Sibelius 交響曲第2番ニ長調 作品43(1957年)/ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47(1959年)
(オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団/ダヴィド・オイストラフ(v))


SONY SRCR1839 Sibelius

交響曲第2番ニ長調 作品43(1957年)
ヴァイオリン協奏曲ニ短調 作品47(1959年)

ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団/ダヴィド・オイストラフ(v)

SONY SRCR1839

 いつもの、ほんの感想文というか、感慨雑文であります。

 たしか、初めて自分のお小遣いで入手した30cmLPはオーマンディの「合唱」「運命」の2枚組(2,500円也)。そりゃ盤もすり切れよ!(んなことはなかったが)くらい熱心に聴きましたよ。小学6年生のクリスマス。爾来、オーマンディを(エラい評論家先生がなんと言おうと)絶対支持!次が「悲愴」「幻想」、社会人になってからは怒濤の如く中古LPを漁ったものです(時代は既にCDに遷りつつあったから、安かった)。1970年代、オーマンディはCBS(当時既にSONY)→RCAへ移籍して、再録音をバリバリ実施しておりました。それに対抗するように旧録音は(当時の価値基準で言うところの)廉価盤で激しく宣伝販売、新録音商戦を苦難に陥れたとのこと。ワタシは当然、言うまでもなく、もちろん廉価盤旧録音ばかり聴いておりました。(後年CD時代に新録音を聴いても、旧録音に軍配を上げたくなっちゃう)

 やがて幾星霜、時代のパラダイムが転換して、そろそろ旧録音はパブリック・ドメインに。ワタシは手持ち棚中CDをここ数年、意欲的に処分して参りました。オーマンディのRCA録音(例えば記憶にあるだけでも、このSibelius 、展覧会の絵、悲愴、惑星、Bartok、ウィンナ・ワルツ。EMI録音の「ツァラ」も)は全部処分いたしました。CBS録音も沢山オークションに出したんだけれど、Wagner管弦楽作品、「合唱」(馴染みの初恋音源)、「ウィンナ・ワルツ」、「アルルの女/カルメン組曲」、そしてSaint-Sae"nsの交響曲第3番ハ短調が売れ残りました・・・大切に聴きましょう。

 ワタシ如きド・シロウトが云々するのもなんだけど、音質の件。HMVのレビューは皆好意的だけれど、「唯一気になったのが、録音が1957年、59年と古いためか多少ノイズがあった」「録音年代が古くヒスノイズなどが気にならなくもない」とのコメント有。但し、「響きは新鮮で当時の米コロンビアの録音技術の高さには感心する」とのフォローも入りました。もちろん、艶々の鮮度、極上の奥行き空間!てなことはないんだけれど、ワタシは充分日常聴きとして現役水準と感じました。なんせ同世代ならご存じ、1970年代、我らがSONYはんのLPはマスタリングも盤質もよろしくなく、オーマンディってきんきら、金属的ヒステリック、ハイ上がりの酷い印象でしたから。こうして上手い具合に経年劣化して下さって、エエ感じの聞きやすさに。

 もともとSibelius はお気に入りだけれど、最近ちょっと悩ましく拝聴しております。バルビローリがロイヤル・フィルと録音(1962年)したのがあったでしょ?バルビローリの纏綿とした横流れ表現は大好き。でもね、ここでのロイヤル・フィルは絶好調であきらかに2種のハレ管とは違っております。オケの技量、テンション、集中力。それ以来、ハレ管の録音をウカツに聴けんのです。Sibelius って、上手いオケでバリバリ演って下さるのも悪くないんじゃないか。(数種のジョージ・セル録音も念頭に有)オーマンディがまさにそれ。LP時代に散々聴いた、馴染んだというのもあるけどね。

 ”Sibelius は清潔クールなサウンド・オケで”というのは(元々)ワタシの主張であって、事実、ベルリン・フィル辺りは重苦しいんじゃないか。ザンデルリンク/ベルリン交響楽団の全集に至っては購入10年を経、まともに聴いていない(先入感/反省)・・・閑話休題(それはさておき)オーマンディは音楽を雰囲気だけで聴かせないと思うんです。作品を素直に、細部正確に、ムリなく穏健に鳴り響かせてまとめ上げる・・・第1楽章「Allegretto」は、豊かに瑞々しく響いてニュアンス細かく歌っておりますよ。各パートのバランスもよろしく、オケのアンサンブル、技量は高い、とくに金管群の見事な爆発見事であります。テンポの微妙な動きに恣意的なものはない。

 第2楽章「Tempo andante,ma rubato − Andante sostenuto」。陰影が足りない、明るすぎるとは感じませんね。冒頭、怪しげな弦ピツィカート〜暗鬱な低音木管、そして金管が呼応していくところの流れの良さ。やがて昂揚していく場面でも急いた印象を与えない。そして金管の高らか艶やかな響きへ。フィラデルフィア管弦楽団はほんまにゴージャスな響き、それは弱音時のコントロールにも発揮されております。第3楽章「Vivacissimo − Lento e suave − attacca」このスケルツォ楽章は、冒頭弦のアンサンブルがどれだけ見事に揃うか、テンション高いか、がポイント(になってしまった。それはおそらくジョージ・セルの録音を聴いて以来)。フィラデルフィア管弦楽団は楽勝でクリアして、トリオ部分オーボエの牧歌的な安らぎ〜ゴージャスな弦が優雅に呼応する・・・弦の急速な動きにはやがて金管も呼応して妙技を聴かせます。

 終楽章「Finale.Allegro moderato − Moderato assai − Molt largamente」至って、勇壮爽快に呼吸深く、スケール大きく、オケを鳴らし切ってすばらしい。ここでも金管の威力絶大。たしかに、壮絶!とか、胸が痛むエモーショナル!とは方向が異なって、やや楽天的な雰囲気なんだけど、これだけのオケの技量を聴かされると、文句はありません。ラスト名残惜しい静謐〜クライマックスの緊張感、爆発はお見事。

 オイストラフの協奏曲は評価高いようですね。初耳。1966年ライヴ(ロジェストヴェンスキー/モスクワ・フィル)を先に拝聴しておりました。(エールリンクとの1954年録音も)ダヴィッド・オイストラフは最近、大いに見直しているんです。以前は、豊満楽天に過ぎ、リズムがまったりし過ぎ(往年の山本富士子風、昔日本美人風と)最近、ムリない表現+美音がエエじゃないかと。

 こうしてみるとオーマンディと方向性が一緒じゃないか。なんせ伴奏名人だし、浪漫的自在な旋律をまったりと演奏して下さって、文句なし。

(2011年8月12日)

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written by wabisuke hayashi