Brahms 交響曲第4番ホ短調 作品98(ジャンドロン)


Brahms

交響曲第4番ホ短調 作品98

ジャンドロン/群馬交響楽団

1980年録音のLPからMDに落とした「音楽の貢ぎ物」

 モーリス・ジャンドロンは往年の高名なチェリスト。指揮もしていたようで、この録音の存在も何となく知っておりました。もう亡くなってしまいましたが、CDではたしか復活していないはず。ごていねいに、ワタシのHPを見て「こんなんどうでしょ」とプレゼントしていただいたもの。(いただいたままになっていて、ごめんなさい)

 ブラームスの交響曲はたくさん廉価盤が出ていて、自然と手元に貯まっていきます。嫌いな曲じゃありませんが、カイルベルトのCD復刻を聴いて以来、相当長いスランプに陥っており、どうも楽しめません。重苦しい、鬱陶しい、辛気くさい。「こんな時にはどうした良いのか」と悩みつつ約2年間、この演奏を聴いて一筋の光明が見えた思い。

 ワタシ、オーディオ方面には暗いので、勘違いかも知れませんが、この録音はとても良い感じなんです。ま、MDへのコピーながらLP独特の柔らかさ、奥行きというか空間が感じられること。結果、ブラームス特有の息の深い旋律が快くて、昔の感動が蘇ってくる思い。中学生のワタシはベイヌム/コンセルヘボウ(900円のLP〜グロリア・シリーズ)に深く入れ込んでおりました。

 カラヤン/ベルリン・フィルが1960年代に録音したCDが手元にあって(KC-0002。166円の海賊盤でごめんなさい)、オケの輝かしさ、厚み、スケールのとてつもない大きさには驚かされました。こちら群響でしょ、どうひっくり返ったってかなうはずもないオケの技量の差。それでも「どちらが好き?」と訊かれれば、ジャンドロン盤と答えたいところ。

 冒頭の弦の旋律が暖かくも切ない。やさしく、自然な奥行きがある。管楽器も気持ちが一つになって、感じ入ってよく歌いあっているのが良く理解できます。第2楽章の、なんの変哲もないホルンの音型から、淡々と木管に引き継がれ、やがて弦が切々と、幻想的に深呼吸するじゃないですか。飾り気がなくて、誠実で心も洗われます。

 スケルツォも力みすぎず、厚かましくならない。終楽章のパッサカーリアは、スケールも充分だし、悲劇的な旋律も存分に表現されているけど、力みのない優しさを感じました。そう、ブラームスの威圧感が薄い演奏。ワタシの「ブラームス・スランプ」もこんな演奏なら癒やされる。

 「オケの技量」云々は、少々難しい論議になるでしょうか。目隠しで聴けば「細部のアンサンブルのツメに少々難がないでもない」という水準。各パートは地味だけれど、誠実。先日聴いた京都市交響楽団のシベリウスとはちがっていて、響きに味わいを感じます。けっこう魅力的な個性。

 単発もので、演奏者もメジャーな存在じゃないので、華々しくCDで再登場は期待できないでしょうが、もったいない。


 MD余白にもう一曲入れてくれて感謝に堪えません。(余白は埋める、というのがLP、CD、カセット、MDの原則)

Stravinsky バレエ音楽「春の祭典」〜マルケヴィッチ/ベルリン放送交響楽団(1952年ライヴ)

 マルケヴィッチといえば、フィルハーモニア管との切れ味鋭い録音が有名。ワタシも好きです。この録音は、モノながら音質良好で、基本的解釈は変わりません。リズムが鋭利で、アンサンブルの緊張感ともライヴとは信じられないほど。

 最初に聴いたときに「オケが上手くないか」と思いました。(ホルンのひっくり返りなんかも目立つ)でも、しっかり聴いていくウチに、そうじゃないこと気付きましたね。ライヴでここまでの完成度は相当なもの。もちろん実演ならではの「アツさ」も充分。但し、少々重いんです。オケの音色に色気が足りない、なんて言うと贅沢でしょうか。この「重さ」を好む人もいるはず。終盤はライヴゆえの「うるささ」も気になりました。


 自腹じゃないと、どうも真剣に聴きませんが、反省します。貯まりすぎた「音楽の貢ぎ物」もじょじょに消化しましょう。(2000年10月6日更新)

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written by wabisuke hayashi