Mozart セレナード第10番 変ホ長調K.361(370a)「グラン・パルティータ」
/「フィガロの結婚」 (ロバート・ジョンソン/ニューヨーク・フィロムジカ管楽アンサンブル)


VOXBOX CDX4014 Mozart

セレナード第10番 変ホ長調「グラン・パルティータ」K.361(370a)

歌劇「フィガロの結婚」(管楽アンサンブルによる10曲)

ロバート・ジョンソン/ニューヨーク・フィロムジカ管楽アンサンブル

VOXBOX CDX4014 1970年代?録音 (いただきもの)

 ちょっと加筆更新間隔が短いが、リノス・アンサンブルやら、パイヤール室内管弦楽団のみごとな演奏を聴いたあと、関連記事の再確認であります。【♪ KechiKechi Classics ♪】トップ・ページのレーベル分けは既に廃止しており、以前のコメントは意味を失いました。

ジョンソン/ニューヨーク・フィロムジカ管楽アンサンブルは、明晰明快な表現がとても好ましく感じたものです。VOX録音としては希有な事象として、音質も明快なんです/”馥郁たる香り”とか陰影みたいなものは期待できぬかも知れないが、各パートいかにもアメリカの都会に相応しい骨太な明るさ、こだわりのなさ。のびのびとストレートな歌心。神経質なニュアンスとかテンポの揺れなど存在しないが、力みも虚飾も、屈託もない”愉悦”がちゃんとありました
 これが一年ほど前のコメントであり、大きな印象の変化はないものの、”いかにもアメリカの都会に相応しい骨太な明るさ、こだわりのなさ”といった、不遜なコメントを反省しなくては。充分繊細であり、雄弁、のびのびとストレートな歌心というのは当たっているでしょう。技術的には希有な完成度を誇ってスムースであります。これ以上、神経質なニュアンスとかテンポの揺れを望んでどうするのか?音質水準も”VOX録音としては”といった保留条件必要ないほどの鮮明さ。不思議なのはこれほどの完成度を誇りながら、ネットで検索しても演奏家情報がほとんど何も得られない、この駄文が引っかかるのみ、ということ(ロバート・ジョンソンはホルンニストらしい)。音源は有料で拾えるけどね。

 この作品のキモと思われる第3楽章「アダージョ」に陶酔の不足を感じません。骨太な明るさ、というのは当たっていて、リズム感に曖昧なところはないし、テンポの対比も小気味よろしい(第5楽章「ロマンツェ-アダージョ」)。第6楽章「主題と変奏」にも、同様の弾むような軽妙剽軽なるリズム感がありました。ヴォルフガングの特徴である陰影の深さに、ウェットな情感は存在しない。快い笑顔が続くのみ。前回更新にてカール・ベーム盤(1970年)に対する不満(失礼/堅苦しくて・・・)に触れていたが、ちょうど対極としての”愉しさ”無限演奏也。

 世評やら知名度で音楽を聴いてはいかん、といった典型例でしょう。フツウ、誰だってベルリン・フィルが上、と思うでしょ。歌劇「フィガロの結婚」からの10曲はいっそう稀少な価値であって、可憐なる馴染みの旋律がつぎつぎと歌われてました。最高。

(2010年8月6日)

 【♪ KechiKechi Classics ♪】トップ・ページのレーベル分けはもともとエエ加減だったが、10年の推移でいっそう意味を失いつつあります。RCAがSONYに吸収されたり、PHILIPSが消えて英DECCAとなり、親会社がDGと一緒になったり、消えてしまったレベールだって数限りなし。音源そのものは衣装を替え、廉価盤ボックスとして蘇ったり、データとしてネット供給されたりしております。そもそもCDで商売するのが難しくなって、地方も世界メジャーの販売店も、経営危機の記事をあちこちで拝見するように。

 個人的にはここ数年、聴くべき音源の精査(整理)を目指して、VOXのCDは過半を、MCAだったらほとんど全部(残数枚状態)オークションで処分してしまいました。(主に音質問題にて)このCDは入手困難(誰も苦労して求めない)だけれどネット上ではデータが部分的に拾えます。ロバート・ジョンソンは伝説のブルース・ギタリストと同名だけれど別人、NewYork PhilomusicaはCDがネット上で検索可能だけれど、現役団体であるかどうかは不明。

 映画「アマデウス」にてSalieriが、譜面を見てあまりの陶酔に楽譜を取り落とす場面がたしかこれ(第3楽章アダージョ?/記憶曖昧だけれど)であって、作品の魅力を表現する説得力が強かった記憶があります。

 レコード/CDが高価で「至高の一枚」を厳選せざる得なかった20世紀から、時代は変遷しました。知名度や、メジャー・レーベルであることの権威付けも、その逆張りでマイナー狙い(=かつてのワシ)も必要のない21世紀へ。好きなものを自由に聴けばよろしい。「グラン・パルティータ」(大組曲/一般名詞が固有名詞に昇華するのは、その作品価値を物語る)は、中学生の時にカール・ベーム/ベルリン・フィル(1970年)にて出会った感銘忘れがたく、数年前CD入手し〜ガッカリいたしました。オケは上手いけど妙に堅苦しく、愉悦感に乏しい(と、勝手な印象にて)・・・処分済み。300円でもなかなかオークションで買い手が付かなかった記憶有。

 LP時代から(FMエア・チェックで)ストコフスキー盤を愛聴してきて、不遜なるワタシはそれにさえケチを付けるように。堕落でっせ。Mozart は無条件幸福なはずでしょ。リンク先でちょっとだけ言及しているフルトヴェングラー盤(1947年)は、歴史的録音の別格扱いとして、久々に取り出したジョンソン/ニューヨーク・フィロムジカは、明晰明快な表現がとても好ましく感じたものです。VOX録音としては希有な事象として、音質も明快なんです。

 ”馥郁たる香り”とか陰影みたいなものは期待できぬかも知れないが、各パートいかにもアメリカの都会に相応しい骨太な明るさ、こだわりのなさ。のびのびとストレートな歌心。神経質なニュアンスとかテンポの揺れなど存在しないが、力みも虚飾も、屈託もない”愉悦”がちゃんとありました。要らぬ比較だろうがアメリカ交響楽団とは桁違いの安定した技巧を誇ります。

 全50分、厭きさせぬ充実した演奏也。

 Mozart の歌劇を管楽アンサンブルで演奏する録音は、けっこうあちこちに存在します。オリジナルじゃないんでしょ?これが妙にフィットして絶妙な味わい。ここでの演奏は、少々慎重に過ぎるというか、もっと躍動が欲しかったところ。それでも、メイン作品のフィル・アップとして20数分、充分余韻を堪能させていただきました。

(2009年4月17日)

【♪ KechiKechi Classics ♪】

●愉しく、とことん味わって音楽を●
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written by wabisuke hayashi