Bruckner 交響曲第8番ハ短調(インバル/フランクフルト放響)


TELDEC   WPCS-21016(0630-14202-5)
Bruckner

交響曲第8番ハ短調(1887年第1稿)

インバル/フランクフルト放送交響楽団

TELDEC   WPCS-21016(0630-14202-5) 1982年録音 250円(中古)で購入

 「数ヶ月前、インバルの第8番を中古で手に入れて、この度、第5番を除くすべての録音を手に入れることが出来ました。」(2002年11月26日)〜その後、更に第5番も中古屋さんで見つけ(580円)めでたく11枚分手元に揃いました。コレクターではありたくない、と自重しているが、正直全部棚に並ぶとそれはそれで嬉しいもの。(すべて中古、格安にて)

 で、この第8番は最初にBOOK・OFF(広島・袋町)にて購入したもの。ワタシはBruckner好きだけれど、この第8番にはクナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィルのLP二枚組(CDでも一枚には収まらない)以来の「巨大なる作品」という印象が。いえいえ、シューリヒトでもそう思う。ティントナーの誠実素朴なる演奏は気に入ったが、このインバル盤、エラく荒々しい印象に思えました。ん?あれ、これ同じ(1887年第1稿)じゃない。

 このサイト開設爾来、楽譜のこともな〜んもわからん「市井の一音楽好き」だから、という言い訳は通用しなくて、ティントナー同様この「初稿」は普段聴き慣れているものとは、ずいぶんと音楽の絵柄が違います。ま、あちこち細部のパート音形やらリズム、担当楽器そのものが変更になったりしているようで、記憶との差異に驚くばかり。静かに名残り惜しく終わるべき第1楽章は、派手派手しく絶叫して終了します。第2楽章「スケルツォ」〜中間部の静かな部分での素っ気ないほどあっさりとしたリズムは楽譜の問題か、それともインバルの解釈か。

 ティントナー盤を聴いたとき(しかも二度も掲載)には、この違いには全然触れていない、というか、なんかちゃうなぁ、くらいの注意散漫状態だったのでしょう。閑話休題、インバル盤では全4楽章75分、悠々とCD一枚に収まります。著名なヨッフム/ドレスデン盤だって76分だから、テンポが速い云々の問題ではなくて、インバルの使用楽譜、表現そのものに「荒々しい」と感じる所以があるはず。

 他のサイトを検索しても「・・・・響きが薄く、構造上も少し整理されてない部分がある気がして(マーラーの1番の初稿もそんな感じだったが)正直魅力に乏しいと思っていた」とのコメントを発見。なるほど。ワタシの評価も似ている(構造上少し整理されていない→荒々しい)が、魅力に乏しいとは思いませんでしたね。

 「響きが薄く」〜コレ、Brucknerに対する一種の期待(先入観?)からの印象でしょう。第9番でもそうだったが、様々なパートが明快に分離して聞こえてくるための結論です。ま、Brucknerというのは「響きの総和」と思うから、明快に分離しちゃマズいのかもしれません。しかも、通常聴き慣れていない旋律・リズム・楽器が時に出現して聴き手を惑わせるばかり〜これが「構造上少し整理されていない」という評価への呼び水に。

 リズムの重さとタメがない。オケは怜悧・明快ではあるが、明るくサラリとしているわけではない。金管が高鳴ってアンサンブルはコントロールされているが、どことなくバラバラな(好き勝手に吹きまくっている?)印象はある。表現として粘着質ではないが、ノーテンキな晴れやかさではなくて、なんとなく悩ましい〜そんな矛盾に充ちた演奏でしょうか。

 第3楽章「アダージョ」のさっぱりクールな表現が美しくて白眉か。絶頂で旋律が(いつもと)違ってくるところも感慨深いもの。

 「巨大なる作品」としての第8番のイメージ一新、ちょっと未整理で粗野な(1887年第1稿)も悪くないでしょう。数回確認するウチにすっかり気に入りました。そして同じ楽譜を使用しているティントナー盤も(自分の中で)再発見。(今頃気付くなよ)一方で「版」の問題にはシロウトはあまり触れることができなくて、素直に演奏上の個性を楽しむことにしましょ、と、改めて思い至ったCDでもありました。(2003年5月29日)


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written by wabisuke hayashi