Tchaikovsky 交響曲第6番「悲愴」ロ短調 作品74聴き比べ(その2)その後10年


SERAPHIM CDE 7243 5 69034 Tchaikovsky

交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」

カラヤン/ウィーン・フィルハーモニー(1948年録音)

素材発信 ザ・ダイソー CD-8 @100

コヴァチェフ/ソフィア・フェスティヴァル管弦楽団(1992年〜93年頃録音)

DARPRO RS952-0040  4枚組800円で買ったウチの一枚→処分済

ラインスドルフ/ロサンゼルス・フィルハーモニー(1960年頃録音)
(+ピアノ協奏曲第1番 ペナリオ)

SERAPHIM CDE 7243 5 69034  670円で購入→処分済

  続・10年後のその後です。相変わらず粗雑な姿勢で音楽に対峙している日常を反省する日々。

 ジュリアン・コヴァチェフ/ソフィア・フェスティヴァル管弦楽団の4枚組も(オークション)処分いたしました。ずいぶんさっぱりと素直な演奏であって、個性不足かな、と。日々(やや)金満中年へと至って、しかもCD相場はずいぶん下がって自由に、好きなだけ買える時代となりました。珍しさのみを追い求める時間は残されていない、といった感慨です。後悔はありませんよ。

 エーリヒ・ラインスドルフ/ロサンゼルス・フィルハーモニーの「悲愴」は、既に棚中に存在しないから、オークション処分したのでしょう(記憶曖昧)。レナード・ペナリオのピアノ協奏曲(相当にノーテンキで、バカ明るい暴力的?)ともども、ちょっともったいなかったかな、と反省しております。”ロス・フィルも、ラインスドルフも「一流どころ」と認知される以前の録音”とは不遜なるコメントであって、1960年ころはそれなりの世評を確立していたことでしょう。ボストン響のシェフに就任する前とはいえ、メトロポリタン歌劇場やらいくつか主たるオケの音楽監督を歴任していたわけですから。

 ここ最近、1950年代亜米利加の録音に興味があって、けっこう前向き馬力演奏はツボなんですよ。勢いがあって、元気で。レナード・バーンスタインの1953年録音はとてもよかった。ま、ラインスドルフとは別個性だろうが、亜米利加が元気だった時代の証言なんでしょう。

 ヘルベルト・カラヤン/ウィーン・フィルの1948年録音は、カラヤンが演奏会活動を禁止されていた時期のEMI録音です。専門の方に伺うと、「ダイソー盤はピッチが怪しい上に、妙なイコライジングをかけてしまっているために全く別物の演奏になっているので注意が肝要です」とのこと。そうだったのか。いまさらオリジナルに近い、状態のよろしいCDを再入手する意欲はありません。

 このCDはさすがにオークションに出品できなかったし、まだ手許にありますよ。久々の再聴でも、若々しくもヴィヴィッドな躍動溌剌演奏でした。ダイニング安物CDラジオで聴いたんだけれど、”妙なイコライジング”成果か?細部様子がとてもわかりやすい。こういった安直な聴取環境用にチューニングされたCDなのでしょう。ウィーン・フィルの華やかな美しさも堪能可能。100円でもしっかり音楽は愉しめます。但し、時代は@100程でメジャーレーベルCD入手可能な時代に至っております。

(2010年7月23日)
 

 苦手「悲愴」聴き比べ第2段。意識して買っているわけではないが、なんやらたくさん手元に存在する曲。ま、縁あって我が手元にまでやってきたので、聴いてあげないともったいないので3枚分取り出しました。ホントは好きじゃないんですよ、この曲は。いずれ、ある意味個性派揃いでしょう。

 まず、コヴァチェフ盤から。オケの正体がよくわからなくて、「云々フェスティヴァル管」というのは録音用臨時編成であることが多い。もちろん指揮者も初耳。想像以上にずっとまともで、大野/ザグレブ・フィル盤のような失望感はありません。オフ・マイクっぽい録音で、遠くから鳴っているような音質。

 線は細く、力強さに欠けるが、アンサンブルはそれなりの水準で、ていねいな印象があります。第3楽章は、小気味よいリズム感もなかなかのノリ。終楽章は抑えた流麗さがある。流れも悪くなくて、もたついたり、ヒステリックな音の薄さというわけでもないので、聴いていてそうツラいものでもありません。交響曲第4〜6番+主要管弦楽曲計4枚で800円なら問題なくお薦め。録音も新しい。

 但し、軽い。弱い。個性不足。「洗練されている」ということではなくて、サッパリしすぎかも。でも、嫌いな演奏じゃありません。「音楽に興味を持った親戚の子供にプレゼント」なんかに最適の素直さ。(自分の子供には?ムラヴィンスキーを聴かせるに決まってるじゃないですか)


 ラインスドルフ盤。1960年前後のCAPITAL録音は興味津々で、わりとCD復刻が進んでいます。安いことも多い。ロス・フィルも、ラインスドルフも「一流どころ」と認知される以前の録音で、それはそれで興味深いもの。当時、彼は48歳でボストン響就任の直前でしょうか。

 「悲愴」の前にペナリオ(p)の相当にノーテンキで、バカ明るい暴力的ピアノ協奏曲が入っていました。で、「悲愴」のほうはというと、これが意外と悪くない。かつて1950年代に録音した無慈悲なMozart から、かなり改善されていて、バランスがとれアンサンブルにも緊張感がある。メリハリも充分。やや早めのテンポに、前のめりっぽいノリも感じさせて一流の演奏です。

 心配されたオケの粗さもほとんどなくて、特別個性的音色でもないが、弦も管もよく鳴っていて迫力があります。フルトヴェングラーみたいな「旋律が伸びたり縮んだり」といった浪漫的な感性ではないが、あながち無味乾燥な演奏とも言えない。トスカニーニ方面の演奏ではあります。むしろこのくらいの愛想(の少なさ)が、この曲には相応しい。

 録音は、ま、最新録音とは比べられないが、立派なもんです。ちゃんとしたステレオ。金属的な響きでもありません。


 本命(なにが?)カラヤンの登場。先日聴いたベルリン・フィルとの録音は立派でした。(でも、二度と聴かないかも)若き日の100円カラヤンはいかがなもんでしょうか。音の状態は、シリーズ中、出色に聴きやすいもの。演奏も一番かも。

 これは、はっきり言って素晴らしい。第1楽章は「こんなもんか」と思っていたけれど、例えば、細かい音型が速いテンポで疾走する第3楽章スケルツォ。一つひとつの音型がじつに明快で、リズムにスウィング感が横溢して、なによりオケが極上に美しい。さきほどのロス・フィルも健闘していたが、旋律に細かいニュアンスの変化が多彩で、どのパートもこれ以上ないというくらい繊細な味付けがされている。驚き。

 語り口の上手さはさすがだけれど、後年のようなもったいつけた脂肪は付いていなくて、まさにこれこそトスカニーニ風。明快な語り口はこの時期特有の個性でしょう。ラインスドルフの「ノリ」とは雲泥の違いの「アツさ」を感じます。ここまでの興奮はおそらくムラヴィンスキー以来。しかも、あの威圧感がない。

 この演奏、どこかで似たのようなのを聴いたことがある、と思ったらマルティノン/ウィーン・フィル(FIC ANC-23。いつもながら海賊盤ですみません)の燃えかたにやや近い。ウィーン・フィルって、こうやって聴き比べをすると、つくづくその底力を痛感します。響きに色気がある。第2楽章「変拍子ワルツ」の、上品な甘さの快楽。

 終楽章の甘い旋律も清潔感があって、イヤらしさを感じさせません。フレージングも明快。感興の高まりから来るテンポの揺れ動きも自然で効果的。音の状態を乗り越えて、奥行き、重量感、厚みを感じさせるオケ。「100円のCDなんて、危なっかしくて買えるか」と、思っている方、「悲愴」だけでも探してみて下さい。後悔させません。音は当然古いものですが。(2000年12月9日)


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written by wabisuke hayashi