Mahler 交響曲第5番 嬰ハ短調
(ベルナルト・ハイティンク/コンセルトヘボウ管弦楽団
1986年ライヴ/クリスマス・コンサート)


PHILIPS 464 321-2 1986年ライヴ 9枚組6,990円 Mahler

交響曲第5番 嬰ハ短調

ベルナルト・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

PHILIPS 464 321-2 1986年12月25日ライヴ(クリスマス・コンサート)

 ほぼ20年ぶりの再聴となります。年月が流れてBernard Haitink(1929ー阿蘭陀)は引退し、極東亜細亜場末の聴手である自分だってお仕事引退の年齢に至っております。かつて異形なる大曲だった作品イメージも、日常の名曲となりました。このライヴは35年前の記録、現在入手困難かも。クリスマス・コンサート・ライヴの記録には第6番第8番第10番を欠いておりました。旧録音は1970年(41歳)こちら当時57歳コンセルトヘボウ首席指揮者として最終盤の記録でした。(在任1961ー1988)ムリムリ強引な表現など無縁に中庸なテンポ、自然に流れ良いまま成熟を深めておりました。音質も質実な会場雰囲気風情満載。

 このパワフルな作品はお気に入り、但したった今現在たまたま目眩症状に悩んで、自分にとっては少々ヘヴィでした。きっと硬派ジョージ・ショルティ辺りだったら耐えられないでしょう。

 第1楽章「In gemessenem Schritt. Streng. Wie ein Kondukt.(葬送行進曲 正確な速さで。厳粛に。葬列のように)」冒頭トランペットのファンファーレから深刻な葬送行進曲、残響豊かな会場に響き渡るオーケストラのマイルドな響き、のびのびと余裕の厚み、過不足のない力感、緊張感。ムリムリ強引なテンポの変化もない自然な流れ、これがハイティンクのバランス感覚なのでしょう。激しい第1トリオの爆発対比、スケールも爽快、弦も管も響きは濁らず刺激的にならぬ優雅なサウンド。(12:53)

 第2楽章「Sturmisch bewegt. Mit grosster Vehemenz. (嵐のような荒々しい動きをもって。最大の激烈さをもって)」第1楽章の不吉なファンファーレがあちこち登場して、劇的な激しい”嵐のような”ところ。この大爆発にも響きは濁らぬ余裕のオーケストラ、第2主題の優雅憂鬱な場面との対比も秀逸、個性的に豊かな残業に包まれ、弱音でも厚みのあるマイルド・サウンド。ハイティンクの詠嘆は恣意的なものを感じさせぬ、大きな流れと歌に充ちたものでしょう。(14:15)

 第3楽章「Kraftig, nicht zu schnell.(スケルツォ 力強く、速すぎずに)」のびやかなホルンから始まる穏健に楽しいレントラー。ここはコンセルトヘボウのマイルド管楽器の魅力爆発でしょう。奥行き、各パートの距離感、けっして突出しないバランス。第2主題の弦も落ち着いて優雅なもの、それは管楽器の楽しげな饗宴にすぐかき消される躍動と推進力、寄せては返すテンポの動きも自然な呼吸のように感じます。ラスト静かに逼塞が続いて、一気に管楽器爆発する対比部分最高。(19:06)

 第4楽章「Adagietto. Sehr langsam. (アダージェット 非常に遅く)」は一番人気。極限にデリケートであり、抑制が効いて細かいニュアンス豊かに静謐、そして自然に作ったところがない表現。マイルドに練り上げられた味わい深い弦、これがコンセルへボウの実力でしょう。ライヴでこの完成度だから驚くべきもの。(11:06)

 第5楽章「Rondo-Finale. Allegro giocoso(ロンド - フィナーレ。アレグロ・楽しげに)」第1楽章の官能と深刻さとは打って変わって賑々しい楽章、ハイティンクは前楽章の抑制続いて力まず、バランス感覚に落ち着いた風情に余裕でしょう。叫んだり走ったりせず、厚みのあるサウンドはけっしてうるさくならない。一般にこの作品の終楽章はノーテンキになりがち、時に息切れする場面もありがち、こちらやがて徐々に熱を帯びて大きな渦に巻き込まれるような、立派なフィナーレでした。(15:38)

(2021年6月19日)

 2000年初頭にノイマン/ゲヴァントハウスのMahler を聴いたら、案の定いっきにハマってしまって、このCDも見かけたとたん買ってしまいました。(大出費)ハイティンクはメジャーながら地味な印象で、LP時代からお気に入りでした。CD時代になって購入したのも始めて。

 1980年代くらいから芸風が一気に変わったようで、FMで聴いたBrucknerの第5番(ウィーン・フィルとのライヴ)には心底感服しました。オーケストラの持つ個性とか、曲の本質的な魅力を無理なく、あますところなく引き出す本当の名人。 この人の録音はたくさんありますし、とくにLPO時代の録音がほとんどCD化されていないので、激安で復活して欲しいもの。

 このセットは、1977年から1987年の「ユーロヴィジョン・クリスマス・マチネー・コンサート」からのライヴ収録。コンセルトヘボウではクリスマスにMahler を演奏する習慣でもあったんでしょうか。6・8・10番と「大地の歌」が欠けています。CD一枚一枚が紙パックに納められたエコ・パックも好ましい。音質は極上。なぜか放送用音源からの復刻が続くハイティンク。

 え〜、なんと申しましょうか、この演奏はじつに自然体。エキセントリックとか、目新しいとか、そんなところはどこにもありません。基本路線としては、おおらかに、のびのびと、深い呼吸で歌う演奏。小細工はないけれど、細部まで配慮が行き渡っている演奏に間違いなし。フレージングはオーソドックスで清潔。テンポも適正。なにも足さない、なにも引かない。

 痺れます。オーケストラの音色そのものに。カラヤンのベルリン・フィルもセクシーだけど、化粧が濃くて鼻につきます。きつすぎるオーデコロンに食欲も起こらない。この演奏、ぼ〜っと聴いていると、気持ちがいい。オーケストラの響きそのものに魅了されます。曲が進むに連れて、もう悦楽の世界。

 弦が、管が、打楽器が、とか、どの楽章が、部分が、旋律が、なんていう水準じゃなくて、どれもれも極上。利尻昆布のような、上品で透明なダシ。恣意的なテンポの揺れもほとんどないし、このマジックはいったいなんなんでしょう。どのパートもバランスがよくて、突出しない。オーケストラは練り上げられた名人芸がひしひしと感じられて、言葉も出ないほど。音楽がつぎつぎと連なって、有機的で。とけあって。静謐であり、厚みも有。

 ライヴ特有の高揚感もあって、奥行きのある会場の残響もあります。自然で、ワタシがもっとも気に入った感じの音質。聴衆の熱狂的な拍手にも納得の演奏水準。聴き手であるワタシの調子にもよるけれど、1・2・3・4番と聴いてきて、この第5番に打ちのめされてしまいました。こうなると大枚7,000円、そう高くは感じない。

 おそらくハイティンクの棒の冴え、オーケストラの恐るべき芸風の高潔さ、が前提としてあるのでしょうが、そんなことは考えませんでした。ひさびさに無心に感じ入った演奏、といっておきましょう。


【♪ KechiKechi Classics ♪】

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written by wabisuke hayashi