Mahler 交響曲第4番ト長調
(クーベリック/バイエルン放響)


DG  429 042-2 Mahler

交響曲第4番ト長調

クーベリック/バイエルン放送交響楽団/モリソン(s)/ケッケルト(v)

DG 429 042-2 1968年録音 10枚組(購入価格失念 壱万円以上したと思う)のウチの一枚

 当たり前の話しだけれど、クラシック音楽は贅沢品なんです。1970年当時のレギュラーLP2,000円、廉価盤1,000円の価値たるや現在からは類推できないくらいの価値。で、街のレコード屋(外資系の大型店は未だ出現せず)にボチボチCD(正式名称コンパクト・ディスク!)が出現した1980年代〜当時の定価は3,500円〜3,800円でして、とてもだけどワタシの手に届かない贅沢品にかわりなし。CD出現とMahler 受容はなんとなく軌を一にしていて、ワタシ個人的に(清水の舞台から飛び降りる決意で)このボックスを購入したのが1990年頃か。

 当時はまだ個人的にはLP主体で音楽を聴いてまして、たまにCDも・・・程度でしたね。で、価格失念したが(当時)Mahler 全集ボックスはクーベリック盤がダントツで安かった〜これでも〜爾来十数年人生山川越え、ワタシのMahler の基準であり続けます。結果、安い買い物だった、と言う結論か。「クーベリックはライヴでこそ燃えて真価!」的論評もあります。(ケンペも時に似たようなことを言われる)そうですか?ワタシは彼の主たるライヴ録音を聴いていないが、スタジオ録音でも存分なる魅力発揮、と感じました。(まだまだ「爆演系演奏」がもてはやされる風潮は嘆かわしい・・・)閑話休題。

 牧歌的で、平和で、夢見るようなメルヘンの第4番・・・Mahler の他の作品では巨魁のような圧力と大爆発が待っておりますが、この51分はもっと近しくて、人懐こい世界だと思います。メンゲルベルク(1939年)がその濃厚な味付けで聴き手を魅了するが、ヘンヒェンのどうということもない、フツウの演奏(1991年)だって、それはそれとして、ココロ安らかに、キモチよく聴けると思います。(録音も良いしね)じゃ、我らがクーベリックの演奏は?

 例えば英DECCAの華やかな、やや人工的(化粧入念?)音質(それも悪くないが)とは違って、むしろジミで自然体の録音。いえ、録音が主眼ではなくて1968年当時、クーベリックと盤石の信頼関係誇ったバイエルン放響の素朴で、ココロの籠もった響きを聴いて下さい。細部、各パートの隅々まで神経が行き渡った歌、微妙なテンポの揺れ、それは神経質ということではなくて、結果として安寧に充たされ、暖かい感情に包まれる悦び。激高、絶叫、詠嘆ではなく、哀しげな無言の視線で語られる感情。遠くを見つめるような・・・

 ぼんやり聴いていれば、な〜んもせん演奏に聞こえるかも知れません。上記、「ライヴでこそ燃える!」とは反対の意味で「スタジオ録音はツマラない」的結論が安易に下されないよう祈ります。名手ルドルフ・ケッケルト(彼の端正なるソロも聴けるが)に率いられたジンワリ暖かい弦、ふっくらと柔らかく深い木管(どこを?と、訊かれれば第4楽章冒頭が好例)、薄っぺらな鋭さとは無縁の金管の柔らかな奥行き、ここぞ!で的確なるアクセントに不足はないティンパニ(第3楽章)、ベルリン・フィルのような官能も、シカゴ響のような強靱なる華やかな切れ味も存在しないけれど、このマイルドに溶け合った、暖かい名人芸を聴き取ってください。

 モリソン(s)は、クーベリック夫人だったかしら?ワタシはソロの「歌いすぎ」を嫌います。そっとジミに抑制を利かせて歌ってくだされば最高。ソプラノはバイエルン放響と一体化していると思います。Mahler は、あちこちの旋律が美しく、懐かしく、時に雄弁に、セクシーに、懊悩も込めて絶叫することもあるでしょう。クーベリックの演奏は一聴「おとなしい」「地味すぎて表面が磨かれない」存在かも知れません。あちこちのパートの旋律に込められた「隠し味」やら「裏地」ばかり楽しむのは邪道かも知れませんが、そういう音楽こそ座右に置くに相応しい。もちろんオケ総和としての渋い美しさは当然だけれど。

 ワタシにとって、ハイティンクやらコリン・デイヴィスと並んで、ゆったりとした気持ちを楽しめる音楽であります。(2004年7月9日)

【♪ KechiKechi Classics ♪】

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written by wabisuke hayashi