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音楽日誌

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2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

すっかり本格的な春の陽気、残り桜もすっかり消え去って、色とりどりの花が咲いております。前夜TVerにて3年ほど前のサスペンス・ドラマを一気見してしまって少々夜更かし、結果いつもより寝坊してしっかり眠れました。朝、かなり体調は快復傾向。ストレッチ、YouTube鍛錬はお気に入りの動きの激しい、短いものを済ませて、いつもよりちょっぴり早めに市立体育館を目指しました。予報によると花粉も少ないとのこと、マスクなしでOK。とうとう短パンに膝サポーター姿でも道中充分暖かく、トレーニングルームにはニ番乗りだから空いて、しっかり鍛えて汗もたっぷり、爽快に流してシャワーを使って体調は整いました。婆さん宅より戻って来る女房殿に珈琲豆をお願いしたら、なんと! またまた値上げ、三年前のほぼ倍。諸般一般の値上げ事情+たしか珈琲栽培も不作でしたっけ。今朝の体重は67.45kgほぼ変わらず。ひどい痰の絡みに途中覚醒有。今朝は鈍い頭痛有。

筋トレは限界迄!追い込まぬと筋肉は肥大しないそう。自分のは隔日ゆる筋トレなので(もちろん)ムキムキにに非ず、それなりの体型のまま、内臓脂肪過多なのでハラもちょっと出て情けない。半分我流トレーニングだけどできるだけ情報を集めて、全身バランスよく、正しい姿勢にメニューを組んでいるつもりです。トレーニングルームには妙竹林なスタイルにマシンを使っていたり、乱暴の扱いの方がいらっしゃって、あれでは鍛錬にならんやろな、とは勝手な外野の感想でした。ま、継続すればそれはそれ、身体によろしい効果はあることでしょう。クイズ番組情報では継続した運動をされている方は8%とのことでした。(出所裏付けデータは不明)

新しい知識では「筋トレは神経にもよい」刺激が脳味噌に佳き影響を与えるそう。一般的に運動には抗鬱作用が認められることは知られておりました。別途有酸素運動も継続(エアロバイク15分+自宅より往復4kmのウォーキング)筋トレと有酸素運動は別種のもの、そんな認識も意外と知られていないみたい。スマートウォッチは運動モチベーションを上げるためには有用だと思います。
健全なる身体に健全なる精神宿る、というのは俗っぽい先人の言葉だけど体感半分以上当たっていますよ。

Archphon KKC4258Beethoven 交響曲第6番ヘ長調「田園」〜オットー・クレンペラー/コンセルトヘボウ管弦楽団(1956年5月13日ライヴ)・・・エドゥアルト・ファン・ベイヌム時代(1945-1959)のコンセルトヘボウに残された音源を眺めると、おそらくは演目の主力であるBeethovenはOtto Klemperer(1885-1973独逸)に任せていたように見えます。交響曲は全曲、一部複数回のライヴ音源が残されました。音質はかなり曇っているけれど、残響も低音も良く効いてしっとり美しいオーケストラの響きが堪能できます。テンポはかなり遅めに、じっくり腰を据えて噛み締め、陶酔するような重厚長大、大河ドラマのような演奏でした。日常座右に〜そんな演奏じゃない、一期一会的すごい記録でした。ユーザーの声に「申し訳ないがフィルハーモニアとはレベルが違う」とあったけれど、あながちその評価は外れておりません。古典的二管編成、誰でも知っている自然描写秀逸な名曲、細部旋律を堪能いたしました。
第1楽章「Awakening of Cheerful Feelings Upon Arrival in the Country: Allegro ma non troppo」そっと探り脚のような始まりから即通常のテンポへ、アクセントは浮き立つように明快な始まり。提示部繰り返し、弦も管も名人揃いのオーケストラを悠々朗々と歌わせて美しい。他の楽章でも際立つのがホルンの野太い響きでした。(13:18)
第2楽章「Scene by the Brook: Andante molto mosso」悠々としたテンポに極限のニュアンスに込み上げる情感、揺れるテンポ、滔々と流れる小川に非ず、このスケールはまるで大河の流れ。歌い交わす鳥の声はたっぷり歌うフルート、クラリネット、ファゴット、これほどの深い音色はそうそう聴けるもんじゃない。(13:15)
第3楽章「Merry Gathering of Country Folk: Allegro」なにかの間違いのような?激遅に重い始まり。重厚極まる村祭情景は徐々にテンポを上げて効果的、高まる情熱にホルンの音色はメロウでした。(6:28)
第4楽章「Thunderstorm: Allegro」風雲急を告げる嵐の接近、そして轟く怒涛の雷鳴。ここのテンポは遅くなく、不気味なコントラバスとティンパニの迫力は圧巻でした。(3:22)
第5楽章「Shepherd's Song: Happy and Thankful Feelings after the Storm: Allegretto」鳴り響くホルンが嵐の過ぎ去った喜びを満杯に滾(たぎ)られせて朗々、弦はしっかり入魂のアクセントを刻んでパワフルかつヴィヴィッドに万感胸に迫るクライマックスに至りました。(8:41/フライング拍手有/各楽章間には会場ノイズが入って、かなり時間を取っております)

英DECCA JP 411939-1Shostakovich ロシアとキルギスの民謡の主題による序曲(1981年)/交響曲第6番ロ短調(1983年)〜ベルナルト・ハイティンク/コンセルトヘボウ管弦楽団・・・ 演奏会用序曲は演奏機会の少ない初耳作品。ティンパニに乗って弦の荘厳な主題が提示され、やがて遠くから管楽器による明るい主題に交替いたします。あとは全オーケストラ魅惑と余裕の分厚い響きに魅了されつつ疾走して緊張感を高めました。(9:44)
交響曲第5番で当局と関係に名誉回復したあと、第6番ロ短調は1939年の作品。初演はムラヴィンスキー。フルート2本+ピッコロは拡張された二管編成と呼ぶのですか?8種の打楽器+チェレスタ、ハープも加わります。
苦難の戦いを経て勝利の大爆発へ!的前作から打って変わって第1楽章「Largo」は不気味な静謐を湛えた沈黙の思考。英DECCAの録音、そしてハイティンク率いるコンセルトヘボウの響きは細部明晰。音楽旋律の行方が迷子になることもなく、美しく洗練されたサウンドは”映える”わかりやすい表現と感じます。(18:00)
第2楽章「Allegro」はフルート、オーボエが剽軽に踊るような旋律を明るく奏で、金管の爆発も輝かしく洗練されております。ここは前楽章と対象的な明るい躍動に充ちたスケルツォ。オーケストラの技量は余裕でしょう。(6:24)
第3楽章「Presto」は軽妙に明るい、ちょっとノーテンキな疾走。第1楽章の重苦しい思いはなんやったのか?ここも明るく、そしてオーケストラはモウレツに厚みのある響きと爆発、余裕のノリを堪能させてくださって輝かしい。ほとんど耳への快感、ちょっと作品イメージを変えてしまうほどのわかりやすさ。響きの洗練と迫力、低音を堪能できました。(7:08)この時期、手堅い大人しい指揮者からBernard Haitink(1929-2021阿蘭陀)は巨匠の風格を感じさせる録音が増えてきておりました。


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

鼻詰まり痰の絡みは花粉症なのか、風邪が治らないのか、前夜は一時間くらいで覚醒、二度寝して眠りが浅い。朝も身体が重く、頭痛と不快感継続中。とにかくストレッチして短いYouTube鍛錬済ませて、半分居眠りしつつ音楽を聴いて過ごしました。前日まとめて洗濯は済ませてしまったのでお休み。1週間後に息子一家との会食予定(≒昼呑み)個室予約して、なんせ小さい孫が二人いるのでけっこう探すのに苦戦、それまでにすっきりとした体調に至るのか、自信はありません。そう云えばスーパーに寄った時に「赤いキウイ」を初めて発見、朝の自家製ヨーグルトに添えるんやけど、なかなか甘くて美味しかったですよ。ゴールデンが一番甘いけど、ちょっと高いのが残念。昨夜女房殿は久々の婆さん宅泊まり。今朝の体重は67.5kg▲400g。

埼玉県にドラム缶ご遺体発見、2月から放置されてたとか。犯人を捕まえるのはもちろんだけど、連日の事件発生続いて、生命を軽んずる風潮はなんとかならぬものでしょうか。
65歳からさらに一生懸命働いて年金受給を遅らせて後悔。体調を崩して大きな病を得てしまった〜これは極端な実例にみえて、こんなふうなネット記事が多くてほとんど参考になりません。ほか、やれ娘が子連れでで帰ってきたとか、世間相場からは多めの退職金をもらって、それを投資に回してぜんぶ溶かしてしまったとか、ま、そんな人もいるでしょうね的感慨、新しい切り口の記事でもない。もちろん上手く稼いだ、ラッキーな方も存在しているのかも。

華麗なる加齢に至って多かれ少なかれ身体が衰えるのは当たり前、健康に留意するのは前提でしょう。現役時代の贅沢な生活水準が止められないとか、そんな人もいらっしゃると思うけれど、ほとんどの引退世代は慎ましく、大人しく過ごしていると思うけどなぁ、違いますか。

60歳でお仕事引退した爺友は前倒しで年金をもらって、それは年齢を重ねれば出費は減るとの考え、それよりなによりローンの終わったマンション(居住しているものとは別)を貸し出したり、父親からの土地相続があったり、手許に財産があるという前提でしょう。知的障害のある娘の将来への備えも必須でした。前提条件は人それぞれ、自分の場合は親の財産とは無縁、自分(と女房殿)が稼いだ分のみで老後の備えます。ド・シロウトが俄投資に手を出してもロクなことはないし、日々節約のみの生活、ちょっと想定外の物価高には閉口気味です。ま、人生はカネだけじゃないけど、それなりの備えも必要なのは事実。

ERATO CC72220Bach カンタータ第149番「人は喜びもて勝利の歌を歌う」/第14番「神もしわれらとともになかりせば」/第29番「神よ、われら御身に感謝す」/第192番「いざ諸人、神に感謝せよ」〜トン・コープマン/アムステルダム・バロック管弦楽団/合唱団/サンドリーヌ・ピオ(s)/ヨハネッテ・ゾマー(s)/ボグナ・バルトシュ(a)/ジェイムズ・ギルクリスト(t)/クリストフ・プレガルディエン(t)/クラウス・メルテンス(b)(2001-2005年)・・・例の如し言語の壁はもちろん基督教への基礎知識、独逸の節季の意味合いをまったく理解していないので、アト・ランダムに取り出した作品の旋律リズム、響きを楽しみました。Ton Koopman(1944-阿蘭陀)はもうかなりのご高齢なので現役で活躍中なのか動静を伺えません。ERATOからChallengeに引き継がれたBachカンタータ全集録音はCD67枚。若い頃には全貌を拝聴できる条件が整うとは思っても見ない夢、こうして手許に揃えて、あとは聴手の根性のみが大きな宿題となりました。軽快に自在な古楽器のリズム、スッキリ洗練された合唱、声楽ソロも優雅に余裕の響きを堪能出来できました。古楽器の技術的成熟はこの時点で充分でした。
第149番「人は喜びもて勝利の歌を歌う」声楽ソロは男女各々二人
「Man singet mit Freuden vom Sieg in den」(Chorus) 軽快細身なトランペットとティンパニに乗って幸せそうに合唱が歌います(3:51)
「Aria: Kraft und Starke sei gesungen」(Bass) オルガンとファゴットの軽妙なリズムに乗せて男声が朗々切々と歌う(2:30)
「Recitative: Ich furchte mich vor tausend Feinden nicht」(Alto) アルトのレシタティーヴォ。通奏低音はチェロとオルガン。ここではカンターテナーを採用していないよう(0:44)
「Aria: Gottes Engel weichen nie」(Soprano) 落ち着いた弦の調べに乗せて、ソプラノが清楚に歌います(5:13)
「Recitative: Ich danke dir, Mein lieber Gott, dafur」(Tenor) 高潔なテナーによるレシタティーヴォ。(0:32)
「Aria: Seid wachsam, ihr heiligen Wachter」(Alto, Tenor) ファゴットの躍動に導かれる男女のデュエットは明るい表情。(3:11)
「Chorale: Ach Herr, lass dein lieb Engelein」(Chorus) 清々しいコラールはシンプルに幸福な風情に溢れました。ラストにちょっぴりトランペットとティンパニ登場。(1:52)
第14番「神もしわれらとともになかりせば」ソロは男声二人にソプラノ
「War Gott nicht mit uns diese Zeit」 (Chorus) ちょっとうつむくように暗い、足取りの重い合唱の始まり。中音域の管楽器はなんでしょう?ホルンか(5:24)
「Aria: Unsre Starke heisst zu schwach」 (Soprano)ここは饒舌な超絶技巧ホルンが大活躍、喜びに溢れた女声をオブリガートしております。(4:26)
「Recitative: Ja, hatt es Gott nur zugegeben」(Tenor)テンション高いテナーのレシタティーヴォ。 (0:35)
「Aria: Gott, bei deinem starken Schutzen」 (Bass)軽妙な二本のオーボエとオルガンによる伴奏付き、バスの重厚雄弁な嘆き。(3:43)
「Chorale: Gott Lob und Dank 」(Chorus)落ち着いた感謝の念に充ちた合唱。(0:55)
第29番「神よ、われら御身に感謝す」声楽ソロは男女4人
「Sinfonia: Presto」輝かしいトランペットに導かれる快活にカッコ良いオルガン協奏曲。ティンパニも効いております。(3:29)
「Wir danken dir, Gott」 (Chorus) 雄弁に仰ぎ見るようなコラール。ここもトランペットとティンパニが効果的なアクセント。(2:10)
「Aria: Halleluja, Stark und Macht」 (Tenor) 躍動するヴァイオリン・オブリガート付きテナーの朗らかなソロ(4:45)
「Recitative: Gott Lob! es geht uns wohl!」 (Bass) 重厚なバスによるレシタティーヴォ(0:57)
「Aria: Gedenk an uns mit deiner Liebe」 (Soprano) 静かなオーボエから始まる、ソプラノのゆったりと切々哀しくも優しい歌。(6:12)
「Recitative: Vergiss es ferner nicht, mit deiner Hand」 (Alto, Chorus) アルトと合唱によるレシタティーヴォ。(0:22)
「Arioso: Halleluja, Stark und Macht」 (Alto) そのままオルガン・オブリガート付きの喜ばしいアルトのアリア。(1:31)
「Chorale: Sei Lob und Preis mit Ehren」 (Chorus) 晴れやかに軽快な合唱による締め括り。要所要所にトランペットとティンパニもアクセントを付けました。(1:20)
第192番「いざ諸人、神に感謝せよ」声楽ソロはソプラノとバス。とっても短いカンタータでした。
「Nun danket alle Gott 」(Chorus) オーボエとホルン、リコーダー(と思う)がリズミカルに歌い交わして、合唱が喜ばしく続きます。声楽器楽とも色彩豊かに、フクザツな絡み合いを見せて、ここほんまに名曲。(5:26)
「Aria: Der ewig reiche Gott」 (Soprano, Bass) 雄弁なバスから始まって、華やかなソプラノが絡んで喜ばしい雰囲気に感じます。弦と木管の細かい音型がバックで支えております。(2:36)
「Lob, Ehr und Preis sei Gott」 (Chorus) 符点のリズムが喜ばしさを増して、ホルンが声楽に重なり、弦と木管の細かい音型が有機的な重なり合いを見せました。(2:56)
誰の演奏であれ、Bachのカンタータを全部しっかり聴くことは大切な一生の宿題です。


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

昨日土曜は快晴。最高気温は27度Cに至ったらしい。未だ洟水鼻詰まりは盛大、それでもそれなりにしっかり眠れて朝、体調はちょっと重いくらい。ストレッチを済ませて、YouTube鍛錬は短いけれどしっかり身体を動かすもの実施してから市立体育館を目指しました。市立体育館迄の道中はすっかり春めいた日差し、つつじは開き始めました。花粉症+風邪の名残を配慮してマスクしっかり着用、眼鏡は曇って目が不自由な方々の疑似体験しつつ、トレーニングルームは現役世代+学生さんでかなりの混み具合、その合間を縫ってなんとかいつものメニューをこなしました。新しい利用者は筋トレ・マシンで休憩しちゃうんですよね、次の人が待っていることに気付かない。今回はエアロバイク15分も無事再開できて汗びっしょり、シャワーも爽快。帰りスーパーに寄って食材を買い足しました。(そう云えばコメが入荷していない)そして帰宅してから洗濯、短時間で乾く日差しがやってきております。今朝の体重は67.9kg▲400g高めを維持しております。

最近の現役指揮者は知らんなぁ、シリーズ。2025-26年のウィーンフィル定期の指揮者
トゥガン・ソキエフ
クリスチャン・ティーレマン
ヤークフ・フルシャ
フランツ・ウェルザーメスト
ダニエル・ハーディング
アンドリス・ネルソンス
ズビン・メータ
サイモン・ラトル
リッカルド・ムーティ
ロレンツォ・ヴィオッティ

ロレンツォ・ヴィオッティが初耳、あとは馴染みの人でした。但し、メータは89歳、最近も体調不良でキャンセルがあったみたいだし、ムーティもかなりの高齢、なにかあれば若き代役がデビューして次世代のスターとなるのでしょう。

MercuryStravinsky 花火/バレエ音楽「火の鳥」(1910年全曲版/1959年)/タンゴ/スケルツォ・ア・ラ・ルッス/交響詩「ナイチンゲールの歌」〜アンタール・ドラティ/ロンドン交響楽団(1964年)・・・驚異的な臨場感と鮮度、打楽器のリアルな迫力。いくつかユーザーの声には、上手いけれどオモロくないとの声有。そうかなぁ、小品集は目眩く色彩とリズムのヴィヴィッドなこと、作品の楽しさをしっかり堪能させてくださるもの。メルヘンたっぷりな「火の鳥」は四管編成の全曲版、低弦のリズムはしっかりとした刻み、華やかな金管と打楽器の掛け合いの対比、正確なリズムと技巧に支えられて優しい歌心にも文句なし・・・久々に全曲を隅々まで味わい尽くしました。かなり素っ頓狂に自在な「ナイチンゲール」も切れ味を感じさせるもの。小品集もなんと色彩的に楽しい!
(3:58/2:22-1:33-1:54-1:18-0:57-5:21-1:43-2:22-1:23-3:44-1:23-1:16-1:14-0:58-0:50-0:29-0:43-4:25-2:42-0:55-1:04-2:42/3:32/3:51/2:19-3:28-3:42-11:58)

Brilliant BRL93765Bach ゴールトベルク変奏曲ト長調 BWV 988〜エレナ・バルシャイ(or)(2007年/Pfarrkirche St. Peter und Paul, Villmergen, Switzerland)・・・Elena Barshaiはルドルフ・バルシャイの奥様らしい。タイミングを見てもわかるように繰り返しなし、楽譜の趣旨や鍵盤の機能からオルガン演奏に否定的な方のご意見も拝見したけれど、こちら聴くだけの音楽愛好家には理解不能。不朽の名曲に新たな光を当てたような荘厳な響きに充たされ、刻々と変化する音色の変化と旋律の躍動。リアルな音質に教会に響き渡るオルガンの残響に延々と身を委ねて、その仰ぎ見るような天翔るスケールは新鮮そのもの、ほとんど陶然といたしました。チェンバロ、ピアノ、弦楽三重奏、管弦楽編曲どれをとってもBachはBach、音楽の骨格にいささかの揺るぎもない。
Aria(02:39)/Variatio 1(02:10)/Variatio 2(02:03)/Variatio 3, canone all’unisono(02:11)/Variatio 4(01:15)/Variatio 5(01:48)/Variatio 6, canone alla seconda(01:32)/Variatio 7(02:02)/Variatio 8(01:55)/Variatio 9, canone alla terza(02:23)/Variatio 10, fughetta(02:14)/Variatio 11(01:59)/Variatio 12, canone alla quarta(02:44)/Variatio 13(03:19)/Variatio 14(02:31)/Variatio 15, canone alle quinta, andante(02:28)/Variatio 16, ouverture(03:35)/Variatio 17(01:50)/Variatio 18, canone alla sesta(02:10)/Variatio 19(01:18)/Variatio 20(02:06)/Variatio 21, canone alla settima(02:33)/Variatio 22, alla breve(02:05)/Variatio 23(02:31)/Variatio 24, canone all’ottava(02:51)/Variatio 25(04:24)/Variatio 26(02:44)/Variatio 27, canone alla nona(02:04)/Variatio 28(02:24)/Variatio 29(02:43)/Variatio 30, quodlibet(02:42)/Aria da capo(02:44) (合計76:16)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

週末を迎えて未だ体調は様子見。女房殿は耳鼻科に処方された薬との相性がよろしくなかったようで、服用中止してよく眠れたと云っておりました。自分は洟水盛大なのは花粉症なのか、風邪の余韻なのか不明、前日は途中覚醒があってもちょっと寝坊するくらい眠れました。朝いつもの洗濯にストレッチ、YouTube鍛錬は【 11分間心踊る!】オリジナルエアロビクスメドレーで楽しく運動不足解消!ほんの短い、動きの激しくないものだけど、けっこうな汗、そしてちょっと息が上がります。朝「音楽日誌」更新時に先日珈琲こぼして愛用キーボードお釈迦事件後、仮付けしていた「マイクロソフト スカルプト エルゴノミック キーボード」の無線認識がいまいち不調、おそらくは電池交換問題と類推、コンピューター周りが配線ごちゃごちゃ+ほこりもひどかったので電源落としてキレイにお掃除。ついでにオードソックスなタイプの無線キーボード(Vaio-Tap購入時のオマケ)に変更して身辺整理整頓、気分転換としました。

食材はやや不足気味だけれど、冷蔵庫在庫で夕食調理は勝負。在庫食材をネットにレシピ検索して、足りないものはあるもので代替、味付けと調理ポイントを参考にしております。外出は控えました。噂ではおコメ5kg5,000円も出ているとか?難しい時代ですね。食材はムダにせず、とにかく喰ってしまうことを旨とする節約生活継続中。今朝の体重は68.3kg+450gここ最近の最悪を更新中。
世間では殺人事件連続発覚、クルマに一ヶ月放置していたというのはなんとも・・・今回のニ件は交際のもつれとか、人間関係の距離感とか難しい時代に至っているのでしょうか。毎日、そんな事件を拝見するたび暗槓とした気分に至ります。万博はそれなりに盛り上がっているようだけど、考えてみれば今回は初めての”ネット時代”の開催なのですね。半年の長丁場、大きな事故がないように願いましょう。もう次のカジノの工事は始まっている?とか。ほんまですか。

Ataulfo Argenta(1913ー1958西班牙)は夭折した名指揮者。彼の残したManuel de Fallaの録音はネットより入手しやすいと思うけれど、手許に全部揃っていないんじゃないか・・・不安になりました。バレエ音楽「恋は魔術師」〜アタウルフォ・アルヘンタ/スイス・ロマンド管弦楽団(1957年ライヴ)を入手して、早速聴いてみたら音質も良心的・・・なんだけど、愉しみにしていたSong of Love's Sorrow(悩ましい愛の歌)がない。ドスの効いた女声ソロが激しいリズムに乗って魅惑のところ。画竜点睛を欠くとはことのことか。もしかしてデータファイルが一部抜けたのかな?不安になったけれど、そうでもないみたい。
Introduccion y escena(0:33)Ev la cueva: La noche(2:04)El Aparecido. Danza del Terror(2:20)El circulo magico: Romance del pescador(2:26)A Media Noche, Los Sortilegios(0:23)Danza Ritual del Fueg(4:03)Escena(1:00)Pantomima(3:51)Danza del Juego de Amor(2:35)Final: Las Campanas del Amanecer(1:29)
ちなみにこのライヴ音源はネットからの情報が探せません。音質はかなり良好、西班牙のリズムをたっぷり堪能出来て演奏はヴィヴィッドなものでした。妖しくも激しいリズムを刻む「Danza Ritual del Fueg(火祭りの踊り)」が圧倒的な人気でした。やがて

EMI CZS5692352 アタウルフォ・アルヘンタ/パリ音楽院管弦楽団/アンナ=マリア・イリアーテ(ms)(1951年)の存在を思い出して(Les Introuvables de Manuel de Falla/EMI4枚組に収録される)これにはちゃんと女声(悩ましい愛の歌/鬼火の歌)が入ってようやく溜飲を下げました。これもかなり音質は良好。改めてスイス・ロマンド音源を確認すると「Concert Version」となっていて、つまり女声なし版も存在するのですね。いずれ血湧き肉躍る名曲リズム、そして演奏。
Introduction et sceneーLa veillee(4:44)Danse de la frayeur(2:07)Le cercle magique(2:15)Minuit, Danse rituelle du feu(4:39)Scene-chanson de feu follet(2:29)Danse du jeu d'amour-Final(8:14)

NIMBUS NI1771Bartok 小管弦楽のための「ルーマニア民俗舞曲」/管弦楽のための「舞踊組曲」/管弦楽のための「ハンガリーのスケッチ」/2つの映像/管弦楽のための「ルーマニア舞曲」〜アダム・フィッシャー/ハンガリー国立交響楽団(1990年10月/アイゼンシュタット/ハイドンザール)・・・すっかりヴェテランとなったAdm Fischer(1949-洪牙利)初期の録音より。最初にNimbusから出た時からのお付き合いだけれど、ハイドンザールの豊かな残響を上手く再生できなくて(サウンドに芯が足りない?)音質的にはあまり佳き印象を得られませんでした。久々の拝聴は快い空間と奥行き、打楽器の低音も良く響いて良質な録音と理解出来、ちょっとマイルドにおとなし目だけど、母国の音楽を誇り高く演奏しておりました。
ローカルに泥臭い民謡風旋律が躍動する魅惑の「ルーマニア民俗舞曲」はもともとピアノ作品、種々編曲がされているようでここでは弦楽+木管(フルート?)他、弦楽のみとかクラリネットがソロに活躍する演奏も聴いたことがありました。(棒踊リ/1:27-腰帯踊り/0:39-足踏み踊り/1:19-ホーンパイプ踊り/1:52-ルーマニアのポルカ/0:33-速い踊り/0:16-速い踊り/0:47)
「舞踊組曲」も粗野なリズムが躍動する、ちょっと暴力的な作品。ラストに向けて追い込んで行く緊張感はたっぷりでした。(Moderato/3:49-Allegro molto/2:23-Allegro vivace/3:10-Molto tranquillo/3:35-Comodo/1:08-Finale - Allegro /4:19)
「ハンガリアン・スケッチ」はまるで日本の村祭りのような懐かしい風情とリズム。音階的に日本に通ずるものがあるのでしょうか。ここにも余裕のリズムを感じます。(トランシルヴァニアの夕暮れ/3:11-熊の踊り/1:40-メロディー/2:56-ほろ酔い加減/2:44-豚飼いの踊り/2:25)
「2つの映像」はDebussyの影響漂う「花ざかり」(8:49)例の如くローカルなリズムから大きな盛り上がりを見せる「村の踊り」(10:29)へ。
ラスト「ルーマニア舞曲」は記憶が飛んで「民族舞踊」とは別物作品(記憶はごっちゃになっていた)自在にテンポは動いてリズムがオモロい作品でした。「Allegro vivace」(6:32)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

前夜はまずまず眠れて早朝覚醒。朝の洗濯ストレッチ(+スクワット+腹筋込)済ませてYouTube鍛錬復活は短いスワイショウで体調を確認。そして中三日空けての市立体育館へ。わずか四日間で季節は進んで桜はほとんど終わって葉桜へ、やまぶき?そして代わりに色とりどりの花が開き始めました。インバウンドの皆様は桜は知っていても、その次にツツジが一斉に咲くことは知られていないことでしょう。 久々のトレーニングルームは空いていて、いつもどおりの筋トレ一通り、念のためエアロバイクはお休み。幸い体調は悪化せず気分は爽快、シャワーは使わず帰りコンビニに現金を下ろしたり、スーパーに野菜などを入手して帰宅いたしました。まだ完璧な体調に非ず深夜、痰が絡んで途中覚醒したけれど、それなり健康に好き放題できることのシアワセを噛み締めております。女房殿は咳止めなど服薬しつつ、婆さんの通院付き添いに出掛け、残念夕方体調崩して帰宅いたしました。今朝の体重は67.85kgほぼ変わらず。昼に菓子パン三個も喰ってしまいました。

さいたまにて無惨な女子高生殺人事件。どうやら無差別な行為らしい。ほんまに日本は危うい。
大手NTT傘下のgooブログ閉鎖に伴う動きが出て、80歳を過ぎて既に夫を亡くされ、体調も崩しがちの女性は絶望しておりました。幾人かは「これを期に店仕舞い」を検討されているとのこと。毎日のように頻繁に更新されるブログは貴重だから残念。聞いた話ではブログの平均寿命は8ヶ月らしい。gooからの案内があった翌日に過去記事含め移転完了されたところもあって、それは迅速かつ前向きな意欲だと思います。広告もなにもないスタイルなので、どこかの有料システムと類推いたしました。

自分はもうお仕事引退して3年以上、日々社会的な接点はほとんどありません。とっくにネタも尽きているけれど、生活のリズムやけじめ、ノーミソ活性化の意味もあって毎朝更新継続中。お仕事現役中は出張先でも熱心に更新してましたっけ。更新が途切れるのは旅行に出たり、重病に倒れるか、親の葬式(2019年)くらい。アクセス分析ができるWebLogと違って自分のはシンプルなタグ打ちホームページ、読者は存在するのかどうかさえ定かな手応えはないから、完全なる自己満足、愉しみの世界。更新が苦痛に至ったら潔く閉店いたしましょう。

London CS-6462Bruckner 交響曲第9番ニ短調〜ズービン・メータ/ウィーン・フィル(1965年)・・・かつて昭和時代言いたい放題の某音楽評論家からボロカスに云われた演奏。未だその余韻はあちこちユーザーコメントに見掛けます(言い種言葉遣いまでマネている/凄い影響力)。Zubin Mehta(1936-印度)がデビューして間もない29歳の録音、ちょっと不自然なくらい各パートが浮き立った英DECCAのマルチマイク録音。前回は2018年に拝聴して「スパッとした切れ味、堂々たるスケールと勢い(若々しい!)が素晴らしい」と感じておりました。先入観なしに虚心に聴いてみれば、これはどっしりと腰を据えた重心とか、凄みのある表現は期待できない若者。荘厳なBrucknerのラスト作品、ウィーン・フィルは美しく鳴り響いて、明るくノビノビとした佳い演奏ですよ。音質は21世紀に現役。
第1楽章「Feierlich, Misterioso」ウィーン・フィルの磨き上げられた弦、優雅な金管の美質を活かした陶酔的な始まり。深みや落ち着きに足らぬとか、ちょっと前のめりに走ったり、乙に済ましてわざとらしい節回しをお気に召さぬ方はいらっしゃることでしょう。(26:02)
第2楽章「Scherzo」ここが軽いと評される由縁なのか。激しく熱狂的なリズムは落ち着きが足りず、なんとなく芯が足りないけど、力演!(10:41)
第3楽章「Adagio」は金管の分離が明晰(こんなに内声部が明瞭に聴き取れるのも珍しいほど)とても爽やかな陶酔的浪漫表現でした。(27:12)

MDGBrahms ドイツ・レイクイエム〜ヴォルフガング・ヘルビッヒ/カンマージンフォニー・ブレーメン/ブレーメン大聖堂合唱団/シリ・カロライン・トーンヒル(s)/クラウス・メルテンス(b)(2001年)・・・ラテン語による典礼の様式に非ず、Brahms自身が聖書から引用した独逸語による独自のレクイエムとのこと(彼はプロテスタント)。フルート2本にピッコロ(二管編成?)ティンパニにハープ、オルガン+混声4部合唱、ソプラソ・バリトン・ソロという編成はBrahmsにしては比較的は大きい方なのでしょう。Wolfgang Helbich(1943-2012独逸)は声楽、教会音楽のスペシャリスト。主役は声楽、合唱は透明な響きに水準は高く、管弦楽は伴奏に徹してジミに誠実、真摯な教会音楽として、残響豊かにしっとりと落ち着いた演奏を聴かせてくださいました。往年の巨匠たちによる大仰な詠嘆スタイルに非ず、敬虔な気分がさざなみのように押し寄せて心洗われました。
第1曲「幸いなるかな、悲しみを抱くものは」(11:11)第2曲「肉はみな、草のごとく」(13:57)第3曲「主よ、知らしめたまえ」バリトン・ソロ(9:23)第4曲「いかに愛すべきかな、汝のいますところは、万軍の主よ」(5:06)第5曲「汝らも今は憂いあり」ソプラノ・ソロ(6:47)第6曲「われらここには、とこしえの地なくして」バリトン・ソロ(11:00)第7曲「幸いなるかな、死人のうち、主にありて死ぬるものは」(10:25)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

前夜、洟水痰の絡みはやや治まって、それなりに眠れても朝、未だ倦怠感は抜けません。朝食はいつもどおりだけど、ストレッチもYouTube鍛錬も中止、鍛えて治す!市立体育館行きも連続断念、朝一番の「音楽日誌」定例更新済ませてから、起きていられず二度寝いたしました。体調には顕著に快復手応えがあって、風邪症状の山は越えたと判断しております。数日ぶりに料理も再開いたしました。昼から市立体育館に〜一瞬思ったけれど自粛して、本日より日常生活に復帰予定。前日夕方ストレッチ(スクワット+腹筋+プランク含む)久々に実施、これは気分が悪くならないか調子を見るため。この間、無事電源コード再入手したコタツにはずいぶんとお世話になりました。今朝の体重は67.9kg▲250g。

さいたまの中学校卒業式に不登校の卒業生6人に椅子が用意されず、平均台に約3時間との報道。最低ですね。教育の専門家が大切な思い出に傷を付ける行為に思い至らなかったんでしょうか。教師もタイヘンな激務に不足気味とのこと、狭い村社会の価値観に麻痺して、これも日本社会の緩慢なる劣化を感じさせます。
自分は膨大なる税金を投入する万博には否定的だけど、始まった以上冷静に(テレビ報道から)様子を眺めております。無事、伯剌西爾館と智利館はオープンしたとのこと。一般に人混みは苦手、著名なテーマパークも避けている自分は声高に否定の声も上げず、自ら会場に足を向けないだけ。いろいろ不具合はあるやろうけど、50年前はどうだったんでしょう。きっと、もっといろいろ問題はあったはず。当時は前向きに希望に溢れた時代、そんなことは問題にならなかったんやろなぁ。クソ高い食事代もそれを負担できる方々はそれでよろしいけど、なんか格差の象徴みたい。こんどは爺がはちみつ盗んだとか、ヘンなのは必ずおります。

音源ファイル点検整理廃棄すべくコンピューターに向かう時間は(体調的に)少ないけれど、見切りやダブりなど新たな発見もたくさんあって、これはいつものこと。体調がよろしくないと音楽にも集中できず、以下は以前書いたものの在庫文書。
Zephyr Records Z146-15Chopin 幻想曲 ヘ短調 作品491/夜想曲第13番 ハ短調 作品48-12/夜想曲第14番 嬰ヘ短調 作品48/即興曲第3番 変ト長調 作品514/ポロネーズ第6番 変イ長調「英雄」 作品535/スケルツォ第4番 ホ長調 作品546/タランテッラ 変イ長調 作品437/夜想曲第15番 ヘ短調 作品55-18/夜想曲第16番 変ホ長調 作品55-29/バラード第4番 ヘ短調 作品52〜イアン・ホブソン(p)(2024年?)・・・最近の音源は録音情報詳細が探せないものが多い。Ian Hobson(1952-英国)はChopinのソロ、室内楽、協奏曲をほぼ全曲録音済。これは題して「Many Hears」各アルバムごとにコンセプト題名を付けて自在に集めたものになっておりました。有名な旋律揃えて、一番人気は勇壮なる「英雄ポロネーズ」でしょう。テクニックに曖昧さはないけれど、艶を感じさせる節回しなどは少なめ、淡々と誠実にオーソドックスな表現でしょう。音質もよろしいし、Chopinの甘い旋律を堪能するのに不足はないけれど、微妙にタメのあるリズムや切ない情感、寂寥感には不足気味と聴きました(スケルツォ第4番 ホ長調辺り、なんともスムースにさらさら/夜想曲第16番 変ホ長調にも哀愁が足りずなんとも淡い)。自分の刷り込みはなんとも暖かいタッチ、色気のある、昔懐かしいルービンシュタインでした。(12:53-6:14-8:24-5:17-6:41-11:07-3:40-4:30-4:47-11:07)

PHILIPS(RCA録音)456 748-2 (20世紀の偉大なピアニスト・シリーズ)Rachmaninov ピアノ協奏曲第3番ニ短調〜ヴァン・クライバーン(p)/キリル・コンドラシン/シンフォニーオブ・ジ・エア(1958年カーネギー・ホール・ライヴ)・・・20年以上ぶりの拝聴。Van Cliburn(1934-2013亜米利加)第1回チャイコフスキー国際コンクール優勝の凱旋公演でしょう。当時は熱狂的な人気だったそう。24歳の若者らしい陰影やら余韻に非ず、逡巡や曖昧さのない明晰、瑞々しいタッチ、文句なしのテクニックにカデンツァはオッシア採用。濃密甘美な旋律はデリケートに新鮮に表現されております。最終楽章「Alla breve」に向けて疲れを見せぬ体力に余裕の軽妙さも華やかに続きました。ソヴィエットから同行したコンドラシンはこの時の経験から、やがて亡命を決意するんやろなぁ、落ち目だったオーケストラを自在に操って濃厚に雰囲気たっぷり。音質はまずまずでしょう。ここ最近お気に入りの作品、うきうき夢見るような時間をいただけました。(17:36-10:39-14:59/熱狂的な喝采有)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

困った爺さんでっせ、万博ゲートにて「爆弾持ってる」〜シャレにもなりまへん。連日話題の報道に、それなり盛り上がっているようです。こちらどんより断続的な小雨に薄ら寒い曇り空、ゴミ出したのみ。あとはじっと寝込んで体調快復を狙うけれど、洟水痰の絡みに咳き込んで眠れないのがツラいもの。花粉症+風邪と二重攻撃か。頭痛も倦怠感もあるけれど、熱はないので音楽は断続的に聴けぬことはない。但し、静かなもののみ限定。前日身動きせず(わずか1,200歩)パンやごはん類、炭水化物たっぷり+ピーナツ喰ったので体重増を覚悟したのにやや減ったのは筋肉が落ちたと類推。いつもなら少々の不調も鍛えて治す! 昭和の誤った発想にゆる筋トレに出掛けるけれど、これだけ咳き込めば周りに大迷惑、さすがに2025年53回目の鍛錬は断念いたしました。本日の体重は68.15kg+450g最悪の結果はしっかり喰って身動きしないから。

毎日拝見するブログにはgooが多い。それはgooブログのランダム検索から出現したものをいろいろ選んでいたから。つい先日も亡き両親が住んでいたマンション近く、自分の出た中学校も比較的近いエリアの呑み屋通いのブログを懐かしく拝見しておりました。それが2025年11月を以て運用を中止とのお知らせ。もうブームは完全に終焉なのか、WebLog(簡易ホームページ)も。商売にならんのやろなぁ、残念。日常拝見するブログにはその関連記事が並んで、これを期に店仕舞いを検討される方もいらっしゃることでしょう。時代と流れとは云え寂しいものですね。

昔ながらのHTMLタグ打ち【♪ KechiKechi Classics ♪】だったらもっと、よりいっそう時代遅れなんでしょう。幸い借りている「忍者ホームページ」無料サーバーはいまのところ継続中だけど、そんなに長く保たないかも。ま、自分のテキストは自分で保持しているから、どこか別なところへの移転はカンタン。無料でもまだ容量はたっぷり残っております。恥ずかしながら、無効になった(変更した)メールアドレス登録をこの度ようやく正常化できました。

RCABernstein 交響曲第1番「エレミヤ」〜レナード・バーンスタイン/セントルイス交響楽団/ナン・メリマン(ms)(1947年)・・・音質はちょっと曇りがち。後年、音質状態のよろしい再録音再々録音があるので、ムリして求めなくても良いような?Leonard Bernstein(1918-1990亜米利加)29歳若き日の記録。この時期メジャー・オーケストラと自作の録音を残すのもたいしたものですよ。フルート2本+ピッコロの拡大された二管編成、ティンパニ、小太鼓、大太鼓、ピアノ+メゾ・ソプラノ。初演は1944年(作曲者/ピッツバーグ交響楽団)
第1楽章「Prophecy(預言)」不安な思いがうねうねと漂って、打楽器がそれを遮って緊張感が続きました。(6:58)
第2楽章「Profanation(冒涜)」 後年の作風を思わせる変拍子やパワフルに、ノリノリの爆発。(6:44)
第3楽章「Lamentation(哀歌)」旧約聖書からの言葉が女声ソロによって歌われます。師匠筋であるCoplandの風情も漂わせる勇壮に感動的なフィナーレ。(10:10)

OEHMS OC442Rachmaninov 交響曲第3番イ短調(2012年)/交響的舞曲(2013年)〜ドミトリー・キタエンコ/ギュルツェニヒ管弦楽団・・・交響曲第3番は三管編成に+8種の打楽器+ハープ、チェレスタ、初演は1936年レオポルド・ストコフスキー。作曲者自身の録音も存在するそうな。Dmitri Kitaenko(1940-露西亜)はモスクワ・フィルとも全集録音していたはずなので(未聴)これは再録音。ここ最近聞いた中では最高水準、リアルな臨場感たっぷり、低音も効いた素晴らしい音質でした。華やかな旋律連続な名曲は分厚くも渋い弦中心の独逸系魅惑の響き、がっしりとした重量級の構成を感じさせる立派なアンサンブル。
第1楽章「Lento - Allegro moderato」クラリネットなど寂しい序奏から、華やかなオーケストラが宝石箱をひっくり返したように金管爆発して、たっぷり甘く雄弁、変幻自在に憂愁な旋律が続きます。骨太にパワフルに分厚い響き、ドロ臭さとは無縁にデリケートかつ曖昧さのないフレージングに生真面目、充実しておりました。中盤以降は静かな、落ち着いた風情に至って出足のデーハーはどこへやら。(14:31)
第2楽章「Adagio ma non troppo - Allegro vivace」優雅なハープに乗せてジミなホルンが遠く歌う始まり。それをデリケートなヴァイオリン・ソロが受け取って、やがて渋い弦による激甘旋律はシミジミ寄せては返し、木管は雰囲気たっぷり浮遊する絶品緩徐楽章。中間部は颯爽とした力強い歩み、実質上のスケルツォみたいだから、じつは4楽章っぽい構成なのかも。切なくも雄弁な夕暮れのような風情に終了。(13:12)
第3楽章「Allegro」明るいイ長調の終楽章。しっかりと叩きつけるようなリズムを上機嫌に刻んで、ゴージャスな行進曲のよう。弦が渋い音色に甘い旋律を奏で、やがて決然とした風情から不安に至って、静かな黄昏の雄弁へ。ラストは例の「怒りの日」が登場して力強く終了しました。(14:11)
交響的舞曲は何故か交響曲第4番と名付けられなかった最晩年の傑作。三管編成+9種の打楽器、ハープ、ピアノ。初演は1941年ユージン・オーマンディ。決然と甘美な作品風情は大好きですよ。
第1楽章「Non allegro」はカッコ良くパワフルな力強い行進曲。一貫して不安な風情が続くハ短調、ピアノの動きが効果的と感じます。中間部の静かなアルト・サキソフォーンがとてもエッチ。やがてその旋律を弦が優しくも切々とハープに乗せて受け継ぎました。そして冒頭のコッコ良い行進曲に戻る・・・名残惜しい優しさに終了。(12:03)
第2楽章「Andante con moto(Tempo di valse)」微妙に不安に弱い金管のファンファーレ、フルートから始まるワルツ。怪しいヴァイオリン・ソロも不気味な風情、やがて分厚く優雅な弦の旋律も辛口の憂愁風情から抜け出せません。(11:07)
第3楽章「Lento assai - Allegro vivace」決然としてキレのある序奏から、鐘が鳴り響いて細かい音型に歩みだす終楽章。ここはロ短調、やがて符点のリズムに疾走が始まって華やかに力強くニ長調へ。しっとりとした弦がしみじみと静かに歌うけれど、かつての作風よりずいぶんと甘さ控えめに感じます。やがてフィナーレが接近して緊張感あるテンポ・アップ、賑やかに「怒りの日」登場。パワフルに熱狂的に終了いたしました。(15:37)ラストに鐘(かな?)の残響がしばらく続きます。


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

新しい一週間の始まりはせっかくの好天、でもどうにも体調がよろしくない。洟水が止まりません。激安鎮痛剤も在庫がそろそろ切れるのに、微妙に体調が重く、咽にも違和感有。朝、女房殿もしばらく起きませんでした。自分はいつもどおりのヘルシー朝食、洗濯もしっかり済ませて、しばらく横になってからストレッチ実施。YouTubeエアロビクスは朝中止、2025年は皆勤賞なので昼食後に実施しようと思ったけれど、とうとう断念。女房殿はやっと起き出して、婆さんの耳鼻科通院付き添いに出掛けていきました。和歌山県知事が倒れたとか、自分と同い齢ですよ、他人ごとじゃありません。

もう食材は尽き掛けているけれど、出掛ける元気も、料理する意欲もありません。尾籠な話しやけれど、やや下痢気味。でも、食欲はあります。じっと引き隠って体調の快復狙い、身動きせず相変わらず貯め過ぎた音源ファイルを大胆に点検整理するヲタク趣味に時間を潰しました。痰の絡みがひどくて咳き込んで、まともに眠れません。仕事現役だったら少々の体調不振も出勤すればシャキッとしたんやけどなぁ、華麗なる加齢による体力ダウンより精神的なテンションが保ちません。な〜んもやる気が起きません。壱日で1,200歩しかカウントしていないのに、今朝の体重は67.7kg▲350g、とうとう定例隔日ゆる筋トレも中止せざるを得ない体調に至りました。幸い熱はありません。久々に蒸気吸入器を取り出しました。

テレビ報道はあちこち朝一番より万博生中継、始まったばかりだから細かい支障はありがち、大きなトラブルもなく賑わうのは喜ばしいことでしょう。考えてみれば嗜好多様化の時代、支持者が三割も存在すれば、それは大成功なのかも。初日14万人の評価はいかがでしょうか。リピート客は如何。但し、当初の7−8倍の経費予算(我らが税金)費やして、挙げ句赤字垂れ流しはいただけない。並ばない万博はいまのところ破綻気味、事前報道があった通りまだオープンしていない建物もあるらしい。いずれ、大枚消費して半年でぶち壊し廃棄するのは時代に似つかわしくないでしょ。二億円トイレの感想も伺いたいもの。東京五輪みたいに終わったあとに種々不正が出ないか、注視しております。あちこち相変わらず物騒な殺人事件続いて、この風潮はなんとかならんでしょうか。

ECM UCCE9506Bach ゴールドベルク変奏曲 BWV 988〜アンドラーシュ・シフ(p)(2001年ライヴ/バーゼル)・・・延々と続く深遠なる、静かな感銘間違いなしの名曲中の名曲。かつて1981年の録音を聴いて、そのひどい手抜きコメントに自ら呆れました。ようはするに「グレン・グールドの、精緻を極めたクールな表現、大きな呼吸」を称賛して、こちら「優しく、ゆらゆらと味わい深いタッチ、浪漫(?)に揺れ動くリズム感(とくにゆったりとしたテンポのところにて)がフィットしない」と。それから16年も経ってグレン・グールドへの信頼は変わっていないけれど、自分の嗜好もすっかり変わりました。表現の幅云々乗り越えて、バロックに相応しいチェンバロの端正にシンプルな表現も最近お気に入り。各々の個性を楽しめるようになりました。
こちら20年後の再録音。 Andras Schiff(1953-洪牙利→墺太利→英国)もすっかりヴェテランに至りました。これは48歳の記録。ECM録音も彼の優しくデリケートなタッチをよく捉えておりました。(オーディオ専門筋の方によると”残響過多で音色がくすみ,明瞭感がだいぶ犠牲になっています”とのこと)もともと明瞭感表現から遠く、おそらく華やかさとかキレを強調しないベーゼンドルファー使用、最近は古楽器に傾倒しているそう。これはピアノの強弱やニュアンスの出るケートな幅を活かして、落ち着いて美しい演奏でした。テンポは揺れて第25変奏曲の抑制された嘆きにはたっぷり浪漫も香ります(最長6:55)。各変奏曲ごとの性格を描き分けてそれは不自然に恣意的なものに非ず、強靭なタッチとは無縁に語りかけるような温かい説得力は淡々。じょじょに熱を加えてラスト方面第29/30変奏曲辺りは情感高まって快速(1:47/1:21)とうとう終点のAria da Capoの大団円を迎えました。旧録音も再度確認いたしましょう。(3:38-1:51-1:23-2:03-1:03-1:33-1:21-1:33-1:43-1:27-1:35-2:01-1:56-4:13-2:00-3:54-2:37-2:11-1:16-1:21-1:50-1:51-1:51-2:08-2:17-6:55-2:06-1:38-2:49-1:47-1:21-3:56)

VOX2-7212 Mahler 交響曲第6番イ短調〜ハロルド・ファーバーマン/ロンドン交響楽団(1980年)・・・ Harold Farberman(1929-2018亜米利加)は珍しい作品を多く取り上げたマニアックな指揮者だったそう。アバド時代のロンドン交響楽団は充分な技量に鳴り切って慌てぬテンポ、じっくり構えて腰を据えた演奏、音質も悪くない。四管編成+ティンパニ、14種以上の打楽器、ハープ2にチェレスタという巨大なる編成、とっても怪しい、苦悩に充ちた鬱蒼としたスケールの作品。この作品を聴くたびに新ウィーン楽派はすぐそこ、そんな感慨に囚われます。ここでは「Scherzo」が第2楽章に据えられておりました。あまり陰影との対比など強調せず、全体にややフツウっぽいオーソドクスな印象でした。
第1楽章「Allegro energico, ma non troppo」重い足取りに前のめりにならず、悲痛さを強調せぬ抑制を感じさせる足取りとバランス演奏でした。ラスト余裕の金管にテンポは揺れて、ちょっと走るのも効果的。(23:44)
第2楽章「Scherzo: Wuchtig」ここはやや速めのテンポに緊張感を湛えて前のめりに落ち着かない。打楽器の低音の迫力は印象的でした。(13:47)
第3楽章「Andante」深遠かつ爽やかな旋律が弦に粛々と歌われて、感極まる緩徐楽章。静謐に洗練されたロンドン交響楽団の美しさが光ります。(17:20)
第4楽章「Finale: Allegro moderato」一歩引いて悠々と慌てぬ遅めのテンポ、クールにアツくならずドロドロとは無縁な風情、金管は爽快に鳴り響いてハンマーはピカイチの迫力にずしりとした重低音。ラストに向けて徐々にテンポを上げて余力あるクライマックスを迎えました。(33:17)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

新しい一週間が始まりました。前夜高校生の熱血ダンスををラスト迄、しっかり拝見した関係でいつもよりやや寝坊。しっかり眠れて風邪症状?は悪化しておりません。朝は欠かさずストレッチ+YouTube鍛錬済ませて、鈍く痛む左膝かばいつつ日曜の市立体育館へ。小雨と無常の花散らしの春風に桜はそろそろ終わって、本格的に春がやってきます。これから次々と花が咲くことでしょう。朝一番は空いていて、しっかりいつも通りのゆる筋トレ+エアロバイク15分実施、今朝咽に微妙な痛みが残って体調はいまいち。季節の変わり目は体調管理は難しいもの、体重は68.05kg、食事を抑制して運動もしっかりしてほとんど変わらぬ危険水域継続。がっかり。

万博始まりました。こちらテレビ報道はそればかり、不人気と云われつつ長蛇の列ができているようです。会場内くら寿司は8時間待ちとか、ご苦労さま。事故やトラブルがないように祈って静かに見守りましょう。それよりなによりまず日常生活が大切、コメ問題とあらゆる物価高、トランプ関税の行く末を心配しております。いつも呑んでいる爺友の奥様は明日辺りから一週間ほど韓国旅行とか、数ヶ月前は土耳古旅行に行ったはず、優雅なものです。ダンナは留守番。宝塚市長戦は自民党系維新系候補を退けて、前市長後継野党推薦候補がまさかのゼロ打ち当選確実。ここは話題の斎藤知事の支持が高かったところ、有権者の考えも日々動いているようです。

蛍光灯は2027年末にて製造中止なんだそう。我が家がオールLEDに変えたのは6-7年ほど前?定期的な蛍光灯交換が面倒に感じてのことでした。その時点、既に価格はかなりこなれていて別に高価でもなかった記憶もありました。製品評価技術基盤機構(NITE)が注意喚起、不適切な対応をしたら危ないそう。いったいどんなことをしたらそうなるのでしょう?自分はまるっぽ全部替えてなんのトラブルもありませんでした。想像を絶するとんでも交換術でもあるのか。既にそんな事故報告はあるらしい。

Swedish Society SCD1147Sibelius 交響曲第3番ハ長調(2006年ライヴ)/第4番イ短調(2004年ライヴ)〜パウル・マギ/ウプサラ室内管弦楽団・・・Uppsalaとは瑞典中部の小さな都市らしい。音質良好。Paul Ma"gi(1953-愛沙尼亞)は初耳のヴェテラン。室内管弦楽団らしいけれど小編成故の響きの薄さは感じさず、アンサンブルは一流でした。
ムダを省いて淡々と寂しい風情が漂う交響曲第3番ハ長調は、クールな雰囲気たっぷりにデリケートなアンサンブル。
第1楽章「Allegro moderato」微妙に明るいような、低弦から始まる微妙な始まり。第1番や第2番のように朗々雄弁な歌に非ず、不安を孕んで寂しげに爽やかに高揚、細切れなつぶやきが続きました。(11:09)
第2楽章「Andantino con moto, quasi allegretto」途方に暮れてシンプルな旋律の繰り返し。中間部は呟くようなピチカートに幻想的な木管が絡んで儚い風情でした。(10:44)
第3楽章「Moderato - Allegro (ma non tanto)」ほっとするような明るさに救われるフィナーレ。けっこうな厚みのある金管が爆発しました。(9:23/拍手有)
とっても暗い交響曲第4番イ短調
第1楽章「Tempo molto moderato, quasi adagio」絶望的な低音から始まって、チェロのソロも暗鬱そのもの。重苦しくも甘美な空気が漂って、金管が切なく叫んでこの辺り、オーケストラはなかなかの技量と感じます。あとは地の底を這いずり回るように息絶え絶え。(9:44)
第2楽章「Allegro molto vivace」不安なティンパニのトレモロ連続。金管の断続的な切迫に、木管は力なく微笑んでも気分は沈んだまま。これもスケルツォなのでしょうか。(4:51)
第3楽章「Il tempo largo」遠いホルン、静かな弦から始まる不安げに、息絶え絶えな木管も寂しげな緩徐楽章。後半に向けて後ろ向きの高揚に、いっそう絶望感は深まります。(10:03)
第4楽章「Allegro」忙しないチェロのソロから、そして期待の鉄琴はあまり目立ちません。かなりメリハリの効いて金管もパワフルな迫力演奏、寂しげに緊張感を湛えてぷっつりとした終わり。(10:14/拍手有)

EverestStravinsky バレエ音楽「春の祭典」〜ユージン・グーセンス/ロンドン交響楽団(1959年)・・・往年のEverest録音はこの時期にして驚異の鮮度、臨場感。打楽器の重低音にちょっぴり不足、シンバルやトライアングルの高音はほとんど聴こえないのは時代の限界でしょう。Eugene Goossens(1893ー1962英国)は「春の祭典」英国初演担当(1912年)したそう。20世紀の「古典音楽」はかなりの難曲、ロンドン交響楽団はこの時期でもかなりの技量にクリアしているけれど、全体にテンポは遅め(とくに第2部)。グーセンスのリズムは時にキレが鈍いけれど、かなりの力演!だけど第1部「大地の礼賛」にはノリがちょっと足りない。第2部「生贄の儀式」はじっくり歌って落ち着いた陶酔、金管は頑張っても打楽器の炸裂迫力アクセントは今一歩。ラストに向けてフクザツなリズムを処理するためか、テンポいっそう遅く噛み締めるような重量感も悪くはない。「ペトルーシュカ」の録音もあるから、ぜひ聴いてみたいもの。(16:48-20:58)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

咽の痛みはないけれど、しつこく痰が絡んで微妙に風邪?それとも頑固な花粉症なのか、なんかノーミソぼんやりしております。朝一番の洗濯、ストレッチ、そしてYouTube鍛錬はいつもどおり、女房殿も付き合ってくれました。せっかくの週末、外は佳き天候なので、ご近所スーパーに食材と歯間ブラシをダイソーにて入手、ドラッグストアではけっこうな価格なんですよね。身体が重いから、ちょっとしたウォーキングと気分転換になりました。加利福尼亜米は女房殿に大不評、粉っぽいと。あとほぼ10kg残っているんですけど。今朝の体重はとうとう68.1kg+200g最悪。

夜はいつもならさっさと寝てしまうんやけど、昨夜「カギダンススタジアム2025 芸能人×高校生本気ダンス!27時間TVの興奮再び」高校生若者たちの真摯な汗に感動して最後迄しっかり応援してしまいました。CMの過半が映画の宣伝?スポンサー獲得に苦戦するフジTVの番組でした。
満開の桜の木で懸垂動画、迷惑外国人はなんとかならんのか。せめて出禁にするとか。きっとほかにも出ますよ、思いもよらんことが。
トランプさんの日米安保タダ乗り論は、歴史的経過をすっ飛ばした現状のみの皮相な見方。戦後、日本の再軍備阻止と露西亜(当時ソヴィエット)中国の牽制の意味だったワケでしょう。もう亜米利加にそんな余裕はない、情勢は変わったというのなら、米軍基地は縮小していただいて日本が自前で防衛するしかないけど、きっと現政権はカネを払って済ませようとするんやろなぁ、いまでもたっぷり思いやり予算払っているのに。国民に負担増は平気だから。
ま、場末の爺が呟いても無力やけど。どこかのブログに「そうカンタンには(交渉上手な)傑物は出現しない」と書いてありました。都合よろしく言いくるめられそう。

Caprricio C8005Tchaikovsky 交響曲第6番ロ短調「悲愴」/大序曲「1812年」〜ネヴィル・マリナー/ジ・アカデミー・オブ・セント・マーティン・インザ・フィールズ(1990年)・・・前回は2021年「聴いた」アリバイのみ。Neville Marriner(1924-2016英国)による珍しいレパートリーだけど、全6曲録音がありりました。もともと泥臭い濃厚な詠嘆とは無縁のバランスの人、室内管弦楽団に非ずフルサイズオーケストラ編成の意外と厚みのある響き。その点では不満はありません。音量レベルが低く、大人しいマイルドな印象をいっそう強めておりました。メリハリたらぬオフマイクだけれど音質は悪くありません。先入観を捨てて聴けばこんな涼やかな演奏も悪くないけど、薄味過ぎ。
第1楽章「Adagio - Allegro Non Troppo - Andante〜」静かな始まりは秘めたる情念を内包しない。かなり軽く流麗な始まり。露西亜風濃厚粘着質皆無なサウンドに金管も軽妙に響いて美しい。(18:36)
第2楽章「Allegro Con Grazia」上品に洗練され、クールに澄ました変拍子ワルツ。中間部も淡い色彩の哀しみ。(7:56)
第3楽章「Allegro Molto Vivace」細かい音型のスケルツォもデリケートな描きこみ、金管はあくまでマイルドに渾身の大爆発に非ず、じわじわ盛り上げいく表現。ティンパニのアクセントはけっこうなメリハリ。(9:29)
第4楽章「Finale: Adagio Lamentoso - Andante - Adagio Non Tanto」耳をつんざくような絶叫とは無縁、粛々と爽やかに、楚々と泣くような高揚が待っているフィナーレ。(9:26)
大序曲「1812年」もパワフルにギラギラしたところない、バランスのよろしい演奏でした。淡々と爽やかに重くない、というか軽い。大砲はリズムにピタリと合わせてズドーンと鈍い音。アンタル・ドラティのデーハーなド迫力Mercury録音を懐かしく思い出しておりました。(14:57)

Rudolf Barshai(1924-2010露西亜→以色列)Borodin 室内交響曲 ニ長調(弦楽四重奏曲第2番)/Tchaikovsky 室内交響曲 ニ長調(弦楽四重奏曲第1番 作品11)/Shostakovich 室内交響曲 ハ短調 作品110a (弦楽四重奏曲第8番)以上Barshai編〜台湾NSOアンサンブル(2012年ライヴ)・・・ICAのRudolf Barshai(1924-2010露西亜→以色列)BOXのラストに収録されるもの。露西亜の代表的な弦楽四重奏曲を弦楽アンサンブルに編曲したもの+バルシャイの代表的な労作であるShostakovichの室内交響曲を揃えた意欲的な一枚でした。1986年に創立された台湾フィルは現在準・メルクルが音楽監督なんだそう。近年連続して来日しております。
Bolodinは瞑想する「夜想曲」絶品(Allegro moderato(8:16)Scherzo: Allegro(5:14)Andante(7:35)Finale: Allegro giusto(7:34))
Tchaikovskyは懐かしくちょっぴり哀しい「アンダンテ・カンタービレ」が白眉(Moderato e semplice(8:28)Andante cantabile(6:32)Scherzo: Allegro non tanto e con fuoco(4:00)Finale: Allegro giusto(6:29/拍手有))いずれも端正生真面目にスッキリとした響きだけど、ちょっと色気や陰影不足。肝心な聴きどころもちょっと響きが薄い。弦楽アンサンブルに編成を増やして、大柄にした特別な魅力はあまり感じらないけれど、作品旋律を愉しむには充分でしょう。
Shostakovichはもしかしてオリジナルより人気有?演奏や録音機会も増えているもの。自分も弦楽四重奏曲より、室内交響曲のほうが拝聴機会は多い。これもちょっと大人しい演奏でした。
第1楽章「Largo」苦渋に蠢くような始まり、絶望的なヴァイオリン(5:27)第2楽章「Allegro molto」は激しい無機的な怒りの疾走はノリノリ(2:51)第3楽章「Allegretto」は不安定に揺れ動くワルツ。チェロ協奏曲に似た旋律も登場します。(4:47)第4楽章「Largo」劇的に叩きつけるような不安連続、合間の悲嘆(5:55)第5楽章「Largo」は延々と続く暗鬱から消えるように終了。(5:05/拍手別)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

万博開催迫ってテレビ報道も盛んに、前売りチケットも壱阡萬枚突破とか、ネット記事の書き込みも好意的なものが増えて、ちょっと組織的な動きに疑いを抱いております。万博そのものは赤字確定だけれど、その経済効果には充分お釣りがある〜そんな記事も見掛けました。世間の空気、論調を変えるようとする意図的操作でもあるのか。一方でGWのJR予約の動きに万博効果は見られないとのこと。ちゃんと諸施設が完成して、大きな混乱や事故がないように祈りましょう。閑話休題(それはさておき)

当面の課題は華麗なる加齢による歯のメンテナンス。朝、解熱鎮痛剤を服用していつものストレッチ、軽いYouTubeエアロビクスを済ませて市立体育館へ、いつもどおりの流れ。桜はいよいよ散り初めて葉桜になりつつありました。鍛えて治す! (誤った昭和の発想)幸い風邪症状は悪化せず気分は爽快でした。女房殿もかなり体調快復して、入れ替わりに市立体育館へ久々出掛けました。そして夕方予約した歯医者へ〜そこで急転直下方針変更。医師からの説明で、気になっている箇所に手を加えても詰まる違和感は改善されない。マメに歯間ブラシで掃除するしかないそう。抜くのは避けたいですから。3ヶ月ごとに通って様子を見ることになりました。いくら真面目に熱心に歯を磨いても華麗なる加齢には抗えません。帰り以前一度利用したことがある加利福尼亜米を入手、国産米より安いけど以前の倍でっせ。不味いかも?早速一合炊いてみたけれど、まずまずの味でしょう。痰が絡んで早朝覚醒、洟水が止まらぬのは花粉症なのか?体調は土俵際状態、体重は67.9kg+50gどうやっても減らない。

トランプ・ショックとやら、株価は世界的に乱高下しているようで、かつての大恐慌の銃爪に似ているとの分析もありました。自分には縁はないけれど、ささやかな投資運用されている庶民にも一喜一憂、影響はあることでしょう。それよりなにより高関税による商品値上げや、輸出入企業の業績失速はほぼ間違いないところ。トランプさんの公約通りの実行力は立派だけど、思ったような結果にはならぬかも〜これは事前予測通り。自分のこれからの生活も心配です。世界的に消費マインドは冷え込むことでしょう。最悪の結末に至るのかも。

未だ確定じゃないからわからんけど、ヒロスエは薬物使用(どんなヤクかはわからない/副作用の可能性も)の疑いとか。昨今の不倫ネタ叩きの是非はさておき、芸能界ってしみじみ虚業やなぁ、そう思いますよ。暴行や隠蔽、昨日迄華やかなスターの実像が暴かれると、翌朝にはもう地に落ちて散々叩かれる・・・日本人は伝統は大切にするけれど、意外と忘れやすい、水に流す傾向はないでもないから、やがて話題にも上らなくなるのでしょう。あっという間に過去ネタになるのかも。それでも熱心なファンはいらっしゃるのですね。「あれは陰謀だ」「ハメられた」そんな言い分でしょうか。

EMI Brcuckner 交響曲第9番ニ短調〜オイゲン・ヨッフム/シュターカペレ・ドレスデン(1978年)・・・CD時代に入って、最初に清水の舞台から飛び降りる決意で購入したEugen Jochum(1902ー1987独逸)のBruckner全集(EMI国内盤)には当時ガッカリ。世評を伺ってもベルリン・フィル/バイエルン放送交響楽団との旧録音より音質、そしてオーケストラの相性とも評判はあまりよろしくない。爾来彼のBrucknerを敬遠するようになりました。それから30余年経過、荘厳に神々しい未完のラスト作品に虚心坦懐向き合いました。

分厚い響き、根性入ったパワフルな爆発、テンション高いアッチェレランド、ルバート、頻繁なテンポの揺れ
これが数年前の、そしてずっと感じてきたイメージ。久々の拝聴印象は、やはり音質の肌理が少々荒い、響きの濁りもちょっぴりあるけれど、低音と奥行きは充分。そして例の焦ったような頻繁なテンポの動きも変わらぬけれど、剛直な演奏には以前ほどの違和感は覚えませんでした。ウネウネとして湧き上がるようなエネルギーはヴィヴィッド、こういった剛直に前のめりの演奏も好き好き、若い人向け?聴手の嗜好次第でしょう。ちょっとクールな響きのドレスデン、アンサンブルはちょっと粗い?それは音質印象でしょうか。
第1楽章「Feierlich, misterioso」荘厳な始まりも沸々と燃えるような意欲を感じさせるもの。76歳の爺さんも意欲満々ですよ。目一杯爆発する金管はちょっとヒステリックに響いて壮絶、もの凄くパワフルにアクセントしっかり煽って走るアツい表現でした。(23:06)
第2楽章「Scherzo: Bewegt, lebhaft」激しいリズムを叩きつけるティンパニが熱狂するBrcukenrの傑作スケルツォ。ここもとっても粗く、前のめり。(9:58)
第3楽章「Adagio: Langsam feierlich」天上に上るように神々しい緩徐楽章。金管による「フォルティッシモの超越的な頂点」(Wikiより)の効果は壮絶!文句なしのパワフルな爆発と、深遠神妙に続くアダージョの弦はちょっぴり薄く感じるのは音質印象でしょう。これはこれで立派な演奏。(27:40)

オリジナルLPデザインTchaikovsky ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調〜マルタ・アルゲリッチ(p)/シャルル・デュトワ/ロイヤル・フィル(1970年)・・・アルゲリッチ29歳、デュトワ34歳、当時若手だった二人による一番人気ピアノ協奏曲の記録。リヒテルとかクライバーン、アルゲリッチの再録音も好きだけれど、この若い柔軟に瑞々しく輝かしい、キレッキレの技巧に感服。冒頭のホルンぶちかましから、デュトワのバランスのよろしい、一点の曇もない伴奏も立派、音質も半世紀以上経過して現役でした。最終盤に向けてのいます熱気に惚れ惚れ。いささか馴染み過ぎた名曲を爽やかに堪能いたしました。第1楽章「Allegro non troppo e molto maestoso-Allegro con spirito」(21:09)第2楽章「Andantino semplice- Prestissimo-Tempo I」(7:27)第3楽章「Allegro con fuoco」(6:47)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

もう話題にするのもちょっとなぁ・・・嘆息気味な高齢者運転手病院に突っ込み50人ほど負傷との報道。今朝、咽の痛みを感じていよいよ女房殿のウィルスに感染したかも。
昨日は曇り空、一時雨との予報も結局降らなかったようです。女房殿は風邪から快復傾向、朝のYoyTube鍛錬はユルいを選んでいっしょに実施したけれど、婆さん介護はヘルパーさんに頼んで休み、再び寝込んでおりました。咳はかなり止まったみたい。自分は半年ぶり歯医者に電話したら、すぐに予約できました。いざ通院してみるとマイナ保険証機器が故障して使えないとのとこと。やれ前の保険証はないかとかマイナンバーカードの証明書を準備してくれ、んなこと急に云われてもムリでっせ。ムリムリ推し進めた挙句こんなトラブル発生なんてエエ加減な脆弱な仕組みやなぁ、呆れました。前の保険適用のまま診てもらったけれど、次回旧保険証の持参が必要になりました。閑話休題(それはさておき)

ここ1年ほど気になっていた左奥歯上親知らず辺りの違和感は歯間にごみが溜まりやすい状態(意識してケアしても、華麗なる加齢に隙間拡大)ここは抜本的な対策が必要になりました。抜くのは嫌なので本日夕方、麻酔してかぶせをいったん外して再工事、けっこう時間は掛かかるらしくて治療完了迄ニ回分。本日夕飯ちゃんと喰えるのか微妙です。つい最近「月一回歯医者に行く」マニアな爺友が(別な歯科で)虫歯を抜くことになって、思いっきりバカにしたんやけど、他人(ひと)のことは嗤えんな。それと自らの歯のレントゲン写真が映し出されたディスプレイはWindows7っぽい〜ソフトとかネットワークの親和性の関係で、安易にアップデートできないんでしょうか。ちょっと不安。帰りに寄った業務スーパーにはおコメはありませんでした。今朝の体重は67.85kg変わらず高め安定中。

NF9976Shostakovich 交響曲第9番 変ホ長調/劇音楽「ロシアの川」/劇音楽「祖国」〜アレクサンドル・ティトフ/サンクトペテルブルク国立アカデミー交響楽団/スモーリヌイ大聖堂室内合唱団(2008年)・・・「戦時の音楽」シリーズ。音質は極上。 Alexander Titov(1954-露西亜)とは初耳、もうヴェテランの世代。サンクトペテルブルグのフィルハーモニーに非ずニ番手オーケストラはそこそこ上手く、なかなかパワフルに粗野に素朴なサウンドでした。
ユーモラスに軽快、妙に明るい交響曲第9番初演は1945年(ムラヴィンスキー/彼の録音はないらしい)フルート2本+ピッコロは拡張された二管編成?ティンパニ先頭に6種の打楽器はShostakovichには小さい方なのでしょう。小味な作品はお気に入りです。
第1楽章「Allegro」ユーモラスに快活な始まりは微妙にシニカルに落ち着かない。泥臭い、ローカルな旋律も悪くないステップ。(5:08)
第2楽章「Moderato」寂しげに静かに始まる緩徐楽章も、どこか無機的な足取りに絶望を深めました。(7:04)
第3楽章「Presto」木管のユーモラスな疾走も、どこか不安げ。途中のトランペットは俗っぽく勇壮、期待したほどに上手くはない。(2:56)
第4楽章「Largo」ものものしい金管のファンファーレは実質上終楽章への序奏。高音ファゴット?が苦しくてエエ感じに、どこか人を喰ったような風情が漂う。(3:08)
第5楽章「Allegrero」ファゴットがそのままユーモラスに、いかにもフィナーレに相応しい大団円風旋律を奏でて徐々にスピードアップ。わかりやすい主題も妙に虚無的な作り笑い風でした。賑やかな盛り上がりも微妙にギクシャク、やがて快速にテンポ・アップしてあっけなく終わりました。(6:24)
「ロシアの川」は1944年の作品。「国威発揚や前線の慰問などを目的として行ったショーのための音楽」なんだだそう。(勝手にネットより情報引用)
「March」「Football」はいっきり俗っぽく元気よろしい疾走からスタート。まるで運動会の徒競走の音楽。(0:16/2:31) 「Battle for Stalingrad」はくから響くホルンが朗々と静かに歌い、それは太い音色のフルートに懐かしく引き継がれました。やがて弦が参入して徐々にテンポは上がって、高まる危機感に打楽器トランペットに乗せて合唱登場!なにを歌っているのかさっぱりワカランけど、声楽は実力充分、なかなかカッコ良く決まりました。(7:12)
「Final Song」勇壮に決然たる合唱が入って、もちろん言葉の意味はわからんけど、戦いに勝利!例のソヴィエット万歳!的な雰囲気。舞台に主役中心に全員が揃って、満面の笑顔に〜みたいなじつに俗っぽく、ありきたりなフィナーレでした。嗚呼、恥ずかしい。(2:37)
「祖国」も同様。なんらかの経緯があって、歌詞が差し替えられ、これがオリジナル初収録!んなこと云われても、ま、こちら言葉はさっぱり理解できませんから。
「Overture」これは有名なワルシャワ労働歌。自分はこんな歌を知っているぎりぎり世代でっせ。(3:41)
「Song of the October Vicotry」これはいかにも労働英雄が力強そうなバリトン・ソロ(1:46)
「Dance of Youth」ありがちに軽快な四角四面っぽい若者たちの踊り(4:12)
「Ode for Leningrad」いかにも典型的な大団円的な締め括りの合唱。(2:54)

Purcell School  PS9701 Bartok 管弦楽のための協奏曲/Scriabin 4つの前奏曲 作品37*/Ravel 序奏とアレグロ 変ト長調/Rhee 弦楽四重奏曲「Kalmerki」/Elgar 4つのコラール・ソング 作品53(サイモン・ブラウン)〜ライオネル・フレンド/パーセル・スクール管弦楽団/アンサンブル/合唱団/トミタ・カン(p)/ジェシカ・チャン(p)/ムン・ヤン・チャエ(p)/フィリップ・フィッシャー(p)*((p)(c)1997年)・・・これは英国の由緒あるPurcell Schoolの自主録音でしょうか。いずれも拍手はないから、ライヴなのかどうかもわかりません。CD情報はネットに探せません。Lionel Friendはオペラ畑や教育者として活躍されているらしい。これは学生オーケストラですか?音質は上々。Bartokは手堅い、きっちりと真面目に技術的にもちゃんとした演奏だけど、ヴィヴィッドや色付けやユーモア、色気には足りません。フィナーレの快速パッセージも細部ちょっぴり、やっつけ仕事っぽいアンサンブル。
Introduzione(10:15)Giuoco delle coppie(6:09)Elegia(7:20) Intermezzo interrotto(4:05)Finale(9:57)
Scriabinは4人のピアニストによるデリケートな甘い囁き連続。(2:37-1:00-2:15-1:12) Ravelは切なく感動的なハープと弦楽四重奏、フルート、クラリネットによる名曲。これは充分に官能的な演奏でした。(11:23)
Lou ma Rhee(1978-)は現役の作曲家らしい。現代曲らしからぬ、懐かしい民謡風かつちょっと不安な短い弦楽四重奏でした。(4:00)
ラストElgarは初耳声楽作品だけど、心洗われる穏健静謐涼やかなサウンドが続きました。「There is sweet music」(4:14)「Deep in my soul」(3:42)「O wild west wind」(3:20)「Owls」(2:50)ま、一回通して聴けば良いかな、そんな不遜な思いに至りました。


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

好天続き、すっかり春めいてもご近所桜花は長持ちして、そろそろ季節終わりのコタツ電源コード代替は未だ届きません。女房殿の咳は残って体調はまだまだと思うけれど、なんとか起き出しました。朝一番に布団を干して、種々カバーなども外してしっかり洗濯しました。ストレッチはいつもどおり、YouTube鍛錬は女房殿お休み、自分のみ短いのを実施してから市立体育館へ出発。トレーニングルーム到着はちょっと遅れたけれど、無事いつもどおりのメニュー消化して気分爽快。帰りスーパーに寄って野菜など食材仕入れました。やはりコメは高いですね。帰宅すると女房殿不在、婆さんのところに出掛けたのか。大丈夫か?体調は。(夕方無事に戻ってきて、やや体調は快復傾向。コタツ電源ケーブルも到着)今朝の体重は67.85kg+150g減らんなぁ、夕飯かなり喰った自覚はあります。

Windows11のUpDateがいろいろと評判悪いらしい噂有・・・だけど、こちら30年ほど?カンで使ってきたので、なにがなんやら、どう不都合なのかさっぱりわからない。特別な不具合もなし、フツウに動けば良いんです。常に最新のWindowsを使ってきたのはセキュリティ問題と、ちょうどハードの性能が追いつかなくなって、偶然OS切り替え時期とマシン買い替えが重なっていたから。一ヶ月ほど前、画面右下に「Windowsの更新が使えます」的な表示が出て、設定からWindows UpDateを確認しても「最新の状況です」???それでも画面右下の表示は消えません。別に不自由もなし、やがてそのことはすっかり忘れました。VAIO Tap 20 vaio-tap20.jpg

ところが・・・ある日気付くと右下警告表示が消えている・・・設定からWindows UpDateを確認しても「最新の状況です」こんどはほんまみたい。どこがどう変わったのか一切理解していなくて、幸い噂の不具合?はいまのところ出ておりません。電源付きUSBハブを導入後、このところ電源は入れっぱなし(自動でスリープやら休止状態になる)その間に無事更新されたのかも。累計11年選手のVaio Tapは日々稼働順調です。

GUILDE INTERNATIONALGlazunov ヴァイオリン協奏曲イ短調/Dvora'k ヴァイオリン協奏曲イ短調〜リカルド・オドノポゾフ(v)/ワルター・ゲール/コンセール・ド・パリ管弦楽団(1954年)・・・モノラルだけど音質かなり良好。Ricardo Odnoposoff(1914-2004亜爾然丁)は戦前ウィーン・フィルのコンサート・マスターを務めた人。これはMembranの10枚組に含まれなかった貴重な音源でしょう。蠱惑甘美な音色、暖かいスムースなフレージングは神経質とは無縁。異国情緒漂う魅惑のGlazunov、懐かしいローカルな風情たっぷりな旋律が晴れ晴れとしたDvora'k、いずれもたっぷり歌ってテクニックは万全、Walter Goehr(1903-1960独逸→英国)の伴奏もしっかりソロを支えました。(20:29-30:17)

Victor VIC-5020Brahms ピアノ協奏曲第1番ニ短調(ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団/1969年)/Rachmaninov ピアノ協奏曲第2番ハ短調(キリル・コンドラシン/モスクワ・フィル/1963年)〜ルドルフ・ケーレル(p)・・・Brahmsは2023年に聴いたばかり。ちょっぴり濁るけれど、けれどまずまずの音質。ロジェストヴェンスキーの伴奏は泥臭くRudolf Kerer(1923ー2013喬治亜→瑞西?)のピアノは硬質に強靭、キレッキレのテクニックの冴え。もの凄く立派に聴こえるけれど伴奏は二管編成+ティンパニだけなんですよね。
第1楽章「Maestoso」速度表示なし「堂々と、威厳をもって」ソロが登場する迄なんと3:43、圧巻の管弦楽が展開されます。しっかり芯を感じさせるピアノはしみじみ落ち着いて、堂々たる重量感。(21:43)
第2楽章「Adagio」落ち着いた内省的な緩徐楽章はいつになく浮き立って、際立って明晰なソロ。(12:45)
第3楽章「Rondo: Allegro non troppo」風雲急を告げるソロがいきなり乱入。ホルンのヴィヴラートもたっぷりに重厚な伴奏に乗ってノリノリ、ピアノはあくまで流麗に明るく濃密なタッチが続きました。ラスト辺りリズムが変わるところ、ここはいつ聴いてもステキやなぁと感じます。ダメ押しの華麗なピアノに熱気たっぷりに締め括ってくださいました。(11:11) Melodiya 390.063
Rachmaninovはコンドラシンの濃厚なバックが表情たっぷり。音質はこちらのほうが良好でした。これも硬質に切れ味たっぷりのテクニック、スケール大きく歌って甘美な旋律際立つピアノ。あまりに聴き過ぎた名曲だけど、ここ最近聴いた中では最高の出来と確信。(10:14-11:21-11:34)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

女房殿はとうとう風邪に倒れて寝込んでしまいました。でも、夕方婆さんのところに生協の配達はあるし、洗濯用ポールも到着するので咳き込みつつ、這うように出掛けました。自分は辛くも体調維持、洗濯は二日に一度の頻度に変えたので大量、好天にたくさん干して気持ちよく乾きました。食材は切れているけれど、買い物に出る意欲が湧きません。ストレッチと短時間のYouTubeエアロビクスは継続中。いつものことだけど、ネットに音源を探って求めていたものを発見したり・・・あとは引き隠っておりました。洟水がひどくてあまり熟睡できておりません。今朝の体重は67.7kg▲200g高め安定中。

せっかくの備蓄米放出も効果成さず最高値更新。数日前ご近所の業務スーパーを覗くとそもそも米の在庫がほとんどなく、加利福尼亜米が並んでおりました。トランプさんへの忖度でしょうか。野菜はようやく値下がりしているとのこと。そもそも行き過ぎた減反政策、食料自給率を考えぬ政治の貧困に根底があるのでしょう。米農家が多いところは政府与党盤石の地盤だったんじゃないの?これはあきまへんで。野党もこの物価高に対応できなければ、早々に国民から愛想を尽かされますよ。

世界のホンダ副社長が辞任、セクハラ?日本の一流メーカーの実態も見え隠れして、週刊誌ネタになる前に自浄作用を期待したいものです。隠れた事例はいっぱいあるんやろなぁ、きっと。ぞっとしますよ。他、自称・ヒロスエ事件?いずれ昔から彼女のファンでもないので興味はありません。(本人だったそう/瀕すれば鈍する状態か)それより都営バス9歳児置き去り。無事だったから良かったけれど以前こどもが亡くなった事件ありましたよね、この辺りほんまに日本の劣化を憂います。他、外国籍の方の陰惨な殺人遺体遺棄事件など・・・日本の治安はほんま危うい感じ。ほか百日咳大流行などとても心配。ようやくコロナやインフルエンザが収まってきたのにね。

Everest LPShostakovich 交響曲第7番ニ短調「レニングラード」〜カレル・アンチェル/チェコ・フィル(1957年)・・・20世紀から幾度も聴いている演奏。 写真は懐かしい米EverestのLP一枚分、当時これが一番安かった。ちょっと曇ったモノラル録音が作品との出会いです。現在では全15曲中これが一番苦手な作品に至ったけれど、Karel Ancerl (1908-1973捷克)だったら昔懐かしく聴いてみたい。久々の拝聴はLP時代の音質記憶とほぼ変わらない、低音は甘いけどまずまずの解像度。乾いて淡々とした風情は音質印象もあるのでしょう。フルート2本+ピッコロは拡張された二管編成?+打楽器は8種、ピアノにハープ2台が加わります。昔懐かしいシュワちゃんのCMでお馴染みの旋律、ちょっと大仰なプロバガンダ系作品は苦手〜なんだけれど、久々に各楽章興味深く拝聴できました。
第1楽章「Allegretto(戦争)」勇壮にものものしい行進から、小太鼓に乗せてわかりやすい(ユーモラスな?)「侵攻のエピソード」が延々とした繰り返し。勿体つけた勇壮雄弁表現に非ず、乾いた風情に辛口。素っ気なく速めのテンポ、引き締まったサウンドのまま熱を帯びて、重過ぎぬテンポ・アップもアンチェルらしい。打楽器の低音の弱さがちょっと残念でした。やがてファゴットのモノローグから寂しく小太鼓が消えるように終了。(25:31)
第2楽章「Moderato (poco allegretto)(回想)」意外と軽快な弦のリズムに乗って、静かなオーボエは途方に暮れたように始まり、これもスケルツォなんでしょうか。3/8拍子のトリオは賑やかに悲痛な対比、激昂してアンチェルはちょっと生真面目に、そしてオーディオ的にはちょっと物足りない。(10:30)
第3楽章「Adagio(祖国の大地)」は 雄弁な管楽器によるバロック風コラールから始まるパッサーカリア(変奏曲)。ここは低音の暗鬱な動きはもっとクリアに響いて欲しいところ。やがてフルートの懐かしい旋律、そしてオーボエが絡んで弦のピチカートが寂しく支えます。弦の清涼な旋律は粛々、それがテンポ・アップして高揚します。ここは大地に歌うようなスケール大きな美しい旋律が続いて絶品。(18:01)アタッカで
第4楽章「Allegro non troppo(勝利)」鬱々と静かに蠢くような始まり。やがて勇壮な進撃に至って雄弁に非ず、かっちりきっちりと几帳面にリズムを刻む・・・やがて深刻な重い足取りにテンポを上げ、幾度繰り返されるモールス信号V(・・・−)も印象的。リズムはとてもフクザツ、高まる緊張感と疾走、第1楽章冒頭主題も回帰してラストのクライマックスへ、この辺りのはっきりしない音質はちょっと残念でした。(16:24)

Orfeo KKCC-8032Mozart フリーメイソンのための葬送音楽 K.477/交響曲第41番ハ長調K.551〜オイゲン・ヨッフム/バンベルク交響楽団(1982年)・・・現代のコンサートホールに響くモダーン楽器による演奏の最高峰。「ジュピター」は噛み締めるようにじっくりと慌てぬ足取りは鈍重に非ず、繰り返しすべて実施。Brcuknerでは時に煽ったり、走ったりが気になるEugen Jochum(1902-1987独逸)もどっしりと腰を据え、地に足着けたイン・テンポに、どこをとっても納得できる安定表現に感銘ひとしお。バンベルク交響楽団の質実なサウンドも魅惑、自分は古楽器系の軽快にキレのあるリズムを好むけれど、こちら堂々たる威容にも納得、久々に天翔る名曲をたっぷり堪能いたしました。 葬送音楽(5:36)交響曲第41番K.551/第1楽章「Allegro vivace」(12:25)第2楽章「Andante cantabile」(9:30)第3楽章「Menuetto: Allegretto」(4:56)第4楽章「Molto Allegro」(9:02)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

ETCシステム不備から高速道路大混乱、日本は脆弱やなぁ、その辺り。「あとで払ってね」って誰が払うかい、そんな料金。(払わんとあかんらしい)お仕事現役時代なら倉庫に荷物が到着せず大混乱、お詫びとか調整で緊急対応必須でした。きっと後輩はてんやわんや状態と類推します。女房殿がネット通販に注文したものは「遅延の可能性がございます」そんなメールが届いておりました。その後、午後には復旧したとの報道有。
こちらは月曜が始まってもいつもと同じ365日祝日状態、風邪症状はなんとか悪化させず朝を迎えて、いつもどおりのストレッチと短いYouTubeエアロビクス短いのを実施して市立体育館を目指しました。いくらゆる筋トレでも48時間インターバルを空けて体調を整えております。女房殿は熱はないけれど、声がちゃんと出ていない、症状悪化中。婆さん(95歳)に介護にはしっかりマスクして最低限対応して戻ってまいりました。

トレーニングからの帰り、シャワーも浴びて春の日差しに気分爽快。枝の手入れをしていない桜並木は満開〜やや散り始め。ことしの桜花は長いですね。料理は引き続き冷蔵庫在庫一掃メニューにて乗り切りました。じつは前日れんこんがちょっと硬かった後悔もあって、圧力鍋にてリベンジ。今朝の体重は運動もしたのに67.9kg+250g、原因不明。なんじゃこりゃ。
離島の生命の支えであるドクターヘリが墜落、患者さんと付き添い、若い医師、三人犠牲になったのは残念。誰のせいとかミスとじゃなくて、大自然相手だから不測の事故はあり得ることでしょう。なんとか、この事故を乗り越えて継続して欲しいもの。
自分はほぼ興味はない万博、開幕迫って「メタン」騒動、うっすらウンコ臭いとはこのとだったのか。大丈夫?

DG UCCG2040R.Strauss 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」/Mahler 交響詩「葬礼」〜ピエール・ブーレーズ/シカゴ交響楽団/サミュエル・マガド(v)(1996年)・・・世評コメント曰く

パロディに違いない
「明晰」なのかもしれないが、曲自体の「旨み」を全て取り去って・・・
ブーレーズおじいさん、もうだめでしょうね
返す刀でショルティを絶賛された方もいらっしゃいました。ここまでボロカスに云われたら聴いてみたくなる生来の天邪鬼体質。なんせこちら名曲「ツァラ」を幾度聴いても掴みどころのない、難解な作品と感じてしまう残念な音楽ファン、これもお勉強のつもり。硬質に強靭、輝かしいシカゴの金管を駆使してクール、どこにもあざとい詠嘆とか煽りの存在しない淡々とした”美しい”演奏、細部解像度高くどのパートも忽せにせぬ、正確明快な演奏でした。熱気とか色気、勢いやパワーを作品に求めれば、枯れて味気も素っ気もない醒めた演奏に感じられることでしょう。常に八分の力に抑制して、それでもDas Tanzlied(舞踏の歌)辺りはそうとうな迫力。世評コメント氏に異論はないけれど、あとは嗜好の世界。この作品を愛する人がワクワクして求めるような演奏じゃないんやろなぁ、時々作品に飽きた時に解毒すべき存在なのかも。(2:02-4:03-2:01-1:48-2:04-4:13-5:10-7:49-4:16)
「葬礼」は交響曲第2番ニ短調「復活」第1楽章の初稿。完成稿より長く、あちこちかなり姿も違いました。編成はちょっと小さい?こちら充分珍しい版の真髄を堪能させてくださる緻密な演奏。金管の炸裂も余裕でした。(25:09)

NewYork Phil_2011-2012 SeasonMozart ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調K.482/ミサ曲ハ短調 K.427(417a) 〜アラン・ギルバート/ニューヨーク・フィル/アマニュエル・アックス(p)/ニューヨーク・コラール・アーティスツ/ジェニファー・ゼルタン(s)/ジェニファー・ジョンソン・キャーノ(ms)/ポール・アップルビー(t)/ジョシュア・ホプキンス(br)(2012年ライヴ)・・・ニューヨーク・フィルのライヴ音源はもちろん上々の音質。Emanuel Ax(1949-亜米利加)も既に大ヴェテラン、古楽器と両刀遣いだけどここではモダーン楽器を使用。
傑作揃いのMozartのピアノ協奏曲中、屈託ない典雅な風情を湛えた傑作変ホ長調協奏曲K.482をのびのび、デリケート陰影豊かなタッチに表現してくださってウキウキな軽み。伴奏編成はfl/2cl/2fg/2hr/2tp/ティンパニ/弦。映画「アマデウス」朝帰りの場面と分かちがたくイメージが重なります。
第1楽章「Allegro」は端正にちょっと生真面目なリズムを刻む始まり(13:38)
第2楽章「Andante」はハ短調の変奏曲。物思いに耽るような深遠さ。途中の管楽器のみの部分が絶品の聴きもの(8:39)
第3楽章「Allegro」ここが朝帰りの場面。符点のリズムはゆったり優雅に微笑むように精神は沈静化いたします。(11:38/拍手有)フルートの深みのある響きは、かつてのニューヨーク・フィルとは随分と印象は変わって柔らかい響きでした。
先日ニコル・マットを聴いたばかりのミサ曲ハ短調 K.427(417a) は未完の作品。後年の補筆採用の関係か、少々違っておりました。(カンチガイだったらごめんなさい)ニューヨーク・フィルの演目としてはちょっと意外、明るく厚みのある響き、声楽ソロの表情も豊かでした。合唱も上々、オーケストラのアンサンブルの集中力もかつての荒々しい骨太とはすっかり変わりました。これでライヴ。
Kyrie (Chorus, Soprano 1)(6:25) Gloria (Chorus)華やかな「ハレルヤ」風躍動する合唱(2:13)Laudamus te (Soprano 2)(ここが演奏されない?)Grarias agimus tibi(1:14)Gloria: Domine (Soprano 1, Soprano 2)(2:47)Qui tollis (Chorus)壮麗劇的な合唱がゆっくり、決然とした歩み。これはキリストの処刑台への道ですか?(6:04)Quoniam tu solus,Jesu Christe (Soprano 1, Soprano 2, Tenor)声楽ソロ競い合って緊張感たっぷり。+楚々として美しい木管が旋律を追いかけます。(3:48)Gloria: Cum Sancto Spiritu (Chorus)合唱による壮麗、カッコよいフーガ。(4:01)Credo: Credo in unum Deum (Chorus)堂々たるリズムに乗った力強い合唱。そして魅惑の劇的旋律。(3:24)Credo: Et incarnatus est (Soprano 1)木管のオブリガートに乗って、ソプラノがたっぷり表情豊かに歌う、感極まるクライマックス。(4:35)Sanctus: Osanna (Chorus)/Benedictus (Soprano 1, Soprano 2, Tenor, Bass, Chorus)ここがニコル・マットとは違って短く、あっけなく終わるもの。(3:24/拍手なし)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

岸和田市長選挙は不信任失職した前市長再選ならず。兵庫県知事選挙みたいなことはなかったみたいだけど、投票率40%ねぇ・・・これでも前回より11%上がったんだって。情けない、せめて半分いかんものか。秋田市長選では野党系若い新人が現職抑えて大差で当選、ここは60%を超えたそうです。
昨日日曜は曇り空、外出はしなかったので体感はわからないけれど、気温はそこそこ上がったらしい。洗濯物は二日分だからかなりの量を干して、夕方にはすっきり乾きました。ストレッチと軽くYouTube鍛錬をしたのみ、桜の声を聞いてから体調はずっと思わしくなくてちょっぴり頭痛もあります。女房殿は前夜より咽に痛みがあるらしくて、孫から伝染ったのかも、解熱鎮痛剤を服用して婆さんの世話に出掛けていきました。季節の変わり目は体調管理が難しいですね。自分も微妙に風邪症状なのか、珍しく肩が凝っております。買い物には出ず、冷蔵庫食材在庫を無駄にせぬように消化して、ワン・パターンのヘルシー和食を仕立てました。今朝の体重は67.65kg+200gこんなもんでしょう。

こちらでは放送していないけれど、YouTubeには歴代東京ガスの感動CMがたくさん出現、在留外国人や日本に興味のある外国の方のリアクション動画も多く検索できます。内容的には日本固有のものがけっこうあって、例えば弁当文化、部活とか、こどもからの「お手伝い券」とか、ほんまに理解できているの?ちょっと怪しいけど、皆涙を流して見入っているのですね。アニメで見て知識はあるのかな?

文化や背景は違っても、洋の東西問わず人類に共通する親子関係や家族への思いは存在するのでしょう。東京ガス以外にも感動CMはいろいろあって、日本のCMの質は高いですよ。あまり商品や会社名を連呼する押し付けを嫌うのが日本文化。そういえば歴代JR東日本の「クリスマス・イブ」CMも名作だったなぁ、それも外国人さんたちが固唾をのんで見入っておりました。山下達郎人気もあるみたいです。

UCCD-4693 Mahler 交響曲第6番イ短調〜ジョージ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1970年)・・・2017年来の再聴。前回拝聴曰く

快速テンポ、非情なくらい強靭ドライなフレージング、完璧な各パートの技量、切れ味、明るい響き、とくに金管の優秀さ、輝かしさが光ります。ほぼ半世紀を経ても現役ピカピカの音質。大好きなMahler交響曲中、やや苦手と感じるのは”怪しく重く、暗い”作品だから。これが・・・爽快スポーティ、”怪しく重く、暗い”風情何処?パワー全開一気呵成な推進力を誇って鳴り響くショルティの表現、常に前のめり咳いたような(妙な)熱気に溢れております。
この間、いくつか連続してGeorg Solti(1912ー1997洪牙利→英国)の演奏に辟易して、昔馴染みなとっても怪しい重い作品なら大丈夫だろうと取り出したもの。上記コメントに付け加えるべきものはない、58歳文句なしのパワー、情念とか情感、詠嘆とは無縁のスポーツみたいな筋肉質演奏は唯一無二の個性でしょう。Mahlerだったらこんな表現も似合って、爽快と云えば爽快、空疎と云えば空疎なんやけど、光り輝く四管編成+二人のティンパニ+15−6種の打楽器(ダメ押しのハンマー含む)チェレスタ、ハープは2台大音響の宴をたっぷり堪能できます。落ち着かぬ急ぎ足に前のめり、速めのテンポに疾走しました。
第1楽章「Allegro energico, ma non troppo. Heftig, aber markig」は尻が落ち着かぬ不気味な行進曲。(21:06)
第2楽章「Scherzo: Wuchtig」スケルツォは第2楽章に配置。ヒステリックな疾走は強烈。(12:33)
第3楽章「Andante moderato」はホルンの技巧があまりに無機的にスムース。(15:30)
第4楽章「Finale: Allegro moderato - Allegro energico」この世の終わりのような不気味な始まりからパワー全開、乾いたティンパニの存在感、三回目のハンマーも復活しました。スポーティにカッコ良い疾走は壮絶でした。(27:40)

ネットより音源入手Schumann ピアノ協奏曲イ短調/Bruckner 交響曲第9番ニ短調〜ラドゥ・ルプー(p)/カルロ・マリア・ジュリーニ/ロサンゼルス・フィル(1980年ライヴ)・・・いかにも海賊っぽい肌理の粗い音だけど(FMエア・チェックらしい)残響や臨場感奥行きはかなり、ちゃんと演奏の様子は理解できます。Carlo Maria Giulini,(1914-2005伊太利亜)がロサンゼルスのシェフに在任したのが1978-1984年、前任のメータがあまり取り上げなかったオーソドックスな古典作品や浪漫の作品をレパートリーに多く取り入れたそう。この作品とかMahlerの「大地の歌」、交響曲第9番ニ長調のライヴ音源も拝聴したことがありました。
当時Radu Lupu(1945-2022羅馬尼亜)は35歳の若手、心持ちゆったりとしたテンポにしっとりと瑞々しい響きにSchumannの劇的に甘い旋律を堪能させてくださいました。ジュリーニのまったりあわてぬていねいな伴奏は極上の出来。沸々と湧き上がるような浪漫が静かなクライマックスへと向かいます。第1楽章「Allegro affettuoso」(15:42)第2楽章「Intermezzo: Andantino grazioso」(5:08)第3楽章「Allegro vivace」(11:16/拍手有)
Brucknerはジュリーニの十八番の荘厳神聖な作品。シカゴやウィーン・フィルとのセッション録音より、アツい推進力を感じさせるもの。じっくりと腰を据えて、適度なテンポ・アップも効果的、慌てず力まず細部までしっかり歌って(技術的には文句ないけど)管楽器の音色や弦に深みが不足すると感じるのは自分の先入観乃至音質印象故でしょう。悠々と盛り上がりを見せて、感慨深いライヴ音源でした。第1楽章「Feierlich, misterioso」(25:41)第2楽章「Scherzo: Bewegt, lebhaft - Trio: Schnell - Scherzo」(11:01)第3楽章「Adagio: Langsam, feierlich」(26:02/大喝采と放送アナウンス有)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

ようやく気温も春らしく戻りつつあります。婆さんの洗濯物がなくなった関係で少なく、朝の洗濯は延期。ストレッチと短いYouTubeエアロビクス済ませて市立体育館へ。ようやくシャワーをしっかり使える気温に至って、気持ちよろしく筋トレ+エアロバイクを締め括りました。帰り自家製ヨーグルトのためのヨーグルト種菌用の仕入れて帰宅、身体をしっかり動かすと気分は晴れます。土日は婆さんの介護は弟に任せて、女房殿が寿司が喰いたいと曰うので、ちょっぴり贅沢しに出掛けました。ところが、昼飯を喰い過ぎたのが誤算、MUJIに寄って服を買ってもハラは減らず、上質な刺し身少々とビール一杯のみ喫してさっさと帰りました。左膝腰は相変わらず調子はいまいち。そして夢見もよろしくない。自分はどこかの学校の新入生となって、初めての登校の朝、自分の靴が探せず時間はどんどん迫って・・・今朝の体重は67.45kg▲650g。

先日コタツの電源ケーブルスイッチが壊れて難儀している件、「エポテック」とやら、そんなメーカーはネットから検索できません。いちおうソケットの形状を確認の上代替品をネット注文しました。届く頃には今季お役御免となっているでしょう。
居酒屋のQRコード読み取りスマホ注文は評判が悪いそうな。たしかにMy激安スマホは中(低)速使い放題なので、梅田駅前ビル地下電波状況の悪いときには使えないときもありました。ネットには「客のものを勝手に使いやがって」みたいな声有。いつも呑みに行く爺友は「画面が小さくて見にくい!」そんな文句を垂れておりましたっけ。そうかなぁ、自分はちゃんとつながって使えれば文句はありません。お店にとっては安上がりで佳きシステムじゃないっすか。専用タブレットはシステム構築や専用ハードがけっこうな費用負担らしい。そんな経費は喰いもんのほうに使ってもらいたいもの。

SONY Mozart ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調 K.456/ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459〜リリー・クラウス(p)/スティーヴン・サイモン/ウィーン・フェスティヴァル管弦楽団(1965-66年)・・・リリー・クラウスのCBS全集はLP時代より昔懐かしい全集録音、音質的にも演奏内容的にもちょっとナニかも・・・それでも入手した音源は捨てられない〜まるで実家に溢れかえる荷物片付け動画風、そんな悩みを抱えておりました。久々に拝聴したら音質は記憶ほどに悪く感じない、それはオーディ環境の変化のせいでしょうか?Stephen Simon(1937-2013亜米利加)の伴奏(ウィーン交響楽団のメンバーなんだそう)がちょっぴり響き薄く粗いけれど、響きは華やかにそう悪くはない。Lili Kraus(1903-1986洪牙利→墺太利→新西蘭)のピアノも粒が揃って躊躇いがちの揺れ。技術的な不足もなく、わずかに細部流した感じもあるけれど気になるほどではない。
第18番 変ロ長調 K.456はウィーン時代に入った1784年の作品。2fl/2ob/2fg/2hr+弦の編成。
第1楽章「Allegro vivace」落ち着いてギャラントな序奏から、そのままの旋律のソロが優雅に始まりました。いつもように陰影豊か躊躇いがちに揺れる名曲は、ほのかに色気漂うピアノが似合います。カデンツァは思いっきり華やか、誰のでしょう。(11:52)
第2楽章「Andante un poco sostenuto」物思いに耽るような「フィガロ」バルバリーナのカヴァティーナ「なくしてしまった」に似た旋律による物憂い変奏曲。デリケートなピアノとそれを支える管弦楽の対話は絶品でしょう。(10:18)
第3楽章「Allegro vivace」優雅にシアワセ、牧歌的に淡々とした明るいリズム。時に劇的な暗転も我らがヴォルフガングの魅力でした。(7:32)
第19番ヘ長調K.459も同じく1784年の作品。fl/2ob/2fg/2hr+弦の編成。
第1楽章「Allegro」春の野に思わず駆け出すように、符点のリズムが繰り返し弾む快活な行進曲。ソロはしっとりとした存在感、伴奏がちょっぴり遠いような気がするのは録音の加減でしょうか。(12:28)
第2楽章「Allegretto」淡々としたピアノに木管がそっと寄り添って絶品、6/8拍子に揺れる緩徐楽章。切ない情感も漂う天才のワザ、名曲。(8:18)
第3楽章「Allegro assai」優しくもデリケートなピアノが、そっと囁くように駆け出すフィナーレ。こんな無条件幸福が続く作品、演奏は古楽器モダーン楽器問わず座右に置いておきたいもの。(7:42)

LP時代のデザインTchaikovsky 交響曲第4番ヘ短調〜ラファエル・クーベリック/ウィーン・フィル(1960年)・・・2017年来の再聴。Rafael Kubelik(1914-1996捷克→英国)46歳の記録。同時期にウィーン・フィルと4/5/6番まとめてEMIに録音して、なかなか良質な落ち着いた音質と聴きました。世評は割れているのがオモロい感じ。ユーザーレビューに曰く

●メンゲルベルグと双璧をなす、素晴らしく且つ貴重な演奏
●新しいチャイコフスキー像/泣きの演奏を期待しているのであれば、それは期待外れ/純粋な体験として、一般的な尺度をすてて聴くことをお勧めする
●「手抜き?」とか「ダレてる」というような印象
ニ番目の方のご意見が正鵠を射ているように思えます。劇的甘美にスケール大きな旋律作品は二管編成+ピッコロに拡大され、ティンパニ+シンバル、トライアングル、バスドラムが加わるもの。露西亜風体臭皆無、情念に入れ込んだ演奏に非ず、クールにシンフォニックに演奏して、作品に求める方向が異なると評価も変わるのでしょう。但し、ウィーン・フィルの美質前面に非ず、端正に抑制して一歩引いた完成度、メンゲルベルクの強烈な個性云々と比較するのはちょっとムリムリでしょう。一貫して中庸のテンポに、詠嘆に充ちたテンポの動きは少ないもの。
第1楽章「Andante sostenuto - Moderato con anima」鳴り響く金管は「運命」の主題。(18:21)
第2楽章「Andantino in modo di canzona」いかにもメラコリックなTchaikovskyらしい泣きの旋律。(9:06)
第3楽章「Scherzo: Pizzicato ostinato. Allegro - Meno mosso」は興奮熱狂のピチカート(5:56)
第4楽章「Finale: Allegro con fuoco」デーハーな金管の大爆発と疾走は充実して充分な力感、怒涛の熱狂と威圧感を覚えぬバランス感覚と優しさ。そして第1楽章冒頭「運命」の回帰、そしてテンポを上げてフィナーレへと向かうクライマックスにも常軌を逸したやかましさを感じさせぬ締め括りでした。(9:08)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

昨夜は女房殿夜8時頃ご帰還。孫との時間を堪能してきたとのこと。疲れたことでしょう。自分は浜ちゃん休養直前の「プレバト!」ニ時間スペシャル堪能が難しいほど眠くて、ま、Tverでまた見れますから。そんなにたくさん呑んでいないけれど、酒の力を借りてしっかり眠った手応え、あまり健康にはよろしくない。朝から左腰膝が少々痛みます。いつもどおり朝一番の洗濯、ストレッチ、そしてYouTubeエアロビクスは韓国のノリノリのお姉さんによるもの実施、隣国との関係は微妙な問題を孕んでいるけれど、健康への願いは万国共通ですよ。その流れで「いちいちスゴい日本の暮らし!?肥満大国アメリカが追いかける日本の生活習慣は今後も加速」拝見。日本の肥満比率4%は世界一少ないんだそう。(それでも問題と思う)いろいろ勉強になります。女房殿は婆さんの通院付き添いに朝一番、出掛けていきました。

自分はな〜んもやる気が出ない。終日ぐったりとして【♪ KechiKechi Classics ♪】定例更新も、いつも以上に手抜きと自覚しております。今朝の体重は68.1kg+450g、昼ちょっと喰い過ぎ?ほとんど身体を動かしていないにせよ、増え過ぎ。

日々猟奇的な事件は発生して「滋賀県長浜市の住宅の冷凍庫から身元不明の遺体が見つかり、3人が逮捕」〜発覚の経緯が不可解でして「別の変死現場(堺)で見つかった遺書から事件が発覚」もうほとんど二時間ドラマの筋書きを凌駕して、日本の治安はほんまに危うい。せっかく前日爺友との酒の馬鹿話し憂さ晴らしも、こんな事件ばかりじゃ気分も後退気味・・・更に膝腰が鈍く痛んでどんより曇り空というすっきりしない天候も続きます。
自民党裏金議員 処分満了で要職復帰、との報道。ぜひ堂々と表立って復帰してご活躍いただきたい、なにもなかったかのように。

手許に音源ファイルを溜め過ぎたので、ちゃんと聴けないものが大多数。一度聴いてイマイチな印象であってもそれは自分の勘違いかも知れない〜そう考えて保存継続〜そんな連続の積み重ね。ミニマリストの研ぎ澄まされた発想とはかなり違うけれど、多く音源を所有すること=たっぷり音楽を堪能することに非ず。2024年のHDD4tb一個お釈迦事件を経験して、音質が繰り返しの拝聴に耐えられぬもの、ガッカリした演奏は潔よろしく大胆な廃棄を決意いたしました。あとで聴きたくなって後悔したとしても、それもまた運命(さだめ)でしょう。縁があればまた出会えるかも。そんな決意をしてから半年以上経過、そんな決意と行為に後悔したことは一度もありません。

LPMozart 交響曲 第29番イ長調K.201/交響曲第41番ハ長調K.551〜ジョン・バルビローリ/ハレ管弦楽団(1956年)・・・ぐずぐずとそんなことを書いたのは、John Barbirolli(1899-1970英国)による珍しいMozart録音を聴いたため。協奏曲伴奏以外では他第25番短調を見掛けるくらい(ライヴ音源は存在する)意外と珍しいレパートリー、これが「廃棄/保存」のボーダーライン的存在。なんとステレオ録音。ちょっと名残惜しく振り返るような風情のイ長調交響曲K.201は、ちょっぴり音質もアンサンブルも粗く、作品個性に似合わぬ響きも厚く大柄に過ぎる印象がありました。 第1楽章「Allegro moderato」(5:16)/ 第2楽章「Andante」(5:29) / 第3楽章「Menuetto」(3:47) / 第4楽章「Allegro con spirito」(4:41)
名曲中の名曲ハ長調交響曲K.551は音質も改善され、大柄に優雅なフレージングはいかにもバルビローリらしい表現、これはなんとも立派なスケールに溢れて聴き応え充分。所謂最近の古楽器系引き締まったリズムとは無縁の表現だけど、これはこれで馴染みの一時代前の大きさを堪能できました。第1楽章「Allegro vivace」(8:49)第2楽章「Andante cantabile」(9:56)第3楽章「Menuetto: Allegretto」(5:12)第4楽章「Molto Allegro」(6:27)

Dvorak’ 交響曲第9番ホ短調「新世界より」〜ウラディーミル・ヴァーレク/プラハ放送交響楽団(2000年)・・・1997年発売とは別物?2022年に入手した?この音源ファイルを3年放置した挙げ句、確認すると残念第2楽章ファイル抜け、もともと抜けていたのか、圧縮時に作業を誤ったのか(涙)人生こんなこともあるけど痛恨のミス・・・日本でもお馴染みVladimir Valek(1935-2025捷克)はつい先日亡くなったらしい。一番人気、ワクワクするような美しい旋律連続作品はなかなかのオーソドックス、さっくりとした軽い響きに、速めのテンポなバランス演奏、第1楽章提示部繰り返しなし。オーケストラは思いの外好調だけど、ちょっぴりパワー不足にマイルドな響き、流れは自然にムリのない味わいのある演奏でした。第2楽章もシミジミ聴きたかったなぁ。第1楽章「Adagio - Allegro」(8:45)第2楽章「Largo」(残念)第3楽章「Molto vivace」(7:19)第4楽章「Allegro con fuoco」(11:17)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

春なのに中途半端な気温続き、体調はいつも通りなのに気分は晴れません。花粉症もあるのでしょう。ヘンなニュースばかり続くからか。くら寿司のテーブルに避妊具放置動画アップとの報道。いったい幾度繰り返すんだろう、アホな行為は。お詫びしたいと申し出があったそう。数年前類似の事件があって、そいつや家族の生活はエラいことになった結末から学ばんかったのか。危うい年寄りもいるけれど、若い人は減ってもアホ比率は上がって、それをわざわざ動画にして再生回数を稼ぐと云った発想が情けない。報道を受けてあえてマネする輩(やから)はおるんやろなぁ、これも日本の劣化の一環でしょうか。オン・ラインゲームの挙げ句、女子高生を殺めてしまうヘンタイよりマシなのか。この事件もなんか危うい不安な、不快な日本になりつつある象徴のような気がします。

昨日早朝に女房殿は息子宅へ発熱した孫二人の面倒見に出掛けました。自分はいつもどおりのストレッチ、短いYouTubeエアロビクス済ませて市立体育館へ。いくらはっきりしない気候でもそれなりに暖かくて、いつものゆる筋トレ+エアロバイク15分こなしたらけっこうな汗、でもシャワーの準備はしておりませんでした。朝一番の常連メンバーはちょっとずつ減っているような?たまたま隔日に通う自分が出会わないだけか、それとも時間を変更して継続されているのか、愛好家の継続を期待いたしましょう。

音楽を聴いても集中できず、気分が塞ぐので(女房殿には申し訳ないけど)爺友を誘ってちょっぴり呑みに出掛けました。奴はオークションで中古大型スクーター入手していろいろいじっているとか。今朝の体重は67.65kg+150g自業自得。

DG UCCG50026R.Strauss アルプス交響曲(1980年)/ホルン協奏曲第2番 変ホ長調(1978年)〜ヘルベルト・カラヤン/ベルリン・フィル/ノルベルト・ハウプトマン(hr)・・・仰け反るような圧巻のオーケストラの輝かしさに圧倒されて、もうぐうの音も出ません。全力渾身!に非ず、カラヤンの統率は常に余裕を感じさせて、弦は涼やかにスムース、ホルンが登場すればその深い音色にドキリとして、ティンパニは強烈アクセントの楔、そっと囁く木管に極上の色気が漂います。不気味な嵐のの前の静謐、迫りくる暗雲、荒れ狂う雷鳴の文句ない迫力とオルガンの存在感、響きは混濁せずあらゆるパートはクリアに浮き立ちます。弱音部分の金管もまったく存在感は弱まらない。噂ではLPは一部違う効果があったそうな。いろいろな演奏を聴いて、どれも壮麗な感銘をいただいたけれど、これは桁違いの産物でしょう。
夜 Nacht(3:02)-日の出 Sonnenaufgang(目眩のするような壮麗なホルン/1:29)-登り道 Der Anstieg(舞台裏ホルンに痺れる/2:18)-森への立ち入り Eintritt in den Wald(金管はにもちろんだけど、弦が痺れるよう)(2:57)-小川に沿っての歩み Wanderung neben dem Bache(2:39)-滝 Am Wasserfall(0:17)-幻影 Erscheinung(0:51)-花咲く草原 Auf blumigen Wiesen(0:56)-山の牧場 Auf der Alm(カウベルが響く/206)-林で道に迷う Durch Dickicht und Gestrupp auf Irrwegen(134)-氷河 Auf dem Gletscher(1:17)-危険な瞬間 Gefahrvolle Augenblicke(遠くから雷鳴(ティンパニのロール/1:28)-頂上にて Auf dem Gipfel(トロンボーンが頂上の動機/ここのテンポが遅い)(4:31)-情景 Vision(3:40)-霧が立ちのぼる Nebel steigen auf(ファゴットとヘッケルフォーン(?)が不安げな旋律を奏でる)(0:18)-しだいに日がかげる Die Sonne verdustert sich allmahlich(0:49)-哀歌 Elegie (2:18)-嵐の前の静けさ Stille vor dem Sturm 遠くから雷(バスドラムとサスペンデッドシンバル)風が吹き出してくる(ウィンドマシーン/3:02)-雷雨と嵐、下山 Gewitter und Sturm, Abstieg(オルガンの和音とウィンドマシーンによる風 サンダーマシーンによる落雷)(3:58)-日没 Sonnenuntergang(2:41)-終末 Ausklang(オルガンによる太陽の動機)(6:02)-夜 Nacht (2:49)
ホルン協奏曲を担当するNorbert Hauptmann(1942-独逸)1967年より30年以上ベルリン・フィルの首席。目眩がするほど爽快に遠くの景色を眺めるよう。しみじみメロウな音色はザイフェルトの剛直さとはずいぶん違う。第1楽章「Allegro」(9:02)第2楽章「Andante con moto」(5:37)第3楽章「Rondo」は軽妙を感じさせる自在な動き(5:16)

EverestCopland 交響曲第3番ホ長調〜アーロン・コープランド/ロンドン交響楽団(1958年)・・・以前アンタル・ドラティの1953年録音を聴いて、そのわかりやすい作風がっすっかり気に入った作品。これは優秀録音が有名なEverest録音、ちょっと草臥れたけれど、低音もズシンと響いてかなりの臨場感と鮮度でした。初演は1948年(セルゲイ・クーセヴィツキー)。三管編成に+ティンパニ4台+打楽器12種+ハープ2台+チェレスタ+ピアノと云った大編成。当時のロンドン交響楽団が作品に慣れていなったのか?作曲者自身の指揮統率が至らぬのか、どうもアンサンブルがぎくしゃく、牧歌的に前向きの希望に溢れた作品旋律の魅力がいまいち伝わりにくい。
第1楽章「Molt moderato」は木管〜弦による静かな、いかにもCoplandらしい安らかな始まり。それが少しずつ盛り上がって平和な喜びが広がって金管も高らかに歌い、ティンパニ先頭に打楽器も活躍してカッコ良い。やがて安寧の風情に戻って静かに終了。(9:31)
第2楽章「Allegro molt」はProkofiev打楽器用法の影響を受けた、とはWikiより。打楽器の低音はズシリと響くけれど、そんな晦渋なことはない、明るい風情に躍動して喜びに溢れます。ピアノも軽快にお花畑のような晴れやか軽快な中間部からラストに至る・・・けれど、決然たるキレや盛り上がりに欠ける演奏。(8:12)
第3楽章「Andantino quasi allegretto」は瞑想するしっとりとした緩徐楽章。途中から軽快な優しい日差しのようにユーモラスなテンポ・アップ。(9:54)
第4楽章「Molt deliberate(Fanfare)Allegro risolute」は有名な「庶民のためのファンファーレ」(「料理の鉄人」テーマ)から始まって、それは希望の夜明けのような金管。打楽器の迫力もリアルな名曲ですよ。そこから細かい音型に闊達な疾走が始まって、それはフクザツなフーガに育ってノリノリ、金管の不協和音も炸裂〜ここのノリがいま一歩なんやなぁ、残念。(12:40)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

せっかく出掛ける意欲満々だったのに、なんかすっかり意欲を失いました。朝からいつも通りのヘルシー朝食済ませて、軽く身体を動かすYouTube運動、そしてストレッチ済ませて、どうも心身ともに意欲も調子も上がりません。風邪気味なんかなぁ。薄曇りに気温も上がらず、コタツも故障しているので足許が温められません。なにもする意欲も湧かない引き隠り。ちょっっぴり頭痛もあります。女房殿は昼頃ご帰還、洗濯機故障以来婆さんの洗濯物はウチに運んでいたけれど、新しい洗濯機設置完了したととのこと。お役御免です。発熱した孫のところには本日女房殿が出掛けます。今朝の体重は67.5kg+150g。

ほっかほっか亭「ライス販売停止」投稿。いくらエイプリル・フールでもこれは昨今の情勢から鑑みてリアル過ぎて笑えない。悪質でセンス悪過ぎ、冗談にも宣伝にもなりません。
親族ら引き取り手がなく全国の自治体が2023年度に火葬や埋葬をした御遺体は、推計約4万2千人に上る〜これは衝撃のニュース。おひとり様が増えているということでしょうか。天涯孤独、親しい親族もいらっしゃらないのでしょう。しばらく増加傾向をたどると想像できます。とっても寂しい、切ない話題やなぁ。なんか精神的にいっそう落ち込みました。
消える私立短大、45校が閉学決定。25〜27年度に募集停止へ。これも少子化のリアルな実態でしょう。

ぐっと小さくて身近な話題なんだけれど【♪ KechiKechi Classics ♪】サイト内検索して、過去記事を検索するのは日常。なんせ華麗なる加齢に記憶力は落ちておりますから。ところが・・・ちょっと以前の記事の検索結果が表示できなかったり、できたり、状態。ま、たいした問題でもないですけど。なんせ長年の無料レンタルサーバーなので。

Profil PH09061Schubert 交響曲第8番ロ短調「未完成」/Bruckner 交響曲第9番ニ短調〜ギュンター・ヴァント/ベルリン放送交響楽団(1993年ライヴ)・・・2018年来の再聴。このコンサートの少々あと、FM放送からの拝聴には心より感動した記憶も鮮明(エア・チェックして愛聴しておりました)。現ベルリン・ドイツ交響楽団はウラディミール・アシュケナージ時代(1989-1999)重心の低い渋いサウンドは驚くほどに深みと落ち着きある洗練サウンドでした。ライヴ音源の音質は上々。
サウンドにしっかり芯を感じさせて馴染の「未完成」は。古典的二管編成+ティンパニ。誰でも知っている名曲を新鮮に、意味深い神秘、感動的に受け止めたのも滅多にない経験でした。おそらくいままで聴いた中でヴェリ・ベストでしょう。
第1楽章「Allegro moderato」神妙な第1主題はGu"nther Passin(1937ー2014独逸)のオーボエ、クラリネットはだれかわからないけど絶品の音色。地の底から響き渡る低弦の明瞭な響き、充実した金管、むせ返るような硬質な浪漫。ティンパニのアクセントが、これほど的確と感じさせる演奏にもめったに出会えません。(15:29)
第2楽章「Andante con moto」スムースな静謐さえ痺れるような弦は洗練された響き。静謐と激情のみごとな対比。ここでもギュンター・パッシンのの透明なオーボエは絶品、もちろん遠いホルン、フルートも。基本入念なイン・テンポだけれど、ラスト名残惜しい、わずかなテンポ・ダウンの効果も絶大でした。(12:39/拍手はカット)
このコンサートは「未完」連続。ギュンター・ヴァントはBruckner 交響曲第9番ニ短調をいったい幾度録音したのでしょうか。これが最初に聴いた彼の演奏、その巨大な静謐さに打たれました。三管編成、8本のホルンのうち4本はワーグナー・チューバ持ち替え+ティンパニ。
第1楽章「Feierlich, Misterioso」寄せては返す遠浅の浜辺のさざなみ、そこに強烈な朝日が!そんな始まりにホルンは荘重、神秘な深淵サウンドは前曲同様、夢見るように美しいオーボエはここでも際立った存在でした。弦の弱音は練り上げられた洗練、荘厳に厚みのある金管の爆発対比は余裕、響きは濁らず慌てず、しっかり地に足につけて走らぬ怒涛の巨大なる音楽。現ベルリン・ドイツ交響楽団の充実ぶりに痺れました。(26:37)
第2楽章「Scherzo. Bewegt, lebhaft - Trio. Schnell(スケルツォ。軽く、快活に - トリオ、急速に)」そっと速めのテンポから、重量級にアツいティンパニの激打はまるで法華の太鼓の熱狂。乱舞する分厚い金管の躍動、トリオはそっと優しく抜いた息抜きでした。(10:47)
第3楽章「Adagio. Langsam, feierlich(アダージョ。遅く、荘重に)」緩徐楽章迄の未完成作品なのに、妙に人生の達観を感じさせて、感極まるフィナーレ。天井に登るように高揚する弦に、金管が荘厳に最後の審判風ダメ押し。抑制されたワーグナー・チューバのコラールは「生への決別」を表現しているんだそう。やがて精神的に鎮静した弦が深々と歌い、木管が天空を駆け、それをワグナー・チューバが受ける・・・静謐とゴリゴリとした骨太怒涛の金管大爆発(不協和音)の対比は完璧なコントロール。弦もホルンもほんまに美しく、ラスト消えるようなホルンは天国への入口でした。(26:40)

Hungaroton HCD32338Mahler 交響詩「巨人」(交響曲第1番/1893年ワイマール稿)〜ジョルト・ハマル/パンノン・フィル(2004年)・・・Zsolt Hamar(1968-洪牙利)率いるパンノン・フィル(旧ペーチ交響楽団/2004年に改称)は南ハンガリーの代表的オーケストラ、とのこと。こちら市井のアマチュア音楽愛好家だから、聴き馴染んだいつもの版とあちこちパートが違うなぁ、そんな感慨くらい。「花の章」はトランペットが美しい、静かな安らぎの音楽。ウィン・モリス(1970年)をかなり以前より聴いていて、最近初稿の演奏も増えてきました。
パンノン・フィルの鳴りは少々よろしくなくて木管の色気、金管のパワーにも足りぬ素朴ローカルなサウンド。だけど、思わぬ端正なアンサンブルに手堅く誠実な表現、美しい青春の旋律、作品の姿を充分堪能させてくださいました。音質はまずまず。
第1楽章「春、そして終わることなく」(14:33)/第2楽章「ブルーミネ(花の章)」(6:35)/第3楽章「スケルツォ/順風に帆を上げて」(7:12)/第4楽章「カロ風の葬送行進曲」(10:13)/第5楽章「地獄から天国へ」(19:54)


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

名古屋の中心街にまたまた高齢者(70歳代の女性)のクルマが歩行者に突入。不幸中の幸いに死者は出なかったようだけど、ほんまに怖い。日本の安全神話はこんなところからも崩れつつあるように見えます。
前日下の孫(三歳)が熱を出したと連絡有、病院に連れて行ったけれど、それで熱が下がらなければ(あまり役に立たん)爺の出番。昨日はその連絡を待っておりました。役に立つ婆さんは曾祖母さんの介護がありますから。この時期は季節の変わり目、ちょうど一年前桜の季節にお留守番に出かけた記憶もありました。その時もちょうど寒くて結果、自分も風邪をひいてしまいました。息子宅迄片道2時間弱掛かるので、暖かくして出掛けましょう

・・・そう構えていたら、こんどは上の孫(5歳)も発熱して通院が必要、爺緊急発進!予定は幻と消えました。

東日本ほどではないにせよ、曇り空にけっこう薄ら寒い朝。キッチンのカーペットを洗ってから(洗える安物)ストレッチ、そしてYouTubeエアロビクス短いの実施してから市立体育館へ。いつも通り途中しっかり、かなり大量のゴミ拾いの功徳してから筋トレ・エアロバイク15分実施。桜の時期はちょうど大阪産業大学の入学式、着飾ったお母さんを多く目撃。思い返せば昨年来幾度「ああ、きょうは入学試験か」そんな情景を横目に眺めたものです。今朝の体重は67.25kg▲400g。しっかり運動して食事抑制してこの結果、どういった加減なんでしょう。残念。

フジ、第三者委員会の調査報告書を公表との報道。詳しく見たり読んだりしてはいないけれど、かなり突っ込んだ、リアルな(おぞましい)内容だったようですね。ちょうど事件が風化して忘れられそうなタイミングの報道はよろしかったと思います。フジHD株、一時7%高、第三者委報告書を評価との報道もありました。爺友は「芸能界なんてそんなもんやろ」そう云うけど、日本の恥ですよ、最悪の。犯罪行為と断定され、被害者は悲惨だし、内部に育った社員も「そんなもんやろ」と信じ込んで閉じられた村社会、常識や社会倫理からどんどんは離れていったのでしょう。この先どうなるのか。

BBC LegendsShostakovich ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調(ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー/フィルハーモニア管弦楽団/1962年ライヴ)/Ysaye 詩曲「友情」作品26(2台のヴァイオリンと管弦楽のための/イーゴリ・オイストラフ(v)/マルコム・サージェント/ロンドン・フィル/1961年ライヴ)〜ダヴィッド・オイストラフ(v)・・・Shostakovichは1948年の作品(初演はオイストラフ/1955年)ドデカフォニーを駆使した作風が当局のお気に召さなかったらしい。三管編成+打楽器は四種+チェレスタ+ハープ2。緩急緩急の4楽章。音質はかなりリアルに良心的なステレオ、フィルハーモニア管弦楽団も立派なアンサンブルでした。
第1楽章「Nocturne. Moderato」暗鬱に蠢くように晦渋な旋律は例の如く豊満にたっぷりとした音色にセクシー、オーケストラもデリケートな緊張感を湛えて静謐、神秘な始まり。(11:00)
第2楽章「Scherzo. Allegro」木管の細かい音型から、いかにもシニカルに剽軽な躍動が続くスケルツォ。ヴァイオリンのソロはいかにも超絶な技巧を要求され、無表情の激情が賑やかに走って、ここはShostakovichらしさ爆発!(6:16)
第3楽章「Passacaglia. Andante - Cadenza」大仰なティンパニから堂々と睥睨するような行進風始まり。やがて諦めに充ちた穏健なソロが静かに歩み出してファゴットと怪しく絡み合いました。やがて切々とした嘆きと苦痛に充ちて、慟哭のような激しいカデンツァがやってきました。(7:36/4:26) (attacca)
第4楽章「Burlesque. Allegro con brio - Presto」ティンパニの一撃とともにスケルツォ楽章にも似たフィナーレが始まりました。一貫して無表情乃至不機嫌な全力疾走、オーケストラとソロは緊張感を高めて激しい変拍子連続。ヴァイオリニストは腕の見せどころ、オイストラフにとっては余裕の作品でしょう。(4:59/大喝采有)
Ysayeの詩曲「友情」は作品詳細経緯は調べが付きませんでした。息子との共演は音質良好なモノラル。やっぷりと甘い旋律が詠嘆し、切々と、時に激しく絡み合って後期浪漫のテイストがむせ返るよう。Chaussonにも風情は似ております。(16:18)
フィル・アップに何故か?ボーナス・トラック有。ちょっと乾いて残響少なめだけど良質なモノラル録音。Paganini 24のカプリース 作品1より第11番ハ長調/第5番イ短調/de Falla スペイン民謡組曲(Kochanski 編)よりホタ/アストゥリアーナ/Novacek 常動曲〜ナタン・ミルシテイン(v)/エルネスト・ラッシュ(p)(1957年)・・・いつもどおりの端正に背筋の伸びた清潔なフレージング。あざとさを感じさせぬ期待通りのテクニックの冴えを堪能いたしました。de Fallaは蠱惑の音色の変化たっぷり、Novacekは彼の十八番だったはず。(4:20-2:13/2:57-2:19/2:50)

VKJK0604Bruckner 交響曲第8番ハ短調(ハース版)〜ヘルベルト・ブロムシュテット/ゲヴァントハウス管弦楽団(2005年ライヴ)・・・Herbert Blomstedt(1927-亜米利加?瑞典?)による全集録音は評判よろしいようだけど、どうも自分との相性がよろしくない。ここ数年幾度か拝聴して演奏個性音質とも(←オーディオには自信はないけど)なんとなくぴん!と来ておりません。力みも威圧感もなくてオーケストラの響きはジミ、淡々として枯れた風情はよろしいけれど、この作品に期待したい強靭巨魁な凄み、みたいなものに足りぬ散漫。淡々と歩んで、サウンドに艶は求めないけれど、色気は足りない。これは音質問題か嗜好なのでしょう。ブロムシュテットのファンの方に申し訳ない。敬老精神にも欠けております。第3楽章のホルンはほんまにエエ音なんやけどなぁ。渾身の最終楽章も素朴にすぎる感じ、オーラスはようやく感動的なクライマックスに至りました。第1楽章「Allegro moderato」(16:14)第2楽章「Scherzo: Allegro moderato - Langsam」(15:07)第3楽章「Adagio: Feierlich langsam, doch nicht schleppend」 (29:53)第4楽章「Finale: Feierlich, nicht schnell」(22:34)

数日前のバルビローリのSibeliusのティンパニの件、山本さんより、そもそも楽譜校訂が時代により違っているとの補足有。やはり実演の方の聴き込みの深さは水準が違います。


2025年4月某日/ 隠居生活もやや馴染みつつある日々

4月に入って桜も咲いてきたのに寒さが戻っております。またまた何もかもが値上げとのお知らせ。昨日もいまいちな体調継続、洗濯、ストレッチ、YouTube鍛錬はランダムに出現した短いのはどうもノリきれぬ選定ミス、いちおうクリアして耳鼻科を目指しました。花粉症最盛期のせいか激混み!朝一番にネット予約したので6分ほど待たされたのみ、薬局でカードが使えるだけじゃなくて楽天ポイントも貯まることに気付きました。帰り業務スーパーに食材買い足して、佳きウォーキングとなりました。コメの在庫はなかったですね。帰り道、話題のすき家?の前に通り掛かったら〜それはじつは松屋のカンチガイ、混んでおりました。帰宅して寒の戻りにコタツが使えないのには困りました。今朝の体重は67.65kg▲150g。思うように減りません。

我が団地の自治会は2025年3月末を以て解散とのこと。建物環境整備管理はURがやってくれるから、それとは別の自主的団体、きっと加入者が漸減したのでしょう。自分も転居来草取りの行事などには参加したけれど、加入はしませんでした。ご近所お付き合いが薄くなった時代かなぁ。とくに日常不自由もなかったし。

先日同世代の動画を拝見していたら老人会参加人数は最盛期の半分とのこと(絶対に入りたくないとの内容でした)。老人は激増しているのにね。亡父は55歳お仕事(第1次)引退より亡くなる93歳迄ずっと役員をやってましたっけ。自分もまったく参加する予定もなし、この辺り活動の噂も伺いません。
ご近所運動公園では毎金曜朝熱心にグランド・ゴルフ愛好家が多く集い、別な曜日には爺達がソフトボール熱戦中。ジェネラル総合的な集まりじゃなくて、目的別嗜好別に集っているんじゃないか。素晴らしいことです。音楽もそうだけど、嗜好が種々多様化してマニアックですもんね、皆。お店だってなんでもある!百貨店が廃れて、専門店化が進んでいるように見えます。モールのフードコートを見ても種々専門店が集まっている感じ。無個性では生き残っていけない時代なんでしょう。

CPO 999014-2Hindemith 管弦楽のための協奏曲(1925年)/シンフォニエッタ ホ長調(1949-50年)/ピッツバーグ交響曲(1958年)/古いスイスの歌による行進曲(1960年)〜ヴェルナー・アンドレアス・アルベルト/メルボルン交響楽団(1992年)・・・Hindemith 管弦楽のための協奏曲〜ハンス・ロスバウト/ニューヨーク・フィル(1960年ライヴ)を聴き出したら、激しい暴力的なオーケストラ各パートの饗宴の迫力は尋常ならざる熱気に充ちてヴィヴィッド、そして曇った音質に驚きました。じつはワリと最近ちゃんと聴いていた記録を発見。
興味深い作品と感慨して、ちゃんとした音質に作品を再聴したいな、そう思ったら、既に音源入手済。そこが長年のヲタク趣味の醍醐味であり成果ですよ。
管弦楽のための協奏曲(1925年)こちら音質状態は怪しげなライヴとは異なってまともなセッション録音。タイヘンな暴力的に高揚する合奏協奏曲なんやけれど、こちらちょっとおとなしいと云うか知的と云うか・・・ニューヨーク・フィルの熱気とパワーには及ばぬ濠太剌利のオーケストラ。Werner Andreas Albert(1935-2019独逸)の統率は安定して、作品の姿を識るに充分な演奏でした。第2楽章第4楽章辺りの金管も迫力充分の追い込みでした。
第1楽章「Mit Kraft, masig schnelle Viertel, ohne Pathos und stets lebendig」(2:58)第2楽章「Sehr schnelle Halbe」(3:05)第3楽章「Marsch fur Holzblaser: Nicht zu langsame Viertel」(3:34)第4楽章「Basso ostinato: Schnelle Viertel」(24)
シンフォニエッタ ホ長調(1949-50年)は初耳作品。構成は古典的な4楽章構成だけど、辛気臭くも無感情な躍動が続いて、いかにも馴染のHindemithな雰囲気。ここ10年ほどすっかりお気に入り作曲家に至っております。
第1楽章「Fast」不安げに小走りな弦とティンパニに始まって、管楽器の呼応も困り顔だけど、それなりのノリが疾走します。無機質な弦のアンサンブルも微妙な旋律と和声、破壊的な爆発はありません。(5:11)
第2楽章「Adagio - Fugato」ちっとも甘味のない、腰が落ち着かぬ緩徐楽章。微妙に弾む忙しないリズムを刻みます。(6:58)
第3楽章「Intermezzo ostinato - Presto」快速に落ち着かぬように走り回って、やがて金管木管が呼応して、素っ気なく終了。(2:29)
第4楽章「Recitative - Rondo」情感の機微は読めぬ無表情な弦の詠嘆から始まって、ティンパニと金管が元気よろしく掛け合うクライマックスがやってきました。(5:34)
ピッツバーグ交響曲(1958年)は幾度か聴いていたはずだけど、旋律は記憶に残っておりません。
第1楽章「Molto energico」風雲急を告げる緊迫感溢れる爆発的始まり。それにしてもHidenmithの旋律はほんま鬱陶しく、そしてカッコ良い。(7:47)
第2楽章「Slow March」ホルンが勇壮に活躍するゆったりと荘厳な行進曲。中間部はガチャガチャとした馬鹿騒ぎとなって、打楽器金管大活躍。(12:57)
第3楽章「Ostinato」ラストは緊張感高まって金管と打楽器の遣り取り、賑やかにピッツバーグ縁のフォークソング?が高らかに歌われました。(5:58)
「古いスイスの歌による行進曲」(1960年)は不気味な行進が多種多様な打楽器のリズムに乗せて遠くからやってくる・・・(4:20)

英EMI ASD2708Brahms 交響曲第4番ホ短調(1956-57年)/「大学祝典序曲」/「悲劇的序曲」(1957年)/「アルト・ラプソディ」(1962年)〜オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団/クリスタ・ルートヴィヒ(ms)/フィルハーモニア合唱団・・・2021年に交響曲第1番を聴いていて「最近敬遠気味なBrahms。クレンペラーの辛口演奏だったら聴いてみたい」その思いは変わっておりません。1885年初演、相変わらずの二管編成+ティンパニ、トライアングル。時代からするとずいぶんと古風な、鬱蒼と立派なBachを連想させるような作品。出会いはエドゥアルド・ファン・ベイヌムによる900円LPでした。かつて低音高音も臨場感も足りないと感じていたEMI録音、この時期にしてそれなりのステレオ録音と聴けるようになりました。
第1楽章「Allegro non troppo」そっと抑制して始まる素っ気なくも神妙な泣き。デリケートに清潔なサウンドは堂々として立派だけど、力みは感じられない。ホルンの存在感は際立って、第2楽章冒頭にもそれを感じさせます。(12:25)
第2楽章「Andante moderato」途方に暮れたような、無感情のようなホルン。それが微細に色付けされて晴れやかに発展していくBrahmsのマジック。淡々として第2主題以降も意外とさっぱりとした表現でした。(10:19)
第3楽章「Allegro giocoso」は賑やかに大柄なスケルツォ。リズムのタメも効いて思いっきりな金管爆発!スケール大きくテンション高め。(6:38)
第4楽章「Allegro energico e passionato」正直なところ昔風大仰さが立派過ぎ、ちょっと遠慮したい古風なシャコンヌ(パッサカリア)変奏曲。フルートに深みがあり、金管も思わぬ渋い響きを駆使して見上げるように堂々たる構築物に至るクライマックス。オーケストラの響きはあくまで清潔にクリアでした。(9:48)
ヴィヴィッドにテンポも揺れて堂々たる「大学祝典序曲」(10:08)交響曲第3番ヘ長調にも似た「悲劇的序曲」は緊張感に引き締まった演奏(12:32)「アルト・ラプソディ」はゲーテの詩に作曲されたとのこと。ドイツ・レクイエムに雰囲気が似て、うねうねと鬱陶しくも立派な苦手系極北作品。メゾ・ソプラノは深遠なのは当たり前。最終盤の男声合唱参入にはほっと救われました。(12:29)

【♪ KechiKechi Classics ♪】

●愉しく、とことん味わって音楽を●
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