2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
関東地方は大雨のようですね。せっかくの連休、被害はいかがでしょうか。委内瑞拉に続いて墨西哥でも大きな地震発生とのこと、詳細情報は届いておりません。
こちら雨は降らないけれど、相変わらずの猛暑続き。眠り浅く早朝覚醒は続くけれど、しっかり水分摂って(アイスコーヒーと麦茶)身体鍛えて対策しております。昨日は女房殿が戻ってくるサイクルだけど、弟宅エアコン故障のため引き続き婆さん宅介護継続中。こちらはゴミ出し、トイレ掃除、洗濯を実施。食材は微妙に足りないけれど、この猛暑に買い物に出掛ける元気はありません。昼寝に睡眠不足を補えるのも引退生活の醍醐味でしょう。夕方前、後ろの棟にパトカー、やがて救急車もやってきて熱中症?あまり接近しての野次馬もナニなので確証はありません。今朝の体重は66.55kg+750g!そんなに喰っていないけれど、身動きしなかったらこんなに増えるものか。驚き。
週末を迎えて、これより市立体育館に鍛えて、帰って即コミュニティバスに乗って最寄りの駅より新大阪へ、名古屋岐阜からの先輩を拾って梅田へ酒となります。お気楽な引退生活でっせ。このために体調も整えてきたし、久々の冷たいビールは美味いことでしょう。例のクレカ決済代行「全東信」破産の影響は出ているのか、その現地視察に行ってまいります。
昨日洗濯物をベランダに干したらコンピューター・オーディオ部屋を閉め切ってエアコンで冷やしました。こちらに転居した時に入手したアイリスオーヤマ製、これが一番安かった!理由は知らんけど、これから安いエアコンはなくなるんでしょ?購入後に知ったけれど、安いけど評判悪いっすねぇ、これ。ユーザーの声によると微妙な温度調整ができない=おそらくセンサーと連動の仕組みが安物なんでしょう。主に、エアコン付きワンルームなど業務用に使われているそう。
たしかに30度C設定だとちょっと不快感があって、29度Cにしたらしっかり冷える!ま、この部屋で就寝するわけではないので問題はありません。欧州では40度C級の猛暑が続いているそうで、あちらはエアコンの普及率が低いのですね。日本ほど猛暑に慣れていないだろうし、いろいろ対策グッズが揃っている日本とは違う苦しみがあるのでしょう。これから本格的な夏が続いて、日本の電力不足は大丈夫でしょうか。水の確保は大丈夫みたいですね。
夜は男子バレー対白耳義戦。NO.1スパイカーであるレッガーズは強烈。しかし日本の石川、高橋、西田の三本柱温存して、若手高長身甲斐を初スタートメンバーに起用して大活躍、大塚、宮浦は絶好調、高橋がピンチ・サーバーと云う贅沢な布陣に臨みました。山内のブロックも凄いなぁ。危なげなく3-0勝利、予選11連勝首位確定。明日、亜爾然丁と大阪ラウンド最終戦。決勝澳門ラウンドは中国と対戦とのこと。
なんと!伯剌西爾予選リーグ突破危機とか、信じられん。
Brahms 交響曲第4番ホ短調〜イーゴル・マルケヴィッチ/ラムルー管弦楽団(1958年)・・・ステレオ初期の音質は期待ほどの鮮度に非ず、濁りもあるのが残念だけど、それは時代相応でしょう。Igor Markevitch(1912-1983露西亜→伊太利?)は1957-1961年Lamoureux Concerts Orchestraの常任指揮者に就任して、オーケストラをごりごり締め上げたらしい。ここでも仏蘭西らしいマイルドな管楽器の音色と軽さ、引き締まったテンションが同居してなかなかの迫力でした。アンサンブルがみごとに整った推進力とスケールはマルケヴィッチの薫陶の賜物でしょう。
1885年初演は大成功(作曲者自身の指揮/トライアングルに若きR.Straussが参加)二管編成にティンパニの古典的編成だけど、とても立派に、古風に豪華に響くBrahmsのマジック。
第1楽章「Allegro non troppo」重心の低いサウンドではないけれど、悲劇的な旋律は悠々とスケール大きく。ラストの追い込みは文句なし、強靭強烈でした。(12:09)
第2楽章「Andante moderato」悠々としたホルンは魅惑のヴィヴラート。明るい響きに軽く朗々と歌う緩徐楽章。ここも激しい追い込みは爆発的!(11:50)
第3楽章「Allegro giocoso - Poco meno presto」激烈に躍動する大仰なスケルツォ。仏蘭西のオーケストラなのに、サウンドは重量級、激しい爆発に音が濁り気味なのは残念。(6:06)
第4楽章「Allegro energico e passionato - Piu allegro」荘厳にテンションの高い金管から、パッサカーリアの尋常ならざるアクセントと、詠嘆の彫の深さに驚かされます。テンポをわずかずつ上げて緊張感と切迫感を高めて、厳しくカッコ良い表現に打たれました。これでもうちょっと音質がクリアだったら満点でしょう。(10:18)
R.Strauss アルプス交響曲/交響的幻想曲「影のない女」〜ダニエル・バレンボイム/シカゴ交響楽団(1992年)・・・1915年初演(作曲者/シュターツカペレ・ドレデスデン)四管編成に8本のホルン(ワーグナーチューバ持ち替え含む)二人のティンパにウィンドマシン、サンダーマシンなど多種多様な特殊楽器、別動隊金管バンダ、ハープ、チェレスタ、オルガン迄入る巨大な編成。
そんな壮麗壮大に大自然を描写する音楽は、オーケストラの技量やキレ、爽快な迫力抜群、バランス良好にマイルドな音質(「雷雨」のリアルな迫力も最高)でも・・・どうもイマイチ感が拭いきれぬ・・・陰影とか表現が平板と云うか、流れに棒読み感はあって、上手いんだけど卒なく、器用にまとめた、そう感じるのは自分の先入観?魂を揺さぶるような感動!に至らぬのは、聴き込みが浅いのでしょう。
夜(3:28)日の出(1:34)登山(2:14)森に入る(5:38)滝にて(0:14)幻影(0:46)花咲く草原にて(0:57)高原の牧場にて(2:04)薮と林を過ぎて道に迷う(1:31)氷河にて(1:02)危険な瞬間(1:23)頂上(4:32)幻影(2:58)霧が立ち昇る(0:21)太陽が次第に薄れる(0:51)悲歌(1:53)嵐の前の静けさ(2:48)雷雨・下山(4:00)日没(2:24)終結(6:28)夜(2:38)
歌劇「影のない女」は聴いたこともはない粗忽物、この交響的幻想曲はその旋律を使った管弦楽作品とのこと。1947年カール・ベームにより初演。夢見るような華やかな旋律が続いて、これも上記と印象はさほどに変わらない。ホルンが重層的に重なって、しずかに盛り上がっていく風情は素晴らしい。(21:17)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
連夜の男子バレーをテレビ観戦。対加奈陀戦はまさかの第1セットから高い相手に一方的に抑え込まれ、悪い流れを予感させました。第2セットもジュース迄持ち込んでも勝ち切れない。この時点、ストレート負けを覚悟。ところが第3セットから石川、高橋、西田の三本柱を交代させ、大塚、富田、宮浦へ。セッターは永露へ。これで流れは一気に変わり第3セットはぎりぎり29-27で粘り勝ち、続く第4セットは大塚大爆発!(途中出場で18点)要所での三本柱リリーフサーブと云う贅沢な起用も当たって25-19、ようやく勝負は振出しへ。最終セットは流れそのままに15−11で逆転勝利いたしました。これで10連勝。女子の対波蘭逆転も凄かったけれど、こちらも痺れるほど感激いたしました。
未だ世間では夏休み前なのにじりじりと焼けるような暑さ。平日、婆さんのところに泊まっている女房殿よりLINE有、こんな時期に、よりによって週末預ける弟宅のエアコンが故障したそう。土曜に修理、それ迄介護生活継続。
自分はエアコンを終夜弱く掛けて就寝して眠り浅く、挙句早朝覚醒が続きます、朝いつものヘルシー朝食済ませたけれど、牛乳パック1本分の自家製ヨーグルトが中途半端に残ったのでムリムリ全部消化〜挙句ハラ具合が微妙によろしくない。いつものストレッチなど済ませて市立体育館へ到着したら既に汗びっしょり。トレーニングルームは空いていて、いつもの負荷いつものメニューはいつもよりズシリと重く感じました。せっかくシャワーを使っても、帰宅迄25分ほど歩いて帰宅したらまたまた汗びっしょり。今朝の体重は65.80kg▲350g。
ちょっと自分には分不相応な、政治の野次馬的話題やけど・・・
「れいわ新選組」消滅へ。2012年が最初の選挙だったらしいから、14年ほどで賞味期間が切れたのか。山本太郎個人商店的イメージが強く、足腰強い組織の確立が出来ませんでした。ほんまはやや別筋なのに、現在は某諸隣国が騒ぐほどに日本の「左」が苦戦する図式(世界的傾向か)主義主張政策には耳を傾けるべきものもあると思うけれど、その言動や極端に大仰な行動は日本人受けしない=むしろ反発を買うことが多くなったと感じておりました。挙句不祥事で辞任とは〜ついでに大石晃子さんもいっしょに離党というのも腑に落ちぬ感じ。ま、シロウトの感想やけど。
「NHKから国民を守る党」の活動開始が2013年だから、似たような寿命かなぁ、なんでもいっしょにしちゃあかんけどね。
ちょっと話題の筋が逸れるけれど、先の総選挙宮城4区で落選した安住淳さん(中道革新)。立派な政治家と思うけれど、時に不遜な態度が目立ったものです。当選した森下千里さん(自民党)が実際どのくらい政策に通じて、どんな活動をされているのかは知らないけれど、誠実な態度に辻立ちしている姿は共感を得たのでしょう。もちろん政策は重要だけど、難しいことをわかりやすく、当たり前のことを面白おかしく、真摯に、自分の言葉で伝えていくことが大切だと感じます。せっかくの佳きことも、それがなかなか伝わらないのは残念。ま、所詮場末の引退爺の呟きだけど。
組曲「町人貴族」作品60〜クレメンス・クラウス/ウィーン・フィル/フランツ・マイレッカー(v)/フリードリッヒ・ブックスバウム(vc)(1929年)・・・Clemens Krauss(1893-1954墺太利)には1950年代の再録音もあって、こちら旧録音。Venias音源を拝聴、東芝EMIやKochの復刻がかつて出ておりした。音質は想像以上にちゃんと聴ける水準でした。
歌劇「ナクソス島のアリアドネ」の劇中劇として初演は1912年初演は大失敗、それを抜いた1916年改訂版再演は成功して「Der Burger als Edelmann」は独立して手を加えて1918年上演、更にそれを抜粋して1920年初演、現在に至る・・・それがどうした、なんかようわからん。小さい二管編成に7種の打楽器、ピアノ、ハープ。ノンビリとして懐古的な音楽をたっぷり愉しみました。
「第1幕への序曲(町人ジュルダン)(Ouverture zum 1. Aufzug (Overture to Act I))」 ディヴェルティメント風ユーモラスな風情(4:11)
「Menuett」優雅なワルツは戦前のウィーン・フィルの濃厚な音色に歌われて、セクシーな脂粉が漂うよう。(1:34)
「Der Fechtmeister (The Fencing-Master)(剣術の先生)」(1:34)
「Auftritt und Tanz der Schneider (Entrance and Dance of the Tailors)(仕立て屋の登場と踊り)」ステキに自在なヴァイオリン・ソロ(4:30)
「リュリのメヌエット(Das Menuett des Lully (Lully's Minuet))」眠くなるほどに懐かしいオーボエとフルート、そしてヴァイオリン(2:07)
「Courante」優雅に小粋な舞曲。(もともとはラストに配置、作品の盛り上がりの関係からここに移動/2:18)
「クレオントの登場(Auftritt der Cleonte (Entrance of Cleonte))」 そっと囁くように可愛らしい風情から、やがて荘厳な歩みへ。これもLully作品の編曲なんだそう(3:53)
「第2幕への前奏曲、間奏曲(伯爵ドラントと公爵夫人ドリメーヌ)(Vorspiel zum 2. Aufzug (Prelude to Act II))」 懐かしく甘く、落ち着いて優雅そのもの。(3:10)
「晩餐(食卓の音楽と料理人の踊り)(Das Diner (The Dinner))」なんとなくスケール大きく賑やか、大団円な雰囲気が漂うところ。(9:24)
Stravinsky バレエ組曲「火の鳥」(1919年版)/バレエ組曲「ペトルーシュカ」(1947年版抜粋)〜カルロ・マリア・ジュリーニ/シカゴ交響楽団/ジェームズ・ギルブレイス(p)(1969年)・・・Carlo Maria Giulini(1914ー2005伊太利)は1969-73年シカゴ交響楽団首席客演を務めて(ジョージ・ショルティ時代初期)このStravinskyはLP時代から幾度聴いてけっこう好きな演奏。録音は優秀。
レパートリーとしては珍しそうだけど、短い「火の鳥」は三回録音しておりました。これは二回目。慌てず、前のめりにならず、細部まったりと描き込んて、曖昧さのないアクセントに楷書の表現はいかにもジュリーニらしい。正確なアンサンブルに、メルヘンの旋律をたっぷり歌って味わい深い。
L'Oiseau de feu(1919年版)
「Introduction」(3:21)
「The Firebird and its Dance」ここのリズムは噛み締めるようなノリを感じさせるもの(1:40)
「Ronde des Princesses (Round of the Princesses)」味わい深い静謐なメルヘン。陶酔するデリカシー(5:46)
「Infernal Dance of King Kashchey」金管の堂々たる迫力、かっちりとしたフレージング(次への経過部有)(5:09)
「Berceuse (Lullaby)」ファゴットによる、しっとりセクシーな子守歌。(3:46)
「Finale」弱音に抑制したホルンのみごとな技量から、さわさわとした弦が競り上がっていくクライマックス。ラストはシカゴ交響楽団の輝かしく充実した金管にスケール大きく締め括りました。(3:19)
「ペトルーシュカ」はおそらく唯一の録音、三管編成の1947年版をベースにした短縮版、これはストコフスキーも採用しておりました。つなぎの小太鼓もありません。遊園地の喧騒と云うより、しっかり細部曖昧さなく、旋律リズム色彩を描き込んで、緻密に落ち着いた演奏でした。
Petrouchka(1947年版抜粋)
「Russian Dance(ロシア人の踊り)」いきなり華やかに弾むリズムより始まって、各声部が浮き立つように明晰な響き。(2:36)
「Petrushka's Room(ペトルーシュカの部屋)」慌てず走らず、舞曲の描き分けは緻密でした。(4:25)
「The Moor's Room(ムーア人の部屋)」バレリーナが吹くトランペットと小太鼓の掛け合いさえ、生真面目に正確なリズムを刻んで、やがてスケールと緊張感が凄い緊張感と迫力。シカゴ交響楽団の管楽器の技量が冴えるところ(7:11)
「The Shrove-Tide Fair and the Death of Petrushka(謝肉祭)」華やかな祭りの情景は朗々として、スケールの大きな表現。金管は余裕のパワーに慌てず、噛み締めるようなリズム。沸き立つような盛り上がりを見せて全曲を締め括りました。(10:18)
ついでにバレエ組曲「火の鳥」(1919年版)〜カルロ・マリア・ジュリーニ/フィルハーモニア管弦楽団(1956年)も聴いてみました。こんな録音もあったのですね。1956年のステレオ初期録音は最強音がちょっぴり割れて、解像度も少々落ちました。
「Introduction」低弦による神妙に静謐な始まり。(3:27)
「The Firebird and its Dance」明快なリズムの切れ味。フィルハーモニア管弦楽団もそうとうに上手い。(1:21)
「Ronde des Princesses (Round of the Princesses)」サウンドはぐっとマイルドに優しく、デリケートな歌が広がります。(5:18)
「Infernal Dance of King Kashchey」キレのある明るい金管がド迫力。ここがちょっと響きが濁って残念。(こちらも次への経過部有)(4:41)
「Berceuse (Lullaby)」こちらのファゴットも名人、こちらもまったりとした風情だけど、音質解像度が落ちました。(3:57)
「Finale」渾身のフィナーレも音が濁ってちょっと残念。(3:11)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨夜の男子バレー対伊太利戦は苦戦を予想したけれど、想定外の互角の勝負! 熱戦になりました。日本男子は強い。相手の高い攻撃、ブロック、セッターの妙技に一歩も引けを取らぬディフェンスとスパイクが決って第1セット、高橋藍で決った〜と思ったらチャレンジのネット・タッチ逆転負け。このままずるずる流れが悪くなるかと思ったら交互に取り合って最終セット、15-12で勝ち切って3-2勝利。9連勝となりました。橋藍(26点)西田(20点)石川(17点)ミドルをもうちょっと使って欲しい。途中から出場した西本はムードメーカーでした。今夜は加奈陀戦、親善試合でも勝っているし、この流れで行って欲しい。
東日本はもっと厳しいらしいけど、こちらもかなりの猛暑が続いて、電気代度外視してエアコン生活必須な夏を迎えております。しっかり身体を鍛えても、エアコンを使っても眠り浅く、なかなか体調維持は難しい。昨日も早朝覚醒してエアコンに部屋を冷やして音量低く音楽を聴いておりました。ストレッチも入念、身に買いYouTube体操済ませても、外に出る意欲も湧きません。爺友でも誘って冷たいビールでも・・・なんて、そんな元気もありません。でも夏は好き。寒いよりずっと好き。今朝の体重は66.15kg+200g。油断するとすぐ増えます。これからしっかり鍛えましょう。
「博多の街は「山笠」の本番が迫っています。お客商売の店が夏になると「水打ち」をするのは博多ならではです。川ひとつ向こうの福岡ではそんなお店が少ない」そんな某ブログの素敵な文書を拝見して、若い頃3年住んだ大好きな博多/福岡の街を思い出しました。
「博多」(歴史ある商人の街)と「福岡」(黒田藩の城下町)は川ひとつで隔てられていて、そこに架かっているのが「福博出会い橋」。ま、知識として知っているくらい、リアルな体感はありません。
なんやかんや毎年遊びに出掛けて、その頻度は京都に出掛けるのと同じくらい。でも、華麗なる加齢に年々訪問機会は減っていくと思います。
Copland バレエ音楽「アパラチアの春」(1945年)/エル・サロン・メヒコ(1946年)/リンカーンの肖像(1946年)〜セルゲイ・クーセヴィツキー/ボストン交響楽団/メルヴィン・ダグラス(ナレーター)・・・Serge Koussevitzky(1874-1951露西亜→亜米利加)は同時代音楽の擁護者として、数多くの名曲を世に送り出すべくスポンサーだった人。ボストン交響楽団の常任指揮者在任は1924-1949年、数多くの録音が残されているけれど、偶然たまたま拝聴機会は少なかったもの。
バレエ音楽「アパラチアの春」これは1945年管弦楽版。初演はロジンスキー。二管編成+8種の打楽器にピアノが大事な役割を果たします。旧き良き開拓時代の亜米利加を彷彿とさせるような、素朴に穏健、敬虔な風情が漂う名曲。爽快な草原の夜明けのような始まりから、快活な情景が躍動してメリハリしっかりとヴィヴィッド、テンション高く生真面目な演奏。ボストン交響楽団はこの時期から分厚い響きに重量級、上質なアンサンブルだったのですね。音質は時代相応の解像度。ラストはしみじみと人生の喜びを噛み締めるように、懐かしい感動がやってきました。
「Very Slowly」「Allegro」「Moderato」「Fast」「Molto Moderato - Allegro - Presto - Meno」「As at first (Slowly)」「Doppio moviemento」「Moderato - Piu Mosso - Andante(very calm)」(24:38)
「エル・サロン・メヒコ」は1938年初演(カルロス・チャベス)三管編成+10種の打楽器にピアノ。墨西哥音楽のことはよう知らんけど、なんとなくそれを連想させる小粋に元気のよいリズムと、哀愁の旋律が入り混じって陽気な感じ。こちらもラテンの熱狂!賑やかなスウィング!に非ず、ユーモアに少々足りぬ、堂々とした重厚、正確な演奏でした。
「ダンスホールの熱気とエキゾチックな幕開け」「情緒的な美しさと熱狂的なフィナーレ」(10:58)
「リンカーンの肖像」は真珠湾攻撃をきっかけに、国威発揚のために作曲されたナレーター入り、三管編成。1942年初演(アンドレ・コステラネッツ)。
荘厳な佇まいを感じさる「背景とリンカーンの生い立ち」フォスターの名曲「草競馬」も引用され、それは当時流行っていたとのこと。「民衆の苦悩と希望」金管のファンファーレに銅鑼が鳴って、ゲティスバーグの演説「人民の、人民による、人民のための政治(Government of the people, by the people, for the people)/Melvyn Douglas(1901-1981亜米利加)」これが滅茶苦茶カッコ良い。凄い愛国的映画のクライマックスでも眺めているような感じでした。(14:01)
Handel オルガン協奏曲第6番 変ロ長調 作品4-6/HWV 294/オルガン協奏曲第11番 ト短調 作品7-5/HWV 310/オルガン協奏曲第10番 ニ短調 作品 7-4/HWV 309/オルガン協奏曲 変ロ長調作品7- 6/HWV 311 第1楽章「Ponposo e Aria」〜ラグナ・シルマー(ハモンドオルガン)/ジェラルド・プレゼンサー(tp)/ペーター・ヴェニガー(sax)/ジョフロワ・ド・マシュレ(tb)/ヴィンフリート・ホルツェンカンプ(cb)/シュテファン・マルツェフ(p)/シュテファン・マルツェフ(viv)/マティアス・ダネック(dr)(2013年)・・・これはRagna Schirmer (1972-独逸)のハモンドオルガンとジャズ・セプテットによるStefan Malzew編。以前彼女のゴールドベルク変奏曲を聴いた記憶はあって、こちらHandelのオルガン協奏曲集3枚分(各々古楽器ピアノ/モダーンピアノ/ハモンドオルガン)意欲的な録音でした。
もともとオラトリオの幕間に演奏された平易な旋律のオルガン協奏曲。CD4枚分くらいの物量があって、正直なところ類型的な旋律サウンドに続けて聴くには少々つらいもの・・・これは旋律そのままにリズムをジャズに替えて、昔懐かしいJacques Loussier(1934-2019仏蘭西)風。こちらのほうが管楽器ソロやヴァイヴが入って、ぐっとムーディにスウィング、色彩濃厚に換骨奪胎されました。シルマーが主役でもなくて、鍵盤は時にシュテファン・マルツェフのピアノが主役になります。時に原曲の旋律が見え隠れするけれど、ほとんど自在なインプロヴィゼーション(即興)?装飾音とリズミカルなノリに、Handelのテイストはほとんど消え去ってカッコよい!ネットには「ヘンデルが泣くぞ。 失望した」との声もあるけれど、音楽は嗜好品ですから。
Organ Concerto No. 6 in B-Flat Major, Op. 4, No. 6, HWV 294
「Andante - Allegro」(5:44)「Larghetto」(5:42)「Allegro moderato(3:11)
Organ Concerto in G Minor, Op. 7, No. 5, HWV 310
「Staccato ma non troppo - Allegro」(5:02)「Andante - Larghetto e staccato」(7:26)「Menuet - Andante」(4:18)「Gavotte」(5:53)
Organ Concerto No. 10 in D Minor, Op. 7, No. 4, HWV 309
「Adagio - Andante」(4:31)「Allegro cosi cosi」(4:32)「Maestoso - Allegro」(4:37)
Organ Concerto in B-Flat Major, Op. 7, No. 6, HWV 311
「Pomposo e Aria」(7:41)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
朝から喧(かまびす)しいセミの声全開な夏に至っております。
エアコン入れても入れなくても眠り浅く、今季初エアコン入れて就寝した前夜から朝、起きだしたら案の定、身体が重い。汗がたくさん出るせいかなぁ、ありがたいことに体重も落ち気味、でも膝辺りの調子はよろしくない。それでもいつものストレッチ、短いYouTube体操、ゴミ出し済ませて炎天下、市立体育館を目指しました。朝一番だったら風はまだやさしく、途中いつもどおりゴミ拾いしつつトレーニングルームへ。珍しくマッチョなバーベルチーム不在、シルバー常連も少数、ゆっくり筋トレマシンを使えました。シャワーも爽快、膝の調子を気にしつつ帰宅いたしました。ピーカンなので洗濯も済ませて、エアコン弱く効かせて昼寝いたしました。今朝の体重は65.95kg+300g、夕食をかなり喰った自覚有。
「EUも子どものSNS利用を制限 13歳未満、親の監督必要に」との報道〜これは世界的な流れでしょう。日本も早晩類似の制限を検討することになると思われます。賛成。
奥様を先に亡くされた人生の先輩の某ブログは毎日更新され、Facebookにも同じものを投稿して動静を回りに伝えているそう。自分と違って意欲的に社会的活動を継続されて立派!先日「手書き原稿をパソコンに浄書」とあって、自分はおそらく2−30年前、コンピューターの普及とともにその風習を失ったことに気付きました。走りだった自前小型パソコン(今思えば高かった!)を出張先に持参し、未だスマホ普及前、モバイルのネットワークは贅沢だった頃、情報の記録、検索に活動しておりましたっけ。
手書きはしなくなったなぁ、お仕事引退時に筆記具をごっそり処分(職場に寄付)して厳選したけれど、それさえほとんど使っていない。コンピューター前とコタツに鉛筆はおいてあって、稀にメモするくらい。鉛筆削りは数か月に一回ほど。生活パターンは人それぞれ、自分は「音楽日誌」を毎日更新して、こどもの頃からの趣味である音楽はできるだけメモをしているけれど、手書き→ならぬキーボードではノーミソ鍛錬の代替になるかどうか、ちょっと不安です。
現在はスマホの時代、自分と違って介護生活に、社会活動に忙しい女房殿はGoogleカレンダーを活用しております。自分にはアプリを利用するほどの予定はございません。
Respighi 組曲「鳥」/「夕暮れ」/アダージョと変奏/ボッティチェッリの三連画〜タマーシュ・ヴァーシャリ/ボーンマス・シンフォニエッタ/リンダ・フィニー(s)/ラファエル・ウォルフィッシュ(vc)(1990年)・・・名ピアニスト Vasary Tamas(1933-2026洪牙利)は後年指揮者としても活躍いたしました。Bournemouth Sinfoniettaの活動期間は1968-1999年。デーハーな金管打楽器爆発!イメージなOttorino Respighi(1879-1936伊太利)の作品中、小編成の静かな作品を選んだ録音、音質は良好でした。
Gli Uccelli (The Birds), Suite for Small Orchestraの初演は1927年(作曲者/シカゴ交響楽団)。小さい二管編成、チェレスタ、ハープ。バロック時代の鍵盤作品を巧みに流用してリズミカル、古風にしっとり、時にユーモラスな風情が魅力的な作品。ヴァーシャリの統率はオーソドックスにていねいなものでした。
「Preludio(前奏曲)」(2:54)Bernardo Pasquini(1637-1710伊太利)ここはいかにもバロック風典雅な始まり。
「La Colomba(鳩)」(4:46)Jacques de Gallot(1625-1695仏蘭西)
「La Gallina(牝鶏)」(2:47)Jean-Philippe Rameau(1683-1764仏蘭西)鍵盤作品としても著名
「L'Usignuolo(夜鶯)」(4:59)Matthew Locke(1621or1622-1677英国)
「Il Cucu(カッコウ)」(4:20)Bernardo Pasquini(1637ー1710伊太利)FM音楽番組のテーマにも使われた爽やかな旋律
「Il tramonto」の初演は1917年。ソプラノと弦楽四重奏のための作品。ここでは弦楽合奏が伴奏しております。Linda Finnie(1952-英吉利)が胸を締め付けるような旋律、突然恋人を失った若い女性の嘆きを歌ったもの。
「愛の語らい」「突然の死」「残された彼女」(15:49)
「Adagio con variazioni for Cello and Orchestra」はもともとチェロ協奏曲の第2楽章「Adagio」を1921年に独立させたもの。伴奏は木管中心+2-hrと弦、ハープ。泣けるようにデリケート、名手Raphael Wallfis(1953-英国)のチェロは高音域を多用してしっとり歌いました。(10:28)
Trittico Botticelliano for Small Orchestraは1927年初演。管楽器は各々一本、トライアングル、チェレスタ、弦。
「La primavera(春)」輝かしく軽快に生命が湧き出るような華やかさ(5:32)
「L'adorazione dei Magi(東方三博士の礼拝)」ファゴットによる敬虔な風情から始まって、オーボエが対話するよう(8:37)
「La nascita di Venere(ヴィーナスの誕生)」フルートが静かに始まって、静謐かつ優雅な揺らぎがヴィーナス誕生を射祝いつつ高揚いたしました。(4:34)
Bruckner 交響曲第8番ハ短調(ノヴァーク版)〜アンドリス・ネルソンス/ゲヴァントハウス管弦楽団(2019年)・・・そういえばAndris Nelsons(1978ー良都美野)はボストン交響楽団から契約を打ち切れられたらしいですね。あちこち忙し過ぎるのでしょう。
初演は1892年(ハウス・リヒター/ウィーン・フィル)三管編成、8本のホルン(ワーグナー・チューバ4本持ち替え)コントラ・ファゴット、ハープも三台、打楽器は三人ほど。全交響曲中屈指の巨大なるスケールを誇る名曲。相変わらず版のことは理解しておりません。
自分の記憶が昔過ぎなのか?それとも記憶違いなのか(おそらくそう)大昔コンヴィチュニーやクルト・マズアをイメージしたゲヴァントハウスの音じゃない(ような?気のせいか、音質印象か)もっとスリムに洗練され、颯爽とカッコよく響きました。これが現代のBrucknerなんでしょう。音質は良好。最近の現役Bruckner演奏ではこれが一番気に入りました。
第1楽章「Allegro moderato」細部ていねいに仕上げた表現、やや遅めのテンポに落ち着いて、重心低い表現。それでも重厚長大の表現方向に非ず、ものものしいスケールを強調しない、テンポを上げて煽ったり走ったりしない。管楽器は独欧系艶消し渋めのサウンド、これは期待通りでした。ラストは充分パワフルだけれど、もっと熱狂と爆発を!求める方はいらっしゃることでしょう。(16:29)
第2楽章「Scherzo. Allegro moderato」爽やかに肩の力が抜けた、カッコ良いスケルツォ。オーケストラの厚みと力感に文句なく、テンポの揺れもアクセントも有機的。トリオの遠いホルンは魅惑の響きだけれど、期待したほどの粗野ではない。(14:46)
第3楽章「Adagio. Feierlich langsam, doch nicht schleppend」ほとんど30分に及ぶ長大、深く嘆息し瞑想する緩徐楽章。弦の静かな旋律はアクセントがしっかりして、デリケートな旋律は曖昧にならない。ホルンの詠嘆は素直な音色(ラストの静謐も感動的)幾度も寄せては返すクライマックスへ、ついには打楽器が参入して感動的な頂点を築くところ、フレージングは大仰な節回しに非ず、ムリなく素直な力感を加えておりました。(27:38)
第4楽章「Finale. Feierlich, nicht schnell」テンポは快速にスタイリッシュな始まり。ティンパニの迫力とアクセントは充分。中間部はしっかり入念に旋律を歌わせて落ち着いて、その対比も際立ちました。一貫してクールな風情にテンポ・アップしても熱狂に走らず、重くならず、パワフルな追い込みに堂々たるフィナーレを締め括りました。(23:04)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
月曜朝のワイドショウでは祇園祭の「初曳」風景、地元の人々が参加して山車を曳いておりました。これが本来の姿なんやろなぁ〜そんなふうに感慨してから別な動画を眺めたら、沿道にはごっそり、溢れんばかりのガイジンさんが埋め尽くしておりました。来週北関東より大学の先輩がやってくるので「あと祭り」をちょっぴり覗いてきましょう。京都は学生時代4年過ごして、若い頃、結婚してからも幾度遊びにいって馴染みだけど、ここ最近オーバ−ツーリズムになかなか出掛けられない。でも年に1−2回は行っているかも。伊蘭情勢は依然先行き不透明、原油はまた値上がりとのこと。
やってきました恒例の猛暑攻撃!記憶では前年は6月よりもっと早くスタートしたと記憶します。適宜エアコンの使用は必須、ダイソーの300円エアコン・クリーナーは既に入手済、ようやく重い腰を上げて我が家の二台お掃除して試運転完了。稼働にまったく問題はありません。ついでに扇風機二台(縦型)これは内部にホコリが溜まりやすいので、同じくエアコンクリーナーを掛けて、しばらく回して大量のホコリを放出させました。ことし初、就寝時に弱くエアコン使用して、いつもよりいっそう眠りが浅い。
朝一番一日サボったストレッチ再開、短いYouTubeエアロビクスも実施、フロの残り湯バケツくみ出し鍛錬を伴う洗濯も済ませて、よく乾きます。女房殿はトレーニングルームに鍛えてから平日介護生活に戻って、自分は(食材はほぼ足りているけれど)ウォーキングがてらご近所スーパーに出掛けてウォーキングとしました。今朝の体重は65.65kg▲250g、早くも夏バテか?
未だ続いているWifi環境の契約変更の件、前のところから解約金も含めてラスト請求明細が届いて、その取り扱い(解約金請求)をどうするのか、その他細かい不明点を営業の方に質問電話しました。最終クリア迄もうちょっと。
前夜の興奮覚めやらぬ女子バレー。決勝澳門ラウンドはいきなり強豪・伯剌西爾との対戦とのこと。ここをクリアできればメダルが見えてきます。明日より男子大阪ラウンド開始。
Mahler 交響曲第9番ニ長調(Klaus Simon (1968-独逸)室内管弦楽版)〜グスタボ・ヒメノ/カメラータRCO(2014年)・・・初演は1912年(ブルーノ・ワルター/ウィーン・フィル)。ここでの編成はfl/ob/2-cl/fg/2-hr/tp/piano/harmonium/打楽器2名6種以上+弦は各一人。印象としてはまるっきり新ウィーン楽派の風情、こちら厭世の気分に充ちた作品は薄い響きに、怪しさ危うさ素っ気なさ3割増しな感じ。馴染の名曲を切り口変えて、新鮮に堪能いたしました。
Gustavo Gimeno(1976-西班牙)は現在トロント交響楽団、テアトロ・レアル音楽監督、マドリード交響楽団首席指揮者在任中。カメラータRCOはコンセルトヘボウのメンバーで構成され、ヒメノはコンセルトヘボウに研鑽を積んで(ティンパニ奏者や副指揮者歴任)関係は深いのでしょう。
第1楽章「Andante comodo」色彩は淡く、響きと旋律は骨が透けて見えるようにリアル、緻密だけどアクセント薄く、低音金管が存在せず、ティンパニも最低限。とっても怪しい詠嘆の楽章は、パワー不足に隔靴掻痒状態甚だしい始まり。(27:22)
第2楽章「Im Tempo eines gemachlichen Landlers. Etwas tappisch und sehr derb(緩やかなレントラー風のテンポで、いくぶん歩くように、そして、きわめて粗野に)」ユーモラスな木管の始まりからホルンの受け渡し、リズムは弾んでデリケートなアンサンブル、弦の動きにも違和感はほとんどありません。スウィングするリズムは軽妙にユーモラス、ノリノリだけど響きは軽く薄く大人しく、時に重量級のアクセントは欲しいところ。(15:30)
第3楽章「Rondo-Burleske: Allegro assai. Sehr trotzig(きわめて反抗的に)」本来ヒステリックな怒りが迫力を以て押し寄せるところ。やや速めのテンポに緊張感や勢いはたっぷり、でもティンパニのアクセントとか暴力的な爆発とは縁遠く、いかにも軽量な響きが続いて、ちょっと単調な印象でした。(12:47)
第4楽章「Adagio. Sehr langsam und noch zuruckhaltend(アダージョ。非常にゆっくりと、抑えて)」人生の黄昏に臨んで、すべてを懐かしく振り返って万感胸に迫るフィナーレ。延々と続く各パート一人の弦の詠嘆に不足を感じさせないけれど、突出するホルンとのバランスには耳慣れぬもの。この辺りScho"nbergの初期作品をイメージいたしました。分厚い響きが重層的に追い込んでいくオリジナルの流れを懐かしみつつ、こちら各パート声部はリアルに浮き立って、素っ気ないけれど説得力は充分に感動的。少ない金管の迫力、厭世の気分漂う木管、抑制された打楽器も効果的でした。けっこうスケールは大きいもの。(25:56)
Respighi 交響詩「ローマの噴水」/交響詩「ローマの松」〜フランチェスコ・マンデル/トリエステ・フィル(1962年)・・・Francesco Mander(1915ー2004伊太利亜)の録音は4年ほど前に聴いておりました。LP復刻は茫洋としてクセはあるけれど、残響豊かに広がりと臨場感があって瑞々しい。けっこう優秀録音。
「Fontane di Roma」の初演は1917年。評判は芳しくなくて翌年のトスカニーニ再演に真価が評価されたそう。三管編成に打楽器は5種、チェレスタ、ピアノ、ハープ2台、オルガンも入る大掛かりなもの。華やかに金管が鳴り切って、壮麗な噴水の情景は際立って華やかだけれど、金管の技量がちょっと厳しくて不器用な感じ。マンデルの統率もいまいちユルくて颯爽としておりません。
「夜明けのジュリアの谷の噴水」「朝のトリトンの噴水」「真昼のトレヴィの噴水」「黄昏のメディチ荘の噴水」(16:15)
「Pini di Roma」の初演は1924年。三管編成+9種以上の打楽器、チェレスタ、ピアノ、ハープ、オルガン。「ナイチンゲール」の鳴き声(レコード)やバンダ、古代ローマの軍隊ラッパであるブッキーナも必須。これが一番人気でしょう。華やかな金管が湧き上がるような高揚に始まって、「ジャニコロの松」は弱音に浮き立つ各パートは雰囲気たっぷり、遠くより古代の兵士の幻影が接近する「アッピア街道の松」は、リズム感やらアンサンブルの揃い方がイマイチ、精一杯の迫力演奏も金管がパワー不足な感じ。
「ボルゲーゼ荘の松」「カタコンバ付近の松」「ジャニコロの松」「アッピア街道の松」(20:58)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
女子バレーが別嬪土耳古に敗れてがっかり就寝して眠り浅く、気分重く目覚めた朝。いつも通り音量低く音楽聴きこうと思って・・・前日入手したはずのHandel 合奏協奏曲 作品6〜レイモンド・レパード/イギリス室内管弦楽団(1966-7年)・・・それが見当たらない。この音源こそLP時代Handelとの出会い、今回の音源入手も、まずそれが聴きたかった!のに。どうも圧縮ファイル解凍、CUEシート分割、そして再圧縮する工程で誤廃棄したらしい。あわてて再検索してダウンロードいたしました。洗濯しながらそんなことをしていたら、時間配分誤ってストレッチの時間がなくなりました。
短いYouTube体操済ませて、朝一番の市立体育館に出発しました。途中かなり強い日差しに照らされながら到着、メイン体育館は少年少女がたくさん集ってなんか?の大会でした。月次定期1,500円也更新してから、トレーニングルームは土日常連に混みあって、幸い筋トレマシンは順繰り使えました。帰りスーパーに寄って食材を仕入れて帰宅、しっかり汗を流して一日分の運動量をこなして、体調は整いました。もちろん快く昼寝もたっぷり。今朝の体重は65.9kg▲900g。けっこう喰っても減ったのは流れる汗のせいか。
夜は女子バレー対波蘭戦。第1第2セットと相手のパワーと高さに押され、日本の攻撃はブロックされ、佐藤、和田のスパイクもことごとく拾われて、この時点決勝リーグを諦めました。ところが第3セットからセッターを栄から関に替え、和田の攻撃が決まり、石川も要所要所を抑え、やがて佐藤のサービスエースや攻撃も決まりだして3−4−5セット連取! 粘りの大逆転に興奮しました。強豪・波蘭が予選リーグ敗退、勝負は無常なものです。
ちょっと失礼な「取れない葡萄は酸っぱい」勝手な感慨とやっかみと理解してほしい話題。代々歴史ある祖先より多く受け継いだ人もたいへん、想像も付かんなぁ、しみじみそんなことを考えてしまいました。
土蔵の解体(1)
土蔵の解体(2)
土蔵の解体(3)
父祖が築いた土蔵には先人の貴重な遺産がたくさん、しかし時代は変遷して現代の生活には日常必要なくなって、現役世代はその保存、保管、処理処分に四苦八苦〜そんなこともあるのでしょう。
自分の街は梅田中心街迄ドア・ツー・ドアで一時間も掛からない便利なところ。京都からの東高野街道も通って戦国時代からの歴史もある街。土蔵の話題から外れるけれど、 歩く範囲の見分でもけっこうな空き家があります。いつのまにか古い家屋が取り壊されて、更地になったり、新しく建て直されているところもあるけれど、それはなかなか遅々として進まない。こんなご時世ですから。
おそらくそれを受け継ぐ次世代は、ほかの土地で生活の糧を得て、残された親や先祖の家や土地はちょっぴり厄介な存在なのでしょう。以前にも例を引いたけれど、奥三河に引退生活を送る親しい大学の先輩の奥様は、香川県丸亀出身の二人姉妹。残された立派なお屋敷の処分に苦労されたようです。いつも呑んでいる爺友の奥様も二人姉妹、先日摂津のお母さまが亡くなって立派な邸宅が残されて、その扱いを逡巡中なんだそう。
自分は北海道出身の貧しい次男坊、親の財産には縁はなくて、住んでいた中古マンションは兄に全部任せました。自分は転勤族だったので若い頃買ったマンションは処分したまま。転居のたびに身辺整理は進めてな〜んもありません。団地住まいなのは親の介護の都合で転居したもの。昨年息子は明石に家を買いました。
かなり以前未だBBSが存在した時には「自分の道が正しいと云いたいのですね」そんなイヤミな書き込みがあったけど、人それぞれ経過や事情はあって、たまたま結果的に現在の老後生活パターンに至っただけ。他意はありません。
Smetana 連作交響詩集「わが祖国」〜ロヴロ・フォン・マタチッチ/ザグレブ・フィル(1979年ライヴ)・・・三管編成+2台のハープ、打楽器はティンパニ、バスドラム、シンバル、トライアングル。1874年〜1880年に掛けて各々初演、1882年に全曲通して初めて演奏され大喝采だったそう。Lovro von Matacic(1899ー1985克羅地亞)は日本でもお馴染み、NHK交響楽団とのライヴ音源のほうが有名かも。こちらザグレブ・フィルとの(怪しげな)ライヴは幾度も聴いているお気に入り。茫洋としてそれなりの雰囲気、音質はまずまずでしょう。
「ヴィシェフラド(高き城)」神々しくも静かなハープによる「ヴィシェフラド城」の主題から始まって、これは全曲あちこちに登場します。アンサンブルやサウンドは粗野に洗練されないけれど、じょじょにパワーを加えて雄弁。75歳のマタチッチはけっこうアツくテンポを動かして、いかにもライヴの感興に溢れました。そして冒頭の静謐に戻る・・・ホルンの遠い響きは絶品。(15:15)
「ヴルタヴァ(モルダウ)」馴染み過ぎた名曲は知名度あまりに高い、美しい大河の流れ。細い源流は楚々としたフルート、それは徐々に合流して弦に受け継がれて、悠然として切々、しみじみ懐かしい主題へと歌いました。豪快なパワーを感じさせるうねり、素朴な村祭りの情景を経、大河の水面が静々と幻想的に流れ、ここの弦も木管も絶品でしょう。やがて例の懐かしい主題から激しい急流へ、それは長調に力強く変貌してラスト「ヴィシェフラド城」の主題に締め括りました。テンポも動きにはムリなく、高揚する気分への導きはパワフルでした。(12:46)
「シャールカ」は伝説「乙女戦争」に登場する勇女の名前だそう。劇的緊張感たっぷりな追い込みから始まって、ファゴットは眠らされた男たち(ツラツト)のいびき、金管は女たちの戦いを描いているそう。前2曲あちこち登場する甘い旋律は登場せず、あまり人気のないところだけど、劇的な場面連続にマタチッチの追い込みはテンションは充分でした。(10:32)
「ボヘミアの牧場と森から」自然の描写らしいけど、出足は前曲の激しい戦いの雰囲気を受け継いだ感じ。やがてやがて鬱蒼とした森の情景が静かに落ち着いて、牧歌的なホルンが優雅に歌いました。その旋律は力強く成長し、リズム(ポルカ)を刻んで、劇的な追い込み。この辺りちょっと響きは濁っておりました。(13:03)
「ターボル」以下15世紀の「フス戦争」の物語。宗教改革に端を発してそれは敗北に至るけれど、捷克民族の団結は高まったとのこと。フス派の讃美歌「汝ら神の戦士」旋律が使われているそう。風雲急を告げる暗く荘厳な旋律とティンパニの緊迫する連打に始まり、カッコ良く荘厳な讃美歌に導かれて激しい戦いが続きます。金管の迫力は最高潮へ、叩き続けるティンパニ。(12:59)
「ブラニーク」(アタッカで)全曲の流れそのままに始まって、ブラニークとは聖ヴァーツラフ率いる戦士が眠る山とこと。民族の存亡時には蘇って「いざ、鎌倉」駆け付けるという伝説らしい。緊張感高まる疾走、ごりごりと重量とテンポを増して「汝ら神の戦士」旋律も登場・・・やがて全曲を締め括るように「ヴィシェフラド城」の主題が回帰いたしました。この名曲を堪能するにはほんま、体力が必要でっせ。(14:15/大喝采有)
Dvora'k 交響曲第9番ホ短調「新世界より」〜チャールズ・マッケラス/プラハ交響楽団(2005年ライヴ)・・・Charles Mackerras(1925-2010濠太剌利)晩年の一番最後の名曲「新世界」録音。初演は1893年(アントン・ザイドル/ニューヨーク・フィル)二管編成だけど、金管は有機的な華やかな響きでした。
なぜかチェコ・フィルに非ず1934年創立のコンサート・オーケストラとのライヴ、心持ち速めのテンポにざっくりとした流れの良い演奏でした。オーケストラの響きは素朴にちょっと薄いけれど、作品個性に似合って技量云々不満はあまり感じさせない。
第1楽章「Adagio」軽めの響きに郷愁の旋律は爽やかな風情、前のめりの熱気と勢いを感じさせる始まり。提示部繰り返し。金管は素直な響きでした。(11:19)
第2楽章「Largo」イングリッシュ・ホルンの控えめな音色が胸に染みました。情感高まる場面はフルート先頭に木管は淡い音色に主張は強くない。オーボエに導かれた賑やかな場面は素朴な響きにパワーは少々足りないけれど、しみじみ懐かしい歌に溢れ、たっぷり歌う緩徐楽章。(12:17)
第3楽章「Molto vivace」賑やかに粗野なスケルツォも爽快。ティンパニのアクセントはしっかり、ホルン先頭に金管が迫力たっぷりに躍動しても、ムリムリの力づくではない素朴な第4楽章軽みとノリがありました。中間部のワルツも抑制気味。(7:19)
第4楽章「Allegro con fuoco」始まりのカッコ良い金管のシンプルな音型は決然、マッケラスの堂々とした統率に高まる熱気と勢い。管楽器の音色にはやや色気が足らぬ素朴なテイスト、素直な風情にテンポ・アップも軽快に流れよろしく、重量感を強調しない、明るいフィナーレを迎えました。(11:24/大喝采有)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
扇風機の風が気になって眠り浅く目覚めた土曜の朝、どうも気分はスッキリしない。気温はそれなり上がったけれど曇りがちの天候、女房殿は午前中掃除をしてくれました。ストレッチと短いYouTube体操はいつも通り。食材も揃っているし、あとはぐったり半分居眠りして過ごしました。昼夜としっかり料理を仕立ててたっぷり喰った結果66.8kg+200g。
夜は女子バレー対土耳古戦。苦戦を予想して応援に臨みました。なんせメリッサ・バルガスが凄い。怖いエブラル・カラクルトは出ていないみたい。長身別嬪さん多いですね。第1セットから大接戦だったけれど、ラストは一気に取られました。和田絶好調。一セットは取って、一方的と云うことはなかったけれど、粘り強くぎりぎり競り合ってラスト一気に決められる展開、1-3敗北。これで決勝リーグ進出も危うくなりました。今夜の波蘭戦必勝必須。
我が家から一番近いコンビニはローソン。コンビニは滅多に利用しないけれど、利便性も考えてローソン銀行に口座を開いて数年〜結果そのまんま、な〜んの活用もしておりません。半年くらい前に何かの案内メールが届いていたけれど放置しておりました。銀行からのメールは基本無視が原則。
ある日、ちょっと内容を確認しようとコンピューターよりアクセスしたら・・・そんなサイトは既に存在しない。リニューアル済。あわててメールを開いたら、やれ新しいパスワードを入れろ、新しいセキュリティ対応アプリを入れろとか、しかも(自分が不得意な)スマホアプリで実行せよ、とのこと。
これは根性が必要ですね。きっと口座の安全管理や不正売買、マネーロンダリングの防止なのでしょう。でも、面倒やなぁ、もうやめるか。
これもお勉強、スマホからアプリを入れようとしたら、なんと!自分のスマホには適合できない!?(Androidのバージョンが低い)念のため、メインのコンピューターであるVaioから手続きしてみたら、無事設定画面出現、パスワードは長いものに変更できました。数日間、四苦八苦、艱難辛苦、ようやく再アクセスできて、残高も無事確認出来(汗)雀の涙は預けたまま、そのままだけど、さてどうする?
昨日朝、手許に貯めた音源データを点検していたらLP時代に散々お世代になったRaymond Leppard(1927-2019英国)のHandel、Bach辺りの音源が抜け落ちていることに気付きました。記憶は鮮明だから、在庫整理時に廃棄したのかも、あちこちネットよりかなりの物量の音源を(再)入手いたしました。朝からたっぷり時間を掛けて、そんなことをできるのも引退生活の贅沢でしょう。
Handel 序曲集/歌劇「ロターリオ」/オラトリオ「エステル」/歌劇「アダメート」/歌劇「アルチーナ」/歌劇「オルランド」/歌劇「ポーロ」/歌劇「パルテノペ」/歌劇「オットーネ」/歌劇「アリオダンテ」(1978年)/歌劇「忠実な羊飼い」(1967年)〜レイモンド・レパード/イギリス室内管弦楽団(1971年)・・・自分にとってレイモンド・レパートはLP時代、バロック音楽の端正な紹介者。時代はモダーン楽器、イギリス室内管弦楽団との関係も深く、多く録音を残しておりました。やがて、英国では古楽器演奏の先駆者が多く登場して、BBCノーザン交響楽団の首席指揮者に就任した1973年(〜1980年迄)インディアナポリス交響楽団は2001年音楽監督として就任(2015年迄)その辺りはもうバロック音楽専門ではなく、通常のコンサート・レパートリーに至っておりました。
Handelのみならず、オペラ一般に拝聴機会は少なく、原曲にもほぼ接したことはない序曲集。作品の名前さえ知らぬものがほとんど。著名な合奏協奏曲とかオルガン協奏曲もオラトリオなどの幕間に演奏された?そんな話を伺ったことがあるし、どれも緩急緩のフランス風序曲っぽく、多彩な旋律の変化と牧歌的な躍動を堪能できました。ゴージャスな響きに悠々として明るく穏健、時に劇的、しっとりと楷書の表現。続けて聴いていると、馴染みの合奏協奏協曲とほとんど変わらない。アンサンブルはみごと、オーケストラは瑞々しい清潔な響き、音質も良好。(7:03-8:24-4:25-7:34-6:21-4:20-7:36-8:02-5:50-5:19)
Shostakovich 交響曲第3番変ホ長調「メーデー」(2006年ライヴ)/ 交響曲第14番ト短調「死者の歌」(1999年ライヴ)〜マキシム・ショスタコーヴィチ/プラハ交響楽団/プラハ・フィル合唱団/マリーナ・シャグチ(s)/ミハイル・リソフ(b)・・・偉大なる作曲家の息子Maxim Shostakovich(1938-露西亜)はご存命のようだけど、ご高齢だから引退状態でしょう。下種な話しだけど、膨大なる著作権料は彼の許に入るのでしょうか。それとも国家へ?ちょっと興味有。父親の作品をかなり録音して、プラハ交響楽団とは全集録音を完成させておりました。「息子だから作曲者の意向を正確に反映」みたいな声もあるけれど、それはあまりにステレオ・タイプ、ひとつの表現個性として拝聴すべきでしょう。
Symphony No.3 in E Flat Major, Op.20 “The First of May”は1930年初演。三管編成に8種の打楽器+混声合唱による単一楽章。「ソヴィエット万歳!」的内容さておき、純粋にそのゴージャスに賑やかな祝祭的風情を愉しむ作品にしては、オーケストラがどうにも弱くて、最終盤のクライマックスには、思い切りとかテンションに足りない。
「Allegretto - Allegro」「Andante」「Allegro - Largo」「Moderato (Final choral)」はセミョーン・キルサーノフの詩による革命賛美混声合唱「メーデーの日に」。(29:20)
Shostakovich: Symphony No. 14, Op.135の初演は1969年(バルシャイ/ガリーナ・ヴィシネフスカヤ/マルク・レシェティン)二人の声楽ソロと弦楽器+チェレスタ/ウッド・ブロック/トムトム(小太鼓3台)/カスタネット/鞭(むち)/チューブラーベル(鐘)/ヴィブラフォン/シロフォン(木琴)。これが交響曲? 訝るような連作歌曲集、若い頃はその暗鬱な風情に耐えきれず、その真価を受け取る迄に数十年が必要でした。(第4番/第13番も同様)対訳はリンク先参照お願い。
Marina Shaguch(1965?-露西亜)Mikhail Lysov(?露西亜)は両者とも本場の方らしく、貫禄充分。こちらの作品は編成も小さく弦と打楽器のみ、オーケストラの弱さもさほど感じさせない。巧まざる苦甘いユーモラス、無機的な躍動やノリ、悲痛な緊張感にはちょっと足らぬ印象はありました。あちこちラストにチューブラーベルが無常に鳴るのが印象的。
第1楽章「深いところから(Adagio)(b)」(4:32)
第2楽章「マラゲーニャ(Allegretto)(s)」(3:03)
第3楽章「ローレライ(Allegro molto - Adagio)(s)(b)」(8:48)
第4楽章「自殺者(Adagio)(s)」(7:03)
第5楽章「心して(Allegretto)(s)」(3:07)ユーモラスに不気味な打楽器とソプラノの囁きの掛け合い
第 6楽章「マダム、御覧なさい(Adagio)(s)(b)」(1:54)
第7楽章「ラ・サンテ監獄(Adagio)(b)」(8:43)
第8楽章「コンスタンチノープルのスルタンへのザポロージェ・コサックの返事(Allegro)(b)」(1:49)
第9楽章「おお、デルウィーク、デルウィーク(Andante)(b)」(4:13)
第10楽章「詩人の死(Largo)(s)」(4:42)
第11楽章「結び(Moderato)(s)(b)」(1:48/長い拍手有)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
やってきましたじりじりと焼ける夏。首都圏では熱中症の話題が出ておりました。ことしの「水」はおそらく大丈夫なんでしょう。ここ最近、よく降りました。昨年は空梅雨?ダムが干上がった、そんなニュースもありましたっけ。大型台風は沖縄に接近中。昨夜は扇風機を取り出して終夜回しておりました。
相変わらず眠り浅く、夢見もよろしくない朝の目覚め、いつものストレッチ、トイレ掃除など済ませて市立体育館を目指しました。トレーニングルームは常連メンバー少数精鋭、空いていて、ゆっくりマシンを使って鍛えました。継続は力です。帰り、スーパーに寄って食材を仕入れました。体調は整って、帰宅して洗濯、好天にすっきり乾きました。今朝の体重は66.6kg▲200g。
トランプさんによると日本イスラム共和国がミサイルを111発発射したそう。ゼレンスキーさんをプーチンと呼んだとか、呼ばんとか、ちょっと危うい爺様になっているような・・・周りは薄々感じているやろなぁ、80歳過ぎてますから。
今晩は女子バレー対土耳古戦。苦戦が予想されます。
「クレジット決済代行の全東信(大阪市)が7月6日、大阪地裁に自己破産申請」との報道。約630億円粉飾決算していたそう。北新地辺りの夜の店に影響が出ているらしい。自分が通う激安居酒屋にも影響があるでしょうか。売上金が回収できなかったり、カード決済が使えなかったりするところも出ているとのこと。 光熱費、食材費も人件費も上がって、ぎりぎりで経営しているところも多いから死活問題、連鎖倒産の可能性もあります。不安ですね。経産省は資金繰りに影響が出ている飲食店など小規模事業者や中小企業の支援に乗り出すとのことでした。
Schumann 交響曲第2番ハ長調/歌劇「ゲノヴェーファ」序曲〜山下一史/愛知室内オーケストラ(2022年三井住友海上しらかわホール)・・・名古屋方面にはお仕事引退ラスト9年ほど住んだのに、この団体のことは存じ上げませんでした。MClassics(妙音舎)とは日本の意欲的なレーベル、商売として成り立たせるのはタイヘンでしょう。山下一史さん(1961-広島)はいつの間にかヴェテランになりました。現在は千葉交響楽団/大阪交響楽団/愛知室内オーケストラの首席、常任指揮者を務めているそう。
交響曲第2番ハ長調の初演は1846年(メンデルスゾーン)古典的二管編成+ティンパニにとローンボン3本が加わって響きに厚みを加えておりました。Schumannの交響曲4曲はLP時代より長年細部旋律に馴染んでいるけれど、旋律が多弁に過ぎて響きが賑やか、自分にとっては少々苦手な作品でした。かつて数十年前FMより流れたラインスドルフ(ウィーン・フィル/1984年)を聴いて以来、ハ長調と云う開放感、緊張感とテンションが高い、比較的お気に入り作品となりました。
山下さんと日本の室内オーケストラとの新しい録音なら聴いておきたいもの。基本的にはSchumannの交響曲に「どんな表現方向が好み?」みたいなものは持ち合わせておりません。
第1楽章「Sostenuto assai - Allegro ma non troppo」深い眠りからゆっくり目覚めるような序奏。やがて主部への追い込みは緊張感とテンションを高めて、小編成のオーケストラの響きはなんとも薄く、素朴な風情に躍動して力感に少々足りない・・・けど、じょじょに熱を高めておりました。(12:23)
第2楽章「Scherzo. Allegro vivace」不安な弦が細かい音型を繰り返して、緊張感高まるスケルツォ。穏健な風情のトリオとの対比も印象的に、個人的にはここが一番のお気に入り。ここも誠実だけど、迫力と鬼気迫る追い込み、精一杯ラストへのテンポ・アップも切迫感に少々足りない。(7:18)
第3楽章「Adagio espressivo」ハ短調に嘆きの緩徐楽章。馴染んでいるはずの旋律に初めて瞑想を感じ取りました。爽やかだけど、弱音の連続に緊張感が続かぬサウンドがちょっと残念。(9:14)
第4楽章「Allegro molto vivace」前向きの希望にパワフルなフィナーレの始まり。精一杯のアクセントと推進に、色気と潤いが不足します。とか、なんとか、エラソーなこと云ったけれど、Schumannの交響曲にここ迄集中したのも久々でした。(8:35)
「Genoveva」Overture 筋は知らぬけれど、曰くありげな悲劇風な始まり。暗鬱な気分を抱えたままテンポ・アップ、やがてホルンや木管の安らぎもはさみつつ、明るく展開して・・・もうちょっと緊張感を望みたいところ。(8:47)
Debussy 前奏曲集 第1巻〜 ユーリ・エゴロフ(p)(1983年)・・・Youri Egorov(1954-1988露西亜→阿蘭陀)はわずか34年の生命だったのですね。もったいないなぁ。
Preludes , Livre 1 は1910年4曲のみ初演(作曲者による/これは高い評価)1911年全曲ロンドン初演(Franz Liebich)は賛否割れたそう。なんせ革新的に自在、新しい音楽ですから。この作品のイメージはA.B.ミケランジェリによる濃厚濃密な演奏でした。
エゴロフによる残響豊かな録音は優秀。青白くクールな光を放つようなデリケートなタッチに各曲ごとの描き分けも自在、リアルに明晰な完成度。アルカイックに静謐、妖しい旋律が浮き立って、妖しい雰囲気たっぷり。
Danseuses De Delphes(3:26)Voiles(3:44)Le Vent Dans La Plaine(1:59)Les Sons Et Les Parfums Tournent Dans L'air Du Soir(3:47)Les Collines D'Anacapri(2:55)Des Pas Sur La Neige(4:17)Ce Qu'a Vu Le Vent D'ouest(3:22)La Fille Aux Cheveux de Lin(2:19)La Serenade Interrompue(2:33)La Cathedrale Engloutie(6:41)La Danse De Puck(2:57)Minstrels(2:19)
以下、併録。
Images 1ere Serie/Reflets Dans L'eauはそっと夢見るようなタッチから、華やかな高揚が待っておりました。(5:30)
Chopin Fantaisie in F minor, Op.49は「雪の降る街を」クリソツな旋律。暖かいタッチに寂しげな旋律がよく似合って、中盤は爽快に華やかな雄弁。素晴らしい技巧にDebussyとはずいぶん雰囲気が異なって流麗でした。音質にはちょっぴり濁り有。(12:25)
Ballade No.1 in G minor, Op.23 名残惜しくも切ない旋律。4/4拍子の序奏から、6/8拍子の主部へリズミカルに流れて、憧憬に充ちた名旋律はぐっと抑制が効いて劇性を強調せず、きらきらとデリケートなタッチでした。(9:09)(1981-82年)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
扇風機を出すか出さないか、エアコンクリーナーを掛けて、そろそろ準備するか悩ましい季節に至っております。梅雨明けっぽい、いよいよセミが啼いていかにも夏らしい朝。例の如く眠り浅く目覚めはよろしくない、夢見よろしくなく、それは前夜女子バレー伯剌西爾に敗北してガックリしたまま就寝したせいもありました。食材は足りているので買い物に出掛ける必要はありません。外は暑そうだし、なにもやる気も出なくて、ぼんやり室内に隠りました。ストレッチやいつもの短いYouTube体操は実施いたしました。終日身動きしなかった結果は66.8kg+400G。
夜は女子バレー対泰戦。大友の解説が活舌よろしくわかりやすい。油断禁物、先日土弥尼加共和国に逆転負けしてますから。タットダオとかアチャラポーンなどSVリーグで活躍している選手もいて、日本と似た粘り強いバレーでした。リベロ(ピアヌット)も上手い。高さがないぶん組しやすいかも。セッターはヴェテラン栄、ミドルの扱いが上手いですね。第1セットは危なげなく取って、第2セットもけっこう粘られたけれど、なんとか連取。途中セッター松井初登場。第3セットは泰がリードする流れ、ピンピチャヤ強烈!そのまま取られてしまいました。第4セットも粘る泰!逆転され苦しい流れから再逆転、そのまま勝ち切って3-1。ようやく連敗を抜けました。
例の佐藤二朗さん橋本愛さんの「パワハラ?」とかなんとかに絡んで、真偽やことの顛末は与り知らぬけれど、ネットの声にちょっと気になったことがありました。
「だからオールド・メディアはあかん」〜これはフジテレビや文春のことを指しているらしくて、そこを擁護するつもりもないけど、左右を問わず最近、なんでも一律にレッテルを貼って紋切型「思考停止」が気になります。 仮に「オールド・メディア」があかんとして、じゃ信ずるに足る「ニュー・メディア」ってあるのでしょうか。結局自分が信じたい情報だけ求めているんじゃないの?
前の兵庫県知事選の時に「ネットで初めて真実を知った」〜これが一番怖い。ネット情報や動画を隅から隅まで見ているワケじゃないので、なんとも云えないけれど、かなりの比率で裏付けの薄い印象操作、題名のみの「釣り」に内容はまったく違うものがけっこうある。5W1Hは完全に崩れている感じ。
「オールド・メディア」 も不安だけど、新しいネットの情報発信も多面的な情報比較や、できるだけ裏付けを確認して、自分のノーミソで考えること、自分の言葉で語ることが大切と自覚しております。ま、場末の引退爺が云々しても仕方がないけれど。
Webern Bach「音楽の捧げもの」より「六声のリチェルカーレ」/2つの歌 作品19/5つの楽章 作品5*/2つの歌 作品8/オーケストラのための5つのヴァリアント 作品10/4つの歌 作品13/6つの歌 作品14/5つの宗教的な歌 作品15/眼の光 作品26*/オーケストラのための変奏曲 作品30/第2カンタータ 作品31*〜ロバート・クラフト/トニー・アーノルド(s)/クレア・ブース(s)*/デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(b)*/サイモン・ジョリー合唱団/21世紀古典アンサンブル/フィルハーモニア管弦楽団*(2007-8年)・・・Anton Webern(1883-1945墺太利)は新ウィーン楽派の中心メンバー。こんな静謐に神秘、難解な音楽が20世紀前半に生まれ、大混乱の中よりやがて評価され、現在に至る迄演奏会の演目に上り、けっこうな量の録音も出ていることに驚かされます。ほとんど切り詰められた音の断片には、おそらく深淵なる音楽理論があるのでしょう。こちら市井の音楽愛好家にはまったく歯が立ちません。最初っから最後迄、聴き手に極限の集中力を強要する、怪しい旋律サウンド連続。ニューヨークと倫敦での録音。
Robert Craft(1923-2015亜米利加)は同時代音楽の擁護者。Stravinskyの弟子筋であり、数多くの録音からは作品への正確な再現の意欲が読み取れます。これは再録音。Twentieth Century Classics Ensembleはニューヨークの音楽家を集めた録音用団体らしい。フィルハーモニア管弦楽団はもちろん、Simon Joly Chorale(倫敦)も超絶技巧、Tony Arnold(亜米利加1966-)もこの辺りの専門として高く評価されているらしい、正確怜悧な歌唱でした。
「六声のリチェルカーレ」は聴き馴染んでいるほとんど唯一の彼の作品。出会いはたっぷり濃い表情のロジェストヴェンスキー。Bachの旋律は各パートバラバラに分解され、こちらぐっとクールに抑制され、緻密なアンサンブルに正確なバランスの表現に怪しさは際立ちます。(7:50)以下、各楽曲へのコメントとか演奏云々は不可能。時にこんな音楽はノーミソへの刺激に必須でしょう。
「2つの歌/百合のように白く/羊の群れが立ち去って」(1:21-1:13)
「5つの楽章 作品5」(弦楽オーケストラ編)激しい動きで(Heftig bewegt)(2:57)きわめて遅く(Sehr langsam)(2:02)きわめて活発に(Sehr bewegt)(0:50)きわめて遅く(Sehr langsam)(1:13)やさしい動きで(In zarter Bewegung)(3:20)
「2つの歌/あなたには言わない/あなたは私を孤独にする」(1:05-1:04)
「5つのヴァリアント」ひじょうに静かにそして繊細に(Sehr ruhig und zart)(0:48)いきいきとそして繊細な動きをもって(Lebhaft und zart bewegt)(0:40)ひじょうにゆっくりそしてきわめて静かに(Sehr langsam und ausserst ruhig)(1:56)流麗に、きわめて繊細に(Fliessend, ausserst zart)(0:28)ひじょうに流麗に(Sehr fliessend)(1:22)
「4つの歌/公園の草地/孤独な女/見知らぬ土地で/ある冬の夕べ」(2:29-1:34-1:13-2:12)
「6つの歌/太陽/黄昏の地1/黄昏の地2/黄昏の地3/夜に/囚われのつぐみの歌」(1:42-1:35-1:24-1:37-0:55-1:34)ここは木管のみの伴奏?
「5つの宗教的な歌/彼に負わされた十字架/朝の歌/神の御名において/過ぎ来たりしわが道/いざ行け、魂よ汝の神に向かって」(1:02-1:00-1:06-1:51)
「眼の光」合唱と管弦楽のための作品。(6:13)
「オーケストラのための変奏曲」これは幾度か聴いたことがある・・・程度。1940年初年されたドデカフォニー作品。管楽器一本ずつの編成、旋律が欠くパートに分割されるされる例のパターンは神秘に美しい。(7:29)
「第2カンタータ」「Schweigt auch die Welt, aus Farben ist immer」(2:07)「Sehr tief verhalten innerst Leben」(3:42)「Schopfen aus Brunnen des Himmels nach Wassen des Worts」(2:32)「Leichteste Burden der Baume trag ich durch die Raume: die Dufte」(4:05)「Freundselig ist das Wort」(1:47)「Gelockert aus dem Schosse」(1:19)
Beethoven ピアノ協奏曲第1番ハ長調/第2番 変ロ長調〜ペーター・レーゼル(p)/クラウス・ペーター・フロール/ベルリン交響楽団(1991年)・・・Peter Ro"sel(1945ー独逸)による、質実にハデさのない、重心の低い演奏、適度に快い残響も音質も良好でした。
2009年に拝聴して曰く
これぞベルリン交響楽団の魅力横溢で、冒頭の弦からゾクゾクするような渋い響きを堪能可能。この演奏も安定して、古典的Haydnを感じさせる演奏。安定して重心の低いピアノ、終楽章なんてけっこうテンポは乗ってくるんだけれど(良い意味で)地味な印象があって、落ち着いております。
作曲者24歳、青春の爽やかに躍動する作品。いずれも初演はは1795年。
ピアノ協奏曲第1番ハ長調。伴奏はフルート1本、クラリネットはありません。ここではスタンウエィを使用しているとのこと。
第1楽章「Allegro con brio」冒頭の弦から艶消しな魅惑のサウンド。堂々たる希望に溢れて前向きな旋律に、リリカルなタッチ、スムースかつ曖昧さのないピアノが参入して、余裕の始まりでした。このカデンツァが素晴らしく雄弁、作曲者による未完成版をレーゼルが補筆したものだそう。(15:36)
第2楽章「Largo」誠実に清潔、抑制が効いたタッチのピアノ。ベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)の木質を感じさせる響きも魅力的に落ち着いて絶品の緩徐楽章でした。(11:27)
第3楽章「 Rondo. Allegro scherzando」愉悦と躍動に充ちた旋律は前のめりに走らず、力まず粛々とした流れに乗って、マイルドかつ軽やかなピアノの始まり。アクセントはしっかりしても力みを感じさせない、質実なオーケストラも魅力的でした。(8:44)
ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調。こちらのほうはクラリネットはもちろん、トランペットもティンパニもありません。この作品はちょっと素朴に無骨過ぎて、あまり好きではなかったけれど、こんな実直な演奏なら苦手意識を克服できそう。
第1楽章「Allegro con brio」ハ長調協奏曲より、いっそう直截実直、素朴な風情を感じさせて落ち着いた始まり。楷書のピアノに、管弦楽も味わい深い、ジミな響きがなんともステキでした。ここのカデンツァもいつになくしみじみとして、これも作曲者の自作のものとのこと。(14:45)
第2楽章「Adagio」鋭くならぬ、暖かいタッチが優しい緩徐楽章。ここの伴奏もシミジミ絶品!ソロと息を合わせておりました。ラストのフルートが染みます。(9:05)
第3楽章「 Rondo. Molto Allegro」屈託のないリズムにノリノリなフィナーレの始まり。流麗正確な技巧も無機的な冷たさを感じさせぬ生活なタッチでした。(6:18)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日は曇り。気温は30度Cを超えたけれど、たいしたことはない。もう7月、大阪は梅雨明け宣言、盛夏はこれからですよ。台風9号は沖縄に接近しているそう。前夜は涼しくそれなりに眠れて朝、いつものストレッチ、YouTube体操も済ませて市立体育館へ。常連メンバー少数に筋トレマシンはゆっくり使えました。若い学生が5人、トレッドミルを独占して猛スピードに疾走しておりました。猛暑に向けて体調を整えて乗り切りましょう。今朝の体重は66.40kg▲250g。
KDDI、パスワード760万人分漏えい メールアドレス1,223万人分漏洩との報道。これって先日契約した新しいWifiじゃないの。自分の分も流出したんでしょうか。カード情報と紐づいている可能性も高い。ちょっと不安です。我が家の雀の涙財産が抜かれるかも・・・その件についてBIGLOBEからメールが届いていておりました。結果的にパスワード変更が功を奏したようです。
先日の委内瑞拉大地震の被害には、日本から救援に掛け付けても、なかなか詳細情報が入りません。チャベス時代より始まってマドゥロウ前大統領も継続した公的住宅のビルが多く倒壊してるそう。それは例の一路一帯による中国製建築物、未だ断片的な情報だけど手抜き鉄筋工事だったらしい。昔ながらの伝統的平屋は大丈夫だったとか、ほんまでしょうか。これからの復興支援が重要だけど、既に日本では忘れられつつあるのが残念です。
夜は女子バレーは待望の因縁、最近負け続けの伯剌西爾戦。ガビは出ていないのですね。第1セットはベルグマンやクリスティナなど相手の高さとパワーにあっけなく取られ、暗雲が立ち込める始まり。ところが第2セットは和田の強烈なサーブから流れをつかんで奪取。第3セットは再び取られ、第4セットの流れは日本リードに期待したけれど逆転され、1-3で敗北、三敗目残念。決勝リーグ上位7位に入れるのか?
Rossini 弦楽のための四重奏ソナタ第1番ト長調/第2番イ長調/第3番ハ長調/第4番 変ロ長調/第5番 変ホ長調/第6番ニ長調/Danizetti 弦楽のためのアレグロ ハ長調〜アンドラーシュ・キシュ(v)/ロッシーニ・アンサンブル(ブダペスト)(1991年)・・・久々の拝聴。Andras Kiss(1943ー洪牙利)率いる弦楽アンサンブルは録音用の臨時編成でしょう。1991年辺りは東欧露西亜に政治的経済的に混乱が続いて、それに乗じてNAXOSが格安取っ払いで録音を推し進めました。これは自分がNAXOSの出現に感動して毎月CDを愉しみに購入していた最初期のものでした。
Sei sonate a quattroは1804年(12歳)夢見るように爽やかなな天才少年の旋律。緩急緩、そのデリケートに軽快な躍動、淡く優雅な陰影はMozartのディヴェルテメントを連想させました。編成は2-v/vc/cb、室内楽編成の演奏のみならず、弦楽アンサンブルとして多く録音が存在します。正直なところ、誰の演奏でも、合奏、室内楽どちらでもかまわない。作品との出会いはLP時代ネヴィル・マリナー(1962年)でした。
(過ぎ)クールな風情、恬淡とした響きがいつまでも続く・・・ほとんど飾りも、なんの色付けも感じさない静謐、強靭とか耳をつんざく爆発とは無縁に、粛々とした時間が流れます。心が沈静化するような音楽。
No.1 G Major/I Moderato(8:19)/II Andantino(4:42)/III Allegro(2:39)
No.2 A Minor/I Allegro(11:25)/II Andantino(3:13)/III Allegro(2:30)
No.3 C Major/I Allegro(6:33)/II Andante(4:41)III Moderato(3:08)
Donisetti 「Allegro」の編成は2-v/2-va/vc。これも爽やかに、Rossiniより旋律の動きは闊達でした。(6:14)
No.4 B Flat Major/I Allegro Vivace(11:43)/II Andantino(3:33)/III Allegretto(3:10)
No.5 E Flat Major/I Allegro Vivace(12:05)/II Andantino(4:55)/III Allegretto(3:48)
No.6 D Major/I Allegro Spiritoso(11:55)/II Andante Assai(3:27)III Tempesta (Allegro)(6:12)
Mozart 交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」/交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」/交響曲第39番変ホ長調K.543〜ヤッシャ・ホーレンシュタイン/ウィーン交響楽団(1955年)・・・Jascha Horenstein(1898ー1973烏克蘭→亜米利加)は特定のポストには就かなかった往年の巨匠。モノラル時期のVOX録音が多いこともあまり注目されなかった理由でしょう。自分は廉価盤フリークだったので彼の音源は多く聴いていたけれど、これは初耳。以前は「Vienna Pro Musica Orchestra」と表記され、混成メンバーとの説明もあったけれど、ここではウィーン交響楽団となっておりました。昔はいまいちの印象だったVOX録音は、ここ最近まずまずの解像度に驚かされることも再々。これはMozartによる後期屈指の名曲を集めたもの。
天翔ける巨大なる「ジュピター」は1788年の作品だけど、初演の記録が残っておりません。なんとフルートは1本のみ、2-ob/2-fg/2-hr/2-tp+ティンパニ。速めのテンポに颯爽として厚ぼったく響かず、大柄を強調しない引き締まったストレート系表現、オーケストラのアンサンブルも優秀。
第1楽章「Allegro vivace」テンポはやや速め。颯爽として軽快な推進力に始まって、提示部繰り返しなし。(7:37)
第2楽章「Andante cantabile」響きは清涼に洗練されて粛々、アクセントとリズム感はしっかりとした緩徐楽章。(8:48)
第3楽章「Menuetto: Allegretto」楷書にのリズムに、オーソドックスに淡々としたメヌエット。ここは天女が天上より舞い降りるような優雅なところ。(4:40)
第4楽章「Molto Allegro」テンポは中庸、アンサンブルはかっちりとして、アクセントは曖昧ではない。クールな佇まいにイン・テンポ、最後のフーガ迄勢いを失わぬカッコよいフィナーレでした。(6:35)
交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」は1787年初演。二管編成に+ティンパニ。クラリネットを欠いております。
第1楽章「Adagio - Allegro」序奏は八分の力感に始まって、ティンパニの存在感はしっかり。主部の推進力はノリノリ、愉悦に充ちた旋律は沸き立つように軽く、ラストはちょっぴり熱を帯びました。ここも提示部繰り返しなしは残念。(10:34)
第2楽章「Andante」テンポは中庸、淡々とした飾りのない緩徐楽章。決然とした暗転がいかにもMozartの魅力でしょう。(9:18)
第3楽章「Presto」軽快なスピードに一気呵成、テンションの高いフィナーレ。ここも要所の暗転が劇性と緊張感と熱気を高めました。(5:46)
交響曲第39番変ホ長調K.543も1788年の作品(初演の記録不明)ハ長調交響曲K.551の編成からオーボエが抜け、クラリネット2本が加わりました。
第1楽章「Adagio - Allegro」堂々たる序奏からフルートとクラリネットの存在感が際立ちます。これでもフルート一本なのですね。(カミロ・ワナウセクですか?)そして健全に前向きな主部へ、噛み締めるようにかっちりと進みました。提示部繰り返しなし。(9:36)
第2楽章「Andante con moto」付点のリズムにしっとり落ち着いた緩徐楽章。中間部の劇的な対比も素晴らしい。(9:47)
第3楽章「Menuetto: Allegretto」Haydnを連想させる素朴なリズムを刻むメヌエット。そしてシンプルなクラリネットが優雅な弦に支えられて歌うこの作品の白眉。これは誰なんでしょう。(4:10)
第4楽章「Finale: Allegro」几帳面にかっちりとリズムを刻んで、足取りしっかり熱を加えるフィナーレ。(4:14)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
西日本各地で大雨・雷雨が続いたらしいけれど、こちら昨日朝には雨は上がって曇り空。湿っぽい前日の洗濯物は布団乾燥機にかぶせて追加乾燥させました。いつものストレッチ、短いYouTubeエアロビクスを済ませて、激安美容院を目指して5番札(自分より)お姉さま軍団に先を越されたけれど、少々待って短くすっきり刈っていただきました。食材少々買い足して帰宅して、まずまずの運動量を確保出来。今朝の体重は66.65kg+450g。昼飯と菓子を喰い過ぎました。
夕方4時ころより裏手より連日響くラジオの大騒音・・・どこかの不良グループなのか、それとも昨今話題のガイコク人?土日休んで、収まったか?そう思っていたら前日夕方3時40分頃雨中 鳴り響き始めた大音響〜大阪府警の相談窓口に電話を入れてみたら残念、話し中。仕方がないので遠めに犯人を確認すべく傘をさして外に出ました。怖そうなガタイの良い悪人面だったらヤバいので、そっと遠目から忍び足に・・・と思ったら
なんとウチのすぐ裏に駐車する軽バン、歯の抜けた禿げ爺が窓全開に煙草吸いつつ大音響にラジオを聴いておりました。「音を下げていただけますか」と声を掛けても「は?耳が遠くて」〜なるほど、だから大音響で聴いていたのか。仕方がないので「うるさいぞ!警察呼ぶぞ」と警告したら「すみません」とのお詫びがありました。犯人は意外やったなぁ。こちら弱そうな相手には強気に出る小物でございます。ここしばらく続いた騒音事件は収まってくださるでしょうか。
今夜女子バレー大阪ランドは強豪伯剌西爾戦。期待して応援いたしましょう。
Theodor Schwartzkopff (1659-1732) 序曲ハ長調(トランペット)/Leopold Mozart (1719-1787) 室内交響曲ニ長調(コルノ・ダ・カッチャ)/Giuseppe Torelli (1658-1709) 二本のトランペットのための協奏曲ニ長調/(Anonymous) コルノ・ダ・カッチャ協奏曲 変ホ長調/Johann Georg Ro"llig (1710-1790) コルノ・ダ・カッチャ協奏曲ニ長調/Giuseppe Torelli トランペット協奏曲ニ長調 after the "Sinfonia avanti l'opera(オペラの前のシンフォニア)"〜ルートヴィヒ・ギュトラー(t)(Corno da caccia)/ヴィルトゥオージ・サクソニエ/ローラント・シュトラウマー(v)/ハインツ=ディーター・リヒター(tp)/Friedwart-Christian Dittmann(vc)(1986-87年)・・・Ludwig Guttler(1943-独逸)はドレスデン・フィル(1969-1990)を経、ソロや指揮活動へ。教育活動や昔の楽器の復興にも取り組んだモダーン楽器の名手。ずいぶんと早くから注目しておりました。日本ではあまり人気はないけれど、膨大なる録音が残されております。初耳作曲家含め、初めて拝聴する作品ばかり(と、思う)。
Corno da cacciaとは狩りのホルン、現在のトランペットやホルンの先祖に当たるそう。いずれ古楽器系の素朴に粗野、ちょっと不器用な響きに非ず、そのスムースな技巧、明るく流麗な響きを堪能いたしました。
Schwartzkopff(独逸)とは初耳。大Bachが1685-だから一世代上か。序曲ハ長調は明るく軽く、スムースなトランペット・ソロが弦のアンサンブルに乗って、素直に屈託のない牧歌的な旋律が続きました。
Ouverture(緩急緩のフランス風)(4:02)Bourree(0:53)Menuet(0:52)Chaconne(1:40)Gigue(1:07)
父Mozart 室内交響曲ニ長調はコルノ・ダ・カッチャ大活躍。おそらく古楽器だったらもっと素朴な音色、たどたどしいフレージングと想像するけれど、なんともマイルドにちょっぴりセクシーなヴィヴラートも魅惑の音色。交響曲となっているけれど、ほとんど伴奏各パート一人、落ち着いて親密な掛け合いが懐かしい。時代は進んで旋律はずいぶんと多彩さと陰影を加えておりました。
Allegro moderato(5:07)Menuett(3:00)Andante(3:54)Allegro(2:32)
Torelliは伊太利バロックの巨匠。二本のトランペットのための協奏曲ニ長調は、溌剌快活なリズムに躍動いたします。Heinz-Dieter Richterはシュターツカペレ・ドレスデンのメンバー。緩徐楽章はヴァイオリン・ソロとオルガンのみの安らぎでした。
Allegro(2:23)Largo e staccato Presto Adagio e spicco(2:14)Allegro(1:48)
(Anonymous)作曲家不明 コルノ・ダ・カッチャ協奏曲 変ホ長調の由来はようわからない。マンハイム楽派辺り?しっとりとオーソドックスな旋律が優しい。これは悠々としたソロの技巧が自在に際立って、伴奏は弦楽のみ。緩徐楽章の付点のリズムも印象的、穏健な風情になかなかの名曲。
Allegro(5:59)Adagio(4:13)Tempo di Menuetto(2:19)
Ro"llig(独逸)も初耳。アンハルト=ツェルプスト宮廷楽長?だったとか、ほとんど作品は散逸しているそう。Haydnの一世代前くらいかなぁ。コルノ・ダ・カッチャ協奏曲ニ長調はソロの音域が低く、よりいっそう技巧的な扱いが増しているようです。ノンビリと荘厳、眠くなるようなステキな作品。
Allegro ma non molto(6:27)Siciliano(4:02)Allegro. Tempo di Menuetto(3:48)
ラストはTorelli トランペット協奏曲ニ長調。時代はあちこちだけど、独逸人生の中に伊太利作品が入ると、その明朗前向きな風情が陽光を感じさせて、その違いははっきり認識できました。
Allegro(2:47)Largo(3:51)Allegro(2:14)
Rossini 歌劇「セヴィリアの理髪師」序曲/歌劇「泥棒かささぎ」/歌劇「セミラーミデ」序曲/歌劇「ウィリアム・テル」序曲/歌劇「アルジェのイタリア人」序曲/歌劇「イタリアのトルコ人」序曲/歌劇「結婚手形」序曲/歌劇「絹のはしご」序曲/歌劇「シンデレラ」序曲〜ユーディ・メニューイン/シンフォニア・ヴァルソヴィア(1998年)・・・Yehudi Menuhin(1916-1999亜米利加→英国)による最晩年の録音。Sinfonia Varsoviaは彼によって創立された室内管弦楽団。BeethovenやSchubertの交響曲残曲録音がありました。
Rossiniのオペラは自分が日常接する音楽から、ちょっと範疇が外れた存在でした。恥ずかしながらほぼ聴いたことはなくて「セヴィリアの理髪師」(ラインスドルフ/メトロポリタン)くらい?序曲集はどれもまずまず旋律は知っている〜程度。「結婚手形」は初耳でした。。この音源は忘れられたような感じ。評価を探ってネットを追い掛けたら「彼の立派な芸術はもっとオーケストラの状態の良いもので聴きたい」みたいな言及が一件出現したのみ。
この団体はオペラのピットに入らぬだろうし、Rossiniの管弦楽伴奏はさほどに「オペラハウスのオーケストラに限る」みたいなこだわりはないことでしょう。どれも明るく躍動して屈託のないストレートにステキな音楽、オーケストラに色気は足りないけれど、誠実に元気よろしい、悪くない演奏だけど・・・メニューインの演奏にはいつも同じような結論に至ります。なんかお粗末な感想やなぁ。
(7:00-9:31-11:07-12:10-7:33-7:10-5:29-5:47-7:09)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
新しい月曜が始まって、天気予報は曇り。ところが外は小雨模様、ストレッチ、ほんの短いYouTube体操終えて市立体育館への道も傘が必要でした。朝一番のトレーニングルームは常連メンバーに空いていて、ゆっくりマシンを使えました。南洋には大型台風が接近して沖縄方面はこれからタイヘンなようです。ことしは雨がたっぷり、昨年見掛けたオニフスベ?大きくて白い美味そうなキノコがことしはいっそう多く、あちこち顔を出しております。けっこう気温が低い。帰宅して洗濯物は室内干し、夕方迄にもちろん、朝に至っても乾いておりません。今朝の体重は66.2kg▲150g。
人気アイドルグループ「なんとか!?」活動停止とニュース、街の声に「応援していたのに残念!」そんなインタビューも出ておりました。そんな売れ筋らしいのに、自分はまったく知らん!名前も聞いたことがないし、名前も覚えておりません。アラ古希爺には無縁の世界なのでしょうか。幾度書いたけれど、どのアイドルグループを見掛けても「可愛らしいお嬢さんやな」と感じて、誰が誰やらわからない。日本人なのか韓国人なのか、混成グル−プなのか、その判断も付きません。どうも皆寿命は長くないようで、どんどこメンバーチェンジ(「卒業」という日本らしい曖昧な用語)それなりの年齢に至って消えていくのでしょう。
アイドルから「卒業」して、タレントとか起業、女優さんやタレンになったり、または引退して嫁に行ったりのパターン。大活躍している野呂佳代さん辺り、まさか(前)アイドル!?みたいな唯一無二のカンロクですよね。看護師さん役が多いけれど、専門筋からは「あんな感じのひと、ほんまにいる」との評判でした。
Mozart ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲イ長調 K.Anh.104 (320e)(Pro Arte Streichtrio)/劇唱 レチタティーヴォ「わが美しき恋人よ、さようなら」とアリア「とどまって下さい、いとしい人よ」K.528/劇唱「どうしてあなたを忘れられようか」ロンド「恐れないで、愛する人よ」 K.505(ゲルティ・ツォイマー(s)/ディター・クレッカー(cl)/ベルリン放送交響楽団/1974年ライヴ)/Haydn 交響曲第64番イ長調「時のうつろい」(南西ドイツ放送交響楽団/1976年ライヴ)〜クラウス・テンシュテット・・・Klaus Tennstedt(1926-1998独逸)に残された放送音源?音質は良好です。拍手はカットされております。
Bachと並んで敬愛するMozartの作品はいろいろ聴いてきたつもりでも、初耳作品はまだまだ存在します。
未完の協奏交響曲イ長調 K.Anh.104は1779-80年ザルツブルク時代の作品。ヴィオラの調弦指示よりヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364と同時期と類推されるそう。ここでの演奏は誰が補筆完成させたのかわからないけれど、まったく違和感のない、愉悦に充ちた単一楽章として完成されております。そういえば三枝成彰(補作)版をFM放送に聴いたことを思いだして、それは途中からまったくのゲンダイオンガクに変貌しておりましたっけ。
Pro Arte Streichtrioとは豊田耕児(v)/ステーファノ・パッサージョ(va)/ゲオルク・ドンデラー(vc)当時の首席メンバーとのこと。(12:52)
Gerti Zeumer-Peer(1945-独逸)は知的にしっとりとしたソプラノ。単独の声楽作品はオペラ以上に拝聴機会は少なくて、この作品も初耳のはず。
K.528は情感に充ちて、夢見るような美しい旋律に歌います。
K.505にはDieter Klo"cker(1936-2011独逸)の優しいクラリネットがソプラノに寄り添いました。(10:14-8:52)以上オーケストラは旧西ベルリン、現在の現在のベルリン・ドイツ交響楽団でした。
Haydn 交響曲第64番イ長調「時のうつろい」は1773年頃(エステルハージ宮廷時代)の作品。フルートなし、2-ob/2-hr+弦の編成。Haydn交響曲の長旅もあちこち、摘み聴きしていくうちにちょっとずつ身近に感じられるようになりました。浪漫のスタイルだけど、清潔なオーケストラのサウンドに重過ぎず力みなく、軽快なテンションでした。
第1楽章「Allegro con spirito」転調の連続に陰影豊か。流麗、軽快快活、スムースにリズミカルな旋律が続く始まり。ホルンがとても深みがあって美しい。(6:11)
第2楽章「Largo」は荘厳なる緩徐楽章。静謐に陶酔する弦楽器は入念な表現、やがて深刻なオーボエとホルンがそっと参入して雄弁な高揚へと進みます。(7:49)
第3楽章「Menuet / Trio: Allegretto」ちょっと気粋に、剽軽なリズムを刻むメヌエット。ここのホルンとオーボエも雄弁。(2:53)
第4楽章「Finale: Presto」穏健な躍動、ちょっぴり暗転も加わって劇性も感じさせるフィナーレでした。(3:08)
Khachaturian 組曲「スターリングラードの戦い」(1989年)/組曲「オセロ」(1992年)〜アドリアーノ/スロヴァキア放送交響楽団/スロヴァキア・フィル合唱団/ヤナ・ヴァラスコヴァ(s)/ヴィクトル・シムチスコ(v)・・・Aram Khachaturian(1903-1978)は喬治亜生まれの亜美尼亜人作曲家、ソヴィエット時代、その民族的に泥臭い旋律リズムに大活躍いたしました。これはAdriano Baumann(1944-瑞西)らしい秘曲録音(映画音楽らしい)期待して聴いたけれど・・・
「The Battle Of Stalingrad」(Suite, 1949)とはいかにも権力者に阿(おもね)った勇壮な、1942年「スターリングラード攻防戦」を描いた映画(ヴラジーミル・ペトロフ監督)音楽。スターリンは1953年死去、スターリングラードもヴォルゴグラードに改名されました。演奏機会はなかなかないでしょう。賑やかにパワフルな(ある意味)いかにもカッコ良いリズム、旋律連続!なんやけど、オーケストラも作品との出会いは(おそらく)一期一会、大音量に響きは濁って、アドリアーノの統率もいまいち、リズムのノリやキレもよろしくない。
「A City On The Volga - The Invasion(ヴォルガ川沿いの都市 - 侵略)」(5:16)
「Stalingrad In Flames(炎上するスターリングラード)」(3:59)
「The Enemy Is Doomed(敵は滅びる)」(7:34)
「For Our Motherland; To The Attack! - Eternal Glory To The Heroes(祖国のために!攻撃せよ!英雄たちに永遠の栄光あれ!)」(6:34)
「To Victory - There Is A Cliff On The Volga(勝利へ - ヴォルガ川には崖がある)」(6:09)
「Othello」 (Suite, 1956) こちらはシェクスピア戯曲の映画化(監督はセルゲイ・ユトケヴィチ/1955年)。カンヌ映画祭では数々の受賞、専門筋には評価高い伝説的な映画なんだとか。こちらはしっとりとした旋律が連続して、なかなか味わい深いもの。こちらは幾度聴いて堪能する価値ある手応えでした。
「Prologue And Introduction」鬱蒼と静謐、荘厳な始まりからKhachaturianらしい粗野なリズムの躍動が続きます。ヴァイオリン・ソロが切ない。(Viktor Simcisko(v)/8:42)
「Desdemona's Arioso(デズデモーナのアリオソ)」ソプラノは情感高まるヴォカリーズ。(Jana Valaskova(s)/3:13)
「Vineyards(ブドウ畑)」静かな風にそよぐブドウ畑(3:44)
「Venice (Nocturne)(ヴェネツィア(夜想曲))」(2:37)
「Nocturnal Murder (Roderigo's Death)(夜の殺人(ロデリーゴの死))」哀しく不安な静謐。(2:31)
「Othello's Despair(オセロの絶望)」激しい慟哭。この辺り、オーケストラの爆発にパワーが足りない。(2:02)
「A Fit Of Jealousy(嫉妬の発作)」切迫したヒステリックな疾走はいかにもKhachaturianらしいところ。(2:04)
「Othello's Arrival(オセロの到着)」猜疑心に充ちた不安から荘厳なファンファーレへ(1:54)
「The Striking Of Desdemona (The Slap)(デズデモーナへの平手打ち)」(0:54)
「Othello's Farewell From The Camp(オセロのキャンプからの別れ)」ラストに合唱のヴォカリーズ登場(Slovak Philharmonic Chorus/1:59)
「Finale」切ない悲劇の締め括り。合唱のヴォカリーズはいっそう悩ましく、寂しげに消えていきました。(Slovak Philharmonic Chorus/Viktor Simcisko(v)/3:36)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日日曜は朝から雨。熊本やら九州地方には大雨被害、こちらはあまり激しくは降っておりません。食材はすっかり尽きているのでストレッチ、YouTube体操済ませてウォーキングがてら業務スーパーにでも・・・と思ったら、平日介護疲れしている女房殿が恒例居酒屋メニューを欲しておりました。そこで昼前のコミュニティバスに乗って、いつものJR北新地を目指しました。雨の日曜でも昼から梅田駅前ビル地下は賑やかに混んで、土手焼き、とん平焼き、焼き鳥、ポテサラ、たたききゅうり等、王道の居酒屋メニューとビール喫して満足。更に別な寿司屋にちょっぴり寄って充分安かった。帰りの電車中、大量のバングラディッシュ?の若い人々(男女)が途中乗車。働いているのかなぁ、日本の生活を楽しんでいただきたいもの。
帰りはちょうどコミュニティバスが駅前から出たばかり、歩いて途中業務スーパーに寄ってから帰宅しました。一日目標の6,000歩はクリアして、今朝の体重は66.35kg▲350g。
横浜の市会議員78歳がセクハラとか。50歳の女性市会議員が告発、本人は「覚えない」と云っているらしいけど、おそらく間違いないでしょう。既にノーミソが老化してナニな感じ、後援会は先の選挙で引退勧告すべきでした。情けなくも恥ずかしい。全国にはあちこち、狭い範囲のムラ社会の価値観で固まった、遣りたい放題カンチガイ先生が生存するのでしょう。
例のネット契約の変更、二か月のみ義理で入った(例えばセキュリティ云々サービスとか)オプション二件の契約は2ヶ月無料期間で解約必須、代理店の営業の方より連絡がありました・・・が、例のBIGLOBEとやら?パスワード変更して、挙句忘れております。仕方がないので初期化して再設定、ところが「指示された番号に電話して確認」指示が上手くいかない。通話アプリを立ち上げる時に、誤ってBIGLOBEアプリを戻してしまう〜つまり、スマホにまったく慣れていないのが情けない。2‐3度繰り返してようやくログ・イン出来ました(汗)無事、「セキュリティ云々サービス」オプション契約解除出来。ところが「もうひとつ」がまったく探せない・・・困りました。(続く)
Honegger 映画音楽「レ・ミゼラブル」(Adriano編)〜アドリアーノ/スロヴァキア放送交響楽団(1989年)・・・文豪Victor Hugo(1802-1885仏蘭西)による歴史小説「Les Miserables」はあまりの名作ゆえ、戯曲化され、幾度映画化されました。日本でもその趣旨を活かしての映画化があったみたい。これは1934年レイモン・ベルナール監督の映画音楽をAdriano Baumann(1944-瑞西)が一部手を加えて録音したものだそう。じつはかなり以前から聴いていて、正直なところなんのことやら?さっぱりわからんかったもの。久々に音源が入手できたので捲土重来、一応聴いてみました。
映画は筋書きによって起伏を形作るもの、名作に印象的な映画音楽はたくさん存在するけれど、おそらくこれは登場人物の心情に寄り添って、それを際立たせる脇役に徹しているのでしょう。Honeggerの馴染みの世界を期待したけれど、どれも淡く呟くような美しい、時にユーモラスな旋律が延々と続いて、勇壮な浪漫の爆発!みたいな強烈とは異なる世界。正直気持ちよく眠くなるような音楽が延々。一度聴けば良いかな?
こんな演目の演奏会は想像できないから、Marco Poloが「Honeggerの秘曲!」録音を目指して一度きりの演奏なのでしょう。ブラティスラヴァのオーケストラも手探りっぽい感じでした。アンサンブルにキレも足りない。
オープニング*いかにも風、重苦しい始まり(3:41)
ジャン・バルジャンの旅*のんびりとした雰囲気(3:47)
囚人たちの喚起(1:55)
頭蓋骨の下の嵐(6:43)
ファンティーヌ(4:11)
ジャン・バルジャンの脱出(1:01)
コゼットとマリウス(2:09)
モンフェルメイユの見本市*ここはノンビリとしたメリーゴーラウンド(7:39)
ルクセンブルク(2:32)
プルメット通りの庭園 〜 夜の護送隊編曲*ここは重い足取りに、なかなかの苦渋(Adriano編/5:12)
暴動(2:46)*意外にもゆったりとパワフル
エポニーヌの死*荘厳さと怒りの爆発(2:18)
襲撃(2:15)
下水道にて(5:39)
ギレノルマンの音楽*ここは軽妙(1:55)
孤独(1:39)
ジャン・バルジャンの死(2:47)*おとなしい終結
Mozart セレナード第10番 変ホ長調K.361(370a)「グラン・パルティータ」〜カルロ・デ・マルティーニ/アッカデーミア・リッタ(2005年)・・・2025年に一度聴いた、というアリバイ・メモを残したもの。
Carlo de Martini(1956-伊太利)はミラノ出身のヴァイオリニスト・指揮者らしい。教育者としても活躍されているとのこと。Accademia Littaは彼が創立したミラノの古楽器アンサンブル(2005年)。
ウィーン時代1781年、または1783〜1784年?の作品。作曲経緯は不明。編成は2-ob/2-cl/2-bassett hr/4-hr/2-fg/cb、愉悦と陰影、陶酔に充ちて美しく巨大なる名曲中の名曲。機会があれば誰の演奏問わず必ず聴くようにしているけれど、作品の魅力に裏切られた経験は一度もありません。モダーン楽器/古楽器、新しい録音、往年の記録、ステレオ/モノラル問わずシアワセな時間を過ごせます。
以前「あまり器用な演奏じゃない」と感じて、艶やかに非ず枯れてジミめな素朴な音色、それは音質印象なのかも知れません。悪い音じゃないけれど低音がやや弱く、コントラバス抜き?と思ったけれど、第4楽章「Menuetto (Allegretto), Trio I, Trio II」に低弦ピチカートはしっかり響きました。大好きな第3楽章「Adagio」(映画「アマデウス」ではサリエリが陶酔のあまり楽譜を取り落とす場面)も素朴な風情が漂に全体にマイルドと云うか、決然たるリズムやアクセントを強調しない軽みに、抑制された演奏でした。
第1楽章「Largo, Allegro molto」(9:57)第2楽章「Menuetto, Trio I, Trio II」(9:28)第3楽章「Adagio」(5:29)第4楽章「Menuetto (Allegretto), Trio I, Trio II」(4:57)第5楽章「Romanza (Adagio, Allegro, Adagio)」(7:15)第6楽章「Tema (Andante) con variazioni」ここは低弦がよく浮き立ちまって、変幻自在な変奏曲が素晴らしい(10:31)第7楽章「Rondo (Allegro molto)」(3:28)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
土曜の朝は曇り、昼過ぎから雨が降り続いて、今朝は上がっているけれど、また降るそう。前夜は抗アレルギー剤が効いて、しっかり睡眠を摂れました。いつも通りのストレッチ、短いYpuTubeエアロビクス済ませて市立体育館へ。トレーニングルームはハードなバーベル野郎3人、トレッドミルは(自分より)お姉さん二人、筋トレマシンは自分が独占して、ゆっくりいつものメニューを消化できました。シャワーも使って気分爽快、帰宅したら女房殿が掃除を済ませてくれたので、自分は洗濯をして昼食を仕立てました。昼寝し過ぎたけれど、夕方在庫食材を使って素早く調理、けっこう美味しくて昼夜喰い過ぎました。今朝の体重は66.7kg+350g。
いつもと変わらぬ平穏な毎日だけど、ここ数日夕方、大音量にラジオを鳴し続けるクルマがご近所に連続・・・ウチはそうでもないけれど、その前の棟の方は大迷惑でしょうねぇ、前夜は夜8時過ぎ迄続きました。怖くて接近もできません。続くようなら警察に連絡して注意してもらいましょう。静かなところなんやけどなぁ、この辺り。幸い昨日夜は雨のせいかお休み。
もうテレビドラマはほとんど見ないけれど、最近唯一愉しんだのは「夫婦別姓刑事」。ところがハラスメントがあったとか、なかったとか、ネット上の勝手な類推も跋扈しているみたい。フジって、その辺りどうも動きと歯切れがよろしくない。佐藤二朗も橋本愛もステキな俳優さんと思うけどなぁ、芸能関係にはどうにも暗くてなんとも云えません。
de Falla バレエ組曲「恋は魔術師」/Jesper Koch(1967-丁抹)ファンファーレ/Beethoven 交響曲第5番ハ短調〜ラファエル・フユーベック・デ・ブルゴス/デンマーク国立交響楽団(2013年コペンハーゲン・ライヴ)・・・Rafael Fruhbeck de Burgos(1933ー2014西班牙)引退直前亡くなる前年のライヴは音質極上。この人は独逸系の方なんだとか。ネットに音源が出現したので、いちおうBeethovenから聴き始めて驚きの上出来!1808年初演、誰でも知っているパワフルな二管編成、終楽章にピッコロ、コントラファゴット、トローンボーンが付加されるのは、この時代初めての趣向だったそう。主席を務めるオーケストラは余裕のバワー、アンサンブルの集中力とバランスが素晴らしい完成度。こんな力みのない、爽やかな「運命」を久々に堪能いたしました。
第1楽章「Allegro con brio」小編成?引き締まった響きはリズミカル、ノリとテンションは充分に重過ぎぬ、力まぬ始まり。提示部繰り返し有。
第2楽章「Andante con moto」中庸のテンポに快いスウィングを感じさせる緩徐楽章。
第3楽章「Allegro」諧謔曲と呼ぶにはあまりに不気味な怪しさ。流麗にホルンの響きは軽めにアクセントはしっかり。
第4楽章「Allegro」繰り返し有。颯爽として晴れ晴れとした風情に高揚して、病に犯され引退を決意していたとは信じがたい充実ぶりでした。(合計35:29/大喝采有)
de Fallaは彼にとって十八番みたいなもの。 「恋は魔術師」は1915年初演(オリジナル小編成)これは二管編成にティンパニ、鐘、ピアノ。西班牙のリズム噎せ返るような濃厚甘美妖しい作品、セクシーな女声による「悩ましい愛の歌」が抜けているのは残念でした。肩の力が抜けて洗練され、優雅な響きに色彩豊かな演奏。有名な「火祭りの踊り」にも一歩引いた余裕を感じさせます。弦も管もオーケストラは驚くほど上手い。(22:29/拍手有)
現役作曲家であるJesper Kochとは初耳。2013年の作品。金管7本+ティンパニの編成らしい。(AI検索はほんまに便利)勇壮に元気な作品を想像したけれど、剽軽に細かい音型が自在に散らばって、不協和音がとても美しい作品でした。(3:15/拍手有)
Mozart 協奏交響曲 変ホ長調K.297b(K.Anh.9/Robert Levin編)/ファゴット協奏曲 変ホ長調K.191 (186e)〜ディルク・フェルメーレン/プリーマ・ラ・ムジカ/Dirk Noyen(fg)/Carlos Bruneel(fl)/Luc Berge(hr)/Joris Van Den Hauwe(ob)(1995-96年)・・・Prima La Musicaとは白耳義のモダーン楽器アンサンブルらしい(Antonio Salieriのオペラが由来)。Dirk Vermeulen(1952-白耳義)も初耳でした。ソリストは皆白耳義の腕利きらしいけれど、文句なし流麗な技量と軽く明るい響きが魅力的でした。音質極上。
Concertante Symfonie Fluit, Hobo, Hoorn, Fagot En Orkest In Es G, KV 297bはMozartの真作とは確定されていないけれど、その旋律は多くの人々に愛されておりました。誰がなんと云おうと、これはMozartの愉悦が溢れた名曲中の名曲。1778年巴里での作品?ここでのソロはクラリネットならぬフルートへ編曲されております(残された資料からの類推/どちらでもその魅力は変わらない)。伴奏編成は2-ob/2-hr+弦。
第1楽章「Allegro」軽やかに爽やかな躍動、優しく控えめなバランスは流麗、微笑むようなソロの対話に始まりました。(9:55)
第2楽章「Adagio」陶酔に充ちた管楽器ソロの親密な掛け合いは、そっと夢見るよう。(6:46)
第3楽章「Andantino Con Variazioni」ノンビリと牧歌的なリズムに揺れるフィナーレ。冒頭フルートから始まって、馴染の風情とはずいぶんと色が違う。伴奏も大人しめ、ソロは各々色濃い主張に非ず、お互いの表情を読みあって淡い色彩、細かい音型を楽々クリアして、そっと控えめに歌い続けました。(11:11)
Concerto Voor Fagot En Orkest In Es G, KV 191は1774年ザルツブルグ時代の作品。伴奏編成はfg/2-ob/2-hr+弦。これは古今東西ファゴット協奏曲最高の名曲、ちょっと不器用な低音管楽器は巧まざるユーモアに充ちて、自在に歌います。
第1楽章「Allegro」冒頭ホルンの高い音色が印象的に響いて、ちょっぴり鼻声のファゴットはもちろん軽妙な技巧にな快く流れるような始まり。ユーモラスな風情に絶妙な陰影もありました。カデンツァはDirk Noyen自身によるものなんだそう。(7:26)
第2楽章「Andante Ma Adagio」ゆったりと瞑想するような緩徐楽章。こんなにたっぷりと歌うファゴットは他では経験できない。(6:25)
第3楽章「Rondo. Tempo Di Minuetto」なんと優雅な風情に充ちて、ゆったりとした3/4拍子の始まり。細かい音型のファゴットが自在な動きに表情は多彩、微妙な暗転もいかにもMozartらしい。軽みのある音色とリズムが落ち着いたフィナーレでした。(4:15)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
週末を迎え天気は快晴。朝、早々に洗濯やトイレ掃除を終えて、静かにライヴ音源など確認していたら、断続的にノイズが入る・・・そう思ったら団地の草刈り機の音でした。まずまず眠れて朝、ストレッチと軽いYouTubeエアロビクスをこなして、あとはなにもやる気が起きません。恒例自家製ヨーグルトを仕込んだくらい。
ちょっとぼんやり、午前中過してYouTubeを眺めたけれど、米大リーグの切り取り動画など、題名と内容がまったく異なるもの(所謂”釣り”)も多くてガッカリ。ようやく重い腰を上げて果物など切れていたのでご近所スーパーにウォーキング、要らんものをついで買い、昼は喰い過ぎを反省したけれど、今朝の体重は幸い66.35kgほぼ変わらず。
前年相次いでHDDお釈迦事件にお気に入りピアニストMarcelle Meyer(1897ー1958仏蘭西)
EMI録音17CD分を失っていることに気付いて愕然、これ自分にとっては手許にあって当たり前の存在、慌ててあちこちネットを探ってそれなりダウンロードしたけれど(不本意な.mp3音源含む)Mozart、Bachが探せない。それもまた運命、再入手できた大切な音源を襟を糺して拝聴いたしましょう。
Barber 交響曲第2番 作品19〜サミュエル・バーバー/新交響楽団(1950年)・・・1944年初演(クーセヴツキー/ボストン交響楽団)自らその改訂版を録音したものがこれ。しかし、本人は出来栄えに不満を感じて1964年に作品を廃棄したそう。三管編成+ティンパニ、打楽器二人(5種?)ピアノ迄入る大きな編成。第2楽章は交響詩「夜間飛行(Night Flight)」作品19aに改編されたそう。調性は表記されないけれど、例の如くわかりやすいポップな旋律が続いて、破壊的な不況和音とは無縁でした。LP復刻の音質はまずまず。ま、珍しい作品のお勉強のつもり。
第1楽章「Allegro ma non troppo」不安に暴力的な風情に雄弁、劇的なサウンド。Samuel Barber(1910-1981亜米利加)は時代のワリにずいぶん平易、多彩に変化に富んだ旋律や打楽器、まるで雄弁な冒険活劇映画音楽風な始まりでした。ラストは静かに収束。(10:53)
第2楽章「Andante, un poco mosso」オーボエ先頭に落ち着いた幽玄と暗闇、静謐な広がりを感じさせる緩徐楽章。良く聴くと、調性の範囲を超えた和声が上手に使われておりました。(8:07)
第3楽章「Presto, senza battuta-Allegro risoluto」冒険活劇映画は悲劇的な結末に向かう〜みたいな事件を感じさせる不安に動き回る旋律。旋律はわかりやすいけれど激しく、つかみどころがない。耳あたりがよろしいだけで感情の起伏や心擽る劇性には欠けるかも。(8:42)
D.Scarlatti ソナタ集 ニ短調K.141/ヘ長調K.518/ニ短調K.32/ヘ短調K.466/イ長調K.533/ロ短調K.27/ト長調K.125/Debussy ピアノのために/Schumann 交響的練習曲 作品13〜エミール・ギレリス(p)(1984年瑞西ロカルノ聖フランチェスコ教会ライヴ)・・・CD時代よりお気に入り、幾度繰り返して聴いても魅了される最高のコンサート・ライヴ。数年前の印象に付け加えるものはなくて、そのリアルな音質にはいっそう驚かされる鮮度でした。Emil Gilels(1916-1985烏克蘭)のテクニックは亡くなる前年でも瑞々しく正確、強靭に堅牢、考えてみれば未だ60歳代ですもんね。
Domenico Scarlatti(1685-1757伊太利)のソナタは魅力あふれる珠玉の小品連続、しっとりとした落ち着き(静)と躍動(動)の対比、重心の低さと軽快、哀愁と明るい軽妙が同居して、その作品ごとに変化する色合いの説得力は比類のないもの。
ニ短調K.141(4:38)ヘ長調K.518(5:00)ニ短調K.32(3:05)ヘ短調K.466(5:02)イ長調K.533(3:04)ロ短調K.27(4:46)ト長調K.125(2:29/拍手有)
Debussy Pour le Pianoは1902年初演。バロック風衣装による初期の力強い名曲。華やかにパワフル、芯を感じさせる硬質なタッチは圧巻の押し出し、鮮やかなテクニックに圧倒される 「Prelude」(4:08)神秘に深淵な「Srabande」(5:16)淡々と抑制した躍動が、リズミカルなノリとスケールを作り出す「Toccata」(4:23/拍手込み)最高。
Schumann 交響的練習曲の初演は1837年(クララ・ヴィーク)。嬰ハ短調の荘厳な主題(C#-G#-E-C#)から既にしっとりと神妙な風情は絶品、それが12回自在に変奏される天才の名曲。瑞々しいタッチに重心の低さ、刻々と変化する哀しげな表情は情感に揺れ、聴き手の胸を締め付け、揺さぶりました。
(1:43-1:08-4:02-1:17-0:42-1:19-0:58-1:17-0:42-1:19-0:58-1:17-2:26-0:38-1:20-3:09-6:49ラスト拍手含む)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
昨日朝一番はジャジャ降り状態、ところがすぐに雨は上がって朝一番に市立体育館に出掛ける時には傘は必要ありませんでした。ストレッチとYouTube体操はいつも通り、道中の小川の水量は増えていたけれど、先週の増水からは程遠いもの。しっかりゴミを拾って、トレーニングルームは常連メンバーに空いておりました。スムースに順繰りマシンを使っていつもの鍛錬メニューを消化、気分爽やかに帰宅いたしました。こちら、本日は晴れるようです。今朝の体重は66.4kg▲100g。
以前も書いたけれど、現金を使う機会はどんどん減っております。クリニックの医療費は現金が多く、薬局ではカードが使えます。あとはコミュニティバス(120圓也)くらいかなぁ、時々現金しか使えない激安居酒屋もあります。(爺友との酒はMy 別サイフより出費)激安美容院も現金のみ。JR移動はICOCAとなります。あとはカードや楽天PAYをできるだけ使っているのは、使用明細を残したいため。レシートを残すのは必須です。
お仕事現役中は経理財務のスペシャリストだった女房殿、FPはもう資格更新していないそう。カードや楽天PAYは使用都度メールが届くし、支払いしばらく前には月次の明細が案内されます。女房度にそれを送付すると、しっかりすべてレシートと照合点検〜なんせそれが仕事でしたから。
ある日某日の利用額「7,600圓ほど」この購入品がわからない。云々商店というのはわかるけれど、何を買ったのかはカード明細からわからない。「なにを買ったの!」と厳しい尋問に、身に覚えはございません。いろいろ考えても、まったく記憶はない・・・やがて着々と進む女房殿の探索・・・それは婆さんのために買った介護用の家具でした。冤罪は無事晴れました。
烏克蘭に押し込まれた露西亜はまたまた首都キーウを集中攻撃、二十数人がお亡くなりになったとのこと。燃料施設や軍事施設を狙う烏克蘭とは違って、一般市民を標的にする悪質な行為と感じます。「戦争反対!」は露西亜に向かって呼び掛けるものでしょう。
Schubert 交響曲第8番ハ長調〜ルネ・レイボヴィッツ/ウィーン国立歌劇場管弦楽団(1959年初出)・・・旧録音(Westminster)。LP復刻音源はガマンできる程度のステレオ。ラスト迄続けて聴くと、最終盤に聴き疲れが出ました。これはウィーン・フィルの母体なのか、フォルクス・オーパーなのか不明。1960年前後のVienna State Opera Orchestra名義の録音はあちこち、けっこうちゃんとしたアンサンブル、エエ音に鳴っているからウィーン・フィルのほうかな?そう思ったら時に「いえいえフォルクス・オーパーですよ」そんな情報をいただいたりすることもあります。
Rene Leibowitz(1913ー1972波蘭→仏蘭西?)は同時代音楽の擁護者。新しすぎる表現のBeethovenの交響曲全集など、注目すべき録音が残っておりました。
初演は1839年(メンデルスゾーン/ゲヴァントハウス)古典的二管編成+ティンパニ、大柄に悠揚と浪漫的風情漂う作品〜そんなイメージだけど、当時の演奏はほんまにそうだったんでしょうか。自分はマッケラスとか、ハノーヴァー・バンドなど古楽器系すっきりとした軽い響きが好みでした。
これはレイボヴィッツらしい尖った演奏でした。オーケストラはマイルドな響きにアンサンブルには緻密さを欠きます。
第1楽章「Andante - Allegro ma non troppo」淡々としたホルンから始まる序奏はイン・テンポ、スピード・アップして主部に入る〜そんなスタイルに非ず、突然快速に疾走して素っ気ない軽快、さっぱり快速に疾走します。ティンパニ先頭にヴィヴィッドにテンションが高い。繰り返しなし。ラストは急ぎ足にテンポを上げた追い込み、詠嘆表現とは無縁でした。(12:34)
第2楽章「Andante con moto」よく歌って美しい緩徐楽章は溌剌としたリズムを刻んで速めのイン・テンポが基調、アクセントはしっかり。金管は良く鳴って、ウキウキするようなノリも熱もあるけれど、アンサンブルはちょっと粗く、素っ気ない。(13:36)
第3楽章「Scherzo. Allegro vivace」快活に躍動するスケルツォ。ティンパニの存在感が光ります。推進力のあるリズムに楷書の表現、トリオのワルツも含め、ここは文句なしのヴィヴィッドでした。(9:48)
第4楽章「Finale. Allegro vivace」雄弁に鳴り響く金管には味があって、ここはアクセントをしっかり噛み締めるよう、さほどに急がぬテンポ設定。ラストに向けてオーケストラにやや疲れが出たように感じました。(12:11)
Schubert 弦楽五重奏曲ハ長調 D.956〜ヴェーグ弦楽四重奏団/パブロ・カザルス(vc)(1961年ライヴ)・・・編成は2-v/va/2vcの編成、作曲者が亡くなる2か月前の作品、初演は22年後の1850年なんだそう。幾度、いつ聴いても、その悠然たる美しい歌謡的旋律に魅せられる巨大なる作品、そして演奏。その昔、駅売海賊盤に聴いたPablo Casals(1876ー1973西班牙)87歳の貫禄とスケールに打たれました。Sandor Vegh(1912-1997洪牙利→仏蘭西)は当時未だ40歳代。音質はかなりリアルでした。
第1楽章「Allegro ma non troppo」ゆっくり目覚めるように、たっぷり歌謡的旋律が始まって、噛み締めるように詠嘆する始まり。カザルスは技術的にはもう厳しいけれど、その重い、悠々と呼吸深いアクセントは重厚、濃い味わいを堪能できます。(15:30)
第2楽章「Adagio」陶酔漂う静謐、ここもいや増すスロウなテンポは慎重に重心が低い表現でした。ヴェーグのヴァイオリンは優しく、チェロのピチカートの存在感が凄い。中間部の緊張感に充ちた悲劇も濃密に強烈。(13:31)
第3楽章「Scherzo: Presto -Trio: Andante sostenuto」アクセントも入念、重量級に躍動するパワフルなスケルツォ。スケールの大きさ、喜びの爆発も尋常じゃない。トリオの落ち着いた節回しは、半端じゃない対比と至っております。(9:09)
第4楽章「Allegretto」付点のリズムに力強く躍動して進むフィナーレ。ここのアクセントも入念にごりごりと無骨、たっぷり歌って節回しはパワフル。かなり粗っぽいアンサンブルに遅いテンポ、朗々とスケール大きく、どっしりとした締め括りでした。(10:25/拍手はカット)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
7月に入って昨日は朝からどんより曇って、今朝はジャジャ降り。台風接近中なんだそう。またまた大増水警戒が必要なようです。
このところ鼻詰まり痰の絡みに苦しんで睡眠不如意連続、前夜久々に抗アレルギー剤服用(数か月前に処方いただいて、副反応=とっても気分が悪くなって使用断念して残ったもの)これがけっこう効いて、よく眠れました。朝はしっかりストレッチ、YouTube体操実施。朝からポテトサラダなど作って、食材はそれなり足りているので、買い物に出掛ける必要も意欲もありません。体調は悪くないけれど、ノーミソぼんやり、音楽にはあまり集中できません。終日ゆっくり引き隠りました。今朝の体重は66.5kg+100g。これから市立体育館へ出掛ける日だけれど、外出にはかなりの根性が必要です。
毎月のことだけど、またまた種々値上げが続いているそう。円安と原材料高、さらに石油ショック?が圧力となって、若い人の初任給や大手ははお給料上がっているところも多いようだけど、我ら年金世代は収入は増えないし、零細企業は経営もタイヘンでしょう。ま、自分は日々質素な節約生活に+時々気軽に激安居酒屋に出掛けたり、未だ余裕はあるほうかも。いずれ日々鍛えて健康維持が一番なのは今更云う迄もない当たり前でした。
「三日でキーウ陥落」のはずが露西亜の烏克蘭侵攻はもう4年以上継続中、第1次世界大戦の期間を超えたそう。日々関連情報を追って、現代戦争の変遷を目の当たりにしております。圧倒的な物量と火力(戦車や銃器、ミサイル)で押し切るのがかつての戦争、現在は情報戦、安価なドローンを駆使した偵察、ピン・ポイント攻撃、相手の兵站を断つのが戦略。露西亜は民間の住民に嫌がらせ(いじめ/見せしめ)を続けているけれど、烏克蘭は燃料施設やパイプライン、橋梁、港湾、鉄道、電力施設、防空施設、兵器製造工場、電子機器工場を攻撃、兵站通路を遮断して孤立させ、大苦戦に追い込んでいるとのこと。占領していたクリミア半島はほぼ閉鎖状態に至って危機的孤立、サンクトペテルブルグ、モスクワ近郊迄ドローンは飛んで攻撃、全露西亜的に燃料不足が続いているそう。露西亜は産油国ですよ。そろそろ戦争末期の様相、潮時なのでしょう。前線の兵士は欧州を襲う熱波に苦しんでいるそう。
ま、場末の引退爺が思い悩んでも何の足しにもならんけど。そういえば露西亜製のミサイルの不発弾を分解したら日本製の部品が多く出てきたそう。第3国経由で民用品が流用されているのでしょう。
昼前、お隣の棟にパトカーと救急車到着、なにか事件でもあったのか。
Bruckner 交響曲第9番ニ短調〜若杉 弘/ザールブリュッケン放送交響楽団(1994年)・・・
以前の失礼なコメントが残って、十数年ぶりの再聴。1903年初演。終楽章は未完の神々しい名曲は三管編成、ホルンは8本(4本はワグナーチューバ持ち替え)+強烈なティンパニ。「愛する神に捧ぐ」(Dem lieben Gott)との宣伝文句はちょっと遣り過ぎでしょう。
若杉 弘さん(1935- 2009東京)は欧州に盛んに活躍して、国内ではMahlerもBrucknerも交響曲全曲録音を果たしております。それとは別の独逸録音(現Deutsche Radio Philharmonie Saarbrucken Kaiserslautern)。懐かしいARTE-NOVAは現在SONYに吸収され、いくつか音源を見掛けることもありました。高音の伸びも低音も、いまいち伸びは足りないけれど、まずまずの音質でしょう。
第1楽章「Feierlich, misterioso(荘重に、神秘的に)」オーケストラのサウンド印象もあるのか、強靭なメリハリや個性を表出させることのない、オーソドックスに粛々とした歩み。凄みとか熱狂、興奮、疾走を求めるのなら。これはややおとなし過ぎる演奏と感じられることでしょう。それでも充分なパワーとバランスに感銘をしっかり受け止めました。(24:55)
第2楽章「Scherzo. Bewegt, lebhaft - Trio. Schnell(軽く、快活に - トリオ、急速に)」ここは法華の太鼓を連想させる熱血リズム。金管も木管も牧歌的な音色に、ティンパニの連打も正確なアクセント、精一杯の絶叫も一歩引いてイン・テンポが基調。煽りとか詠嘆とは無縁、トリオの優しい風情も絶品でした。(11:06)
第3楽章「Adagio. Langsam, feierlich(遅く、荘重に)」冒頭の弦、弦の陶酔も抑制が効いて徐々に高まる情感から、感動的な金管のコラールには今一歩のパワーと激情、厳しさ、厚みが欲しいところ。それは威圧感ある絶叫に非ず、常にバランスを感じさせて響きは濁らない。金管の各パートは分離よろしく、その旋律の動きはリアルに素朴でした。しみじみとした弦も素直に、色気にはちょいと足りない。先入観かも知れないけれど、これは日本人らしい清潔に落ち着いた、感銘深い完成度でしょう。(25:14)
題して「Revival」〜マグダ・タリアフェロ (p)・・・戦前戦中、そして戦後も華やかな活動を繰り広げた才色兼備なMagda Tagliaferro (1893-1986伯剌西爾?仏蘭西?)の人生は波乱万丈。再婚した旦那が投資に失敗して無一文どころか、膨大な借金を抱えてその返済のために懸命に働くことになった・・・とかなんとか、まるで週刊誌のゴシップネタ風。驚くべきスケールと雄弁かつ自然な浪漫に色気を感じさせて、正確かつ無機的にならぬテクニック、デリケートな息吹を感じさせるタッチに魅了されました。
西班牙音楽を集めた最初の5曲は音質良好なセッション録音。絶妙なリズム感とノリ、タメと揺れも時代を感じさせぬ小粋な風情に溢れておりました。
de Falla 歌劇「はかなき人生」〜スペン舞曲(2:59)
Gradados 組曲「ゴイェスカス」〜 第4曲「嘆き、またはマハと夜鳴きうぐいす」(5:27)
スペイン舞曲集 作品37〜第2曲「東洋風」(5:10)
スペイン組曲 作品47〜第3曲「セビーリャ」(4:11)
組曲「イベリア」〜第1曲「エヴォカシオン」(4:26/以上1960年)
次は仏蘭西もの中心、音質はちょっぴり落ちるライヴ。
Franck 「前奏曲、コラールとフーガ」切なくも遣る瀬ない表情豊か。素晴らしい名曲。(18:47/拍手有)
Faure 「即興曲第2番 ヘ短調 作品31」激しい音型の動きに一気呵成なテクニックが華やかでした。(3:23/拍手有)
Monpou 「庭の乙女たち」例の儚い風情が静かに、寂しげに囁きます。(2:26/拍手有/以上1965年ライヴ)
Ravel 道化師の朝の歌」ざっくりと躍動するノリノリのリズム!(6:23/拍手有/1955年)
Debussy 映像より「金色の魚」気紛れな細かい音型に、思わぬ重心の低さ、ヴィヴィッドな熱気(4:08/拍手有/以上1965年ライヴ)
妖しくセクシーな「月の光」(4:38/拍手有/1955年)正確かつ表情豊かな「トッカータ」(3:52/拍手有/1965年/ライヴ)
ラストは戦前のSP復刻?音質はちょっぴり落ちるけれど、沸き立つような雰囲気は伝わりました。
Poulenc 「パストラーレ」(2:16/拍手有)「トッカータ」(2:13/拍手有/1940年)
2026年7月某日/●引退生活。アラ古希の壁に抗う日々
2026年も半分過ぎて7月に入りました。大雨が過ぎてここ二日、かなり気温は上がっております。
前日調子に乗ってかなり呑んだけれど幸い、さほどに体調は悪くない。それでも呑んだ夜はいっそう睡眠は浅く、途中覚醒もありました。朝いつも通りの時間に目覚めて、報道番組やYouTubeをちょっぴり眺めてゴミ出しなどしていたら、時間調整をミスってストレッチは手抜き、なんとかYouTubeエアロビクスは実施してから市立体育館へ。トレーニングルームは空いて、ゆっくりマシンを使って汗をたっぷり出しました。シャワーを使って気分爽快、急ぎ帰宅して洗濯実施。一日分の運動目標をクリアいたしました。今朝の体重は66.4kg▲750g。別に苦しくもなし、減るもんですなぁ、一日で。
前日夕方梅田より戻って、スマホをリュックより取り出すのを失念。朝、そのまま運動靴、着替えやサポーターを入れて出掛けたら・・・途中電池切れ、それはあとで気付きました。自分は現役世代とは違って生活にスマホ依存はほぼなし、寸分も不便、不安、問題を感じない。女房殿のお古、かなり草臥れているスマホだけど、これで充分と自覚しております。体育館から戻るとき、運動靴がそうとうにぼろぼろ、靴底もすり減っていることを自覚して交換いたしました。
ワールドカップ決勝リーグ初戦日本は2-1伯剌西爾に敗退は残念。でも日本中、誰もが代表選手や監督へのねぎらい、奮闘努力への称賛を惜しみませんよ。韓国代表が帰国した空港では野次怒号が飛び交ったとのこと。「牢屋に入れ!」とか、なんでそうなるのかね。恥ずかしい。皆委縮しますよ。サッカーを愉しめない。
Mendelssohn 劇音楽「真夏の夜夢」抜粋/Schubert劇音楽「ロザムンデ」より4曲〜ジョージ・セル/コンセルトヘボウ管弦楽団(1957年) ・・・なんせ自分が生まれた年の太古ステレオ録音だから、音質的にはちょっと厳しい感じ。George Szell(1897-1970洪牙利→亜米利加)には後年の再録音もあるから、ムリして求めるような音源じゃないかも。しかし、かつての廉価盤フリークとして、これは見逃せぬ懐かしい存在でした。ジョージ・セルはいつも通り引き締まった表現に、ベイヌム時代のコンセルトヘボウにはマイルドな厚みがありました。
「A Midsummer Night's Dream」4曲のみ録音とは少々寂しい。音質印象か?そっと耳元にメルヘンを囁く「序曲」から、ちょぴり落ち着きと、潤いが足りないような気もするけれど、溌剌と躍動するテンションは充分。
「Overture」(11:29)「Scherzo」(4:21)「Notturno」(5:39)「Wedding March」(4:52)
「From The Incidental Music To "Rosamunde"」偶然だろうけれど、こちらのほうがちょっぴり音質状態はよろしい感じ。デリケートなアンサンブルや、マイルドなサウンドが際立ちます。
「Overture (Die Zauberharfe)」「魔法の竪琴」序曲。悲劇的な始まりから、爽やかな躍動が疾走いたしました。(10:02)
「Ballet Musik No. 2」はノンビリとして淡々、味わいあるバレエ音楽。(7:04)
「Entr'Acte No. 3」ここが一番有名、優雅に甘く、流れるような旋律はピアノ曲や弦楽四重奏にも流用されております。(どちらが先かは知らない)途中寂しげな陰影対比にうっとりいたしました。(6:37)
「Entr'Acte No. 1」引き締まった緊張感に、堂々たる変化に富んだ劇性。ここは音質の劣化が少々気になりました。(8:37)
Tchaikovsky 交響曲第5番ホ短調〜ジョージ・ショルティ/パリ音楽院管弦楽団(1956年)・・・甘く切ない旋律の名曲も1888年初演時には専門家筋の評価は厳しかったそう。二管編成?+打楽器はティンパニのみ。露西亜の憂愁旋律たっぷり堪能できる名曲です。
これはGeorg Solti(1912-1997洪牙利→英国)44歳若き日の記録、オペラ中心の活動から、そろそろコンサートでの評価を高めつつあった頃でしょう。この頃のパリ音楽院管弦楽団は仏蘭西の色気モロのサウンド、ショルティのかっちりと強引なアクセントとは相容れぬ、個性のぶつかり合いが興味深い記録でした。英DECCAによる初期ステレオ録音は不自然だけど、まずまず臨場感がありました。
第1楽章「Andante - Allegro con anima」もう期待通りの硬質に前のめりの勢い、例のほんわかとしたパリ音楽院のオーケストラのサウンドはあちこち聴こえてくるけれど(例えばホルンのヴィヴラート)甘く切ないはずの「運命の主題」はショルティの強引に鋭角な統率にテンション高く、落ち着きなく、素っ気なく叫びました。(13:40)
第2楽章「Andante cantabile con alcuna licenza」ホルン・ソロに注目。たっぷり遣る瀬ない甘美なヴィヴラートに充ちて、詠嘆の節回しにかなり動きのあるショルティの急き込んだ表現云々さておき、それだけで価値ある美しい緩徐楽章。Lucien Thevet(1914-2007仏蘭西)でしょうか。(13:12)
第3楽章「Valse: Allegro moderato」スケルツォに非ず、優雅なワルツが新機軸。ここは別に素っ気なかったり、強引でもない、弱音にかっちりとしたアンサンブルが優秀でした。(5:44)
第4楽章「Finale: Andante maestoso - Allegro vivace」決然たる行進曲はアクセント強調、ヤワいサウンドを否定して金管も隈取はっきりに導くけれど、例の金管の甘い響きは隠せない。ちょっぴりヒステリックな勢いと高揚もショルティの個性は明確、オーケストラのケツをたたいて決然たる前のめりに疾走いたしました。露西亜風ウェットな憂愁とは無縁の力感溢れる、オモロい演奏でした。(11:56)