Rachmaninov ピアノ協奏曲第3番/Tchaikovskyピアノ協奏曲第1番
(クライバーン)


PHILIPS(RCA録音) 456 748-2 (20世紀の偉大なピアニスト・シリーズ)
Rachmaninov

ピアノ協奏曲第3番ニ短調 作品30
コンドラシン/シンフォニー・オヴ・ジ・エアー(1958年カーネギー・ホール・ライヴ録音)

ピアノ・ソナタ第2番 変ホ短調 作品36(1960年モスクワ・ライヴ)
前奏曲集より8曲(1970年代録音)

Tchaikovsky

ピアノ協奏曲第1番 変ロ短調 作品23
コンドラシン/RCA交響楽団(1958年録音)

舟歌、雲雀の歌(1970年代録音)

クライバーン(p) 

PHILIPS(RCA録音) 456 748-2 (20世紀の偉大なピアニスト・シリーズ)
2枚組 1,850円で購入(2000年末には2枚400円くらいで出現しました。愛とはけっして後悔しないこと)

 2003年再コメントです。Rachmaninov ピアノ協奏曲第3番は、レーゼル盤を聴いてすっかりその魅力(ソロ、バック、録音状態)に目覚めました。で、クライバーンを再聴することに。録音水準は「1958年当時のライヴとしては」出色=まぁまぁというところか。

 まずテクニックが優れていること、そのテクニックが機械的な血の通わないもではなく、若々しい勢いのためにあること。自由にテンポが揺れ、詠嘆の表情を気持ちよく歌います。考え抜かれた老熟なる技法としてではなく、もっと生来の才能を感じさせる自然体の”歌”。勢い。アツさ。

 コンドラシンのバック共々、精緻なニュアンスの刻印、というより、自由でおおらかな流れを楽しむべきものでしょう。レーゼル盤におけるザンデルリンクのバックは、音色そのものがほの暗いゆったりとした流れを感じさせるものでした。コンドラシンはもっと粗削り(これは馴染みの少ないオケだから?ライヴ故か)で、ざっくりとした、大づかみな変化の多彩さを楽しめました。聴衆の拍手の熱狂的なこと!

 続くピアノ・ソナタ第2番〜これほどわかりやすい演奏もないでしょ。1960年のモスクワ・ライヴとのこと。キラキラする明快さ。儚さ。切なくなるほどの旋律の魅力横溢。コレ、この二枚中の白眉かもね。

 一般にTchaikovskyを苦手とするワタシだけれど、ピアノ協奏曲第1番だけは例外なんです。大好き。どうしてだろう?小学生のウチに、このクライバーン、そしてリヒテル二種(ムラヴィンスキー、カラヤン)を経験(あくまでレコードでね)しているからか。ああ、以前書いたとおりだね。ホルンののラッシュから、ピアノ・ソロの明るく、希望に充ちた打鍵登場でもう幸せになれる。音色そのものが微笑んでいて、楽しげ。

 録音がとても良い感じ。オーディオ的な、というよりも熱気やら、興奮がダイレクトに伝わってくるような、まるでライヴのような鮮度がありました。怖いモンなんてな〜んもないけんね、みたいな若さが漲っていて、勢いそのままありあまるテクニックを駆使しながら、自由自在、思うままに表現したら、それがすべてツボにハマった、という感じ。この完成度は若者にしか実現できない。

 コンドラシンのバックが骨太で素晴らしい。この人の表現はいわゆる”ロシア風”じゃないよね。そんな粘着質じゃない。オケの音色は非常に明るいが、抜群の技量で若いソロを盛り立てます。厚みも勢いもある。コレ、間違いなく「明日という字は明るい日と書くのね」的アメリカン・ドリーム演奏ですよね。もう40数年前か・・・・・今は昔。

(2003年9月19日)  


 PHILIPSの「20世紀の偉大なピアニスト」は、その厳選された音源と価格で注目すべき偉業と思います。クライバーンのこの2枚のCDは、私にとってずいぶん深く考えさせられるものとなりました。

 クライバーンは、もう若い世代の人たちには馴染みのない名前かも知れません。1970年頃は「イ・ムジチの四季」「カラヤンの運命・未完成」と並んで「クライバーンのTchaikovsky ピアノ協奏曲第1番」は、もの凄いベスト・セラーだったのです。(アメリカではミリオン・セラー?だったとか)

 1934年生まれで、まだ元気なのに、もうこの人の名前は実質上コンクールにしか生きていません。1958年の第1回チャイコフスキー・コンクールで優勝、母国アメリカで熱狂的に迎えられる。折しも米ソ冷戦の真っ最中でのできごとで、その凱旋コンサートに同行したのがコンドラシンでした。この2曲の協奏曲は、ちょうどその時の録音です。

 以前に紹介した、コンドラシンの「ロシア管弦楽曲集」も同時期の録音でしょう。(同じオケのはず)

  じつは、最近ブーニンのモーツァルトとショパンの協奏曲(N響との協演)のCDを買ったのですが、その輝くような自由で奔放な演奏に打ちのめされました。才能ある若手が、やがてたしかな実力あるヴェテランとして成長していく難しさ、ブーニンはその真っ最中にあるのでしょう。

 ポリーニも輝かしいコンクール・デビューのあと、10年間の研鑽を積んでいます。いったいどれほど、たくさんの若きピアニストが消えてしまったことでしょう。クライバーンも60年代に、輝かしいキャリアを築きながら、消えてしまったひとりでした。(→レコーディングから遠ざかっているだけで、国内をずっとツァーしているそう。いまだに人気はあるらしい)

 Rachmaninov のピアノ協奏曲第3番は、2番ほどの甘い旋律はないものの、濃厚なロマンティシズムは充分な魅力。

 この演奏は、どろどろした重さとは無縁、いっぱんにRachmaninov に求められる「甘さ」とか「切なさ」はたっぷり揃っています。ライヴならではの若々しい感興の高まりも有。

 かなりのテクニックを要求される難曲のはずですが、それは感じさせない。メカニックな機能性ではなくて、天真爛漫な包容力を感じます。よく鳴って輝くばかりのピアノに対して、オン・マイクで残響少ないバックが、本場ロシア風の骨太で濃い演奏で盛り上げます。

 これはライヴですね。旧NBC響であるシンフォニー・オヴ・ジ・エアーも、数少ない録音で貴重です。往年の実力は充分維持されています。録音も予想よりずっと状態はよくて、観客の拍手も盛大。

 前奏曲集とピアノ・ソナタ第2番は、ヘタすると響きの分厚い衣をまとって、音楽の構造が見えなくなりがち。若者が何もおそれず、天性だけで実に見通しよく、明快な演奏に仕上げています。

 実質上活動を停止する直前の70年代の録音である、前奏曲集とTchaikovskyの小曲集は、かなりすっきりとした演奏。このくらいの抑えかたで、かえって本質がよく見えるのでしょう。天賦の才能と若さの勢いだけを信じていて時期から、ピアニストとしての長いキャリアを築いて行く方向を探っていたのか、デビュー当時の明るさ一辺倒ではない、翳りもちょっと見られます。

   そして、忘れじのTchaikovskyのピアノ協奏曲。

 冒頭の朗々としたホルンから、ワクワクとした期待に燃える雰囲気に溢れています。LP時代の記憶では、もっと荒削りだったはずなのに、細部までよく考えられた完成度の高さに驚き。一つひとつのピアノの音が明快で、技術的に卓越しながらなんという暖かさ。

 希望に満ちて、未来に対する不安さなど微塵も感じさせない、幸せな演奏。明るすぎる音色。コンドラシンのバックは太く豪快でありながら、ピアニストと完全に一体となった充実したもの。優秀なオケ。(シュムスキーをコンマスとする録音専用オケらしい)

 このCD、ジャケットがとてもいい感じの紙パックなんです。ちょうど、LP時代の厚手のジャケットの味わい。CDの収納の仕方もそんな感じだし、解説も写真も詳細。

 じつはERMITAGEで、クライバーンが1962年にルガーノで演奏した(アルジェント/スイス・イタリア語放送管弦楽団)CD(ERM139)もあって、これがスタジオ録音に負けず劣らず、明るくて颯爽とした演奏でお薦めです。「同じ曲ばかり沢山買えないよ」というひとは、(安いから)そのCDでも良いかも知れません。

 伴奏を務めるコンドラシンは、のち1979年に西側に亡命、わずか2年後に心臓麻痺で急逝します。「西側に亡命」という言葉自体が死語になりつつある現在、深い感慨を覚えずにはいられません。(1999年頃)


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written by wabisuke hayashi