Sibelius ヴァイオリン協奏曲ニ短調(クリスチャン・フェラス(v)
/ヘルベルト・カラヤン/ベルリン・フィル)


輸入元エコー・インダストリー	CC1068
Sibelius

ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47
交響詩「タピオラ」作品112
交響詩「フィンランディア」作品26

クリスチャン・フェラス(v)/ヘルベルト・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー

海賊盤(DG録音) 輸入元エコー・インダストリー CC1068 1964年録音 1,000円で購入

 2005年は、例年にない寒さで進行しております。ヤルヴィ/エーテボリ響の交響曲CDを数枚入手したことをキッカケで、寒中Sibelius ばかり聴いております。しつこく、何度聴いても、どの作品を聴いても飽きない。交響曲第4番イ短調でけっ躓いたのは先に書いたとおり。カラヤンのDG時代の録音(1965年)はLP以来の再会に入りで、いつの日にかサイトに!と思いつつ拾年ぶり、久々の邂逅に「憧れのマドンナはこんなひとだった?」的にガッカリしたのも、時の流れのマジックでしょうか。

 でもね、このヴァイオリン協奏曲/タピオラ/フィンランディアに違和感なし。じつは紅顔の少年時代愛聴していたLPがこれ(MG2142「タピオラ」含まず)でして、刷り込みというのは恐ろしい。以下の文書はサイト開設当初1999年頃の文書だと思うが、当時「アンチ・カラヤン」病最盛期で「違和感」を強調しておりますね。ワタシは現在すっかり免疫が出来上がって、カラヤンは是々非々で冷静に聴くようになっているし、その上で「Sibelius はアカンかなぁ、ようワカラん!」と思うように至ることだってあります。でも、この一枚は例外中の例外。

 クリスチャン・フェラス(1933-82)はカラヤンお気に入りのヴァイオリニストとして、1960年代DGレコーディングの中心的存在でした。その少し前にはフランスEMIでけっこう録音もあるんですよ。いまや忘れ去られた存在でしょうか。たっぷりとした骨太で豊満、というスタイルではないが、清楚で良く歌って、しかも過剰なるなヴィヴラートに陥らない。数年前のワタシは「神経質」「細い」との印象を持ったらしいが、ココロ澄ませて拝聴すれば、そんなことはない。抑制された情熱と官能さえ感じさせて、瑞々しいテクニックがどこまでも爽やかで若々しい。

 カラヤンのバックは少々上手すぎて、ムーディ、手慣れたような印象もないではないが、重い印象はありませんね。しっとり雰囲気タップリ、ソロを包み込む豊満さ。やや濃厚で暗めだけれど、Sibelius に相応しい冷涼な味わいにも不足しない。この味わいの濃さは、同曲異演のバックでは滅多に味わえない個性に間違いない。ある意味、主張が明快でわかりやすく納得いたしました。

 但し、最終楽章はソロとバックに少々違和感ありますか?走ろうとするヴァイオリン、悠然とした態度を崩さないカラヤン。

 「タピオラ」は1925年発表された最後の作品となります。荒涼として難解な作品だと思うが、澄み切った清涼感が全体を支配して美しい幻想曲として完成度は高いと思います。ワタシにはSibelius 作品を聴いて、首を傾げることなどありません。練り上げられ、磨き上げられたベルリン・フィルのアンサンブルは、最終盤に向け金管の爆発、オーケストラの厚みを演出して圧倒的。これは異形の官能性だけれど、時にこんな甘美な世界に浸るのも悪くない。

 「フィンランディア」は、先日聴いたバルビローリ盤(1966年)を(逆の意味で)思い出しましたね。ショボいオーケストラやなぁ、なんて最初は思いつつ、やがて誠実なる集中力に引き込まれていく不思議なワザ。それとは対極にある華やかでスタイリッシュ、スピード感のある演奏。ワタシと「フィンランディア」との出会いは、これ(か、もしくはフィルハーモニア管との1959年録音?)だったんです。

 侘びしい中年を過ぎゆくワタシには少々立派すぎて、味わい/誠実系「フィンランディア」が好ましく思えてくる今日この頃でした。録音は自然で良い感じ。(2005年3月4日)


 ワタシはこども時分から「アンチ・カラヤン」。「巨人・カラヤン・卵焼き」(大鵬はもう隠退していた)世代に育ったので、カラヤンは嫌いでした。(巨人はいまでも嫌い。卵焼きは好き)CD時代になると、カラヤンの激安海賊盤が手にはいるようになって、少し考えも変えました。(良いものもないではない)

 60年代にDGで名曲録音を一手に引き受けていたのが、フェラス。1982年に49歳という若さで亡くなったフランスのヴァイオリニストでした。2000年一気にDG録音が復活・・・・というかBach やシューマンなんて、始めて存在を知ったくらい。EMIでは、輸入盤で若い頃の録音が安く手にはいるはず。

 神経質で美しい音色。上品だけれどやや線の細いヴァイオリン。ラプソディックな味わいもあり、技術的にも優れていて良い演奏だと思います。若々しく、入魂の情熱的な演奏。評価されいないのが不思議です。

 カラヤンのバックは、分厚く豪華な響き。立派過ぎて粘着質で、曲・ソロとの違和感があり、官能的で重すぎます。明らかにバック主導の演奏であり、フェラスはカラヤンの手の内でしょう。(若手は悩むよな)
 即興的で神経質なソロ・ヴァイオリンと、鈍重で深いバックの対比。最終楽章はリズムが重すぎて集中できない。録音は良好。

 「タピオラ」は、旋律の歌わせかたの端々に、カラヤン一流の歌い回しが徹底されていて聴かせ上手。細部まで磨かれ、考え抜かれ、演出され尽くされた圧倒的美演。聴いていてゾクゾクしますが、Sibelius との違和感は最後まで拭えません。

 「フィンランディア」は最高。
 こういう「通俗名曲」を振らせたらカラヤンは最高で、オーケストラの迫力ある鳴り、ティンパニの決め方の妙。旋律の歌わせ方の申し分ないクササ。

 エンターテイメント性に賞賛を惜しみません。が、もちろん「民族の悲願」とは無縁。


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written by wabisuke hayashi