Bruckner 交響曲第8番ハ短調
(スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン放送交響楽団)


ARTE NOVA 74321 59226 2 Bruckner

交響曲第8番ハ短調

スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/ザールブリュッケン放送交響楽団(1993年ライヴ録音)

弦楽五重奏曲ヘ長調より「アダージョ」
ユルゲン・ガイゼ/コレギウム・モーツァルテウム・ザルツブルグ(1995年録音)

ARTE NOVA 74321 59226 2  2枚組1,000円(中古)で購入

 Brucknerはお気に入りだけれど、最近聴取機会が減っております。スクロヴァチェフスキ全集も最初(1990年代)に出たARTE NOVA(現在ではOEHMSに移行して現役)にて順繰り、すべてのCDを収集したものです。数年ぶり(もしかして21世紀初?)の再聴となります。「1890年第2稿」とのことだけれど、なんのことやらさっぱり?状態。

 久々の聴取印象は〜(残念ながら)全面賞賛ではない感じ。あくまで個人の嗜好(+その時に体調心境影響)ですから。非常に慎重に、ていねいに、クール繊細に曖昧さ一切なく、細部アンサンブルを仕上げていく完成度に感服間違いなし。響きは明晰であり、見通し良く、ムダなテンポの揺れも、タメも、詠嘆も、激情も一切なし。20世紀のワタシはこの方向を新鮮に受け止めていて、おそらくはクナッパーツブッシュの1963年盤が前提にあったのでしょう。精密な技巧、緻密な集中力、良好なる音質・・・

 ただならぬ事件発生を予感させる第1楽章「アレグロ」〜あくまで粛々淡々と、ゆったりめのテンポ(印象としてはあくまで中庸)、正確明晰なのは悪くないが、ザールブリュッケン放送交響楽団に”味”(個性)が薄くありませんか。これがスクロヴァチェフスキが求めた色合いなのか。もしかして名曲・交響曲8番ハ短調をとことん愛し、味わい聴き尽くした人が行き着く果ての理想がこれなのか。この楽章最終盤、聴き手の耳が暖まってくると(ようやく)じわじわと隠し味が見えてくるような・・・

 第2楽章「スケルツォ」〜ま、Brucknerのキモはスケルツォなんです。粗野な爆発(暴発?)が期待されるところだけれど、過不足のない充実した抑制が聴かれます。走らない、激昂しない。地響きのように叩き付ける激情は期待できない。オケは大人しすぎて、鳴りっぷり不足ですか?バランス重視過ぎか。作品の構成、行方、様子は明確で、これも(第1楽章同様)後半に行くほどエンジンは暖まってくる感じがあります。

 ここ最近、人生の苦渋が肩に重くのし掛かる自覚増してくると、緩叙楽章へと嗜好が移行しつつあります。長大なる第3楽章「アダージョ」こそワタシの”ツボ”であります。ホルン(ワーグナー・チューバも)に注目したいところ。もちろん弦の静謐かつ深遠なる響きにも。ここでは「粗野な爆発(暴発?)」は出動しないから、オケの地肩が素直に出てくるんです。スムースで素直な響きには集中力があり、細部ニュアンスの配慮、山場を作り上げるスクロヴァチェフスキの構成力に疑念はない・・・が、オケの線が細い(技術的不備に非ず/しかもライヴ)、「”味”(個性)が薄」いというか、もっと”アク”(情感/クセ/色気)があってもよいのではないか。

 しかし〜たしかに、間違いなく洗練され、美しい。22分前後のサビに酔いました。これは表現上の個性と考えるべきなのでしょう。でも、ホルンの音色に不足は感じました。

 終楽章。CD2枚目に入りました。現役CDではこの作品のみで2枚となっており、読者レビュー興味深い〜「豪壮に鳴り渡るブル8」と。鳴らないへろへろのオケではないのだけれど、Bruckner特有のオケ総力を以て爆発せせる部分での知的抑制と、あくまでクール・クリア繊細な(ブルー系)響きに眼目があると思います。血沸き肉踊り、手に汗握る表現ではない。しかし、たしかに終楽章に焦点を当てて(彼としては)そうとうにリキが入っている(ちょっとアツい)のも事実。ワタシはこの作品はナマ体験し、終楽章駄目押しのような感慨に襲われた記憶があるんです。立派な演奏であることに間違いないが、その感銘には至らない・・・のは体調故でしょう、きっと。

 ARTE NOVAがその後、レーベルとして活動を継続しているかどうかは知らぬが、1996年日本での発売当初(880円!立派)は”安価に名曲を普及する”意図だったはず。Bruckner交響曲全集(現在はOEHMSへ移行)も、当初第2/9番は若杉弘の既存音源を流用する予定だったそうです。だから、このCDには「アダージョ」のオマケが収録されます。美しい作品だし、アンサンブルだって(↓酷評するほど)悪いものではない。が、残響少ないサウンドは(前曲との)違和感相当で、当時のARTE NOVAにはそんな「寄せ集め」パターンがけっこうありましたね。

 余計なるネタだけれど、こんな一文書くのでも2回は通して聴き、部分再聴するからたいへん!というか、これが音楽を楽しむ醍醐味なのでしょう。

(2008年2月8日)

 スクロヴァチェフスキのBruckner・シリーズでは、はじめの頃に発売されたもの。ARTE NOVAも、まさか話題になるとは考えていなかったんでしょう、2枚組のカップリングにはじつに安易でパッとしない演奏を用意したものです。その点、NAXOS(ティントナー盤)の配慮(0番との組み合わせ)は素晴らしい。

 なにぶんケチなもので、2千円近く払うのが心苦しかった。(8番もたくさん持っているし)ようやく中古でみつけて手に入れました。「Apocalyptic」(啓示的?)とかいう表題を付けているのはいったいどういう意図なんでしょ?ライヴ録音なんですね。

 LP時代は2枚組があたり前だった第8番。さすがに82分ではCDには入りきらず、2枚目は計35分の収録。(もったいない→音楽を質より量で考えてしまうKechiなワタシ)

 スクロヴァチェフスキは、「雰囲気」とか「味わい」みたいなものを前提にしない人だと思うんですよ。知的で、作曲家の書いた音符を正確に表現することが第一義的であり、アンサンブルきちんと整え、その上でテンションを上げていく。クールで細部までよく考えられた演奏。適正なバランス。

 どこをとっても明快で、流したり、勢いで乗り切ったりしたところはありません。やや遅めのテンポで、ゆったりとした旋律の呼吸は深いのですが、オケの響きが暖かみに欠けるかも知れません。第1楽章の聴きはじめは、少々素っ気なさ、オケの響きの薄さが気になります。

 スケルツォ辺りから、ガゼン興が乗ってきますね。ザールブリュッケン放響に自発的で豊かな音色は期待できませんが、ここではライヴのせいか、いつになく団員に「ノリ」が感じられます。響きの温度が高いんですよ。テンポの対比も効果的で、リズムのキレもなかなかです。でも、けっして急がず、力みもなし。

 28分かかるアダージョは練り上げられた、瞑想的で繊細な味わい。「Apocalyptic」は、この辺りから連想されたのかも。ホルンの延々とした旋律、フルートの渋い響き、ヴァイオリン・ソロの泣きは聴かせますね。金管の鳴りは少々不足気味か。

 フィナーレも、堂々とした幅広さがあって緻密ですが、やはりクール。弦の歌わせかたの細かい配慮、ティンパニと金管の迫力も抑制が利いています。よく計算され、完成度は高い。響きの濁りもない。じゅうぶんな見せ場は作ってくれますが、熱狂ではない。ラストのテンポのダウンもくどさを感じさせない。(拍手はカット。残念)

 せせこましくはないが、大時代的・巨匠的なスケールではない。現代的で、飾りの少ない知的な演奏。オケの響きに厚みはありませんが、指揮者の意図が細部まで行き届いているのはいつもどおり。

 ワタシはながく聴いて、飽きのこない演奏と思いました。(いっぽうでこのCDを売った人の気持ちも分かる。スッキリしすぎて物足りないかな)

 「アダージョ」のほうは名曲ですが、デッドな録音で交響曲との違和感があります。人数もかなり少ない感じ。指揮者も団体も、ワタシの知識では初耳でした。弦楽合奏による編曲と思いますが、中途半端で原曲の美しさにかないません。さほどのアンサブルでもありません。


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written by wabisuke hayashi