Mahler 交響曲第5番 嬰ハ短調
(ピエール・ブーレーズ/ウィーン・フィル1996年)


DG UCCG2022 Mahler

交響曲第5番 嬰ハ短調

ピエール・ブーレーズ/ウィーン・フィル(1996年)

DG UCCG2022

 知名度とか先入感で音楽を聴かないようにしているつもりだけれど「大地の歌」以来、ブーレーズのMahler はワタシにとって鬼門です。世評も賛否割れておりますね。1968年BBC交響楽団とのライヴCDが出ていて、数年前のワタシは

NUOVA ERA 2326 中古500円”たいへん気に入りました。全体としてクールで明快、正確、知的な演奏だけれど、まだ意気盛んな当時43歳、ライヴならではの(それなりの)テンポの動きもあって、エキセントリックではない、バランスの良い”、”自然体かつ情熱の爆発もあって、ブーレーズはまだ若々しい。BBC響がこれほどのアンサンブルで鳴りきるというのも驚異的”
と手放しの高評価しておりました。(再聴しなくっちゃ)閑話休題(それはさておき)

 世評が割れている、と書いたけれど、コメント内容は見事に一致しております。ある一定の諸条件(それなりの音質と技術水準)をクリアすると、残りの要素は個人の嗜好の世界なのでしょう。CDが値下がりして、市井の音楽愛好家が、さほどに経済的負担なくして自由自在に聴ける時代に至った21世紀。口角泡を飛ばして”究極の一枚”を論議する意味を失いました。しかも、自分の狭い(そして、それなりに長い)経験から、”個人の嗜好”だって揺れ動くと知りました。時代による演奏スタイルの流行廃れも間違いなく存在します(1980年代のプロ評論家によるCDコメント集を見ていると、吹き出してしまうことさえ有)。

 第1楽章「葬送行進曲」冒頭から聴き馴染んだものとはずいぶんと違う・・・ブーレーズのMahler は(ちょろ聴き含め)ほぼ全部拝聴したが、どれも”音量が小さい”〜ように感じちゃう。実際にはそんなことはないんだけれど、クール正確であり、細部分析するように響きが洗練され、飾りも色気も、情熱メリハリの欠片もない。やる気ないんちゃうか、と突っ込みを入れたくなるくらい。天下のウィーン・フィルだから、トランペットも弦も極上に美しいのに、ぼんやり油断していると第1楽章はいつのまにか終了しております。

 第2楽章「嵐のように荒々しく動きをもって。最大の激烈さを持って」〜これは文字通りの大爆発演奏が一般的なんだろうが、ここでも状況に変化なし。”ブーレーズにしては”荒々しく、激烈な指示なんでしょう。事実、音量も上がっている部分有。しかし、耳に残るのは静謐冷静な歌ばかり。響きは絶対に濁らせない、といった決意さえ感じさせて、あらゆるパート、フレーズに微細な味付けを施して、それはまるで極上薄味の和風だしのようであります。でも、情感を込めていない。浪漫の残滓を許さない。テンポは絶対に走らない。これを”盛り上がらない”と理解するかどうか。

 第3楽章はスケルツォ楽章であり、正確かつ無味乾燥に陥らぬリズムを刻みます。中間部のレントラーの磨き上げられた、精一杯のユーモアは素晴らしい。テンポはゆったりと揺れるが、印象やはり”クール・ビューティ”。アンサンブルの仕上げは、ほとんど究極に完成度が高い。オーケストラが上手いとか、ヘタとか、そんなことさえ感じる暇を与えぬ演奏であります。音量小さい部分でも、どのパートもしっかり聞こえ(るような気がする)、ウィーン・フィルはたしかに美しい。

 この作品の白眉である第4楽章「アダージエット」。この楽章表現には文句なし。露出を高め、媚びを含んで品を作るのが女性の色気ではないでしょう。毅然として背筋が伸び、真理を語る高貴さ。じつは、ここに至るまでの圧倒的最強音が聞けるんです。弦+ハープだけなのに。弦の彫りの深い表現、端正だけれど雄弁な歌は説得力抜群。メンゲルベルクの噎せ返るような浪漫にも魅力を感じるが、こちらディジタル時代の音質が細部鮮明に照らします。ブーレーズはここに最重点を置いたのでしょう。これ以上の説得力を聴いた記憶かつてなし。10:56。1968年旧録音は7:37でっせ。

 終楽章「快速に、楽しげに」は、「アダージエット」の極度の緊張から救われるような晴れやかな表情でしょう。正確洗練緻密クール路線継続だけれど、力みなく、粛々と明るい旋律をていねいに描いて文句はない。こうしてみると、前半の物足りなさは「アダージエット」凄演の序奏として意味が感じられます。終楽章は一歩間違えれば、前楽章との違和感甚だしいところ。ここをそっと静かにまとめて下さるのも悪くない。ラスト、けっこう盛り上げて下さいますし。結論的に、前曲の構成バランスは絶妙であって、全曲通して聴き疲れしない”筋”を感じたものです。

(2011年5月7日)

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written by wabisuke hayashi