Beethoven 交響曲第5番ハ短調/第6番ヘ長調「田園」
(ヘルマン・シェルヘン/スイス・イタリア語放送管弦楽団)
Beethoven
交響曲第5番ハ短調 作品67「運命」
交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」
ヘルマン・シェルヘン/スイス・イタリア語放送管弦楽団(ルガノ)
yamano music YMCD1016 1965年ルガノ・ライヴ 中古500円で購入
「爆演系全集」として評価も確立した感もあるシェルヘン・ライヴより。PLATZレーベルにて入手可能だと思います。ワタシは1990年代前半に「第2/7番」を入手(海賊盤です。すまぬ)して、その激演ぶりに驚いたものです。(10年後のワタシにどう聞こえるかは少々怖い感じもする)ことし2004年夏は近年稀にみる猛暑でして、むしろこんな激しい作品を聴かないとやってらんないよ!夏には激辛カレーだ!的思いに駆られ、久々取り出した一枚。
音質的にはやや乾き気味ではあるが、出色の臨場感。このオーケストラが「スイス・イタリア語放送」によって多くの音源を残したことは喜ばしいことだけれど、洗練され、厚みがあって、アンサンブルの集中力が優れている・・・と断言できないのは少々ツラいところ。やや響き薄く、濁りもある・・・そんなこと気にしていたら音楽の魅力の神髄を見失います。反省。あちこちシェルヘンさんの気合いのこもった「叫び」が(何度も)聞こえるのも一興か。
さて「運命」です。激しい、集中力とテンションが持続するアツい演奏に間違いはない。馬力の少ないエンジン全開(我が家の名車セルボ風)で坂を一気を上るような印象はあるが、異形な演奏か?と問われれば、そうでもないと答えることになるでしょう。やや速め、適正なるテンポ、「間」をしっかり感じさせて急いた印象はありません。最終楽章、ラストのアッチェランドはアツいものだけれど、全体としてまっとうな、まともな表現のままノリノリに、といった感じです。
アンサンブルはやや粗いですよ。これはオーケストラの問題というより、シェルヘンが「そんなこと求めてまへんで!」的、勢いとか、やる気重視!なのであって、(かなり全体の記憶薄いが)全集中、出色の完成度と評価したい。但し、ベルリン・フィルとかウィーン・フィル辺りの余裕サウンドを期待しちゃうと少々はぐらかされるかもね。「人生の苦悩を眉間のしわに寄せて」的印象はないですね。とにかく、一生懸命バリバリと、ある意味爽快な演奏。第1楽章も終楽章も繰り替えしなし。彼は大幅カットなど良くやる人だったし、いったいこれはどういう考えなんでしょうか。
問題は「田園」です。第1楽章は「運命の緊張をそのまま持ち込んだ」(違う日の収録だから、例え話しだけど)的スピード感で始まり、ころころテンポは揺れ(どころの騒ぎではない。全然前後脈絡なくガクンとテンポダウンしたりする)、はっきり言ってへんな演奏。妙です。「田園に着いたときの愉快な感情」ではなく「見知らぬ土地で警戒心が解けない」感じですか。ここら辺りが「爆演派」を喜ばせるのか?ところが第2楽章「小川のほとりの情景」は流麗で、語り上手、気持ちの良い世界が(一転)広がるんです。
「農民達の楽しい集会」は、アクセントやリズムのはっきりとした集中力高いもの。「楽しい」というより「強制動員掛けられた」(Shostakovichか?)「集会」の味わいもある〜で、「雷雨・嵐」の叩き付けるような迫力は有無を言わせぬ説得力があり、指揮者の絶叫も特殊効果音として聴き物であります!金管の威力はたいしたものです。感謝の気持ちの表現であるホルンも安易な響きではない。
終楽章、感謝の気持ちは浮き足立って(ウキウキして?)いるようでもあり、前のめりの落ちつかなさも感じます。それでも弦の優しい歌は存在して、それは時に強烈なアクセントに打ち消されます。ま、「田園」は古今東西有名演奏録音がゴロゴロしていて、かなりの比率で「癒し系」だと思うが、シェルヘンにそんなこと期待しちゃいけません。スッパリ素っ気なく終了するラストに観客の拍手もまばらでした。
「そんな甘い気持ちで、過疎に苦しむ田園の村起こしができるか!」的気合いに充ちて、ワタシはずいぶんと楽しみましたね。しかし、日常座右に置いて・・・とは思わないけれど。 (2004年9月9日)
【♪ KechiKechi Classics ♪】 ●愉しく、とことん味わって音楽を●
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