Mahler 交響曲第8番 変ホ長調
(エリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団1986年)


COCO-85041 Mahler

交響曲第8番 変ホ長調

エリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団/フェイ・ロビンソン,テレサ・ケイヒル,ヒルデガルト・ハイヒェレ(s)/リヴィア・ブダイ,ジェーン・ヘンシェル(a)/ケネス・リーゲル(t)/ ヘルマン・プライ(br)/ ハラルト・シュタム(b)/バイエルン放送合唱団/北ドイツ放送合唱団/シュトゥットガルト・ズュートフンク合唱団/西ドイツ放送合唱団/RIAS室内合唱団/リンブルク大聖堂児童聖歌隊/ヘッセン放送児童合唱団/フリッツ・ヴァルター=リントクヴィスト(or)

DENON COCO-85041  1986年録音

 エリアフ・インバル(Eliahu Inbal, 1936-)も80歳、日本でお馴染みの指揮者も高齢となって、既に特別なポストには就いていないようです。バブル真っ最中に録音されたMahler 全集はずいぶん話題となって、ここ最近は押し寄せる次世代の新しい録音に押されてか話題になることも減ってきました。Mahler は大好き、聴く機会も多いけど、どんな演奏だっけ?記憶も雲散霧消して、ディジタル録音の先駆、日本の技術チームによる録音も再確認したかった。もう30年前、一世代巡ったんやな。

 出会いはバーンスタイン(1966年)FMから流れた阿鼻叫喚混沌混迷の渦、若かったワタシには手に負えん音楽!と認識したもの。CD時代に至ってジョージ・ショルティ(1971年)の豪腕強引な演奏を聴いても苦手意識変わらず、やがてヴァーツラフ・ノイマン(1982年)の声楽の扱いに感心し、生演奏体験して作品への目覚め、画竜点睛となりました。油断するとワケわからんようになる作品故、すっきりした響きのギーレンとか、ブーレーズ辺りをリファレンスとしております。巨大なる編成(千人!)作品だから、もちろん音質も重要でしょう。

 全曲、CD一枚に収まるからテンポは遅くはないけど、速いとも感じぬ適正なテンポ感。作品に馴染むこと自体がちょいと難物な作品でして、幾度聴いて交響曲として第1部( 讃歌「来たれ、創造主たる聖霊よ」)第2部(アダージョ、スケルツォ、終曲+コーダに相当)という構成が見えてくると愉しめます。第1部は重厚なオルガン〜壮大なる喜ばしい合唱にて開始、Mahler 一般に実演を経験すると大編成オケは常に、全部参集しているわけでもないんですね。聴かせるべき旋律や和音、色彩のバランス、声楽の浮き立たせ方、けっこう配慮されている〜響きを濁らせず、いかに構造をわかりやすく表現するか、それは指揮者の腕の見せどころ。

 ワンポイント・マイクの効果は絶大。アルテ・オーパーは脚の長い残響に非ず、芯のあるサウンド、各パートの位置関係は明確に定位し、クリア硬質なサウンドであります。先日ストコフスキーの1950年録音を拝聴、音質乗り越え、前のめりの情熱に驚かされました。こちら様子が違って各パート(声楽含)の分離、旋律の動きに曖昧さはなく、かっちり浮き立ってクール。熱狂や情感に混迷混沌の渦〜詠嘆とはやや遠く、恣意的なテンポの揺れもない、テンション高く、メリハリはあっても大仰にスケールを強調することもない。音質の鮮明さが光ります。クリアな響きに、意外なほどストレートに過不足のないニュアンスとバランス表現。大人数の合唱の響きは溌剌として、阿鼻叫喚混沌混迷の渦に非ず、楷書の表現というより、ディジタル時代のコンピューター・フォントに一脈通じる”かっちりとした”、それはそれとしてアツい表現也。

 この時期のフランクフルト放送交響楽団は高らかに、厚みを以って鳴り響いて絶好調、引き締まったアンサンブルに+合唱ソロとも声楽は極めて水準が高い。種々打楽器の多彩な響きは、あるべき位置関係にちゃんと認識され、オルガンもちゃんと分離して聴こえました。往年の英DECCAマルチマイク録音って、時に不自然に某パートが浮き上がったりするじゃんですか。

 第2部「ファウスト第二部から最後の場」の開始は「ポコ・アダージョ」この部分、静謐なオケのつぶやきが意味深く響きかがポイント。大音響に焦点を当てると、ここが弱くなりすぎたり・・・作品への慣れなのかなぁ、木管の囁き、ピチカート、説得力抜群。情感に充ちた弦+管の主題も決然と美しいバランスです。じょじょに合唱が参入し、「法悦の教父」(ヘルマン・プライの甘い声)←ここで雰囲気はガラリと変わり「瞑想する教父」(ハラルト・シュタム)の諄々たる説教は、作品中一番好きなところ。ここまでが交響曲の緩徐楽章「アダージョ」(相当)とのこと。

 第1部もラストのコーダもそうだけれど、大規模管弦楽と大人数の声楽とのサウンドの妙、Mahler の技に感心します。巨大なるカンタータとしてではなく、交響曲としての区分を意識しつつ聴き進めば、作品はずいぶんとわかりやすいもの。

 児童合唱による天使の歌が続きます。この後女声ソロと絡んで再登場含め、交響曲第3番ニ短調の第5楽章(「天使が私に語ること」)を思い出しました。「マリア崇敬の博士」(ケネス・リーゲル/緊張感溢れる高貴な声だ!)が参集し、オケをバックに次々と女声〜「罪深き女」、サマリアの女、エジプトのマリア、グレートヒェン〜が登場します。ここも響きが澄んで声楽とオケのバランス抜群。あとはコーダに至って、圧巻のクライマックスとなります。文句ない圧巻の迫力+あくまで濁りのないクリアな響きが説得力抜群でしょう。情念に溺れず、クールに過ぎない。アツく燃えるのは聴き手の心であって、演奏者に非ず。素晴らしい音質であり、演奏でした。ドラとオルガンにノックダウン。昨夜来、幾度繰り返し聴いて飽きません。

(2016年2月21日)

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written by wabisuke hayashi