ハイティンク/シュターツカペレ・ドレスデン演奏会
2004年5月21日(土)PM7:00〜サントリーホール S席13,500円
Bruckner
交響曲第8番ハ短調
ハイティンク/シュターツカペレ・ドレスデン
生来の出無精でして、こうして東京出張に併せて演奏会に行くなんて、偶然が重なった、ということです。ワタシの出張スケジュールにこの演奏会があること、ネットで余ったチケットを(壱万円引きで)売っていることをネット上でご教授いただいたこと。作品も、オーケストラも、指揮者もお気に入りで、有名なるサントリーホールも一度経験してみたいな、と。すべて条件が揃って、田舎のお上りさんとしては。迷いながら東京駅から溜池迄たどり着いたけれど、お洒落で素敵なところでした。
13,500円は結論的に存分に価値のある出費だったということだけれど、CD廉価盤原理主義の宗旨替えをしたわけじゃないですよ。出会いは縁である、という当たり前のことに過ぎません。ハイティンクは来年にはこの素晴らしきオーケストラのシェフを降りるそうだし、この期を逃しては・・・そのくらいの経済負担ができる自分の身分を感謝しないと。会場の入り9割。女性比率3割りくらい?若い人ちょいと少な目。
S席は一階となります。岡山シンフォニーホールは、やや残響過多で音が上に逃げるんです。ちょっと心配だったが、サントリーホールはちゃんと低音が響く(当たり前か)。「鳴るオーケストラ」とはどういうことか。極弱音でも線が弱くならないことです。旋律の表情が明快に理解できることです。渾身のチカラですべてのパートが大爆発する!これならアメリカのオーケストラもそうなんじゃないか?と想像されますね。ドイツのオーケストラらしく、中低音〜とくにヴィオラが美しく、豊かに鳴ることに冒頭からドキリとしました。
ドレスデンのオーケストラって、録音で聴く限り、透明で涼やかなブルー系で、むしろ軽快に響きます。濃厚だったり、どんよりとした重さはない〜実演でもその通り、というより、この弦のピタリと(まるでひとつの楽器のように)息のあった美しさは想像を絶しました。Brucknerに期待されるべき「耳をつんざく金管の咆哮」は会場を揺るがす大絶叫にまちがいないが、奥行きと深みを失わず、各パートがしっかり聴き分けられるのは実演故でしょうか。
「上手いオーケストラ」ってなんでしょう。アンサンブルがピタリと合って、どんな難しいパッセージや、指揮者の急なテンポ変化にも付いていって一糸乱れない〜そういうメカニック的なことを感じさせるうちはほんまの「上手いオーケストラ」ではない。(ハイティンクは急なテンポ変化などいちども要求しなかったが)おそらくは何十年という名指揮者の薫陶の元、録音も含めてこの名曲〜交響曲第8番ハ短調〜は演奏者の血となり肉となり、どんなフレーズにも魂が籠もっている・・・弦の優しい旋律の末尾をふ、と抜いたり・・・
木管然り、金管然り、ホルンの出番では観客を陶然とさせるワザをちゃんと発揮し、ワーグナー・チューバはその個性的な響きを明確に刻印します。ティンパニ氏は的確でありながら、全体のバランスを考慮し、むしろ抑制された叩きから・・・しかし、オーケストラ大絶叫部分では遠慮会釈のない激打はちゃんと準備しているんです。
「演奏者にとってBrucknerは弦がつまらない」なんていう話しを(アマオケにて)伺ったことがあります。そうなんですか?ドレスデンのメンバー、弦全員がカラダを揺り動かし、背筋をピン!伸ばし、弓をいっぱいいっぱい使って全力で演奏してますよ。ココロから音楽に感動している、誠心誠意音楽に奉仕します!的姿勢は(結果としての音はもちろん)視覚的にも聴衆の胸を打ちます。
例えばヨッフム盤のような、テンポを各所で煽ってアツい思いを盛り上げるような場面は一度たりとも出現しません。極端なるスローペースや旋律のひきずりで雄大なるスケール感を出すこともないんです。まさに「極上のフツウ」。恐るべき「ゼネラル・パウゼ」の沈黙の響き。(これは聴衆の集中力ある静寂さも賞賛されるべきでしょう)ワタシはハイティンク/ウィーン・フィルの1995年録音は素晴らしいと思います。しかし、実演とは同列線上にコメント不能。第3楽章アダージョのあらゆるパートが溶け合った静謐から、打楽器総動員の爆裂に至ると魂を抜かれる思い有。
これは(ワタシの安物オーディオではもちろん)どんな超高級オーディオでも再現不可能なんです。音楽に限らず、なんでもそうだけれど、最上のものは経験しておかないと、音楽の悦びを一段深くする段階に到達はできないんです。(2004年5月22日)