F00L-59022/24

Mahler 交響曲第5番 嬰ハ短調
(ジョージ・ショルティ/シカゴ交響楽団)


 いつまでも駅売海賊盤の記録ばかり載せていても仕方がないので、加筆しておきましょう。20年ぶりとなります。

 昔馴染みのパワフルな演奏。10年後にアバドが録音して、そちらシカゴ交響楽団の威力を充分に、ムリなく引き出した素晴らしい完成度でした。

 Georg Solti(1912-1997洪牙利→英国)が1969年音楽監督に就任間もない頃、58歳体力充分な頃、もりもり筋肉質に強引な推進力、オン・マイク、マルチマイク録音が不自然な定位、低音もしっかり効いてメタリックなサウンド全開の凄い演奏でした。正直なところ全曲聴いて疲れ果てました・・・1990年に同じ顔合わせの再録音(ライヴ)有(おそらく未聴)。

 1904年初演。近現代管弦楽の精華、デーハーな四管編成による巨大なる作品。

 第1楽章「葬送行進曲/In gemessenem Schritt. Streng. Wie ein Kondukt.(正確な速さで。厳粛に。葬列のように)」冒頭トランペットはアバドと同じくAdolph Herseth(1921-2013亜米利加)でしょう。金管、弦、打楽器も強烈ぎらぎら、フレージングは強引なアクセント、それはムリムリ強面、叩き付けるような威圧感に響き渡って、それを爽快に受け止める方もいらっしゃることでしょう。こちらもう華麗なる加齢にその力任せ表現には付いていけません。(11:54)

 第2楽章「Sturmisch bewegt. Mit grosster Vehemenz. (嵐のような荒々しい動きをもって。最大の激烈さをもって)」作曲者の指示通り「嵐のような荒々しい」「最大の激烈さ」に溢れた強烈なサウンド、ヒステリックに乱暴な熱血に始まりました。チェロによる哀愁の第2主題も下心満載に前にめりな詠嘆、オーケストラのパワーは尋常じゃない。打楽器の存在は不自然に際立って、金管のいや増す咆哮も壮絶にアツく、若かったらこんな体力勝負の演奏も好ましいのかも。(13:45)
 第3楽章「スケルツォ/Kraftig, nicht zu schnell.(力強く、速すぎずに)」延々と活躍する嚠喨(りゅうりょう)たるホルンはDale Clevenger(1966-2013年首席在任)ですか?沸き立つようなリズムをしっかり刻んで、前のめりのヴィヴィッドなリズムをがっちり刻んで、ここはシカゴ響楽団の野太く輝かしい金管祭り、各々存在感たっぷりに歌って最高。ラストに向けての急いて賑やかな追い込みもショルティらしい。ティンパニのアクセントにもはっ!とするほどリアル。(16:39)
 第4楽章「Adagietto. Sehr langsam(非常に遅く)」一番人気の官能的に静謐な歌。ここは意外なほどシカゴ交響楽団の弦はデリケートに鋭く、うねるような起伏に深く呼吸して緊張感が続きました。ハープの存在感も際立つ優秀録音。(9:51)
 第5楽章「Rondo-Finale. Allegro giocoso(楽しげに)」ホルンからファゴットが牧歌的に、上機嫌なフィナーレの始まり。さらりと落ち着かぬ急ぎ足、沸き立つように前のめりのテンポに進行いたしました。オーケストラはモウレツに上手く、金管炸裂してパワーは充分だけれどちょっと腰が浮ついた感じ。(13:39)

(2026年10月24日)

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エコー・インダストリー CC1016 Mahler

交響曲第5番 嬰ハ短調

ジョージ・ショルティ/シカゴ交響楽団

海賊盤(英DECCA録音)エコー・インダストリー CC1016 1970年録音。1,000円にて購入

 こんな「駅売海賊盤」(おそらくは勝手にLP板起こし)を後生大事に聴き続けてコメントしているのも笑止千万だけれど、既に十数年のお付き合い。第3楽章「スケルツォ」大爆発部分で音が割れるのも苦笑ものだけれど、ま、優秀録音であることは(それでも、なおかつ)理解できます。再聴のきっかけはベルティーニ/ケルン放送交響楽団による1990年録音であり、嗚呼、なんてエエ曲なんだ、と陶酔のひとときを過ごしたことであります。

 もちろん近代管弦楽技法を駆使した、大掛かりで華やかな作品だけど、”あの、いつもの”押しつけがましさとか、威圧感がない・・・”あの、いつもの”の先入観にはショルティ/シカゴ交響楽団が(脳裏に)あったはず。で、ヘッド・ホンで集中すると、新しい発見とか細部の様子がよく見えてくる・・・冒頭のトランペット(名手ハーセス)を先頭に圧倒的に輝かしく炸裂する金管、切れ味鋭い弦楽器の集中力、なによりハズむようなバネの効いたリズム感の連続。”上手いオーケストラってどういうこと?”に対する回答が、そのまま丸ごとここに存在します。賞賛の声には充分納得。わかってますって。

 ベルティーニの良さってなんだろう?ずっと考えて結論が出ない。でも、ショルティとの違いはわかりました。旋律のひとつひとつに、入魂の”煽り”が存在して、緊張感高く、一生懸命、鮮明に演奏してますね。それを輝かしい爽快さと感じるのか、それともチカラ余ってヒステリックと感じるか・・・ワタシは第3楽章「スケルツォ」など、あきらかに”やかましい!”と思うんです。

 著名なる第4楽章「アダージエット」(弦+ハープのみ)でさえ、その静謐さには鋭利な厳しさが伴いました。ワタシはここ最近、抑制、含羞、滋味、繊細、渋さ、燻し銀・・・そんな方面への嗜好を強めております。いえいえ、無垢なる大爆発だって悪くないですよ。ワタシはここでの良質な鋼(はがね)のような旋律の謡(うた)いに、少々食傷気味でした。ようはするに以前の感想↓となんら変わりはない。なにも、すべてそこまで頑張らなくても良いじゃないの。

 アンサンブルの精緻さ、集中力、すべてのパートの技術的緊張感の高さ、シカゴ交響楽団とジョージ・ショルティというのは幸せな出会いだったのでしょう。ワタシはこの演奏を聴くたび、「強く、豊かなアメリカ」を連想するんです。でも、それはいかにも人工的な作り物めいた、不自然を感じて(純個人的に)好きになれません・・・それでも、ジョージ・ショルティのMahler は時に聴く機会を失わないが。

(2006年5月12日)


 この録音、たしかジョージ・ショルティがシカゴに赴任して最初の録音のはず。LPでは2枚組で、自信満々の彼の顔のドアップが印象的でした。エコー・インダストリーの第1期の海賊盤で、当時(1990年頃)は1,000円でも驚愕の安さ。いまじゃ、正規盤でも全集は@1,000切るでしょ?良い時代になりました。

 LP時代、世評高かった(いまでも?)演奏で、ワタシ自身も数年ぶりの再聴でした。この演奏、もしかしてワタシが初めてまともに5番を聴いた録音かも。凄い。驚き。75分一気に聴けます。なにが凄いって?オーケストラの技術。アンサンブル。鳴りっぷり。馬力。迫力。集中力。輝かしさ。高い完成度。録音極上。冒頭のトランペットから「マイりました」状態。(ハーセス?)

 でも、このこだわりのなさ、というか、サイボーグというか、よくできたCGアニメーションのキャラクターのような、というか、底抜けに楽天的で、血の通わないなMahler 。これほど陰影に乏しい演奏も珍しい。これはこれで、もう徹底していて聴く価値充分。「空虚」と呼んではマズいでしょうか。こんな演奏、好きな人もいるはず。

 この個性も、時代の証言なんでしょうねぇ。クナッパーツブッシュとか、極端な例ではゴロワーノフとか、現代ではあり得ない昔の異様な録音があるじゃないですか。録音前史には、一般にどんな演奏スタイルだったか、Beethoven の自作自演はどんなだったか、とかは想像するしかないけど、現代とはずいぶん違うはず。「1970年」もCDコレクターとして「ワリと新しい録音」という印象があるが、いつのまにか30年経っているのが感慨深い。

 第4楽章「アダージエット」の弦。均一な響き、濁りなく、バランス良く、文句なく美しい。事実10年前のワタシは、この演奏に感動しておりました。現在のワタシは、おそらく求めているものが違っているのでしょう、心の琴線に触れるものがない。「音」が出ているだけ。もっと、濃厚な官能性とか、ドロドロとした人間クササとか、泣き、叫び、苦渋、後悔、憧憬、夢、思い出、とか、そんなものを聴き取りたい。

 ホルンを始めとする金管、木管のソロも文句なく上手い。録音が優秀で、演奏者の息づかいがわかるような気さえします。歴史あるCSOの馬力ある輝かしい音色。嫌いじゃありません。圧倒されます。これ、ナマで聴いたら最高でしょうねぇ。ジョージ・ショルティはマルティノン時代の「不調」を一気に回復して、かつての黄金時代を復活させました。でも、ホンの少し、しかも録音で聴いただけですが、マルティノンのほうがずっと良かったと思う。ただ、聴衆が、時代が受け入れなかっただけなんでしょう。

 爽快な演奏です。気持ちよい。でも、いまさらMahler に爽やかさを求めようとは思わない。スーザのマーチじゃなんですよ。Mahler は「惑星」ではない。「大峡谷」じゃありません。(音楽の「格」のことではなくて、種類の違い)ほんとうになんの屈託もない。聴いたあとに、空虚さが残ってしまう。ある意味、逆に深く考えさせられる演奏と思いました。

 ここ数年、CDは(どんなに気に食わない演奏でも)売り払わなくなったし、このCDの存在価値は充分高い。精神的に疲れているときなんかに最高かも知れません。なにも考えなくて良いから。(2000年10月14日更新)


比較対象盤

ノイマン/ラプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(BRILLIANT 99549-6)〜期待の一枚でしたが、まさに期待通り。明快で、やや大人しすぎるノイマンと、ゲヴァントハウスの地味目で重い響きがピタリと相性ヨロシ。バーンスタインほどクドくなく、自然体から、人生の痛み、悲しみがひしひしと伝わってくる思い。録音も自然。

バーンスタイン盤〜はある意味、ジョージ・ショルティとは対極にあるような「入れ込み系」演奏。


【♪ KechiKechi Classics ♪】

●愉しく、とことん味わって音楽を●
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written by wabisuke hayashi