Dvora'k 交響曲第5/7番
(コシュラー/スロヴァキア・フィルハーモニック)



BRILLIANT 99569    デザインセンスはいまいちですな。 Dvora'k

交響曲第5番ヘ長調 作品76
交響曲第7番ニ短調 作品70

コシュラー/スロヴァキア・フィルハーモニック

BRILLIANT 99569 1970年台録音  7枚組(99565)2,690円で購入したうちの一枚

 2000年に発売された全集でして、現在でも現役でしょうか。(Dvora'k40枚組には収録される)第9番がパーヴォ・ヤルヴィ第8番はメニューイン、他はすべてコシュラーが担当するといった中途半端収録ながら、得難い価値を持った価格と内容だと思います。(全部コシュラーで収録希望)日常聴かれる機会が多いのは第8/9番、せいぜい第7番迄で、なかなかそれ以前の交響曲は馴染み薄いもの。反省します。ちゃんと聴きます。某BBSで第5番「第2楽章が・・・」という言及有、押っ取り刀で棚から取り出して驚愕!・・・の美しさ発見〜って、ちゃんと聴けよ、買うたら(>ワタシ)。

 交響曲第5番ヘ長調は1879年プラハで初演されているから、38歳前の作品。37分ほど。話題となった第2楽章「アンダンテ」から聴いてみましょう。もの哀しくも静かな心象風景が、弦各パートで繰り返されました。途中リズムの雰囲気がゆったりと変わって、安らぎの木管にティンパニが絡み、やがて弦も参加して爽快な希望が。冒頭の主題が回帰するが、弦に木管が絡んでより複雑に、響きに奥行きを付加し〜クライマックスへ。Brahms の響きで、スラヴ風旋律を表現した感じですか。有名なる交響曲第3番ヘ長調第3楽章「ポコ・アレグレット」(「さようならをもう一度」)を連想させますね。

 この楽章をきっかけに、全曲の様子が見えてきました。

 全体として田園風の穏健作品だと思います。第1楽章は爽快なる木管のファンファーレで始まって、希望に充ち、村祭りのような素朴で明るいリズムで全奏へと一気に駆け上ります。後年の名作に負けない魅力有。明快で短い旋律を繰り返すのも同じパターンですね。それがやがて金管で高らかに引き継がれます。(第2楽章の哀愁のテイストを引きずったまま)第3楽章「スケルツォ」は一転、剽軽で軽快なるリズム感に溢れます。時にわずかに表情は暗転しつつ、やがて喜びと躍動はいや増すばかり。(ここのホルンは魅力的)

 終楽章は深刻な開始に違和感ありつつ、即、表情晴れやかに躍動の時がやって参りました。ゆったりと晴れやかな中間部を経て、切迫したオケの疾走が続きます。心境の変化が、ややまとまりない印象を与えますか。後年の傑作交響曲に比べると、やや到達感薄いですか?演奏の責任か。でも「田園風交響曲」ですから。

 なんせ他の録音を聴いたことがないから、演奏云々はようわかりませんね。音質水準はそれなりのものであり、土臭いような香りの素朴なオケだと思いますよ。どのパートも艶やかさや、威圧感とは無縁で、聴き疲れしないサウンドとなっております。ジミな弦、金属的鋭さの少ない金管。

 後期3大交響曲として、録音機会もそれなりに多い交響曲第7番ニ短調だけれど、人気作品とは言い難いでしょう。短調の作品ですが、こみ上げるような、懐かしいボヘミア風旋律の魅力では負けません。劇的な主旋律に、大自然中で深呼吸するような安らぎが挟み込まれる第1楽章、第2楽章「アダージョ」〜ヴィヴラートの掛かったホルンが、遠方から微笑んで素敵です。弦の合奏はとても雄弁で悠々と切ない。第3楽章「スケルツォ」は第8番に負けない哀愁の旋律と、ハズむようなリズムの魅力。中間部の慰安。

 不安げな表情で始まる終楽章。劇的で力瘤の入った旋律連続して、優しい木管の囁きと対比されます。やがて表情は晴れやかに転換したり、戻ったり・・・第5番ヘ長調交響曲同様、少々まとまりと到達感に欠けますか?

 先日、カラヤン/ベルリン・フィルの「新世界」(1977年)を聴いていたら(好み云々別として)そのガッチリとした交響曲としての構成感とスケールに圧倒されました。コシュラーも名人だけれど、もっと民族的な旋律の味わいを生かした、土俗的な演奏でした。スロヴァキア・フィルは地味なオケだけれど、ホルンや木管の魅力は出色でしょう。