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音楽日誌●日々の振り返りと後悔●日々の振り返りと後悔 ●今月の近況
阪急岡本辺り
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●2011年4月某日の振り返りと後悔

なんか薄ら寒いな。本日お仕事通勤、電車空いているやろうなぁ、きっと。英国王室の新しい嫁はんは別嬪だけれど、興味はなく、英国民の王室に対する敬愛・熱狂は日本に於ける”それ”とは質が違う、と感じたものです。興味あるテレビ番組はなかったので、ビデオに録ったのみだった「のだめカンタービレ」(後半)拝見。千秋やシュトレゼーマンの指揮ぶりはウソ臭くて見ていられないが、水川あさみのヴァイオリン、上野樹里のピアノはそれらしく見えるものです。パリやプラハの街並み、演奏会場は素晴らしいし、なにより音楽の力が素晴らしい!〜細切れでも。ほとんど馴染みの作品ばかりだけれど、ああ!どれも全曲聴きたい、と思いひしひしと・・・若き美男美女ばかり出てくるでしょ?基本、おちゃらけの漫画(のだめのゴミ部屋の食虫植物秀逸)なんだけど、けっこう大好き。ヘンな外国人マネージャー役である吉瀬さんも素敵。

で、今朝聴きました。Chopin ピアノ協奏曲第1番ホ短調〜サンソン・フランソワ(p)/ジョルジュ・ツィピーヌ/パリ音楽院管弦楽団(1954年)・・・序奏をカットする旧スタイル。フランソワ30歳の記録。音質はワリと良好でしょう。柔らかく、神経質に鋭くない、暖かいタッチのピアノはスタインウエイではない?と思わせます。遅めに開始され、絶妙に揺れ動くテンポ、ある時は疾走し、ある時は纏綿とたっぷりと歌う・・・絡み合うヴィヴラート甘美過剰なるホルンも個性的。粋、才気走った(ちょっぴりクセのある)演奏とはこのことを指すのだね。独墺系、かっちりとした構成感とは別の気紛れな世界であります。

これを聴いちゃうと、正確生真面目な演奏はしばらく聴けそうもない・・・では、行ってきます。

ノンビリとした土曜出勤。所定の宿題は(ほぼ95%)クリアして、出勤者とちょっぴり呑みに行きました。体調まだまだで、ほんの少し呑んだだけでずいぶんと酔いが回りました。9時までには帰宅しておりましたが。本日で4月終了を失念して、サイト更新準備をしておりません。月曜出勤して連休です。

一ヶ月は速いというか、うっかりしていると、2011年もあっという間に過ぎ去るのかも。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

祝日休み。良い天気です。昨年はGW断続的に出勤(というか、どうしてもお仕事サイクルで必要)だったが、今年は来週3連休あります。明日土曜出勤も当面の宿題かなりクリアしているから、残り一本+定例の週次報告書のみ。先行きの準備に着手すべきだけれど、精神的に少々弛緩(ゆるゆる)しております。土曜は取引先も休みが多くて、トラブル連絡(どころか電話メールさえ)ほとんどないんです。今朝、定例サイト更新なんとか一本のみ実施。きょうは23歳の甥(女房殿の弟の長男)が彼女を連れて遊びに来るそう。アイツ、もてるんだよな。彼女が途切れたことがない。ウチの息子になんとかご教授願えぬか。

これはRCAのオリジナル・デザイン昨日音楽追加。Mahler 交響曲第6番イ短調終楽章(ロンドン交響楽団1977年)/第3番ニ長調第1楽章(1975年シカゴ交響楽団)〜ジエイムズ・レヴァイン・・・中途半端な聴き方だけれど、これでちょうどCD一枚分也。この人は容姿やら、写真で損をしているな。(SONY/BMGの廉価ボックスは素晴らしいが、これはオリジナルデザインを使用して欲しかった)前者深刻大仰、後者爽快スケールを誇る作品、どちらものびのびとよく歌い、構えとかこだわりがない、気持ちの良い演奏です。オーケストラのムリない鳴らせかた、構成感の作り方が上手く、巨魁なる名曲を”昔からよく知って、馴染んでました”的親密な雰囲気に溢れます。なかなかよろしいではないか。

RCAでは第2/8番未完成だったが、なんとか新録音で全集出ぬものか。ライヴ音源ならほとんど揃っているはず〜CD商売は難しい時代となりました。マゼールのニューヨーク時代の全集はネット配信のみですもんね。

ちょっと掟破りっぽいので、あまり体系的に公開していないんだけれど、昨日のワルター含め著名なMahler 音源はほとんど海外サイトで無料で拾えます。おそらくは法律と課金の考え方が日本とは異なるのでしょう。ヘタするとCD売り上げ減を加速させるが、一方で売り上げにも寄与している・・・可能性大。いろいろ聴ける、というのは重要なことで、大枚はたいて入手したCDがスカであった、という経験は皆限りないでしょう。事前に”ビンゴ!”を確認して注文する、といったパターンもあり得ると思います。でも、データでそのまま聴いちゃえばそれまでだけれど。それに、ファイル処理がちょっぴり敷居が高い、と感じられる方もいらっしゃるでしょう。

ワタシ如き【♪ Kechi ♪】は自主CDで満足している、というか、いくら膨大なる音源が手許に存在しても、音楽を聴くべき人生の時間、聴き手の集中力は限られている・・・といった真理を噛み締める今日この頃でした。

例の如しの無為無策なる休日。甥は到着が遅く、昼食を待ちきれぬワタシはお留守番。事故に遭った(ぶつけられた)らしい。女房殿には姉の入院先より呼び出しがあって、また出て行きました。二時間ドラマ(特に再放送)が趣味であるワタシには、スーちゃんの追悼番組に胸が痛む〜同世代(ちょっと上)だし、彼女の品の良い笑顔、自然体の(おそらく優しい人柄がそのまま滲み出ている)演技を眺めていると哀しくなります。19年も闘病していたんだな、佳人薄命とは言い得て妙。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

昨日はけっこう気温が上がって、厚手の上着では通勤車内で汗ばむほど。これが本来の状態だろうが、どんより曇ったり小雨模様、春らしい青空が見えないのは日本全体を覆う暗雲のような気もいたします。昨夜、遅くに女房殿ご帰還、姉のようすが心配です。こちらフツウの中年サラリーマンは粛々と課題をクリアしなくては。

NAXOS 8.111247  780円で購入昨夜〜今朝に掛け、飽きずに数回聴いていたのはBach ゴールトベルク変奏曲〜グレン・グールド(p)(1955年)・・・先日「オリジナル・ジャケット・コレクション」は処分しちゃったので、非”オリジナル”盤にて。幾度繰り返して飽きぬ軽妙軽快なタッチ、舞曲本来の意味合いを回帰させるさせるノリノリのリズム感、感興の継続を狙うためか繰り返し実行せず、全曲で40分掛からない。ワタシは基本”繰り返し実行して欲しい”派であって、こんな美しい変奏曲は纏綿と、たっぷり聴かせて欲しいと願いつつ、グレン・グールドだけは別格なんです。珠玉のドラマは次々と登場して、あっという間に儚く去っていく・・・前年1954年録音はパブリック・ドメイン音源にてネットで拾えるが、類似の表現ながら、ずいぶんと印象は異なります。

こちらCBSのデビュー録音は、明るく、前向きなテイストに溢れました。あまりに世間が騒ぐので、ちょっと敬遠気味、隠れて聴いていたけれど、文句なく素晴らしい。太古モノラル録音は、我が貧者のオーディオとの相性抜群でした。

Debussy 交響的素描「海」/遊戯/夜想曲(2曲)/Respighi 交響詩「ローマの噴水」〜ヴィクトール・デ・サバタ/聖チェチーリア音楽院管弦楽団(1947/48年)・・・まだ全部拝聴し終わっていない。う〜む、颯爽としてカッコよい!この人の残された録音って、たいていその通りなんだけど、問題は音質・・・年代相応だし、我がオーディオとの相性もあるのでしょう。近現代の精密緻密なオーケストレーションは新しい、ちゃんとした録音状態で聴くべきと思います。結論を出すのはまだ早い。

では、行ってきます。

相変わらず震災の第二次影響が出て、工場そのものより資材関係が入ってこないトラブル続きます。いろいろバタバタで修正作業を(取引先と)調整していくから、抜け、漏れ、が出ちゃう。本丸の情報更新も断片的で、概要はつかんでいるつもりだけれど、細部になると記憶が怪しいもの。毎日ひやひやのまま、連休に入ります。親戚筋に病人を抱えているからどこにも出掛けられない。本日は思ったより作業進捗が順調であって、明日祝日、土曜留守番出勤で残務完了、余裕でっせ。体調も戻ってきました。

SICC1072 これは最新盤のオリジナル・ジャケット/ワタシのは当然そんなんじゃない通勤音楽は、Mahler 交響曲第1番ニ長調〜ブルーノ・ワルター/コロムビア交響楽団(1961年)・・・まさに、我々世代には原点中の原点、Mahler はこれで出会ったというか、これしかなかった世代です。感動したなぁ、こどもの頃。ここのところ、似たような経験ばかりだけれど、久々拝聴するのは少々怖い感じ〜西海岸録音用オーケストラであるコロムビア交響楽団の技量、そしてステレオ初期の録音水準、なによりワルターという旧世代巨匠時代の表現が現代の耳にフィットするんだろうか・・・不安一杯。

結論的に震えるような感動を得るには少々(聴き手の)感性が老朽化してしまったが、音質も意外と良好(低音を強調するのはこの時期のワルター録音の特徴)、オーケストラも技術的な問題なし(セクシーな厚みみたいなものは期待できぬ/響きが明るいのは作品に似合っている)、ワルターの優しくも暖かい語り口、絶妙の揺れに、間違いなく感銘を受けました。

HMVのユーザー・レビューはほとんど絶賛ですね。一人だけボロカス(”ボケ老人の脳血管のごとく”、”3流楽団のヘボ演奏”)に言っているが、激しい反論(というか諫め)有。さっぱりとして上手く、そして、ありきたりな若い演奏とは桁が違う”味わい”が感じられます。但し、ヴェリ・ベストとは思えない。端倪すべからぬ歴史的録音、といったところ。充分に堪能いたしました。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

本日明日とお仕事段取り付けて、金曜祝日だから土曜は出て調整いたしましょう。短期中期の宿題目白押し、作業量の測れない出勤前は不安です〜傍目にはそうは見えぬ、いつも機嫌良く余裕に見えるらしいが。先週店仕舞いのCDオークションの到着連絡があって、かなり【♪ KechiKechi Classics ♪】 の読者が含まれます。「これからも情報を発信して下さい」〜?ワシ、なんか情報発信してましたっけ?性格的に大上段に、ありきたりなことを言ったり書いたりするのは趣味じゃない、あくまで自分個人の感想という立場なんだけど、それを情報と受け取るかどうかは読み手の世界ですから。挙げ句、”自分なりの感想”だって、どんどん変遷しちゃうからエエ加減なもの。

昨日出張音楽の続き。DECCA 475 7798/5,019円Sibelius 交響曲第2番ニ長調〜ピエール・モントゥー/ロンドン交響楽団(1958年)・・・LP時代からお気に入りでした。belius 也。これが久々の拝聴で印象かなり変化しておりました。いえいえ、語り口の上手さ、暖かいサウンドに間違いはない。さすがに音質は時代相応の劣化があるけれど、日常聴くのにそう不足もないでしょ。問題は、オーケストラが微妙に上手くない、ということ。とくに木管金管がよろしくない。同時期のフィルハーモニア管弦楽団とかロイヤル・フィルと比較すると顕著なんだけど、あちらけっこう見事に引き締まったアンサンブルですよ。ここでのロンドン交響楽団は、モントゥーの統率に応えて蕩々と歌うが、自信喪失気味の管のパートが気になります。"上手いオーケストラ、縦線が揃ったアンサンブル、分厚い響き"="佳き演奏"に(必ずしも)ならぬのは前提として、管のぱっとしない風情は気になりました。ラスト迄。

ま、そんなこんな、勝手な言い種ばかりの音楽フリークは、元気で職場に向かいましょう。

自分なりのお仕事宿題ちょうど消化できたかな、但し一日分。これでもあっぷあっぷ。明日、もう一発進捗を狙います。世の中ではGWに向けていろいろ計画があったり、なかったり(自粛ムードもあるみたいだし)だけれど、こちら祝日が立て込むと、ひたすら事前事後の段取りが苦しい。当初の諸作業実務、資料指示段取りができたので大流行の耳鼻科へ。女房殿に診察カードのみ先に放り込んでもらうとワリと早く済むんです。名医の見立ては、まだ咽が腫れているとのこと。点滴もしたが、そのあとなかなか血が止まらぬ・・・栄養バランスが悪いのか。

帰宅すると女房殿は姉の調子が悪いとのことで、出掛けておりました。

Hungaroton HCD32338通勤音楽は、Mahler 交響詩「巨人」 (交響曲第1番 - 1893年ワイマール稿)〜ゾルト・ハマル/パンノン・フィル(2004年)・・・第1楽章「春、そして終わることなく」/第2楽章「ブルーミネ(花の章)」/第3楽章「スケルツォ」/第4楽章「カロ風の葬送行進曲」/第5楽章「地獄から天国へ」から成っている「原典版」?なんだそう。既に数回聴いております。

これ、きっと実演関係の人とか楽譜の読める人はタマラんのだろうね。聴きなれた最終稿とは、馴染みの旋律を担当する楽器が違ったり、途中で受け渡したり、当然結果響きの様子があちこち違って、なかなか新鮮です。パノン・フィル(旧ペーチ交響楽団、2004年に改称)は南ハンガリーの代表的オーケストラ、とのこと。意外とちゃんとしたアンサンブルであって、色気とか艶には足らぬが誠実でよくまとまっております。音質まぁまぁ。作品を味わうには充分な水準でしょう。

ま、あくまで知的な興味の範疇。ちゃんと作品を堪能する、耳で愉しむのなら、先日聴いたクラウディオ・アバドがよろしいようで。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

昨夜は予算達成祝勝会営業担当全員参加、というのも素晴らしい。明日、金沢へ出張だとか、風邪が少々残っている、とか言い訳できんのがヴェテランという立場のツラいところ。痛飲いたしました。この時期にアンコウ鍋が違和感なし、というのが少々おかしな天候です。女房殿は退院した母親に付き添って実家泊、いろいろとお役所との手続きがあるんだそう。月末の資料締め切り、出張会議の資料、いつもの月曜定例の印刷屋への原稿送付、みごとにクリアいたしました。最近、弁当持参で昼休みにお仕事が継続できる、というのが助かります。(気分転換にはエエことはないが、締め切り迫る対応には有効)これで一月分サイクル回って、本日午前中出掛けるまでに次の準備指示をいたしましょう。

昨日、通勤音楽はStravinsky バレエ音楽「春の祭典」〜レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィル(1958年)・・・ロンドン交響楽団との1972年録音ばかりCD化されていたけれど、こちらも出ていたんですね。ワタシはネットにてダウンロード→自主CD化、先月聴いていたもの。イヤホンで集中すると、奥行きやや平板、左右の分離不自然なほどの強調はあるけれど、音の鮮度は抜群です。前向きの表現意欲に溢れ、どんな細部のフレーズにも情熱宿る!的熱血骨太演奏であって、好調時のニューヨーク・フィルの実力を見せつけられる思い。こうしてみるとピエール・ブーレーズ(1963/69年)の存在影響は大きくて、緻密精密な演奏ばかり称揚されたり、またはオーディオ・チェック的位置付け作品になってしまって、結果バーンスタイン旧録音は忘却の彼方に・・・みたいなことになったのか。

いえ、もちろんピエール・ブーレーズは大好きですよ。21世紀は”あれか、これか”みたいな選択は必要なくなって、”あれも、これも”自由自在に愉しめるようになった、ということです。

では、行ってきます。

上司と一緒に金沢へ。実績が順調なので和気藹々、一杯宿題をいただき、ノンビリなはずの今週はGW連休明け一発目締め切りに向け、苦境に陥ってきました・・・いえいえ、お仕事も何もかも流されてしまった被災者のことを思えば、ワタシなど屁みたいにラクラク・サラリーマンでっせ。上司はそのまま飛行機で東京へ、自分は居眠りしつつ大阪に戻ってきました。疲労の色濃いのは昨夜呑み過ぎたからでしょう。自業自得。

DG 4779060 出張移動中音楽。Mahler 歌曲集「こどもの不思議な角笛」/交響曲第10番嬰ヘ長調「アダージョ」〜ピエール・ブーレーズ/クリーヴランド管弦楽団/クリスティアン・ゲルハーヘル(br)/マグダレーナ・コジェナー(ms)(2010年)・・・写真を拝見するとブーレーズもすっかり爺さんになっちまった・・・あたりまえか、こどもの頃からのお付き合いだもんな。彼のMahler にはほとんど共感できなくて、浪漫の残滓も残り香もすべてキレイさっぱり流して、抜け殻みたいに聞こえます。「角笛」は大好きな作品、セル/シュヴァルツコップ/フィッシャー・ディースカウ(1968年)は”ヴェリ・ベスト”と評したが、こちら明晰、クリア、クール、それでいて表情豊かな世界が繰り広げられます。ブーレーズの精密緻密細部描き込みはあまりに見事で、歌い手のモダーンなセンスと調和して、感銘深いもの。オーケストラとの相性もよろしいのでしょうね。「アダージョ」は自分なりの嗜好を見つけられないので、コメント保留。新しい録音、しかもメジャーな存在でも興味深いものは出てくるものですね。

Stravinsky バレエ組曲「火の鳥」(1919年版/1967年)/Debussy 牧神の午後への前奏曲(1972年)/交響的素描「海」(1969年)〜レオポルド・ストコフスキー/ロンドン交響楽団・・・凄い。楽しい。オーケストラが上手い。「火の鳥」はワリとまともな演奏なんだけど、「カスチェイ王の野蛮な踊り」「終曲」に於ける金管の改変には度肝を抜かれます。妙に怪しい「牧神」、意外と雰囲気豊かな「海」。Phase4録音はやたらと左右の分離を強調して、各パートの定位が滅茶苦茶不自然になったり、響きが融け合わなかったりするんだけれど、おそらくは部屋に流すとそれなりの効果なのでしょう。音の鮮度はかなりのもの。でもねぇ、「火の鳥」導入のコントラバスは右チャンネルしか聞こえない〜イヤホン故障したかと思ったくらい。

”オーケストラが上手い”というのは、じつは1960年頃のピエール・モントゥー率いるロンドン交響楽団を再聴して、けっこうヤバいなぁ、と感じた反動です。アンドレ・プレヴィン時代(1968-79年)に腕を上げた、というのはほんまみたいですね。だいたいディジタル以降の録音を聴くと、たいてい立派なアンサンブルですもん。その件は明日へ。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

義母はかなり快復傾向らしく退院後の生活設計が課題になってきました。姉の調子が悪くて、せっかく数々の資格を取っている女房殿はそれを活かす機会もなく、見舞い介護対応に四苦八苦。ダンナのほうは自宅にてゴロゴロ、ぼんやりぐったりしているから、腹立たしく苦々しく思っていることでしょう。昨夜はJR尼崎迄迎えて、おいしいお好み焼きを喰ってきました。

数年前奥様を亡くされ、お料理もお見事、こどもも巣立ち行く中、合唱を長く続けられている方、陸奥の実家を基盤に菜園とお仕事用文具ツールパソコン+音楽へこだわりの日常を過ごされている方、大自然の離島単身赴任を経、久々に音楽ブログへ復帰された方、激務の中、地域社会への深いつながりを保ち、アマオケにも参加されている方、障碍のあるお子様との暮らし、奥様も体調を崩され、更新頻度も下がっている方・・・見事に同世代、というか、熟読するとまったく同い年ではないか、と思います。ポスト団塊の世代、妙に存在感の薄い世代。皆様、音楽と家族を愛されている・・・

【♪ KechiKechi Classics ♪】 はノンビリとしているというか、ノーテンキかな、と自覚いたします。な〜んもしていない。地域社会とのつながり、大自然への感性も失って、たんなるサラリーマン(職場まで40分というのは都会にしては至近/しかも半分は徒歩)の愚痴連続。先週末より体調崩し(主に風邪症状/最初二日酔いか?と思った)、こうして月曜にはなんとか調子戻していつもの一週間が始まります。睡眠不如意復活、でも、大丈夫。本日明日がお仕事のピークで、おそらく今夜は連続予算達成祝勝会(3ヶ月目/今月はパーフェクト/自主参加、でも抜けられぬ)、明日夕方は金沢にて会議、その準備も切羽詰まっております。左膝やや痛み有、ま、たいしたことはない。毎日毎週毎月、それなりクリアできなかったことはないんです(土俵際徳俵にて)。

EMI 50999 6 089852 4 /16枚組3,962円EMI Mahler COMPLETE EDETION(16枚組)を入手したのは昨年2010年のこと。既存ダブりを見事にオークション処分して再購入した記憶有。ダブり残は第8番(テンシュテット)のみ(これは仕方がない)、第10番担当はサイモン・ラトルだけれど、ベルリン・フィルではなくボーンマス響との旧録音を望みたかったところ(なんせCOLLECTOR向けですから)一通り聴いて、噂ほどには・・・と感じていたのが、Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜オットー・クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団/合唱団/エリーザベト・シュヴァルツコップ(s)/ヒルデ・レッスル=マイダン(ms)(1961/62年)・・・ちゃんと部屋のボリューム上げて集中いたしました。認識を変えたのは優秀録音である、ということ。全体CD一枚収録でお釣りが来るからテンポ速め?かと思ったら、そんなことはない。中間部がさっぱりしているのだね。終楽章のタメは相当に凄い。ティンパニをさほどに強調しないのはクレンペラーの意向か、それともEMI録音のクセか。詠嘆情念を強調しないモダーンなスタイルだけれど、全体を包む緊張感集中力は恐るべきものであって、フィルハーモニア管弦楽団の技量もそうとう。

声楽も充実しておりますね。ライヴとはひと味違った盤石の貫禄みたいなものが伝わりました。ものものしい大仰さとは違うんだけれど、ディジタル時代以降の世代とは貫禄が違う・・・


●2011年4月某日の振り返りと後悔

お休みは引き隠り、といったパターン続いているが、今回はなんせ体調不良で身動き取れず。夜も眠れない。それでも今朝、かなり快復傾向です。明日にはサラリーマンは元気でお仕事に出掛けなくては。昨夜、もう一本、またまた【♪ KechiKechi Classics ♪】 アリバイ更新。体調問題でいっそう集中力を失っているんです。昨夜、あちこちのブログにてタモリの番組が話題になっておりますね。マニアな話題だなぁ、1960年ベネデッティ・ミケランジェリの「皇帝」ライヴ”遠雷”はワタシも知っておりましたよ。

Wagner 楽劇「ラインの黄金」(後半)〜ジョージ・ショルティ/ウィーン・フィル/ハンス・ホッター/セット・スヴァンホルム/パウル・キューン/ゲルハルト・シュトルツェ/グスタフ・ナイトリンガー/キルステン・フラグスタート他(1958年)・・・数年前SACD化された往年の名録音だけれど、パブリック・ドメインでっせ・・・と、ここまで書いて、数ヶ月前作った”自主CD”に言及し掛かったが、どのサイトだったか?最近、レンタルサーバー問題でフリー・ダウンロードを止めた(登録すれば無料)Blue Sky Labelだったかも。10枚組に抜粋が含まれて、ガマンできずに全曲揃えた記憶も鮮明です。エエ加減な自主CD+安物人民中国製ディジタル・アンプなど、手練れのオーディオ・ファンには笑止千万なる存在なのだろうが、音の鮮度、会場の空気、奥行き、歌い手のリアルな表情、硬質なショルティのオーケストラ、どれをとっても最高。勇壮で美しい旋律、華やかなサウンドだな。たった今の体調ではCD一枚分続けて聴くのがやっと。

Pro Musica Camerata (Polski) PMC 050Mozart ピアノ(チェンバロ)協奏曲第1番ヘ長調K.37/第2番 変ロ長調K.39/第3番ニ長調K.40/第4番ト長調K.41〜ヴィヴィアナ・ソフロニツキ(cem)/タデウシュ・カロラク/ムジケ・アンティケ・コレギウム・ヴァルソヴィエンセ(2004/5年)・・・これは別の作曲家の編曲ですね。11歳の作品。J.C.Bach のソナタ編曲より、いっそう彼の個性が表出されつつあって、楽しくって仕方がない!カロラクの古楽器オーケストラはかなり雄弁であって、かそけきチェンバロとの対比ではそちらが主役っぽい・・・この辺りの作品になると、現代楽器による演奏と180度違った印象になっちゃいますね。淡々と静謐、愉悦に充ちた歴史的楽器の世界が相応しいと感じました。

体調よろしくない時には、良好なる音質のものばかり求めて聴く結果になっております。

廉価盤収集でも、今回の”自主CD”でもそうなんだけど、一気に、怒濤の如く集めて(結果、聴くことが疎かに・・・)やがて満足して飽きる、といった性格であります。この度の”自主CD”は廉価盤どころの騒ぎではない!amazonのCDRが100枚1,380円でして、これで2ヶ月は保つからほとんど出費らしい出費なし。ワタシは煙草もパチンコも博打(株?投資話)一切興味はないから、引き籠もってCD焼いていると全然金を使わぬ・・・興味のある音源をネットで見つけてダウンロード、即聴けるようになると、こんなに沢山棚中にCDを溜めていても仕方がない・・・そんな思いからオークション処分を時々思い立っちゃう。足かけ5年のオークションでCD棚は既に1/4本処分したし、なんとかもう一本減らせぬか、と考えているところ。

処分が進んでくると、こんなCDあったんだね、といった(棚中再)発見もあるし、生活の再整理という視点でムダを省きたい・・・今流行の断捨離でんな。【♪ KechiKechi Classics ♪】という題名止めて【♪ Danshari Classics ♪】に替えるか(ウソ)。

昼にご近所九州ラーメン(「虎と龍」)を喰いにいったのみ、体調快復に努めて大人しくしております。CD棚の並べ替えなどしております。”断捨離”を目指しているので、新たにCDを購入するつもりはないが、通販のamazonを見ると、なかなか興味深いものが(HMVより情報が速い)〜J.Jr. StraussのComplete Orchestra Edition(52枚)・・・おそらく以前MarcoPoloから出ていて、NMLにて聴けるものと同じだと思います。一部の好事家またはお金持ちだけではなく、市井のウィンナ・ワルツ好きの音楽ファンにも全貌確認できる時代になった、ということですよ。

なんどもCD化されていた、ウィン・モリスのBeethoven 交響曲全集・・・例の怪しい第10番含む。これは発売済みだから、知っている人は知っているんだろうな。意外と真面目な演奏だった記憶有。大昔だけれど。もちろん買いません。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

この寒さは異常じゃないんだろうか?去年も寒かったような気がするけれど。どーも体調がよろしくない。風邪症状継続。オークションは今朝ほぼ終了。売れ残り18件、いくつか”再出品”設定で残るけれど、もう期待できないでしょう。今週は15件落札有、エエとこでしょ。主眼は”在庫減らし”ですから。実質上店仕舞い。また数ヶ月後に開店いたします。

数ヶ月前、HDに貯まったビデオを移そうと思ってDVDを(50枚)注文したら、それはデータ用で使えず、ムダにしたものです。それでパソコン用のDVD-Rドライブをオークションにて入手(けっこう安かった)、ところがあまり使う機会なし〜大容量を活かして、PCデータ(主に写真)のバック・アップをしたのみ。ここ数日、自主CD作成絡みで大量のデータをダウンロード、パソコンHDの容量残が心許なくなってきたので、未CD化データを移動させております。便利と言えば便利、世間ではどんな感じなんだろう。職場にはDVD-Rドライブはひとつもないけれど。USBメモリがここまで普及するとは思わなかったな。

UCCD5011昨日通勤音楽。Bruckner 交響曲第8番ハ短調〜ジョージ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1990年ライヴ)・・・自分がこんな演奏に耳を傾けるようになるなんて!先日の第9番のほうが、彼の個性が徹底されていると聴き取ったが、こちらも”茫洋として深淵”風方向とは正反対、明晰、こだわりのない近代オーケストレーションの優秀な見本を見ているようなすっきりとした演奏であります。前のめり、落ち着かないリズム感は好みではないのに、明朗に響き渡るサウンドがわかりやすく、生理的な快感があるんです。ライヴ(サンクトペテルブルグ)でここまでの完成度とは・・・但し、妙に軽い。トランペットが派手派手しい〜これはBrucknerに非ず、との声が出そうな演奏だけれど、ワタシはいいんじゃないの、んなムツかしいこと言わんでも、と思いましたね。

昨夜、体調不良の中、エエ加減手抜き更新した記事の関連。大物87枚ボックス(あれ?いつの間にか購入時の倍くらいの価格になっている・・・)を隅々まで味わい尽くそう、といった趣旨であります。最近、腐敗堕落甚だしく、安易な一流狙いばかりを反省。Beethoven ヴァイオリン、チェロとピアノのための三重協奏曲ハ長調 作品56〜ダヴィッド・オイストラフ(v)/スヴァトスラフ・クヌシェヴィツキー(vc)/レフ・オボーリン(p)/マルコム・サージェント/フィルハーモニア管弦楽団(1958年)・・・LP廉価盤以来のお付き合いであって、カラヤンとの新録音よりこちらのほうが絶対に良い!コンラート・フォン・デア・ゴルツはんのチームには申し訳ないが、気品と余裕、洗練溢れる美しいソロの競演であります。サージェントの抑制の利いたオーケストラも文句なし。音質もかなり良好。

ワリとこの作品が好きだった・・・というのは、この演奏が念頭にあったのだね。最近、オイストラフを聴く機会が多くて、その豊満な余裕に痺れっぱなし。EMIボックスをオトナ買いしたいが、ダブりもあるし、ということでガマンしております。

午前中、落札されたCDを送付ついでに床屋さんへ。あとは終日体調が優れず、薄ら寒い休日であります。音楽にはほとんど集中できず。落札されたものはすべて連絡があったので、ヤフオクの会員登録休止、予定通り店仕舞いへ。次の出品は何ヶ月後かな?売れ残りは最終17件、エエとこでしょう。今回もずいぶんと【♪ KechiKechi Classics ♪】 読者が活躍して下さいました。感謝。

ワタシ如きオーディオ・ド・シロウトが云々すると笑われそうだけれど、イヤホンで集中するとエエ感じなもの、逆にコンポで部屋に鳴り響かせるとわかりやすいもの、いろいろありますね。BRILLIANTから出ている旧ソヴィエット時代オイストラフ音源は、明らかに後者。先日聴いたMendelssohnなんて1949年の録音なのに、ソロの生々しい存在感が素晴らしい!水もしたたるような美音!〜けれど、イヤホンで確認するとけっこう全体音質の劣化が気になります。

Shostakovich 交響曲第11番ト短調「1905年」〜ベルナルト・ハイティンク/コンセルトヘボウ管弦楽団(1983年)・・・なんども繰り返したネタだけれど、とうとうコンドラシン全集を処分いたしました。ハイティンクは大仰なる政治的意味合いとか、暑苦しい露西亜風サウンドとは無縁、深々としたコンセルトヘボウは弱音で存在感を失わず、(例の)大爆発の迫力はもちろん余裕であって、爽快!というと作品的には違和感少々あるけれど、わかりやすさ限りなし。もう(この辺りの作品なら)歴史的録音には戻れぬかも・・・そんなことを感じたものです。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

今朝、頼みの愛機”AspireRevo”(7)起動せず。昨年初頭購入、2010年8月保証期間内に故障(起動せず)修理(データまっさらになった)、今回はLinuxのCD起動ワザを覚えたのでデータ救出すべく外付けCDROMドライブに"ubuntu"をぶち込もうとしたら・・・”7”修復プロセスが勝手に動き出して無事快復いたしました。そんなこんなで朝のスケジュールがたがた。昨日は別部隊で現場対応お願いしていた上司よりボロカスに(エエ加減だった対応を)叱責され、出先にてフォロー作業、今朝朝一番でその結末を付けなくては。チームメンバーと金沢駅にてしこたま呑んで、なんせそれから2時間半でしょ。風邪気味にてヤクも服用しているから行き帰りともかなり深い眠りでした。

すったもんだで定例サイト更新の原稿一本も完成できず、本日夜更新を目指します。

きょうも、ようけお仕事したな(自画自賛)。風邪気味+二日酔い残で早々に職場を退散いたしました。じつは夕方そうとう気分悪くて・・・【♪ KechiKechi Classics ♪】定例サイト更新は一本のみ、いかにもアリバイ的実施(いかにも浅い聴き方、情愛の薄いコメント)。なんせ気分優れないので、ちゃんと音楽は聴けない状態ですから。オークションは明日朝で(ほぼ)終了だけれど、駆け込みで数件即決有。駅売海賊盤2枚で100円(送料80円)が売れて下さったのは嬉しい!じつはダブりなんです。”死蔵”というのが一番よろしくない、音楽を愛する人にちゃんと聴いていただくのがCDの本望でしょう。

その後、愛機”AspireRevo”は涼しい顔で順調に稼働しております。まだ一年でっせ、購入して。ハードな駆使だからな、先ほども大量データをDVDに焼きつつ、自主CDをもう一個のドライブで同時に焼いていましたもの。いずれ、週末休みへ突入。お仕事はそれなりにクリアできている・・・つもり。通勤音楽は明日コメント予定。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

本日、いったん出勤して午前中には金沢へ。きのうは寒かったな、本日はちょっと春らしい気温に戻るらしい。こんな時期は体調調節が難しいんです。もう若者への引き継ぎは完全終了しているので、自分の受け持ちのみ商談(全体調整は別途作業有)にてさっさと帰宅いたしましょう。営業成績は本日全部締まって異様な完勝間違いなし、直接間接の震災バブルもあるんじゃないか、と睨んでいて、明日提出締め切りの4ヶ月先の見込み予想提出に難渋しております。激安即決CDオークションは、朝目覚めたらぼちぼち落札されている、状態が続いて今朝も2件3枚連絡有。ありがたいことです。締め切りは土曜朝、実際上は金曜深夜迄でしょう。

昨夜の音楽。Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ハインリヒ・シフ/ドイツ・カンマー・フィル(ブレーメン1994年)・・・一時話題になった”過激”演奏であり、既に話題にならなくなった演奏?(世評など、どーでもよろしいが)小編成、引き締まったリズムと疾走感、こんなパターンは21世紀に日常茶飯な存在となりました。悪くはないが、素っ気ない、響き痩せ過ぎ、ラスト迄?状態だったのは聴き手の風邪症状の問題か。今更旧世代スタイル(ましてや戦前太古巨匠時代)に戻る気はないが、先日、クリュイタンス(1958年)に感銘深かった記憶も鮮明です。たんなる飽き性なのか。

明日、もう金曜日か。自分で勝手に決めた【♪ KechiKechi Classics ♪】定例更新に四苦八苦して、何年経過したでしょうか。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

昨日夕方急に発症した”左目云々”は、風邪なのだね。昨夜はっきり自覚しました。体調悪化。本日はごっそり伝票切らなくっちゃいけないし、明日は金沢出張だし・・・で、休めぬ〜きょうは様子を見て早退可能か、悪化させぬよう気をつけましょう。せっかくのGW前なのに(予定はなにもないが)昨夜、自主CDには必須の「EAC」久々稼働させたらフリーズしちゃいました。一晩寝かせて今朝、起動させても状況同じ、いったん削除して再度インストールしても同様(原因不明)。にっちもさっちもいかず、以前教えていただいた「foobar2000」を導入するが、土壇場で使い方がわからない(主眼は「cueシートで.wav分割」)。仕方がないので、もともとメールでご教授元に教えを請う〜約10分後、試行錯誤の後、なんとなく使えるようになりました。よかった。エエ加減な性格やな、説明は読まんし、もともと英語ソフトだし。

DG 469354Ravel 「クープランの墓」/「道化師朝の歌」/序曲「シェヘラザード」/古風なメヌエット/海原の小舟/「ジャンヌの扇」〜ファンファーレ/ラ・ヴァルス〜クラウディオ・アバド/ロンドン交響楽団(1981〜89年)・・・う〜む。清潔、細部明晰、オーケストラも上手い、メリハリもある、音質も良好・・・なのに、これはなんだ?体調不良のせいか。昨日のアンセルメとは雲泥の技量差なんだけど(それだからどーの、ではない)、もともと精密なガラス細工のような作品を正確に再現しているのに、遊びというか愉悦、エッチが足らんのだな。「ラ・ヴァルス」のラスト、アッチェランドはアバド好きな人にはタマラんのだろうが、ワタシには要らぬ飾りと感じました。残念。

オークションは激安即決なので、毎日少しずつ落札があります。週末にていったん終了予定。4月店仕舞い。次の開店は数ヶ月後かな。

ま、いろいろと所用はあって休めぬが、ちょっとエア・ポケットのような?精神的にノンビリした一日。震災余波の余波の余波、みたいな商品納入トラブルは土壇場で2/3件クリア、また凄い荒技駆使+思わぬ救世主的東京本丸担当の一声があって、なんとかなりました・・・回りからはどう見えるんだろうか、こどもはマネしちゃいけないよ。いつものように早朝出勤、本日は風邪の通院を口実に早退いたしました。

通勤音楽は、英DECCA UCCD7040 Shostakovich 交響曲第5番ニ短調〜ベルナルト・ハイティンク/コンセルトヘボウ管弦楽団(1981年)・・・2ヶ月ぶりの再聴。”作品に対して疎遠なタッチ”というか、先日はちょっと演奏に集中できなかった、というより、そもそも論としてこの作品はあまりにこども時分より馴染みすぎて、大人になってからは真正面からあまり聴いたことがない、というのが正直なところ。

コンドラシン全集を処分するに至った経緯は先日触れました。今回はイヤホンでの集中、英DECCAの録音はクリアで細部見通しがよろしい。ハイティンクの表現は過不足なく、バランス良く、作品の正しい姿を伝えて下さいました。自然体のアツさ、みたいなものが感じられます。押しつけがましさがなくて、かえって新鮮!これも非・露西亜(ソヴィエット)新時代の全集の代表でしょう。他の作品もじっくり聴きたいところ。

もう一枚(の半分)Mozart ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595〜マレイ・ペライア(p)/イギリス室内管弦楽団(1979年)・・・う〜む、もちろん素敵な作品であり演奏に間違いないんだけれど、世評ほどなんだろうか・・・美しいタッチ、どこにも瑕疵のない演奏。本日、体調イマイチなので自分なり評価保留。但し、録音は自分の望むものではない。ソロが近接して(広がって?)オーケストラとのバランスがよろしくないかも。フィル・アップはロンド ニ長調K.382/ロンド イ長調K.386(1983年)・・・両者とも大好きな作品、帰宅してから聴くと、イヤホンではなく我が貧者のオーディオとの相性抜群でした。たしかに優秀録音。

上記、マレイ・ペライアの件、宗旨替えというか補足。変ロ長調協奏曲 K.595自宅(人民中国製)アンプにて再聴いたしました。なるほど、部屋に響かせるとちょうどよろしいバランス、奥行き、親密に落ち着いた味わいにて響くピアノ。先のHMVのユーザーレビューに”27番のヴェリ・ベスト”とのコメントが存在するけど、あながち外れていないかも。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

なんか寒いなぁ、昨年もそうだったような気もするけど、ボンヤリしているともうGWでっせ。世間では自粛ムードで全然盛り上がっていないみたいだけれど。お仕事が切羽詰まって〜というのはウソ。いつもそんな感じだし、ド残業は滅多にしないし、自分勝手にオークション処理負荷を掛けたり、で、結果、音楽に集中できない。きちんと真面目に対峙できていないだけ。昨日も新規(追加)出品、ほとんど即決にした関係で、既に数件落札がありました。ありがたい。金額の多寡ではない(それでもBOOK・OFFに持って行くよりずっと実入りはよろしい)CD在庫が目に見えて減っていく、棚が空いてくるのが気分よろしい。それでも聴くべき音楽は身に余るほど〜自主CDも増えておりますし。たくさん”集める”のが本旨ではなく、”聴いて愉しむ”ということですから、大切なのは。”多く所有すること”=”シアワセ”に非ず。自明の理。

DG 463615なんどか聴いているTchaikovsky 交響曲第1番ト短調「冬の日の幻想」〜マイケル・ティルソン・トーマス/ボストン交響楽団(1970年)・・・26歳デビュー辺りの録音也。若さ前のめりの意欲前面が微笑ましい〜的意味合いではなくて、これはこれで完成度の高い洗練極まった凄い演奏です。ボストン交響楽団の技量の高さ、当時のシェフだったスタインバーグとはひと味違う精緻なアンサンブルに驚かされます。馴染み哀愁の露西亜民謡風旋律も泥臭さ皆無、ようできた交響曲としてお見事な完成度であります。第2楽章ホルンの分厚い重奏なんて痺れますよ!フィル・アップはDebussyの管弦楽のための映像、これも続けて聴いて違和感なし。なんと80分を越える長時間収録CDであります。

噂によれば、当時副指揮者だったボストン交響楽団とは(その後)関係はよろしくなくなったらしい。そういえば、録音はなくなりました。

大きなボケ、小さなボケ(これを大歩危小歩危という/ウソ)〜このネタは昨日使ったっけ。とにかく自分の不注意にて商品トラブル連続して、ますます信頼を失いました。う〜む、不可抗力かなぁ、震災の余波は商品調達に影響続いていて、その意味合い内容は次々と変化しております。性格を変えつつ、半年は継続と予測。いちおう今月営業成績締まって前年二桁増!文句あるか。届けられなかった商品も数多くあるが、それでもこの実績は凄い。先行き、見込み予測は難しくなりました。体調はずっと悪くないんだけれど、珍しく左目がかすむという症状有(継続中)。本日は左膝+両肘リハビリ・マッサージへ行ったが、前回担当の方が「一度肩から攻めてみましょう」とマッサージしていただいたら、俄に軽快する手応えでした。

通勤音楽は、Ravel バレエ音楽「ダフニスとクロエ」全曲〜エルネスト・アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団/ローザンヌ・ロマンド放送合唱団(1957年)・・・妙にステレオ広がりを意識した音質(時代を考えれば立派なもの)、薄っぺらい響き、ピッチ怪しく指が回っていない木管、最終版に至って緩むリズム感と疲れ〜それでも、この演奏には妙な色気と雰囲気があると思うんです。弟子筋であるデュトワの立派な録音(1980年)が存在するから、もう過去の想い出かもね。クールだけれど、緻密ではない。Ravel に緻密精密は必須だけれど、ディジタルな血の通わぬ演奏も勘弁して欲しいね。でも、”アンセルメ/スイス・ロマンド”というブランドは21世紀の現代には出現できなかったかも知れません。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

本日、夕方+明日午前にて内部会議、資料準備はできていなくて、午前中になんとかクリアを狙います。月曜午前というのはなにかと諸作業が多いんだけどね。数時間の勝負。いつものように引き隠りの週末でした。ちょっと暖かくなって、外出しやすくはなっているんだけれど、なにもする気はおきまへん・・・引退したらどーするんだろう。お仕事で日常生活リズム成り立っているのはオトコの宿命なのか。昨日一昨日一斉に落札されたオークション、一件キャンセル有。ラストで1円釣り上げた(ケツの穴の小さい)人だけれど、最低っすね。「韜晦したくない」とかなんとかワケわからんこと書いてあって、詫びの一言もない・・・これが”最悪の一日”への序章にならぬことを祈るばかり。

R-KORSAKOV 交響組曲「シェヘラザード」/序曲「ロシアの復活祭」〜小澤征爾/ウィーン・フィル(1993年ライヴ)・・・なんじゃ、これ。旧PHILIPS録音最悪の状態。巨匠として評価を固めていく時期(以降)の録音はほんまにつまらなくて、ワタシはほとんどまともに(その辺りの音源を)聴いていなかったんです。作品が作品だし、もっと華やかに色気たっぷりに表現して欲しかった。生真面目、息苦しくなるような”緻密端正”なる地味な演奏。本場欧州で高く評価された人だから、生演奏では印象全然違うのか。録音ではそれを捉えきれないのかも。これほど楽しくない「シェヘラザード」も初体験でした。また聴きたい、とは思わない。

「ロシアの謝肉祭」は”緻密端正”方向が上手く作用して、なかなかの聴きものでした。

大きなボケ、小さなボケ(これを大歩危小歩危という/ウソ)かましつつ、四苦八苦しながら一日の業務を終えました。朝職場一番に出て、チームで一番最後まで残ったのはワシかよ。問題は時間じゃなくて質だけど。それだったらもっと言いたいことがある!閑話休題(それはさておき)、明日明後日とまだお仕事山場続きます。今朝のオークション・キャンセルの輩(やから)をあきらめて次点繰り上げ、即連絡が来て決済。明日送付いたします。よかった。先週落札分、すべて連絡ついて一段落〜という間もなく、データを持ち込んで職場昼休み迄に追加出品しておきました。ほとんど即決なので、既にジョージ・セル3枚分落札有。さて、この一週間どうなりますことやら。

通勤音楽は、Tchaikovsky 交響曲第6番ロ短調「悲愴」〜ジョン・バルビローリ/ハレ管弦楽団(1958年)・・・パブリック・ドメインにてネットで拾えます。ネット検索したら大昔の恥ずかしいログが出てきました(その3枚組は処分済/隠したい過去)。久々に拝聴したら、考えさせられることが多いなぁ・・・音質はぴかぴかの鮮度というわけにはいかぬが、低音としっかりとした各パートの位置関係を感じさせるステレオ。オーケストラはけっして上手い!とはいえぬ(とくに第3楽章「スケルツォ」)ものの、熱気と勢い、燃えるような情熱が素晴らしい。こんなアツい演奏は昨今珍しいんじゃないか。オーケストラと指揮者の信頼関係みたいなものがびんびん伝わりました。

自主CDの余白には、Dvora'k セレナード ニ短調 作品44(1957年)・・・先日。ダグラス・ボイドの活きの良い演奏で聴いたばかり。こちら(「悲愴」より)たった一年前なのに音質ややこもり気味。演奏はしっとりしている、というより元気がなくて、オーケストラの技量モロといった感じでした。残念。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

今回オークション出品の最大メインであるグレン・グールドのオリジナル・ジャケット・コレクション80枚他、数種の大物締め切りとなって、エラいことに。一昨日の数百円損したケツ穴事件をあざ笑うが如き高価にて競合、落札されました。もとより商売じゃないので、購入金額で落札されれば御の字なんだけど、倍以上に・・・そんなに貴重なんだろうか。アマゾンのマーケットプレイスよりずっと安いけどね。この大不況+オール廉価盤時代になんちゅーことだ。出品理由は以前書いたとおりだけれど、このボックス購入前にダブり分すべて処分済みだから、必要分またぼちぼち再購入しましょう。

Shostakovich 交響曲全集(コンドラシン)も無事落札され、連絡を待っているところ。これは新品定価の半額以下だから正しい相場でしょう。中古屋に持っていたら二束三文だから、これで充分。この件に関連して、昨日聴いた音楽。MAR0502 Shostakovich 交響曲第1番ヘ短調/第15番イ長調〜ヴァレリー・ゲルギエフ/マリインスキー劇場管弦楽団(2008年)・・・なんども書くが、コンドラシン全集の価値は永遠との確信揺るがず。但し、近現代の華やかなオーケーストレーション作品は鮮度のよろしい音質にて聴くべき、というか、苦手系作品だから聴く機会を失う、といった思い募っての処分でした。

恥ずかしながら、ゲルギエフもマリインスキー劇場のオーケストラも(実質上)初耳。2004年頃だったか?YedangClassicsにて旧ソヴィエットの放送録音音源が@350くらいのセットもので大量出現(現在はBRILLIANTで多く聴ける)怒濤の購入〜その音質演奏内容のバラつきに失望、数年掛けて徐々に処分最中・・・1940年代から1970年代迄の演奏とはアンサンブル精度やら、音質水準の桁が異なるということに驚きました。才気煥発なる若書きの交響曲第1番、最晩年、妙にお手軽というか心情情感の方向がワカらんラスト交響曲は研ぎ澄まされ、スリム硬質+クールなサウンド+集中力で別物の鮮度として響きます。音楽の姿がわかりやすい。オーケストラが抜群に上手い。

コンドラシン全集はLP時代からお気に入りでした。ワタシ如きド・シロウトにはこんな新時代の演奏がわかりやすい。ありがたい。歴史的録音だったらパブリック・ドメイン音源としていつでも聴けますよ。まず、作品そのものに馴染むことが大切ですから。

Mozart ピアノ協奏曲第15番 変ロ長調K.450/第16番ニ長調K.451〜ジョス・ファン・インマゼール(fp)/アニマ・エテルナ(1990/91年)・・・新しいセットものが現役だったんですね。古楽器オーケストラの入念なる雄弁に比べて、フォルテピアノのバランスが弱い〜というのは昨日と同様の印象だけれど、これは繊細と評すべきなのかな。作品が古典的端正なものだし、素朴で淡々とした音色のソロも似合って、これが本来の(生で聴けば)バランスそのものなのかも。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

本日休み。疲労の色濃いんだけれど、眠り浅くしかも途中覚醒。左膝リハビリも今週一週間サボっていて、まずそれかな。スポーツクラブに向かう意欲を失っております。CD処分オークションは本日明日にていったん終了。今回はけっこう動いて下さいました。前回売れ残った”歴史的録音10枚組”(10枚500円に下げてもぴくり!とも動かなかった)も2セット無事送付。ところが、月火とまた出品手数料無料キャンペーンをやるらしい・・・また、追加しようかな?売れ残り再出品は前提として、棚中在庫見切り品を選定しなくっちゃ。なんせ、自主CDはどんどん増えているので。

一昨日言及した「simply debussy」(4枚組)の件、2枚目詳細はDebussy 前奏曲集第1巻(ミシェル・ベロフ1995/96年)/映像第1集/英雄の子守歌(高橋悠治1975年?)/ベルガマスク組曲(アラン・プラネス2005年?)・・・凄い顔ぶれの”寄せ集め”也。どーせDENON音源を借りるのなら、寄せ集めないほうが良いのにねぇ、各々個性的ですから。(録音年は調べの付く限りのもの。違うかも)前奏曲集はベネデッティ・ミケランジェリ(1976年)の先入感あまりに大きく、他、どれを聴いても薄味、軽量に思えちゃう。そうだからあかん、という意味じゃないけど。ベロフは抑制の利いた静謐淡泊なタッチが味わいでしょう。高橋悠治は華やか?というか鋭い感性が新鮮。

アラン・プラネスは残響豊か+先鋭に洗練されない(やや)不器用な楽器(ブリュトナーでしたっけ?)、ほんわかかつ濃厚な雰囲気たっぷり。

CCSBOX10Mozart ピアノ協奏曲第22番 変ホ長調K.482/第23番イ長調K.488〜ジョス・ファン・インマゼール(fp)/アニマ・エテルナ(1991年)・・・かつて後期作品セットものを入手し、ぴん!と来なくて数年前処分済。今回(掟破りっぽい)ネット音源でダウンロードして再聴したもの(ちゃんとした音質/可逆圧縮ファイルである.flac音源)・・・そうか、個性的なリズム感を誇る(かなり雄弁なる)古楽器オーケストラ+フォルテピアノのバランスがよろしくない=ソロの存在感が薄い。基本、ワタシは古楽器支持派なので、こんな素朴なサウンドが好みだけれど、”協奏曲”としての主張とか、訴えかけるものが弱い印象を得ました。上手いけどね。ガーディナー/ビルソンの洗練とリズム感を賞賛したい。

(追記)自主CDの音源処理をパソコンにて行いつつ、上記インマゼールを再聴。読み返してちょっと厳しい評価過ぎたかな?マイルドで快く聴けました。ユーザー・レビューの「カデンツァのセンスが酷い」というのは好みだろうが、古雅、柔らかい響きを堪能可能だと思います。変ホ長調K.482に於ける第2楽章「アンダンテ」の管楽器のみによるアンサンブル部分の美しさは筆舌に尽くしがたいもの。終楽章「ロンド」の突き抜けたようなノンビリさも大好きです。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

震災の影響の影響の影響、みたいな連鎖が微妙に日常業務に影響を与えていて、なんとかぎりぎり徳俵で土俵際にてうっちゃり・・・みたいな毎日。少々ストレスはあるけれど、安閑として眠いほど変化のない毎日・・・よりエエではないか。商品手配は未だにいくつか問題を抱えているが、基本”震災バブル”みたいなものがあったのか、営業成績は抜群です。上司は月進捗半ばで勝利宣言したし、もうちょっと細かい宿題を掲げる我がチームも課題の達成が見えてきました。問題は、この先この趨勢が継続できるか、となります。昨夜、残業後、チームのメンバーを誘って(一発説教したろうと)呑みにいったが、自分の課題やら問題を自覚していない・・・ちょっと言い掛けて、止めました。自分なり真面目に、一生懸命なんだろうが、肝心なところで(唖然とする)手抜きが存在する・・・中年は自分のスタイルを変えんな。実務に対する習熟が遅いし、それは自分でも自覚ありますよ。それでも日々工夫改善努力しているつもり。

オークションは今週末で終了予定。昨日もいくつか入札(激安即決分まとめ買い)ありました。ありがたいな。

(昨日言及途中だった)Mendelssohn ヴァイオリン協奏曲ホ短調/Dvora'k ヴァイオリン協奏曲イ短調〜ダヴィッド・オイストラフ(v)/コンドラシン/ソヴィエット国立交響楽団(1949年)・・・この間、彼の豊満なヴァイオリンに痺れて、ずっと何度も聴き続けております。旧ソ連太古録音だけれど、瑞々しくも流麗なサウンドたっぷり堪能可能。両作品とも滅多に聴かぬ、あまりお気に入りではないものだけれど、甘美な音色にトロけてしまう・・・この間、BRILLIANTで出た20枚分+EMI録音のパブリック・ドメイン音源を抜粋寄せ集めた10枚組が安いから、お勧め。但し、ワタシはほとんどダブるから縁はないけれど。

http://oidofino.blogspot.com/2011/02/bruckner-sinfonia-n-9-wallberg.htmlここ最近、4-5回は聴いているショルティのBrucknerの件、前段の部が存在することを思い出しました。Bruckner 交響曲第9番ニ短調〜ハインツ・ワルベルク/ウィーン国立管弦楽団(トンキュンストラー管弦楽団のことらしい/1960年)・・・懐かしいコンサート・ホール・レーベルLP音源そのものがネットで拾えます。(自主CD化済)特別に凄い!といった演奏でもない、悪くない音質だけれど特筆すべき優秀録音であるはずもない。でもね、これがLP時代若く貧しい頃聴いていたものだったんです。ノスタルジーなんだな。誠実だし、スケールもある。オーケストラのアンサンブルも”それらしい”深み、奥行き有。そうヘロヘロなオーケストラでもない。感銘ともかく感慨有。終楽章には疲れが見られ、アンサンブルの乱れも多い+LP音源の特徴である内周部分の音質が劣化する現象も出ております。妙に懐かしいが。

その後に、ジョージ・ショルティ/シカゴ交響楽団でしょ。手練れのBrucknerファンはワルベルクを賞賛するんじゃないか、おそらく。しかし、ワタシは爽快に鳴り渡る金管サウンドに心奪われました。どちらを選ぶ、といった時代ではなく、どちらも気軽に聴ける時代になった、ということです。

いちおう一通りのお仕事をクリアしたつもりだけれど、メインの営業提案資料の試算が目標に達していない・・・グズグズ残業しても仕方がない(アイデアが浮かばない)し、相当激しい荒技駆使してトラブル処理した疲れもあって、早々に帰宅いたしました。明日は休み。ケツの穴の小さい話題だけれど、昨夜職場の連中とちょっぴり呑みにいった時に多く負担したのはいつものこと、帰りに駅前パン屋で釣りを200円少なくもらった?オークション連絡時に、雛形を貼り付けたら修正忘れ、エラく安い送料に設定して数百円マイナス〜って、屁みたいな金額なのに、妙に悔いが残っちゃう。ま、冷静に考えれば微々たるもんなんだけれど。

今朝、定例サイト更新は一本のみ。週末休み、オークションの決着と併せてゆっくり音楽を聴きましょう。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

先週来、お仕事に集中力を欠き、少なからぬちょんぼのフォローに追われております。そこはヴェテランのこと、傍目にはそう見えぬだろうし、取引先にも大問題になるような事態には至っていない(と信じている)が、不安なる毎日であります。これは震災(津波原発事故)余波の影響であって、とくにワタシの持っている分野に中期的な影響が出ていて、先行き(製造復活)見込みがどんどん狂っていくんです。なんせ初めての体験だからなぁ、当面凌いであとはなんとか快復を待つ〜といった16年前の阪神大震災とは対応の桁が違う・・・

激安CD4枚組セット(シリーズ化されている)「simply debussy」というのがあって、演奏担当がほとんど明示されない(ネットで探しても情報少ない)。ま、ここに載せておきましょう。(当面一枚目のみ)Debussy 牧神の午後への前奏曲(ジャン・フルネ/東京都交響楽団)/夜想曲/海(エマニュエル・クリヴィヌ/リヨン国立管弦楽団/オランダ室内合唱団)/「ステイリー風のタランテラ」〜舞曲/「ピアノのために」〜サラバンド(Ravel 編/エリアフ・インバル/フランス国立管弦楽団)・・・DENON辺りのライセンスでしょうか。フルネの思わぬ雰囲気満載(何故クリヴィヌのが収録されなかったのか?)、稀少なるインバルの編曲ものも聴きものだけれど、クリヴィヌ/リヨンの1993/5年録音がメインでしょう。

所謂ド・シロウト(=ワシ)が想像するところの”仏蘭西風”物腰の柔らかい、サウンドに芯のない馥郁たる雰囲気たっぷり、粋な演奏であります。なんとなく華やか、きんきら派手ではないサウンドだから、逆に地味に聞こえるかも。意外と”ありそでない”テイストかも。こんな感想はブーレーズの呪縛かな?

他、オイストラフのMendelssohn ・・・(時間切れ)


●2011年4月某日の振り返りと後悔

昨夜遅く、甥よりSOS有、女房殿は姉のところに急遽出掛けていきました。それなり健康にてブツクサ言いつつ、日常生活を過ごせることを幸いに思いましょう。昨日、怒濤に如く落札されたCD梱包を抱え、昼休みに送付しなくては。オークションは既に入札あるものふくめ、山は越えた感じ、あとは落ち穂拾い程度でしょう。今月にて予定通り、いつもの店仕舞いへ。また、心境の変化を待って処分すべきCDを見極めましょう。我が出品は(一般に)マニアなアイテム+激安価格が一定の支持がある、との手応えを得ました。

DECCA COLLECTORS 4489102ここ数日、断続的に、数回拝聴して感慨深かったのは、Bruckner 交響曲第9番ニ短調〜ジョージ・ショルティ/シカゴ交響楽団(1985年)・・・最近Mahler ばかりで、Brucknerを聴くべき心境に至らなかったこと+ギュンター・ヴァントのケルン全集に痺れて、しばらく他のを聴けなくなった(結局、オイゲン・ヨッフムの新旧全集処分へ=リファレンスではなくなった)こともあります。ショルティなんて!どちらかというと物見遊山的興味だったが、これはかつてあり得ぬ驚異的なスタイルであります。

茫洋とした響き、独逸の森の奥深く〜的イメージから隔絶した、鮮明、鮮烈、明快、強烈、太陽はさんさんと降り注ぎ、金管が華やかに炸裂する!なんのことはない、いつものショルティ/シカゴ・サウンドそのままであって、違和感どころの騒ぎではない!Brucknerかくあるべし、みたいな先入感をぶち破る衝撃。数年前のワタシなら絶対拒否(現在でも彼のMahler には全面賛同できない)だったろうが、生来の天の邪鬼なる性格故、こんな(おそらくは)大カンチガイ演奏は爽快に受容できます。とにかくオーケストラが上手い。金管らしい金管が、金属的に響いて、その開放的サウンドをとことん堪能しちゃう・・・”精神性?”なに、ねぶたいことゆうてんねん。

なんかアカンなぁ、最近、音楽の嗜好がどんどん変わってしまって〜では、行ってきます。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

昨夜は職場異動者歓迎会。若い女性が出て行って、また入ってきた、という具合で賢そうな大阪人でした。たいして呑んでいないし、10時前には自宅に戻ったんだけれど、ずいぶん酒が残っている・・・弱くなりました。東北地方ではかなりの余震が続いて被害者も出ている・・・そんな時期に申し訳ないが、過度の自粛はあきまへん。一時復活オークションは昨日本日無料出品を無事、予定通り完了。過半を「激安即決」に設定、既に14件40数枚分が落札されました。商売金儲けじゃなし、死蔵し聴かないCDを全国音楽愛好家に聴いていただこうといった趣旨であります。なんとか今週一週間で大部分ケリ付いていただきたいもの。

通勤音楽はMahler 交響曲第3番ニ短調〜エドゥアルド・ファン・ベイヌム/コンセルトヘボウ管弦楽団/モーリン・フォレスター(ms)(1957年ライヴ)・・・これはパブリック・ドメイン音源(.mp3)からの自主CD化。歴史的音源は耳に苦しい〜とかなんとか言いつつ、こんな長大なる作品(通勤往復で全曲完了せず)をモノラル・ライヴで・・・というところだけれど、想像より音の状態はずっとよろしいし、なんせオーケストラが極上、絶品。ベイヌムの表現は質実中庸安定といったところだけれど、腰が据わっているというか、貫禄充分+センスは旧・巨匠世代とは一線を画してモダーンであります。ヴァイオリン・ソロ(ヘルマン・クレッバースですか?)、トランペット(ポストホルン)、そしてホルン、どこをとっても涙が出るほど美しく、深いんです。フォレスターってMahler で全世界行脚していたんだな。第4楽章の「酔歌第12節ツァラツゥストラの輪唱」入念なる表情付けも驚きのリアルさ。

これは歴史に残すべき”歴史的録音”也

では、行ってきます。

やや昨日の酒が残っていて、集中力を欠くこと夥しい〜傍目にはそう見えぬだろうが。こんな時にはノーミソ前頭連合野を使わぬ実務作業に逃げることにしております。それはそれでいつかは消化せねばならぬもの、今週あと三日で資料は仕上げましょう。きっと大丈夫。兄の一人息子のところに女の子が生まれたとのこと。めでたい。爺婆も曾爺婆になってしまったんだな。ウチの息子にも早う嫁が来てくれぬか。切に願う。

オークションは怒濤の入札続いて、連絡送付作業に四苦八苦しております。なんせ副業ですから。けっこうな臨時収入となって、これでまたCDを買える・・・というのは、ほとんどジョーダンみたいな話題でしょう。通勤音楽は、NAXOS 8.554811  1,050円(高い!税込み)Mahler 交響曲第10番 嬰ヘ長調(フィーラー版1966年第4稿1997年改訂版)〜ロバート・オルソン/ポーランド国立放送交響楽団(2000年)・・・久々の拝聴也。第10番の全曲をしばらく聴いていなかったので、ちょっぴり逡巡して取り出したもの。当時の自らの評価は”技術的に弱さはまったく感じさせない”とのことだけれど、上手いオーケストラではない・・・というより、作品そのものに慣れていないんでしょう。終楽章に於ける「消防士の葬送行進曲」(不気味な大太鼓連打)にリズムの乱れは顕著。テンポも洗練もちょっと不足するが、ワタシはこの作品大好きです。第3楽章「煉獄」のばかばかしい大仰ぶりも素晴らしい!が、この演奏(編曲?)ではその対比もちょっと弱い感じ。

クック版をちゃんと聴かなくっちゃ、サイモン・ラトル(新録音)、ジエイムズ・レヴァインもちゃんと聴いてあげないまま、棚中に眠っております。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

まだ日が変わっていないんだけれど、一時復活させたオークションの件、明日明後日と不自由な時間に”出品無料”なので、朝忙しそう。いまのうちに言及しておきます。

グレン・グールドのオリジナル・ジャケット・コレクション80枚は3年ほど前?に入手(廃番済)。一通り聴いた感想は”オリジナルの配置は鬱陶しい”という罰当たりもの。つまり、例えばMozart のソナタ、Bach の平均律、全部まとめて聴きたい!摘み聴きするにもまとまっていたほうがわかりやすい、という結論です。それに、一回聴いて、もう絶対聴かない(例えば、ナレーターみたいなものが入っている)ものがいくつかあったこと。+処分するには時期もあるだろうな、という配慮もありました。amazonのマーケットプレイスには11万円!みたいな値が付いているし、一応購入金額3万円くらいで、と出してみたら、早速入札ありました。底抜け不況なのにねぇ、凄い。ウォッチ・リストがけっこう沢山入ったのは、相場を見ている人がいるんじゃないか。

もう一発、Shostakovich 交響曲全集(コンドラシン)・・・これは現役CDだし、オークションにも出ているから苦戦するかな、と予想しつつ1,500円出品。手放す理由は、もうこの辺りの作品は、新しいぴかぴかの録音で聴くべき時代かな、と。コンドラシンの価値は減っていないと思いますよ。でもね、交響曲第10番ホ短調(シップウェイ1995年)、第11番ト短調(キタエンコ2004年)、そして最近第13番「バビ・ヤール」(ヤンソンス2005年)を聴いちゃったら、もうアカン・・・いつまでも往年の昔馴染みにしがみついても仕方がない、新時代の爽快なるサウンドで聴くべき時代が来た、という確信深まりました。

幸い、即入札ありました。ありがたいなぁ、なんか悪いみたい。今回の”三重苦”被災(風評被害入れて”四重苦”?)を受けて、いっそう、かなり物欲減退いたしました。明日、明後日と大量CD激安出品いたしましょう。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

良い天気の春。地方選の投票日。政治家にはほとんど知り合いはいないが、ちゃんと投票に行きましょう。ヴェテランの経験も大切だけれど、基本、若手〜壮年がよろしい。女性男性にはこだわらず、といったところか。お隣の橋下知事も若いですもんね。元気がよろしい。旧態にこだわらず、新しい動きがあって、論議が沸き上がるのが良いことなんでしょう。地元、尼崎の稲村市長も若いっすよ、未だ40歳になっていないママ市長。見掛けたことはないが。

ここのところ聴いている音楽は、かなりの比率で”自主CD”。外国では法律が異なるらしく、フリーでわりと新しいデータ・ダウンロードが可能なんです。(但し、もの凄く速度が遅い/課金コースだと快速らしい。それが商売になっているのだね)なんどかこのサイトで触れている”可逆圧縮ファイル”=.flacとか.apeといった圧縮形式が多くて、音質も良好です。金額の多寡を云々するほどCDは高価ではなくなったが、ちょっと珍しい音源を気軽に(数十分待てば)聴けちゃう・・・なんとなく掟破りっぽいので、ぼちぼち、思い付いたら(数多いそんなサイトを)紹介している状態。

BRL8900Rachmaninov ピアノ協奏曲ホ短調(交響曲第2番ホ短調第1/3/4楽章による)〜ヴォルフラム・シュミット=レオナルディ(p)/テオドーレ・クチャル/ヤナーチェク・フィルハーモニー管弦楽団(2007年)・・・賛否両論であり、生真面目なるリスナーが多い日本では概ね”否”多数派。後年の編曲ものが歴史に残るのは珍しいことであって、代表例は「展覧会の絵」でしょうか。ストコフスキーのBach 編曲はすったもんだして、現在に定着した感じ(少々昔の音楽著作ではどれだけボロカスに書かれていたか!)。レギュラー・プライスにて発売したBRILLIANTさんには悪いが、こちら無料リスナーの感想は”悪くないんじゃないの”。

オリジナルの第2番に於ける漆黒の甘美旋律、第3番の驚異的ゴージャスなピアノの乱舞!から見ると、ずいぶんと手探りでスカスカなソロ・パート。でもね、素敵な交響曲第2番ホ短調を切り口ちょっと変えて愉しみました、的風情であります。音楽は嗜好品だから、新鮮なカツオの刺身にマヨネーズ付けてみました、みたいなことはあってもよろしいんです。目くじら立てて否定することはない。問題の神髄は”完成度”なんでしょう。「展覧会の絵」はほとんどRavel の極色彩に染まって凄いし、Scho"nberg編曲のBrahms ピアノ四重奏曲ト短調然り。これはこれでよろしいと思いますよ。演奏会にも登場して欲しい。

Rachmaninov ピアノ協奏曲第3番二短調〜タマーシュ・ヴァーシャリ(p)/ユリ・アーロノヴィチ/ロンドン交響楽団(1975/76年)・・・以前第2/4番を拝聴して、エラく気に入っていたもの。メカニック的な問題ないのは当たり前として、この人は露西亜風濃厚暑苦しさとか、テクニックばかり先鋭前面に出ることはない、爽やかな甘みに支配された快い表現だと思います。ここ最近、第2番を凌駕して録音される機会が多い(または若い人の演奏会に取り上げられることが多い)作品だけれど、ようやくこの作品魅力の神髄に触れた感じ。ピアノは知情意バランス抜群、亡きアーロノヴィチのバックはおそらく(数多いこの録音中)出色の完成度を誇ってヴェリ・ベスト。

投票に行ってきました。朝だから?やたらと爺婆が目立つのは日本全国少子高齢化の影響か、それとも若い世代は日曜も働くのに忙しいのか(遊びに行ったか)。

先日、珍しくBBSに書き込みがあって、カール・シューリヒトの掲示板をご紹介いただきました。パブリック・ドメインの音源をダウンロードできること、なにより熱心な論議が素晴らしい。ネット上でのトラブルは少なくなって一方で情熱も失ってしまったような気もするんだけれど、こんなアツいところもあるんですね。その中で”データで音楽を聴くのはどうも頼りない。結局CDを買ってしまう”というのは言い得て妙。ワタシもその傾向があるし、自主CDとして”形に残す”ことを重視しております。古い奴だとお思いでしょうが、 古い奴ほど新しいものをほしがるもんでございます。 どこに新しいものがございましょう・・・(鶴田浩二「傷だらけの人生」1972年 作詞 吉田正

そこでダウンロードさせていただいたのが、Schumann 交響曲第2番ハ長調〜カール・シューリヒト/パリ音楽院管弦楽団(1952年DECCA LXT2745復刻データ化)・・・5月に演奏会があって、伺うつもりだからその予習のつもり。苦手作品系だけれど、リハ舞い上がるひばり、エイドリアン・ボウルトなんて時々聴いておりました。第1楽章冒頭針音も生々しく、鮮明なる音質+明るいパリ音楽院管の響き、溌剌颯爽さっぱりとした風情で響きを重くしない・・・これだけではCDRが一杯にならんので、いつもお世話になっている「The Music Parlour 〜 HISTORICAL」にて、未だデータを落としていない英国ものを次々に入手、埋め合わせました・・・いくら鮮明!といったって、最新ぴかぴかのディジタル録音みたいにはいかぬが、別耳なんだな、この辺りは。やめられまへん。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

せっかくの花見頃だけれど、雨模様。きっと花も散るでしょう。お休み。スポーツクラブに出掛ける意欲も出ません。今朝毎週2本、と決めている【♪ KechiKechi Classics ♪】 更新2本目、なんとか済。誰が読んで下さる、といったことでもなく、音楽に対する自分の矜持、緊張感みたいなものです。こどもの頃、贅沢品であった音楽(当時はLP)は、こうして経済的負担ほとんどなく気軽に聴けるようになったんだから、その幸せをたっぷり堪能いたしましょう。被災地の方々が、いつかゆったり音楽を愉しめる境遇に至ることを祈りましょう。

現在、女房は母親、姉が入院してたいへんなんだけど、職場で20年ほど旧知の(他のフロアだけれどかつて同じだった)女性がくも膜下出血で倒れたとのこと。その後の様子はよくわかりません。まだ下のこどもは小学校低学年だからな、元気で家族を支えなくっちゃいけないのに。心配です。自分もせめて引退迄、元気で働きたいもの。衣食足りて、音楽を識る。もちろん(それなりの)健康も。

Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜クラウディオ・アバド/ウィーン・フィル/アルノルト・シェーンベルク合唱団/ヴァルトラウト・マイアー(ms)/シェリル・ステューダー(s)(1992年ライヴ)・・・2003年ルツェルン・ライヴが話題だけれど、ワタシにはこちらのほうがずっと好ましい印象でした。しかし、1991年ベルリン・フィル・ライヴに比べると、音質、オーケストラのクリアな響きという点で少々(あくまで相対的に、ちょっぴり)落ちる感じを否めません。ウィーン・フィルって”舌を巻くほど上手い!”ことをウリにしておりませんから。粛々とした飾りのない表現、自ずと滲み出る自然な歌と流れ・・・11年後は病を得、快癒、年齢を重ね、そのままの方向で枯れた、ということなんでしょう。こちらのほうがヴィヴィッド、活気に充ち満ちております。最終盤への盛り上げかたの導きは出色の効果、声楽の扱いの上手さに驚かされました。

1976年シカゴ交響楽団との旧録音も聴いてみたいな。1981年の第1番も同様。

野口悠紀雄先生だったか、サイトは自分のために作る、とありました。その通り。【♪ KechiKechi Classics ♪】 は自分のために書いて、更新しております。自分で情報を発信する人に、情報が集まる〜これは誰だったか?ネット時代を迎え、情報を得るチャンスはほとんどの人々に平等に与えられる時代になった〜ような気もするけれど、それをどう活用するかは本人次第でしょう。ファッション情報やら、金儲け投資話なんてワタシに云々してもムダでっせ。

Elgar ヴァイオリン・ソナタ ホ短調 作品82〜ヴィヴィアン・ハーグナー(v)/タチアナ・ゴンチャロヴァ(p)・・・室内楽を聴くのなら、けっこう鮮明なる音質の(.mp3)がフリーで入手できるんです。有名無名さまざまな演奏家が揃っているけれど、ハーグナーさんのヴァイオリンは素敵ですよ。知名度低い作品だけど、かつて聴いた中でもっとも親密な集中力を誇って、ちょっと感心いたしました。

どんな人なのか?ネットで検索してしてみました。おお!昨年2010年内田光子さんと来日しておるのだね。独逸の人らしい。別嬪でんな。「芸術に容姿は関係あるのか!」とお叱りを受けそうだけれど、芸能ですから、当然です。

一ヶ月限定で、またまたオークション出品復活いたしました。次々とネットでダウンロードしても、音楽を聴ける時間には限度がありますから。さて、この底抜け不況の中、どうなることやら。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

昨夜12時頃迄音楽を聴いて就寝、寝入り端に電話が鳴る〜こんな時間に非常識、と思ったら、災害安否確認用自動連絡であって、東北でまたまた大きな地震があったんですね。現地はまた広い地域で停電らしい。余震とは言い難い規模で、主要交通機関が止まっているらしい。津波はどうなのか、ネットで見る限り様子はわからない。う〜む、安易に日常生活に戻して下さらないな、今回の災害は。

BRILLIANT 8713/90出張往復で読んだ医療ものへの言及意欲失いました。今朝、ようやく定例サイト更新一本のみ実施、もう一本は少しずつ書き貯めておいたものが、時間経過で気分が変わってしまうのだね。完成しませんでした。今朝、早朝覚醒して聴いていたのは、Prokofiev チェロ協奏曲ト短調 作品132〜ロストロポーヴィチ(vc)/ロジェストヴェンスキー/ソヴィエット国立放送交響楽団(1964年ライヴ)・・・相変わらず彼の明朗なるチェロによって、作品の様子がわかりやすく表現されました。以前に聴いていたっけ?と、過去データを検索してみたら別作品別演奏でした。(時間切れ)

朝一番で取引先の勝手な行動というか、ちょんぼが発覚して激怒!それから一日中調子が悪い。お仕事がつぎつぎと締め切り迫って、ぎりぎりでやっつけていく〜とてもだけど、粛々淡々〜みたいな感じじゃない、ばたばた、机上阿鼻叫喚状態、昼も机を離れられないから片手で弁当を喰いつつメールを点検返答、それでも夕方には落ち着きました。やるべきことはやったんじゃないか、当面。中期的創造的なお仕事さておき、記憶にある限りの宿題は終わった、と確信し、疲れ果て、早々に職場を後にしました。雨模様、せっかくの桜も散っちゃうことでしょう。一雨ごとに暖かくなる。

DG 447-023-2昨日触れていないが、今回出張時の音楽は歴史的なものが多くて、少々辟易〜といっては失礼ながら、例えばStravinsky バレエ音楽「春の祭典」〜ピエール・モントゥー/ボストン交響楽団(1955年)・・・いくらオーケストラの技量が優れていても、モントゥーがエレガントでも、モノラルで堪能すべき音楽ではないでしょ。通勤音楽には音質のよろしい、オーケストレーションの華やかなものを〜Mahler 交響曲第1番ニ長調〜クラウディオ・アバド/ベルリン・フィル(1991年ライヴ)・・・これほど著名なのに、アバドのMahler はほとんど未聴。オーケストラの上手さは驚異的。弦の響きがシルクのように鈍く輝いてゾクゾクするほど。弱音で音楽の姿が”弱く”ならず明晰、最強音の鳴りっぷりに文句ない迫力を感じさせても響きは濁りがない。洗練を失わない。細部の仕上げ、全体の構成、流れにムリがない。ほとんど飾りがない、自然な歌に溢れている・・・

こどもの頃より聴き慣れた作品が、なんと新鮮に響くことかっ!そろそろ旧録音も含めた全集が安価に出現する頃と思います。

今朝の続き。Prokofiev チェロ協奏曲ト短調 作品132って、初耳というか、その存在さえ知らなかった!(17分ほどの作品)棚を探るとホ短調 作品125というのもあるのだな。知らず安易に、狭い範疇で音楽を聴いているから、こんなことになるんです。必ずしもロストロポーヴィチの音色が好みじゃないが、少なくとも彼の手に掛かると暗鬱難解晦渋な作品でも朗々と響いて、わかりやすい。ここ最近、硬派でシニカルなProkofievの旋律が妙にフィットしちゃう。”哀愁の旋律”に聞こえますよ。続く、VAINBergのチェロ協奏曲ニ短調(切々とした、遅れてきた浪漫風情/第2楽章は快活躍動しております)/KNIPPER 協奏的独白(身の置き所ないような不安有/ ティンパニとの対話みたい)〜ロジェストヴェンスキー/ソヴィエット国立交響楽団(1964年)・・・これだって、ロストロポーヴィチじゃないと、おそらくは聴く機会を得なかったでしょう。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

会議は早々に終わって、速攻で新幹線の人に。東京は暗かったですよ。昨夜、品川駅に着いたとたん節電で暗い感じ、指定のホテルのある五反田に移動してご近所BOOK・OFFに行ったが、辺り全部照明を減らしております。日本は夜きんきら明る過ぎる!といった海外経験者のお話を伺ったことがあるけれど、これが本来の、正しい姿なんじゃないの?たった今苦しんでいらっしゃる人、復興を目指す被災地の人々は別格として、こうして落ち着いた日本になるのも悪くないかも。自粛ムードはよろしくないが・・・さすが東京のBOOK・OFFの品揃えは豊富で、興味深い新書(医療もの+法医学もの)計4冊、420円也購入。CDは@250を3枚500円セールやっていて、3枚ほどめぼしいものを見つけたが、買えない・・・自粛してるのはワシ?但し、21世紀になってからずっとか。

現在、九州大学の教授やっている人が、学生時代のちょっとした親しい先輩であって、彼に本の読み方(=買い方)文書の書き方を学んだような記憶があります。とにかく本は一度にごっそり買う、若い頃は本屋で5,000円くらいの出費は当たり前、それが今じゃ420円ですもん。会議は粛々と終わって、行き帰り音楽を聴いて、手応えたっぷりの本を読んで、居眠りして・・・いつもの金沢往復と同じ時間なんだけど、東京往復のほうがずっとラクに感じます。音楽の選定はちょっと誤って、偶然、音質あまりよろしくないものばかり揃って、やや聴き疲れました。

BERILLANT 93554/53一番印象に残ったのは(音質もよろしかったし)、Brahms 歌曲集第9集(60枚組より)〜ロベルト・モルヴァイ(t)/アンドレアス・ルツェヴィクス(p)(2007年)・・・ひどいねぇ、作品詳細どこにも(まともに)ネットでは探せない。作品49の「5つの歌曲」、「6つの歌」 作品97、「8つの歌曲とロマンス」作品14ほかいろいろ自由に組み合わせたもの。モルヴァイの声、歌唱は端正で清潔そのもの、心が洗われるような清涼に気分になりました。妙に”上手く”ない、技巧を凝らしすぎないのがよろしい。言葉の意味などわからぬでも、思いは伝わる・・・交響曲の大仰なる旋律サウンドを思えば、こちらピアノ伴奏のなんと繊細なフォローか。60枚分一気”オトナ買い”せぬと出会えぬ幸せです。

Delius 夜想曲「パリ〜大都会の歌」/ヴァイオリンとチェロのための協奏曲/チェロ協奏曲〜チャールズ・マッケラス/ロイヤル・リヴァプール・フィル/タスミン・リトル(v)/ラファエル・ウォルフィッシュ(vc)(1991年)・・・マッケラスの貴重なる遺産。既にディジタル時代なのに、「パリ」の音質はよろしくない。微弱音〜最強音の振幅が大きい作品だけれど、例の如しのEMI録音は響き薄く、臨場感も中低音も不足して音楽の様子がわかりにくい。繊細な感じはあるんだけどね。作品は華やかで素敵ですよ。協奏曲のほうは、いろいろと調べてみたけれど、調性がわからぬのだな、なぜか?二重協奏曲は、著名なるBrahms よりずっと”泣き”の旋律絡み合って、ワタシの嗜好にぴたり!フィットいたします。チェロ協奏曲も、英国ものとして出色の人気を誇るElgarより、こちらのほうがずっと親密に感じます。かなり以前ウォルフィッシュのCDを聴いたことがあって、ずいぶんとジミな(華がない?)印象がありました。技術的に不備はないけれど。

今となっては、こんなスタイル好みなのだな。ジャクリーヌ・デュ・プレより、ロストロポーヴィチより。しみじみと滋味深い。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

今朝、体感では寒い感じだけれど、春めいた陽気になるらしい。夜、東京行き。ここ数年、人の多さ、賑やかさに耐えられぬようになってきました。ま、ふだん生活している大阪、尼崎もけっこう賑やかだけど。東京が特別に魅力あるとは思えない。便利とも思えません。故郷を根こそぎ破壊された人々の心情は、想像を絶するものがあります。

BRILLIANT BRL8402昨夜の音楽は、Beethoven ヴァイオリン・ソナタ第6番イ長調 作品30-1(スヴャトスラフ・リヒテル(p)1967年)/第4番イ短調 作品23(アレクサンダー・ゴルデンヴェイザー(p)1950年)/第9番イ長調 作品47「クロイツェル」(フリーダ・バウアー(p)1967年)〜ダヴィド・オイストラフ(v)・・・パブリック・ドメインにて全曲拝聴できる、グリュミオー/ハスキル辺りから俄然この(辺りの)作品に興味が強まりました。こどもの頃よりナタン・ミルシテインの品のある演奏はお気に入りだったんです。これは旧ソヴィエット時代のライヴ放送録音と類推されるが、音色が豊満で美しいこと。彼の腕に掛かると、どんな難解晦渋な作品でもわかりやすく変貌する!といった事実に驚き。若い頃は、その豊満穏健な表現を”往年の美人女優”と揶揄したものだけれど、 けっきょく永く愛される演奏とはこんな方向ではないか、と見直しを進めております。

音質も意外と悪くはない。出張にノートパソコン持参いたしません。音楽のみいっしょに出掛けましょう。どーせ、夜遅く到着だし。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

最高気温17度、最低気温3度の予報。朝晩は冷える、ということだね。先日、被災地からのメールはワタシの読み違いだったそう〜友人の奥様とお子様の遺体が発見され、その後、友人が発見され、残るは母親のみ〜”遺体が発見されないのは”母親のみの意。つまり、一家全部流されてしまった、ということだそうです。津波だからなぁ、ガレキに埋もれてしまったり、海に流されてしまったり、行方不明者は万単位ですから。阪神大震災一週間後に倉庫点検で現地に入って、被災をリアル・目の当たりにしている自分でもちょっと実感沸きません。テレビではわからない。哀しいなぁ。

昨日〜今朝に掛けて聴いていたのは、Ravel スペイン狂詩曲/Khachaturian バレエ音楽「スパルタカス」〜「アダージョ」/「ガイーヌ」〜「剣の舞」/Dvora'k スラヴ舞曲ト短調 作品46-8/ホ短調 作品72-2/Sibelius 悲しきワルツ/Boccherini メヌエット ホ長調 作品13-5/Saint-Sae"ns「白鳥」/Tchaikovskyバレエ音楽「くるみ割り人形」〜「パ・ドゥ・ドゥ」〜ヴェロニカ・ドゥダロヴァ/モスクワ交響楽団(1985/88年)・・・誰だ?ドゥダ老婆とネットに書いた奴。以前、彼女のオーケストラ(ロシア国立管弦楽団〜3種ほど存在するらしい)にてKalinnikovの交響曲を拝聴したんだけれど、全然元気のない、ぱっとせん演奏だったので即刻処分(ブームだったからオークションでちゃんと売却済)。これは今時珍しい「名曲集」、なぜかモスクワ交響楽団(混迷するロシアのオーケストラ事情は昔の記事参照のこと)を指揮していて、けっこう上手い。ヴィヴィッドなリズム感も迫力も、時に繊細な静けさもあって、たまにこんな一枚もエエではないか・・・

では、行ってきます。昨日のお仕事チョンボ全面フォローを狙いましょう。

昨日のちょんぼ完全復活まではいかぬが、それなりフォローを〜日常しごともちょっぴり進捗いたしました。明日、珍しい東京前泊で数人にメールを出したが、一人は海外渡航中、残りはメールも見ていないんじゃないか?返事なし。おとなしくしておきましょう。たまには東京本丸(東北支援の最前線)の雰囲気を確認するのも悪くはないでしょう。

そのうち東京本丸システム部より摘発されるかも知れぬが、お仕事中ずっと音楽データ・ダウンロードしております。ま、厳密に言えばサボっているんだけれど、お仕事ずっとフツウにしているし、断続的なミーティングも会議もあって、その間中ずっと粛々とデータは落ち続ける・・・といった仕組み。朝一番や、昼休みに「ここを狙ってやろう」と目星を付けておくのだね。そういえば、.wvファイルというのに初めて出会いました。.wavちゃいまっせ、音楽圧縮データの一種らしい。数日間、それをデコードするフリーソフトを探していたんだけれど、どーもぱっとしたのがない〜試しに、ダメモトで愛用の「えこでこツール」にぶち込んでみたら、おお!ちゃんと変換できるではないか。

また知識が広がったような気分也。

ウィリアム・スタインバーグ通勤音楽は、Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜ウィリアム・スタインバーグ/ボストン交響楽団/ハーヴァード・ラドクリフ・コレギウム・ムジクム/ベヴァリー・ウォルフ/ベニータ・ヴァレンテ(1972年ライヴ)・・・例のMahler 専門サイトよりのダウンロード音源。ラスト、アナウンスが入っているから放送のエア・チェックか。この手の音源としては良心的な(ほとんど)モノラル録音だけれど、いかんせん我が貧者のオーディオとは相性抜群に悪い。ほんまに貧相に聞こえちゃう。ポータブルCDプレーヤーだと、思いっきりボリューム上げられるし、イヤホンは密閉されているし、で、けっこう濃密なサウンドが理解可能となります。

ストレート系、飾りもケレンもない、引き締まった推進力を誇って、ナマで聴けばさぞや〜といった類推可能。神経質にアンサンブルを整えることより、ざっくりとした流れを大切にした演奏で、オーケストラは良く鳴っております。この時期、このコンビはDGやらRCAに大曲を録音していたから、この作品もちゃんとした音質で聴きたかった・・・こんな近代オーケストラの精華!みたいな作品はどーしても音質が気になっちゃいます。そこがBeeやんなんかと違うところでしょう。ラインスドルフ〜スタインバーグを経て、小澤征爾の全集へと花開くんだな、このオーケストラは。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

さて、寒い気温戻ってきて、いつもの月曜日。エエ天気ですよ。今朝の朝日新聞の社説に、かつて繁栄を誇ったポルトガルが1700年代の大災害で一気に国力を失った件を引用しておりました。こんな時になんだけど、少子高齢化で日本社会の活力が弱まっていた自覚はあるでしょう。そこにこの”三重苦”で一気に〜みたいな、予感はあります。昨夜、出先から戻った女房と駅で待ち合わせて夕飯を喰ったが、地元商店街では閉店が次々と・・・ここは人口も若い人も多いし、大阪に至近で便利だから、ワリと寂れていないんです。それでも、転居まる4年でどれだけお店が閉まったでしょうか。昨夜気付いたのは、お好み焼き屋(正直なところ入るのはそうとうな勇気が必要な老朽極小店)たこ焼き屋(ここは場所も良いし、店主の引退かな?)呑み屋(もんの凄く入りにくそうで、行ったことはない)、10店閉まったら4店くらいはオープンしているみたいだけれど、それも一年くらいで再閉店、みたいな印象です。八百屋が閉まって、ワリとすぐ若い人が受け継いだのはちょっぴり救い。駅前に呑み屋とかオープンしているし。

でもね。時間の問題だろうな。あまりに多くの店舗が老朽化しているし、個人店主の老齢化も進んでおります。著名チェーン店+バイトだけじゃ街にならんですよ。でも、商売にならんのかも。

EMI 5 72930 2  1967-1974年録音昨夜の音楽。Mozart ピアノ協奏曲第18番 変ロ長調K.456/第19番ヘ長調K.459〜ダニエル・バレンボイム(p)/イギリス室内管弦楽団(1967〜74年全集より)・・・以前所有していた全集はとっくに処分済み、海外の掟破りっぽいサイトで音源ダウンロード可能だったので、どんなんだっけ?とCDに仕上げたもの。べつに気に喰わなくて処分、ではなくて、何種も全集持っていても仕方がないなぁ、といった感慨だったんです。久々の拝聴は、悪くないな〜しかし、先日のゲーザ・アンダ、クララ・ハスキルやらアシュケナージでもいいや、それとはずいぶんと違う。

それは表現に対する意欲や徹底という点で甘い、ということです。あまり考えずに天然の、持っている才そのまま、細部弾き流しているというか、上手いがさっくり安易な印象は(ちょっぴり)付きまといました。音質はそう神経質になるほど悪くはないけれど、良いとも言えぬ(時間切れ)

いつもの粛々としたお仕事〜と思ったら、じつはほぼ一週間分の情報取得に失敗していて、取引先に連絡漏れ、ほとんど大トラブル寸前!ほか、営業実績データが狂っていたり、本日締め切りの原稿完成に手間取って、宅配便引取りぎりぎりになっちまったり・・・けっこう大苦戦の一日でした。明日、ちゃんと(それなり)治まっているでしょうか、打つべき手は打ったつもりだけれど・・・不調な一日。

通勤音楽。Ravel 古風なメヌエット/クープランの墓/マ・メール・ロワ/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲〜ベルナルト・ハイティンク/コンセルトヘボウ管弦楽団(1971〜1976年)・・・旧録音也。先日、クラウデイオ・アバド/ロンドン交響楽団を聴いたじゃないですか。”技術的に優れて緻密だけれど、華やかさとか色気とか全然足りないんじゃないの?”と(未だ安易な結論は出せぬが)。こちら、生真面目で飾りの少ない、素直な表現ながら、コンセルトヘボウのサウンドが尋常じゃない深さ、それこそ渋い色気に溢れて陶酔のひとときを保障して下さいました。アバドとの違いはなんなのだろう?音質も自然でよろしい感じ。

今朝言及し掛かったバレンボイムの件。.mp3→.wav変換の自主CDだから音質云々できぬが、ヘ長調K.459協奏曲のオーケストラの響き少々濁り有つつ、ピアノの美しいタッチは充分堪能可能。以前にも言及していたが、ちょっと考えすぎ、一方で”才に頼んで、細部描きこみが足りぬ”と感じぬでもない・・・日常、愉しむのになんの不足もないと思います。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

ワタシはこどもの頃より近視+乱視がひどくて眼鏡のお世話になっております。乱視が入るとぐっとレンズ代が高くなって、ここ数年、ようやく安価なものが入手できることを喜んでおりました。新旧4つほど順繰りに使っているが、大阪復帰後運転を止めたので、度数がきちんと合っているものの使用頻度は減りました。ちょっと弱めなものはパソコンにはちょうどよろしい。幸い未だ老眼はないんです。8年ほど愛用した”アイメトリクス”はたしか8万円ほど?一週間前に壊れて、修理をお願いしたがダメとのこと。泣く泣く捨てました(8万円!)〜それで思い至ったのが、被災地の人々のこと。眼鏡飛ばされちゃった人、たくさんいることでしょう。不自由だろうな、日常生活ままならぬと思います。眼鏡屋さんも営業していないだろうし。

現在一番使用頻度が高いのは、3年ほど前に作った4,000円のですよ。15年前博多で作った”チタン製ジョルジオ・アルマーニ”(ブランドは知らんで作った/金属アレルギー故/あながちニセものではないは長持ちが証明している)は10万円越えました・・・が、未だに現役。もう一本作っておこうかな?不安なので。

Pro Musica Camerata (Polski) PMC 051じょじょに自主CD化を進めているMozart ピアノ協奏曲全集は(途中飛ばして)11枚目作業完了。チェンバロ協奏曲ニ長調 K.107-1/ト長調 K.107-2/変ホ長調 K.107-3〜ヴィヴィアナ・ソフロニツキ(cem)/タデウシュ・カロラク/ムジケ・アンティケ・コレギウム・ヴァルソヴィエンセ(2004/5年)・・・J.C.Bach のソナタよりの編曲。これはなんとも”ロココ”な、ノンビリとした味わいの作品で、ソフロニツキは微細な音色の描き分けでヴィヴィッドな古楽オーケストラと絡み合います。変奏曲部分が楽しいなぁ。LP時代より馴染んだ作品(演奏者記憶なし/SONYのセットものだった)だけれど、ま、品揃え的感覚が抜けなくて、CD時代に至って入手したトン・コープマン盤(1989年)は未聴じゃないか?音楽に対して不遜なる態度だ。

これだけでは収録30分強なので、もったいない!フィル・アップ探しました。思い出したのがMahler 音源落とし放題のサイトより、マーク・ウィッグルスワース/ボストン交響楽団による2009年4月18日ライヴ、交響曲第4番ト長調(ジュリアーネ・バンセ(s))〜これはまだデータを落としたのみ〜の前に演奏されたBeethoven ヴァイオリン協奏曲ニ長調〜イザベル・ファウスト(v)・・・40分くらいだからCDR余白埋め合わせにはちょうどよろしい感じ。

これが絶品!まずボストン交響楽団の洗練されたサウンドが夢見るように美しい(とくに木管)。こどもの頃から古今東西老若男女多種多様なる名演奏を拝聴してきたが、ノビノビとした歌と、決然としたキレ味+ノリ(これは終楽章に顕著)が鮮度抜群。カッコ良い。とろけるような美音というわけじゃなくて、颯爽としてモダーンな感じ。偉大なる名曲、一発演りまっせ!的構えたものではなく、さあ、美しい旋律を愉しみましょうね、的新時代の演奏と聴きました。オーソドックスなんですけどね。

”ヲタク咄”少々。

ネットでダウンロードした音源(例えば.wma/.mp3/.ape/.flac/.aif)を.wavファイルに変換してCD化〜この部分で既に”自分には縁がない”と思われる人が大多数でしょう。職場を見渡してもそんな人は存在しないし、そもそもi・Podでそのまま音楽を聴く、そんなデータ整理だったら得意ですよ、という若者が多数派だと思います。ま、いろいろ手順とか経過とか、不自由な作業手間暇を愉しむのが趣味(の醍醐味)なんです。どんどん知識が増えていくのも嬉しい〜.ape/.flac辺りは目撃していたけれど、その意味合い、コンバート方法を会得したのは意外と最近。

そして、昨日のご教授メールはワタシにとって”革命”でした。.ape/.flacファイルは可逆圧縮だから、デコードすると理論的に元の音質水準に戻るんです。.wma/.mp3は圧縮率高いけど、.wav変換しても音質は元には戻らない、ま、タダだからエエや、たいしたオーディオ環境ではないし(聴き手の耳もナニだし)、と割り切って数年。やがて人間は贅沢になるもの。.ape/.flacファイルからの”自主CD”はかつて所有していたLPCDより音質が改善されている!ことに気付きました。カンチガイかも知れぬが。歴史的録音は別耳で聴いているが、それでももう以前の”割り切り”に戻れません。

問題は、圧縮ファイルをダウンロードして解凍するでしょ?(この件も”ヲタク”か)できあがった(例えば).flacファイルは一本、つまり楽章分け、作品分けがなく、CD一枚分そのものなんです。ちゃんと楽章ごとに最初から分離されているものは少数派。それを.wav変換して、さらに”切り分ける”作業有。これがけっこう難題でして、耳で再生しつつ切り分け(累積時間)ポイントをメモしていく〜休みにしかできぬメンドーな工程也。これも趣味でっせ。

昨日のメールはその抜本解決策でして、じつは本体ファイルとは別に.cueファイルができていたんです。”命令”という意味かな?なんやねん、これ。昨日まで捨てておりました。これをムリヤリテキストファイルとして開くと〜ちゃんとタイミング表示があるんですね。わざわざ耳で聴いて手間暇掛けなくても。おお!”知る”というのは素晴らしいこと。更に某フリーソフトを使うと、その.cueファイル記述を変えることにより自動で切り分けて下さるというじゃありませんか。そこまでまだ辿り付いておらぬが、現在使っているWaveZに手書きしても圧倒的に省力化されました。

既にいっぱい失敗経験をして、死屍累々ムダCDを廃棄してきました。まだ作業手順の合理化はできそうだな〜そんなことを考えていたら、これってお仕事工夫と同じじゃん。毎日毎日工夫改善の繰り返し、ちょっとした作業手順の付加で大胆な合理化が可能。失敗から学ぶということですよ。

でもね、あかんのやね、性癖は直らない。先のご教授に従って”作業手順合理化”自主CD第1号は、Dvora'k ヴァイオリン協奏曲イ短調/交響曲第9番ホ短調「新世界より」〜カレル・アンチェル/チェコ・フィル/ヨゼフ・スーク(v)(1963年ウィーン・ライヴ)・・・おおいに興味ある音源ながら、事前に音質確認を怠りました。ORFEOレーベルって、たいてい音質が芳しくないんです。わざわざ状態のよろしくない音質にてムリに聴くべき音源に非ず。一度聴いて参考程度に・・・的位置付けでしょう。本旨は音楽を愉しむ、ということであって、データ変換や切り分け、自主CD作業はあくまで”手段”であります。聴かぬCDを作っても仕方がない。

嗚呼、失敗ばかり。

上記更新してわずか30分。よさげなフリーソフト探しておりました。ありましたよ「EAC」〜日本語化もして、対象の.flacファイルを.wav変換後(このソフトでもできるっぽいが)、読み込み、更に.cueシートを読み込ませれば(内容記述一部ファイル名を.wavに修正)→一発で自動分割、.cueシート記述通りの.wavファイル名に分割されました。

革命です。きっと手練れのマニアはバカにしているんだろうな(あったりまえだろ、ド・シロウトが、と)。いままで数ヶ月の苦労はなんだったのか・・・人生に寄り道は付きものです。あちこち彷徨うのが人間也。これでまた(抜け出そうとしてる)Windowsから逃れられなくなった・・・


●2011年4月某日の振り返りと後悔

これより土曜出勤。商品調達問題、納品トラブル継続しているので、連休は取れんのです。出たり休んだり、休日出勤の代休消化は必須なのでお仕事段取りメンドーであり、生活リズムの維持に苦慮いたします。被災地のご苦労を思い遣って、日常お仕事ができることを感謝いたしましょう。会社もお仕事も全部流されてしまった方も多いだろうし、東電の社員は毎日暗澹たる思いで過ごされていることでしょう(個人の責任ではないのに)。これから暖かくなったら、衛生問題が一気に浮上するはず。

EMI 9099152音楽には相変わらず集中できない・・・Delius 歌劇「村のロメオとジュリエット」〜トマス・ ビーチャム/ロイヤル・フィル/合唱団/デニス・ダウリング(br)/フレデリック・シャープ(br)/マーガレット・リッチー(s)/ルネ・ソームズ(t)/ドロシー・ボンド(s)/ロアリー・ダイヤー(s)/ゴードン・クリントン(br)他(1948年)・・・CD一枚半ほどの作品。オリジナルEMI復刻再発成ったが、NAXOSで出ていたんですね。本家のほうが格段に安いという逆転現象になっているが、限定プレスとのこと。(でも即売り切れ!なんてことはあり得ぬ不人気作品)NAXOSは安定供給だし、NMLでも聴けます。

ラスト「The Paradise Garden」ばかりで全曲拝聴初めて(と言っても、例の如し断続的に摘み聴き状態)、まず音質が良好なのに驚き。劇的起伏の少ない(甘美?なノンビリ)旋律が延々と続いてワタシのツボなんだけど、世間では爆発も絶叫もない(と思われている)作品は人気ないのだな。1948年は戦後間もない荒涼とした時期だけれど、創立2年目のオーケストラは好調。同時期のロンドン交響楽団の録音はかなりアンサンブル厳しかったですもんね。ラスト「The Paradise Garden」の安寧の世界は、第5場「The Fair」の溌剌とした、華やかな盛り上がりがあってこその対比と知りました。

掟破りっぽいネット・ダウンロードの話題関連。DG/ORIGINALSの音源は(根性さえあれば)入手可能です。(無料コースだと)エラく遅く、ダウンロードされたファイルは.flacファイル一本→これを.wavに戻し、楽章分割作業必要〜というマニアの世界だけれど、音質は維持されます。(.flacファイルは.mp3より圧縮率はよろしくないが、可逆圧縮=元に戻りますから)データで音楽を聴く人は、.flac→.mp3でそのまま聴くのも悪くないかも。

DG 447436-2 「短くも美しく燃え」Mozart ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453/第21番ハ長調K.467/第6番 変ロ長調K.238〜ゲーザ・アンダ(p)/ザルツブルク・モーツァルテウム・カメラータ・アカデミカ(1962年頃)・・・かつて(1990年頃)大枚支払って全集購入、数年前盤面自然剥離に愕然!生き残った数枚(再生可能)をオークションにて激安処分したが、ジャンク品としての説明不足から、落札者に少々不快な思いをさせた(後悔)演奏〜これも(個人的意識内部では)”江戸の敵を長崎で”的自主CD化であります。できれば全曲ネットで出現せぬか。数年うちにパブリック・ドメイン化するけれど(時間切れ)

いつも通り朝一番に出勤、ノーミソ前頭連合野を駆使する創造的お仕事ではない、眼前にある実務作業やらメールの返答、週次の定例報告書を粛々とこなして、精神的に”休んで”おりました(これを”延髄お仕事”=条件反射と名付けちゃう/職場患部同士では”お仕事と作業は違うよ”と)。取引先も様子がわかったというか、ハラが決まったようで、電話もなにもこない・・・あまりに根本的な要因が深刻すぎて、その派生事象が小さく見える・・・少々の不備に誰も怒らない。定時より一時間早く出勤したので、一時間早く職場を出ました。一気に春めいて、あちこち花が開き掛けております。

帰宅したらメール2本、ひとつは被災地より、友人(呑み友達釣り友達)、友人の奥さんとこどもが亡くなり、母親だけが残された、という悲惨な、あまりに悲痛、生々しいもの。もう一通は、自主CD化に伴うファイル処理への助言。ありがたいですね。女房殿の目眩症状もようやく落ち着いたみたい。当たり前のことだけれど、”元気にお仕事、遊ぶ”というのが一番の幸せなんです。

今朝言及し掛けたアンダ(p)のMozart の件、まずは音質極上〜艶々ではなく中低音が充実して、自然な厚みがあります。オーケストラが親密にソロに寄り添って一体化している〜記憶ではアンダの弾き振りはいまいち、的感想だったんだけれど、3曲ともほとんど極上のアンサンブル。それよりなにより、ゲーザ・アンダは品の良いこと!先日聴いたアシュケナージは浪漫方面に振って、揺れるテンポが素敵だったが、こちらもっと自然の呼吸のように瑞々しい世界であります。表情ニュアンスを付けすぎず、素っ気なくもない。ト長調K.453は春の野をスキップするような愉悦に溢れる作品、ハ長調K.467の第2楽章「アンダンテ」は映画「短くも美しく燃え」でっせ、婦女子(+おじさん)の紅涙を絞る名曲は淡々としてこそ哀しみが深い。映画に使われたのがこの録音です。


●2011年4月某日の振り返りと後悔

本日もお休みの消化。エイプリル・フールだけれど、彼(か)の一連の惨事(継続中)が、悪いジョーダンであることを望みたいくらいの重苦しい世情であります。地震津波は自然の猛威だけれど、原発事故はそれを甘く見た人災であって、これこそ未曾有の、先行きの見えない苦渋の課題。神戸の時みたいに、一直線で快復にならんぞ、と誰でも気付きます。不況はいっそう深刻に進むのか、それとも”復興景気”となるのか。日本国民(含む自分)は他人事として逃げられぬ宿題を背負いました。本日、こちら最高気温18度の予報、ようやく春めく予感。

体調ボチボチだけれど、寒さ続きで持病の左膝不調+両腕(原因不明/公私とものパソコン・キーボード要因?)筋肉痛続きます。ま、たいしたことはない。女房殿は昨日より希に襲われる目眩にて寝込んでおります。母親、姉とも入院して通っていたから、その疲れが出たんでしょう。自分はいつものお仕事+相変わらず散漫なる集中力にて音楽に接している毎日。

DECCA COLLECTORS 4437272 昨日通勤音楽。Mozart ピアノ協奏曲第24番ハ短調K.491(1978年)/第25番ハ長調K.503(1982年)/ロンドニ長調K.382〜ウラディミール・アシュケナージ(p)/フィルハーモニア管弦楽団・・・噂や世評を裏切らぬ素晴らしい演奏。古楽器派のワタシだけれど、時にテンポを思いっきり揺らせて浪漫に振った表現も(切ないほど)決まっていて、ため息のようなニュアンスに充ちたピアノであります。指揮者としての彼の音源を積極的に聴きたいとは思わぬが、ここでのオーケストラはかつて種々聴いてきた協奏曲伴奏中、出色の美しさと完成度と誇って、まさにソロと一体化しております。基本的に”作り込んだ演奏”は嗜好じゃないんだけれど、愉悦と適度な劇性、変化の妙に聴き惚れました。

Originals SH 830/31ネットで自由自在に音源を拾えるようになって、自主CD音源は(未CD化含めて)過剰となって参りました。なんせ音楽を聴くべき人生の時間は限られておりますから。そんなこんな、わずかな出費(激安CDR代のみ/あとは手間暇)で音楽をたっぷり堪能できる環境を満喫いたしましょう。そろそろ在庫と情報の整理をしなくては。しょうもない話題をひとつ、専門の方に情報伺いたくて。

Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調「英雄」〜ジョン・バルビローリ/BBC交響楽団・・・Originals SH 830/31にてMahler 交響曲第2番(1970年ライヴ)と組み合わされて発売されておりました。これがネットより音源拾えて(どこかは失念)、Mahler のほうは既に所有しているので「英雄」のみ拝聴。これって1967年のEMI録音(海賊流用か)でしょ?噂や世評から類推して、どれだけ緩く、ノンビリとした演奏なのか!と期待したが、意外とフツウ、まとも。悠々として力みなく、美しく歌う〜閑話休題(それはさておき)

これって左右逆じゃないですか、もしかして。エエ加減な耳なので部屋で聴いていると、そう気にならない(もとよりオーディオ水準を期待していない)が、通勤のイヤホンだとモロ、そんな感じ。違いますか?

早朝に目覚め、いつものように引き隠り状態。但し、気温はずいぶんと上がって一気に開花するでしょう。夕方、ご近所スーパーに買い物に行きました。ほんまの春だな。途中、お仕事メールなど眺めたり、ちょっとしたトラブルで(要らぬ)電話を受けたりしたけど、ぼんやりノンビリ過ごしました。日本はこれからどうなっちまうんだろう。就職は氷河期→底抜け状態へ、食品の輸出はもうあかんでしょう。貿易自由化もクソもない、ってな感じ。

終日部屋にこもってCDを整理したり、自主CD用のデータを落としていると、”嗚呼、CDはもっと整理せなあかんな”〜オークション出品復活を検討すべきだけれど、いかにも時期が悪い。ヤフオク全部が悪いわけじゃないだろうが、クラシック音楽CDはいかにも動きが鈍そう。嗜好品だからな。値付け問題、商品そのものの価値問題もあるんだろうが、そもそも音楽を愉しむような時期じゃないような・・・

断続的に、音楽摘み聴きしているけれど、印象に残ったのは「Latin-American Fiesta」〜レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィル(1961/63年)・・・とっくに廃盤か。どれもヴィヴィッド、アツい血が流れる熱気大爆発。キレ味最高。一番有名なのはVilla-Lobos ブラジル風バッハ第5番〜ほの暗い哀愁漂うチェロ+ネタニア・ダヴラツ(s)の官能的な声でしょう。”じゃじゃじゃ・じゃ〜ん!”のBeeやんより体質に合う感じ。

【♪ KechiKechi Classics ♪】

●愉しく、とことん味わって音楽を●
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written by wabisuke hayashi
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