Tchaikovsky 幻想序曲「ロメオとジュリエット」
/Mussorgsky/Ravel 編 組曲「展覧会の絵」
(セルジウ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィル)
Tchaikovsky
幻想序曲「ロメオとジュリエット」(1992年ライヴ)
Mussorgsky/Ravel 編
組曲「展覧会の絵」(1993年ライヴ)
セルジウ・チェリビダッケ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
EMI TOCE-9580(オークションにてまとめてなんぼ!安く入手と記憶。1997年国内盤)
セルジウ・チェリビダッケ(1912-1996)亡くなって既に17年かぁ、かつて”幻の指揮者”と呼ばれた彼のCDも随分と安くなりました。晩年の微速前進スタイルをありがたく拝聴いたしましょう。けっこう好きなんですよ、一聴明快な個性がわかりやすいじゃないですか。この組み合わせは”露西亜もの”ということでしょうか。お気に入り作品連続収録な一枚也。
「ロメ・ジュリ」は27:50。他の演奏は概ね20分ほどだから、遅いにも程がある!的、じっくり腰を据え、あらゆる細部描き込んで、忽せにしない表現。勢いやらリズム、緊張感が維持できるのか、そこがキモであります。ミュンヘン・フィルって淡彩というか、ずばり少々響きが薄いというか、ごりごりとした厚みと重量感を誇るオーケストラに非ず、つやつやとした色気でもない。チェリビダッケは朗々、悠々、とことん歌って雄弁、勢いやら熱気で誤魔化さない、いえいえこの”微速前進”こそ彼の見え透いた手口だ!という方もいらっしゃって、いずれ好悪を分けても超・個性的であることに間違いはない。
コンサートは(おそらく)もちろん、残されたCDでも、聴き馴染んだ(例の)甘美哀愁の旋律がいつになく新鮮です。リズムというか、アクセントは極めて明快であって、たっぷり時間を掛ける各々の旋律さえ、指揮者の意志が徹底されて約30分(とんでもない時間だ!Beeやんの交響曲とそう変わりない)たっぷり、充分味わい尽くした感じ。聴き手は謙虚に、心身とも体調万全にこの録音に向き合わなければ。標準とは言いかねるが、ヴェリ・ベスト!と言いたほどの感動感銘でありました。ラスト、延々と続くティンパニの壮絶なこと、聴衆の戸惑ったような〜やがて熱狂的な拍手にも納得。(某極東のフライング・ブラーヴォでは”間”と”余韻”が足りない)
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あまりに大好きな作品、逆にそれだからこそ(なぜか?)最近拝聴機会は少ない「展覧会の絵」。誰のでも良いんです。アンセルメ辺りだって新(1959年)旧(1947年)とも華やかなサウンドはお気に入り、リファレンスはフリッツ・ライナーの緊張感溢れる演奏(1957年)〜って、少々懐古趣味が過ぎますか。最近ではレナード・スラットキン/ナッシュビル交響楽団(15名の編曲者による管弦楽版2007年)が新たな地平を切り開いた、そんな確信を得たものです。40分をはるかに超える(これも例に漏れず)”微速前進”。どちかというと変化に富んで色彩的、元気の良い作品と信じてきたが、この落ち着いたモノクロームな静謐はなんなのか。世間では驚異的な支持を誇っているみたい。
展覧会場を逍遥する「プロムナード」が”微速前進”じゃマズいないんじゃの?ほとんど止まりそうな出足、勇壮、元気な演奏が多いと記憶するけれど、そっと辺りの気配を伺うように、じっくり噛みしめるようなスロウテンポ〜それが徐々に熱を帯びる凄み。「グノーム」(小人)のスケールも異様に大きい。ごりごり低音を強調しなくても、不気味かつ劇的な雰囲気たっぷりであります。次の「プロムナード」は居眠りしているように静謐〜「古城」もそのまま沈んだ空気のなか、古城の門前、吟遊詩人がそっと暗鬱に後ろ向きに詠う〜そんな風情は延々5:10継続して、聴き手は息が詰まるほどに緊張感を強いられる・・・まだ作品は初盤でっせ。
「プロムナード」のテンポにもすっかり慣れ、トランペットは朗々と光指すよう〜「ティエルリーの庭」は重すぎませんか?子どもたちの無邪気な遊びはこんな静謐かつゆったりなはずはない。「ブイドロ(牛車)」は圧巻のドラマ、重い荷物を引いて遠方から接近、大きな黒牛の息遣いは間近となり、やがて遠くに去っていく・・・そんな情景は眼前に浮かぶ劇的表現の妙。続く木管のみ儚げな「プロムナード」にスロウテンポは効果的、「卵の殻をつけた雛の踊り」はちゃんと剽軽であり、「サミュエル・ゴールデンベルク」は存分に傲慢であり「シュムイレ」のトランペット・ソロとの対比表現もお見事、支える木管のニュアンスは発見でした。
ややスロウテンポでも「リモージュの市場」に買い物に集った女性たちの喧騒を連想することは可能、「カタコンブ」に至っては壮大なる交響曲(Bruckner?)のコラールを連想させるほどのスケールであります。そっと呪文を唱えるような「死せる言葉による死者への呼びかけ」(プロムナード)を経、「鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤガー」〜ラスト「キーウの大門」は11分を超えるクライマックスであります。この重いテンポは凄い説得力、ますます重みと熱気を加え、けっして走らない。万感胸に迫る「大門」の威容の説得力にも比類なし・・・オーラス、スロウテンポ+更に拍子を倍にとって超鈍足、ティンパニ(+打楽器群)しっかり楔を打ち込むのも稀有な経験でしょう。
とまぁ、その個性を礼賛するに吝(やぶさ)かではないけれど、全面賞賛ではないんです。Ravel 編「展覧会の絵」って、もっと華やか、熱気を帯びた推進力であって欲しい。贅沢言えばオーケストラの淡彩な響きも好みではない感じ。いつもなら”CD一枚にこの2曲?盛りが足らん”と嘆くワタシも、充分な収録時間であったことを認めます。少々、もたれるというか、聴き疲れしました。 (2013年10月26日)
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