の地下階段を手探りで降りていくと、そこには見上げんばかりの高い障壁が(金管コラール)!やがて悠々と登場する主題は最終楽章「Finale. Adagio - Allegro moderato」に回帰して壮大なる円を閉じる・・・脳裏にはチェリビダッケがあるのかな?(晩年の種々微速前進演奏)こちらヨッフムは整ってテンション高く、オーケストラもマイルドに美しいけど、どーも貫禄が足りないと感じます。第1楽章ラストあたりのアッチェレランドは(最終楽章も)やはり落ち着かない。
Mozart レクイエムニ短調K.626〜カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団/合唱団/マリア・シュターダー(s)/ヘルタ・テッパー(a)/ヨーン・ヴァン・ケステレン(t)/カール・クリスティアン・コーン(b)(1960年)・・・これも”ワルターのロマンティック”同様、中学生以来の再会か(キング世界の名曲1000シリーズ)。ここ最近、過去志向極まって開き直りでっせ。これがぼろぼろ泣けるほど!情熱的な演奏、なんせこども時代の刷り込みですから。音質極上。ミュンヘン・バッハ合唱団の正確なピッチ、カール・クリスティアン・コーン(1928-2006)はヴォータン登場!と見紛うばかりの貫禄朗唱、ヨーン・ヴァン・ケステレンの輝かしい劇性に聴き惚れ、宗教的作品に定評ある女声ソロ二人にも大仰なる時代を感じさせぬ・・・カール・リヒターはBachの声楽作品同様の入魂の表現であります。(世評高いBachの器楽アンサンブルは嗜好から外れますが)これもヴェリ・ベストやなぁ。オモロいのは弟子ジュスマイヤーが一生懸命加筆完成させた部分が明確に”アカン”と理解できるほど、作品の出来不出来が際立つところ。
Staravinsky バレエ音楽「春の祭典」〜ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス/ベルリン放送交響楽団(Rundfunk-Sinfonieorchester Berlin/2010年ライヴ)・・・Rafael Fruhbeck de Burgos(1933ー2014)が旧東のオーケストラ首席を務めたのが1994-2000年。前任ハインツ・レーグナー(1973ー1993)のイメージが強いオーケストラは上手くなって、サウンドはずいぶんと洗練されました。これはネットからの入手音源、低音が少々弱い以外極めて鮮明な音質です。緻密な技術になんの問題もない集中力アンサンブル、粗野な野生爆発な作品を都会的に表現するのはブーレーズ先頭に時代の流れ、作品そのものを堪能するには充分な水準でしょう。但し、21世紀にはこのくらいの演奏はいくらでもありまっせ。彼ならではの趣向が欲しかったところ。
上記の流れでDebussy 管弦楽のための映像/Gigues/Iberia/Rondes de printemps〜ピエール・ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団(1991年)拝聴。すべてが入念に計算され、各パートは入念に色付けされ、全体バランス、なにを浮き立たせるのかの明快な指示、力みもムダも一切ない→結果、驚くべき透明な感銘が押し寄せるマジック!
では、行ってきます。独身生活は明日夜迄。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
風雲急を告げる「憲法の日」本日祝日休み、女房殿は大阪へ帰省(老母のもとへ)4月よりお仕事都合で軽自動車を譲り受けたので駅迄送ってきました。昨夜は痛飲!というのもマネージャー=朋(ポン)友=呑み友達が連休前単身赴任帰省、新幹線予約を遅らせてお仕事愚痴やら相談事があると(結局新幹線最終に間に合わず)。一足先に継続雇用嘱託になった一年先輩がいよいよアウト、お仕事のスキルが低いとか営業対応が遅いとかそんな水準に非ず、まったく使い物にならず、大切な連絡抜け連続トラブル、注意すると開き直り逆ギレ、取引先からわずか一ヶ月”お願いだから替えてくれ”〜苦情続出。ほら、予言した通りでしょ?史上最悪でしょ、自分は体調崩すほど3年耐え忍んで上司に頼み込んで相棒から外してもらいました。凄い伏魔殿!抱え込みド残業(していた)→実際はな〜んもしていない。悪しき慣習をいっぱい残したのみ(丸一年経っても容易に修正できない)
ここは小さい営業所だから、お仕事範囲が限られていて、明らかに人事配置のミスマッチ、10年位前にお仕事環境を変えてあげる(どこかに転出させる)べきだったと云ってももう遅い。任せるべきお仕事がなくても雇用は労働者の権利ですから。そうか、そりゃタンヘンやね、と傍観している場合じゃない!一人スタッフを雇うから現状のお仕事を整理して監督業務に、なんとか兼任してちょうだいと。引き継ぎ要らんでしょ?もとより4年前迄自分が5年担当してマネージャー職を引き継いだエリア、営業データ実務処理の流れは自分が構築したもの、取引先との人脈も抜群、以前は毎年一番弱まったところを順繰りに担当兼任して埋めていったものです。いやぁ、困ったなぁ、こちら精神的にはほぼ引退気分だし、現状の担当は小さいながら超・合理化済、取引先と有機的な関係を作っているつもり+更に職場全体の某管理業務(判断スピードが求められる)を任されていて、それは余人を以て変えられないからそのままやってね、と。
ジョーダンじゃない!お仕事2倍+出張でっせ。(以前はマネージャーだったから週一回、今度は月一回かな?)気力も体力も落ちているし、カネのことを云々するつもりもないけど、こちら時給の嘱託雇用でっせ。現状のお仕事が回るよう(走りつつ急ぎ)再構築必要だし、速攻で新しいお仕事も全面的に突入(おそらく一ヶ月の残滓一掃に四苦八苦)還暦過ぎてそこまでやるの?エエように使われているだけなのか、それとも光栄なことなのか・・・既に職場トップはもちろん、東京本丸トップに迄話は通してあるらしい。新人の面倒を見つつ、悠々とお仕事をクリアして音楽三昧するはずだったのに、それは儚い夢だったのか・・・
思い悩んで深夜起き出して音量低く聴いた音楽は
Mozart 交響曲第40番ト短調K.440〜セルジウ・チェリビダッケ/シュトゥットガルト放送交響楽団(1973年)・・・ミュンヘン・フィルとの1994年録音は未聴、晩年の微速前進に非ず、むしろ快速テンポにかっちりとしたフレージングとリズム感が素晴らしいもの。颯爽とスタイリッシュな表現は(宿敵)カラヤンを連想させ、こちらのほうがリズムのキレは上でしょう。音質も良好。
もう一発。Mussorgsky/Ravel 組曲「展覧会の絵」〜セルジウ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル(1986年ライヴ)・・・1993年ライヴとは別物らしい。こちら微速前進スタイル完成後、ぱっと聴き1993年の印象と変わらず。落ち着いて悠々と歌う入念細部描き込みに深い感銘有、音質的にはこちらのほうが良いかも。但し、深夜、音量低かったので再聴確認が必要でしょう。
そういえば充電不如意な女房殿スマホ、じつは100円ショップにて入手したケーブル(計3種)に問題があって、純正の高いのを買ったら一発解決したとのこと。めでたいな。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
いつものちょっぴりイライラする月曜、マネージャーを降りて自分のことに専念した4年間を経、引退したはずなのに実際上は新人の面倒見に忙しく追われ、自分の担当分野は疎かになりがち、細かい失念やらフォローの連続です。実際上のマネージメント権限を与えられ、それに役職金銭的な見返りはない・・・これが日本的経営なのかな。ま、ほとんど残業もしていないから文句もなし、生活のリズム、職場の一員としての存在感(頼りにされている、いろいろ相談されること)が大切なのでしょう。まともなお仕事もできない大ヴェテラン、わずかの賃金と引き換えに毎日叱責され、職場から浮いても平気なのか?自分やったら耐えられまへんで。それでも時給は同じ。人生はカネじゃないけど、生活があるから仕方がないというのも哀し過ぎ。
明日祝日休み、でも明後日(連休真っ最中)はお仕事都合(取引先対応)出勤。これも命じられたものでもなく、お仕事に流れに自分で判断したものです。
Tchaikovsky 交響曲第5番ホ短調〜ピエール・モントゥー/ロンドン交響楽団(1963年ウィーン・コンツェルトハウス・ライヴ)・・・ほぼ一年前に拝聴コメントがあって曰く
これは亡くなる前年のライヴ(1875-1964/当時88歳!)ほとんど驚異的にクリアな音質、朗々として若々しい歌、燃えるような推進力に感銘深い演奏です。洗練され、優雅な風情に充ちて、ロンドン交響楽団も絶好調、第2楽章 「Andante cantabile, con alcuna licenza」第1主題のホルンは幾度聴いても痺れる、みごとなソロであります。
若い頃Tchaikovskyの甘美な旋律を気恥ずかしく感じたもの、現在はリハビリが進んで好ましく受け止めております。著名な「悲愴」は交響曲として少々異形、ド派手な大爆発を最終楽章に配置した第4番ヘ短調、荘厳勇壮な行進曲を感じさせてカッコ良い第5番ホ短調が全6曲中の白眉かと。古今東西老若男女あまたの音源犇(ひし)めく名曲中の名曲、エレガントな美しさに於いてモントゥー翁最晩年のライヴが一番。亡くなる直前まで現役でオーケストラを完璧に統率できるなら、その人生は素晴らしいものでしょう。
Beethoven 交響曲第6番ヘ長調「田園」/第8番ヘ長調〜ジョス・ファン・インマゼール/アニマ・エテルナ(コンミスはミドリ・ザイラー)(2005年)・・・2-3年前「第九」へのコメント有。颯爽快速テンポ、素っ気ないフレージング、ざらりとして素朴親密な各パートの響き、Beeやんはごりごりと高らかに重厚に鳴り響くもの、そんな前提から大きく外れて、あとは聴き手の嗜好問題でしょう。古楽器(系)演奏スタイルはほとんどディジタル録音の普及と時期を同じくして、細部ニュアンスは優秀録音で愉しみたいもの。躍動、推進力を感じさせても、それはあくまで小ぶり、大仰にならぬ第8番ヘ長調はヴィヴィッド、都会の喧騒を離れた「田園」は、颯爽としたテンポにのんびり土臭くはないもの。どちらかというと古楽器を好むけれど、モダーン楽器による重厚な世界も両方愉しんでおります。
今朝は(先日亡くなった)ハイリヒ・シフによるBeethoven(ドイツ・カンマー・フィルによる過激な演奏)。Debussy「聖セバスチャンの殉教」(ダニエレ・ガッティ/フランス国立管弦楽団)など拝聴中。では、行ってきます。
2017年5月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
薄ら寒い5月の朝、昼から雨らしい。最高気温は25度C予測だから立派な春ですよ。本日からクールビズ、ノータイ可のはず、ちょいと自信がないので締めていきましょう。世間では愉しいGW、こちらいつもと変わらぬ一週間の始まり、週末は結局無為無策、【♪ KechiKechi Classics ♪】 の更新+掃除洗濯料理のみで終わった感じ。日曜朝、決意の小ジョギングしたら100mくらいで膝に違和感有、あきまへんな付け焼き刃では。
往年の巨匠オイゲン・ヨッフム(1902-1987)を偶然続けて聴いております。EMI録音を集めたボックスが出ていて世評絶賛!とくにBrucknerに於けるドレスデンへ賞賛、ロンドンのオーケストラを起用したBeethovenBrahmsはオーケストラの魅力が落ちるとの声が多いですね。ところが真逆の声もあって、こうだから音楽ってオモロいもの、人様の嗜好は多種多様でっせ。
Beethoven 交響曲第4番変ロ長調〜オイゲン・ヨッフム/ロンドン交響楽団(1977年)・・・そうかぁ、ヨッフム三回目の全集はアナログ時代だったのか。いつの間にかオールド・ファンになっちまった自分には「新録音」のイメージが抜けないもの。プレヴィン時代のオーケストラはBeeやん全集録音を老巨匠に任せたのですね。”走ったり煽ったり”〜そんな表現に非ず、仕上げはていねいにバランス感覚に充ちた楷書の表現+ヴィヴィッドな推進力、オーケストラの響きがやや薄く感じるのはEMI録音の個性でしょう。終楽章「Allegro ma non troppo」ファゴットの難所もクリア、優秀なアンサンブルであります。豊かな残響、悪い音質ではありません。独逸のオーケストラを起用した最初の全集、1960年台コンセルトヘボウの(分厚い響き)印象も残っておりました。いずれCD一枚分、次の第5番を聴く根性は残っておりません。
Hoffmeister コントラバス四重奏曲第2番ニ長調/第3番ニ長調/第4番ニ長調〜ノルベルト・デューカ(cb)/エルネ・セバスティエン(v)/ヘルムート・ニコライ(va)/マーティン・オセルターグ(vc)(1980年)・・・ Norbert Duka (1941-)はハンガリー出身らしい。彼のコントラバスは自在に美しく、ノンビリとユーモラス、牧歌的風情が堪らぬ魅力であります。1980年は未だNAXOS成立前だから、どこかの音源を買い取ったのかな?この後にアルペジョーネ・ソナタ(1984年)が収録されるけど、未だたどり着いておりません。
では、今週も頑張っていきまっしょい。