MAHLER 歌曲集「子供の不思議な角笛」
(ジョージ・セル/ロンドン交響楽団/シュヴァルツコップ(p)/フィッシャー・ディースカウ(br))

MAHLER
歌曲集「子供の不思議な角笛」(12曲)
ジョージ・セル/ロンドン交響楽団/シュヴァルツコップ(s)/フィッシャー・ディースカウ(br)
AV-JAPAN AC-3050(EMI録音の海賊盤) 1968年録音 1,000円で購入
未だにこんな”駅売海賊盤CD”後生大事に抱えていて、オマエはアホか?的、由緒正しい音楽ファンの風上にも置けぬ状態続けております。書籍も含め、中古を購(あがな)うことが多いし、演奏者、著者にはなんらの経済的寄与をしない不埒者だが、だからといってちゃんと聴けるもの、読めるものを捨てることはエコロジーの時代には相応しくない〜ようはするに「Kechi」なんです。”もったいない”の精神でもある。(シブチンに非ず)おそらくは1990年代初頭に購入していて、この価格は21世紀には「う〜む・・・」状態か。
これはフェリックス・プロハスカ盤(1963年)という少々マニアックな音源との比較で取り出した一枚。すると、ラスト1曲足りない・・・「Urlicht」(「原光」交響曲第2番より)が含まれておりません。(残念)収録は「死んだ鼓手」「この世の生活」「むだな骨折り」「ラインの伝説」「少年鼓手」「番兵の夜の歌」「だれがこの歌を作ったのだろう」「高い知性の讃美」「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」「塔のなかの囚人の歌」「不幸なときの慰め」「美しいトランペットが鳴り響く所」大好きな旋律が続きます。
この演奏は聴くたび仰け反ります。プロハスカ盤に於けるハインツ・レーフス(bbr)は端正正攻法な貫禄を見せたが、フィッシャー・ディースカウの表情表現多彩で豊かなこと!時に歌い崩し、リズムを弾ませたり、流したり、抜いたり〜まさに変幻自在とはこのことか。「作り過ぎ、巧過ぎ、説明が過ぎる」と感じる(あくまでワタシの嗜好)ことがあって、後に続くべき若手に大きな影響を与え(過ぎ)たフィッシャー・ディースカウだが、この完成度は賞賛されるべきものでしょう。
おそらくは指揮者に霊感を与える歌手なのであって、厳しいセルとの息の合方にも文句はないでしょう。ワタシは「さすらう若人の歌」に於ける(いつになく、しっとりていねいな)フルトヴェングラー盤(1952年)を思い起こしました。白眉は(「復活」で馴染みの)「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」か。プロハスカ盤ではフォレスターが担当するんです。
エリザベート・シュヴァルツコップには、官能の個性が色濃くて魅了されます。ジョージ・セルとはR.STRAUSSの「4つの最後の歌」を録音(1965年)しているんですね。(駅売海賊盤ばかりで申し訳ない)表面を美しく整えない、まるで歌声に強烈な灰汁(あく)と芳香を伴うような、病みつきになる深遠なる個性。それは人生の艱難を乗り越え、更に気品を失わない。発声が現代とはちょっと違うんだそうですね。
ジョージ・セルのMAHLERは交響曲第4/6番しか聴いたことはないが、手兵・クリーヴランド管弦楽団でなくても、引き締まったアンサンブル、曖昧さの欠片もない集中力に一切の妥協なし。明快、各パートのバランス感覚、安易な旋律への色づけを拒否し、作品の本来持つ美しさの表現に打たれるばかりであります。録音も良好。
【♪ KechiKechi Classics ♪】 ●愉しく、とことん味わって音楽を●
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