Bach 「音楽の捧げもの」BWV1079(カール・リヒター)Bach 「音楽の捧げもの」BWV1079 カール・リヒター(cem)/オットー・ビュヒナー(v)/クルト・グントナー(v)/ジークフリート・マイネッケ(va)/フリッツ・キスカルト(vc)/ニコレ(fl)/ヘドヴィヒ・ビルグラム(cem) 駅売海賊盤(輸入元エコー・インダストリー)ECC631(1963年 ARCHIV 録音) 1,000円で購入 三声のリチェルカーレ/六声のリチェルカーレのチェンバロ・ソロ担当はヘドヴィッヒ・ビルグラムであって、リヒターは「トリオ・ソナタ」の通奏低音のみ担当しております。(4声のカノンも表記を信じれば、ビルグラムと二人で担当している)ワタシはBach 一般はもちろんだが、取り分けてこの作品が大好き。アストン・マグナ盤でも、パイヤール盤でも、正直なところ、どんな演奏でもかまいません。和声の知的な構築が、妖しい魅力に変貌する不思議な世界。 この作品との出会いは、ニコレのフルート(ルツェルン音楽祭1977年録音/FM放送にて)であったこと、パイヤールの演奏は「リヒターの謹厳実直演奏と比較すれば、ずいぶんと甘やかで優しい、少々まったりとした表現」と、過去のコメントに見えます。トリオ・ソナタ以外は楽器指定はないようだから、編曲のあり方も楽しみのひとつ。作品のキモは三声のリチェルカーレ/六声のリチェルカーレ+トリオ・ソナタと思います。 このCDラストに「トリオ・ソナタ」4楽章分+鏡のカノンが収録されるが、オーレル・ニコレの厳しい集中力に(しみじみ)驚かされます。深淵で奥行きある響き〜「謹厳実直演奏」とは、このことを指していたのかとの記憶も蘇りましたね。フランス音楽には、それに相応しい華やかなる個性でのフルートの魅力が存在するが、まさしく独墺系のほの暗く、重心の低い世界。謹厳だからこそ生まれる、底知れぬ含蓄。重く濃厚なる官能。 ワタシがかつて出会った中でも、出色のお気に入りの演奏であります。 現代楽器による弦だが、強靱で芯がしっかりとした演奏には漆黒の艶を感じさせて、盤石のリズムを刻みました。雄弁で大柄ではないが、ひたすら禁欲的な歌が圧倒的。Bach にはどんな演奏スタイルでも、音楽としての骨格は崩れない・・・というのは基本だが、この演奏は聴き手を甘えさせない点に於いて、他の音源と一線を画します。あとは好みですよ。 三声のリチェルカーレ/六声のリチェルカーレは、(ワタシの刷り込みか、先入観だと思うが)チェンバロ・ソロが相応しい。記憶ではカール・リヒター自らのソロとばかり思っていたが、ヘドヴィッヒ・ビルグラム(1933年〜ミュンヘンの演奏家/ミュンヘン大学教授)担当なんですね。ワタシはこの旋律を聴く度に、「マタイ受難曲」と同じような、胸の痛み、人類の悲劇、そして宇宙の鳴動を感じるんです。時代的にやや金属的な音色だが、表現としては大仰なものではない。着実で虚飾のない演奏。 淡彩なチェンバロの響きに耳を傾けていると、Webernの極色彩管弦楽編曲がノーミソに木霊しました。 (2006年9月15日)
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