Saint-Sae"ns チェロ協奏曲第1番イ短調
(ストリャーロフ/ソヴィエット国立放送響楽団)
Prokofiev チェロと管弦楽のための交響的協奏曲ホ短調
(ザンデルリンク/レニングラード・フィル)
ロストロポーヴィチ(vc)
Saint-Sae"ns
チェロ協奏曲第1番イ短調
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(vc)/ストリャーロフ/ソヴィエット国立放送響楽団(1953年)
Prokofiev
チェロと管弦楽のための交響的協奏曲ホ短調
ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(vc)/ザンデルリンク/レニングラード・フィル(1957年)
YedangClassics YCC-0155 10枚組3,990円
グレゴリー・ストリャーロフ指揮のSaint-Sae"nsはLP時代からお気に入りでした。(コロムビア・ダイヤモンド1000シリーズ)でして、こうして”安いから買った”ボックスものに偶然含まれ、邂逅するのも縁(えにし)でしょう。演奏もちろんだけれど、これほど音質が鮮度良好だったとは!驚きました。うっかり聴いていると、モノラルとは俄に信じがたいほど。
Saint-Sae"nsとの出会いは「動物の謝肉祭」であり、交響曲第3番ハ短調「オルガン」、そして「序奏とロンド・カプリチオーソ」・・・そんなところか。室内楽には親近感があるし、そろそろ協奏曲も真剣に聴かなくっちゃ・・・と、考えていた矢先の再聴(棚中休眠CDの発見)であります。彼のチェロはまったくの天才的ワザでして、それは1968年カラヤンとのDvora'kで(発売直後より)、いやと言うほど思い知らされました。当時ロストロポーヴィチ41歳壮年の心身充実して絶好調か・・・
・・・と思ったら、26歳のSaint-Sae"nsだって、その鬼神のような、と評価すべきか、余裕の、と見るべきか、既に恐るべき流麗な演奏となっておりました。切迫した悲劇的旋律で始まり、各楽章続けて演奏される、わずか20分弱の作品。ワタシは(この音源含め)数度CDで聴く機会があったはずで、すっかり旋律聴き知っているのに、これほどの感銘がダイレクトに届いたことはありません。つまりこれは、名曲を名曲たらしめる、わかりやすい演奏である、と。
中低音豊かに、ヴィヴラートたっぷり歌う彼のチェロを、嫌う方もいらっしゃるみたいですね。たしかに少々官能的すぎて骨太、気品とか上品方面からは少々離れているかも知れません。でもさぁ、超高速パッセージの壮絶なる完璧技巧はもちろんだけど、そこで”歌”を失わないこと、第2楽章などの”抜いた鼻歌のような”旋律表現でも、存在感が崩れない。なんという優雅なワルツ!
やがて終楽章は冒頭の旋律が回帰して、ゆったり纏綿と展開し、モウレツなる技巧の冴え(完璧!)を経てフィナーレへ。なんと雄弁なる大見得か。グレゴリー・ストリャーロフ(この人はオペラ畑か?Shostakovich 「ムツェンスク群のマクベス夫人」の1934年第2回目の指揮担当・・・らしい)のバックも配慮ある繊細なもの。この作品をすっかり見直しました。
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Prokofievはあまり得意ではないし、「交響的協奏曲ホ短調」はいっそう晦渋なる作品だと思います。(BRILLIANTボックスではロジェストヴェンスキー指揮となっているものと同一音源らしいが)ずいぶんと以前から聴いていたけれど、正直、”驚くほどツマらない作品かも”との感想を抱いておりましたね。(ラズロ・ヴァルガ(vc)/フロマン/ルクセンブルク放送管弦楽団〜VOXBOX〜の演奏/音質問題〜音量レベルも低い〜だったのか。現在、改めて聴き直しても様子がわかりにくい)
これもなかなかの良質なる録音(人工的なひろがり付加されているのか)。陰影濃く表情豊かであり、平明な表現がこの作品の印象一変させます。ゆったりと歌心に溢れて、”晦渋でシニカル”といった先入観を吹き飛ばす圧倒的技巧の冴え・・・どころか、硬質なるリズムに妖しい官能さえ感じさせる驚き有。ザンデルリンクのバックは入念です。
いかにも無機的旋律な第2楽章「アレグロ」を”情感”に変貌させ、不機嫌で暗い終楽章に、雄大なる情景と躍動を表出させる・・・驚くべきワザであります。こどもの頃にこんな演奏聴いていたら、すっかりProkofievの大ファンになっていただろうな、きっと。
(2006年4月8日)