Brahms ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77
(ナタン・ミルシテイン/ヨッフム/ウィーン・フィルハーモニー)


Brahms

ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77

ナタン・ミルシテイン(v)/ヨッフム/ウィーン・フィルハーモニー(1974年録音)

ハイドンの主題による変奏曲 作品56a

ベーム/ウィーン・フィルハーモニー(1977年録音)

DG GCP-1023  250円(中古)で購入

 評価の高い演奏、文句ない名曲〜今更ワタシのサイトにて云々する必要のない一枚。「Beethoven 、Brahms は苦手」と日頃公言して憚らないワタシも、ヴァイオリン協奏曲だったらココロ安らかに楽しめます。250円CDなら世評を確認することにも躊躇ないでしょう。ミルシテインは1904年生まれというから、この録音当時70歳!おお!なんとういうことか。

 LP時代からBeethoven の「春」、最近ではバルビローリとのBruch 、セルとの「スペイン交響曲」、ああ、同じBrahms の協奏曲でサバタ/ニューヨーク・フィルとの録音(1950年)も手許にあったな〜いずれ背筋がきちんと伸びて、やや辛口なる端正な姿勢にいつもいつも感心しておりましたね。耳あたりが良くて、安易に入り込むような、そういう聴き手の要望を拒絶するような、孤高のヴァイオリンか。カッコいい。

 技術的な不備はまったく見あたらない。但し、さすがに「少々音が痩せている」といった印象はあって、これは録音の加減かも知れません。(第二楽章の素敵な前奏部分でも同印象)演奏は凛として、老いの欠片も見あたらないと感じました。「ここはこう工夫してもっと効果的に〜」などという姑息なことはいっさい勘案せず、ひたすら音楽に虚心に奉仕する潔さ、そしていつものように”背筋がきちんと伸びている”こと。

 聴き手は襟を糺して対峙しなければ。音楽の美しさとはなにか?そんなことを再考させる演奏でしょう。同世代(録音当時72歳)のヨッフムのバックも控え目で、地味で、そしてしみじみ美しい。シゲティメニューインにも、各々の美しさがあるでしょう。それは「技術がしっかりとしている」「音色が美しい」などという範疇では捉えきれない、聴き手への問題提起なのです。


 このCD「The Great Composers」という雑誌の付録(の一斉処分、と想像される)なので、フィル・アップがやや安易です。ベームの「ハイドン変奏曲」はかなり以前から所有していたし、ああ、もっさりとして緊張感の緩い演奏か、と思っておりましたね。だいたい、この作品の魅力に目覚めたのもナマ演奏に接してから。一見シンプルだけれど、変奏のパターンが多彩で、しかも各パートが独立した見せ場を持っているので、難曲だと思います。

 久々、この「なにもしない」演奏を聴いて、すべてが氷解していくような気持ちに。ゆったりと、虚飾なく、淡々と進んでいくが、じつはオケが極上。薄味の澄んだダシを、もしくは清流の水を、ゆっくり味わうような至福の時間でした。自分も年齢(とし)とったか。(2003年10月17日)


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written by wabisuke hayashi