Tchaikovsky 交響曲第4番ヘ短調 作品36
(小澤/パリ管弦楽団)


Tchaikovsky 交響曲第4番ヘ短調 作品36(小澤/パリ管弦楽団) Tchaikovsky

交響曲第4番ヘ短調 作品36
パリ管弦楽団  (p)1971年

イタリア奇想曲 作品45
フィルハーモニア管弦楽団 (p)1982年

スラヴ行進曲 作品31
ポロネーズ〜「エフゲニー・オネーギン」より
ベルリン・フィルハーモニー (p)1985年

Disky Communications BX905106 7枚組 4,990円で買ったウチの一枚

 今を盛りの小澤征爾EMI録音を集めた7枚組より。ワタシは小澤のファンでもないし、Tchaikovskyも苦手方面。でも音楽はちゃんと聴きます。世評高い演奏家・指揮者、名曲には必ずや学ぶところがあるはず、それを楽しめないのは自分の責任であり、可能性は常に否定しない〜これは基本ポリシーなんです。

 でも正直、ここ数年の小澤の演奏には失望ばかり、テレビで見ても、とても最後まで聴いていられないほど音楽が空虚に感じられるのは、ワタシの耳が未熟だからでしょう。小澤の正確な評価については、中野 雄さん 「ウィーン・フィル音の響きの秘密」という本が的確で納得できる指摘をされています。一読あれ。

 Tchaikovskyの交響曲については、ワタシが小学生中学生時代からのお付き合いだけれど、幾十年たっても得心がいかない。例えばムラヴィンスキーのDG盤(ステレオ)には、心底震えるほど胸かきむしられる思いがありました。でも、日常聴きたいとは思わない。そうだなぁ、第5番のクリップス/ウィーン・フィル〜これくらいでしょうか、納得したのは。ああ、そうか、良い曲だなぁ、これは好きだ・・・と。

 で、我らが小澤のパリ管との録音。小澤はおそらくこのオケと相性がヨロシい。「火の鳥」全曲も(LP時代)とても良かった記憶がある。結論的にいうと、この演奏はとても聴きやすい、理解しやすい。曖昧なところがまったくない。誠実。一生懸命。鳴るべきところで、オケはちゃんと反応し、爆発する。メリハリ充分。音が濁らない。こだわりがないと言っても良いか。

 これ、もう30年前なんですね、録音は。小澤の若々しさが前面に出ていて、熱気が素晴らしい。技術が技術として(良い意味で)熟練していなくて、Tchaikovskyのクサい旋律が、これほど素直に甘受できたことも珍しい経験でした。ゴテゴテした色彩の衣服が、ブリーチ・アウトしたら爽やかで軽快な模様に仕上がった、みたいなものか。

 「泣き」がありません。細部まで緻密なようだけれど、一節一節に入魂のニュアンスを付けているわけではない。もっと、機能的で技術的なものだと思います。しかし、存分に情熱的。旋律の歌い口は颯爽としていて、爽快。パリ管の響きは軽快で、明るく、やはり小澤との相性はピタリ。威圧感、どんよりした重さもない。とにかく気持ヨロシ。

 ワタシは、CDを聴いていて時に「ああ、このホルンは深いな」とか「フルートが痺れるような天空の謡い」な〜んて感じることもしばしばです。でも、この演奏は「ああ、とても美しいオケ」に間違いはないが、「どのパートが・・」という思いが湧きません。あくまでトータルの「小澤サウンド」として、じつに聴きやすい。これは悪口でも皮肉でもありません。欧州ではこういう響きが新鮮に感じられるのでしょう。終楽章は期待通りの爆発がやってきました。


 残り三曲の管弦楽曲は、オケの個性が良く出ていて楽しめます。フィルハーモニア管は、じつに素直でスムーズ。暗い前半が、妙に引きずらない表現で好ましい。バランスがとれた、とはこのことを指すのでしょうか。表現としては特別個性的ではないので、面白い演奏とは言えません。美しいが、やや優等生的か。

 ベルリン・フィルになると、中低音の充実ぶりは誰でも理解出ます。響きに艶と色気が加わります。それでも、的確なる明快な語り口は「小澤サウンド」そのものでしょう。鳴るべきところは、しっかり鳴らす、これはオケに厚みがあるのでいっそう効果的です。明快なフレージング、正確なるリズム、生真面目なアクセント〜コレ、日本人の特質と言っちゃまずいですか?

 後半になるほど録音が新しいようだけれど、交響曲第4番ほどの「鮮度」を感じません。「よく出来ている」とは思いますが、なんとなく堅苦しい。(2003年1月18日)


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written by wabisuke hayashi