Stravinsky バレエ音楽「春の祭典」/「ペトルーシュカ」(1947年版)
(小澤征爾/シカゴ交響楽団/ボストン交響楽団)
Stravinsky
バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
小澤征爾/ボストン交響楽団(1968年録音)
バレエ音楽「春の祭典」
管弦楽のための幻想曲「花火」
小澤征爾/シカゴ交響楽団(1967年録音)
RCA 09026 63311 2
前回聴取より11年経過。光陰矢の如し。当時30歳代前半、意気軒昂なる若手代表だった小澤さんも、病で活動がままならぬ年齢に至りました。微妙なる音質の違い(改善?)はあったとしても、そこはディジタル・データのこと、これほど感じ方が変化するのはCD音源の責任ではなく、聴き手のノーミソ前頭連合野の変化(劣化)なのでしょう。こうして昔の駄文↓を保存しておくことにも意味はあった、ということですよ。
「ペトルーシュカ」は編成の小さな1947年版だけれど、省略なし、しっかり全曲演奏して下さっているようです。まず、目が覚めるほど音質がよろしい。ボストン交響楽団が豊かに鳴り響いて、どのパートも滅茶苦茶上手いなぁ。シェフになるのは5年後で、当時はラインスドルフの時代ですよ。細部彫琢が徹底され、繊細クリア、見事なアンサンブル+切れ味+迫力。昔のワタシなら「味がない」「タメが足りない」などクレームを付けていたことでしょう。若いというのはなににも増して価値あること、ストレートで虚飾も曖昧もない、溌剌として几帳面なる表現こそ魅力であります。新鮮溌剌そのもの、勢い元気もたっぷり。
ちょっと痺れました。これは初耳だったっけ?
シカゴ響との「春の祭典」は一年前の録音でして、イヤホンで確認すればちょっぴり低音ノイズがのります・・・が、基本優秀録音であることに間違いはない。奥行き臨場感(=自然な感じ)はこちらのほうが上かも。
鳴るべき音はすべて鳴り、細部の流しもなく、複雑なリズムの乱れもない。オーケストラの技術は最高で、演奏困難なはずの各パートも楽々。それはそれで、立派といえば立派。
でも、それだけじゃ超有名曲「春祭」はツマらない。この曲が持っている「野生のリズムによる官能」みたいなものは、まったく感じられなくて、表面がきれいに整っているだけ
・・・誰だ!失礼なことを言ったやつは〜(ワシ)「野生のリズムによる官能」みたいなものって、誰の演奏が念頭にあったのか?今となっては記憶もありません。(刷り込みはピエール・ブーレーズ1969年録音のはずだけれど、あれは知的刺激に溢れて「野生」に非ず)演奏の質、方向は「ペトルーシュカ」とまったく同様であって、細部几帳面ストレート系虚飾ない表現〜その前向き、ひたむきな意欲が現在の耳には好ましく、作品のテイストを正確に引き出している、そう響きます。若者にヘタな”味わい”など必要なし。ピエール・モントゥー辺りとは対極かな?なんせシカゴ交響楽団の技量は、パリ音楽院管弦楽団とは段違いですから(得意科目の違いですよ)。
結論的に、生真面目+誠実+一生懸命+精緻な仕上がり=熱血、ということですよ。巨匠と評価されるようになってからの小澤征爾を積極的に聴きたいとは思わぬが、若い頃〜ボストン交響楽団辺り迄の演奏は素敵です。Mahler 全集など、この表現方向をたっぷり堪能いたしました。蛇足だけれど、たしかLP時代よりお付き合いの小澤「春の祭典」旧録音〜こんなにエエ音だったのか。我が貧者のオーディオも捨てたもんじゃないな。 (2011年2月25日)
Stravinsky
バレエ音楽「春の祭典」
管弦楽のための幻想曲「花火」
小澤征爾/シカゴ交響楽団(1967年録音)
交響詩「妖精のくちづけ」
ライナー/シカゴ交響楽団(1958年録音)
バレエ音楽「火の鳥」組曲
小澤征爾/ボストン交響楽団(1968年録音)
RCA 74321 40456 2 $2.98で個人輸入
「小澤は好きではない」のですが、けっこうCDは手元にあります。但し、旧いものばっかり。1960年代の後半、小澤はラヴィニア音楽祭の指揮者としてCSOと密接な関係があったようで、RCA・EMIにも何枚か録音がありました。(ライナーの録音を除いて)かつてLP時代所有していた演奏。当時は「春祭」+「花火」で一枚、「火の鳥」組曲はたしか「ペトルーシュカ」と組み合わせてあったはず。
RCAとしては小澤は名前が売れているし、廉価盤の音源としてはちょうど良かったのでしょう。ペトルーシュカをいれるとCD1枚には収まりませんので、ライナーの「妖精のくちづけ」を持ってきたと想像されます。当時新進気鋭の若手だった小澤のこの曲最初の録音です。
「春の祭典」はブーレーズ/クリーヴランド管の最初の録音以来のお気に入りで、安いCDを見かけるとたいてい買ってしまう。かつては指揮者にもオーケストラにも「難曲」と云われてきましたが、いまや学生オーケストラでも易々と演奏する時代となりました。とはいえ、やはりオーケストラは上質なほうが良いに決まっています。CSOなんてピッタリ・・・・・のはず。
この演奏、鳴るべき音はすべて鳴り、細部の流しもなく、複雑なリズムの乱れもない。オーケストラの技術は最高で、演奏困難なはずの各パートも楽々。それはそれで、立派といえば立派。
でも、それだけじゃ超有名曲「春祭」はツマらない。この曲が持っている「野生のリズムによる官能」みたいなものは、まったく感じられなくて、表面がきれいに整っているだけ。BGMなんかにはいいかもしれないけど、思わず耳を引き付ける感動がないなぁ。ライヴだと、会場の熱気やミス・タッチなんかが、また別な臨場感を生むんでしょうが、これはツマラナイ演奏と思います。スケールも小さい。
この辺りの小澤はいつもそうなんですが、「間」が足りなくて、どうもせせこましい。(小澤ファンのみなさまゴメンナサイ)ま、1960年代の録音だから「こだわりなし世代」(現代音楽の古典!なんて)の走りかも知れません。
「花火」はあっという間に終わってしまうけれど、これは性能の良い極小精密機械みたいな味わいが悪くない。
更に10年前にさかのぼるライナー/CSOの音が出てくると、同じオーケストラでありながらその違いは歴然。わずか7・8分の曲ながら、オーケストラの音色のコクと深みが凄い。曲が違うと云ってしまえばそれまでですが、旋律の魅力的な節回しは秀逸でしょう。これはやはり貫禄の違いか?
「火の鳥」は、もしかしてボストン響との初めての録音かもしれません。
小澤はこの曲は得意としているようで、全曲版をパリ管、ボストン響とも録音しています。(パリ管との演奏はLP時代持っていて、これは華々しくて良い演奏だった記憶がある)わずか1年の違いですが、「春祭」とはずいぶん違ってオーケストラの音色が深く感じます。
ボストン響の音色はなかなか落ち着いていて、アメリカ風のハデさはない。(最近はどうなのでしょう)録音がよい理由もあるのでしょうが、アンサンブルがわずかに乱れてズレるところなども、なかなか味わいがあります。小澤とオーケストラとの相性もあるのかもしれません。でも、「どのパートも同質に鳴らした」感じはあって、やはり個性不足か。 (2000年7月15日)
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