2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
風邪ひきGWも三日目、鼻づまりがひどくて睡眠不如意、昨日は完全引き隠りでした。最悪、2月のインフルエンザ罹患もそうだったけれど、なかなか治らんなぁ、弱ってますよ身体。明日より二日間、週次の作業を一気にクリアしつつ、取引先商談も二件、スポーツクラブは強行のつもり、そしてGW後半もなんの予定もありません。なぜか二時間ドラマの再放送もほとんどなくて、映画「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」のみ堪能いたしました。いつものヲタク趣味音源データ整理して、Dvora'k辺り、大量にデータ不良を発見して落ち込んでおりました。DVD-Rに焼き込んで数年、一度も聴いていなかった証拠だけどね。今朝の朝日新聞に「ディジタル・データの保存問題」が出ておりました。核廃棄物の保存情報に耐えうる新たなテクノロジーが必要、紙媒体が一番寿命が長いなんて!
ヤフオクCD処分は昨日一昨日計二件落札有、早速早期終了させて送付しておきました。今朝、また入札があってぼちぼちというところ。体調そのものはさほど悪くないので、音楽をたっぷり聴いておりました。
Mahler 交響曲「大地の歌」〜ジョナサン・ノット/バンベルク交響楽団/ヴァルトラウト・マイヤー(ms)/クラウス・フローリアン・フォークト(t)(2010年Kissinger Sommerライヴ)・・・その後二種出ているもの(男声ばかり)とは別のライヴ音源をネットから入手したもの。Waltraud Meier(1956ー)は圧巻の貫禄、大地の歌はWagner歌いが定番になっているのでしょうか。Klaus Florian Vogt(1970ー)も端正なテナー、若々しく生真面目です。例の如し、ジョナサン・ノットは明晰を極めた統率ぶり、半世紀前辺りカイルベルトの思い出からずいぶんと緻密なサウンドに変貌しております。後任の若きヤクブ・フルシャ(1981-)との相性はいかがでしょうか。たしか「わが祖国」の録音がありましたね。
Mahler 交響曲第1番ニ長調〜ダニエーレ・ガッティ/フランス国立管弦楽団(2014年ライヴ)・・・これもネットより入手したライヴ音源、CDになっていないみたい。Daniele Gatti(1961ー)はこのオーケストラ音楽監督としての在任は2008ー2016年、その後ご存知の通りコンセルトヘボウに転出しております。その昔”仏蘭西のオーケストラはアンサンブルが云々・・・”なんて云われたもの、それがウソのように立派なアンサンブル(ライヴでも)この作品に必須な青春の胸の痛み、憧憬に溢れた快演でした。音質も良好。
他、Dovra'k 交響曲第9番ホ短調「新世界より」(1972年)*/序曲「謝肉祭」(1976年)/交響詩「野鳩」(1974年)〜ラファエル・クーベリック/ベルリン・フィル*/バイエルン放送交響楽団・・・ベルリン・フィルは上手すぎて、ちょいと強引な感じ。クーベリックは手兵バイエルン放響との演奏が暖かく、オーケストラとの信頼関係を感じせて一番でしょう。今朝より、Bach 平均律クラヴィア曲集第1巻〜ラミン・バーラミ(p)・・・Ramin Bahrami(1971-)はイラン出身、現代最高のBach弾きの一人、話題になってないなぁ、この録音。明晰かつデリケートなタッチ、音色が美しい。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
風邪ひきGW継続中、症状は悪化していないけど、洟水鼻づまり症状に睡眠不如意・早朝覚醒も継続中、ヤフオク一件のみ落札あってその送付に数分外出したのみ。引き隠り傾向強いのに、せっかくの好天連休にいっそう身動き取れません。ご近所サークルK、いよいよファミリーマートへの改装が始まりました。べつに”サークルK”に思い入れもないし、品揃えもイマイチだったけれど、多様性は大切ですから。全国大手ワン・パターンに収斂されていくのもツマラんかんじ。ローカルな怪しいコンビニは生き残っていけない時代なんですね。
週一回の【♪ KechiKechi Classics ♪】定例更新も、平易な名曲集ばかり、ここ二週連続でした。
向山雄人「痛みゼロのがん治療」(文春新書)・・・断続的に読み進めて読了にほぼ一ヶ月掛かりました。2012年の著作、これは凄い本でっせ。カスターマーレビューも一件しかないし、入手した古本も第1刷、売れんかったのか。かなり専門的な内容は難しいからね。正直なところ、科学的な効能効果(鎮痛のロジック)のところは飛ばし読み(情けない)趣旨は理解できます。痛みの抑制(とくにモルヒネ使用)は万策尽きた最期の手段(セデーション)に非ず、初期の段階から積極的に各個人の症状に合わせて痛みを取ってQOLを上げていく大切さ、治癒にも効果があるそうです。この件、医療関係者にも誤解が残っているそう。最期の看取りも、直接痛みの問題とは別に”過剰な点滴”が患者を苦しめる件に言及があって、これは別な医療関係の書籍から知識がありました。かなり専門的であり、一般読者には(自分にも)難しいものでした。
Mahler 交響曲第10番 嬰ヘ長調「アダージョ」〜ジョナサン・ノット/バンベルク交響楽団(2010年ライヴ)・・・この作品と「大地の歌」は全集にはなぜか含まれず、但し、演奏会では取り上げられておりました。ネットより入手音源は極めて鮮明な音質。もちろん音質問題もあるけれど、Jonathan Nott(1962-)の各パート、リアルな解像度が凄い!どのパートも考え抜かれ微妙なニュアンスに彩られ明晰に描き分けられ、馴染みの旋律は驚くほど新鮮かつ雄弁です。この辺りのワザは師匠ブーレーズ譲りかな?25:37は中庸なテンポか。2014年より東京交響楽団、2017年よりスイス・ロマンド管弦楽団の音楽監督に就任しているとのこと。
Mahler 交響曲第2番ニ短調「復活」〜ギルバート・キャプラン/ウィーン・フィル/ ウィーン楽友協会合唱団/ラトニア・ムーア(s)/ナージャ・ミヒャエル(ms)(2002年)・・・Gilbert Kaplan(1941ー2016)はシアワセな人生でしたよ。ド・シロウトには細部ワカランけど、スコアの校訂にも実績があった”「復活」専門指揮者”、いまや”ギルバート・キャプラン版”は標準、究極のアマチュア音楽家でしょう。とうとう天下のウィーン・フィルと録音!(手元にはいくつか他のオーケストラとライヴも音源有)細部ていねいに大切に描いてさすが、作品を熟知していることが理解できるもの。再聴して衝撃を受けたバーンスタインのように、指揮者の主義個性をたっぷり主張してオーケストラを統率する濃厚に非ず、極めてオーソドックス。どの楽章も過不足なく性格分けをして、終楽章クライマックスへ導いていくもの。カラヤン時代が懐かしい(そして評判はあまりよろしくない)アマチュア合唱団にも不足を感じませんでした。Mahlerファンとしてヴェリ・ベストの嗜好ではないにせよ、真摯な姿勢に打たれておりました。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
久々、風邪をひきました。やや倦怠感洟水咽痛頭痛少々有。昨日朝よりやや違和感はあって、そのせいかお仕事も微妙にスッキリしません。とにかくGWに突入、有意義な休みにしたいものです。女房殿は親戚の葬式に大阪へ、昨夜遅く日帰りました。夕食を作って、週末のエアロビクスへ、汗を流して風邪をやり過ごそうという目論見は外れて、今朝も症状継続中。体重は想像より悪化しておりませんでした。女房殿のお仕事事務所のノートパソコン(NEC)は幾度調整修復したけれど、10分ほどで落ちてしまう・・・またまた持ち込み、結論的に「10」初期状態に戻すのに深夜迄、ビデオに録り貯めたドラマなど拝聴しつつ、結局完了せず。今朝作業継続中です。ポインティング・デバイスやらキーボードそのものを受付なくなる症状散見、女房殿は未だ就寝中なので起き出したらメールアドレスのパスワードを訊き出してChromeとDropboxの設定をしましょう。それでも不調だったらハードの問題なので諦めてもらうしかない。
財務省前次官セクハラ問題、急転直下”認定”へ。さっさとケリ付けましょう、というのがミエミエ、官僚世界政府自民党の体質は世間常識から大きくハズレていることがわかりやすい。それでも、立派な天下り先があるんでしょうね。
昨夜もまとまった音楽は聴けてなくて、前日のVila-Lobosの続きなど、他の作品いろいろちょろ聴き。ショーロ第1番〜ファビオ・ザノン(g)(2003年)は胸を締め付ける哀愁の旋律、ド・シロウト(=ワシ)にとって伯剌西爾音楽って「黒いオルフェ」なんだけど、彼(か)の雰囲気そのままでっせ。
今朝も睡眠不如意早朝覚醒。Khachaturian バレエ音楽「ガイーヌ」より(7曲2台ピアノ?)〜リュボフ・ブリュック/マルク・タイマノフ(p)(1956年)・・・ネットより拾ったLP復刻音源也。音質は(旧ソヴィエットにしては)良心的。馴染みの泥臭い旋律リズムは、小粋かつ親密な雰囲気に変わっております。素晴らしく流麗なテクニックであります。このご夫婦は露西亜の伝説的なデュオとか。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
からだすこやか茶W+二日酔い対策ドリンクを服用して連続酒席対応、二日酔いではないけれど正直呑みたい気分に非ず、体重増も気になります。帰宅は夜9時頃、お仕事は午前中の残務処理(といっても手間ばかり掛かって成果の少ない苦しいもの)昼から取引先との定例打ち合わせもいつも通り。本日乗り切って明日よりGWはこれといって予定はありません。暦通り火水と出勤して一週間のお仕事をクリアいたしましょう。本日は食生活節制して、夜エアロビクスにて締め括りましょう。
夜音楽を聴く時間がないのも残念。
ここ数日、ちょろ聴きしていた音楽は・・・
English String Miniatures Vol.4〜デヴィッド・ロイド・ジョーンズ/ノーザン・シンフォニア(2000年)
十数年前入手してコメント有
Hope、Bridge、Carse、Tomilson、Holst、Delius、Lewis(半分くらいしか名前を知らない作曲家)の小品集収録。泣けます。地味で穏健、紳士で剽軽な真面目さと軽快さがあって、「華のない音楽」・・・Bridgeの「ワルツ-間奏曲」の哀愁には、おシリの穴がこそばゆくなりそうな快感有
(収録作品詳細はNMLリンク先へ)なるほど。HolstとDeliusの作品は聴いたことがあって、Bridge(この人はBrittenの師匠ですよね)の他は名前さえ初耳でした。NAXOSによる「イギリスの弦楽小品集/English String Minitures」は第6集迄出ていたはずで、全部CD入手しました。ベストセラーになるはずもないマニアックな作品集を揃えるレーベルの矜持でしょう。英国音楽は日本じゃ人気ないからなぁ、ヤフオクにてずいぶんと安く入手してきたし、逆に音源整理放出時にはなかなか売れないんです。
今朝は、Schumann ピアノ協奏曲イ短調〜ミハエラ・ウルスレアサ(p)/ハンス・グラーフ/カタルーニャ・バルセロナ交響楽団(2009年ライヴ)・・・佳人薄命、Mihaela Ursuleasa(1978年9月27日 - 2012年8月2日)によるストレートな勢いの快活演奏。先の「華のない音楽」とは間逆デーハーな密林サウンドVilla-Lobos 交響詩「アマゾンの森」〜アルフレッド・ヘラー/モスクワ放送交響楽団/モスクワ物理科学研究所男声合唱団/ルネ・フレミング(s)(1994/95年)・・・ほとんど冒険活劇映画音楽風、これも大好きっす。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日は連続小トラブル発生、但しすべて若い相棒担当分、自分もいくつかあったのかも知れないが、そこはヴェテラン、自覚なくそれなりクリアしております。夜は最寄り駅側おシャレな店で職場歓迎会、職場トップは取引先とのトラブル対応で出席不可、和気藹々と愉しかったですよ。若くて明るい職場になりました。その末席に控えることができて、半引退身分としてありがたいもの。今朝、良さげな夢を見つつ、連続左脚痙攣に目覚めました。呑んだらこれなんだよなぁ、本日連続、社用車が出払って電車にて取引先へ、帰り別な取引先ご担当と名駅裏でお付き合い、若い頃から毎日呑むのは避けていたんだけど、これも断れぬお付き合いです。自分のカネで、自分の好きなものを、気の置けない人とゆっくり自分のペースで・・・というのが理想でしょう。せめてしっかり柔軟体操実施、昼休みはウォーキングでもしようかな?
今週は未だ一昨日のみマシントレーニング、本日乗り切って明日、しっかり汗をかいて締め括りたいものです。某アイドルグループのメンバーが強制わいせつ容疑で書類送検とか、ことの真相さておき、人気商売だから影響甚大、この先生活していけるのでしょうか。他人事ながら心配です。分裂した民進党希望合併、国民民主党って語感が旧いなぁ、総選挙が近いのか。
昨夜も帰宅が10時頃、「NCIS〜ネイビー犯罪捜査班」に間に合いました。テロ組織に囚えられたジヴァは無事救出されました。(以前に見たような気もする)
今週連日音楽を聴く時間なし。今朝、Prokofiev ヴァイオリン協奏曲ニ短調〜ヘンリク・シェリング(v)/ロジェストヴェンスキー/ロンドン交響楽団(1966年)・・・音質最高。シェリングにはいつも気品を感じます。硬派やや晦渋な作品も彼の手に掛かると洗練されて、美しい作品との手応え充分。他、Mahler 交響曲第10番 嬰ヘ長調「Adagio」〜パーヴィ・ヤルヴィ/フランクフルト放送交響楽団(2008年)など拝聴。けっこうテンポを動かして、扇情的。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
もう夜は連日出掛けるほどの体力気力も残っていなくて、一昨日たいして呑んでもないのに微妙に体調が重い感じ。睡眠が浅い自覚もあって、一日置いて本日夜は職場歓迎会、更に明日夜ちょいと(断れぬ)お付き合いがあります。昨夜スポーツクラブへ雨をおして出掛けたけれど、今週は残り金曜のみ週二回の鍛錬、そしてGW突入来週も週2回しか通えぬ契約です。鉄人・衣笠が亡くなって、彼(か)のストイックな努力に比べれば自分など屁みたいなもの・・・豪雨に愛知県下では岡崎に避難勧告が出ておりました。
残っていたお仕事懸案事項は辛くも(当面)クリア。でも、なんか心身ともにスッキリせぬ日々が続いております。
Gershwin 協奏曲ヘ調〜ウィリー・シュティッヒ(p)/フランツ・アンドレ/ベルギー放送交響楽団(1956年?)・・・お気に入りの作品なので、ネットに見掛ければ必ず聴いてみる作品のひとつ。Willi Stech (1905ー1979)は独逸往年のピアニストとか、ネット検索を掛けると【♪ KechiKechi Classics ♪】も出現して、Gershwinは得意の演目だったのでしょう。もしかしてこの時代は前衛的作品(!?)というか、クラシックなレパートリーとはみなされていなかったかも。ソロ・管弦楽とも”クラシックな”演奏ぶり、とくに伴奏は朗々としてしっとり立派な風情、シュティッヒはなかり柔軟な表現だけどそこは独逸の人、かっちりとしてスウィングするようなユーモアじゃありません。ブルースな作品をわかりやすく、終楽章のテンポも速くない、堂々とスケール大きく聴かせて下さいました。LP板起こしの音質はワリと聴きやすい音質、但し、大昔ソロ中心のバランスであります。
Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜オトマール・スウィトナー/シュターツカペレ・ベルリン/合唱団/ハヨーショヴァ(s)/プリエフ(a)(1983年)・・・今月バーンスタインを聴いて心底感動した作品也。前世代であるOtmar Suitner(1922ー2010)のMahlerは、木目の質実を感じさせるオーケストラのマイルドな響き(録音も)作品の異形な大きさやヴィルトゥオーソや緊張感を過度に強調しない穏健バランス。今となっては、このオーケストラの機能性云々できるけれど、これは個性でしょう。テンポは揺れ動いて、浪漫的表現と思うけれど、ごくごく自然な流れは恣意性を感じさせません。声楽も充実して、シミジミ聴き惚れるべきウォーム・サウンドの連続に最終楽章のクライマックスに至る感動はMax!エエもん聴きました。
では、行ってきます。雨は昼から上がるらしい。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
本日明日とぬるい気温に雨模様らしい。昨日は金曜来の取引先との懸案事項の結末をどーしよう?と考え込みつつ出勤、結果的にそれはクリアしてもう一件、悩ましい内部事情継続中、強行突破を図ったけれど、これも美しい結末になるか不安です。他、いつもの週明けお仕事はいつも通り、新しい若い相棒は落ち着いて見えて、じつはけっこう四苦八苦しているようです。当たり前だよね、未だお仕事開始3週だし。4月の営業実績は散々の結果でした。前職場トップ+メンバーが来訪して夜、職場過半で名古屋駅裏にて酒席、息子より下の世代との会話は和気藹々として愉しかったですよ。明日は職場歓迎会、すっかり職場に馴染んだ3人+新しく雇用した女性スタッフのために連続酒席、こんどはご近所なので助かります。
昨夜最寄りの駅よりタクシーにて帰宅が10時、12時迄ぼんやり海外テレビドラマを眺めていたので、睡眠少なめ。音楽を聴く時間はなし。本日夜はスポーツクラブにちゃんと行きましょう。
今朝はWebern J.S.Bachの「音楽の捧げもの」より「六声のリチェルカーレ」/2つの歌 作品19(百合のように白く/羊の群れが立ち去って)/5つの楽章 作品5(弦楽オーケストラ編)/2つの歌 作品8(あなたには言わない/あなたは私を孤独にする)途中迄〜ロバート・クラフト/トニー・アーノルド(s)/クレア・ブース(s)/デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(b)/サイモン・ジョリー合唱団/21世紀古典アンサンブル/フィルハーモニア管弦楽団(2008年)・・・拝聴。こういった辺り、自分の嗜好のツボですから。Mahlerの肥大する作品を聴いていると、新ヴィーン楽派の音楽にまっすぐ続いていることを痛感いたします。なんと妖しい音楽!そしてクールなRobert Craft(1923ー2015)の表現。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
新しい一週間の始まり、気温は乱高下するらしい。昨日は【♪ KechiKechi Classics ♪】定例更新を午前中に済ませて、ご近所ディスカウントストアにウォーキングがてらヨーグルトなど買い物。夜は最寄り駅居酒屋に贅沢海の幸をたっぷり。女房殿はのどぐろは初めてじゃないと思うけれど、記憶はないから実質初体験。大きかったですよ。もう来週はGWですね。こちら老夫婦はもちろん!どこにも出掛ける予定はありません。昨年、結婚式もせずに結婚した息子は、挙式を考えているらしい・・・ま、花嫁さんが主役だからね、どこで開催するのかが悩ましいところ。北海道の爺さんはもうムリやろなぁ、出席は、93歳だし。
Villa-Lobos 交響曲第1番「知られざるもの」作品112/第11番〜カール・セント=クレア/シュトゥットガルト放送交響楽団(1997年)・・・この前にショーロ第8/9番(ケネス・スカーマーホーン/香港フィル)を久々に聴いて痺れておりました。Heitor Villa-Lobos(伯剌西爾1887ー1959)は稀代の多作家、名前を見たら必ず聴くようにして、そのわかりやすさ、ウキウキ興奮するような南米密林サウンドに外れなし。南独逸のオーケストラがどんな経緯でこんな交響曲全集を録音するに至ったか?経過不明だけど、主にオペラ畑で活躍している指揮者らしい。ここでも冒険活劇映画音楽風、管楽器と打楽器がヴィヴィッドに活躍して、リズムも明快、難渋晦渋の欠片もない朗々とした作品であります・・・とここ迄書いて、第1番も第11番も同じじゃんと気付いたもの。構成としては第2楽章に緩徐楽章、第3楽章に「スケルツォ」を配した古典的なもの、各々時間は25分ほど、ワンパターンと云うか類型化していると云うか、でも大好き。
本日はここ迄。夜、前職場トップが訪問して関係者数人で呑むようなので、今晩はスポーツクラブも音楽もなしの予定です。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日は朝7時前に職場セキュリティ解除して出勤、荷物運びだして荷積み〜前に念のため気になる案件をメール点検したら、ビミョーな結末に週明けまで結論持ち越し、当該取引先とは連絡取れんので。土曜取引先行事対応は無事愉しく終えて、佳き天候に恵まれました。肉体系労働は滅多にないし、半日立ちっぱなしだったので左膝の痛いこと!全身倦怠感もそうとうなもの。夕方なかなか帰宅しない女房殿を待ったけれど、夕食調理に意欲が湧かず、ぎりぎり急ぎパスタソース作って誤魔化しました。他、ヤフオク落札されたCDを投函送付。追加出品せんとなぁ。
朝晩冷えるけれど、昼間はすっかり春爛漫でっせ。11時頃就寝して、やはり睡眠不如意、トンデモ時間に早朝覚醒しました。その後睡魔が襲って二度寝。
Mahler カンタータ「嘆きの歌」(最終稿2部構成)/交響曲第10番 嬰ヘ長調「アダージョ」〜アンドラーシュ・リゲティ/ブダペスト交響楽団/ハンガリー放送合唱団/カラチン・センドレニ(s)/クララ・タカーチ(con)/デネーシュ・グヤーシュ(t)(1993年)・・・大好きMahler作品中、未だに細部旋律が身についたと言い難いもの。初期作品と最終作品を組み合わせた意欲的な録音でした。サイト内検索を掛けると3年前、9年前と二度コメント有。「嘆きの歌」は第1部「森の童話 Waldmarchen」削除、第2部「吟遊詩人 Der Spielmann」第3部「婚礼の出来事 Hochzeitsstuck」2部構成の「最終稿」、現在では初稿での録音がフツウとなってこれは珍しい存在でしょう。Andras Ligeti(1953-)は洪牙利の現役、NAXOSでは多く協奏曲の伴奏を担当しておりました。達者なアンサンブルを聴かせて下さるこのオーケストラは、ハンガリー放送交響楽団の録音時の別称とか、その辺りの事情は露西亜並みにわかりにくいもの。
初校よりかなりスッキリして、あちこち後年の甘美な旋律が垣間見えても”未整理”な印象が拭えません。声楽陣は朗々と充実して、音質も良好、もうちょっとで作品に手が届きそう・・・COOK版他加筆再構成を認めぬ指揮者は数多く存在して、交響曲第10番「アダージョ」のみ指揮者の本来残したもの、といった趣旨なのでしょう。24:22は中庸なテンポ設定か、怪しくも不安げな美しい旋律をていねいに、テンション高く表現しておりました。最終盤、不協和音による絶叫はいつ聴いても衝撃的。完成版を愛する自分としては、そのまま第2楽章「Schnelle Vierteln」躍動するスケルツォを心待ちにしてしまいます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
これより早朝、職場に寄って荷物運び出し、若い相棒を駅で拾って行事会場へ。気分的にノリノリではないけど、これがお仕事でっせ。昨日はムリムリ一日休んでお仕事バタバタ、慌てるとロクなことがありません。ちいさなチョンボ連続、昼から取引先へ出掛けて月一回の打ち合わせ、小一時間ほど報告してこりゃ血圧上がっているなぁ、なんて自覚していたけれど、夜スポーツクラブで計測しても正常でした。お仕事残業否応なし、月曜に持ち越したものもあるし、ちょいと小さな手配案件が心配です。打つ手があるだろうか・・・
今週も4回、しっかり夜運動しました。本日半日ほど、慣れぬ立ち仕事肉体系労働です。いつも通り早朝覚醒しました。
Schubert 交響曲第9番ハ長調〜ペーター・マーク/フィルハーモニア・フンガリカ(1969年)・・・以前にPeter Maag(1919ー2001)の交響曲全集に言及していてもう10年以上前?久々の拝聴でした。驚いたのは音質が良好なこと、やや弦に硬質な感じはあるけれど、その昔”音質に泣かされたVOX”というのはカンチガイだったのでしょうか。アンタール・ドラティとの意欲的なHaydn交響曲全集で知られるオーケストラは残念、2001年に解散したけれど立派なアンサンブルですよ。第1楽章 「Andante - Allegro ma non troppo」序奏のテンポが遅く、重く堂々として、主部に入るまで頑迷にアッチェレランドさせないのが個性的。あとは一気呵成に流れよく、どの楽章も爽快によう歌って、この人はほんまに隠れ名人でしたよ。繰り返しなしで14:34ー14:35ー10:59ー12:04、全部とは云わんけど第1楽章辺りはとくに繰り返して欲しかったところ。
本日は時間切れここ迄。仕方がなくお仕事に出掛けましょう。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
お仕事や生活リズム的に本来休まんでもよろしい昨日、明日週末休日出勤の代休だから仕方がない。いつもの引き隠り生活(音源整理ヲタク趣味)+ぼちぼち草臥れてきた運動靴を取り替えようと、1-2年前?息子からプレゼントされたものを取り出したら、なんと!サイズが小さい(残念)申し訳ないけど、ご近所中古屋に売りに行きました(ごめんね壱阡圓也)。本日締切のヤフオクCD処分は1件のみ落札有。ようやく春らしく気温が上がって、朝晩昼の気温差が大きいのはこの時期の特徴です。今朝、ちょいと寒気がする、洟水も盛大(花粉症?)・・・気を付けなくっちゃ。
Biber ロザリオのソナタ〜イーゴリ・ルハーゼ (v)/アンサンブル・ヴァイオリン・カプリチョージ(2016年)・・・Heinrich Ignaz Franz von Biber (1644-1704)は大Bachが1968生まれだから一世代前の墺太利の作曲家。この名作は”スコルダトゥーラ”(変速チューニング)を伴う超絶技巧作品、"聖母マリアの15の秘跡を題材にした16曲のヴァイオリン・ソナタ集”とか。敬虔かつ一種妖しくもセクシーな雰囲気漂うサウンド旋律は大好きでっせ。モダーン楽器古楽器どちらでもよろしくて、目についたものはとにかく聴いてみて、期待を裏切られたことはありません。Igor Ruhadzeはネット検索しても詳細情報が出てこない古楽器奏者、名前的に露西亜系か。ここ最近Brilliantから意欲的な録音を出しております。今回は半分拝聴、瑞々しくもしっとりした音色、残響に心奪われました。
Mendelssohn 弦楽八重奏曲 変ホ長調 作品20〜プラジャーク弦楽四重奏団/コチアン弦楽四重奏団(2005年)・・・16歳天才の創作、弦楽四重奏を2つ重ねた編成は意外に”大きな”名曲中の名曲。第1楽章「Allegro moderato con fuoco(ほどよく速く、情熱的に興奮して)」は吹き上げるような喜びに溢れて、希望と憧憬に満ち満ちておりました。第2楽章「Andante」は一転、落ち着いて安寧な優しさに癒やされることでしょう。ちょっぴり不安と激情の影も覗かせて陰影豊か。第3楽章「Scherzo: Allegro Leggierissimo(軽快に)」ここは管弦楽にも編曲された、彼らしいほの暗く細かい表情が千変万化する繊細リズミカルなところ。終楽章「Presto」はそのリズムテンポを維持したまま、低弦が主導して躍動熱気のフィナーレを優雅に迎えました。
ま、誰の演奏でも構わんのです。それなりの音質であれば、たいていどの演奏でもたっぷり愉しめるもの。
では、行ってきます。本日お仕事はタイトと予想。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
雨も上がって春らしい日和。財務次官とか新潟県知事とか女性関連絡みで辞任が続きます。自分より若い世代なのに、セクハラとか公人としてちょいとヤバい行状とか判断つかなかったのか。”反原発だけどド・スケベ”というのも困ったもんでっせ。一昨日夕方発覚した過去トラブルは上司に経緯報告と対策案を報告、昼からご担当のところに出掛けてお詫び、美しく、前向きに収束させました。これがヴェテランのワザ(自慢)定例の業務を定時に終わって、翌日の諸作業を若い相棒に指示して早々に帰宅。土曜に取引先の行事対応出勤のため、本日は代休取得必須。
今週順調に3日連続して夜は運動、エアロビクス30分。よく出会う同世代?”なんちゃって”オジサンは我流の体操を続けておりました。(どこにも負荷が掛かっていない雰囲気のみ)頑張って通い続ける気持ちは大切にいたしましょう。血圧がやや高めなのは最近服薬していないからか。金曜運動後計測して高めだったら、通院しなくては。
せっかく入手した外付け光学ドライブの件、DVD焼き込みは完了しないけれど、CDRは焼けることに気付きました。しかも相当激安粗悪品でも。安物DVD-Rとの相性かも、HP Omni 220-1140jp(メインマシン)の光学ドライブ(先日逝った)は激安DVDーRに焼き込んだデータをちゃんと読み込めなかった記憶もあります。この辺り悩みが消えません。もうHDD増設にシフトすべき時期なのか。
Mahler 交響曲第9番ニ長調〜クリストフ・エッシェンバッハ/フィラデルフィア管弦楽団(2005年カーネギーホール・ライヴ)・・・数年前ネットより入手した音源。CDにはなっていないですよね。この時期、来日してこの演目を披露したようです。Christoph Eschenbach(1940ー)はフィラデルフィア在任は2003-2008年でしたっけ、団員の支持も薄く、低迷期とされていてるのはほんまでっか。いくつかこの時期の音源を聴く限り、どれも充実して色彩的なサウンド、自在な統率表現に感心しておりました。(マルティノン時代のシカゴ交響楽団みたいなもの?)ここでも25年前の素っ気ないクール表現とは大違い!例の如し、たっぷり瑞々しいサウンドを大仰に歌って、テンポの揺れも盛大、濃〜い表現がぴたりとはまっておりました。かといってアンサンブルが粗かったりするわけじゃない。豊満に鳴りきって洗練され、緻密な集中力に文句なし。
30:50ー15:23ー12:13ー28:30だからテンポは遅めか。ハレ管弦楽団には申し訳ないけど、オーケストラの技量がケタ違い、各パートは滅茶苦茶上手い!(音質印象もあるのでしょう)どこをとっても美しい瞬間が待っているけれど、やはり白眉は終楽章「Adagio. Sehr langsam und noch zuruckhaltend(非常にゆっくりと、抑えて)」でしょう。自在にたっぷり豊かに歌ってオーラス、最弱音のデリカシーも特筆すべきもの。エエもん聴きました。残響豊かな音質も最高。
今朝はTchaikovsky 交響曲第5番ホ短調/Mozart 歌劇「フィガロの結婚」序曲〜ヘルベルト・アルベルト/マンハイム・ナショナル交響楽団・・・拝聴。Herbert Albert(1903ー1973)は初耳、ゲヴァントハウスではコンヴィチュニーの前任だったらしい(在任1946ー1948)演奏団体(州立歌劇場のオーケストラ?)も録音時期も詳細情報不明、ちゃんとしたステレオ、音質も悪くない。演奏は独逸のイメージそのもの、がっちりとオーソドックスに構成され、露西亜の憂愁?どこへやら。最終楽章「Finale. Andante maestoso・・・」はテンポを大きく動かして効果的、アンサンブルも優秀、甘さ控えめな力強い演奏でした。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
雨模様に薄ら寒い朝、昨夜は眠くてお気に入り海外ドラマの途中断念、睡眠時間が足りていないはずなのに、早朝覚醒してしまいました。小さなことだけれど、思うようにならぬこと連続の精神的影響かも。
二ヶ月くらい前に判断合意して済んだはずのお仕事が結果的に問題となって、取引先とトラブルになりました。さて、どうやって収めるか・・・ちょっぴり鬱々としております。起こってしまったことは戻せないので、誠実に後処理をしましょう。ふだん愛用しているパソコンの光学ドライブが相次いでアウトになって外付けタイプを購入、これが焼き込み不良連続(読み取りは可)メーカーは交換する(新たなものを送る)とようやく連絡があって既に一週間、その後なんの音沙汰もありません。自分が愛用するDVD-Rは安物なので相性なのかも知れません。でも、いままでちゃんと焼けておりましたから。データ音源は日々増殖して2TB容量も残662gb、外付けHDDを入手する選択肢もあるけれど、いままでフツウだった環境が整わないのはストレスであります。
夜、小一時間しっかりスポーツクラブで汗を流すのも日課、徒歩4分、至近の立地に感謝。音楽は選曲に迷うこともないMahler月間。
Mahler 交響曲第7番ホ短調〜ヴァーツラフ・ノイマン/チェコ・フィル(1978-8年)・・・再録音途中で逝去したVaclav Neumann(1920ー1995)はゲヴァントハウス時代(1964-1968)からMahlerを得意としておりました。大柄な編成強調やらオーケストラの機能前面な表現に非ず、穏健滋味深い親密に溢れて、数多い全集中特異に暖かい個性が際立ちます。先日、テンシュテット1980年ライヴの入魂演奏に驚いたけれど、こちらおとなしいと云うか常識的と云うか、怪しさ少なめ、オーケストラはあまり上手いとは思わぬけれど、一種ローカルな味わいサウンドは好きでっせ。淡々とした第1楽章「Langsam (Adagio) ーAllegro risoluto, ma non troppo(ゆるやかに)」を経、この作品の白眉である第2-4楽章(「夜の歌」+「影のように」)粛々として薄味な流れもこの表現方法に似合って悪くないもの。前4楽章をすべて台無しにしかねない終楽章「Rondo-Finale. Allegro ordinario」ノーテンキな明るさも控えめ。近代オーケストレーション華やかな21世紀には似合わない・・・=人気ないかも。
Mahler 交響曲「大地の歌」〜ハンス・ロスバウト/バーデンバーデン南西ドイツ放送交響楽団/グレース・ホフマン(a)/ヘルムート・メルヒャート(t)(1957年)・・・(p)1995、昔馴染みのCDはNMLにも載っていないみたいだし、なぜか?【♪ KechiKechi Classics ♪】内での言及もほとんどしてありません。時代を勘案すると信じられぬほどのステレオ音質、但し、やや肌理が粗いのと歌い手が左に寄って分離を強調しすぎ、各パートの定位は不自然。先日”ウソ寒い”レヴァインにがっかりして、リベンジのつもり。こちら細部明晰を極めてクールなHans Rosbaud(1895ー1962)作品が”現代音楽”であった雰囲気満載な緊張感であります。歌い手は両者とも往年のWagner歌いでしたっけ、作品旋律に一種東洋の諦念を感じさせて、ちょいと昔風なのも逆に新鮮あります。先入観かも知れないけど、この時代が自分の刷り込みか(ブルーノ・ワルター辺りがリファレンス)21世紀若手の「上手い」演奏はどーもスムース過ぎて、物足りなくなく感じたものです。
今朝はWeil 管楽合奏とヴァイオリンのための協奏曲 作品12(1924年)〜ヨースト・ミヒャエルス/デトモルト管楽アンサンブル/ラウテンバッヒャー(v)・・・朝っぱらから暗い音楽聴いておりました。
では、気分も重く、当面の困難から逃げずにお仕事に向かいましょう。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
今朝も寒いですね。気温はあまり上がらず、雨との予報です。なんか泥沼の政情、選挙で一人勝ちすると権力が集中していろいろ腐敗するもの。6月くらいに総選挙があるかもしれません。野党ばらばらでこれといった主役は見えぬし、この間の知事選でも”相乗り”しているからなぁ、反原発・新潟県知事は女性問題で辞職するらしいし、沖縄の翁長さんは病気とか、いろいろ難しいもんですね。職場を4日空けて久々の出勤も、出先ノートパソコンでお仕事フォローしていたのでなんの問題もなし、いつもの粛々としたお仕事、当面先行き調整の目処も立って逆にドラマがありません。オモロない。新人の若者も落ち着いて、自分のミス(日程案内)を指摘してくださったり、あまり手が掛かりません。
昨夜はしっかりスポーツクラブ再開。前半30分のエアロバイク(高負荷)左膝の鈍い痛みは大丈夫、右膝の違和感がちょいと不安。後半のステアマスター(15分)の前にストレッチして、いつもより負荷を低めて開始、前半乗り越えたところでいつもに戻しました。この間、睡眠不如意が続いていたけれど、久々にちゃんと眠れた自覚有。
Berlioz 劇的交響曲「ロメオとジュリエット」〜シャルル・ミュンシュ/ボストン交響楽団/マーガレット・ロッジェーロ(ms)/レスリー・チャペイ(t)/ハーヴァード・グリー・クラブ/ラドクリフ合唱協会(1953年)・・・長大な作品故前半、第1部「序奏」+「ロメオひとり」のみ拝聴しただけ。この作品は鬼門でして若い頃、ピエール・モントゥー(1962年)にまったく歯が立たなかった記憶有(乾いた音質に閉口)。更にエリアフ・インバルの「Berlioz11枚ボックス」にてリベンジ、これは録音が比較的新しいからとトライヤルして再び敗退(なんか暗くて暗鬱ジミ)・・・爾来十数年、Berliozそのものをほとんど聴かなくなった・・・著名な「幻想交響曲」さえも。ここ数年「幻想」「イタリアのハロルド」にちょいと目覚めて、数ヶ月前?社用車にて外出中FMから偶然に流れた「ファウストの劫罰」(演奏者記憶なし)に好感を覚えたものです。
この旧モノラル録音を取り出したのは、パブリックドメインにて自由に聴けるようになったから。更にこの旧録音への言及はほとんどネットでも検索できなくて、稀に出現した言及には(勝手に引用ご容赦)
おいおい冗談じゃないぜ・・・まったく聴くに堪えない音質だ。録音技術の時代的制約?もあってか、昔の音源を象徴する、あの高音域に偏ったスカスカの音
・・・ボロカス。こちら生来の天の邪鬼、ぜひとも聴いてあげなくっちゃ!(前置きが長すぎるぜ)第1部「序奏」〜争い、騒動、領主の仲裁「Allegro Fugato」弦の細かいパッセージの緊張感熱気集中力が凄い。たしかに音質はあまりよろしくないかも。あとは例の如しデーハーな金管炸裂サウンド、大仰に雄弁な、ときに甘美な旋律が快いじゃないの。音質はさほどに気にならぬと思うけどな。(ちゃんと最後まで聴きましょう)
Mahler 交響曲第10番 嬰ヘ長調(クック版第3稿第1版)〜ウィン・モリス/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(1973年)・・・LP時代からお気に入り別途コメントもしておりました。音楽とは出会いなんでしょう。クック版全曲演奏が未だ一般的ではなかった頃、これは旋律風情の怪しさ、まったりとした表現がなんと云えず濃密に美しいこと!第5番もうねうねとイヤらしく歌っていたけれど、こちらは作品そのものを世に広める使命を感じさせる入魂。半世紀ほど経った現在なら、もっとオーケストラの機能とかアンサンブルは整っても、この危うさは再現できないでしょう。第4楽章「Allegro Pesante」ラストの大太鼓一発はいつ聴いても衝撃!(ときどきそれを省略している演奏があってガッカリ)第5楽章「Finale」も「ニューヨークの殉職した消防士の葬列」は延々と続いて、大太鼓は絶望的に響きました。最高。
では、行ってきます。昨夜仕掛けるのを忘れて現在炊飯中(弁当用)。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
今朝8度Cとか、4月も中旬でこんなに寒かったっけ?気分も新しく佳き天候、新しい週の始まり。昨日日曜の朝は雨、昼から晴れました。(自分なり)懸案事項だったBOOK・OFFにて書籍補充、腕時計のボタン電池入手(もちろん100円ショップにて)更に人参じゃがいも買ってポテトサラダも作りました。引き隠りヲタク趣味(音源整理)ばかりじゃなくて充実した休日でしたよ、珍しく。
Mahler 交響曲「大地の歌」〜ジェームズ・レヴァイン/ベルリン・フィル/ジェシー・ノーマン(s)/ジークフリート・イェルザレム(t)(1992年)・・・最近話題のレヴァインでっせ。若い頃のRCA録音はほんまのびのびと明るく瑞々しい風情に好感を抱いて残念、第2番と第8番は録音なりませんでした。その後、ライヴ含めて全曲音源は入手できるようになって、いくつか再録音もあります。ミュンヘン・フィルとの第9番(1999年ライヴ)は妙にウソ寒かったような・・・大好きな「大地の歌」、ベルリン・フィルだったらヘルベルト・カラヤン(1972/3年)、ジュリーニ(1984年)も良かったなぁ、色気ある分厚い響き。ところでこちらレヴァインは・・・
期待の分厚くも色気のあるベルリン・フィル・サウンドを堪能できません。やはり”ウソ寒い”感じ。自分の埒外である音質オーディオ問題か、肝心の歌い手はジークフリート・イェルザレム(Siegfried Jerusalem, 1940ー)はWagner歌いとして有名(ヘルデンテノール)当時40歳代端正な表現には納得。期待のジェシー・ノーマン(Jessye Norman, 1945ー)この人の知的に凄みのある声にどーも違和感がありました。これがBerg辺りだったら良いんだけど、冷たいと云うか冷酷と云うか。Mahler作品中筆頭に大好きな「大地の歌」、ラスト「告別」に至っても集中できません。別な演奏で再挑戦しましょう。
Mozart セレナータ・ノットゥルナニ長調K.239/喜遊曲 変ロ長調K.137/喜遊曲ヘ長調K.138/交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」〜ルートヴィヒ・ギュトラー/ヴィルトゥオージ・サクソニエ(1985年以降録音情報不明)・・・世間的にはまったく話題にならぬLudwig Guttler(1943-)は華やかな音色のトランペットも指揮者としても大の贔屓であります。CD25枚ボックスが出たのですね、これも話題になっていないなぁ。ドレスデンの主要メンバーを集めたモダーン楽器アンサンブルは軽快なリズム。低弦を強調せずむしろ木管が際立って(前半の作品さておき)”大きな”「ジュピター」は徒に柄を大きくせず、リズムも柔軟に愉悦に溢れて親密でした。
今朝は、Mahler 歌曲集「こどもの不思議な角笛」〜ウィン・モリス/ジャネット・ベーカー(ms)/ゲライント・エヴァンス(br)/ウィン・モリス/ロンドン・フィル(録音情報詳細不明)・・・ほとんど幻の名盤。Mahlerの指定はどうなっているんでしょうか。男声でお馴染みの「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」がジャネット・ベーカー担当になっておりました。演奏音質とも極上です。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日夕方地震有、でもケータイになんの安否確認もなし、地方営業所はそんな扱いになっているのか。100−200年は大自然の中では誤差の範囲、いつ天変地異がやってくるのか・・・これはほとんど運不運の問題でしょう。鬱陶しい雨模様の朝、どーも睡眠不如意続きます。眠りが質量ともに足りない感じ。昨日は朝洗濯二発(毎週土曜はシーツを洗うから)掃除をして、【♪ KechiKechi Classics ♪】毎週の定例更新、更に運動がてらヤフオク落札されたCDを坂道片道15分登って郵便局迄(クリックポストが投函サイズを超えたので)これは佳き運動でした。夜は先日職場若者たち推薦の焼鳥屋に行ってみたけど満員、お隣のおシャレな居酒屋に初訪問、妙齢な女将がステキで料理の数は少ないけど、良心的価格+お酒の種類も多い。ブランド酒ばかりに非ず、普通酒も有、但し、塩分が多いなぁ料理は、残念。血圧上がったかも。
夜、ドラマ「黒井戸殺し」(アクロイド殺人事件の日本語版)豪華な配役+あまりにテンポが悪くて途中断念。最近のお気に入りはほとんど一時間で迅速に決着の付く海外ドラマですから(NCISネイビー犯罪捜査班が好き。ジヴァ・ダビードがステキ→降板したらしいけど)
Mahler 交響曲第6番イ短調〜パブロ・ゴンザレス/カタルーニャ国立バルセロナ交響楽団(2011年1月23日ライヴ)・・・ようやく全曲再拝聴。7年ほど前ネットに音源出現して即入手、爾来お気に入りです。Pablo Gonzalez(1975-)は英国で教育を受けた西班牙注目の次世代、このオーケストラ在任は2010-2015年でした(現在は大野和士)。まず臨場感たっぷりな音質が良好なこと、オーケストラが絶好調に鳴り切っていることを特筆すべきでしょう。一世代前はMahler演奏って特別なイヴェントっぽかったけれど、21世紀には日常となって、世界各国オーケストラの技量は飛躍的に高まりました。ここでも大曲を朗々とスケール大きく、若手らしい熱気と迫力を以て爽やか、オーケストラの弱さは微塵も感じさせないもの。
第2楽章に「Andante moderato」緩徐楽章を配して、テンポはやや遅め、23:33ー15:59ー14:32ー29:38(楽章間+拍手含む)。先日聴いたバルビローリ(1966年ライヴ)はいかにも濃厚な表情+濃密なサウンドに揺れ動いていたけれど、こちら半世紀を経、80分を超える大作は一気呵成に快く進んで、怪しい作品風情よりのびのび健全とした歌が広がります。
Mahler 交響曲第9番ニ長調〜マーク・エルダー/ハレ管弦楽団(2010年ライヴ)・・・マンチェスターにて2010年全曲演奏会があったそうで(BBCフィルと4人の指揮者で分担)これはおそらく放送用音源のネット流出を入手したもの。(別途自主レーベルからCDになっているのは2014年).mp3/320kbps(全曲で1ファイル)はまずまずの圧縮率だけど、もともとの音質が音像遠いというかやや響き薄く、リアルな迫力に足りません。全曲で84分ほど、とくに遅いテンポとは感じませんでした。音質イメージやオーケストラの個性からか、諦観とか濃厚浪漫とかそんな表現方向ではない、英国のヴェテランMark Elder(1947ー)は伝統の穏健表現、第3楽章「Rondo, burleske, allegro assai, sehr trotzig(きわめて反抗的に)」に至ってようやく荒々しいテンポの疾走に興が乗ってまいりました。終楽章「Adagio. Sehr langsam und noch zuruckhaltend(非常にゆっくりと、抑えて)」すべてが浄化される安寧楽章に不満はありません。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
肌寒い薄曇りの朝、と云っても早朝覚醒≒睡眠不如意っぽい週末休み。行ってきました岡崎〜豊橋。2-3年前に訪問した時も天気は良くて、なんかノンビリとしてエエ雰囲気の街でした。同じ話題を4回繰り返して講演、本日は内容も整理され、例示も効果的に説得力有、受けてましたよ、自己採点は70点超え。移動時間が長かったので、しっかり途中お仕事できました。上司への週報も済。ネットって便利ですよね(ほとんどデータ保存はしてあるとは云え)周辺関連資料が手許にないこと以外は電車中でも、お仕事は同じようにできます・・・困った時代でっせ、ケジメがなくなって。ちゃんと夜のスポーツクラブに間に合って帰宅できました。
古傷のある左膝が痛くて、但し病的な感覚に非ず筋肉痛っぽい、むしろエアロビクス最中に右膝に違和感有、これは昨年夏頃から気になっておりました。その辺りもっと柔軟性と筋肉を付けなくっちゃ。今朝、ヤフオクCD処分締切、数件入作があるようです。
Bernstein 交響曲第1番「エレミア」〜レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィル/ジェニファー・トゥーレル(ms)(1961年)・・・旧録音(1945年)への言及は17年ほど前に曰く、
1961年の録音は、威圧感もあって少々重苦しい印象も・・・不安さを引きずるような第1楽章「予言」、エネルギーに満ち、躍動的な第2楽章「神聖を汚すもの」、なんのことやら歌詞の意味が分からないが、知的なソプラノが活躍する第3楽章「哀歌」・・・
エエ加減なもんでっせ。バーンスタイン24歳25分ほどの意欲的な作品、久々の拝聴に威圧感ではないヴィヴィッドに”エネルギーに満ち、躍動的”そんなイメージ前面でした。粘着質に濃厚な第1楽章「予言」(7:37)圧巻の迫力+例の変拍子が出現する第2楽章「冒涜(神聖を汚すもの)」(6:39)の破壊的魅力、ニューヨーク・フィル金管の熱気が疾走します。Jennie Tourel(1900ー1973)はバーンスタイン録音に登場しますよね。終楽章「哀歌」の歌詞は旧約聖書「エレミアの哀歌」(これが題名)言葉の意味はわからなくても、亜米利加風の神聖、敬虔な気分はたっぷり堪能できます(11:24)。ド・シロウトには「ウエスト・サイド・ストーリー」の甘美な旋律があちこち脳裏に木霊して、これはけっして難解な作品に非ず。自作に対するバーンスタインの集中力は凄いもの。
作曲コンクールに応募して落ちたらしいけど、その時の第1席作品は現代に生き残っているのでしょうか。週末休みはゆっくり、Mahlerを再開するつもり。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
HTML編集用エディターが今朝起動せずに「音楽日誌」執筆困難、ま、もともとはテキスト・ファイルだから少々の不便を耐え忍べば対応可能、ってほぼ20年前のソフトですから。今回はソフトの不調ではなく「置き場所」の設定問題でした。(クラウド同期している/アップデートしていなかった)本日帰宅してから改善しましょう。
昨日県下4箇所講演公演初日、2-3年前と同じ会場だったのに県庁市役所側のビル、久々に訪問して迷いました。結果、けっこうな運動になりましたよ。一ヶ月以上前に準備して資料送付、ネタをすっかり忘れて午前の部は自己採点60点届かず、昼からは65点くらいかな?お昼に高級そうな定食をいただきました。(予想通りあまりおいしくはない=これが唯一の講師料)本日岡崎〜豊橋へ。合間に業務用ノートパソコン覗いて待ったなし!昨日同様最低限業務をこなすつもり。電車で戻って夜のエアロビクス開始に間に合うでしょうか。義理とは云え、気の進まぬお仕事であります。
帰宅して夕食など作ってぼんやり・・・音楽を聴く意欲起こらず、ぼんやりテレビなど眺めておりました。滅多に街なかに出ることはないし、久々の通勤電車に疲れたものか。地下鉄東山線始発の藤が丘、朝、たいへんなホーム混雑ぶり。ところが電車はガラガラ・・・座っていきたいから次を待つんでしょう。階段まで列は続いて、急ぐ人(立っても構わない人=ワシ)を通してくださいません。オモロい風習やなぁ、若い頃京阪電車の超絶詰め込みを経験している身には、なんか納得できない感じ。
故にMahlerシリーズ拝聴中断。今朝、Bruckner ミサ曲第2番ホ短調〜ゲオルグ・グリュン/ザールブリュッケン室内合唱団/マンハイム・カンマー・フィル(管楽器)(2008年)拝聴中。心洗われる純な響きであります。今朝はここ迄、では行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
まだ朝は冷えますね。自分の担当分お仕事はさっさとクリアして、新人への指導に時間を割く日々、オモロいように種々小さなトラブルやら事件が発生して、その対応を説明したり、やってみせたり陰でフォローしたり・・・でも、本人は五里霧中やろなぁ、仕方がない。昨年に比べればずっと余裕でっせ。こっそり裏技とか大技繰り出して周囲を煙に巻いたりしておりました。職場内、ちょっとした案件に建前論を仰るスタッフの女性に”でも、実際はこうなると思うよ”と予言して、一時間後絵に描いたようにその通りとなりました。ウヒヒ。定時にて職場辞去、パソコンとWifi機器持参、出先には持ち出さん(自らの)原則崩して、これより二日間外でお仕事です。大人数の前でお話するのは、18歳以来手慣れたもの、しかし久々に緊張しているのか、睡眠不如意。腕時計の電池切れが気掛かり、時間通りうまく収められるでしょうか。
夜は先週よりメニュー改変があったらしいスポーツクラブにて初級初心者エアロビクス30分。マシンジムのほうがいかにも筋肉酷使するような気もするけれど、それは認識間違い。”自分なり”にやっていると、いつのまにか定まった所作に限定され、インストラクターに指示される”強制”が重要なんです。意識せずに避けている部分も動かして、結果佳き運動となりました。7:15開始というのもなかなかよろしい。
Mahler 交響曲第8番変ホ長調「千人の交響曲」〜朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団/ゲルハルト・ヒュッシュ(独唱・合唱指揮)/朝比奈千足、宇宿允人、桜井武雄(合唱主任)/大阪音楽大学/大阪メンズコーラス(第1混声合唱)/アサヒコーラス/グリーンエコー/アイヴィコーラス/関西歌劇団/コードリベットコール(第2混声合唱)/大阪・神戸・奈良放送児童合唱団/樋本 栄、岡田晴美、永井和子(s)/桂斗伎子、羽場喜代子(a)/伊藤富次郎(t)/三室 堯(br)/楯 了三(b)(1972年6月5ー6日大阪フェスティバルホール・ライヴ)・・・当時の大イヴェントの熱気は実演に接した方のリアルな描写が感動的。ほんまに千人以上集まって、舞台がきしんだというのも伝説でしょう。自分が社会人になって、FMエア・チェックしたのがバーンスタイン(1966年)、CDを最初に入手したのはジョージ・ショルティ(1971年)正直なところ、当初作品にまったく歯が立たなくて阿鼻叫喚混沌混迷の渦に巻き込まれたもの。やがて幾星霜、生体験も経、この作品はお気に入りとなりました。札幌オリンピックの年にこんな演奏会(3日連続)が実現したのも景気が良かったのでしょう。商売の街・大阪で多くの客を呼べたのも驚き(演奏者1,000人、聴衆3,000人とか)これは稀有、奇跡の記録であります。比較して申し訳ないけど、若杉弘/東京都交響楽団(1991年ライヴ)よりこちらのほうがずっとオモロい!
冒頭電子オルガンが安っぽい響きなのは予想通り(旧フェスティバル・ホールにはオルガンはありません)先月聴いたDisquesJeanJeanのBrucknerより更に前、オーケストラの緻密なアンサンブルやら高い技量云々なんて端っから期待してませんよ。(失礼)音質は鮮度的に時代相応、意外なほどの臨場感+阿鼻叫喚混沌混迷の渦に非ず、各パート見通しのよろしい響きに驚かされました。テンポは例の如し、じっくり噛み締めてやや遅め、悠揚迫らぬスケールにけっして煽って走らぬ盤石な歩み、自信を持ったフレージングはいつものBruckner同様でした。
第1部賛歌「来れ、創造主なる聖霊よ」は、声楽ソロが聴き慣れたイメージからやや違和感有、これは言葉の問題(発音?ラテン語なんて理解できぬけれど)でしょうか。大人数の統率、しかもライヴに悪戦苦闘は予想されたこと、各パートの音程の乱れやら個々の技量さておき、全身全霊で確信を以て力強く突き進んでいく様子はリアルな感興に溢れておりました。第2部ゲーテの「ファウスト 第二部」から最後の場(独逸語なんだそう)に至ると、演奏者のノリ、会場の熱気、聴き手(=ワシ)の入れ込みのせいか、アンサンブル云々は気にならず、音楽そのものに集中できるように・・・この長大なる「カンタータ」も幾度聴いて細部旋律はお馴染みとなりました。たしかに大曲に間違いなし、この記録はいつも以上に”大きさ”を実感させて、聴衆の拍手も熱狂的。日常聴きするにはあまりに一期一会的記録だけど、この作品はもとより”日常聴き”するような作品に非ず。
今朝より Mahler 交響曲第6番イ短調〜パブロ・ゴンザレス/カタルーニャ国立バルセロナ交響楽団(2011年1月23日ライヴ)・・・拝聴開始。第2楽章に「Andante moderato」緩徐楽章を配してここまで拝聴途中。これは7年ほど前ネットから入手した音源、お気に入り中のお気に入りです。残り、帰宅してからゆっくり聴きましょう。
では、名古屋中心街に出掛けてきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
今朝も寒いですね。それでも本日明日と20度Cを超える予報だから、4月中旬としてはこんなもんでしょうか。昨日もお仕事はそれなり順調、但し新人指導を巡って前任の引き継ぎ水準に、少々強い言葉で苦言を呈して反省しました。自分が言葉を荒らげれば職場の雰囲気が凍るからね、これは失敗。未だ二週目の若い相棒は、当たり前にいろいろ悪戦苦闘+取引先からの容赦ない途中参入有、本人はあっぷあっぷと云うけれど、落ち着いてひとつひとつクリアしております。立派なもんでっせ。
夜連続してしっかりマシンジム実行、エアロバイクのマニュアル操作をようやく覚えて(何年掛かるんや?)30分しっかり160kcal(ご飯一杯分)消費+ステアマスター15分(これがキツい!下半身負荷)締め括り、昨夜は着替え忘れてタイヘンでした。初期不良っぽかった通販入手外付け光学ドライブ、幾度も抗議メールしてようやく再送付したと連絡有。ヤフオクCD処分は週末休みに再出品、未だ動きはありません。本日定例業務を終えたら明日明後日と愛知県下4箇所講演の旅、お仕事だから無償ボランティア(って、これでお給料もらっています)仕方がないので無線Wifi+業務用ノートパソコン持参、空き時間に締め切り待ったなしの業務をこなすつもり、これは久々です。
Mahler 交響曲第4番ト長調(Erwin Stein(1885-1958)による室内楽編曲版)〜ハワード・グリフィス/ノーザン・シンフォニア/ダニエル・ヘルマン(ボーイ・ソプラノ)(1999年)・・・Howard Griffiths(1950ー)は英国のヴェテラン。4年ぶりの拝聴でした。先月だっけ?タッシェン・フィルによるBeethoven交響曲の室内楽版にはガッカリしたけれど、これは大成功でしょう。
Mahler 作品中、安寧親密な雰囲気、優しい風情にあふれる作品。その室内楽版(フルート、オーボエ、クラリネット、弦楽五重奏、ピアノ、ハルモニウム2名、打楽器)+清冽なボーイ・ソプラノによる演奏であります。「大地の歌」室内楽版は幾度拝聴してお気に入り、作品の先鋭さ、無常の本質(骨格)が剥き出しになったようなテイストを堪能したものです。こちら金管を編成に欠いて、ややテンポは速め、いつもの親密さはいっそう濃縮されたような優しさ。フクザツ大規模な管弦楽作品は小編成に整理されることにより、各パート各声部の美しい旋律が際立ちます。終楽章ボーイ・ソプラノ起用に賛否あるけれど(バーンスタイン1987年録音など)ここでは見事な調和に至って、この選択は必須であったと確信いたしました。(2014年8月「音楽日誌」)
この言葉に付け加えるものはほとんどなし、つまりここ4年ほどは音楽嗜好に変化ないということかも。原曲とは別もんの魅力に溢れて色彩にも不足はありません。さすがMahler直系の後継にあたる新ヴィーン楽派のワザ、本質の継承に納得。ボーイ・ソプラノは音程もしっかりして、その純真無垢な美声に心が洗われるよう。
Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜ベンジャミン・ザンダー/フィルハーモニア管弦楽団/合唱団/ミア・パーション(s)/サラ・コノリー(ms)(2012年)〜これも上記と同時期以来の拝聴。録音がウリの”Linnレーベル”も我が家のエコノミーなオーディオ環境+NML拝聴ではその真価を理解できません。音像が自然で奥行きを感じる・・・程度(低音が弱いんじゃないか?)。昨夜〜今朝に掛けて分割拝聴中。先日拝聴した微に入り細を穿つ情熱熱血バーンスタインが脳裏にあるのか、素直に悠揚としたテンポ(CDでは一枚に収まらない)さらさらと流れよく音楽は進んで、燃えるような情感の起伏を感じさせません。おとなしい、という表現が似合っているかも。終楽章「Finale: Im Tempo des Scherzos(スケルツォのテンポで、荒野を進むように)」に至って、ようやくアツい感興が感じられる壮絶な盛り上がりが・・・ここに焦点を当てたのかな?それでも全体に”弱い”といった印象有。Benjamin Zander(1939-)はようワカラン指揮者、というか熱血講演で有名みたいです。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
いつもの一週間が始まって、毎週いつものように緊張して、いつものようにそれなりお仕事は順調に進みます。新しい若い相棒はほんまに呑み込みの早い、手の掛からぬ素直な性格。とにかく三ヶ月苦しんでくれ、フレックスタイム自由出勤は労働者の権利だけど、朝一番に出て一日のお仕事段取り考えたほうがスムース、そんな助言に前任はとうとう従わなかったけれど、彼は”研修中のお仕事が深夜型だったので、この際朝方に戻そうと思って”と、自分と競うように早く出勤しております。有休や代休消化も当たり前、但し月曜は職場ミーティングがあったり、週末に溜まった宿題をクリアしておかないと、火曜以降一週間が苦しくなるから出たほうが良い・・・そんな助言も前任は云うこときかんかったな、そりゃ土日月三連休になりますから。定時終了を目指してお仕事段取り、集中すること(飛び込み案件あっても)お仕事合理化を工夫すること、優先順位を意識すること、取引先との約束を期日前遵守して信頼を得ること、これが大切です。現役マネージャー時代は、それでもなかなか終わらんかったけど、基本の構えと教えております。
個々の実務作業を教えて、やがてそれが全体連関に至ることを理解するには時間が掛ることでしょう。”カン”も大切でっせ、取引先担当の顔色とか。趣旨が一発で理解できぬ、体裁のみ慇懃無礼メールは厳しく戒めて指導しております。アカウント(未だ wanisuke みたいな送信者になっている恥ずかしい人は半数くらい)題名(これだけでほぼ内容が理解できる)は重要でしょう。おまえは誰で、なんの用事なんや!閑話休題(それはさておき)昨夜久々にしっかりスポーツクラブにて汗を流しました。体調はこれにて維持中。
Mahler月間進行中。
Mahler 交響曲第7番ホ短調〜クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィル(1980年ライヴ)・・・Klaus Tennstedt(1926ー1998)愛煙家だった彼が癌に倒れたのは痛恨。晩年ロンドン・フィルと残した数多くの録音はどれも注目すべきもの、但しEMI録音はちょいといただけない・・・彼の悲痛なMahler(そんなイメージ)を久々に拝聴して、これはセッション録音と同時期のライヴ。音質は極めてクリア、第1楽章「Langsam (Adagio)ーAllegro risoluto, ma non troppo(ゆるやかに)」第5楽章「Rondo-Finale. Allegro ordinario」両端楽章が難物、妖しく生温く(テノールホルンの音色)、空虚に軽い・・・そんな作品イメージを持っておりました。それがテンシュテットの手に掛かると、千変万化する表現ニュアンス(例の如し)尋常ならざる悲痛なほどの集中力、主観的主情的な表現はバーンスタイン風?いえ粘着質じゃないんです。ライヴとは思えぬ(ライヴならでは感興有)アンサンブルのキレは、この時期ロンドン・フィルの絶好調を裏付けます。
第2楽章「Nachtmusik I. Allegro moderato(夜曲)」第3楽章「Scherzo. Schattenhaft(スケルツォ 影のように。流れるように、しかし早すぎず)」第4楽章「Nachtmusik II. Andante amoroso(夜曲)」ここが「夜の歌」の由来であり白眉。Mahlerは楽器編成が大きく、実演に接するとよう理解できるけれど、あちこちのパートが分担してむしろ室内楽的に精緻な響きを作り出します。交響曲らしからぬ、夜の風情を纏って静謐に美しいモノローグであります。故・柴田南雄さんのFM放送のくぐもった声、それをもとにした著作を幾度読んでこの辺りの理解を深めた若き日々。
テンシュテットのライヴは、かつてこの作品が大好きであった記憶を呼び覚まして+余りある新しい魅力を示して下さいました。今朝、EMIのセッション録音を久々に確認しているけれど、ライヴのほうがずっと新鮮!鮮烈。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
寒いですね。先々週くらいの気温が異常だったのか、今朝は6度Cとか。山陰方面では地震が発生して、自然の前ではなすべきことはほとんどありません。先週、さんざん遊んで昨夜も昼間無為無策、夜ご近所新規(改装?)オープンしたお店を冷やかしに行ったけれど、予想通りお料理は美味しくありませんでした。先週水曜時点計測から+1.2kg、金曜はスポーツクラブの代わりに金沢で呑んでいましたから。
土曜昼に自宅に戻って、日曜も洗濯したのみ、引き隠って音楽ばかり。
Lehar ワルツ「金と銀」/Bach G線上のアリア/Boccherini メヌエット/Chabrier スペイン狂詩曲/Ravel 逝ける女王のためのパヴァーヌ/Grieg ノルウェイ舞曲*/Vaughan Williams トマス・タリスの主題による幻想曲/イギリス民謡組曲/Grieg 交響的舞曲〜モートン・グールド/彼のオーケストラ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団*・・・Morton Gould(1913ー1996)は亜米利加では大人気だった作曲家指揮者ピアニスト。これはネットより入手した音源、主にRCA録音のはず。こういった”名曲集”だけじゃなくて、硬派な録音を残して(例えばShostakovich、Ivesとか)これは勝手なコンピレーションと思うけれど、どれもけっこう重量級な演奏、音質はまずまず。分厚い響きに表情は意外と濃厚、Vaughan Williamsはちょいと重過ぎな感じ、大好きな「イギリス民謡組曲」ってもっとユーモラス軽妙な作品だったはず。「交響的舞曲」はGrieg初期の作品らしいけど、民族的に躍動する泥臭い旋律と構成感が両立した名曲!そうたっぷり感じさせてくださいました。
先月のBruckner熱継続。
Bruckner 交響曲第8番ハ短調(ハース版)〜朝比奈隆/名古屋大学交響楽団(1976年ライヴ)・・・67歳の記録、Wikiによると”ワーグナーチューバが入手できず、ユーフォニアムを用いた”とのこと。プライヴェートLPより板起こし.mp3音源也。ここ一週間断続的に聴いて結論、これは音質の不備(わりと良好ですよ)学生オーケストラの技術的限界乗り越え(いえいえなかなか立派なもの)感動的な記録であります。この時期(自分も学生であった)未だBrucknerが世間に普及していない頃、ごつごつ厳ついリズム、基本インテンポを維持してけっして煽って走らない、表情の変化、テンポの動きは最低限(だからこそ効果的)たっぷりとした「間」・・・中低音が薄いとか、個々のミスタッチなんのその、音楽に対する誠実な姿勢、スケールの大きさに打たれること必定。(15:06ー16:54ー26:14ー23:05)アンサンブルに対する感性が甘くなったのか、10年ほど前はその辺りけっこう気にしておりました。
さらに
Shostakovich 交響曲第5番ニ短調〜朝比奈隆/大阪フィル(1981年ライヴ)・・・これは朝比奈さんにとって珍しいレパートリーだったでしょうか?自分も細部馴染みでも滅多に聴かない作品、これは朝比奈翁らしいスケール+濃厚露西亜風情に非ず、意外とさっぱりとした見通しのよろしいサウンドに好感を抱きました。オーケストラの響きは少々薄さを感じさせて、アンサンブルの緻密さも足りないけれど、それは聴く前から覚悟の上、かつて日本中に愛された老巨匠をたっぷり堪能いたしました。
さて、一週間の始まり。これより洗濯、弁当作って出掛けましょう。今週は木金と県内講演4箇所、土曜は出勤して残務をこなす予定。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
今朝も薄ら寒いですね。
行ってきました伊達や酔狂金沢往復一泊の旅、って夜呑んで朝帰ってきたのみ。学生時代の一年後輩は(小さな地方都市だけど)校長から教育長になって、その辺りの経過も概ね聞きました。立派なもんやね、学生時代の心意気は変わっておりませんね。卒業以来?と思ったら、京都で一度呑んだらしい、まったく記憶なし。そういえば学生時代にミヤザキさんに(今で云うところの)ストーカー?されていたような、なんて60過ぎの爺さん婆さん4人で感慨深くも大笑い、しこたま呑んで語らいましたよ。片道4時間ほどのバス旅、行きはイライラするほど永く感じて、帰りは半分以上眠っていたので比較的早く感じたもの、2月に富山に出張したときと同じ印象でした。
行きつけの呑み屋に金時草が切れていたことは痛恨、ま、北陸のお魚たっぷりいただきました。名古屋の先輩夫婦(もともとはこの二人の誘い)は治部煮を初めて経験したそう。またまた贅沢な散財してしまいました。昼には名古屋に戻って、禁断の日の出ラーメンまた喰っちまいました。肌寒い雨模様、呑み過ぎて睡眠不如意でも体調は大丈夫。
今月はMahlerと決めているので、拝聴すべき音源選択に悩むこともありません。これはラクでっせ、いろいろ悩んでいるうちに、あちこちちょろ聴きして集中できん・・・こともないので。
Mahler 交響曲第3番ニ長調〜エーリヒ・ラインスドルフ/ボストン交響楽団/シャーリー・ヴァーレット(ms)/ニュー・イングランド音楽院合唱団/ボストン少年合唱団(1966年)・・・大好きな作品も超長大だから、なかなか聴く機会を得ないもの。ボストン交響楽団、熱血ミュンシュ(1949ー1962長期政権)の後任として冷静なラインスドルフ(在任1962ー1969)は録音も含め、人気イマイチみたいですね。第1楽章「Kraftig. Entschieden. (力強く、決然と)」最初っから再びちゃんと聴きましたよ。アンサンブルは精緻を極め、テンポはゆったり目に決して急がない。煽ったり走ったり、熱血アツい激情とは無縁、常にバランス重視な”美しい”演奏であります。音質良好、洗練されたオーケストラの深い響きも魅惑でっせ。テンポの揺れは最低限、耳目を驚かせるような音量の対比強調もありません。Erich Leinsdorf(1912ー1993)はユダヤ系の人らしいけど、バーンスタインとは大違いでっせ。作品をして自ずと語らせる、飾りの少ない風情に、時に”もうちょっと”テンションを!求めたくなる場面もないでもない・・・のはなんせ長大な楽章ですから。(32:39)
第2楽章「Tempo di Menuetto. Sehr masig. Ja nicht eilen!(きわめて穏やかに )」こんな穏健静謐な場面ほど、オーケストラの品質が問われるところ。オーケストラの美しさ、緻密さ際立ちます。(9:52)第3楽章「Comodo. Scherzando. Ohne Hast.(コモド・スケルツァンド 急がずに) 」ここは静謐牧歌的なポストホルンと、キレのよろしいオーケストラの爽快な大爆発対比が素晴らしい成果。(16:13)第4楽章「Sehr langsam. Misterioso. Durchaus ppp.(きわめてゆるやかに、神秘的に 一貫してピアニッシシモで )」に於けるシャーリー・ヴァーレットは落ち着いてしっとりとした風情。(8:46)第5楽章「Lustig im Tempo und keck im Ausdruck.(快活なテンポで、大胆な表出で)」は児童合唱が無垢な天使の歌声、ここは生真面目にしっかり構えたスケールにテンポも気持ち遅めでした。(4:29)
終楽章「Langsam. Ruhevoll. Empfunden.(ゆるやかに、安らぎに満ちて、感情を込めて)」万感胸に迫る人生の黄昏。個人的には映画「ジーザス・クライスト・スーパースター」ラスト場面を連想・・・わっかるかなぁ、この話題。いつもはクールなラインスドルフも途中、情感が高まって走るところがあっても基本、淡麗な美しい風情継続。弦の洗練、金管の切れ味、ほんまに凄いオーケストラでっせ。(20:28)
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
今朝は肌寒く、予報によると明日もいっそう気温が下がるらしい。混迷する政局とは全く関係なく、本日昼から金沢へ遊びに行くので、体調管理に気を付けましょう。月曜は新人と呑みに行ったので、今週のスポーツクラブは二日間のみ、一昨日は+大学病院往復速歩がかなりの運動量でした。出勤わずか数日の若い相棒は、あきらかに前任よりお仕事の呑み込みが早く、昨年と比べてずいぶんとラク(こちらの構えもあるでしょう)そういえばその前任は人事や新人同士の噂では評判が悪かったらしい・・・口さがない周りからは”気をつけろ”みたいな伝言があったらしい。結果的にはなんの違和感もないとの新・相棒の感想、一年間の(カワイガリ)指導の成果だったのか、人材育成できたのかも。和気藹々とした職場だしね。自分が異動就任した頃とは雰囲気変わりましたよ。
昨日到着した不調外付け光学ドライブ、送付先に質問しておいたら「Windows10Pro」には対応していないとの回答、たしかに現物にはそう書いてあって、こちらは「Pro」に非ず、試しにLinuxで試してみても同じ症状、累計DVDR4枚お釈迦にして返品要望メールを出しておきました。本日、これより午前中集中して一週間のお仕事山場、昼迄に決着をつける覚悟で臨みましょう。
Mahler 交響曲第6番イ短調〜ジョン・バルビローリ/ベルリン・フィル(1966年ライヴ)・・・サイト内検索すると3年ほど前に一度聴いていてイマイチな印象だったもの。おそらく既に21世紀、機能的に優れたオーケストラ+現役世代ののびのびとした表現を多く聴いていたせいでしょう。この時期でモノラル、しかし音質はかなり良好。時代は未だ異形の大曲に対する構え、尋常じゃない緊張感、情感の迸(ほとばし)りに濃厚な表情、テンポは揺れ動きます。作品には慣れていなかったはずのベルリン・フィルの分厚い響きも指揮者との信頼関係を感じさせるもの。じっくりとした出足第1楽章「Allegro energico, ma non troppo(激しく、しかし腰のすわったテンポで)」から”重い”表現、但し全曲でCD一枚分に収まるのは繰り返しを実行していないから。緩徐楽章である「Andante moderato」を第2楽章に据え、こちらのほうが全体に据わりがよろしいと感じます。例の如し入念な細部描きこみ、粘着質な表現の揺れが決まって、陶酔のひととき。第3楽章「Scherzo(重々しく)」は、第1楽章の切迫感と雰囲気似ているんですよね、逆に終楽章「Finale, allegro moderato」の尋常ならざる「悲劇」との対比は緩徐楽章のあとのほうが映えるかも。渾身のハンマー、熱血表現+ラスト締め括りのティンパニの大見得も決まって、これは時代の証言やなぁ。
じつは大好きMahler中、一番拝聴機会が少ないと云うか、腰が引けるのがこの第6番。作品個性から”鼻歌でも歌うような・・・”ユルい表現はムリだし、半世紀前入れ込みバルビローリ表現は決まっていても、やはり味付けが濃いと感じたものです。
他、Mozart 交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」〜ポール・パレー/デトロイト交響楽団(1956年)による、天空を掛けるような爽快な演奏など拝聴。今朝は、Mahler 交響曲第3番ニ長調〜エーリヒ・ラインスドルフ/ボストン交響楽団/シャーリー・ヴァーレット(ms)/ニュー・イングランド音楽院合唱団/ボストン少年合唱団(1966年)出勤迄拝聴途中。当時のRCA、ボストン交響楽団にとって珍しい選曲・・・に非ず、じつはミュンシュ時代、副指揮者兼コンマスだったリチャード・バーギン(在任1920ー1962!)がミュンシュとは毛色の違う大曲を担当していて、ワタシその辺りの音源を所有しているのがヒソカな自慢です。明日帰宅後にゆっくり全部聴き通しましょう。
では、行ってきます。明日「音楽日誌」はお休み。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日午前中、精力的に速歩にて坂道40分弱、大学病院へ(帰りも歩きました)予約時間より一時間待たされるので読書をしたり、血圧測ってみたり(運動後のせいか必ず正常値)昼前に帰宅して、昨夜炊いたごはん(保温を切って放置)春を迎えてみごとに糸を引いておりました。すごい汗だったので下着取替時に計量したら67kgちょうど?これって先々月インフルエンザ真っ最中飲まず喰わず状態と同じじゃん(昼食夕食後は+1kg。こんなに変わるものなのか)昼から職場に出て残務処理しつつ、取引先へ。ところが一週間カンチガイしていたらしい・・・とにかく新任といっしょに商談して、前任担当はこれにてお役御免です。
更に夕方少々残業して新任担当の業務指導、引き継ぎをしている新旧若者のデータ保存を見て愕然、階層が深すぎて関連ファイルが探せません。自分は最低限の階層+時系列保存で速攻アクセス、要らぬ我流分類フォルダ多数作成ってなんでしょ?人様のデータ保存は共有ファイル以外見る機会が滅多にないので驚き!それとデスクトップに大量データを保存するのって如何なもんでしょうか。ワタシは公私ともデスクトップ上にはスッキリ「ゴミ箱」のみでっせ。(ちなみにほんまもんの机上もクリアなもの)
帰宅したら女房殿大阪よりご帰還済。母親と弟嫁との確執はいろいろあるみたいですね。息子から(遅れ馳せ)誕生日プレゼントの珈琲カップ到着(ありがとう)さらに外付け光学ドライブも届いておりました。不良品なのか、それとも設定ミスか?既にDVDR3枚お釈迦に・・・ストレス溜まりまっせ。夜しっかりスポーツクラブ、水曜夜に新たに初心者エアロビクスがプログラムされていたことには気付きませんでした。次回より参加してみましょう。やや睡眠不如意症状出て早朝覚醒、体調は悪くありません。
Mahler 交響曲第5番 嬰ハ短調〜ウィン・モリス/シンフォニカ・オブ・ロンドン(1977年)・・・Wyn Morris(1929ー2010)はウェールズ出身のちょいとマニアックな往年の名指揮者。Wikiによると全集を録音したとあるけれど、第3、6、7番は見掛けたことはありません。オーケストラは自身が主催したものらしくて、他数曲担当、けっこうよう鳴って上手いアンサンブル。やや遅めのテンポ、じっくり旋律を歌わせて、あわてない。うねうねといやらしい、怪しい風情がスケール大きく決まっております。熱血情熱入れ込み系に非ず、かといって剛力パワフルでも、21世紀爽快に流れ良い演奏でもない、終楽章「Rondo-Finale. Allegro giocoso(楽しげに)」辺り、あきらかにテンションが足りず停滞しております。一番人気第4楽章「Adagietto. Sehr langsam. (非常に遅く)」はエッチな感じがこの演奏スタイルに似合っておりました。音質良好。
今朝、朝食時に拝聴音楽は昔馴染み、Tchaikovsky 交響曲第5番ホ短調作品36〜ジョン・バルビローリ/ハレ管弦楽団(1959年)・・・久々の拝聴。18年前の素朴なコメントが残っておりました。←このCDは処分済、ネットから音源入手したもの。音質は驚くほど良好(ポータブルのオーディオで聴いても)やや速めのテンポに流れよく、旋律の歌にも不足しない。露西亜風粘着質重厚を強調せぬ、思わぬバランス演奏が明晰にわかりやすいもの。ハレ管弦楽団って評価の難しいオーケストラだけど、バルビローリの統率に疑念はなく、オーケストラの弱さを感じさせる場面もありません。馴染みの哀愁の旋律、たっぷり堪能いたしました。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
春めいた暖かい(暑い?)日々が続いて、新人お仕事二日目。昨日は前担当よりじっくりレクチャーを受けて、自分は後フォローをしたのみ、本日もそれが続くけれど自分は月一回の恒例大学病院定期検査、昼から取引先初訪問となります。未だ五里霧中でしょう、とにかく三ヶ月耐え忍べ、若者よ。
そういえば女房殿は大阪の母親のもとへ。高齢一人暮らしだし、ここ最近体調崩していたからね、心配でしょう。週末にヤフオク処分送付した(四苦八苦)ミニノートパソコンは無事到着したけれど、ハードディスクが怪しいらしいとの情報・・・そうだったのか。「10」でも異様に遅かったし、Linuxが上手く入らなかったのもその理由かも、もう売っちまったけれど、申し訳ないことをしました。今朝もヤフオクCD激安処分2件落札有、ありがたいことです。週末に追加出品いたしましょう。昨日はようやくスポーツクラブへ、しっかり小一時間下半身中心に負荷を掛けて汗を流して爽快です。今週は残り本日のみ、週末は金沢に遊びに行きますから。
先月来、ノーミソBruckner化継続して、Bruckner 交響曲第7番 変ホ長調〜クリストフ・エッシェンバッハ/ラインラント・プファルツ州立フィル(1980年ライヴ)・・・このオーケストラに在任したのは1978ー1983年、Christoph Eschenbach38ー43歳、指揮者として最初の成果を上げた頃の録音らしい。屈指の美しい旋律を誇る名曲、ゆっくりとしたテンポ、クールに乾いた風情は20世紀にFMで聴いた第8番(プラハ交響楽団だっけ)を思い出しました・・・でもね。
美しくないなぁ、このオーケストラ。響き薄く、各パートも素っ気ない感じ。ノリもよろしくない。もしかしたら残響足らぬ音質印象のせいかも(EMIのスタッフらしい)。Brucknerって豊かな残響必須なんですね。第1楽章「Allegro moderato」を耐え忍んで、第2楽章「Adagio」クライマックス前に途中断念いたしました。残念。
一昨日、Mahlerを聴いたのは今月「Mahler月間」にするつもりだったから。Brucknerは上記エッシェンバッハでちょいと熱が冷めましたよ。そこで・・・Mahler 交響曲第2番ハ短調「復活」〜レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック/ウェストミンスター合唱団/クリスタ・ルートヴィヒ(ms)/バーバラ・ヘンドリックス(s)(1987年ライヴ)・・・
クリアかつ臨場感たっぷりな音質、迫力、熱気、あちこちニューヨーク・フィルの技量を云々したのがウソのような完成度、第1楽章のタメ、テンションの高さ、高揚、緊張感。第2楽章「Andante Moderato」は息抜きかと思ったら、その自在なテンポの揺れ動きは信じられぬほど、比類なき説得力!・・・こりゃフルトヴェングラーの世界でっせ、天才。汗水熱狂系なんて安易に書いてゴメンなさい・・・道を誤りそう、快楽感動イケナイ世界に〜こりゃいかん!
これは2年ほど前のコメント。ほぼ上記通り感動感銘に再会、音質は臨場感たっぷりにまちがいなし、でもびっくりするほどクリアとは違うかも。(上記に加え)
第3楽章「Scherzo: In ruhig fliesender Bewegung(静かに流れるような動きで)」冒頭のティンパニの衝撃(ズービン・メータ1975年録音の驚きを思い出しました)「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」のシニカルかつユーモラスな旋律リズムの説得力、第4楽章「原光(Urlicht)sehr feierlich, aber schlicht(きわめて荘重に、しかし素朴に)」クリスタ・ルートヴィヒによる「赤い小さな薔薇よ」は神々しい深淵、ここ迄前夜拝聴時間切れ。今朝から第5楽章「Im Tempo des Scherzos(スケルツォのテンポで、荒野を進むように)」へ。幻想交響曲でお馴染みグレゴリオ聖歌の「怒りの日」を引用した旋律の衝撃、展開部の繊細かつ緊張感高まるフルートとピッコロによる夜鶯以降は若き日、「復活」に目覚めたもっとも美しい、圧巻のクライマックスでした。
味付け濃すぎと云うかやり過ぎ、暑苦しい濃密な個性横溢に入り込めるか、聴き手の体調を選ぶ演奏でしょう。21世紀は新世代がクリアな表現を繰り広げて、そちらでMahlerに馴染んだという自覚もあります。しかし、本家本元伝道者バーンスタインの説得力は屈指のもの。感服いたしました。
他、Brahms ヴァイオリン・ソナタ第3番ニ短調〜ダヴィッド・オイストラフ(v)/スヴャトスラフ・リヒテル(p)(1967年ライヴ)・・・旧ソヴィエット録音には泣かされることが多いけれど、これはかなり良好。Brahmsの3曲はやや苦手系、しかし重心の低いピアノ、豊満に美しいヴァイオリンにすっかり心奪われました。油断すると、昔懐かしい評価定まった往年の演奏に走ってしまう・・・
では、これより坂道速歩35分ほど大学病院へ、汗かくでしょうね。昼に戻ってそのまま出勤となります。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
いつもの週明け月曜のお仕事開始はいつもの内容に変わりなし。10日ほどの東京研修を終えて、新しい若い相棒がやってきました。一浪、院卒して2年間現場出向研修を経た30歳、茨城県つくば市出身、落ち着いた風情は前任とは大違い。3ヶ月苦しんでくれ、眼前の処理がどことどうつながっているのか様子連関が見える迄、耐え忍んでちょうだいと云っておきました。そのまま早々に上司(呑みトモダチ)と酒席で説教継続、彼は前任と違って呑むし、住まいが上司のご近所なんです。さて、どーなっていくのか。本日より前任との純実務引き継ぎが始まります。
帰宅は9時頃(健全時間)それでもヘロヘロになっちまって入浴後そのまま就寝、寝苦しく深夜覚醒して(ヲタク趣味)音源データ処理整理などして二度寝。週明けの運動もせず、本日明日と心を入れ替えて頑張りましょう。今朝、ヤフオクCD処分2件落札有、明日締切分も2件入札があるから追加出品を考えておきましょう。
昨日朝〜今朝聴いたのは
Bruckner 交響曲第8番ハ短調〜Nikolaus Indlekofer/Brucknerorchester(2007年ヴュルツブルグ聖ヨセフ教会ライヴ)・・・ここのところヲタク音源Bruckner連続聴き、このオーケストラはBrucknerorchester Coburgらしい(Linzに非ず)。言語不如意なので自信ないけど、都度メンバーを募集して、大曲演奏が多いですね。ニコラウス・インレコーファー(?)はネット検索によると独逸の指揮者らしい。残響豊かな教会での演奏、テンポはやや遅め(17:35ー15:41ー28:16-27:50)堂に入ってスケールは大きく、雰囲気はたっぷり。但し、オーケストラはあまり上手くなくて終楽章はかなり息切れが目立ちます。サウンドに潤いも足りぬ感じ。遅れ馳せ、朝比奈隆の往年の録音を聴いて、少々のオーケストラの技量云々は気にしなくなっております。ここがMahlerと違ったところでしょう。
今朝はDebussy フルート、ヴィオラとハープのためのソナタ(1952年)/Roussel フルート、ヴィオラとチェロのためのトリオ/Debussy シランクス(1953年)〜ジュリウス・ベーカー(fl)/リリアン・フックス(va)/ローラ・ニューエル(hp)/ハリー・フックス(vc)
・・・Julius Baker(1915ー2003)は1984年引退する迄ニューヨーク・フィルの首席だったそう。仏蘭西系とは一線を画してパワフル朗々と豊か、明るい音色が特徴でしょう。ネットより入手した.m4a(AAC)音源データは驚異的な鮮度、モノラルでも室内楽ならではの集中力や雰囲気を感じさせるもの。遣る瀬ない妖しい風情は夜の音楽かな?往年のフックス3兄弟の二人も立派、品のよろしい演奏でした。
では、行ってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
草臥れ半引退サラリーマンにも春はやってきて、本日入学式?新学期か、朝日新聞第1面に瞳を輝かせて、新一年生がカラフルなランドセルを開けておりました。こちらも新しい、若い相棒がやってきて実質上新体制がようやく整います。さてどーなるか、昨年は新人育成にけっこう苦しんでタイヘンやったなぁ、自分も継続雇用一年目の迷いもあったし、今年はゆるゆるでいきまっしょい。出勤が愉しみでもあり、不安でもあります。昨日はいつものお洗濯、懸案だったあちこち細部お掃除は女房殿がやってくれて、午前中いつものディスカウントストア往復、桜を眺めつつ佳き運動、お買い物をしました。Windows→Linuxに載せ替え失敗して鬱々としていたミニノートAcerAspire 1410AcerAspire 1410は無事ヤフオク落札され送付済、これにて一段落しました。自宅パソコン二台光学ドライブ全滅を受けて、外付けを注文、Tポイント駆使して五百数十円也。本日天気予報では最高気温25度Cとか。
Mahler 交響曲第1番ニ長調〜リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1995年)・・・2年ほど前に聴いて曰く、
英DECCAの明晰な録音は効果抜群!色彩豊かに鳴り渡るオーケストラ、朗々と歌心に充ちた”明るい”Mahler、当時42歳のシャイーが描くこれぞ新時代のMahler、21世紀当たり前の名曲として屈託なく、のびのびとした演奏を快く拝聴いたしました。怪しい情念とか、そんなものを感じさせぬ美しい演奏は、第1楽章「朝の野原を歩けば」のテーマに胸がキュッとして、馴染み過ぎた名曲を久々新鮮に受け止めました
その通り。情感がウェットに入れ込みすぎたり、神経質になったりせず、優秀なオーケストラを駆使してのびのびと歌って新時代を感じさせる美しい明朗さ。全体バランスが難しい最終楽章「Sturmisch bewegt(嵐のように運動して)」もバランスよく、前3楽章との違和感はありません。こういう演奏を聴いちゃうと、音質問題も含め太古演奏を聴くには、ちょいと腰が重くなるもの。
Bruckner 交響曲第4番 変ホ長調〜フランツ・アッテンベリ/ドレスデン・フィル(?)・・・Franz Attenberg (?) というのは幽霊指揮者らしい。なんと、コロンビアのボゴタに売っていた駅売カセット音源のこと。同じサイトにある交響曲第2番(ハンス・スワロフスキー?/南ドイツ・フィル)というのはザナテルリ(ハンス・ザノテッリ ?Hans Zanotelli)/南ドイツ・フィル(Point)や、アルベルト・リッツィオ/フィルハーモニア・スラヴォニカと同じ音源じゃないかと類推されます。(いずれもCD処分済)じつはBruckner月間に至った先月、第4番が不本意な音質だったので、しっかり作品を再度堪能したかったもの。(再聴選定がマニアック過ぎと自覚)
音質良好。匿名変名指揮者名義+もしかしてドレスデン・フィルというのもウソかも。最近さておき、ケーゲル辺りのイメージだと無骨なサウンド、金管のヴィヴラートに特徴があったはずなのに、ここでは妙に豊かに鳴り渡って、上手いアンサンブル。中庸なテンポを維持して、充実した演奏を堪能いたしました。
ギュンター・ヴァント/ケルン全集に出会ってから、まともなBruckner道に入ったと自覚するけど、久々にマニアック廉価盤道(これは無料だけど)に戻った感じです。
では、いってきます。
2018年4月某日/●サラリーマン生活延長線の日々
昨日は朝「音楽日誌」更新、洗濯のあと懸案の床屋さん行き、ご近所にはとても高い理髪店しかなくて、安めのところはけっこう佳き散歩になるんです。この辺り、坂道が多いしね。スッキリして昼に帰宅、昼食を作ってあとはぼんやり記憶がない・・・4月「近況」にあるようにミニノートAcerAspire 1410AcerAspire 1410が無事ヤフオク落札されたり、自宅光学ドライブ全滅したり・・・(涙)USBメモリにファイルを保存してDELL Inspiron N5110(Zorin-Linux-light-9)にてDVDRに焼いて失敗、Berlioz音源ファイル4.3gb分既に削除済、復元ソフトを試して成功したけれど、じつはUSBメモリのTrashフォルダにちゃんと残っていたり(脱力)。エイプリル・フールの悪いジョーダンであって欲しい、けど現実そのもの。
Schuberut 弦楽四重奏断章/Wolf イタリアのセレナーデ〜ケッケルト弦楽四重奏団(1952年)・・・チェコ出身の名手Rudolf Koeckert(1913-2005)バンベルク交響楽団〜バイエルン放送交響楽団のコンマスだったはず。ほんの短い昔のLPレコードからの復刻は音質良好、じつは2曲とも大好き。不安げなトレモロからのびのびと晴れやかな主題を歌う「断章」、ユーモラスに溌剌とした「セレナーデ」、最高っす。
独逸往年名ピアニスト・ウィルヘルム・バックハウス(Wilhelm Backhaus, 1884ー1969)1953-1962Live音源をちょろ聴きする機会がありました。Brahms ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調第1楽章「Allegro non troppo」(ハンス・ミュラー=クライ/シュトゥットガルト放送交響楽団1959年)、ワルツ 作品39より(第1番ロ長調/第2番ホ長調/第6番嬰ハ長調)+Beethoven ピアノ・ソナタ第3番ハ長調(1953年)・・・当時日本では”鍵盤の獅子王”みたいな恥ずかしいキャッチコピーだったけれど、久々の拝聴に驚き!もともと熱心に彼を聴いていなかったけれど、ピアノの音色が美しくない(たしかベーゼンドルファーですよね)タッチが乱暴で表現が粗い(ミスタッチ云々の問題に非ず)これは音質のせいですか?(かなり良好と思いますよ)なんかガッカリしました。若い頃英DECCAの録音で聴いた圧巻の迫力はなんやったのか・・・?
Brahms ピアノ協奏曲第1番ニ短調〜アダム・ラルーム(p)/山田和樹/ベルリン放送交響楽団(2017年)・・・Adam Laloum(1987-仏蘭西)は若いピアニスト。一ヶ月ほど前?あまりに素直な風情に、オモロないなぁと放置していたもの(インフルエンザ後に体調不調極まっていたし)。著名コンクールに優勝した云々なんて経歴は気にしないけど、技術的には最近の若者は文句なし!上記、太古バックハウスを聴いて、その重さ粗さに辟易、こちらを思い出しました。脳裏にはカーゾン、ギレリスとかリヒテルがあって、こちらあまりに素直、美しく洗練され、押し出しが弱いのかな?そんな風に受け止めておりました。
これが上記バックハウスに続けて聴くと、”あまりに素直、美しく洗練され”た表現を好ましく受け止めたものです。これが時代かな?若い世代のしっとりデリケートなタッチを堪能いたしました。若き山田和樹さん(1979-)のオーケストラも立派なもの。