2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
2月は短いなぁ、あっという間に最後の日を迎えました。週末女房殿が介護生活から戻ってくる日なので朝からトイレ掃除、洗濯も済ませて業務スーパーに食材買い物しっかり。帰宅して収納していたらゴールドキウイが腐っていることに気付いて(この店二度目)再度往復3kmウォーキングする元気は出ません。ガッカリ。所要に外出する女房殿に交換をお願いしました。今朝の体重は66.6kg+150g。
2月は息子とお嫁さんの誕生日、自分はすっかり失念して、女房殿は昼食を誘って、これから出かけます。ま、小さな孫二人いるから入れる店は限られます。
中国の経済危機はほんまですか?
既に不動産バブルは崩壊、かつて中国政府が六割補助していたソーラーパネルも無残な結末、次は電気自動車がそろそろやばそうな情報もあります。地方財政も公務員に一部給与が支払われていないところもあるそう。日本、他国のメーカーも周辺国へのリスク分散、工場移転が始まっております。ま、AIやコンピューター、レアメタル採掘も健在なのでしょう。若い人の就業率が下がり、都市と地方の格差、富裕層と中間層、もちろん苦しい階層との格差はますます開いていることでしょう。そして日本以上の高齢化社会がやってきて、あと数年で年金財政は枯渇する・・・
日本はその気になれば田舎から都会に出て一旗揚げる、乃至そこそこ質素に暮らす、そんなことも可能だけど、中国には厳格な戸籍制度(出生地に基づいて「都市」か「農村」の戸籍を付与し、教育、医療、年金などの社会福祉・公共サービスを分断・制限する二元的な管理制度)があるそう。こどもは青春を勉学に捧げて、血の出るような努力に大学を出ても就職口がない・・・それはリアルな現実なのか(実際の失業率は50%に上る?)。なんせ中国は広く、地域も様々、人口も多いのでリアルなところがようわからない。
軍の腐敗や混乱も深刻との情報も洩れ聞こえて、国内が不穏になれば外敵を作って不満をそこに押し流す=反日政策という流れなんかなぁ。習近平さんのやることなすこと高市さんへの最大の応援に至るのも皮肉なもの。ちなみに昨日眺めた「ちょうちん動画」は「高市首相」を「こういち首相」と読んで、あてにならんことを理解しました。政府と個人への思いは別、春節に帰省した梅々ちゃんやポーちゃんが無事に日本に戻ってくるよう祈っております。
Gabrieli 12声のカンツォン/Canzon V-Sonata XVIII/4声のカンツォン II/サクラ・シンフォニア - 第1旋法による8声のカンツォン /Sonata XIX-Canzon II/サクラ・シンフォニア - 第8旋法による12声のソナタ/4声のカンツォン III / Canzon XII-Canzon III-Canzon VI/4声のカンツォン第1番「陽気な女」/Canzoni et sonate: Canzon No. 16 a 12〜エリック・クリース/ロンドン・シンフォニー・ブラス(1995-97年)・・・古式床しい荘厳な旋律サウンドは、すべて「arr. E. Crees for brass」となっているけれど、Giovanni Gabrieli (1554-1612伊太利)作曲当時の楽譜、楽器指定はどうなっていたのでしょうか。以前にまったく同じ旋律をミュンヒンガーの弦による演奏を聴いたことがありました。「おそらく強弱法を用いた最初期の作品である。しかもその上、通奏低音を用いた最初の作曲家の一人でもあった」とのこと(Wikiより)。
若い頃バロック1000シリーズ?だっけ、廉価盤LPに出会って一耳惚れ、それ以来のお気に入り作品。それは「サクラ・シンフォニア - 第1旋法による8声のカンツォン」数十年経ってもその愁いを含んだ旋律ははっきり記憶しております。やがてFMから流れたアンドルー・パロット/ロンドン・コルネット・アンド・サックバット・アンサンブル(1977年)の粗野に素朴な古楽器の音色に衝撃を受けて、病膏肓に至りました。
Eric Crees(1952-英国)は管楽器のスペシャリスト(トロンボーン奏者)なんだそう。腕利きのロンドン交響楽団のメンバーを従えて、朗々たる響きは古楽器とは違う洗練されてスムース、流麗かつ荘厳なもの。ルネッサンス時代の響きとは違うものか、想像を巡らせて豊かな残響に身を委ねるのも快いものです。
3:30/3:00-6:28/2:47/4:12/5:18-3:32/5:12/2:04/3:13-3:00-3:14/2:42/3:53
Mussorgsky 組曲「展覧会の絵」/Schubert 楽興の時第1番ハ長調D.780/楽興の時第2番 変ホ長調 D.899/即興曲第4番 変イ長調 D.899/Chopin 練習曲ホ長調 作品10-3「別れの曲」/Liszt 忘れられたワルツ第1番 嬰ヘ長調/忘れられたワルツ第2番 変イ長調/超絶技巧練習曲 第5番「鬼火」/超絶技巧練習曲 第11番「夕べの調べ」/Rachmaninov 前奏曲 嬰ト短調 作品32の12〜スヴャトスラフ・リヒテル(p)(1958年2月25日/勃牙利ソフィア・ライヴ)・・・
20年以上ぶりの再聴。世評鉄板、その昔、鉄のカーテンに包まれた幻のピアニストだったSviatoslav Richter(1915-1997烏克蘭)そして「展覧会の絵」原典版の評価を飛躍的に高めた音源としてあまりに有名。「展覧会の絵」は学生時代ハイティンクによる管弦楽版と組み合わされた1,000円盤LP時代が出会い、それ以来半世紀にわたるお付き合いでした。2025年末HDDお釈迦事件にリヒテルのDG/PHILIPS/DECCA音源は幸いにして完全救出、そこには若い頃から心躍らせて拝聴していた録音が多く含まれておりました。これは43歳の記録。使用楽器は、華やかに豊かに響くスタンウエイではないと思います。
覚悟はしていたけれど・・・前のめりに速いテンポ、硬質なタッチの「プロムナード」からあまり(かなり、そうとうに)音質はよろしくない・・・のは記憶通り、それは覚悟の上。当時は東西交流、冷戦雪解けもぼちぼち始まる頃、RCAやMercury、Evrest辺りの優秀録音技術は望むべきもない、せめて「音源が残ってよかった」そう感謝すべきものでしょう。
ライヴならではの勢い余ってリアルなミスタッチ、尋常ならざる集中力と叩き付けるような熱量、音質乗り越え聴衆が息を呑む空気が伝わる唯一無二の記録。音楽に没入するリヒテルは緊張感の連続、いや増す興奮と熱気にやがて音質云々を忘れ、泥臭い多彩な旋律は際立って魅了されます。細かい音型のテクニックの冴え、静謐部分の陶酔と深淵、ラストへ、クライマックスへの壮絶なテンションの盛り上がりは管弦楽を凌駕するほど。
「Promenade」(1:36)「The Gnome」(2:28)「Promenade」(0:44)「The Old Castle」「Promenade」(4:53)「Tuileries」(0:57)「Bydlo」(2:16)「Promenade」(0:34)「Ballet of the Unhatched Chicks」(1:10)「Samuel Goldenberg and Schmuyle」(1:45)「Promenade」(1:45)「The Market Place at Limoges」(1:20)「Catacombae: Sepulchrum romanum-Cum mortuis in lingua mortu」(3:54)「The Hut on Fowl's Legs (Baba-Yaga)」(2:52)「The Great Gate of Kiev」(4:52/大喝采含む)
このコンサートの演奏順が分からないけれど、壮絶な緊張感の後にほっとするようなクールダウン、流麗なテクニックに可憐なSchubertは情感に揺れ、そしてしみじみと名残惜しいChopinが続きます。これもけっこう壮絶!(5:51-4:38-7:17/4:21/すべて拍手込)
苦手系作品だから滅多に聴く機会を得ないLisztだって、リヒテルなら大丈夫。硬質なタッチ+強靭なテクニック(「超絶技巧練習曲」とは題名通り)自在な旋律がヴィヴィッドに、時にユーモラス、雄弁、前のめりに疾走いたしました。(2:54-5:55-3:37-9:14)
ラストはアンコールですか?Rachmaninovは寂しげに濃密、雰囲気たっぷりでした。(2:19)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
雨は上がったけれど、どんより曇り空。それでも日々、寒さは和らいでいる手応えはあります。前夜早めの夕食を軽く済ませたら・・・胃の調子がよろしくない。鈍い痛み迄いかぬけれど微妙な不快感・・・とうとう途中覚醒、太田胃散を服用したら速攻に効果はあって二度寝いたしました。朝の時間調整を失敗してストレッチはちょっぴり手抜き、YouTube鍛錬はほんの4分ほどで済ませて、急ぎ市立体育館を目指しました。トレーニングルームは常連シルバーメンバーのみ、ゆっくり全身ゆる筋トレ、エアロバイク済ませて帰宅いたしました。
帰り道、大きくて妙な機器を背負ったオジサンと遭遇、そこにはGoogle Mapのマークが・・・クルマが通れない小川沿い、運動公園の大グラウンド周りの遊歩道、それをGoogle Earthの画像にするものでしょうか。10mほどそのあとについていったので、自分がデータ化されるかもしれません。
今朝の体重は66.45kgほぼ変わらず。なかなか減らせない。
2025年の出生数約70万人 10年連続で最少更新〜とのこと。ヤバいね。
先日、業務スーパーのコメ売り場を眺めたら、更に500円/5kgほど下がってブレンド米なら3,000円くらいのもあるけれど、まだまだ高いような気もします。我が家では「ななつぼし」がとうとう切れて「ゆめぴりか」へ、いやぁ美味いもんですね、甘みがあって。自分がこどもの頃は北海道米=不味いコメの代表的存在だったけれど、温暖化+品種改良の成果、ブランド米として評価を上げました。
北海道のヒグマ捕獲、過去最多 10カ月で初の2千頭超え〜との報道。そんなに多かったのか・・・
Ravel クープランの墓/スペイン狂詩曲/バレエ音楽「ダフニスとクロエ」〜ピエール・モントゥー/ニューヨーク・フィル(1959年ライブ放送エアチェック?)・・・Pierre Monteux(1875-1964仏蘭西)による「クープランの墓」はセッション録音としては残っていないはず、残りはロンドン交響楽団との良好なステレオ録音がありました。モノラル時代サンフランシスコ交響楽団との録音には興味があっても、概ね音質状態はよろしくなくて残念でした。これはアナウンスも入る珍しいニューヨーク・フィルとのエア・チェック(?放送)音源、モノラルだけど想像以上に聴き易い音質にほっといたしました。精緻緻密なRavelの作品はできればクリアな音質で愉しみたいけれど、これなら大丈夫。この写真とまったく同じ音源かどうかは不明。
「クープランの墓」はニューヨーク・フィルの明るい音色のまま、小粋な風情が漂って夢見るようにデリケートでした。84歳とは思えぬほどヴィヴィッド。Prelude(3:15)Forlane(4:51)Menuet(4:48)Rigaudon(3:35/拍手アナウンス有)
「スペイン狂詩曲」は気怠く優雅な風情、妖しくセクシーなリズム、アツいエネルギーの爆発。これがニューヨーク・フィル、骨太な金管は賑やかな迫力でした。Prelude a la nuit(3:57)Malaguena(2:16)Habanera(2:34) Feria(7:22/拍手アナウンス有)
「ダフニスとクロエ」。Ravelはどれもそうだけれど、この作品はひときわ緻密微細な音型連続、デリケートなサウンド連続。できればもっと状態のよろしい音質で愉しみたいけれど、ヤワに線の細い表現に非ず、けっこうな臨場感と雄弁な迫力、オーケストラのアツいパワーを堪能できました。正規録音はなかったはずだけど、モントゥーとニューヨーク・フィルの相性は良かったのかも。第2部「夜明け」の木管は絶好調によく歌います。ラスト「全員の踊り」の金管は爽快な爆発場待っておりました。
第1部/Nocturne(4:39)Interlude(3:31)Danse generale(4:13)
第2部/Lever du jour(5:31)Pantomime(5:35)Danse generale(6:18/大喝采/長いアナウンス込)
Mahler 交響曲第9番ニ長調〜若杉 弘/東京都交響楽団(1991年サントリー・ホール・ライヴ)・・・若杉弘さん(1935-2009東京)による偉大なるMahler交響曲全集より。2020年に再プレスされてからは入手困難、ま、CDの時代は終焉しているから仕方がないのかな。収録音量レベルが低いのが残念だけど、かなりデリケートに鮮明な音質であることが理解できました。ライヴの熱気と適正なテンポ設定、清潔誠実な表現に感銘を受け取りました。東京都交響楽団の技量とパワーはたいしたものですよ。この時点、オーケストラの技量、響きの厚み云々などまったく問題を感じさせない。
初演は1912年(ブルーノ・ワルター/ウィーン・フィル)四管編成、ティンパニ6台、他銅鑼や鐘3個含む6種以上の打楽器にハープも入る大編成。
第1楽章「Andante comodo」テンポは中庸、寄せては返す吐息のような始まりから、清涼清潔な風情のまま高揚します。情感の高まりも極端にテンポを走らせたり、あざとい対比を作らぬ、清潔感と落ち着き、気品に充ちた諦念。最終盤のホルンも魅惑のの遠い響きでした。(27:13)
第2楽章「Im Tempo eines gemachlichen Landlers - Etwas tappisch und sehr derb」ユーモラスな歩みはしっかり地に足付けても重いアクセントではない、途中けっこう激昂する疾走との対比を際立たせても抑制は効いております。途方に暮れたように消えるラストも印象的。(16:15)
第3楽章「Rondo-Burleske: Allegro assai」粗野なパワーを感じさせるスケルツォ。勢いと統率のバランスに不足を感じさせず、ラストに向けての高揚と疾走もアツいもの。(13:13)
第4楽章「Adagio - Sehr langsam und noch zuruckhaltend」淡いサウンドに寂寥と諦念たっぷり漂わせた弦、しっとり誠実にていねいな終楽章は万感胸に迫りました。入魂のホルンは称賛に値するでしょう。そして消え入るように全曲を閉じる・・・(25:16/盛大なる拍手)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日は恵みの雨しとしと。朝のストレッチとYouTube体操済ませて引き隠りました。女房殿からLINE有、雨なので介護より一時帰宅しないとのこと。「音楽日誌」は朝一番に更新しているけれど、誤字脱字は都度修正して・・・それが反映されない。借りている無料サーバーは年に一度くらい不調に至って、数年前は一週間ほどまったく更新が反映されないこともあったけれど、なんせタダなので文句も云えません。(夕方頃ようやく変更反映)冷蔵庫残り物に煮物を仕上げたら、思わぬ狙い通りの味に仕上がりました。
昨日夕方より雨は上がって、これから体育館を目指しましょう。ひと雨ごとに春は接近します。今朝の体重は66.4kgほとんど変わらない。
先に柄にもなく烏克蘭露西亜侵攻のことを書いたけれど、依然としてヒマな日々に「団塊の世代」の話題など〜いえいえそれはありきたり(?)っぽいのでAI検索に伺ったのは「就職氷河期の世代とは」(1970-1984年頃生まれ)
バブル崩壊後の雇用情勢が悪化した時期(概ね1993年-2004年頃)に新卒として就職活動を行った世代を指します。2026年現在、この世代の年齢はおよそ 41歳から56歳 にあたります。
この世代がなかなかで結婚できないのは経済的な影響なのでしょう。(45-49歳の未婚率は男性で約30%、女性で約20%に達するとのこと)息子もその世代にやや近い。なんとか就職して、お嫁さんも見つけて孫もできて、御の字ですよ。人生満点。
あと10年過ぎたら、ぼちぼちお仕事引退世代に突入、幸い健康を維持できて70歳迄働いたとしても15年ほど、20年経てば後期高齢者に至って、その世代の経済的困窮と社会的負担は深刻に至るでしょう。そのリアルな経過は自分も目撃できる可能性もあります。少子化もいっそう進んでいることでしょう。その頃団塊の世代は人生より退場済、これから日本はどんな国になるようデザインを進めるのか、隣国との関係、国際情勢がどうなっているのか、しっかり現在の政治を見つめ・・・実際の自分は隠棲して安閑と眺めているだけ。現役時代辛くも上手く立ち回って、なんとか逃げ切っただけですよ。以上別になんの変哲もない話題でした。
Stravinsky ロシア風スケルツォ(2台ピアノ版)/2台のピアノのための協奏曲/2台のピアノのためのソナタ/バレエ音楽「春の祭典」(2台ピアノ版)〜アンドレイ・ガヴリーロフ(p)/ウラディーミル・アシュケナージ (p)(1990年)・・・第2回HDDお釈迦事件よりレスキューした音源、だけど聴いた」記憶がない。おそらく入手したまま放置、挙げ句失念したものでしょう。情けない。Andrei Gavrilov(1955ー露西亜)Vladimir Ashkenazy(1937露西亜→氷島)名手二人による充実した選曲でした。音質は良好。
「Scherzola russe」 はもともと1944年に作曲された管弦楽作品がもとになった作品。ウキウキするようなユーモラスにリズミカルな旋律。(3:58)
「Concerto for 2 Pianos」は1935年作曲者親子にて初演。協奏曲となっているけれど伴奏はなし、それをなぜ協奏曲と呼ぶのかシロウトには類推不可。不協和音は続くけれど晦渋不機嫌に非ず、とてもわかりやすい作品でした。
「Con moto」自在に賑やかに知的な風情。響きは厚く充実してカッコ良い推進力を感じさせます。(5:29)
「Notturno (Adagietto)」牧歌的かつ小粋な緩徐楽章。(5:17)
「Quattro variazioni」しっとり暗いリズムを刻んで、やがて大仰に叫んでクールに歩みを進めました。(4:18)
「Preludio e fuga」堂々たる重苦しい前奏曲から、フーガはテンポを上げて硬質な響きに終わりました。(4:33)
Sonata for 2 Pianosは1944年初演。こちらの規模はぐっと小さくてあっという間に終わる、優しい旋律作品でした。
「Moderato」は落ち着いて穏健、起伏の少ない始まり(3:46)「Theme with Variations: Largo」しっとり静かなメルヘンのような多彩な変奏曲(4:46)「Allegretto」これも激しさとか暴力とか無縁に淡々、あっという間に終わりました。(1:56)
「Le sacre du printemps」は云うまでもない、大人気20世紀の古典からの編曲。粗野でド迫力な土俗的リズムは骨組みだけになった2台ピアノ版。二人とも文句ない名手なんやけど、意外と冷静、破壊的に叩きつけるような迫力に足りず、作品の熱狂に入り込んでいないような、ちょっとおとなしくて例の興奮には足りぬ印象を得ました。
Part I「Adoration of the Earth」Introduction」(3:52)「The Augurs of Spring - Dances of the Young Girls」(3:21)「Ritual of Abduction」(1:14)「Spring Rounds」(3:49)「Ritual of the River Tribes」(1:41)「Procession of the Sage - The Sage」(1:05)「ance of the Earth」(1:07)
Part II「The Sacrifice」「Introduction」(4:29)「Mystic Circles of the Young Girls」(3:29)「Glorification of the Chosen One」(1:25)「Evocation of the Ancestors」(0:38)「Ritual Action of the Ancestors」(3:27)「Sacrificial Dance」(4:01)
Mozart 交響曲第29番イ長調 K. 201(186a)/第30番ニ長調 K.202(186b)/第28番ハ長調K.200(189k)〜アダム・フィッシャー/デンマーク国立室内管弦楽団(2010-11年録音)・・・Adam Fischer(1949ー洪牙利)はHaydnの交響曲全集録音が話題となって、現在はデュッセルドルフ・フィル、デンマーク室内管弦楽団(2015年自主運営団体となった)を中心に欧州に活躍されているそう。オペラハウスにも頻繁に登場しております。Mozart交響曲全曲録音は、少なくとも日本ではあまり話題にならなかった?けれど、モダーン楽器にピリオド奏法採用、イン・テンポを基調にアクセント明快にリズムはヴィヴィッドに弾んで清涼。音質とも最高峰の出来、指揮者とオーケストラの信頼関係を感じて、久々に爽快なMozartを堪能いたしました。以前にちょっぴりを聴いておりました。(2018年のメモ)
いずれも1774年18歳の作品。
イ長調 K.201交響曲はob-2/hr-2/弦の編成。穏健、振り返るように懐かしい旋律は、素っ気ないほど速めのテンポにクール、浮き立つように躍動してアクセントしっかり。わずか4本の管楽器の存在感も明瞭、終楽章に至って高らかに強烈(過ぎ)弦はノン・ヴィヴラートに弱音部分の清涼さも際立ちました。
「Allegro moderato」(9:17) 「Andante」(6:42) 「Menuetto」(3:30) 「Allegro con spirito」(6:46)
ニ長調交響曲 K.202はob-2/hr-2/tp-2/弦の編成。元気いっぱいの愉悦と躍動にに充ちた明るい作品。叩き付けるようにヴィヴィッドなアクセント際立つ演奏でした。素っ気ない弦のノンヴィヴラートも颯爽と清潔そのもの、トランペットが輝かしい存在感を示しておりました。第3楽章「Menuetto」の弦が一部ソロに?楽譜はどうなっているのでしょうか。終楽章の剽軽ユーモラスな下降音型も元気いっぱいでした。
「Molto allegro」(5:49) 「Andantino con moto」(4:42) 「Menuetto」(3:36) 「Presto」(4:50)
ハ長調交響曲K.200はob-2/hr-2/tp-2/(tim)/弦の編成。ここではティンパニは使用されていないみたい。ハ長調と云う明瞭かつ大きな広がりを感じさせて堂々たる始まり。デリケートな抑制と膨らみを感じさせる緩徐楽章、Menuettoは大仰に突出するホルンの叫び最高(ここも弦がひとりずつに奏している)細かい音型に賑やかに、アツく疾走するフィナーレもヴィヴィッドそのもの。
「Allegro spirituoso」(7:17)「Andante」(6:05)「Menuetto: Allegro」(3:34)「Presto」(5:08)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
今朝は珍しい雨模様です。連休は終わり、昨日より現役世代はまた動き出しても、自分はいつもと変わりない生活。前日いつもより寝るのが遅くなって、やや寝坊していつものヘルシー朝食、珈琲も喫してストレッチ、YouTube鍛錬を済ませて市立体育館を目指しました。日差しは春の接近を感じさせ、しばらく眼を愉しませてくれた白梅ははらはらと散り始めました。連休明けのトレーニングルームは常連シルバーメンバー少なく、熱心なバーベル連も不在、ゆっくりマシンを使えました。今朝の体重は66.45kg▲250g。思うように減りません。
露西亜による烏克蘭侵攻から丸4年。こちら少しずつ気温は上がって、桜の満開も近いけれど、あちらはまだまだ雪深く、凍るように寒いことでしょう。三日で終わるはずの烏克蘭占領は引くに引けぬ泥沼となって、終息の道筋は見えません。これは旧ソヴィエット時代の対独逸戦争より長いそうです。病院や学校、民家、旅客列車を狙う悪質な攻撃、烏克蘭の電力施設を破壊して発電能力は戦争前の半分に減少しているそう。国民の生活は日々苦しみに充ちていることでしょう。
自分がこのことについて云々できるほど、正確な知識も情報も足りないけれど、考えることはいろいろあります。頓珍漢なカンチガイだったらごめんなさい。
日本に於ける「戦争反対」の意味合いの変化。主語述語、誰(どこ)が誰(どこ)に対する「戦争反対」なのか。露西亜の一方的な侵攻の是非は云う迄もない。じゃ国境で反撃する烏克蘭軍、ミサイルや最新型ドローンで露西亜内部の軍事施設を攻撃するのも「戦争反対」、味噌も〇ソも一緒にしてよいのか。これは日本の(世界的にも)右側の伸長、左の衰退の世論に影響を与えていると類推しております。
戦争の質の変化、現代化のリアル。先日(自称)事情通の爺友が酒噺に自信たっぷり「猛攻するナチスドイツ軍をスターリングラードから押し戻したソヴィエットだから、今回もカンタンには負けない」そう主張しておりました。
そうかな?80年経って時代は変わりました。精神論などなんの意味もない、リアルに国際化情報化は進みました。この間、断片的な情報だけど石油先頭に露西亜の産業経済は壊滅的、せっかく北朝鮮からの人的支援も約束の経費の1/4も支払われていない、もうカネはないそう。戦車は減ってしまって、博物館に展示していたような旧式迄引っ張り出しているとのこと。時代はドローン攻撃(偵察)が主体、作戦連絡連携含めネットがすべての基盤になっていて、スターリンクをヤミ使用していた露西亜軍はこの度遮断され、すべての連絡は実質アウトになって右往左往状態。(ちなみに伊蘭製ドローンはもう輸入できない)そして、烏克蘭自家製ミサイル・フランミンゴを開発して露西亜の最新鋭武器工場を壊滅させたり、石油施設や物流の要衝を破壊・・・戦争の姿は様変わりしております。
我が国も危うい隣国との粘り強い話し合いはもちろん大切。でも残念、話しの通じない狂気のお隣りさんとの対応、その準備は必須でしょう。場末の引退爺が要らんことを長々と書いてしまいました。
Mahler 交響曲第1番ニ長調(1962年)/R.Strauss 23の独奏弦楽器のための習作「変容(メタモルフォーゼン)」(1966年)〜オトマール・スウィトナー/シュターツカペレ・ドレスデン・・・2008年来久々の拝聴。Otmar Suitner(1922-2010墺太利)は日本でもお馴染み、ちょっと懐かしい存在に至りました。ドレスデンとかシュターツカペレ・ベルリンとの録音を多く残して、これは未だ統一前東独逸時代60年前の記録。久々の拝聴に、そのしみじみと滋味渋い質実素朴なサウンド、力みとは無縁の表現を好ましく受け止めたもの。
音質はちょっと昔を感じさせつつ艶々しない自然な残響、高音を強調しない、刺激的な派手さもない味わいに好感を抱きました。
第1楽章「Langsam, schleppend」茫洋とした自然の陽光のような始まり、天上からのホルン、木管も暖かく、しみじみ深い艶消しの音色、現在こんな音色は維持されているのでしょうか。憧憬に充ちた「爽やかな野辺を歩けば」の主題もさらりとして、テンポのタメも控えめに濃い表情に至らぬ高揚。残念ながら提示部繰り返しはありません。ブルーノ・ワルターの地響きするティンパニも懐かしいけれど、ここでは適度なバランスの存在感。抑制が続いて、ラスト辺りの爆発は効果的な対比でした。(13:12)
第2楽章「Kra"ftig bewegt, doch nicht zu schnell」大仰なコントラバスが控えめなのは、音質のせいなのか、狙った抑制表現なのか。噛み締めるようなアクセントにも素朴な風情が漂って、ホルンは魅惑の太い音色。中間部もレントラーですか、ここもぐっとデリケートでした。この楽章全体としてちょっと弾けるようなパワーに足りない。(8:11)
第3楽章「Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen - sehr einfach und schlicht wie eine Volksweise」たどたどしい不器用なコントラバス・ソロは理想の姿。「グーチョキパーでなにつくろう」旋律が短調に暗鬱、粛々とした行進曲が厚みを増してなかなかに雰囲気豊かでした。それはユーモラスに変容して、金管の呼応にはインパクトが足りない。中間部は「彼女の青い眼」旋律がそっと夢見るように儚げ、やがて行進曲にもどって、急激なテンポ変化も控えめに、あまり際立たせないもの。(10:29)
第4楽章「Sturmisch bewegt」満を持してのエネルギー放出、大爆発へ。この辺り、ちょいと音質の劣化をかっじさじせますね。安寧の場面はしみじみ優しく、クライマックスに向けて対比も効果的に、金管は豪快だけどメタリックや、ヒステリックを感じさせぬローカル粗野なパワーがありました。(19:01)
「Metamorphosen」は祖国滅亡の諦念に溢れる作品。これは心持ち速めのテンポに、うねるような情熱が流れる演奏でした。(24:28)
Mendelssohn 劇音楽「真夏の夜の夢」(抜粋)〜クレメンス・クラウス/ウィーン交響楽団/ウィーン国立歌劇場合唱団/ダグマール・ヘルマン(s)/イローナ・スタイングルーバー(s)(1951年VOX録音)・・・Clemens Krauss(1893ー1954墺太利)による著名な作品録音。これはCD時代、売れ残ったTuxedo Musicレーベルのを安く入手した記憶有。Noise reduction+ステレオ・プレゼンス処理の結果、音質はかなり厳しとの情報もありました。今回拝聴はVenias「The Collection」より。音質改善しているのかどうか、記憶もないけれど時代相応かと。
夢見るようなメルヘンな旋律を堪能するのに、わざわざ求めるべきでもない存在かも。緻密なアンサンブルがすべて解決するような作品でもないけれど、味わい系のオーケストラでした。選曲にも不足を感じません。
そっと耳元に囁くようなメルヘンが始まる「序曲」から優雅に躍動する大好きな作品。アクセントしっかり、響きはちょっぴり粗い。「夜想曲」のホルンやフルートはシミジミ牧歌的かつセクシーな味わいがあって、これがウィーン風でしょうか。一番人気な「結婚行進曲」のトランペットも無機的な音色に非ず、暖かく味わいを感じさせるもの。「女声に時代を感じさせる」との評もあったけれど、ま、それはそうなんやけど、さほどに気にならぬユーモアを感じました。
「序曲」(13:18)「スケルツォ」(5:06)「まだら模様のお蛇さん」(4:28)「間奏曲」(3:39)「夜想曲」(6:42)「結婚行進曲」(4:58)「道化師の踊り」(2:00)「ほのかな光」(4:44)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
うっかりしていたらミラノ五輪も終わってしまったのですね。組織委員会の金満体質には辟易するけれど、全世界のアスリートには敬意を表しましょう。
連休最終日も好天、だけど空が曇っているのは黄砂の影響なんだとか。悪気はないのかも知らんけど、要らん中国からのプレゼントですよ。朝起きた時に腰というか背中の鈍い痛みは、いつものストレッチとYouTube鍛錬に消えました。朝食時にちょうど自家製ヨーグルトが切れたので、業務スーパー往復3kmほど、ウォーキングしてきました。食材買いだして圧力鍋に煮物を仕立てたけれど、味付けはそれなり、素材ごとに過熱すべき時間が違ってやや調整苦戦、ジャガイモは崩れました。前日のシチューや煮豆の残りも持参して、女房殿は介護生活に戻っていきました。
今朝の体重は66.7kg現状維持、高め安定中。
またまた年寄りの「病自慢」噺続編。
大学の親しい一年先輩夫婦は名古屋在住、年に数回呑んだりするけれど来月で70歳、未だ意欲的にお仕事現役、週4回出勤、時給も安いのに働き続けております。一昨年自転車通勤中に交通事故に遭遇して片膝靭帯断裂。自分も20-30年ほど前スキーに転倒して左膝前十字靭帯断裂、再建手術はせずに膝周りの筋肉鍛錬+ストレッチ継続に可動域確保しつつ現在に至る・・・先輩は靭帯再建修復手術を選択して、一月の新年会にさんざん呑んだあと、再手術して固定していた金属を抜きました。これでめでたく通常生活へ・・・
・・・と思ったら、その後痛みが酷くてかなり苦しいそう。障害申請を検討しているらしい。自分の場合、全速力で走ったり、止まったりできなくなったけれど、痛みはなくなって、ここ数年華麗なる加齢に鈍い痛みはないワケじゃないけれど、日常生活に影響はありません。隔日の筋トレも問題なし。怪我症状もさまざま、人それぞれ、もちろん医者の腕や巡りあわせもあることでしょう。もともと交通事故からの怪我、靭帯だけではなくその周辺にもダメージがあったのかも。わからんもんです。当面、温泉でもいきましょうと誘っておきました。
Mendelssohn 交響曲第2番 変ロ長調 作品52「讃歌」〜クリストフ・シュペリング/ダス・ノイエ・オーケストラ/コルス・ムジクス・ケルン/Soile Isokoski(s)/Mechthild Bach(s)/Frieder Lang(t)(1993年)・・・後期Bruckner、Mahler別格として浪漫派の交響曲を一般に苦手として、Mendelssohnも「イタリア」「スコトッランド」の魅力に目覚める迄に数十年掛かってしまいました。「真夏の夜の夢」「ヴァイオリン協奏曲ホ短調」「八重奏曲 変ホ長調」辺りはずっとお気に入り。
彼はBach復興に尽力された方、この巨大な交響曲+カンタータもそれにインスパイアされたものでしょう。作品構成的にはBeethovenの影響もあるのでしょう。Bachの峻厳なイメージからはずいぶんと遠く、平和に穏健な作品と感じます。1840年初演、二管編成+ティンパニ、オルガン、ソプラノ2/テナー+混声合唱。初演から改定されて出版したそうで、Wikiの解説と、この第2部合唱部分は微妙に違っているのはそのせい?よくわかっておりません。
Christoph Spering(1959-独逸)と自ら1988年に創設したDas Neue Orchesterはオーセンティックな楽器使用、Chorus Musicus Ko"lnは1985年だそうだから、声楽活動が先行しているのですね。この録音はちょっと忘れられたような感じ、ネット上での評価もほとんど探せません。残響豊か(過ぎる?)に茫洋たる空間を感じさせる音質。
第1部/第1楽章「Sinfonia-Maestoso con moto - Allegro」3本のトロンボーンによる序奏はノンビリとした風情のコラール風、これが全編を支配する主題となります。続く弦楽器は古楽器の薄い響きに軽く、粗野なティンパニがアクセントを添えます。慣れのせいか、どうもパンチが弱いと云うか、力強さが足らん印象はありました。不遜だけど、作品そのものも主題の変容にちょっと広がりや変化に足りぬ印象でした。(11:03)
第2楽章「Allegretto un poco agitato」ここはスケルツォなんだそう。弦は哀愁の旋律を寂しげに呟くように静か、やがてほっと息抜きのような中間部には例の冒頭主題が出現します。(5:44)
第3楽章「Adagio religioso」そっと息を潜めるような安寧の緩徐楽章。古楽器による弦も管も淡い響き、素朴なテイストが続きました。(6:36)
第2部はどれがどうだか、なにがなんだか、なんせ宗教的基礎知識や素養もないので意味合いはようわからない。序奏は例の冒頭主題からスタート。器楽陣は伴奏に徹して引き立て役、声楽陣は自信に充ちた清涼なアンサンブルにバランス最高、説得力は充分。Bachをイメージすると、どれも旋律が平易にわかりやすく感動的でした。第1部の器楽演奏より、第2部のほうに作品の魅力を受け止めました。
合唱「すべて息づく者は主を称えよ!」(4:45)ソプラノと合唱「わが魂よ、主を讃えよ」(1:59)テナーのアリア「汝ら主に贖われし者は言え」(0:51)「彼は私たちの涙を数え」(2:04)合唱「汝ら主に贖われし者は言え」(1:54)ソプラノと合唱「我は主を待ち焦がれ」*ホルンのオブリガートが楚々と女声を引き立てて、高まる情感(5:25)テナーのアリア「死の絆は我らを囲み」(1:54)「暗闇の中で私たちは叫び」(2:35)合唱「夜は過ぎ去れり」(5:06)*ここ最高潮!合唱「いまこそ皆、神に感謝せよ」*無伴奏の清潔なコラール(2:02)「神に賛美と栄光、そして誉れあれ」*前曲の風情のまま器楽伴奏が静かにフォロー(2:46)テナーとソプラノのデュオ「我ゆえに我が歌をもて」(4:31)終末合唱「汝ら民よ、主に栄光と権力とを帰せよ!」*決然と力強い合唱(5:34)
R.Strauss 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」/歌劇「サロメ」より「7つのヴェールの踊り」/交響詩「ドン・ファン」〜レオポルド・ストコフスキー/ニューヨーク・スタジアム交響楽団(1958年)・・・廉価盤LPコロムビア・ダイヤモンド1000シリーズが懐かしい演奏。この時期にしてEverestの臨場感と低音はたいしたものですよ。どこかネット上のコメントに「たいした音ではない」とのご意見もあって、ま、自分はオーディオ・ド・シロウト、音質評価も嗜好の世界なのかと思います。オーケストラは契約上の問題からニューヨーク・フィルの変名、骨太に剛直、迫力充分のサウンドを堪能できました。Leopold Stokowski(1882-1977英国)66歳の記録。
「ティル」はヴィヴィッドな勢いに、ホルン先頭に豪快な金管がド迫力、木管の自在な躍動も快い演奏でした。好不調の波があるらしいニューヨーク・フィルは絶好調、厚みのある明るい響きはゴージャス。(14:37)
「7つのヴェール」賑やかな打楽器の連打から、オーボエが妖しく歌って、ヴィヴラート過多の太いフルートは馴染のJohn Wummer(1899ー1977亜米利加)か。官能切なくたっぷり大仰な表情は、いかにもストコフスキーらしい。最終盤、賑々しい打楽器と金管の爆発は最高潮でした。(9:09)
「ドン・ファン」は意外なことにストコフスキー唯一の録音なんだとか。ちょっぴり前のめりの勢いはちょっと荒々しいほどのアツさに始まって、骨太の管楽器はたっぷり華やかに説得力充分にパワフル。ホルンはJames Chambers(1920-1989亜米利加)でしょうか。静謐な部分を静かに待って「ドン・ファンのテーマ」は最高の雄弁に登場して、これは驚きの熱血演奏でした。(16:03)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
本日も世間では祝日休みなのか。自分の生活はなにも変わりません。そういえばLUNA SEAの名ドラマー真矢が亡くなったのですね。かねて脳腫瘍の治療を続けていたと伺って、56歳はあまりに早い。
昨日日曜は春の陽気、大阪マラソンが開催されたけれど、市立体育館の往復いつになく多くのジョガーを見掛けました。前夜よく眠れて、気分爽快にストレッチ+流行り歌に乗せた足腰に効きそうなYouTube鍛錬済ませてトレーニングルームへ。連休中日、土日常連の顔は見えず若い新顔数人、自分が到着時にはハイプーリー(背筋)熱心に鍛錬中、鍛え上げた身体に正確な姿勢、かなりの負荷に長時間独占はしないであろうと予想したのは、スマホも持参していなかったから。自分が下半身のマシンを二種使い終わったら無事明け渡してくださいました。しっかりいつものメニューに鍛えて帰路、かなりの日差しに汗ばみました。桜はあちこち開き始めております。
気温も上がってきたので昼2時から開いている銭湯に行きたくなりました。体調は悪くないけれど、珍しく鈍い腰痛を感じて(おそらくは筋肉痛)電気風呂が恋しかった。600円也の贅沢を終えて往復3kmほど、帰りスーパーの寿司、スーパードライ・クリスタル(初めて試した低アルコールビール)など入手して夕食としました。喰いすぎかなぁ、ここ数日胃の膨満感が続いて今朝の体重は66.7kg+100g、高め安定中。
もうテレビ番組にあまり興味はなくて、朝の報道を眺めるくらい。YouTubeを熱心に眺めているけれど、すべて真に受けないように気を付けております。
「なかみやさだこ」って誰?
YouTubeの動画にはエエかげんなものが多い。自動読み上げの音声は間違いが多くて「怒り」はほとんど「おこり」となっていて、うっかり聴き流していると意味がわからない。「欧米で千年前の日本女性のエッセイが話題」〜裏付けもない、ムダな装飾過多文書ばかりの動画(作り話でしょう)は清少納言「枕草子」のこと。この時代に女性が自分の言葉で記録が残せるのは、世界的に驚異的なことなんだそう。誇るべき日本の伝統と文化、それは事実でしょう。
ところが・・・清少納言の説明に「なかみやさだこ」に仕え・・・???画面を確認すると「中宮 定子(ちゅうぐう ていし)」のこと。自動読み上げの仕組みはよう知らんけど、修正はできんのか。「なかみやさだこ」 って、どこかの恐怖映画の主人公のことか、このパターンが続くとガッカリ、その動画の信頼性はますます揺らぎます。
Ravel ピアノ協奏曲ト長調/古風なメヌエット/左手のためのピアノ協奏曲ニ長調/海原の小舟/バレエ「ジャンヌの扇」より「ファンファーレ」〜パスカル・ロジェ(p)/シャルル・デユトワ/モントリオール交響楽団(1982年)・・・おいおいこれはもう40年以上前の録音かよ、当時若手俊英ピアニスト・・・だったPascal Roge(1951ー仏蘭西)も70歳過ぎたのか。自分にとってはディジタル録音以降はほとんど最新録音ですよ。新しさ云々より、各々の音響思想や個性の問題、ここでの英DECCAの録音はほんまにデリケートな臨場感が素晴らしい。My 貧相なオーディオ環境には充分効果的でした。Charles Dutoit(1936ー瑞西)黄金のモントリオール交響楽団時代(1977-2004)の録音。
Piano Concerto in Gは1932年初演(マルグリット・ロン)楽器編成は小さめ、気紛れに小粋、ユーモラスにファンキーな作品。
第1楽章「Allegramente」オーケストラの響きは華やかに線が細く、アクセントやメリハリは充分。金管の細かい音型など、ほんまに上手いと思う。ロジェのピアノはしっかり芯を感じさせて、そして明晰にデリケート、軽快なタッチが快いもの。(8:16)
第2楽章「Adagio assai」途方に暮れた静謐を湛えてアルカイック、屈指の美しい緩徐楽章。3/4拍子なのに伴奏は6/8拍子?フクザツな趣向を凝らしているそう。息を潜めて沈溺するピアノに寄り添って呟くような弦、浮遊する木管が幻想的。(9:57)
第3楽章「Presto」ピアノは自在に華やか、素っ頓狂に躍動疾走する遊園地の喧騒風。「ペトルーシュカ」「パラード」を連想させるとWikiにあったけれど、冒頭小太鼓の導入やら軽妙な金管の絶叫に乗せたノリノリの風情はたしかにそれに似ておりました。(3:58)
「Menuet antique」はピアノ作品として1898年初演、1930年管弦楽版初演。三管編成。大仰な表情と安らぎが交差する、ちょっぴり擬バロックの風情漂う佳曲。デュトワの洗練されたニュアンスは文句なし。(6:41)
Piano Concerto for the Left Handの初演は1931年(ヴィットゲンシュタイン)これは不本意な(勝手に手を加えて、技術も追いつかぬ)演奏だったそう。1933年ジャック・フェヴリエの再演に真価が評価されたらしい。大規模な三管編成、前曲とは打って変わって趣きは重厚でした。地底の底から静かな地響きのようなサウンドから、やがて目覚めるような輝かしいピアノ、これが左手だけ?信じられない鮮やかな音型連続にはジャズのテイストも漂いました。ロジェはスムースな技巧に抑制が効いたタッチ。大仰な金管の叫びにも洗練を感じさせるオーケストラの響き、呟くようなピアノとの対比にも気品を感じるさせるもの。やがて行進が続いてアツく高揚、大仰な叫びから大きなクライマックスに全曲を閉じました。(19:11)
「Une barque sur l'ocean」は、ピアノ作品「鏡」(1906年初演)から1906年に管弦楽編曲されたもの。題名通りの波に揺れる風景を表現した熟達の作品。(8:00)
「Fanfare」「L'eventail de Jeanne」は1927年に企画されたこどものためのバレエ(10人の作曲家による)その冒頭をRavelが担当したものとのこと。小太鼓の導入から、なにか始まりそうな管楽器の自在の動きにワクワク。(1:27)
Mussorgsky/Ravel編 組曲「展覧会の絵」/ラ・ヴァルス(1958年)/Respighi ロッシーニアーナ(1967年)〜エルネスト・アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団・・・定評ある1959年録音をしばらく聴いておりません。(恥ずかしい駅売り海賊盤)今聴けばどんな印象だろうか・・・
こちら何故か?その一年前に録音されたステレオ録音。大太鼓の低音にちょっぴり違和感はあるけれど(これはけっこう気になる)概ね臨場感ある優秀録音。露西亜の泥臭い旋律を華やかなオーケストレーションに装飾した名曲中の名曲。アンセルメがこの録音出来を不本意に感じて再録音したのでしょう。冒頭のトランペットから技術的にはかなり危うい感じ、あちこちの金管も妙に自信なさげ、木管の響きも例の細身に頼りなくマイルド、力で押し切らぬバランスとさっぱり清涼な語り口がErnest Ansermet(1883ー1969瑞西)の味わいなのでしょう。けっこう楽しんで聴いたけれど、ちょっと迫力とテンションが足らん薄味かも。
「Promenade-The Gnome」(3:56)「Promenade-The Old Castle」(5:38)「Promenade-Tuileries」(1:34)「Promenade-Bydlo」(3:15)「Ballet of the Unhatched Chicks」(1:16)「Samuel Goldenberg and Schmuyle」(2:10)「The Market Place at Limoges」(1:20)「Catacombae: Sepulchrum romanum-Cum mortuis in lingua mortu」(3:31)「The Hut on Fowl's Legs (Baba-Yaga)」(3:16)「The Great Gate of Kiev」(5:11)
「La valse」は後年1963年の再録音が一般に聴かれるけれど、これは1958年ステレオ録音。ちょっとぼわんとした音だけど、例のなんとなくピッチの怪しい木管も雰囲気たっぷり。大仰に揺れる表情がさっぱりテイストに決まっておりました。(12:51)
「Rossiniana」とは、RespighiがRossini晩年のピアノ小品から選定して1925年管弦楽化したものだそう。これはさすがに音質良好。小粋にノンビリ、Respighiの華麗な管弦楽技法が映える作品でした。意外とありそうで録音は少ないみたい。
「Capri e Taormina(カプリ島とタオルミーナ)」これは高級リゾート地なんだそう。きらきらするような風光明媚な情景が広がる、落ち着いて爽やかな旋律(ワルツ?)。(6:38)
「Lamento」静謐な嘆きは延々、途中から激しいリズムに慟哭もやってきました。(7:05)
「Intermezzo」ほんの息抜きのように可憐なメルヘン。木管が華やか。(1:58)
「Tarantella, "Puro Sangue(純血種)"」サラブレッドのことですか?颯爽と疾走してカッコ良く、華やかに駆け抜ける「Tarantella」は南伊太利の快活な舞曲なんだそう。途中のんびり牧歌的な情景も広がりました。(7:09)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日から連休に入っていたとは自覚しておりませんでした。なんせこちら年中盆と正月生活。毎度眠り浅く早朝覚醒、女房殿は家中掃除してくれて、自分はストレッチ、YouTube体操欠かさず、毎朝食べるたまごが切れていたのでご近所スーパーに往復3kmウォーキングいたしました。天気は上々です。ミラノ五輪フィギュア坂本花織さん銀メダル、これを有終の美と呼ぶのでしょう。今朝の体重は66.6kg▲400g、けっこう喰ったのに減ってほっとしております。
国民民主党の衆院候補者(落選)選挙違反で逮捕とのこと。野党でも危ない方はいらっしゃるのですね。首相の所信表明演説に野次がなかったのは野次将軍が落選したから?とか。自分の意に沿わない話も、まずじっくり拝聴するのは人間として当たり前の行為。するならするで絶妙な間合いや呼吸が必要でしょう。前回、ひどい野次が話題になったのは国民意識とのずれ、野党の敗北は決まっていたのかと感じます。
人手不足のリアル。自分はもう働いていなくて、お仕事関連の情報は入っていないから噂ばかり。首都圏コンビニの深夜営業はほぼすべてガイコク人アルバイトというのはほんまですか。伝統ある中小老舗が跡継ぎがいなくて店仕舞いの話題は伺うけれど、身近では目撃したことはありません。
概ね1−2週に一度、梅田辺りの激安居酒屋に細やかな贅沢をするけれど、つい先日幾度も通った大人気の寿司屋のようすがおかしい。狭いカウンターだけの店は入場制限、席には余裕があります。ちょっぴり待って入ったけれど、店員の対応はやや遅く、素っ気ない感じ。帰るときに気付いたけれど、入口の貼り紙には「人員不足により入場制限させていただいております」〜そうだったのか。アルバイト確保に失敗したのかも。値段も安く料理の味も良かったけどね。
もう一軒、激安居酒屋に寄ったけれど、そこはかなり広いスペースにお客は満杯、アルバイトはたっぷり配置されて、時給は高いのかも?でも、教育とマネージメントが行き届いていない、質が伴わない、注文しようと思っても客と目を合わせない・・・ま、安く、美味しく、さほどに不快でもないけど。
別途以前爺友と通った有名な居酒屋、そこのアルバイトは東南亜細亜系の若い女性が多い。「どこから来たの?」と声を掛けたらミャンマーからの留学生三人だそう。「たいへんでしょ?日本語難しいでしょ」と声を掛けたら笑っておりました。昼酒を早々に切り上げて、自宅最寄りの駅に戻った夕方の蕎麦屋入り口、「人手不足のため注文いただいてから時間が掛かります」とのお知らせがありました。
J.StraussUシャンパン・ポルカ/ワルツ「南国のばら」/ワルツ「ウィーンのボンボン」(1956年)/ Dohnanyi パントマイム・バレエ「ピエレットのヴェール」より第2幕「結婚のワルツ」/Lehar 喜歌劇「メリー・ウィドウ」より「ワルツ」/Waldteufel 「スケーターズ・ワルツ」(1958年)〜アンタル・ドラティ/ミネアポリス交響楽団・・・写真はオリジナル、少々作品の組み合わせが異なります。ウィンナ・ワルツは大好き、維納本場もん!みたいなこだわりもなくて、全世界どこのオーケストラでも楽しく、優雅であればそれでたっぷり作品を堪能できます。Antal Dorati(1906ー1988洪牙利→亜米利加)はウィーンで学んだし、J.StraussUの音楽に基づくバレエ音楽「卒業記念舞踏会」を作曲したりしているから、この辺りの音楽には馴染んでいたことでしょう。端正なアンサンブルに優雅な風情も漂って、亜米利加のオーケストラらしからぬステキなサウンドでした。音質はこの時期にして現在の耳に現役水準でしょう。
途中にシャンパンのコルクを抜く「ポン!」が入るめでたい「シャンパン・ポルカ」(2:40)(個人的にもっとも気に入っている作品のひとつ)「南国のばら」は南の国への憧憬に充ちて、ちょっと生真面目にかっちりとしたスピード感と躍動、思わせぶりなタメもありました。(繰り返し実施/8:45)「ウィーンのボンボン」は仏蘭西趣味なんだとか?優雅な序奏から5つのワルツが気紛れに、颯爽と続きました。これも背筋が伸びたリズムしっかり。(8:07)
Dohnanyi 「結婚のワルツ」は初耳。ティンパニをを多用してかなりアクセントしっかり、Straussとは異なる力強さも感じさせる優雅な名曲でした。(5:49)著名なLehar の「メリー・ウィドウ」はたっぷりゴージャスな郷愁と、回顧を感じさせる軽妙かつ動的にカッコ良いワルツ。(6:24)
Emile Waldteufel(1837ー1915仏蘭西)の一番人気である「スケーターズ・ワルツ」は誰でも知っている、滑らかに氷上を進む旋律。知っているようでなかなか全曲は聴く機会はないものです。序奏のホルンが遠く美しく、陰影あるワルツが床しく歌いました。(7:50)
Beethoven ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調「皇帝」〜グレン・グールド(p)/レオポルド・ストコフスキー/アメリカ交響楽団(1966年)・・・「皇帝」は自分にとってあまりに明るく立派に、前向き過ぎて恥ずかしい、ちょっと苦手系作品。これは幾度聴いているか、わからんほど馴染みの演奏。Glenn Gould(1932ー1982加奈陀)の噛み締めるように明晰なタッチだったら、心より作品を堪能できます。それにストコフスキーのグラマラスな伴奏でしょ?この顔合わせは話題騒然!レコードは売れたやろなぁ。作品より二人の個性に興味が湧きます。独欧系オーソドックスに荘厳な演奏とは無縁の世界。音質はかなり良好。
第1楽章「Allegro」一発ぶちかます立派なオーケストラから、一歩引いて知的なピアノが明晰に応えます。記憶ではずいぶんと遅いテンポに驚いたはず、慣れのせいか、噛み締めるように落ち着いて、曖昧さのない味わいに納得できました。オーケストラの技量的に疑念もあったアメリカ交響楽団(1962年創設)の明るい音色にもさほど違和感はありません。独欧系の渋く、重心の低い荘厳さとは別世界だけれど、急がず激昂せず、悠々としたグールドのまったりとしたノリに痺れました。(21:57)
第2楽章「Adagio un poco mosso」Beeやんが残したなかでも屈指の名残惜しい旋律、ストコフスキーはそっと、たっぷり歌っております。グールドは呟くように浮遊するタッチに落ち着いて、急がない。(9:21)やがて転調して
第3楽章「Rondo Allegro - Piu allgero」そのままフィナーレへ。躍動するロンドのリズム感も噛み締めるようなアクセント、テンポは落ち着いているけれど、停滞感はありません。急がず走らず、たっぷり旋律を感じてまったりしたノリは健在、これは星の数ほどある「皇帝」中特異な個性を発揮した味わい演奏でしょう。(11:14)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
な〜んもせん、ヒマな毎日を過ごして週末を迎えました。曇ってちょっと寒いですね。
金曜日は女房殿が平日介護を終えて戻ってくるけれど(昼間は毎日一時帰宅している)昼からこども食堂のボランティアに出掛けました。立派なものですよ、社会とのつながりがほとんどない自分とは大違い。朝からいつものストレッチ、足腰に効きそうなYouTubeエアロビクス済ませてからトイレ掃除、市立体育館を目指しました。寒いけれど途中の運動公園に例の白梅はしばらく健在、
別に桜色の花がかなり開いて・・・桜には早いですよね。トレーニングルームは女性含めて新顔数人、結果的にいつものメニューは消化したけれど、例のジャージの上に短パンという特異なファッションの(人生の)先輩に、胸筋を鍛えるマシンを先取りされました。それは寝て使うタイプ、予想通り半分寝てしまって20分独占。諦め掛けていたら、エアロバイク15分済ませた時点で無事交代できました。
出掛けに冷蔵庫の残り野菜を圧力鍋に煮込んで5分ほど過熱、火を落としてタオルで包んで保温継続。帰宅したらしっかり味が染みておいしかった。昼飯を喰い過ぎまて膨満感が続いた結果・・・今朝の体重は67.0kg+300g最悪(涙)眠りが浅い睡眠不如意が続くけれど、昼寝で補っております。
国会が始まりました。ちょっと前の話題だけれど、チームみらいの躍進を「陰謀論」と呼ぶ方がいたよう。困った人たちです。自分が信じたくないこと、都合のよろしくないことをすべて「陰謀論」とは、ちょっとヤバい感じ。
先の選挙に比例候補が足りなくなって、おこぼれ議席を預かった他党議席を批判される方には「それが現在の選挙制度の仕組み」と答えるしかない。小選挙区で敗北、比例復活をゾンビ議員と呼ばれる方も同様。じゃ、そもそも49%ほどの投票で86%ほどの議席を取ってしまうのは抜本的問題じゃないのか(小選挙区)でもそれが現状の決まりごと、まずかったら話し合って修正すべきでしょう。でも、選挙に勝って当選した議員さんが選挙制度をつくるんだから、なかなかそれは難物。当面、比例当選された方がその政党から離脱したら議席を失う、そんな仕組みはカンタンにできそうな気がします。
大量当選した自民党議員は多士済々?玉石混交かも。これだけたくさんいれば、思わずヘンな失言議員さんは必ず出てくると予想しております。新人研修もあったそうですね。落選された議員さんは臥薪嘗胆、ここからが人生の踏ん張りどころ。旧立憲落選議員秘書失業500人とは・・・つらいですね。与野党の権力抗争ばかりじゃなくて、これから実際、どんな施策が進むのか注目しております。自民党は殺傷能力のある武器を含む防衛装備品の輸出ルール緩和検討とのこと。ヒステリックではない冷静な熟議を望む。
Debussy 前奏曲集第1巻〜アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(p)(1977年ヴァチカン・ライヴ)
Arturo Benedetti Michelangeli(1920-1995伊太利)の音源は2005年末のHDDお釈迦事件に60%ほど生き残って2006年来、久々の拝聴でした。DGに立派な録音があるから(1978年)ムリして聴かんでもよいような怪しいライヴは雰囲気豊かなモノラル。一度聴きだせば一気に心奪われ、妖しい世界に引き込まれる記録。意味ありげな表題は天才の技による自在なアルカイックな旋律、漆黒の濃厚な静謐と陶酔、盤石なテクニックとライヴの感興に表現されて、息つく間もなくラスト迄たどり着きました。
「デルフィの舞姫たち(Danseuses de Delphes)」(3:24)「ヴェール(帆/Voiles)」(4:31)「野を渡る風(Le vent dans la plaine)」(2:09)「夕べの大気に漂う音と香り(Les sons et les parfums tournent dans l'air du soir)」(3:38)「アナカプリの丘(Les collines d'Anacapri)」(3:08)「雪の上の足跡(Des pas sur la neige)」(4:33)「西風の見たもの(Ce qu'a vu le vent d'ouest)」(3:29)「亜麻色の髪の乙女(La fille aux cheveux de lin)」(2:31)「とだえたセレナード(La serenade interrompue)」(2:34)「沈める寺(La cathedrale engloutie)」(7:05)「パックの踊り(La danse de Puck)」(2:55)「ミンストレル(Minstrels)」(2:40/大喝采有)
Brahms 交響曲第1番ハ短調(プエルト・リコ・カザルス音楽祭管弦楽団/1963年ライヴ)/ハイドンの主題による変奏曲(ロンドン交響楽団/1927年)〜パブロ・カザルス・・・ちょっと威圧感さえある、立派に荘厳な作品はあまりに著名、手許には多くの音源もあって珍しさ(だけ)の音源、音質が厳しいものは諦めるようにしているけれど・・・これはけっこう入魂でした。Pablo Casals(1876-1973西班牙)87歳の記録はちょっと曇り勝ちのモノラル(プライヴェートなテープ復刻だそう)ネットの評には「まるでフルトヴェングラーが指揮しているようなドイツ的な音と生き生きとした表現力」〜そうですかね?
第1楽章「Un poco sostenuto - Allegro」予想外に速めのテンポ、ぐいぐいとした若々しい推進力が若々しい。繰り返しなし。(12:24)
第2楽章「Andante sostenuto」そっと優しい楚々とした語り口はニュアンスたっぷりに揺れて、停滞感はありません。ホルンとヴァイオリン・ソロの掛け合いもしみじみ。コンサート・マスターはシドニー・ハース(シカゴ交響楽団)なんだそう。(9:06)
第3楽章「Un poco allegretto e grazioso」神妙に落ち着いた間奏曲。ここのテンポは遅くはないけれど、たっぷり落ち着いて抑制が感じられました。(5:01)
第4楽章「Adagio - Allegro non troppo ma con brio」じっくりと構えた序奏にはものものしい重厚に非ず、もりもりとした推進力を伴って前のめり。第2主題も爽快だけどホルンの音色はいまいち深みが足りない・・・かも(メイソン・ジョーンズ/フィラデルフィア管弦楽団)あとは「喜びの歌」主題以降は速めのテンポ、精力的に歌って、熱気と勢いを増してアクセントしっかりに疾走します。きっと生演奏では感興の高まりに感慨無量なんやろなぁ、1963年でこの音質水準は残念でした。クライマックスには爽快な爆発が待っておりました。(16:23/盛大なる拍手有)
「ハイ・バリ」は太古SP復刻。交響曲より36年ほど前の音源だけど、音質はあまり変わらない。こちらは悠々とスケールが大きい。「Thema, "Chorale St. Antoni"」2:10-1:29-1:23-1:25-2:14-1:20-1:18-2:41-1:44-「Finale: Andante」2:44
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日も好天。恵みの雨の気配もありません。いつものストレッチ、YouTube体操、洗濯済ませてカット980円(税込み)激安美容院を目指しました。残念ながら六番札、しかも先客は女性三人ヘアカラーだから時間は掛かりそう、待ち時間に食材をちょっぴり入手。少々待たされたけれど、しっかり短く刈っていただきました。往復3kmほど、少しは運動になったことでしょう。今朝の体重は66.7kg+350gは最悪、いろいろ喰った自覚有。本日仕切り直し必須です。
今週のヨーグルトを仕込んだけれど、大切なのは生乳100%の牛乳と種菌にするヨーグルト、今週は生協の宅配を頼まなかったそうで別途牛乳を買ってきたけれど、40円ケチって「加工乳」は微妙に味が落ちる・・・のは当たり前。けど、栄養は変わらんでしょう。
「中国からの団体客の受け入れに特化してきた山梨県富士河口湖町のホテルは閑散としています」との報道。「春節」でも閑散、売り上げも数千万円単位でマイナスとのこと。そりゃそうでしょう、習近平さんが「日本は危ないからいくな」渡航自粛指示、航空便も半減させたから。一本足なチャイナ・リスクは現実ですよ。一方で迷惑観光客が減ってよかったとか、インバウンド・トータルではさしたる影響はないとか、中国人個人客はそれなりに維持されているとか、情報はいろいろみたいです。報道は多面的な切り口が必要。
Mozart ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466(セルゲイ・ゴルチャコフ/1948年)/ピアノ協奏曲第23番イ長調 K.488(アレクサンドル・ガウク/1943年)〜マリア・ユーディナ(p)/モスクワ放送交響楽団・・・Maria Yudina(1899-1970露西亜)は反骨精神に溢れた人だった噂は伺って(スターリンのお気に入りだったとか)時代を勘案するとけっこうな録音が残っておりました。しかし残念、いくつか聴いてみたら音質はほとんど芳しくない。この録音はわりと聴きやすくて、芯のあるピアノのタッチを堪能できました。
Aleksandr Gauk(1893ー1963烏克蘭)は著名な指揮者だけど、Sergey Gorchakov(1905ー1976露西亜)は「展覧会の絵」の編曲に名前を知っている程度でした。これはテンポは自在に揺れて、かなり濃厚に個性的な表現、久々にお気に入り作品を堪能いたしました。
ニ短調協奏曲 K.466は暗い激情が迸る、屈指の人気作品。これは素晴らしいテンションでした。
第1楽章「Allegro」かなりの快速テンポに緊張感たっぷり、あちこち思わせぶりなテンポのタメ、情感に揺れ、楚々と哀しみが疾走するクールなピアノのタッチ。カデンツァも劇的でした(誰の作かは不勉強なのでわからない)。(14:00)
第2楽章「Romance」じっくり腰を据えてたっぷり歌う緩徐楽章。とつとつとしたピアノは浮き立って、曖昧さのない明晰に雄弁。じょじょに熱は高まって力強く、説得力は充分でしょう。(11:49)
第3楽章「Allegro assai」速いテンポに切迫感迫るフィナーレの始まり。途中たっぷりテンポを落として雄弁、その劇的対比と疾走は無慈悲なほど。テクニックの冴え、カデンツァの説得力も尋常ではない。ラストいっそう加速して爽快に全曲を閉じました。(7:40)
イ長調協奏曲K.488は甘い浪漫の旋律を誇る人気作品。これが伝説のスターリンのお気に入り演奏だったとか。オーケストラはわずかに動きが鈍いような気がする。
第1楽章「Allegro」優しく夢見るような穏健な始まりも、ピアノは快速にさっくりとした表情。コロコロと勢いよく進むタッチにに躊躇いもない、曖昧さのないテクニック、そして絶妙のタメが効果的でした。(9:44)
第2楽章「Adagio」前曲でもそうだったけれど一転、入念にしっとり歌う緩徐楽章へ。深く沈溺する緩徐楽章は哀しみに充ちて、ますますテンポを落として、その思いは深まりました。絶品。(7:32)
第3楽章「Allegro assai」予想通り素っ気ないほどの超快速。溌剌として軽妙、わずかなテンポの揺れがニュアンスの変化を伴いながら、晴れやかな熱気に包まれ全力疾走する素晴らしいテクニックに締め括りました。(6:33)ついでに・・・
Berg ピアノ・ソナタ ロ短調 作品1〜マリア・ユーディナ(p)(1964年)・・・1907年の作品も聴いてみました。世間的にはよろしからぬ音質も、スターリン時代の録音の後に聴けばかなり良好と感じるもの。専門筋の方の解説を拝見しても高邁な理論は理解できぬド・シロウト、濃厚濃密ないつものAlban Berg(1885-1935墺太利)の風情に非ず、刺すような硬質な表現に明晰なタッチ。晦渋さを感じさせず、作品の神秘な美しさを堪能いたしました。(9:41)
Tchaikovsky ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調〜セルジオ・フィオレンティーノ(p)/ジョージ・ハースト/ハンブルク・プロ・ムジカ管弦楽団(1959年)・・・この時期にして驚きの鮮明なステレオ録音(LP復刻と類推)。この作品は古今東西一番人気を競うド迫力と、懐かしい旋律を誇る名曲を堪能いたしました。
第1楽章「Allegro Non Troppo E Molto Maestoso-Allegro Con Spirito」 冒頭の野太いホルンからGeorge Hurst(1926-2012英国)率いるオーケストラ(おそらく仮名)は抜群に上手く、Sergio Fiorentino(1927-1998伊太利)のスケールもテクニックの冴え、切れ味も充分にアツいタッチでした。(17:52)
第2楽章「Andantino Semplice-Prestissimo-Andantino」懐かしい旋律にソロが悠々と歌って、オーケストラもていねいなサポートをして、中間部のソロのテクニックの冴えは驚異的。
第3楽章「Allegro Con Fuoco」正確なリズムを刻んで鮮やかな技巧に、機械的にならぬ瑞々しいタッチに疾走するピアノ。オーケストラの迫力も充分、ラストへの追い込みにも余裕を感じさせました。(12:49)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
体調がよろしくなくて身動きできないのか、身動きせずじっとコタツに隠るから体調が悪化するのか、どちらなのでしょう。昨日も睡眠浅く途中覚醒、しっかりいつものストレッチ、最近お気に入り足腰に効くYouTube体操短いの2本済ませて市立体育館へ。いつものゆる筋トレ+エアロバイク有酸素運動実施、帰りちょっぴり食材買い足して帰宅したら体調は良好でした。帰宅して圧力鍋にかぼちゃなど調理しつつ、YouTubeでも眺めようとテレビを付けたら・・・ログインできない。スマホからQRコードを読み込んでもエラーになってしまいます。Firestickの不調なのか、でもAmazon Silk(ブラウザ)やTVerだったら問題なく見られます。再起動させてもアウト、いちど初期設定に戻して、再設定してみようかな・・・なんてしばらく悩んいたら「YouTubeに不具合 ホーム画面やショートタブが不調」とのネットニュースを発見。自分のせいではなかったと理解いたしました。
今朝の体重は66.35kg▲600g。なかなかカンタンには減りません。
人民中国製(Japan Design)激安なんちゃってPHILIPS風シェーバーは毎朝愛用中。最近、異音が出て髭の切れ味がよろしくない。毎日使って未だ半年くらいじゃないのかな、分解して刃の部分を取り外してよ〜く洗ったら異音は消えました・・・でも、切れ味は戻らない、というか、最初っからあまり切れ味はよろしくなかったかも。でも、ま、それなりに使えるから意地でも使い続けますよ。値段数倍の正規品のほうが結局使い勝手、実用性含めて安くつくのかも。絵に描いたような「安物買いの銭失い」、ビンボー症は一生治りません。
メダルラッシュに沸くミラノ五輪。女子カーリングのフォルテウス予選敗退は残念。維新の新人議員が11時間前から並んで国会一番乗りとか、一番乗り福男かな?。話題にして欲しくない。参院では首班指名に立憲5議員造反とか。保守党は高市さんに入れたそう。
Vivaldi「和声と創意への試み」作品8より「四季」〜ルイス・カウフマン(v)/ヘンリー・スウォボダ/コンサート・ホール室内管弦楽団/エドゥアルド・ニース=ベルガー(or)/エディス・ヴァイス=マン(cem)(1947年)・・・音源ファイルの点検整理したら歴史的音源が出現したので、誰でも知っている晴れやかに軽快な名曲を久々に聴いてみました。Louis Kaufman(1905ー1994亜米利加)はハリウッドの映画音楽に活躍した往年の名ヴァイオリニスト。のちに「四季」ブーム〜バロック・ブームがやってくる嚆矢となったこの録音は史上二番目とのこと。作品に馴染みがなかった時代、亜米利加ではよく売れたそうです。かなり以前より聴いていて、2021年には
「昔懐かしいAM放送風水準、やや音像遠くぼんやり」
「テンポは中庸にオーソドックスな表現に違和感はなくて、ポルタメントがスタイル古めかしい」
「ソロの妙技は音色美しく、達者な技巧」
そんな印象でした。
たまたま入手した音源の関係か、音質改善印象は顕著。かなり解像度は高く、低音もしっかり、カウフマンの闊達なソロが際立って、よく歌って味わい深く、時代掛かった大仰な詠嘆表現に非ず、異様な古めかしさも感じませんでした。録音用に集められたニューヨークのアンサンブルもさっくりとして、さほどに違和感は覚えない。通奏低音はオルガン主体、それはおそらく音量小さいチェンバロでは当時の録音技術やバランスが追い付かぬ都合でしょう。専門筋には「少々重い」との声もあったけれど、むしろその厚みのある和音は効果的に、新鮮に受け止めました。緩徐楽章には懐かしい少々メタリックなモダーン・チェンバロも時に登場して、これも興味深いもの。全曲気持ちよく、作品を堪能して一気に聴き通しました。Vivaldi極め付きのの名曲、シンプルな明るい旋律を久々に堪能した気分。
1960年代にレナート・ファザーノ、ルイ・オーリアコンブ、クラウディオ・シモーネなどに馴染んで、ネヴィル・マリナーの新鮮な趣向、アーノンクール辺り以降の過激なリズムを強調した古楽器・・・種々いろいろ聴き重ねて・・・現在に至る。こどもの頃大ベストセラーだったイ・ムジチ(1959年)を再確認するにはちょっと勇気が足りない。不遜にもあまりに聴き過ぎて、少々食傷気味な作品に至ったのが正直なところ。一周回ってむしろカラヤンとかバーンスタイン、ストコフスキーとかオーマンディ辺りは新鮮に感じて、最近意外と聴いているものです。
「春」Allegro(3:06)Largo e pianissimo sempre(2:58)Danza pastorale: Allegro(3:32)
「夏」Allegro non molto(3:18)Adagio - Presto(3:47)Presto(2:57)
「秋」Allegro(4:15)Adagio molto(2:40) Allegro(3:14)
「冬」Allegro non molto(3:23)Largo(2:13)Allegro(2:13)
フィル・アップは
Vivaldi ヴァイオリン協奏曲第8番/ヴァイオリン協奏曲第12番ハ長調RV178/2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ長調RV513〜ルイス・カウフマン(v)/ペーター・リバール(v)/クレメンス・ダヒンデン/ヴィンタートゥール交響楽団(1950年)・・・こちら音質改善顕著。Musikkollegium Winterthurのアンサンブルには厚みもあって入念緻密立派なアンサンブル。かえって、ちょっぴり鬱陶しいほど。カウフマンの技巧の冴えと音色はいっそう際立ちました。Vivaldi作品旋律は類型的だから、聴き馴染みのないこちら3曲のほうが新鮮に感じます。こちら通奏低音にオルガンはありません。Peter Rybar(1913-2002墺太利→瑞西)は有名なコンマス。
「ト短調協奏曲RV332」 Allegro(2:58)Largo(2:57)Allegro(3:49)
「ハ長調RV178」Allegro(3:01)Largo(2:24)Allegro(3:24)
「ニ長調RV513」Allegro molto(6:12)Andante(3:06)Allegro(5:45)
Mozart 2台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K.365/3台のピアノのための協奏曲ヘ長調K.242(2台版)/幻想曲ヘ短調K.608(ブゾーニ編)/4手のためのアンダンテと5つの変奏曲ト長調 K.501〜マレイ・ペライア/ラドゥ・ルプー(p)/イギリス室内管弦楽団 (1990年)・・・Murray Perahia (1947-亜米利加)は健在だけど、Radu Lupu(1945- 2022羅馬尼亜)は既に鬼籍に入りました。録音当時は二人ともバリバリの現役、元気に活躍していた頃。音質極上、二人のピアノは瑞々しい音色、芯をしっかり感じさせるタッチはしっとりデリケート、愉悦いっぱいに漂わせます。ペライア弾き振りのイギリス室内管弦楽団のアンサンブルも、しっとり瑞々しい響きに充実しておりました。ま、この類の録音は皆二人の息は合って当たり前。
変ホ長調協奏曲 K.365は、ザルツブルク時代ラスト辺り1779年の作品とされるもの。姉といっしょに演奏するためのものらしい。
第1楽章「Allegro」2台のピアノが愉し気に語り合って、例の暗転も魅惑の対比際立って魅惑。ていねいな表情付けと躍動に始まりました。(9:38)
第2楽章「Andant」淡々とシンプルに懐かしい緩徐楽章も陰影たっぷり。静かに切なく、落ち着いて豊かに鳴り響くもの。(7:12)
第3楽章「Allegro」心の底から愉悦が湧き上がるようなオーケストラの誘いに乗って、2台のピアノが息を合わせて上機嫌に疾走します。ここも途中暗転に崩れていくところの魅力、そしてシアワセな風情に戻って全曲をノリノリに締めくくりました。名曲。(6:36)
ヘ長調協奏曲 K.242は1776年の作品。のち1780年姉との演奏のために2台用に仕上げたらしい。
第1楽章「Allegro」前曲に比べるとちょっぴり常識的な旋律と感じるけれど、もちろんMozartに駄作なし。上機嫌、悠々優雅に2台のピアノは可憐に対話しておりました。(8:12)
第2楽章「Adagio」ここもシンプルな風情に落ち着いて、小声で語り合うように飾らぬ緩徐楽章。(7:13)
第3楽章「Tempo di Menuetto」穏健に3/4拍子のリズムを刻んで、2台のピアノは細かい音型を呟いて親密。(5:18)
変奏曲ヘ短調 K.608は1791年に作曲された自動オルガンのための幻想曲。Busoniが2台ピアノ用に編曲したものだそう。荘厳な重みに落ち着いて、深刻な旋律が続きました。
「ヘ短調 Allegro」(3:16)「変イ長調 Andante」(4:23)「ヘ短調 Tempo primo (Allegro)」 この辺りほとんどBachみたい(2:33)
アンダンテと5つの変奏曲 ト長調 K.501は1786年の作品。枯れたような静謐、不思議な温かみを感じさせる佳曲でした。Andante(1:15)Variation-1(1:06)2(1:04)3(1:01)4(1:24)5(2:05)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日も佳い天気だったけれど、気温は上がらなかったみたい。ここしばらくずっと眠りが浅く体調はいまいちよろしくない。いつも通りのストレッチ、足腰しっかり鍛えるYouTube鍛錬は短いの三連発、あとは外に出る用事も気力もありません。例のコタツBlach Hallに吸い込まれて、二度と現世に戻れない。食欲はあるから料理はしたけどね。身動きせず喰ってばかリの結末は今朝の体重は66.95kgたった一日で+750g。最悪。
ミラノ五輪フィギュアスケート・ペア「りくりゅう」失意の第5位から大逆転の金!日本人はこういうのに弱いですよ。文句なし。なんか物騒によろしからぬ不快な事件ばかリの世相に、爽やかな風が吹きました。
振り返って日本の政治の話題、衆院副議長に石井啓一さん(公明党前代表)になるらしい。この人は斉藤さんの後釜になると思っていたのに、棚上げ?分裂後にそうなる流れなのかも。国会は自民党の多数を頼んで熟議すっ飛ばして、さっさとやりたい放題進むのやろなぁ、きっと。論戦できる実力派野党議員もかなり減ったし。さっそく「裁量労働制の見直しを表明」(≒働かせ放題/例の「働いて、働いて」ですか)するらしい。これも国民の選択のリアルな結果です。
ちょっとマニアックな話題・・・自分は日本を愛して、若い頃には海外旅行したり、お仕事で出張したこともあったけれど、もう出かけたくない、和食と温泉大好き、国内旅行にしか興味はありません。でも、YouTube動画だったら例えば烏克蘭戦争情勢、露西亜国民のリアルな日常生活、ほんまの中国の景気や生活ぶりには興味があってよく眺めております。日本に在住している外国人の視点、露西亜とか中国、そして欧州に暮らす日本人の”日本へのアツい思い”を新鮮に受け止めております。その流れ・・・
沿ドニエストル共和国(トランスニストリア)とはフツウ誰も知らん国。
美人とワインの産地として有名なモルドバ(摩爾多瓦)共和国関連の話題。じつは下衆な興味で恐縮だけど、日本人と結婚したモルドバ人女性の動画とか、大統領さんが別嬪はんやなぁと感心して、いろいろ調べてみました。
モルドバ(摩爾多瓦)と烏克蘭の境界線あたり川沿いに細長く残る未承認国家沿ドニエストル共和国は1990年創立。露西亜との関係が深く、47万人ほどの人口に1,500人の駐留軍が存在するとのこと。未だレーニンの像が残っているらしい(噂)。実質上露西亜の援助なくしては生きていけない軍事緩衝地帯?ガス代は無料で露西亜より供給され、それはすべて建前上モルドバのツケになってたんだそう。
露西亜による執拗な摩爾多瓦への工作、大統領選挙への介入。目の上のたんこぶである沿ドニエストル共和国の存在は知っていたけれど・・・ここ数年の動きが動画に出ておりました。
例の烏克蘭戦争後、急速に西側へ接近した摩爾多瓦は人口246万、隣国羅馬尼亜との歴史、文化、言語の関係が深いのだそう。既にエネルギーは完全にそちらに依存して、国家統合さえ検討されているそう。
沿ドニエストル共和国は、旧ソヴィエットから摩爾多瓦が独立した時に親露西亜系の住民が分離したそうだけど、頼みの綱だった露西亜の援助はここ数年途絶え、ガスも止まって電力事情も厳しくなったそう。露西亜駐留軍への補給もままならず、大量の軍事物資も老朽化し使い物にならず、実質上身動きできぬ中・・・烏克蘭や羅馬尼亜の支援がじょじょに進み、戦わずして露西亜支配は弱まっているとのこと。
露西亜の飛び地であるカリーニングラード(カントで有名な旧ケーニヒスベルク)も完全孤立化して、露西亜からの物資の搬入は実質上不可能になっているみたい。かつては自由に隣国(波蘭と立陶宛)と行き来していそうだけど、烏克蘭戦争後それもままならぬようになって、にっちもさっちもいかぬようになっているらしい。
平和な日本では預かり知らぬ、厳しい日常が世界にはたくさんありそう。そこにも住民がおります。そんな思いを自分のヒマな生活と対比して思いを馳せたものです。
Bach ピアノ協奏曲第1番ニ短調 BWV1052/Beethoven ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調〜グレン・グールド(p)/ラディスラフ・スロヴァーク/レニングラード音楽院アカデミック交響楽団(1957年ライヴ)・・・写真はMelodiya VICC-2015、実際に拝聴したのはSONYのマスタリング音源、数十年ぶりに拝聴してかなり音質改善された印象でした。Glenn Gould(1932-1982加奈陀)がコンサートから撤退する前、若い頃のモノラル音源。他レーベルではレニングラード・フィルとの表記もあったけれど、自在なソロに比べて、アンサンブルの水準を考えると音楽院のオーケストラが正解と思います。25歳の記録は瑞々しいタッチ、乾いてノリノリのリズム感、いつもの彼の個性が色濃く表出して、後年のステレオ録音に負けぬ魅力が感じられました。
Bach ピアノ協奏曲第1番ニ短調はちょっと深刻にパワフルな風情の作品。20世紀前半に活躍した世代のピアニストにも愛された作品なんだそう。Bachには心より敬愛を念を捧げてきたけれど、この作品の大仰さ、重さはずっと苦手としてきたもの。それでも
第1楽章「Allegro」からグールドの明晰かつまったりとしたノリと乾いたリズム感に、初めて作品の魅力に開眼いたしました。(8:36)
第2楽章「Adagio」淡々と神妙に寂しい緩徐楽章は、しっとりとして重過ぎない。(7:18)
第3楽章「Allegro」哀しみに追い込まれるようなフィナーレ。過不足のない力感と熱気、とつとつとして濃厚な情感が乗らぬ推進力が彼の個性でしょう。(8:31/拍手有)
ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調はBeeやん最初のピアノ協奏曲なんだそう。いかにも若々しく飾りのない、ストレートな闊達に充ちた名曲。伴奏の編成も小さくfl-1/ob-2/fg-2/hr-2+弦。
第1楽章「Allegro con brio」素朴に明るく、語り掛けるように元気のよい風情。1957年録音の伴奏(バーンスタイン)にはちょっと力みを感じて、こちらのほうが伴奏に徹して、ソロは自由自在〜だけど、やはり乾いた風情を感じさせます。カデンツァは自作ですか?(13:43)
第2楽章「Adagio」淡々とした風情に、たっぷりデリケートなタッチ。語り掛けるような緩徐楽章。(8:20)
第3楽章「Rondo: Allegro molto」力強くヴィヴィッドに、剽軽に躍動するフィナーレ。グールドは流麗な技巧にライヴならではノリと熱気、スロヴァークもがっちりリズムを刻んでパワフルでした。(6:03/拍手有)
Brahms ピアノ協奏曲第1番ニ短調/間奏曲ロ短調 作品119‐1〜ハーディ・リットナー(p)/ヴェルナー・エールハルト/ラルテ・デル・モンド(2011年)・・・前回拝聴は2013年、ちょろ聴きしたのみ。Hardy Rittner(1981-独逸)は作曲された当時の1854年製エラール・ピアノ使用。Werner Ehrhardt(1957-独逸)はコンチェルト・ケルンのヴァイオリニスト、2004年にArte del mondoを自ら創設したそう。これがBrahmsが実際に耳にした響きなのか、そう考えると興味深いもの。二管編成だけどとっても立派に、巨大に響く例のBrahmsのマジック、ここでは剛直なはずのピアノは木質に響いていつもより親密でした。音量は低いのかも。古楽器アンサンブルの人数は多くないと思うけれど、これはけっこう厚みのあるサウンドに、さほど迫力不足を感じさせない。
第1楽章「Maestoso」まるで抗えぬ運命!そんなオーケストラ怒涛の始まりも控えめな音量と押し出し。諄々と参入するピアノも腰のないサウンドに素朴な音色にキレが足りない、雄弁なはずのホルンもずいぶんとジミな印象・・・そう感じるのはモダーン楽器の刷り込みでしょう。薄い響きに緊張感とテンションは充分、馴染とは違う親密な景色をたっぷり堪能いたしました。(20:11)
第2楽章「Adagio」とつとつと素朴に響くピアノと、弱音の古楽器伴奏が緩徐楽章には似合う。精一杯の詠嘆も刷り込みが近現代の立派な響きが刷り込みだから、それは控えめに響いて落ち着いた陶酔が快いもの。(12:17)
第3楽章「Rondo. Allegro Non Troppo」は怒涛の進軍!風始まりが、いつになく優し気に落ち着いてマイルドな味わい。ちょっと弱く感じるくらい。でも推進力、緊張感は充分、詠嘆は雄弁に非ず語り掛けるように軽快、柔らかい響きでした。(12:16)
「Intermezzo」これは淡いタッチが、寂しげな風情の作品に似合っておりました。(3:46)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日も佳い天気。凸凹はありそうだけど、こちらの天気予報はしばらく好天が続くそうです。世間ではインフルエンザB型が大流行りなんだそう。AとBがどう違うのかはわかりません。そして渇水はあちこちそうとうに影響が出ているみたい。
朝一番のストレッチ、短いけど足腰に効きそうなYouTube体操済ませて市立体育館迄2km、道中も風は冷たくない。トレーニングルームは常連メンバー少数、バーベルチームも休み、いつものゆる筋トレ+15分のエアロバイク最中背中にしっかり汗をかきました。帰りスーパーに寄って食材補給して帰宅して洗濯は外干し、気持ちよく干せましたよ。あとはヨーグルトを仕込んだり、前日いまいちだった体調は昼寝も加えて快復いたしました。今朝の体重は66.2kg▲500g。買い物に寄ったスーパーにてクリームを挟んだクロワッサン特売! 昼に二個喰ってしまったけれど、何とか減らせました。
朝、大学の親しい同期(女性)よりLINE有「手術を終えて無事退院した」と。紅顔の美男美女も半世紀経てば厚顔な爺婆に至って、あちこち不具合が出てきますよ。若い頃の彼女は骨太、酒も強かった!幾度か以前に言及したけれど、手首の骨折から始まって、右脚だっけ?複雑骨折に入院して、典型的な骨粗鬆症、運動不足だったんじゃないのかな?無事それも癒えて、昨年11月「唐津くんち」に数人訪問すべく準備していたけれど、途中からLINEの投稿や反応がなくなって・・・じつは大動脈解離に入院していたとのこと。幸い本番迄に快復して、無事お祭りに合流して案内してもらった・・・ことは以前に書きました。
更に術後の検査に動脈瘤発見、いつ爆発してもおかしくない状態だったそう。今回カテーテル手術して人工血管置換は成功、退院。既に体内よりアルコール消毒を始めて・・・大丈夫か?もう病気の百貨店状態、ことし70歳ですよ。お互い未だ先は長い(嘆息)。
Chopin ピアノ・ソナタ 第1番ハ短調 作品4(マリア・ウィルコミルスカ(p))/チェロ・ソナタ ト短調 作品65(カジミエシュ・ウィルコミルスキ(vc)/マリア・ウィルコミルスカ(p))(1960年)・・・Polish Radio/Polskie Nagrania Muza制作によるChopin全集より2枚目。Maria Wilkomirska(1904-1995波蘭)は初耳、Kazimierz Wilkomirskiもネットより情報は詳細探せないけれど、おそらくピアニストの旦那「ポーランドの重鎮」とのコメントが付いておりました。旧ソヴィエット時代の録音がいくつか探せました。ぴかぴかとはいかぬけれど、中低音しっかり、しっとり落ち着いて聴きやすい音質であり、ピアノでした。
切なく甘い旋律2曲連続。
ピアノ・ソナタ 第1番ハ短調は1827年17歳頃の作品。甘さ控えめな嘆きに、素直な旋律がなかなか魅惑の旋律でした。ウィルコミルスカのピアノには落ち着いて、流麗ではない。
「Allegro maestoso」楚々とした哀しみが呟いて、淡々とした歩みに気分は揺れ動く始まり。(9:46)
「Menuetto」穏健軽妙に始まるメヌエットには、わずかに陰りが感じられました。(4:32)
「Larghetto」甘く夢るように揺れる安らぎの緩徐楽章。ここは絶品。(4:22)「Finale: Presto」低音が効いて足取りしっかり、不安な情感高まるフィナーレ。(6:55)
チェロ・ソナタ ト短調は1846年、多くのチェリストに愛されて録音も多い36歳の作品。ウィルコミルスキは思わぬ抑制に内省的、大柄にぎらぎらさせぬデリケートなチェロでした。むしろピアノが激情に走って雄弁、作品そのものがそういった造りなのかも。
「Allegro moderato」重厚に深刻なピアノから始まって、チェロは哀しみを呟くように抑制されたジミな歌が続きました。(10:19)
「Scherzo: Allegro con brio」不安に、上機嫌に、揺れるスケルツォ(4:47)
「Largo」優しい子守歌のような緩徐楽章(3:39)
「Finale: Allegro」情感を抑えた甘美な哀しみを、静かに、流れるように歌うフィナーレ。この辺りの旋律の多彩さに作品の熟達を感じさせました。(6:22)
Rossini 歌劇「絹のはしご」序曲(ベルリン・フィル/1950年)/歌劇「セミラーミデ」第1幕 序曲/歌劇「ブルスキーノ氏」第1幕 序曲(RIAS交響楽団/1951年)/歌劇「アルジェのイタリア女」 第1幕 序曲(ベルリン・フィル/1949年)/歌劇「タンクレディ」第1幕 序曲(RIAS交響楽団/1952年)/歌劇「泥棒かささぎ」序曲(RIAS交響楽団/1953年)/歌劇「セビリアの理髪師」序曲/歌劇「ランスへの旅」序曲(RIAS交響楽団/1954年)
Bizet 歌劇「カルメン」より組曲第1番(「Marche du toreador(闘牛士の行進)/前奏曲」「Les dragons de Alcala(アルカラの竜騎兵)」「Intermezzo(間奏曲)」「Aragonaise(アラゴネーズ)」)/第4幕「Farandole(ファランドール)」/「Pastorale(パストラーレ)」/「Danse bohemienne(ボエミア風舞曲)」/「Prelude: Les Toreadors(前奏曲/闘牛士たち)」(ベルリン放送交響楽団/RIAS合唱団/1956年)〜フェレンツ・フリッチャイ・・・伊太利歌劇の序曲集はあまり好んで聴かないけれど、細部旋律にはけっこう馴染んでおりました。どれも類型的なだけど闊達にノリノリの名曲ばかり。これはなかなかオモロい趣向の寄せ集め。モノラルだけれど音質それなり、ベルリンの2団体それぞれ揃えて抜群に上手くて、歯切れのよろしいスピードと重量感。伊太利辺りとはずいぶんと違うかっちりとした集中力でした。
軽やかに明るくスウィングして勢いのある「絹のはしご」はベルリン・フィルの音色が艶々(5:54)ワクワクするようにクレッシェンドする「セミラーミデ」(11:19)ちょっと小粋な始まりから疾走する「ブルスキーノ氏」(4:26)は響きがちょっぴり濁るけれど、RIAS交響楽団のホルンはベルリン・フィルに負けませんよ。モウレツに上手いオーケストラに、かっちりとしたリズム感と硬質なアンサンブル。
「アルジェのイタリア女」はゆったりとした歩みにオーボエが寂しく歌って、やがてスピードに乗る、と云ったパターン。ちょっとユーモラスな作品ですね。ベルリン・フィルの響きの厚みと洗練、重みはやはり違う。(8:07)「タンクレディ」はMozartの交響曲のような序奏から弱音にデリケートな快速へ(5:09)「泥棒かささぎ」は堂々たる入場行進のような始まりから、堂々たるスケールに疾走いたしました。(8:56)RIAS交響楽団もパワフルですよ。
「セビリアの理髪師」は「フィガロ」前の筋書き、珍しくRossiniでは唯一全曲に馴染んでいるオペラでした。そのままなんでも屋の理髪師・フィガロの自己紹介に突入!したい、沸き立つような勢いに疾走する魅惑の作品・・・もともとは歌劇「パルミーラのアウレリアーノ」序曲(こんな作品見たことも聴いたこともない)からの流用だったのだそう(Wikiより)(7:11)ラスト「ランスへの旅」は堂々たる歩みに始まり、やがてノンビリとした風情にテンポを上げてました。(8:04)
「カルメン」の選曲がちょっと凝っていて、これも西班牙情緒たっぷりに硬質なリズムを刻む立派な演奏。音質も良好。てっきり1951年の全曲録音からの抜き出しかなと思ったら別録音でした。第1組曲は馴染みの順番配置とは違いました。なかなか厚みのある響き。(3:52-1:43-2:43-2:13)
オペラの版のことにはとんと疎いけれど、第4幕にバレエのシーンがあって、たしか仏蘭西オペラでは必須なんですよね。「ファランドール」は「アルルの女」にも登場、「Pastorale」には合唱が入ります。「Danse bohemienne」はハープとフルートが静かに始まって、テンポ・アップして興奮を高めるところ。ラストは「Prelude: Les Toreadors」闘牛士たちの晴れやかに勇壮に、金管がカッコよい入場の高揚に幕を閉じました。とても考えられた楽曲配置でした。(1:17-2:10-3:03-4:05)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
また新しい一週間が始まりました。昨日日曜も眠り浅く、体調はいまいち。肩が微妙に凝っております。朝一番に洗濯して、ストレッチ、YouTube鍛錬済ませてコタツに吸い込まれました。外の天気は良くて、最高気温は17度C迄上がったそう。このまま春がやってくるのか、三寒四温はありそうな感じ。全国あちこちで水不測の話題もあって、こちらはいまのところ大丈夫のようです。大阪の繁華街には物騒な刺殺事件。またまた中国籍の方?とんでも交通事故もどこか発生したようでした。
今朝の体重は66.7kg+100g、じっと身動きせず菓子喰ってフツウの食事でしたから。
ネットに情報に頼る人々が増えているらしいけど・・・要注意〜それと関係あるのかどうか知らんけど、特殊詐欺の被害は増えて20ー30代が多数になってきているとの報道。お年寄りには対策が進んで成功率が落ちたのか、若い世代のほうがネットSNSに慣れている分、騙しやすいのか、その辺りの事情はいかがでしょうか。
おそらくは若い世代はあまりカネを持っていなさそうだけど、一攫千金を狙ってなけなしの雀の涙もなくしてしまったのか?平和な日本だから世間知らずなのか、根が真面目なのか、ネットに慣れているからこそ、それを信じてしまうのか。警察からです!との動画に一番騙されるのはその世代なんだそう。自分は固定電話を早くに廃止したし、スマホの扱いも苦手だったせいか、幸い怪しい誘いに出遭ったことはありません。
Ravel クープランの墓/バレエ「マ・メール・ロワ」/逝ける女王のためのパヴァーヌ〜ルドヴィク・モルロー/OBC バルセロナ交響楽団(2023年)・・・Barcelona Symphony and Catalonia National Orchestraと Ludovic Morlot(1973-仏蘭西)の顔合わせによる趣向を凝らしたRavel作品録音。音質極上、オーケストラも思わぬデリケートなアンサンブルでした。現役の指揮者、新興のオーケストラを確認するのも音楽ファンとして必須の心掛け・・・のつもり。
「クープランの墓」はピアノ作品(1919年)より管絃楽化された時に2曲抜いて、順番も入れ替えておりました。ここではKenneth Hesketh(1968-英国)の編曲2曲を加えて、順番もオリジナル通り演奏しております。例のくるくるとオーボエが歌う「Prelude」が夢見るように始まって、次は「Forlane」の妖しくも軽妙、気怠い付点のリズムと思ったら、息を潜めるような「Fugue」が管楽器の絡み合いに続いて、馴染とは風景が違うのも新鮮。あとは愉快に優雅なな舞曲が続いて、いつもは闊達な「Rigaudon」で締めくくるけれど、ラスト「Toccata」、ちょっぴり不安にゴージャスな勢いがやってまいりました。
Prelude(3:41)Fugue (arr. K. Hesketh)(3:29)Forlane(5:51)Rigaudon(3:20)Menuet(4:47)Toccata (arr. K. Hesketh(4:20)
「マ・メール・ロワ」のピアノ連弾版は1910年初演、一般にそれをそのまま管絃楽化した組曲版の演奏機会が多いけれど、ここではバレエ版(1912年初演)「前奏曲」「紡車(ぼうしゃ)の踊り」複数の「間奏曲」が新たに加えられているそう。美しく静謐、メルヘンな旋律はできるだけたくさん聴きたいものです。淡いサウンドはなかなか雰囲気豊か、ラスト「妖精の園(Le jardin feerique)」の大団円に全曲締め括って満足。
「前奏曲(Prelude)」(3:02)
第1場「紡車の踊りと情景(Danse du rouet et scene)」(2:24)「間奏曲」(1:16)
第2場「眠れる森の美女のパヴァーヌ(Pavane de la belle au bois dormant)」(2:24)「間奏曲」(0:56)
第3場「美女と野獣の対話(Les entretiens de la belle et de la bete)」(4:03)「間奏曲」(0:44)
第4場「親指小僧(Petit Poucet)」(3:05)「間奏曲」(1:35)
第5場「パゴダの女王レドロネット(Laideronette, imperatrice des pagodes)」(3:23)「間奏曲」(1:17)
終曲「妖精の園(Le jardin feerique)」(3:19)
静謐無垢清潔な「Pavane」。このオーケストラはさほどに色気のあるサウンドに非ず、誠実な響きに祈るような風情を堪能いたしました。(6:12)
Schubert 交響曲第9番ハ長調〜カレル・アンチェル/ベルリン放送交響楽団(1957年)・・・Karel Ancerl(1908ー1973捷克)による珍しい顔合わせ、音質はまずまず良好なモノラル。旧西独逸の放送交響楽団(現ベルリン・ドイツ交響楽団)?もしかしてこの器用じゃない響きはRundfunk-Sinfonieorchester Berlin、旧東側のオーケストラかも。最近では第8番と呼ばれる(らしい)古典的二管編成+ティンパニによる巨大、夢見るような歌謡的旋律が延々と続く美しい作品。自分は中学生時代フルトヴェングラーとの出会い以来のお気に入り作品だけど、これと「未完成」以外第1−6番は現在に至る迄ずっと宿題として、情けなく旋律にあまり馴染んでいない粗忽者。繰り返しは馴染のパターンでしょうか。閑話休題(それはさておき)
第1楽章「Andante - Allegro ma non troppo」は神妙な序奏、冒頭のホルンの音色は微妙だけど、テンポは中庸、パワフルだけどジミな骨太サウンドにちょっぴり粗野、落ち着いて剛直な推進力に主部に突入して、けっこう重量級に歌っております。ラストが素っ気なく、すとんと終わるのがオモロい。(13:40)
第2楽章「Andante con moto」この途方にくれた緩徐楽章は、かなり力強いアクセントを刻んで甘さ控えめ、しっかりとした歩みに劇的でした。(13:28)
第3楽章「Scherzo. Allegro Vivace」粗野なスケルツォはヴィヴィッドに躍動して、アクセントはしっかりとした推進力、ここもパワフル。(9:01)
第4楽章「Finale. Allegro Vivace」テンポは一貫して中庸、アンサンブルは少々粗く流麗に非ず、泥臭いサウンドに推進力は充分にノリノリ、手応え充分な熱気を感じさせました。(10:49)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
気温は上がって日差しも春の兆しに白梅も美しいけれど、このまま暖かくなって下さるでしょうか。昨日土曜もいつも通りのストレッチ、YouTube立ち腹筋鍛錬済ませてから市立体育館を目指しました。土日常連お仕事現役メンバーの到着は遅れたから、トレーニングルームは空いて、ゆっくりゆる筋トレMyメニューを消化できました。帰宅したら女房殿は前夜ゆっくり眠れて体調良好、居酒屋に出掛けたいとのこと。いつものコミュニティバスに乗って北新地を目指しました。寿司先頭に居酒屋メニューかなり喰って酒少々、女房殿の慰労ですよ。土曜の昼間、激安居酒屋は若い人たちに溢れて賑やかでした。今朝の体重は66.6kg+250gも仕方がない。
LINEのブロックのやり方をネットに検索しました。飛び込みで入った居酒屋がLINE登録して注文するシステム、残念ながら価格とメニュー、サービスに佳き印象を得られなくてすぐ出たんだけど、それ以来削除しても時々復活する・・・ブロックが必要なのですね。知らんかった。
該当のアカウントのトーク画面〜右上の三本線をタップ〜【ブロック】選択すれば完了とのこと。いろいろお勉強になります。なんせその辺り、疎いもので。
女房殿が発見したんだけど、話題の高市首相と自分の誕生日は同じなんだそう(ちょっぴり年齢は違うけれど)。あまり深く先行きを考えず、勢いで乗り切ってそれなり〜その辺りが似ているのか、いないのか。ちなみにオール阪神、チャン・ドンゴンも同じだそうです。
Mozart ピアノ協奏曲第23番イ長調K.488/ピアノ・ソナタ第13番 変ロ長調K.333(315c) 〜ウラディミール・ ホロヴィッツ(p)/カルロ・マリア・ジュリーニ/ミラノ・スカラ座管弦楽団(1987年)・・・これは幾度も聴いているお気に入り。Vladimir Horowitz(1903ー1989烏克蘭→亜米利加)による、Mozart馴染の名曲はいつもと雰囲気違って、ちょっと異形に華やか、浮き立つように流麗な風情を堪能できました。バブルの余韻冷めやらぬ1990年、お仕事で伊太利亜に行った時、ミラノのリコルディ前でジュリーニとすれ違ったし、商社の方と昼食を摂った小さなレストランにはホロヴィッツの写真とサインがありましたっけ。
イ長調協奏曲K.488は夢見るように美しい、もしかしたら一番人気、うっとり浪漫香る旋律を誇る名曲。作品のテイストよりホロヴィッツの個性溢れる甘美な音色に流麗、哀しく甘い「Adagio」はいっそうセクシーでした。ソロも伴奏も余裕に軽く流すような感じ、ホロヴィッツの表現が雑だという声も伺ったけれど、これでよいのですよ。スカラ座のオーケストラもしっとり、音質も極上。
第1楽章「Allegro」(10:22)第2楽章「Adagio」(5:36)第3楽章「Allegro Assai」(7:55)
変ロ長調ソナタK.333(315c)は1783-4年頃、「リンツ」交響曲と同時期の作品らしい。馴染みの可憐な旋律はいつになくしっとり、憧憬に充ちて清潔なMozartらしからぬ、名残惜しく瑞々しく、陰影豊かな官能性さえ漂う流麗なピアノ。作品を別な方向から光を当てて、これはこれで新鮮に受け止めたものです。
第1楽章「Allegro」(10:47)第2楽章「Andante Cantabile」(9:46)第3楽章「Allegretto Grazioso」(3:02)
Debussy 前奏曲集第1集〜モニク・アース(p)(1962-63年)・・・この自在にアルカイック、天才の妖しい旋律との出会いはこのMonique Haas(1906-1987仏蘭西)の旧録音。幾度も聴いているお気に入り。世評はさほどに高くないみたいだけれど(曰く”フツウの演奏”とのこと)音質もよろしいし、自在に妖しくもアルカイック、気紛れな天才の旋律を瑞々しいタッチにたっぷり堪能いたしました。ERATOの再録音があったと思うけれど、最近見掛けません。
「デルフィの舞姫」(3:22)「ヴェール(帆)」(3:10)「野を渡る風」(2:14)「夕べの大気に漂う音と香り」(3:31)「アナカプリの丘」(3:10)「雪の上の足跡」(3:59)「西風の見たもの」(3:13)「亜麻色の髪の乙女」(2:46)「とだえたセレナード」(2:29)「沈める寺」(6:38)「パックの踊り」(2:51)「ミンストレル」(2:11)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
全国的に天気はよろしくて、大量の積雪があったところでは雪崩の心配もあるそう。ミラノ五輪に失格となったスケルトン烏克蘭の選手、決まりとは云えちょっと残念な感じ。中道代表に小川淳也さん就任、いずれビンボーくじというか、先行きタイヘン、泉さんの出馬自粛は賢い判断でしょう。分裂は近いと思います。テレビ生放映はまったくなかったとは冷たいもの。大勝ちした自民党は4年間解散しないでしょうね。
本日バレンタイン、引退爺には無縁の日。若い世代にもちょっと低調との噂を伺いました。うっかりして、4歳上の兄(73歳)息子の誕生日(41歳)も過ぎておりました。いくつになっても年齢を重ねることはめでたいものです。週末を迎えて例の如く眠り浅く早朝覚醒、ストレッチ、YouTube体操、トイレ掃除洗濯も済ませて、いちおう圧力鍋に大根やジャガイモ等残ったものをコンソメで煮たり・・・退屈でヒマな毎日を過ごしております。食材買い漏れた分は平日介護を終えて戻ってくる女房殿にLINEでお願いしました。終日引き隠もって身体は動かさず、しっかり夕食は調理、かなり喰った自覚はあっても今朝の体重は66.35kg+200g。これから鍛えてきましょう。
前日市立体育館帰り、太もも脚腰に顕著な疲労感があって、体感病的ではなくてほんまの筋肉痛みたい。思い当たる節はここ数日気に入って繰り返している「【楽しく腹筋4分】YOASOBIさんの「群青」に合わせてノリノリで楽しくダイエットやぁあああ!!」これが中腰やひねり、けっこう効いている手応えがありました。
日々、ストレッチや体操をしているけれど、所詮我流、知らず不得意な動きは避けているのかも。なにごとも専門家の指導に謙虚に従うのは大切なことでしょう。
Bach チェンバロ協奏曲第3番ニ長調BWV1054/チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056/チェンバロ協奏曲第6番ヘ長調BWV1057/フルート、ヴァイオリンとチェンバロのための三重協奏曲イ短調BWV1044〜フランチェスコ・コルティ(cem)/イル・ポモドーロ(2020年)・・・ソロは知らぬ名前ばかりなので手抜き省略。ここ最近録音も多い人気の伊太利の古楽器アンサンブルとか。来日もしております。Francesco Corti(1984-伊太利)はルーヴル宮アンサンブルとかZefiro、BCJにも参加していたそう。
躍動するBach、勢いもキレもあってノリノリ、肩の力が抜けて余裕の演奏ぶり、音質とも最高!古楽器もほんまに技術的に成熟いたしました。ひと昔前のやたらと力んで、リズムにエッヂを立てた演奏も懐かしいけれど、ザラリと味わい深い音色は軽妙に、洗練された演奏が続きます。
チェンバロ協奏曲第3番ニ長調BWV1054は、ヴァイオリン協奏曲ホ長調 BV1042と同じ旋律、優雅に牧歌的、ノンビリとした作品はアクセントたっぷりに躍動しております。ヴァイオリンよりチェンバロのほうが作品旋律は映えると感じます。
「Allegro」(7:31)「Adagio e piano sempre」(6:06)「Allegro」(2:37)
チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056はちょっと暗い風情。オーボエ協奏曲ト長調としても有名、「Largo」の落ち着いた安寧の旋律がお気に入り。
「Allegro」(3:26)「Largo」(2:50)「Presto」(3:43)
チェンバロ協奏曲第6番ヘ長調BWV1057は著名なブランデンブルク協奏曲第4番ト長調BWV 1049の異稿。2本のリコーダーが華やかに活躍して、ヴァイオリンの超絶技巧ソロがチェンバロに置き換わっておりました。
「Allegro」(6:46)「Andante」(2:58)「Allegro assai」(4:45)
三重協奏曲イ短調BWV1044は落ち着いて、味わい深い旋律。骨太に豊かに響くMarcello Gattiのフルートが魅惑でした。
「Allegro」(8:12)「Adagio ma non tanto e dolce」(6:03)「 Alla breve」(6:38)
Stravinsky バレエ音楽「火の鳥」(全曲/ピアノ版)〜イディル・ビレット(p)(2002年)・・・Idil Biret(1941-土耳古)はNAXOSにChopin全集など膨大なる録音を残した人。これは作曲者自身による2010年版全曲のピアノ版録音。意外と他ではあまり見掛けぬ録音と思います。彼女は「幻想交響曲」ピアノ版も録音しておりました。
多彩な管弦楽をピアノのみに表現する難しさ、もちろん超絶テクニック必須。ビレットのタッチはちょっと硬質に無機的なイメージがあって、ここでは作品にそんな表現が似合っているかも。細部迄馴染んだ魅惑のメルヘン旋律は華やか、作品の骨組みが透けて見えるようであり、脳内では管弦楽の色彩を補って堪能いたしました。たしかに超絶技巧、それは流麗スムースな風情に非ず、ド・シロウト耳にも、うぁ、タイヘンそうやなぁと感じるほどに壮絶なテクニックを全曲堪能いたしました。
導入部(3:53)カスチェイの魔法の庭園(2:49)イワンに追われた火の鳥の出現(2:25)火の鳥の踊り(1:44)イワンに捕らえられた火の鳥(1:00)火の鳥の嘆願(6:46)魔法にかけられた13人の王女たちの出現(3:07)金のリンゴと戯れる王女たち(2:46)イワン王子の突然の出現(1:31) 王女たちのロンド(4:43)夜明け(2:01) 魔法のカリヨン、カスチェイの番兵の怪物たちの登場、イワンの捕獲(2:59)不死の魔王カスチェイの登場、カスチェイとイワンの対話、王女たちのとりなし(3:33)火の鳥の出現(0:35)火の鳥の魔法にかかったカスチェイの手下たちの踊り(0:52)カスチェイ一党の凶悪な踊り(5:21)火の鳥の子守歌(2:49)カスチェイの死、深い闇(1:44)カスチェイの城と魔法の消滅、石にされていた騎士たちの復活、大団円(4:10)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日は佳き天気。市立体育館途中も爽やかな空気、白梅も満開でした。睡眠不如意、早朝覚醒は続いているけれど、体調は悪くない。なんせヒマな引退生活、昼寝で補えばよろしい。ストレッチとYouTube鍛錬もいつも通り、トレーニングルームのゆる筋トレも変わりなく実施済です。今朝の体重は66.15kg▲550g。
マスコミの評判はよろしくなくて、ネット情報を頼る人々が増えているらしいけど要注意。具体的な数値の裏付け、統計やエビデンスのない「雰囲気のみ」の動画は印象操作、仮に数値が出ていても複数ソースからの裏付け確認は必須でしょう。更にネット情報や動画は似たようなものが集まるアルゴリズムだから、それが世間の多数派!そう思い込んでしまうこともありがち。読みの誤りだらけ(音声自動読み上げ)の動画は信ずるに足りない。
中国人の団体旅行のキャンセルが相次ぐ中、春節期間、日本への個人旅行に回復の兆しがみられるとの報道。はぁ、そうですか、といったところだけれど、これは実際に京都の観光地に行ってみないとわからない。鎌倉の踏切はいかがでしょうか。別な記事では京都レンタル着物店「中国本土から来られる団体のお客様は明らかに減りました・・・見かけなくなった」とのこと。
オモロいのは「回復」とのニュースへのコメントに「非常に残念 」との反応、せっかく静かな観光地になると思ったのに、という趣旨らしい。ま、マナーさえを守ってくだされば(それが難しいところだけど)それはそれでよろしいじゃないですか、日本を愛して、 政府の意向に反して来日するんだし。
中国では大不況、習近平体制の揺らぎ、相次ぐ幹部の失脚、そんな動画もたくさん上がっているけれど、ほんまでしょうか。政治権力闘争の話題さておき「もう中国経済は壊滅!」「春節の高速鉄道はがらがら」「商品は全然売れない、史上最悪の春節」そんな動画についても検証が必要。なんせ中国は広いし、人口も多いから地域格差は大きいかも知れません。良いところも悪いところもあるかも知れない。必死に勉強して大学出た挙句、若者に就職口が足りないのは事実のようですね。裕福な階層は存在するのでしょう。問題は日本では想像もできないスケールで地域格差、貧困格差があるはず。
Beethoven 序曲「エグモント」/交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」〜ジョージ・セル/チェコ・フィル(1963年ライヴ)・・・「すっきりしすぎて味わいに乏しい」とはネット上のご意見。ま、表現嗜好は人それぞれですから。期待したほど音はよろしくないし、オーケトラの響きにも緻密さを欠くけれど(ホルンのヴィヴラートは魅惑)峻厳に引き締まってすっきりしているのがGeorge Szell(1897ー1970洪牙利→亜米利加)の個性ですよ。浪漫派の幕開けを告げるパワフルな名曲はたしかに手応え充分。
でもなぁ、1957年のほうが音質もよろしいし、クリーヴランド管弦楽団のほうがずっと上手いから、これは必要ないかも。「エグモント」含めて立派な演奏だけど、ちょっと残念。
序曲「エグモント」(8:51)
交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」/第1楽章「Allegro con brio」(15:20)第2楽章「Marcia funebre: Adagio assai」(15:35)第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」(5:43)第4楽章「Finale: Allegro molto」(12:20/長い拍手入り)
Mahler 交響曲第9番ニ長調〜チョン・ミョンフン/ソウル・フィル(2013年)・・・鄭 明勲(1953-韓国→亜米利加)もヴェテランの年齢に至りました。ソウル・フィル(ソウル市立交響楽団)の音楽監督在任は2005-2015年、この時期にDGと意欲的な録音が続いておりました。2027年よりスカラ座の音楽監督就任が予定されているそう。音質極上、オーケストラは弦も管も技量に優れた立派なアンサンブル、ネットではいくつか高い評価も見掛けました。トラブルがあってチョン・ミョンフン辞任後、ソウル・フィルの技量は維持されているのでしょうか。
この巨大なる名曲には深い諦念と陰影ある情感、情熱を求めたいけれど、ややおとなしくて素直、起伏が足りない印象。おそらくソウル・フィルは技術的に優れても、固有の色合いや個性が足りないのじゃないか、そんな類推をしつつ幾度か聴き込んでいくと、その誠実に洗練された仕上げに好感を抱くように至りました。
第1楽章「Andante comodo」中庸のテンポに、諦念とため息が漏れる静謐な始まり。ていねいに慎重な仕上げは艷やかに美しいけれど線は細い印象でした。スムースな情感の高揚に軽さがあって、もうちょっと凄みとかアクが欲しいけれど、爽やかなキレはしっかり。(28:18)
第2楽章「Im Tempo eines gemachlichen Landlers - Etwas tappisch und sehr derb」洗練されたサウンドにテンポは速め、弦にていねいなアクセントがあっても素直に軽い。けっこう上手いオーケストラだけど、もうちょっと暴力性が欲しいところ。ラストのテンポアップもどこかクール。(14:55)
第3楽章「Rondo-Burleske: Allegro assai」ちょっと軽量、快速のスケルツォ。かっちりとしたアンサンブルに勢いもあって、端正に洗練された生真面目さを失わぬスケルツォ。ラストの追い込みにはちょっと落ち着きが足りない。(12:42)
第4楽章「Adagio - Sehr langsam und noch zuruckhaltend」テンポは適性を感じさせ、万感胸に迫る弦は充分な洗練と深み。濃厚な詠嘆に揺れぬ清潔なフレージングが続いて、重くならない。弱音はデリケート、テンションは落ちないけれど、クライマックスでの力感には少々不足して素直過ぎな淡いサウンドに、感銘はしっかり受け止めました。(24:01/拍手なし)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
連日寒いけれど、その気になれば外出はできます。昨日もいつもの早朝覚醒、ちょっぴり二度寝してからいつもの時間に起きだしたら外は雨、ストレッチ、短いYouTube体操済ませて、洗濯は室内干し。野菜先頭に食材は切れていて買い物必須だけど、外には出たくない。朝はコンピューター/オーディオ部屋にエアコン暖房入れて音楽少々、そのあとはコタツBlack Hallに吸い込まれて二度と出られない。ま、冷凍庫にはなにかしら喰えるものもありますし。お礼に大量にいただいた柿の種はもう飽きました・・・
・・・そんな生活ではあかん!ちょっぴり居眠りして昼には雨は小降りになったので、業務スーパーへ往復3.7kmウォーキング、一日分の目標運動量の足しにはなったことでしょうか。帰宅して煮豆を炊いたり、料理を仕込んでいる最中、二種ほど買い物忘れを思い出しました。幸い味は思ったように仕上がって、一時帰宅した女房殿が婆さんに持って帰りました。今朝の体重は66.7kg+150g。じわじわ増えております。
超絶ヒマなので、どなたも興味もないであろうヲタク噺しなど。
音源データを.wavデータに変換してCDRに焼き込む「自主CD」は、自分がコンピューターより無線でデータをオーディオに飛ばして拝聴する環境を整える前のこと。「自主CDの完成度」という文書が2012年に検索できて、この辺りがラストかなと思います。お仕事現役時代は通勤時間、出張機会も多くてディスクマン持参→iPodへの変更も経験、やがて耳への負担を気にしてイヤホン使用を諦めたものです。
Mozart 交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」(パリ・オペラ座管弦楽団/1961年)/Mozart セレナードニ長調K.250/248b「ハフナー」(シュトゥットガルト南ドイツ放送交響楽団/1959年ライヴ)〜カール・シューリヒト・・・Scribendum復刻時に切り捨てられた残念な「リンツ」。Carl Schuricht(1880ー1967独逸)巨匠・晩年の貴重な録音は2025年5月来の再聴。じつは2025年末の第2回HDDお釈迦事件に貴重な音源を失い、泣いていたところに(廃棄しそこねた)自主CD発見!(.wavファイルよりCDR焼き込み)幸いこれはプレーヤーに再生可能でした。もうぼちぼち寿命だろうから、いまのうち聴いておきましょう。他を確認するとほぼ十数年〜20年選手、読み取り不能なものがほとんど、残っていた自主CDは泣く泣く廃棄いたしました。
音質は記憶通りかなり厳しいけど、若い頃LP時代はそれでも喜んで聴いていたんやなぁ、贅沢に慣れて堕落した現在の耳に出会っていたら耐えられるでしょうか。これが聴き納めかも。
ハ長調交響曲K.425「リンツ」は1783年わずか4日で仕上げられた天才の作品とか。ハ長調という明朗闊達、大きな交響曲。アクセントしっかりとヴィヴィッド、素っ気ないフレージングに快速の始まり、繰り返しなし。明るくさっぱりとした緩徐楽章、晴れ晴れとしたメヌエット、一気呵成に逡巡なく疾走するフィナーレ。オーケストラはちょっと粗いけれどデリケート、これがシューリヒトですよ。
第1楽章「Adagio - Allegro spiritoso」(6:45)第2楽章「Andante」(7:03)第3楽章「Menuetto」(3:23)第4楽章「Presto」*繰り返し有(7:46)
「ハフナー・セレナーデ」はモノラル。ザルツブルグ時代、ヴァイオリン・ソロが活躍して華やかに長大、多彩な1776年の名曲。これも音質状態はよろしいとは云えないけれど、彼の個性はたっぷり堪能できます。ありそうで、なかなか現役音源が探せない。LPは出ていて(TALTLP-043/4/1961年録音となっている)カール・シューリヒト・コレクション(1950-1966/SWR Classic)には収録されません。
第1楽章「Allegro maestoso - Allegro molto」序奏は予想外にじっくりとしたテンポ設定だけど、重くはない。主部に入ると期待通り超・快速に軽快な疾走がやってまいりました。(6:52)
第2楽章「Andante」優雅にしっとりとしたヴァイオリン協奏曲。清潔なバランスが素晴らしい。(9:32)
第3楽章「Menuetto」哀愁に不安な風情、しっかりリズムを刻んで始まる3/4拍子のメヌエット。一転ヴァイオリン・ソロは表情晴れやかに、朗々とホルンがそれに呼応しました。(4:29)
第4楽章「Rondo: Allegro」クライスラーの編曲もあって、ここが一番有名でしょう。ヴァイオリン・ソロが愉悦たっぷりに躍動高揚するロンド。暗転し、陰影豊かな変化もMozartの妙技でしょう。(6:41)
第5楽章「Menuetto galante」足取りはしっかり、ゆったり、まさしく「galante」なメヌエット。ここもテンポは速くはないけれど、軽さを感じさせました。例の如し途中の暗転も上手いもの。(6:33)
第6楽章「Andante」さらさらとして爽やかに落ち着いた緩徐楽章。オーボエ・ソロにちょっぴり名残惜しさも感じさせました。(7:51)
第7楽章「Menuetto」ここは元気のよろしい、素朴な舞曲風。フルートとホルンが朗々と活躍します。(6:04)
第8楽章「Adagio - Allegro assai」しっとり前楽章を振り返るような序奏から、やがて元気よろしい、輝かしい疾走のうちに全曲を締め括りました。(9:19)
Schubert 交響曲第9番ハ長調〜ジョン・エリオット・ガーディナー/ウィーン・フィル(1997年ザルツブルグ・ライヴ)・・・歌謡的旋律がいつ知れず延々と続く美しく、巨大な交響曲。John Eliot Gardiner(1943-英国)の再録音を拝聴いたしました。世評を探ると賛否別れて、思想意見の多様性を重視する自分にとっては嬉しい存在でした。
ウィーン・フィルはヴィヴラートや詠嘆表現を抑えて軽快リズミカルな流れ、スケールを強調しないスッキリ爽やかな響き。いや、ウィーン・フィルを駆使してこれはあり得ぬ軽み、そんなご意見には一理も二理も有。
逆に古楽器の粗野に素朴な響き、アクセントを泥臭さを期待したい自分にとってはちょっと洗練され、スタイリッシュにマイルド過ぎる・・・ま、音質もよろしいし、ウィーン・フィルをコントロールしてノリノリのリズム、テンポ速めに躍動するテンポ、軽妙な響きは好ましい演奏と感じました。繰り返しは通常聴かれるようなパターン。
第1楽章「Andante - Allegro Ma Non Troppo」冒頭の(ウィンナ?)ホルンから素直に抑制された音色と、大仰な詠嘆のアクセントとは無縁、さらさらとスムースに浮き立つような出足。序奏から主部へのテンポ・アップにも激しい情感の高揚は伴わない、適度な力感に充ちておりました。(15:49)
第2楽章「Andante Con Moto」緩徐楽章もテンポは速め、足取りはリズミカルに素っ気ないほどすっきり歌って、強弱のアクセント対比も洗練されたスウィングでした。夢見るような第2主題も抑制が効いてさらさら。(16:42)
第3楽章「Scherzo. Allegro Vivace」ごりごりと粗野なリズムを刻むはずのスケルツォにも軽みがあって、ノリノリの勢いが爽やかでした。フルートのしっとりとした音色はたしかにウィーン・フィルなんですけどね。(11:31)
第4楽章「Finale. Allegro Vivace」額にうっすら汗、力みを感じさせず、さらさらとノリノリのフィナーレ。アクセントを強調させず、激昂爆発響きの濁りとは無縁なバランスサウンドでした。(11:07)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
今朝は久々の雨、祝日だったんやな、すっかり忘れてました。昨日は孫のお守りがなくなったので、いつも通りのヒマな一日。毎度の早朝覚醒、朝一番にストレッチ、YouTube鍛錬済ませてゴミを出してから市立体育館を目指しました。平日朝一番のトレーニングルームは空いていて、いつものゆる筋トレMyメニューをこなしました。天気は快復して、白梅の花も美しい。選挙掲示板は未だそのまま、落選した議員のポスターが寂しく笑っております。今朝の体重は66.55kg+250g、中途半端に残ったご飯を余さずしっかりいただきました。
コンピューター(Windows)の日本語入力はGoogle日本語入力を標準としてずっと愛用してきたけれど、ここ最近使い勝手に微妙なる不満を覚えておりました。新しいMSのが出たとの記事を読んで調べてみたけれど、それは未だ開発途上、不具合も散見されるそう。そこで通常のMS-IMEに変更して入力方式は(世代的に馴染んでいる)Atok、久々に使ってみたけれど、変換精度はずっとスムースになっていることに驚きました。改善されていたのですね。
ちなみに選挙の話題に良く出てきた「重複」は「ちょうふく」と読みます。但し、世間では「じゅうふく」が多数派になりつつあるとのこと。「消耗」もほんまは「しょうこう」が正しいけど、既に「しょうもう」が定着しました。漢字は書くほうはちょっと苦手だけれど、人名地名動植物の固有名にはけっこう苦戦しつつ、たいていは読めるつもり。日本語はオモロいですよ。「過労死」が世界に通じる日本語とは知っていたけれど「変態」も有名なんですって(情けない日本の評判)露西亜の若い女性が云っておりました。それでも日本が好きなんだそう。
Shostakovich ピアノとトランペット、弦楽合奏のための協奏曲ハ短調(ピアノ協奏曲1番)/ピアノ協奏曲第2番ヘ長調/3つの幻想的舞曲〜クリスティーナ・オルティス(p)/パーヴォ・ベルグルンド/ボーンマス交響楽団/ロドニー・シニア(tp)(1975年)・・・Cristina Ortiz(1950-伯剌西爾)は当時25歳の新鋭、第2番には1989年の再録音もありました。
いずれ才気煥発にヴィヴィッドな明るい名曲はお気に入り、さらに学生時代の作品らしい「3つの幻想的舞曲」との組み合わせも貴重なもの。Brilliantの激安協奏曲3枚組(記憶ではたしか千円也)だった関係で昔馴染みでした。もう50年以上前の録音だけれど、音質は現役でしょう。パーヴォ・ベルグルンドは若手のピアニストを支えて盤石。
2013-4年頃聴いた痕跡が残って曰く
やや、少々まったり、マイルドな感じ有、切れ味爆発もちょっぴり足りない・・・これって時代ですか?それが悪いとかという意味じゃないし、技術的な不足もありません。聴き進むと、ベルグルントも含め味わいというか、優しい暖かいバランス感覚ありますよね、ちゃんと。
ピアノ協奏曲第1番ハ短調は1933年27歳の作品はトランペットとの掛け合いが愉しい。伴奏は+弦のみ。若手が好んで取り上げます。
第1楽章「Allegro moderato - Allegro vivace - Moderato」始まりはBeethovenの「熱情」ソナタのパロディ引用からヴィヴィッドな始まり。以前「少々まったり、マイルドな感じ」との印象を得たけれど、たしかに才気走った疾走!に非ず、テンポや、きつく尖ったタッチは抑制され、落ち着いた味わい演奏でした。トランペットもその存在を突出させない。(6:07)
第2楽章「Lento」哀愁と静謐、瞑想の緩徐楽章。ピアノはリリカルに、呟くように嘆いて、不安な情感に揺れております。(7:15)
第3楽章「Moderato」短いけれど、ちょっぴり暗鬱なフィナーレへのつなぎ(2:01)
第4楽章「Allegro con brio - Presto - Allegretto poco moderato - Allegro con brio」フィナーレには再びのトランペット・ソロ登場!ピアノと掛け合ってノリノリ。短調の作品だけどなんかとっても自在に剽軽かつシニカル、ユーモラス。オルティスの技巧は余裕でした。(6:44)
ピアノ協奏曲第2番ヘ長調は1957年、息子のマキシムのための作品。都会的にオシャレ、軽妙スマートな作品。こちらトランペット抜きの二管編成伴奏でした。
第1楽章「Allegro」は都会の喧騒の中、愉快な笑顔に、ちょっぴり不安に街中を速足に進む始まり。作風はとっても平易、ピアノは小味に上機嫌。(7:23)
第2楽章「Andante」は夢見るようにデリケートな静謐、安寧と、やはりちょっぴり不安の影。(6:50)
第3楽章「Allegro」軽妙に囁くようにピアノは始まって、やがて管絃楽の変拍子がヴィヴィッドに参入して、ソロと掛け合います。テンポと熱を加えつつ高揚、ピアノは自在に駆け抜けました。(5:41)
「3つの幻想的舞曲」は、ほんのりDebussyの香り漂って自在な佳曲でした。この作品配列は作曲者/クリュイタンスの1958年録音と同じ。
「March」(1:11)「Waltz」(1:27)「Polka」(0:53)
R.Strauss 交響詩「英雄の生涯」(1958年)/歌劇「火の災い」より「ラヴ・シーン」/歌劇「インテルメッツォ」より間奏曲 変イ長調/歌劇「サロメ」より「7つのヴェールの踊り」(1947年)〜トマス・ビーチャム/ロイヤル・フィル/スティーヴン・スターリク(v)・・・Thomas Beecham(1879-1961英国)によるグラマラスな作品、演奏、そして優秀録音。
これは正真正銘驚異的な鮮明な音質、近代大規模管弦楽を余すところなく収録して下さって、半世紀前とは俄に信じられぬ・・・遅めのテンポ、じっくり腰を据え、絶好調のロイヤル・フィル金管軍団は荒々しく、美しく、華やかに鳴り渡りました・・・とは2014年のコメント。ここ最近連続して聴いているR.Strauss、情けないカンチガイ爺である「ドン・キホーテ」とは真逆の栄光に充ちた自身の人生を英雄になぞらえて、スケール大きな余裕の演奏でした。
「英雄(The Hero)」(4:04)「英雄の敵(The Hero's Enemies)」(2:46)「英雄の伴侶(The Hero's Companion)」(13:01)「英雄の戦場(The Hero's Field of Battle)」(8:15)「英雄の業績(The Hero's Works of Peace)」(4:38)「英雄の隠遁と業績(Renunciation)」(6:17)
残りのモノラル録音も音質状態は良心的、グラマラスな貫禄は充分でした。
「Scene d'amour」(7:58)「Entr'acte」(5:36)「Danse des sept voiles」(8:46)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
衝撃の総選挙結果の興奮冷めやらぬ朝を迎えて、自分はいつも通りの暮らしだけど落選された元議員さんは呆然として、生活基盤の目処が立たぬ方もいらっしゃることでしょう。捲土重来、選挙翌日から辻立ちをされている意欲的な方もきっといるはず。
逆に一年数カ月の浪人生活を終えて、復活された自民党の議員さんは気分高揚して、選挙に勝った万能感、多勢に無勢、数を頼んで好き勝手にいろいろやってくるやろなぁ。予想通り「憲法改正に挑戦」宣言があったそう。まず、物価高対策、若い世代の負担減を優先していただきもの。これから浮足立ってヘンな不祥事が続かぬことを願いましょう。
前日と同じ、終わったあとの勝手な感想だけど、公明党と組んだ野田さんの大戦略ミス。各々独自で戦っていれば、ここまで大負けしなかったかも。もちろん公明党の議席増もなかったことでしょう。結果的に旧民主党の中心メンバーがほぼ消え、世代交代〜と呼ぶには若手があまりに少ない感じ。左翼の衰退はたちの悪い中国との絡み、「リベラル」という意味合いの陳腐化、ヒステリックに高圧的な訴え、論戦、宣伝がネット時代にそぐわないのかも。高邁な志(こころざし)難しいことをわかりやすく、あたりまえのことをおもしろおかしく、自分の言葉で語れる人を党派問わず求めたい。正しいと思って推し進めた政策が裏目に出ることあるから、意見の多様性は必要です。
昨日朝、いつも通りにストレッチ、YouTube立ち腹筋体操済ませて洗濯、それから予約していた耳鼻科に出掛けました。なんせ花粉症の季節ですから。意外と時間通り診療終わって、クスリもいただいてから駅前のコミュニティバスを待ちました。
帰宅してゆっくり昼飯喰っていたら、下の孫発熱の連絡有。前回は女房殿にムリお願いしたので、これから朝一番のJRで西明石まで留守番に駆け付けます。隔日ゆる筋トレの日だけど一日順延、孫がインフルエンザでないことを祈る!暖かくして出掛けましょう・・・
・・・と、ここまで書いて、再連絡有。孫の症状はちょっぴり重く、付き添って通院が必要になったとのこと。お役御免となりました。今朝の体重は66.3kg▲400g。花粉症対策の服薬をいただいて夜はよく眠れました。
Mozart 歌劇「フィガロの結婚」序曲/交響曲第38番ニ長調K.504「プラハ」〜フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ(1988年ライヴ)・・・コンマスはルーシー・ファン・ダール、ヴァイオリンには山縣さゆりさん、チェロには鈴木秀美さん、フルートにはコンラート・ヒュンテラーの名前も見えました。Frans Bru"ggen(1934-2014阿蘭陀)もとっくに鬼籍に入って、この録音ももうひと昔38年前、「プラハ」の繰り返しがあると云っても、なんて贅沢な収録なんでしょう。ライヴならではのちょっと粗い、洗練されぬ風情にも勢いを感じさせました。写真をみるともちろん小編成だけど、響きの薄さを感じさせません。拍手はないので、幾度かのライヴを編集したのでしょう。
生命躍動するヴィヴィッドな「フィガロ」序曲は、骨太粗野な古楽器サウンドに熱気溢れて元気いっぱい。(4:36)
傑作揃いのMozart中、最高傑作の誉高い「プラハ」は全交響曲中一番のお気に入り。しっかり繰り返し実施して美しい旋律を堪能させてくださいました。
第1楽章「Adagio - Allegro」アクセントや陰影しっかり、神妙に優雅な序奏。やがて一転晴れやかに軽快な主部に入って、噛み締めるようにリズミカルに粗野なティンパニのアクセント、朗々たるホルン、フルートに爽やかに疾走いたしました。流麗に非ず、ちょいと不器用な流れに愉悦は無骨に力強く高揚して、繰り返しに幾度も堪能いたしました。(18:44)
第2楽章「Andante」弾むようにスウィングして、素朴に歯切れのよろしいリズムに揺れる緩徐楽章。(10:48)
第3楽章「Presto」そっと始まって、叩きつけるようなアクセントの対比、乾いたティンパニが強烈に乱舞してノリノリ。ヒュンテラーのフルートも朗々と暖かく歌って、マイルドな音色に際立ちました。繰り返しは新鮮!(7:50/拍手なし)
Mahler 交響曲第4番ト長調〜ベルナルト・ハイティンク/バイエルン放送交響楽団/ユリアーネ・バンゼ(s)(2005年ライヴ)・・・最近ちょっとご無沙汰だけれど、Bernard Haitink(1929-2021阿蘭陀)のMahler音源はそれなりに聴いてきたつもり。ところがバイエルン放送交響楽団との一連のライヴ録音は眼中から抜け落ちておりました。76歳の記録はこの作品4種目?若い頃からオモロくないほどムリのないオーソドックスなスタイルのまま、味わい深い円熟をじょじょに進んで、どれも外れがない。南独逸の温かみと厚み、痺れるような渋い重心の低いサウンドを活かして、夢見るような穏健な旋律を堪能できました。残響豊かにしっとりとした音質も極上。ここ最近大仰なMahlerは敬遠気味、全曲中もっとも小ぶりに優しい作品だったら、耳にも心臓にも優しい。
第1楽章「Bedachtig, nicht eilen(中庸の速さで、速すぎずに)」夢の中でサンタさんが接近するような鈴とフルートから始まって、穏健平和なシアワセの旋律が歌います。朗々とした節回しにも過不足のない抑制が効いてしみじみ、滋味深いバイエルン放送交響楽団のサウンドはあわてず、落ち着いて静謐。上手いオーケストラですね。(17:22)
第2楽章「In gemachlicher Bewegung, ohne Hast(落ち着いたテンポで、慌ただしくなく)」冒頭ホルン、特殊調弦のヴァイオリン・ソロは怪しくも美しく(「友ハイン(死神)は演奏する」)デリケートに始まって、ちょっぴり不安げに懐かしいスケルツォ。落ち着いて明晰な3/8拍子のリズムはスムーズ、しみじみ優雅に安寧でした。(9:05)
第3楽章「Ruhevoll, poco adagio(静かに、少しゆるやかに)」もっとも長く、粛々延々とメルヘンな旋律が変奏される全曲の白眉。テンポや表情、強弱の変化は落ち着いてムリなく流れて静謐、痺れるような弦や深みのあるホルンは最高でした。ラスト満を持してのクライマックスの大爆発!〜そして浄化され天に登るような収束から・・・そのまま途切れず
第4楽章「Sehr behaglich(非常に心地よく)」Juliane Banse(1969-独逸)の声はちょっぴり古風に、しっとり抑制された品を感じさせるもの。これはいままで聴いた中でも自分の理想に近いソプラノでした。夢見るように優しい旋律と、ヒステリックな部分が繰り返され、その対比、切り替えにも余裕を感じさせる落ち着きがありました。(9:29)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日日曜は予報通り雪。こちらもけっこう降って、但し積もったりしない、寒いだけだからたいしたことはない。ストレッチ、YouTube体操済ませて、洗濯は室内干ししてから市立体育館途中の白梅はいくつも開いて、まるで清酒の名前のような「雪中梅」状態。トレーニングルームは空いていたけれど、バーベルチームが数人マシンの方に溢れて独占され、ハイプーリー(背筋鍛錬)はできませんでした。帰り、投票所に寄って国民の権利を行使、はっきり云って府知事戦は無用です。昼から暖かい室内に隠って料理したり、投票締め切り後の選挙特番を待ちました。今朝の体重は66.7kg▲750g、いちおう一日で戻りました。
<選挙後/現時点情報前提>投票率55.68%ほど、これは前回より上がったらしい。60%に届かないのは残念。あくまで後出しジャンケン勝手な云いたい放題だけれど・・・自民党単独2/3とか、過去最高議席316議席らしい。ちょっと勝ち過ぎ。維新は減らすと思ったけどなぁ、しぶとい。国民民主党も現有議席確保は事前予想通り。
最大の応援団は習近平さんでしょう、中国がなにかよろしからぬ発言や行動をする度、それは保守党やら参政党を飛び越えて高市自民党に支持が集まりました。「中道革新に期待する」との言葉は最大の選挙妨害。あとは自分の事前予測の流れは大きく振り切って、極端な小選挙区制度の結果として出現。かつて立憲民主党に投じた浮動票(今や最大多数である無党派層)は→前回参院選では国民民主党や参政党へ→今回は自民党に移動しました。この選挙方式だと野党はばらばら、乱立=一強他弱状態に至ります。中道革新は立憲民主党結党時の初心を捨てて(原発や安全保障)宗教政党である公明党の比例上位保証もマイナスイメージ+小選挙区で票を積んでも、かえって無党派層が離れたらしい。49議席?事前予想を更に凌駕する激減、早々に再分裂して消滅することでしょう。
逢坂誠二さん、小沢一郎さん、安住淳さん、玄葉光一郎さん、長妻昭さん(比例復活)江田憲司さん、枝野幸男さん、海江田万里さん、岡田克也さん、馬淵澄夫さんなど旧民主党政権時代から活躍した幹部が枕を並べて小選挙区撃沈。(原口一博さんも落選)生き残ったのは野田佳彦さんくらい?比例上位は公明党に保証しているので、復活もままならず、若い世代もかなり消えました。小川淳也さんは強いなぁ、泉健太さんも生き残って次の代表候補でしょう。共産党唯一の小選挙区議員であった沖縄一区・赤嶺さん落選。もう引退か。8→4議席らしい。れいわも1。社民党はもちろん、保守も0。参政党の15議席は見込みどおり(「このハーゲー」豊田真由子さん復活)チームみらい11議席は事前マーク不足でした。(現時点/詳細未確定情報)
右翼のアイドル・杉田水脈さんは大阪では落選らしい。四国比例10位の村上誠士郎さんが踏みとどまったのも凄い。自民党は比例候補が足らんのだそう。
消費税はどうなるのか、いちばん大切な当面の暮らしの救済はあっちに置いて「スパイ防止法」や「国防力の抜本的強化」、憲法改定発議など「白紙委任」やりたい放題やろなぁ、少数意見は聞かなくなって切り捨て。かつての安倍政権ではそれが一番いやでした。旧統一教会や裏金問題も「選挙で信任を得た」として水に流すのは目に見えております。大切なのは祭りのあと。
Bach ゴールドベルク変奏曲 BWV988〜グレン・グールド(p)(1955年/Zenph Studio-2006)・・・前回2018年に拝聴して「音質改善されても、人の手による細かいニュアンスは再現できず。無機的に感じる」との感想でした。
1955年録音のデータを読み込ませてYAMAHAの自動ピアノに再生させたとか、おそらくとんでもない手間と経費が掛かって、世評はあまり芳しくなくて後続のプロジェクトはなかったと記憶します。
真空管オーディオ/LP再生もそうなんだけれど、人間は微妙な雑音とか歪みとか揺れ、その辺りを快感としているのではないか。もちろんスタンウェイとYAMAHA(自動ピアノ)ではもとより音色の個性がまったく違ってほとんどディジタル・ピアノ風。これはこれで悪くなくて、流麗に千変万化する各変奏曲の多様な表現を堪能したけれど、夾雑物を全部取り除いて、ディジタル・サウンド自動演奏を聴いているような冷たさ(事実その通り)情感の薄い無機質な感触がありました。例の繰り返しなしも、とっても残念に感じたもの。Stereo-sorround版とBinoral-stereo版二種が収録されて、今回は後者を拝聴。どう違うのか?芸術に限らず、不完全なもの、好き嫌い嗜好が多様化していることに価値があるのかも。
Aria 2:04-0:45-0:37-0:55-0:29-0:37-0:34-1:08-0:46-0:38-0:43-0:55-0:56-2:11-0:59-2:17-1:17-0:53-0:46-0:43-0:48-1:42-0:42-0:55-0:57-6:27-0:52-0:50-1:11-1:00-0:48-Aria da capo 2:13
Beethoven 交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」〜エイドリアン・ボウルト/ロンドン・フィル(1957年)・・・懐かしいコロムビア・ダイヤモンド1000シリーズ、欲しかったけれど中学生だった自分には贅沢品、買えませんでしたよ。やがてLP時代、CD時代幾度も見掛けても買う勇気は出ませんでした。Adrian Boult(1889-1983英国)による古典派の最高峰、浪漫への幕開けを告げる傑作!「英雄」は1957年録音、Vanguard録音ですか?ぼちぼち70年前の記録は音質が心配、幸い拝聴に苦戦するような水準に非ず、ちょっと鮮度が落ちて音の肌理が粗くても広がりと低音はしっかり効いておりました。なんせ19世紀生まれ、基本は重厚長大なスケール、楷書の太字、オーソドックスなバランスは昔を感じさせぬ表現でした。
第1楽章「Allegro con brio」ややゆったり目のテンポに、落ち着いた始まりは優雅な表情に、力みは感じられない。提示部繰り返しなし。しっかり地に足付けたリズムに、前のめりにならぬ落ち着きと、余裕のスケールを感じさせる始まり。(15:32)
第2楽章「Marcia funebre: Adagio assai」葬送行進曲は意外とテンポは遅くない。(14:56)
第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」重心低いリズムしっかり、重量感を伴う立派なスケルツォ。ホルンの技量は朗々として、あまりにみごと。(5:47)
第4楽章「Finale: Allegro molto」冒頭怒涛の始まりは噛み締めるよう。Beeやんお気に入りの「プロメテウス」主題は堂々と慌てず、まったり悠々と変奏が表情変化し続けて落ち着いた貫禄充分。ラスト辺り、ホルン先頭にロンドン・フィルの金管の威力爆発!(12:25)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
さて本日投票日。雪国ではとんでも積雪、災害級とか、こちらも雪がちらついているそう。それは投票率や選挙結果にどんな影響があるのでしょうか。自分はこれから体育館に出掛けてから投票いたします。夜は選挙の開票速報を楽しみにして、「ゼロ打ち」の選挙区はどのくらい出るのか。ごっそりあるんやろなぁ。昨日土曜は終日曇って薄ら寒く、じっと身動きせずコタツに引き隠りました。前日の深酒に途中覚醒したけれど、二度寝して目覚めたら体調はそれなり整いました。但し、夕方くらいから肩こりが酷い。午前中女房殿がしっかり掃除して、昼から所要に出掛けました。終日身動きせずしっかり昼食夕食を取ったら体重は67.45kg+750g! 最悪。
先日、超・高級Dynabookの不調相談にちょちょいといじって、気になったところのメモを渡したけれど、それでなんとなく調子は戻ったんだそう。お礼に大量の柿の種をいただいて恐縮いたしました。別にな〜もしていなんやけどね。
来月誕生日が迫って免許更新の案内が届きました・・・けれど、お仕事引退して大阪に転居してから一度も運転していない。免許は返納するつもり。これから歩いたり、バスで移動できる範囲で生活を続けましょう。維持費の問題や事故のリスクもあるけれど、せっかくそこそこの都会に住んで、JR北新地駅にはDoor to door所要時間40分、不便はありません。徒歩圏内に買い物なところ数種、種々クリニック、市立体育館トレーニングルームもありますし。
M-Haydn 交響曲第29番ニ短調/Stamitz ヴィオラ・ダ・モーレ協奏曲第2番ニ長調/Haynd 交響曲第94番ト長調「驚愕」〜パウル・アンゲラー/コンキリウム・ムジクム・ウィーン/クリストフ・アンゲラー(viola d'amore)(1998年)・・・Concilium musicum Wienは1982年創設の古楽器団体とか、Paul Angerer(1927-2017墺太利)は室内管弦楽やオペラ方面に活躍され、晩年は古楽器に傾倒していたとは知りませんでした。若い頃は馴染みの薄い作品、とくにバロックからマンハイム楽派辺り、あまり著名ではない未知の作品を探すのがかつての楽しみ、LP〜CD時代は録音も少なく、人気なく売れ残ったCDの投げ売りを意欲的に購入していたものです。
やがて華麗なる加齢を重ねて幾星霜、安易に馴染みの著名旋律ばかり追い求める日々を反省、偉大なるJosefの弟であるJohan Michael Haydn(1737-1806墺太利)Carl Stamitz(1745-1801独逸)の音楽を久々に拝聴いたしました。いずれMozartのちょっぴり先輩、時代は既にバロックに非ず、端正な古典的風情に移行しておりました。残響豊かにしっとりとした音質、けっこう厚みもあってヴィヴィッド、味わい深い古楽器演奏でした。
M-Haydn 交響曲第29番ニ短調はいかにも緊張感と情熱漲(みなぎ)って、ちょいとやかましいほどにティンパニが全編に活躍する「疾風怒濤」風作品。ホルンも木管も大活躍。
劇的な第1楽章「Allegro brillante」(6:11)
典雅に端正な第2楽章「Andantino」は管楽器が朗々と歌います。(7:45)
第3楽章「Rondeau: Presto scherzante」は 厳しいリズムを刻んで疾走するフィナーレ。(5:08)
Stamitz ヴィオラ・ダ・モーレ協奏曲第2番ニ長調は、息子であるChristoph Angerer(1966-独逸)のソロ。viola d'amoreとは「演奏弦と同じ数の共鳴弦を持ち、甘美で繊細な響きを特徴するバロック時代に活躍した弦楽器」なんだそう。
優雅に穏健な第1楽章「Allegro」の始まり。木管も美しくMozartの風情が香ります。ソロはなんとも床しく柔らかく、控えめなテイストに歌いました。ずいぶん低音が出る楽器なのですね。(10:57)
深い哀愁に沈む第2楽章「Andante moderato」のソロはやはり抑制を感じさせて、この楽器の音量は低いのでしょうか。(6:30)
第3楽章「Rondo: Allegro」は泥臭い民族的リズムが、明るく弾むようなフィナーレ。ソロは自在なテクニックに歌って、おそらくはその典雅に地味な音色や音量故、やがて廃れていったのでしょう。(5:54)
Haynd 交響曲第94番ト長調「驚愕」は文句なし、有名な古典的に闊達、大きなな作品。Haydnの交響曲中これが一番の馴染みでした。
第1楽章「Adagio cantabile - Vivace assai」はティンパニが粗野に存在感を主張してアクセントしっかり、朗々としてヴィヴィッドなスケール大きな演奏でした。テンポは中庸。(8:48)
第2楽章「Andante」期待のティンパニ一撃!の対比も期待通り。端正だけど、けっこう雄弁に力強い。(6:21)
第3楽章「Menuetto: Allegro molto」堂々たるパワフルなメヌエット(4:15)
第4楽章「Allegro di molto」適切な快速かつユーモラスな勢いたっぷりのフィナーレでした。(4:01)
Mozart ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 K.216/Vieuxtemps ヴァイオリン協奏曲第5番イ短調「ル・グレトリ」/Brahms ヴァイオリン協奏曲二長調〜レオニード・コーガン(v)/カール・エリアスベルク/ソヴィエット国立交響楽団(1953年ライヴ)・・・Leonid Kogan(1924-1982烏克蘭)のEMI音源中心に2025年末のHDDお釈迦事件にほぼすべて失いました。仕方がないのであちこちネットを探ってコーガンの音源を探ったら出現したもの。Karl Eliasberg(1907ー1978露西亜)との魅惑の演目揃えて、臨場感もあって低音も効いているけれど、音質はちょっと曇りがちで残念。それを乗り越え、この濃密な個性は聴いておく価値があると感じました。これは一日の演奏会の記録なのか(だったらすごい体力)それとも数日間を集めたものか不明。音質にばらつきが感じられるから(Vieuxtempsがちょっと落ちる)おそらくは後者。
Mozart ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 K.216は天翔る晴れやかな名曲。オーケストラは少々鈍く、コーガンのヴァイオリンはしっかり芯を感じさせるテンションに、骨太強靭雄弁なもの。とっても大きなMozart。
第1楽章「Allegro」カデンツァは壮絶な技巧!(9:00)第2楽章「Adagio」思いっきり表情は纏綿濃厚に千変万化。こんなMozartは聴いたことがない(7:19)第3楽章「Rondeau: Allegro」ずしりと重く、腰を据えたフィナーレ。(7:00/長い拍手有)
Vieuxtemps(1820-1881白耳義) ヴァイオリン協奏曲第5番イ短調は1861年ブリュッセル音楽院の卒業試験の課題曲として作曲され、1878年に改定されたそう(Wikiより)ヴァイオリニストを目指す若者の登竜門的技巧作品。いかにもちょっと俗っぽい大仰な浪漫的旋律、壮絶なコーガンの技巧にはこんな作品が似合って、表情陰影豊かにたっぷり歌ってスケールが大きい。「Allegro non troppo」「Cadenza」「Adagio」「Allegro con fuoco」(19:26)
Brahms ヴァイオリン協奏曲二長調は云わずと知れた、浪漫派最高のヴァイオリン協奏曲。コーガンにはもっと音質条件が整った録音が存在するから、ムリしてこの音源を求める必要はないけれど、期待通りの大きく、立派な余裕の演奏でした。
第1楽章「Allegro non troppo」落ち着いて悠々と歌って、ソロの表情は豊かに、たっぷり余裕が感じられました。線は太く、神経質の欠片も感じさせない。カデンツァも期待通り壮絶でした。(20:49)
第2楽章「Adagio」例の長大なるオーボエのバックに響くホルンは、例の露西亜風激甘ヴィヴラートたっぷりに魅惑。情熱のヴァイオリンは粛々延々と続きます。(8:26)
第3楽章「Allegro giocoso, ma non troppo vivace」情熱の洪牙利風躍動の始まり。骨太パワフルなコーガンのテクニックは完璧だけれど、やはり音質が気になりました。(7:47/長い拍手有)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
いよいよ明日総選挙投票日。事前予測はタイヘンなことになって、まだ投票前だから具体的には書かないけれどヴェテランの実力派議員もかなり危ういそう。自分の事前野次馬下馬評予測は基本当たっている流れだけど、小選挙区の風は極端な結果に出ているようですね。後出しの無責任な分析さておき、大切なのはまず投票率、そして祭りの後=その議席数を以てなにをするのか、まず生活を守る施策、国民の負担を減らして安全に暮らせる政策が優先的に実施されるかどうか。
場末の爺が呟いてもなんの社会的影響もないけれど、ちゃんと投票はしておきます。明日はあちこち大雪なんだそう。インフルエンザ罹患は前週比倍とのこと。
体調いまいち、睡眠も浅く早朝覚醒に二度寝もできないまま、ストレッチ、YouTube体操はたまたま出現した「自衛隊体操」とやら+「楽しく腹筋4分」、なんとか実施してから市立体育館を目指して受付に向かったら・・・財布がない(=定期利用パスがない。絶句!)諦めて帰ろうかなぁと思ったけれど、ダメ元で受付にお願いすると顔パスでいけました。さすが常連!つまり、スマホも財布もなし、スマートウォッチ(激安人民中国製最小限機能)のみで出掛けたのですね。いつも通りのゆる筋トレとエアロバイク15分消化して帰宅したら・・・財布は自宅床に落ちておりました。これで無事眼科診察済ませて、そして爺友との約束の昼酒に駆けつけることができました。
散々呑んで、高市硬派支持者である爺友はこの趨勢を喜んでいたけれど(それがたった今現在の世間の風なんやろなぁ)ぶれのない共産党にも踏みとどまってほしいと、意外な意見でした。それはそれで必要な存在だとのこと。その結果は66.7kg+400g(涙)
Sibelius アンダンテ・フェスティーヴォ/交響曲第2番ニ長調〜村川千秋/山形交響楽団(2024年ライヴ)・・・村川千秋さん(1933-2025日本)は山形県の出身、1972年東北初のプロオーケストラの創設し、幾多の経営困難を乗り越えられた方。これがラスト演奏会、そして録音でしょう。ストコフスキーの弟子筋だったのですね。興味半分、軽い気持ちで聴き始めたけれど・・・もう泣けました。素晴らしくリアルな音質、まったりとした落ち着きは91歳だから当たり前、山形交響楽団のみごとなアンサンブル、鄙びて瑞々しい寂寥の味わいに痺れましたよ。
Andante Festivoは1922年弦楽四重奏として書かれ、1930年ティンパニも加えた弦楽5部合奏に仕上げたそう。作曲者の録音も残された、ムダを省いて一種宗教的に達観した短い作品。ただならぬ神々しさが溢れました。村川さんのラスト晴れ舞台に相応しい作品の輝き。(5:19)
演奏会の演目としては大人気な交響曲第2番ニ長調。1902年初演。日本のSibelius受容は渡邉暁雄さんのご尽力と思うけれど、寒さと雪、厳しくも豊かな自然環境に活動する山形交響楽団にもよく似合う、清涼な名曲を堪能いたしました。末枯(すが)れて、もりもりとした筋肉質なパワーとは無縁な不器用、過不足のないまったりとした流れ。走らず慌てず、諄々と胸に染みるように解脱し切った演奏でした。ちょっと贔屓目かも知れんけど、これはこれでヴェリ・ベストを争う滋味深い完成度。
第1楽章「Allegretto」山奥の大自然より冷たい清水が湧き出るような、田園風情に牧歌的、粛々とした始まり。弦は楚々としてクール、木管も金管抑制が効いて厚みもあります。若々しいエネルギーや熱とは無縁、息を潜めるようにムリのない歩みに旋律は歌って、北欧の清涼な旋律がしみじみ美しい。(9:32)
第2楽章「Tempo andante, ma rubato」じっくりとした足取りに重苦しいウェットな風情は、東北地方の厳しい冬と訥弁の訛りをを連想させました。(13:24)
第3楽章「Vivacissimo」渾身の入魂に疾走するスケルツォ、懐かしい暖かいトリオとの対比。流麗器用なオーケストラではないけれど、ライヴでここまでの集中力と詠嘆の節回しに感極まりました。(5:56)
第4楽章「Finale: Allegro moderato」すべてを達観して、パワーで押し切らぬ味わい深い説得力。弦も金管もジミだけれど精一杯の奮闘、それは作品風情に似合って指揮者と、作品へのアツい共感に溢れて幽玄かつ誠実、精神が浄化されるように感極まりました。(9:32/大歓声と拍手およそ1分)
Mendelssohn 劇音楽「真夏の夜の夢」〜フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ/グルベンキアン合唱団(1997年ライヴ)・・・Frans Bru"ggen(1934-2014阿蘭陀)による、とっても軽く、淡く、夢見るような作品に相応しい風情に充ちて素朴、ワクワクするような臨場感たっぷりな古楽器演奏。夢見るようにステキな作品、自分の作品との出会いと刷り込みはオットー・クレンペラー(1960年)、それはちょっと濃厚に重心の低い表現でした。こちら高級オーディオではきっと素晴らしい音質、My 庶民の激安環境ではなんとなく散漫に響いて印象イマイチ。演目は馴染みの有名どころを揃えて、満足できるもの。
「序曲」(12:27)「スケルツォ」(4:50)「妖精の行進」(1:12)「舌先裂けたまだら蛇」(4:18)「間奏曲」(3:39)「夜想曲」(5:54)「結婚行進曲」(4:52)「葬送行進曲」(1:02)「道化師たちの踊り」(1:40)「フィナーレ」(4:46)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日はどうも体調はよろしくない。ストレッチ、YouTube体操済ませてじっとコタツに引き隠りました。投票所入場整理券と選挙公報はようやく届きました。
カーリングから冬季ミラノ五輪始まっておりますね。アスリートの努力には敬意を評しているけれど、金満利権に充ちた大会のあり方には疑念を感じるし、出場するために国籍変更というのもなんだかなぁ、そんな感じ。それはそれとしてフォルティウスの吉村紗也香さんは大ファンなので応援するつもり。本日これから市立体育館へ、戻ってすぐに眼科に出掛けましょう。経験的に予約時間より一時間は待たされるはず。昼から先週連続で爺友と酒の約束でした。今朝の体重は66.3kgほぼ変わらず。
濠太剌利に続き西班牙でも16歳以下のSNS使用制限へ。全世界的にこの流れはあって、やがて日本でもその導入は検討されることでしょう。自分は世代的なこともあってSNSとはちょっと疎遠、スマホもあまり得意ではありません。
引退後は社会的貢献と充実した趣味、できれば働き続ける〜みたいなことが称賛される風潮があるようです。老後資金が乏しく、厳しい生活に働かざるを得ない方も多いことでしょう。自分の親しい知人にも70歳の声を聞いて働き続けたり(これは生き甲斐のため)女房殿のように婆さんの介護の傍ら、ボランティア活動に人脈を築いていたり、そんな元気な例もよく見掛けます。ま、すべては健康あってのことだけど。
自分は平凡な日常。【♪ KechiKechi Classics ♪】の毎日更新をベースに、小学生以来のClassic Music趣味、ド・シロウト文書にたっぷり時間を掛けて、これはボケ防止になっているはず。ノン・フィックションの読書は精神的にも眼の調子的にも途切れてしまいました。43年いちおう働いてきて、締切とか、なにかに追い掛けられる生活から解放された退屈な生活をゆっくり堪能しております。規則正しい生活、食生活に気をつけて自ら料理、毎日のストレッチ、隔日のゆる筋トレにそこそこ身体も鍛えて、時々気分転換に居酒屋に酒少々(独りでは呑まない)そんな無為無策に細やかな節約生活も悪くない、そう考えております。
Bach 管弦楽組曲第3番二長調BWV1068(ベルリン・フィル/1956年)/Handel「王宮の花火の音楽」(バンベルク交響楽団/1962年)〜ルドルフ・ケンペ・・・前者はモノラル録音、音質は悪くありません。時代的に旧態としたバロック・スタイル、仰け反るように異様に大きなフルトヴェングラーほどじゃないけれど、今どき見ないような立派な朗々とした節回し、ラストは必ずルバートする懐かしいスタイル。バロックはここ50年ほど、もっとも演奏スタイルが変わりました。
BachはそれでもBach。管楽器は洗練され立派に流麗に大きく、大人気の「Air」はたっぷりロマンティック。
Ouverture(8:07)Air(5:44)Gavotte I-II(3:51)Bourree(1:40)Gigue(3:40)
Handelはステレオ、バンベルク交響楽団の金管も好調に立派な演奏だけど、最近経験できぬ各楽章の表情付け(過ぎ)強弱のニュアンスに違和感がありました。
Overture(9:08)Bouree(2:44)La paix(2:41)La rejouissance(3:50)Menuet I(1:17)Menuet II(2:51)
Mussorgsky/Henry Wood編 組曲「展覧会の絵 」〜フランソワ・グザヴィエ=ロト/BBCウェールズナショナル管弦楽団(2010年ライヴ)・・・著名なRavel編曲は1922年、それに先んずること1915年Henry Wood(1869-1944英国)編曲が登場しております。これはモウレツにオモロいライヴ。馴染みの泥臭い旋律横溢、華やかな作品に興奮いたしました。
冒頭の「Promenade」は複数の金管楽器のユニゾン、2回目以降は省略されているのは残念。(1:29)
「Gnomus」はティンパニも入って怒涛の怪奇な風情。(2:52)「Old Castle」は舞台裏の切ないユーフォニウムが旋律を奏でて寂しさ増し増し。(3:11)「Tuileries」はヴァイオリン・ソロが軽快。(1:05)
「Bydlo」は堂々たる打楽器のリズムが重厚、いかにも重労働に重苦しい牛車が表現されております。(3:52)「Ballet of the Chickens in their Shells」ここの木管の可憐さ軽快さはRavelの魅力に負けぬところ。(1:15)
「Samuel Goldenberg and Schmuyle」は大仰な対比と打楽器の衝撃、木管のハデな装飾、Samuel Goldenbergの威圧はなかなかの迫力。(1:56)「The Market-Place at Limoges」の喧騒はRavelを上回って、ホルンのオモロさに疾走しました。(1:06)
「Catacombae」は不気味なサスペンス風大仰なスケール。(「Cum mortuis in lingua mortua」と続けて4:10)
「Baba-Yaga」の激しさ、ヒステリックなサウンドの効果、打楽器のしつこい乱入、金管の絶叫はRavelを凌駕する泥臭さ。(3:21)9つの大小の銅鑼が立体的にガムラン風に響き合って「The Great Gate at Kiev」へ(移調?)。大仰な弦、管が精一杯鳴り響いて、ラストは鐘が打ち鳴らされ、讃美歌風オルガンまで加わって壮大なクライマックスに幕を閉じました。(4:00/熱狂的な拍手有)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
大雪の犠牲者は累計30人に達したとのこと。昨日は一時的に寒さは和らぎ、こちらはいつもどおりの好天(ここ一ヶ月関西ではほとんど雨は降っていない)そして再び厳しい寒さが戻るとのこと。花粉症の稼働も本格化して、既に服薬は切れていたので抗アレルギー剤の売薬でも入手しようと考えたけれど、その前にしばらくサボっている耳鼻科をまず予約、目薬もぼちぼち切れそうなので眼科も続けて予約いたしました。
朝一番にいつものストレッチ実施、これは関節の鈍い痛みの緩和、柔軟性の確保、可動域の確保には必須。YouTube鍛錬はたまたま「オススメ」に出現した10分程度のものをアト・ランダムに実施、偶然だけどここ数日スクワットとか腹筋に効きそうなものが連続しました。たまたまだけど、市立体育館への往復のウォーキングはスピード・アップして汗ばむほど、トレーニングルームには新しい腹筋マシンが登場して、これも手応え充分。平日の朝一番は常連メンバーに空いていて、いつものメニューを消化できました。アプリ上の消化カロリーは700kcalを超えております。年に数回稀にインスタントラーメンが喰いたくなって5食分確保、昼食に美味しくいただいたけれど、どうも胃に重く感じました。
先日、動画を拝見していたら中国や亜米利加でのスマホのバーコード(QR?)決済普及には「紙幣に対する信頼感」問題との分析がありました。つまり日本では偽札がとても少ない、信頼感が高いのが現金流通が生き残っている理由のひとつとのこと。海外ではけっこう偽札は日常、レジにはその検査機器もあるのだそう。中国の田舎ではカードを飛び越していきなりスマホ決済が普及したそう。日本でも=自分も楽天PAYはとても便利に感じます。遠からず、現金流通は消えていくかも知れません。なんでもスマホに頼るのはちょっと不安はあっても、当面ICOCAのスマホ化は必須です。
カザル弦楽四重奏団(casal Quartet/2016年ケルン・ライヴ)は1997年創設の西班牙の団体とか。マンハイム楽派、前期古典派辺りの作品を集めた演奏会ライヴより。集中力とライヴの熱気を感じさせる多彩な表現、モダーン楽器使用。各作品、最終楽章には必ず拍手が入っております。ネットから拾った音源は音質良好、放送録音かな?
F.X.Richter(1709-1789/モラヴィア)弦楽四重奏曲ハ長調 作品5-1は優雅に端正、陰影も充分に軽快、のびのびと晴れやかな表情に躍動する緩急緩の作品。一世代後のHaydnを連想させました。allegro con brio(5:49)andante poco(5:39)rincontro. presto(3:15)
Boccherini (1743-1805/伊太利亜)弦楽四重奏曲ハ短調 作品2-1/G159はたっぷり哀愁が歌う魅惑の作品。この人はほとんどHaydn/Mozart世代なのですね。主に西班牙で活躍していたそう。Allegro comodo(速く、しかし快適に・気楽に)指定だけれど、始まりはしっとりと暗く快速ではない。得意のチェロが歌う安らぎの緩徐楽章を経て、緊張感漂ってリズム躍動するフィナーレへ。allegro comodo(5:07)largo(4:42)allegro(5:02)
Rosetteti(1750-1792/波希米亜)弦楽四重奏曲イ長調 作品6-1 これはもう華やかなMozart(ほぼ同世代)にかなり接近した魅惑の作品でした。軽妙軽快デリケート細かい音型が疾走して、たっぷり暗転する「allegro spiritoso」(5:42)「menuetto moderato」典雅なリズムを刻むメヌエット(2:56)「romance. larghetto」夢見るような緩徐楽章(2:20)「rondeau. allegro come presto」快速、陰影深い変化に富んだフィナーレ。(3:15)
Mozart (1756-1791墺太利)アダージョとフーガ ハ短調 K. 546,
これは別格の深淵。(6:55)
Haydn(1732-1809墺太利)弦楽四重奏第75番ト長調 作品76-1は1979年の作品。こうしてほぼ同時代の音楽を聴いているとHaydnの種々多彩な工夫と攻めた趣向、愉悦感と多彩な変化は図抜けていると感じます。
「allegro con spirito」軽やかに希望に充ちた明るい歌の始まり。(5:57)
「adagio sostenuto」しっとりとして時に叫び、微笑み、優雅なな表情の変化を見せて魅惑の緩徐楽章。(6:29)
「menuetto. presto」快活に躍動するメヌエットは軽快に剽軽、トリオのワルツへのリズム変化も愉しいもの。(2:33)
「allegro ma non troppo」細かい音型が複雑に絡み合ってヴィヴィッドに進行、途中憧憬に充ちた優しい表情を経て、色彩豊かな、思わぬ動いたり止まったりの変化のうちに全曲を閉じます。(6:38)
(encore)F.X.Richter 弦楽四重奏曲ト短調 作品5-5bより「tempo di menuetto」は神妙に哀愁の三拍子。(2:49)
Shostakovich ピアノ協奏曲第1番ハ短調〜アイリーン・ジョイス(p)/レスリー・ヒュワード/ハレ管弦楽団/アーサー・ロックウッド(tp)(1941年)・・・2018年に拝聴。才色兼備なピアニストEileen Joyce(1908ー1991)。5面にわたって収録SP復刻はほとんど驚異的にピアノ、オーケストラともリアルに鮮明な音質。明快に達者な技巧、抑制部分での優しさ、快速部分のノリノリ、Leslie Heward(1897ー1943)の伴奏もなかなかのテンションにしっかりソロと拮抗しておりました。才気煥発な若書き作品の初演は1933年、まだこれは湯気がホカホカ立っていそうな時期、新鮮な録音の記録でした。
「Allegro moderato」(5:35)「Lento」(6:17)「Moderato」(1:59)「Allegro con brio」(6:24)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
前夜、鼻詰まりと痰の絡みで途中覚醒、起き出して蒸気吸入して対応、二度寝いたしました。朝はストレッチ+YouTubeエアロビクスを軽くこなして、クスリが切れたので朝一番皮膚科を目指して、空いているはずなのに小一時間待たされました。お隣の業務スーパーにちょっぴり買い物をした時に巻き寿司目撃、節分だったことを思い出しました。帰宅して大根など煮たけれど、下茹してもいまいち軟らかくならず、どうも思い通りの味になりません。大根の皮のきんぴらはけっこう美味しい。ウォーキング歩数はほぼ1日分クリア出来。女房殿は昼前に一時帰宅、超高級刺し身入り巻き寿司持参、ありがたくいただきました。自分はフツウの干瓢とかきゅうり主体のが好み、そんなビンボー症でした。今朝の体重はけっこう喰ったのに66.1kgほぼ変わらず。
インフルエンザB型流行中〜最盛期へ。自分も気を付けなくては。ちょうど一番寒い時期、受験シーズン真っ最中。そう云えば前日市立体育館に出掛ける途中、産業大学の入学試験でした(昨年夏以来幾度も目撃)受験生には無事試験に臨んでほしい。総選挙投票ももうちょっとだけど、広報も投票券も届きません。趨勢は自民党大勝との噂だけれど、その通りの結果になるのでしょうか。もちろん全体趨勢、話題の選挙区にも注目しているけれど、投票率が50%超えるのか?そこがまず心配。願わくば60%をクリアしてもらいたいところ。
Dvora'k 交響曲第9番ホ短調「新世界より」/スケルツォ・カプリッチョ〜ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ/ロンドン・フィル(1979年)・・・チェロの巨人Mstislav Rostropovich(1927-2007阿塞拜疆)による52歳の記録。音質はこの時期のEMIらしいちょいと薄めの響きだけれど、まずまずの音質。これは露西亜風というのか?なんせ激遅テンポ、たっぷりとした間、躊躇いがちのテンポダウン、新世界への憧憬に非ず、たっぷり郷愁とウェットな哀惜に纏綿と歌って濃厚劇的パワフルな表現。いくら名曲でもいささか聴き過ぎて食傷気味に至った名曲中の名曲は、久々新鮮に響きました。徹底した個性の色付けが潔く、こんなオロモい「新世界」はめったに聴けるもんじゃない。ハイティンク〜ショルティ時代のロンドン・フィルも好調でした。これはヴェリ・ベストかも。音質はまずまずかな。
第1楽章「Adagio-allegro Molto」はじっくり腰を据えた始まり、ホルンの一撃も明快、劇的に圧巻パワフルな押し出し、頻繁ななテンポの揺れ、たっぷりとしたタメ、粘着質なほどスケール大きな始まりは表情豊かでした。ふだん気付かない内声部の旋律も浮き上がりました。提示部繰り返しも嬉しいもの。(13:52)
第2楽章「Largo」は誰でも知っている懐かしい「家路」のメロディ。これもとことん纏綿に歌うイングリッシュ・ホルンは激遅にじっくり、寄せては返すいや増す郷愁の念。弱音の詠嘆に緊張感は継続します。哀愁の中間部も粛々と急がぬ寂寥が続いきました。(15:07)
第3楽章「Scherzo (Molto Vivace)」ここは賑やかに大柄なスケルツォ。テンポは通常、アクセントは明快に、悠々とした推進力、ロンドン・フィルの金管が炸裂してスケールと緊張感は充分。ここも馴染み薄い内声部の旋律があちこち出現。ユーモラスな部分の途中対比も効果的でした。(12:36)
第4楽章「Allegro Con Fuoco」大柄な決然とした第1主題は噛み締めるように雄弁な始まり、ここもテンポはさほどに遅くはない。ホルン先頭に明るい金管のアクセントはヴィヴィッドにパワフル、圧巻の推進力に熱量は高まります。哀愁の「新大陸に血のように赤い夕日が沈む」場面はしっとり、やがて元気いっぱいのフィナーレは明朗に、たっぷりテンポを動かして、タメにタメて詠嘆の絶叫に全曲を閉じました。(12:36)
「Scherzo a capriccio」は剽軽なホルンが自在に活躍して、民族的な変拍子が躍動して、懐かしくもヴィヴィッドな名曲。(13:38)
R.Strauss 交響詩「ドン・ファン」/交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」/交響詩「死と変容」〜アンドレ・プレヴィン/ウィーン・フィル(1980年)・・・旧録音。久々の再聴。「なんかカラカラに乾いて弦にまったく厚みがない。管に奥行きもない。演奏ともども素朴と言えば素朴なんだけど・・・」みたいな否定的な印象でした。今回はLP復刻音源、ネット情報では「リズム処理が上手。ウィーン・フィルとの初録音で、プレヴィンのセンスの良さ、魅力溢れる録音の一つ」とのこと。自分は2010年に聴いていて、
悠々と歌ってどこにもリキみのない、優しく自然体の「ドン・ファン」。悠然たるスケールとか強靱なる爆発を期待する人には”スカ”みたいいユルい
優雅誠実、必要にして充分なるメリハリであって、耳目を驚かすような世界(絶叫大音響)は出現しません。ウィーン・フィルがいつになく素朴な印象(「ティル」)
今回の音質印象は「カラカラに乾いて弦にまったく厚みがない」なんてこもともない、ぎらぎら艶々とは無縁だけどそれなりの意外と自然な音質。解像度も悪くない。
「ドン・ファン」は「リキみのない、優しく自然体」に間違いはない。ウィーん・フィルとの初録音!みたいな力みとか意思の疎通足りぬ素っ気なさを感じさせぬ、ウィーン・フィルの木管の響きを活かしてのびのびと素直な演奏でした。(17:02)
「ティル」は不器用なホルンも魅惑の音色、明るい躍動が快いもの。(14:37)
「死と変容」は素直な明るさと爽やかさに、ちょっぴり深遠さとか達観に足りぬことが気になりました。(26:06)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
全国の大雪による犠牲者は17人に上るとのこと。大自然の威力は恐ろしいですよ。総選挙当日も大雪の予想とか。亜米利加フロリダでは記録的な寒波にイグアナが凍った写真がありました。
上野で現金4.2億円、羽田で1.9億円未遂、香港では5,100万円強盗、こんな現生が運ばれるのは、よろしからぬ怪しいマネーロンダリングではないか?とのこと。香港では日本人も含む4人が逮捕されたそう。なんか物騒やなぁ。日本側の事件の犯人も早く捕まらぬものか。
新しい一週間が始まって体調はまずまず、洟水は盛んに出て、ちょっと眠れない。処方されたクスリも切れました。いつも通りのストレッチ、短いYouTube筋トレ・ストレッチ済ませて市立体育館にウォーキング、ちょっぴり息が上がるくらい速度を上げてトレーニングルームに到着、平日の朝だからほぼ常連メンバーに空いておりました。いつもの鍛錬メニューを消化して、そのままスーパーに寄りました。おコメの価格は4,280円/5kgが主力、やはり価格は少々落ち着いておりました。いつもとは違う珈琲豆(挽)を高いけど泣く泣く入手。今朝の体重は66.15kg▲250g。
珈琲豆はずっと高止まりなのは、産地原料の不作と流通経費の高騰、そして円安要因でしょう。自分が喫茶店に入るのはお付き合いで年一回ほど、基本は業務スーパーのラグジェリッチ(挽)を愛用、ここ3年で倍ほどに値上がりしております。自宅にて朝一杯自分で淹れるのは欠かせない習慣、時に気が向けば昼過ぎにも一杯。ま、外で喫するより安上がりの贅沢でしょう。
先日、YouTubeを拝見していたら、朝たまご料理のあとに珈琲を喫したらせっかくの亜鉛が吸収できなくなるんだそう。朝、スキレットににんにく、適当な野菜といっしょにたまごを焼いて、その後に珈琲はパターンなので、これはちょっと悩ましい。どう対策したらよいのか。
珈琲を淹れることにさほどに凝っていないけれど、以前は豆を珈琲ミルに都度挽いていたのは面倒臭くてやめました。挽いた豆を買ってきて香りが抜ける前に消化できますし。コーヒーケトルは使っていて、珈琲カップを熱湯で暖めて、ドリッパーに設置したフィルターペーパーはお湯で湿らせてから、珈琲豆粉末をセット、湯を若干注いで湿らせて時間を置いて蒸らして・・・豆をまんべんなく、ムラなく注いで〜その程度。砂糖は入れず、フレッシュと粉末シナモンは必須です。
毎朝欠かさぬ、ささやかな贅沢でした。
Ravel バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第2組曲〜アルトゥール・トスカニーニ/NBC交響楽団(1949年)・・・
デリケートに華やかな作品はオーケストラがモウレツに上手くて、強烈な集中力にテンション高く、ノリノリ。「Lever Du Jour」(4:53)「Pantomime」(7:17)「Danse Generale」(4:12)
Weber 「舞踏への勧誘」(1951年)かなり速いテンポにかっちりとしたリズムは強烈、これでは踊れそうもありません。中間部はちょっと優しい表現でした。(7:53)
とは2025年6月のコメント。
RCAのLP3枚分「The Ballet」はHDDお釈迦事件に失ったので、ネットより再入手してArturo Toscanini(1867-1957伊太利亜)部分のみ再聴いたしました。フルトヴェングラーは時々その強烈な個性を堪能する機会もあるけれど、こちら硬い音質故?拝聴機会は少ないもの。この精密緻密に華やか作品である「ダフニス」も寄せ集め音源の流れから偶然拝聴して、その華やかな集中力、NBC交響楽団の精緻かつアツいアンサンブルに驚愕いたしました。これは亜米利加がまだまだ元気いっぱい!未来への希望に溢れていた頃の記録なのか、聴手のテンションが高くないと付き合いきれない。
前回拝聴時「舞踏への勧誘」には「踊れそうもありません」との酷評したけれど、それはその通り。でも、オーケストラの技量と集中力は尋常の水準ではないことには間違いなし。いずれ作品の色気とか風情とか云々より、トスカニーニの個性を堪能すべき個性的な記録でしょう。ちょっと興奮いたしました。
R.Strauss 交響詩「ドン・ファン」 /交響詩「死と変容」(1976年) /Respighi 交響詩「ローマの松」(1982年)〜セルジウ・チェリビダッケ/シュトゥットガルト放送交響楽団・・・2016年来の再聴。シュトゥットガルト時代(1971-79年首席客演)の記録は音質はいまいち。テンポは微速前進に非ず、通常な感じ。
「ドン・ファン」はいまいちノリが足りず、サウンドも薄く乾き気味、この散漫さは音質印象なのか、オーケストラの個性なのか、指揮者との相性か。専門筋の方によると冒頭の金管がミスっているとか。(18:36)
「死と変容」は思いっきり雄弁に煽った演奏がスケール大きく、これはなかなかの説得力・・・なんだけど、クライマックス辺りで響きが濁るのが気になりました。(27:48)
「ローマの松」は雰囲気たっぷり。
「ボルゲーゼ荘の松」金管も華やかに輝かしい陽光も強烈なテンション(2:42)「ボルゲーゼ荘の松」は粛々と雄弁にカッコよい(6:52)
「ジャニコロの松」は妖しい静謐に洗練されて良く歌って幻想的(8:01)
「アッピア街道の松」極々弱音からじょじょに接近する古代ローマの軍隊、思いっきりエッチなイングリッシュ・ホル・ソロとファゴットの絡み、もりもりとパワーを上げていくカッコよい雄弁、金管の絶叫表現も入念でした。(5:54)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
昨日日曜も好天。でも寒そうやなぁ、朝一番にストレッチ、短いYouTubeウォーキング、そして洗濯を済ませて・・・身動きしたくありません。ぬくぬくとコタツに隠りました。いかんなぁ、な〜んもしたくない。食材も充分残っているので買い物は必要ありません。
女房殿オトモダチの高級パソコン返却、いちおう処理した内容、助言などを手書きメモにしたけれど、考えてみれば手書きは数カ月ぶり?最近はすべて文書はコンピューター、思い出してみればお仕事現役時代だってネット普及以降は手書きはメモくらいになっておりましたっけ。漢字は読めるけれど、どんどこ書けなくなって、ヤバい自覚はありました。大丈夫か?自覚なきボケは進んでいるのかも。今朝の体重は66.4kg+150g微増に要注意。
動画をみたら「春節に中国人観光客がこなくて大歓喜!」「代わりに押し寄せる国はタイヘン!」「さすが高市首相!」みたいな提灯動画が出ておりました。自分も迷惑中国人観光客が減ったのはオーバーツーリズムには佳きことと考えるけれど(ほかの国のインバウンドはたくさんいらっしゃるし)それってたまたま、偶然の産物でしょ?ま、中国も大不況らしいから商売もタイヘン、いずれ日本の経済とは深いつながりがあるのも事実、対中関係の悪化にはマイナス側面もいろいろあります。ものごとには裏表両面があるもの。
日本を愛して日本に住んで働いていらっしゃる方、観光に来日される方は日本を愛していらっしゃるのでしょう。「日本にいる中国人は全員スパイ/全員反日!」という先入観は違うと思いますよ。人それぞれ。
どこかのブログにユジャ・ワン(王羽佳)のステキな演奏映像を眺めて「心のなかでは日本を憎みながら演奏しているのでしょう」とのコメントに絶句しました。
「サナエ過ぎ」とは、「服でマウント、作り笑いがキモイ、そんなことよりが口癖、絶対撤回しない、人のせいにする、最後は開き直る」という意味なんだそう。他意はありません。 支持者の皆様、自分はネットから伺って引用しただけなのでご容赦ください。読売に続いて朝日新聞の調査でも「自民・維新300議席伺う」「中道半減か」との予測が出ました。川口市長選では自民推薦候補敗北。外国人が多く暮らすところですよね。
R.Strauss 交響詩「ドン・キホーテ」(大管弦楽のための騎士的な性格の主題による幻想的変奏曲)〜トーマス・ビーチャム/ポール・トルトゥリエ(vc)/ロイヤル・フィル(1947年)・・・R.Straussの管弦楽作品は華やかに効果的なものだから、音質状態はよろしく聴いたほうが愉しめるもの。これは時代を勘案するとかなり良心的、明快な音質だけど、やはりモノラルは残念。けっこう長時間掛けて入念に録音していたらしい。1932年録音を聴いていた記録が残っているけれど、既に記憶もありません。
Thomas Beecham(1879-1961英国)率いる創立2年目、戦後すぐのロイヤル・フィルは実力充分、溌溂としてテンションは極めて高い。音質の加減なのかビーチャムの表現なのか、Paul Tortelier(1914-1990仏蘭西)はあまり際立たず管絃楽全体の響きに馴染んで親密、かつ内省気味でした。各変奏曲の描き分けは明晰、けっこうパワフルな勢いを感じさせてわかりやすい。つかみどころのない難曲!勝手にそう感じてきたけれど、情けないカンチガイ爺のユーモラスにリアルな冒険譚描写を堪能できるようになってきました。
「ラ・マンチャの男は騎士道物語を読んで妄想する」(6:21)「冒険に出る(ドン・キホーテの主題はチェロ、サンチョ・パンサはヴィオラ)」(2:02)「風車を巨人と思い込んで戦いを挑む」(2:30)「羊の群れをアリファンファロン大王の軍隊と勘違いして戦闘を挑む」(1:36)「騎士と従者の対話」(7:41)「懺悔者が携える聖像を誘拐された貴婦人だと思い込み、助け出そうとする」(2:00)「架空の恋人ドルシネア姫への思いに耽る」(4:06)「田舎娘をドルシネア姫だと思い込む」(1:06)「木馬に空中を騎行し、巨人退治に夢中になる」(1:00)「小舟は転覆してずぶぬれ」(1:37)「二人の修行僧に闘いを挑む」(1:08)「月の騎士との決闘でドン・キホーテは大地の打ちのめされる」(3:53)「ドン・キホーテは最後の日々を瞑想の中で過ごす。やがてドン・キホーテの死」(4:38)
Schubert 交響曲第9番ハ長調〜ヨーゼフ・クリップス/ロンドン交響楽団(1958年)・・・幾度も聴いているはずのJosef Krips(1902-1974墺太利)によるお気に入り演奏も2016年ぶりの再聴。当時曰く
「よけいなるリキみやら、皮相な強奏が皆無でキモチ良い演奏です。第二楽章の早めのテンポ、ほんわかとした軽快なリズムも個性的」
「自然な息遣い、優しい歌に充ちてテンポ設定にもムリがない中庸。シンプルな歌謡性に溢れた作品旋律を過不足なく表現」
さすがに音質は少々草臥れて定位はやや不自然だけど、各パート解像度よろしく充分現役でしょう。テンポは中庸にロンドン交響楽団には維納の香りが歌謡的に歌って漂いました。繰り返しは馴染みの状態。
第1楽章「Andante - Allegro ma non troppo」冒頭茫洋としたホルンの奥行き、神秘の響きも魅力。弦も木管も落ち着いて優雅な序奏からのスピード・アップへの流れにも軽みを感じさせる躍動でした。(14:02)
第2楽章「Andante con moto」途方に暮れた緩徐楽章。後半、速めのテンポにさらさらと流す軽い感じもクリップスらしい。(13:48)
第3楽章「Scherzo: Allegro vivace」スケルツォだけど溌溂と軽みがあって、スウィングするように優雅なメヌエット風情漂う3/4拍子。(9:53)
第4楽章「Finale: Allegro vivace」躍動する楷書の表現。明るく、力みなく快い流れはノリノリ、じょじょにパワーを上げていくフィナーレ。(12:01)
2026年2月某日/●隠居生活もやや馴染みつつある日々
寒さ厳しい2月に入りました。昨日土曜もいつもと同じ生活、ストレッチしっかり、短いYouTubeエアロビクス済ませて市立体育館へ。ここ最近道中往復のウォーキングは速度を上げております。前日休業してマシンを入れ替えたトレーニングルームは、常用していた腹筋マシンが消え、なんか使い慣れぬ新型マシンへ、これも腹筋に効くらしくて説明書き通り利用したらけっこう手応えはありました。もう一種、とっても古くてどこの身体の部位に効果があるの?イマイチ不明に使っていなかったマシンは消え、マッチョにハードなバーベル連が使うものが導入されておりました。印度か?孟加拉辺りの留学生二人、日本人の友人と来訪、バーベルを使って鍛えておりましたね。自分はいつも通りゆる筋トレ+有酸素運動15分70kcal分のMyメニュー消化できました。今朝の体重は66.25kg▲100g。けっこうしっかり喰ったんですけどね。
女房殿のボランティア仲間がやや不調のパソコンを診て欲しいとのこと。これが触ったこともない超・高級Dynabook、メルカリで買ったらしいけどぴかぴかのほぼ最新型はオシャレ、高かったと思いますよ。欲しいなぁ自分も。物理的にもソフト的にも綺麗に使って、ヘンなアプリも入れていない。70歳過ぎた元教師の方、とくにWordを上手に駆使していらっしゃる。付属の標準ソフトに種々クリーナーをして、Windowsのアップ・デートは止めてあったので有効にして、最新版にダウンロード、適用させました。おそらくはぜったいに使用しないであろうソフトは沢山入っていて、それは人さまのマシンのなので迂闊にさわれません。気にされていた不調は作成途中のWord文書、自分はその辺りほとんど使ったことはないから、例示された不具合は再読込して保存したらいちおう消えました。中途半端な対応になったのかも。あと、マウス・ポイントの速度が異様に速く、適正と思われるものに修正、おそらく前所有者の好みだったのでしょう。その辺り、気付いたことを手書きメモして女房度に託しました。ご満足いただけれるでしょうか。
Haydn 交響曲第82番ハ長調「熊」〜クルト・ザンデルリンク/ベルリン・フィル(1982年ライヴ)・・・Haydn音源の点検整理をしていたら、Kurt Sanderling(1912-2011独逸)のHaydn交響曲集音源を集めて圧縮したものの情報が怪しい。ファイルのタイミングをみると2020年に保存、当時の自分がちゃんとしなかったから今更後悔しても遅い自業自得。
この「パリ交響曲」中の作品は、艷やかに洗練されたオーケストラの響き、闊達に清潔な勢いはHaydnに相応しい愉悦。重量感も適度に、堂々としてもユーモアを失わない。音質もよろしく、オーボエの明るい音色も間違いなくベルリン・フィルのものでしょう。ほんまの「熊」に出会えば困るけれど、これは愉しい名曲!
第1楽章「Vivace」第2楽章「Allegretto」第3楽章「Menuetto」第4楽章「Finale: Vivace」(26:59)
困ったのがHaydn 交響曲第88番ト長調「V字」〜クルト・ザンデルリンク/レニングラード放送交響楽団(OS Radio Leningrado?)・・・ほんまにありそうなオーケストラだけど、録音情報は不明・・・あちこち探って、1962年リリースの音源がネット拝聴可能、ほんまもんらしい。ちょっとぼんやりとしたステレオ?録音。昔風だけど、違和感はありません。ヴィヴィッドな名曲にオーケストラもけっこう優秀。20年ほど前でもザンデルリンクの基本スタイルは変わらない。
第1楽章「Adagio - Allegro」音質のせいか、この前にベルリン・フィルの流麗な響きを先に聴いたせいか、ちょっと元気が足りないけれど、端正であり、よく歌う立派な始まりでした。(6:47)
第2楽章「Largo」この辺り、纏綿と優雅に歌ってなかなかの説得力。(5:50)
第3楽章「Minuet: Allegretto」大きなメヌエットも重くはない、ユーモアを感じさせます。トリオはちょっと入念に遅いもの。(4:48)
第4楽章「Finale: Allegro con spirito」ここは思わぬ快速!重量級の推進力でした。(3:09)
Mahler 交響曲第1番ニ長調〜パーヴォ・ヤルヴィ/トーンハレ管弦楽団(2025年)・・・これはぴかぴかの新録音だったのですね。Paavo Ja"rvi(1962-愛沙尼亜→亜米利加)は2019/2020年シーズンよりチューリヒのトーン・ハレ管弦楽団の音楽監督。これが今風?キレのある洗練された細みのクール・サウンド、優秀なアンサンブルとクリアにバランスのよろしい音質。かつて前例をみない詳細なトラック分けも詳細。ていねいなアンサンブルに、馴染みの青春の胸と痛みと憧憬を感じさせる旋律を堪能いたしました。これはフランクフルト放送交響楽団に続く再録音。日本にもファンは多くて、けっこう絶賛の声がネットにみられました。
第1楽章「Langsam, schleppend」(3:45)「Immer sehr gemachlich」(6:49)「Sehr gemachlich」(3:28)「Vorwarts dragend」(1:45)速めのテンポにさっぱりと軽いストレート系語り口。時にテンポを落としてていねいな表現も淡く、クールなサウンドが続きます。提示部は繰り返しております。好みの世界だろうけれど、なんかとっても薄味。
第2楽章「Kraftig bewegt, doch nicht zu schnell」(3:48)「Trio: Recht gemachlich」(3:00)「Tempo primo」(1:18)金管の響きは明るく、軽妙に弾むようなリズム、涼やかな弦。わざとらしいほどのテンポの揺れと(トリオのワルツ)入念な細部描き込みもヴィヴィッド。
第3楽章「Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen」(2:39)「A tempo: Ziemlich langsam」(3:10)「Sehr einfach und schlicht wie eine Volksweise」(2:10)「Wieder etwas bewegter, wie in Anfang」(2:10)「グーチョキパーでなにつくろう」を短調にした旋律が粛々とした葬送行進曲風。ここも入念な細部味付けに微妙にテンポが揺れるけれど、快速疾走部分の対比の熱気はさほどでもない。ここもさらさらと流れるような爽やかさに、おとなしい印象でした。
第4楽章「Sturmisch bewegt」(4:00)「Sehr gesangvoll」(3:43)「Wieder wie zu Anfang: Sturmisch bewegt」(4:06)「Sehr langsam」(7:06)「Wieder vorwarts drangend」(2:29)抑制気味だった善楽章から一変、パワフルに決然としたフィナーレの始まり。頻繁にテンポを動かして、たっぷり郷愁の旋律を歌っても、脂ぎった骨太の威圧感から遠いクール系サウンド、金管の響きもクリアに流麗、ティンパニは上手いですね。ここはなかなかみごとな締め括りに満足できる締め括りでした。