Mahler 交響曲「大地の歌」
(レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィル)


EYEBIC  ECD-50010 Mahler

交響曲「大地の歌」

レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィルハーモニー

ジェームス・キング(t)/ディードリヒ・フィッシャー・ディースカウ(br)

EYEBIC ECD-50010 英DECCA 1966年録音 1,000円(?)で購入(記憶曖昧/1989年発売)

 CDがLPを席巻したのが1980年代と記憶するが、当時の価格は3,000円を越える高価なもの。1990年前後、PILZ音源(1,200円相場)と並んで「駅売海賊盤」がずらり有名どころを揃えて1,000円登場したのには驚いたものです。ネット上では”アンタッチャブル”的話題となって、堂々とコメントしているのはワタシだけ、という恥ずかしい状態です。もう開き直りの世界ですね。道義的な問題(申し訳ないが)さて置かせていだき、エコロジー的には”もったいなくて、とてもだけど捨てられない”状態・・・それでもかなり整理しました。オークションにて、そしてBOOK・OFFにて。

 駅売海賊盤にてその音源を堪能できれば、それでよし。期待ほどピン!と来なければ正規盤との出会いまで自分なりの評価を保留する、ことにしております。もともと我がオーディオは安物ですし。現在出回っている正規CDがすべて理想的か?というと、そうでない事例も存在する・・・とのこと。この著名なる音源は(駅売海賊盤中古なら)@250の相場へと至りました。閑話休題(それはさておき)5年ぶりにケースを開いても、間違いなく素晴らしき音楽が部屋中を充たしました。

 アメリカから欧州に進出した壮年期のバーンスタイン、鮮やかな記録であります。英DECCA/ウィーン・フィルにはブルーノ・ワルター/ウィーン・フィル/フェリアによる不朽の名演(1952年)が残されており、次世代による良好なステレオ録音が求められたのでしょう。英DECCAの艶やかなるマルチ・マイク録音に対する賛否はあるだろうが、文句なく鮮やかな音質〜駅売海賊盤であっても〜で楽しめます。音質条件乗り越え、個性的な歴史的録音の愉しみも格別だが、音質条件が整っているほうが耳馴染み良いのは自明の理・・・というか、最近、ますます安易な姿勢で音楽聴いておりますから。

 前回コメントより既に5年以上経過、Mahler 普及の使徒であるバーンスタインの音源も随分と入手し、聴く機会を得ました。(CBS旧録音はようやく全曲入手)もちろんすべて熟聴しているわけでもなく、全面賛同の手応えも得てはおりません。音質問題、アンサンブルの集中力に弱さ(オケの技量?)〜著名評論家のコメントがどうしても信じられない・・・ものも存在します。そのことを前提に、この同時期録音の成果について、感慨深く再聴いたしました。

 ウィーン・フィルの官能的な響きが、バーンスタインの前向きヴィヴィッドな姿勢と噛み合って驚くべき成果を上げております。ニューヨーク・フィルとの録音に(時に)見られた粗雑なアンサンブルは皆無。精緻でありながら、バーンスタインらしい明快な、希望に溢れたサウンドは細部ニュアンスが行き渡って、存分に個性的でもあります。”陰影”とか”凄み”ではなく、もっと明るい、ノリとタメと大爆発なんです。(第3楽章「青春について」〜まさに題名通りの若さの大爆発有!)この先、晩年に向けての”重い”表現とはまったく異なる世界。

 ジェームス・キング(t)当時41歳脂の乗りきったアメリカのヘルデン・テノールは端正雄弁であり、輝かしく昂揚しております。旧世代的無頼表現でもなく、型にはまった面白みのないものでもない、声量充分なるスケールで聴かせてくださいます。厚みあるオケの響きにけっして負けない。

 問題はフィッシャー・ディースカウ(br)でして、その完璧なる語り口、上手すぎる歌、冷静な説得力に圧倒されます・・・が、やはり「告別」は女声じゃないと!聴き手の一方的な”先入観と思い込み”だろうが、女声でこその”情感”とか”情念”が消えてしまって、クールでクリアな理論展開が見えるような・・・美しく強い音楽に感動を得るに吝かではないが、ラストずっと違和感が拭えません。これは聴き手の勝手な嗜好問題でしょう。

(2007年12月28日)

 これは有名な録音だが、最近話題にならないかな?アメリカの指揮者が音楽の都ウィーンに本格進出した〜そんなことさえ話題になった時代でしたね。今じゃ日本人がウィーン国立歌劇場のシェフですよ。今は昔〜話題の録音でした。DECCAの優秀録音、フィッシャー・ディースカウという話題の組み合わせで、きっと売れに売れたLPだったんでしょう?当時。

 バーンスタインは嫌いな指揮者じゃないが、CBS時代も含めて、なかなか安くCDが出ない人なんです。だから、意外なほど彼の録音は聴いていない。手持ちの数少ない彼の録音の感想は、アンサンブルが粗い、でも勢いがあって熱気ムンムン、録音がよろしくない。ニューヨーク・フィルが(時に)上手くない、といったところででしょうか。

 欧州進出後の録音はほとんど聴いておりません。話題のMahler 交響曲第9番(ベルリン・フィル)も聴く機会を得ず、状態〜ま、コンセルトヘボウとの録音は聴いているが。で、この録音は「ファルスタッフ」や「リンツ」と並んで「欧州進出」の過渡期の録音となります。バーンスタイン48歳の壮年時代の代表的録音や如何に。久々。

 オケが輝かしい、アンサンブルが緻密でもの凄い熱気、勢い、燃えるような情熱、Mahler 、そしてこの作品に対する耽溺。たしかにウィーン・フィルの音だが、表現が抜群に明るい。「ウィーン・フィルの大地の歌」といえば、ワルターの新旧録音だが、「いや時代が違う」〜なんて一言では片づけられないくらい、別な音楽に仕上がっていて、驚きます。

 混迷の21世紀を迎えて、どこかのバカ息子大統領が滅茶苦茶やってますよね。(日本も大同小異か)当時は「東西冷戦」「ヴェトナム戦争」とか、日本じゃ「高度成長」「公害まき散らし」なんかの矛盾もあったが、ま、「未来は現在より明るい」と素直に信じていた時代じゃないですか。そんな希望と楽観論溢れた、テンションとエネルギー充ち溢れた演奏なんですよ。

 フィッシャー・ディースカウが上手い!「上手い!」って、コレ、なんやら場末のスナックにお付き合いで行ったら、滅茶苦茶カラオケの上手いおじさんがいた、みたいなノリで「上手すぎ」。その細部まで彫琢された説得力の深さに、かえって反発を覚えるくらい、上手い。〜代表例第4楽章「美について」〜オケの極端な緩急の表情、驚くほどのラッシュと大爆発に一歩も引かない歌い手のデフォルメ、千変万化の表情。脱帽。

 「告別」は眼前に荒涼たる砂漠の風景と、永遠の惜別の念が溢れる音楽でしょ。このフルートの艶やかな響きはなに?オーボエ、ホルンの極上なる節回し、言うまでもないが弦の深さに驚くばかり〜でも、コレ、ワルターのウィーン・フィルとは全然違います。ひたすら美しいが「毒」とか「苦悩」があまりに不足している。

 フィッシャー・ディースカウも同じく。なんやかんや言っても、フェリアが念頭にあるのかな?あのクセとアクの強い、少年時代から幾度も聴いて、聴く度に反発を覚えたあの歌にノーミソが感化されているのか。歌い手、オケともの完成度の高さになんの疑念を挟む余地もないが、これはMahler ではない。

 この方向だったら、ショルティのほうが「敵ながらあっぱれ」みたいな徹底があって、素直に楽しめます。戦前の状態のヨロしくない音源を、いたずらにありがたがるわけではないが、こちらはノーテンキと言ってはファンに叱られるか。入れ込み系演奏の代表格と思うが、なんやら前向きのエネルギーを感じさせて、「こりゃ、ちゃいまっせ」と言いたくなりました。許してください。

(2002年10月4日)

【♪ KechiKechi Classics ♪】

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written by wabisuke hayashi