中村 紘子 「アルゼンチンまでもぐりたい」

名ピアニストの描く贅沢な時間
文春文庫 1997年発行  450円
(単行本は1994年発行)

 この本の存在は知っていたし、先日BOOK-OFFで再購入しようか、と思ったくらい。ところが、ある日本棚の奥から出現。「なんだあったのか」〜くらいならまだしも、パラリと内容を見てもまったく記憶はない、つまり、買ったまま読んでいないという事実に驚愕。あきまへんな、こんなことじゃ。嗚呼もったいない。

 ワタシは中村さんのファンでもないし、BOOK-OFFにて@250で売っていた2枚のCDも購入しませんでした。(失礼)これは世代の違いかな?ダンナの庄司薫さんもワタシのもう少し上の世代に圧倒的人気があったし、で。でもね、文書は最高だと思います。簡潔にして、妙な思い入れとクドさを感じさせないスタイル。見事。

 表題の「アルゼンチンまで〜」というのは、若かりし頃の失態を思うと「穴があったら入りたい。できれば地球の裏側のアルゼンチンまでもぐりたい」ということ。前作「ピアニストという蛮族がいる」が、日本の西洋音楽受容期の女流ピアニスト苦難をあますところなく表現した、やや重い内容だったのに対して、こちらはわりと気楽に楽しめます。一気でした。

 ちょうどバブル景気真っ最中、ソ連邦崩壊、ベルリンの壁崩壊、などの時期にも当たっており、これはこれでつい先日なので興味深いものです。「ロシア人には味覚がない」というウワサ(わかりやすいだけが取り柄の俗説、とのこと)に関連して、じゃ、日本のピアニストはどうなの?といった笑うに笑えない、ちょっとシニカルなハンドルの切り方。

 「どさ回り」といっては失礼だが、彼女ほどのキャリアと人気があると、全国津々浦々〜いや世界各地でおもしろいというか、肝を冷やす経験をしていて、これが笑える。とある新築の地方市民会館でヤマハCFVを弾いていたら、とてつもない美しい音楽となってしまって、それはまるでかつて経験したことのない「天上の音楽」の恍惚・・・・じつはまだシンナーが乾いていなくって、ま、ラリっていた、というお粗末。

 演奏家の技量と「容姿問題」も、その説得力が並ではない。ま、16歳でNHK交響楽団の欧州ツァーのソリストとして同行した彼女は、なんと振り袖姿で演奏していた(当時、日本はまだ文化の遅れている敗戦国であり、フジヤマ・ゲイシャ時代であった)という驚きの事実。

 時は移り、コンクールでは知的で飾りのないことが好まれる時代になっていたのに、その情報を知らされなかったある出場者の話し。筆者の先生であるジュリアードのロジーナ・レヴィン先生は「これからはテレビの時代ですからね」と、ある才能ある生徒の将来を危ぶむ話し。いずれも、やや涙を誘っちゃう悲しい話しなんです。

 ワタシ個人的なこの本の白眉は「ダンナ庄司薫との出会い」。「赤頭巾ちゃん気を付けて」には中村紘子さんが出てくるんですよね。で、友人が「貴方が出てくる小説が売れているよ」ということで読んでみたら、作家の顔写真が出ているじゃないですか。それを見たとたん「ワタシはこの人と結婚する」と思った、とのこと。で、追っかけて、電話してお付き合いが始まるんでしょ。凄い。天才というのは一種、常人では理解できない行動に出ることがある。

 蛇足ですが「バッハまんじゅう」は笑えます。しかも、美智子さんに「バッハまんじゅうはどうでした」と訊かれたとのこと。


 (その後)一度も聴かずにいるのもどうか、ということでCDを一枚買ってきました。ちょっと、辛口になっちゃうけど、感想も書きました。


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written by wabisuke hayashi