Sibelius 交響曲第2番ニ長調(バルビローリ/ニューヨーク・フィル)
ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品77(ジネット・ヌヴー(v)/ススキンド/フィルハーモニア管弦楽団)


DUTTON CDEA5016 Sibelius

交響曲第2番ニ長調 作品43

バルビローリ/ニューヨーク・フィル(1940年録音)

ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品77

ジネット・ヌヴー(v)/ススキンド/フィルハーモニア管弦楽団(1946年録音)

●DUTTON CDEA5016 900円で購入
HISTORY 205638-302●HISTORY 205638-302    
10枚組2,286円で購入したウチの一枚にはこの交響曲録音が含まれます

 再聴のポイントはふたつ。ひとつはヌヴーのヴァイオリン協奏曲をちゃんと聴くこと、それと交響曲はHISTORY盤の(音質の)確認です。交響曲の印象は以下の更新と変わらないが、文書表現があまりにイヤらしい・・・と自覚しております。その後、バルビローリのSibelius は新旧ほとんど揃えて聴く機会を得ました。非常に個性的な世界であって、コメントに苦慮するような不思議で、素敵なる演奏ばかり。

 ヌヴーは1949年飛行機事故で亡くなったんですよね。わずか30歳。佳人薄命か。ワタシはこの作品が大好きでして、弾き手にとってはいかにも難曲であり、浪漫的な作品であり、だからといって濃厚に演奏されると少々困ってしまう〜難物だと思います。27歳の彼女は、情熱的に、それこそ浪漫的にたっぷり演奏して下さって、その完成度たるや驚くべきもの。若手にありがちの、あまりに切れる技巧が先走って、味わいが薄まることもありません。

 燃えるようなテンションでありながら、清涼な味わいを失わない。線が細すぎない。もちろん骨太剛毅な方向とも違って、切実なる情感に溢れます。これは予想外の音質の水準と、ススキンドの見事なバックのチカラもあるのでしょうね。軽快で見通しの良いアンサンブルは充実しております。第2楽章「アダージョ」ソロの低音も演歌みたいに歌っちゃ台無しでして、リキみがなくて品を失いません。そんなに(水も滴るような?)美音じゃないですけど、懐かしい。感極まって、聴き手の胸を擽ります。

 終楽章はラプソディックで、ちゃんとまとまった印象で聴かせるのは難しいと思いますよ。ややテンポ抑え気味で、しっかりとリズムを刻んで走らない。よ〜く歌うが、表情が濃すぎない。余裕有。これはバックも同様でして、カラヤン(フェラス盤)の色彩のきつすぎる録音とはずいぶん異なって、奥床しいくらいか。結論的には余裕のスケールとなって、数々楽しんできたお気に入りの名曲演奏中でも出色の完成度だと感じました。

 SP好きの人々からは評判の悪い「HISTORY」(TIM)の復刻だけれど、たしかに交響曲第2番におけるCD復刻は、少々頼りないというか、薄い音ですね。ニューヨーク・フィルの暖かく、骨太な響きはDUTTON盤のほうにより感じられる、ということです。「前のめりの熱気」が「腰が据わらない落ち付かなさ」に、やや変貌しているようにも聞こえます。

 それでも40歳気力体力充実したバルビローリの推進力はちゃんと伝わって、後年の歌心の徹底の片鱗を感じさせつつ、燃えるようなテンションが更に前面に表出されます。テンポは(後年の録音より)速め、アクセントも強調し、しかも感興の高まりとともにアッチェランドも登場します。(第2楽章が特徴的)しかし、詠嘆濃厚なる旋律扱いは既に感じ取ることは可能です。以前にも感じたが、どうしてニューヨーク(1936〜1943年)では人気が出なかったんだろう。(晩年は客演してMahler 振ってますね)ま、アメリカにはヒステリックな音楽ジャーナリズムがあった(いまでも?)らしいし。なんせカリスマ・トスカニーニの後任だったし、運が悪かったか。

 12年後1952年のハレ管弦楽団との録音と比べると、前半楽章1分ずつ短くて(つまりテンポが速め)、後半はほぼ同じテンポ(印象的には前半のイメージが崩れない)〜後年は詠嘆の劇性をいっそう強めておりますね。ニューヨーク・フィルはこの時期から骨太で暖かい響きが魅力的でして、ハレ管より厚みがあるのは事実でしょう。ワタシはバルビローリのSibelius を愛する(↓以前の更新文書後、全集を入手済)けれど、ずいぶんと浪漫的な、”北欧の清涼”方面とは異なる印象を持っております。

 「バルビローリのSibelius は常に暖かい」と評された方も(ネット上で)拝見していて、このニューヨーク・フィルとの録音でもその”アツさ”をちゃんと感じられますね。ズルズル横流れ、甘美な節回しはここからはっきりとした個性として刻印されるが、縦の線をきっちり合わせて構成刻印する「立派」な独墺系演奏とは一線を画すと思います。(だからワタシはザンデルリンクの「立派」な演奏は苦手。セルのみは別格!勝手な言い種だけれど)

 結論的に、この1940年盤だって(ムリして揃えるかどうか別にして)充分価値のある、後年語り続けられるべき音源であると確信いたしました。Sibelius って、意外と旧い録音でも楽しめますね。(例えば、ロベルト・カヤヌス。ああ、エールリンクの録音も欲しいものだね)以前の更新文書は以下、そのまま。

(2006年3月16日)


 バルビローリが若い頃にトスカニーニの後任としてニューヨーク・フィルの指揮者をしていたとは、少々意外な感じがするものです。当時の評価としてはあまり芳しいものではなかったらしいが、録音を聴く限り、気力充実してまったく素晴らしい。彼の定評あるSibelius の交響曲は第5・7番しか聴いていないが、この第2番は聴きものでした。

 たまたま2種類のCDが手元に揃いましたが、音質的にDUTTON盤に一日の長があります。HISTORY盤は、音をいじってなくて良心的だけれど、高音が刺激的で聴き疲れしました。奥行きも足りない。年代から考えて、これは良質な音源と評価出来ると思います。

 ま、Sibelius って「涼やかで、爽やかな」〜そんな演奏を期待しがちでしょ。イギリスのオケって、いろいろあるけれど「濃厚な」という雰囲気じゃないですよね。それに「上手すぎるオケ」(これは指揮者の責任だと思うが)だと味わいが出ない。でもね、バーンスタイン/ニューヨーク・フィルの演奏が意外なほどピタリとハマっていたし、オーマンディは作曲者から高い評価を得ていたでしょ。

 それに、先日ザンデルリンク/ベルリン響の演奏を聴いたら、これが濃密でセクシーなくらいの魅力に溢れていて、Sibelius の視野を広げてくれました。Sibelius もいろいろあらぁ〜な。ここでの演奏は(当たり前だけれど)ニューヨーク・フィルそのものの響きで、明るくて、充実していて、骨太です。燃えるような、情熱的な演奏。「涼やかで、爽やかな」〜そんな演奏じゃない。

 フレージングが明快で、優秀なアンサンブル。ハレ管の味わいも悪くないが、オケの「鳴り」の水準が違ってチカラ強い。で、肝心の解釈は如何か、という点では、歌心に溢れて朗々と雄弁・聴き手の胸をアツく燃やしてくれるんです。トスカニーニもクーセヴィツキーも、この曲は全然ツマらんかった。オケが立派なら〜と、いうものではないのは当たり前。

 この人、基本的にタテのりのリズムじゃなくて、横流れのズルズル旋律の味わいでしょ。ときどき、なんやわけワカらん状態になりそうだけれど、全体としてちゃんとした主張になるのは、もうこの人のマジックというしかない。オケの明快な骨太さと文句なくかみ合っていて、独特の節回しがピタリと決まるのは驚くばかりの興奮。

 第1楽章は「ふむ」、第2楽章「おお?」、第3〜終楽章「!!」状態で、この圧倒的馬力と感銘は壮年時代のバルビローリならではの世界。当時のニューヨークの観客の反応はどうだったのでしょうか。晩年の彼の録音はもちろん素晴らしいが、こんな時代から本質は変わっていないと思います。

 ちなみに第2番ばかりHPに載るのは、手元に在庫が多いからであって、曲的に好きな順、というわけはありません。まだまだ気になる演奏は手元にぎょうさんおまっせ。(2002年7月12日) 


【♪ KechiKechi Classics ♪】

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written by wabisuke hayashi