Saint-Sae"ns 交響曲第3番ハ短調/交響詩「死の舞踏」
(ジャン・マルティノン/フランス国立放送管弦楽団1970年)


ERATO 0630-18971-2 Saint-Sae"ns

交響曲第3番ハ短調
交響詩「死の舞踏」

ジャン・マルティノン/フランス国立放送管弦楽団/マリー・クレール・アラン(or)(1970年)

ピアノ協奏曲第2番ト短調 作品22

ルネ・デシャーブル(p)/アラン・ロンバール/ストラスブール・フィル(1982年)

ERATO 0630-18971-2 6枚組1,480円にて購入

 子供の頃(もちろんLPにて)アンセルメ/スイス・ロマンド管弦楽団にて出会った作品。ピエール・スゴンによる重低音オルガンに痺れていたものです。「未完成」交響曲を連想させる神秘的な第1楽章第1部、瞑想的な旋律に静謐なオルガンが絡む第2部、切迫感溢れる第2楽章第1部、そして圧巻のC和音のオルガンから擬バロック的な和声の絡み合いを見せるフィナーレ。まさに浪漫派交響曲の名曲。

 やがて幾星霜、人生の道・幾山川越え、すれっからしの音楽親父になり果てると、この作品をあまり聴かなくなりました。(何故か気恥ずかしくて)これは2001年末、激安入手した少々無定見に音源を集めたセットでした。交響曲第1/2番はプレートル/ウィーン交響楽団で収録、第3番もそちらで聴きたかったんだけれど・・・

 LP時代「エラート1000シリーズ」で懐かしい音源であります。音質はさすがに少々草臥れましたね。オーディオ映えする作品だから、ちょっと市場的にはヤバいかも。ワタシは馴染みなので全然気にならん。オルガンはちゃんと明快に認識できます。〜閑話休題(それはさておき)

 独墺交響曲の扱いとして盤石に仕上げるか、お仏蘭西の粋方向で行くか、それは嗜好なのでしょう。マルティノンがシカゴ交響楽団時代(1963-68年)に評判が芳しくなかった要因のひとつに、独墺系交響曲を得意としなかったことが理由に挙げられるでしょう。(露西亜系交響曲は多く録音が残っている)このSaint-Sae"nsは響きあくまで軽快であり、アンサンブルはがちがちに緻密濃密なものでもない。颯爽とカッコよく、さらさらと流れの良いもの。気分爽快、”お仏蘭西の粋方向”でしょ、これ(と、言っちゃうとお仕舞いだけれど)。でも、キチンとした構成感もある。

  「神秘的な第1楽章第1部」はあくまで「神秘的」であって、ものものしく重苦しくならない。オケの響きあくまで爽快で軽快、明るい響きを維持してテンションは高いけれど、時にそっと力の抜き方も粋でクール。「瞑想的な旋律に静謐なオルガンが絡む第2部」〜第2楽章第2部の壮麗なるC和音が有名だから話題にならないが、管弦楽とオルガンの有機的な絡み合いはここでしょうが。木管のユニゾンがこれほど効果的で、そして雄弁なる弦がオルガンをバックに切々と歌う・・・ここが全曲の白眉!なんじゃないか。この瞑想感は、濃厚なる官能とは一風異なった、爽やかさがある演奏だと思います。

 第2楽章第1部はスケルツォ楽章なんだろうが、ここは独墺系厚みのあるオケが得意とするところでしょう。リズムの切れと軽妙なる木管(金管も)の響きが、深刻な雰囲気を醸さない。楽しく、ウキウキと”カッコ良い”んです。劇的に重苦しく仕上げない〜あくまで颯爽と、少々ラフであっても推進力がある。ピアノの使い方がキラキラと上手い楽章ですね。

 「圧巻のC和音のオルガンから擬バロック的な和声の絡み合いを見せるフィナーレ」〜マリー・クレール・アラン登場。ピアノの絡みは「動物の謝肉祭」より「水族館」を連想させ、弦の厳めしい旋律はまさに”バロック的”+オルガンが横に控えているでしょ。でも、そこに合いの手を入れる木管群はあくまで薄っぺらいお仏蘭西系。上手いもんです。

 独墺系圧巻のド迫力で押し切ってもよろしい楽章なんでしょう。高らかなファンファーレの昂揚に不足はないけど、低音が甘い、力業で押し切らない、明るい世界に好感が持てます。きっちりと縦線を揃えないのも納得の世界。ラスト、無用に力んでアッチェランドし過ぎないのもエエ感じ。

 「死の舞踏」は文句なし!鮮やかな演奏でありました。ピアノ協奏曲は少々苦手なので、また時を改めて。ルービンシュタイン白熱のライヴ(1952年)が前提としてあるものですから。

written by wabisuke hayashi