Bach イタリア協奏曲/フランス風序曲(レオンハルト1965/67年)Bach
イタリア協奏曲ヘ長調 BWV971(1965年) グスタフ・レオンハルト(cem) イギリス組曲第2番イ短調 BWV807 ヘルムート・ヴァルヒャ(cem)(1959年) FIC ANC-183 中古250円にて購入 これはグスタフ・レオンハルトDHM時代初期の録音(の海賊盤)でして、古楽器を使用しております。正確には、ヨハン・ダニエル・ドゥルケン(18世紀中葉のフランドルの製作家)のチェンバロのレプリカ(ブレーメンのマルティン・スコヴロネックが1962年に製作)。基になったのはワシントンのスミソニアン博物館の所蔵する1745年製の楽器だそう。ラストに収録されるヘルムート・ヴァルヒャは、旧東ドイツ製の現代楽器(アンマー・チェンバロ)を使用しているから、その比較は可能です。DHMの正規CD復刻は見掛けたような記憶ないでもないが、少なくとも現在では入手困難であって、そういった意味で稀少盤でしょう(と、自分に言い訳して購入した)。 Bach の鍵盤作品は、ピアノによる演奏が多いと思います。グレン・グールドが決定的な役割を果たしたのかな?表現の幅とか、陰影という意味でワタシもピアノをふだん楽しんでおりますね。でも、ま、原典もちゃんと座右に置いておくのも大切。同曲に於けるピーター・ヤン・ベルダーの演奏(1999年)は、リズムの揺れが好みを分かつ可能性もあるが、なんせ良好なる音質と、しっかりとした技巧がマイルドな印象を与えて下さいました。BRILLIANTのセット(99362/11枚組)がワタシのリファレンス。 で、未だ40歳になる前のレオンハルトの「イタリア協奏曲」は・・・恐るべき硬派強靱強面なる押し出しでして、オンマイクな収録(良好とは言いかねる、粒の粗さ有)印象もあってか「チェンバロって、こんなに大音量だった?」と疑念に感じるほど(再生音量を下げれば良いのか)。ピッチも少々高めです。(ベルダー盤が低いのかも) よくよく集中すれば、現代楽器より線が細い響きだけれど、背筋を伸ばし、辺りを睥睨するかのような気高さ(+時にリキみ)があって、スケールが大きい。これは時代かなぁ、”音楽の父/大バッハ”的畏敬の念が感じられます。同じオランダであり、おそらくは師弟関係にあるだろうベルダーのなんと自在で柔らかいこと!ちょっと、肩の凝りそうな「イタリア協奏曲」でした。 フランス風序曲(パルティータ ロ短調)は一年後の録音であり、残響が金属的に響き過ぎで、それがまた、作品個性と相まっていっそうの深刻さを付加しているようであります。柄が大きいですね。序曲(所謂、緩急緩のフランス風〜これが題名になっている)は、管弦楽組曲の構成に似るが、最近の古楽器系の演奏は羽のように軽く、弾んだリスムで聴かせるでしょ?それと対極にある、頑迷巨魁な世界になっていて、せっかくの古楽器も愉悦より謹厳を強く意識させました。 日本では独墺系がっちりとした世界を好む人は多いだろうから、これで良いのか。現在のワタシの耳にはギラギラとデリカシー不足に響きました。おそらくは録音のせいか、と思います。(ベルダー盤も理想ではないな、軽快さはあるけれど。やはりピアノか、変幻自在ノリノリのグールド(p1971/73年)辺りが望ましいか)
イギリス組曲第2番イ短調はヴァルヒャの担当であり、EMIの海賊音源であります。先に書いたように、楽器の比較が可能であり、こちらいかにもメカニックな、まるで(1970年代)シンセサイザーのような音色となります。謹厳実直といえばヴァルヒャこそ本場だろうが、レオンハルトに続けて聴くとオーソドックスな安定が(むしろ)快く響きました。ひりひりするような緊迫感はレオンハルトのほうが上か。 盤石の貫禄と推進力が凄い。楽器の音色の違和感ともかく、表現の幅、各楽章の色分けは立派であって、現代に存在感を誇るべき感動がありました。じつは、EMIのボックスは処分しちゃったんですよ。(転居に伴う収納不如意理由・・・だけではないが)こうして、こんな駅売海賊盤(しかも中古250円)で再開するのも、意外なところで顔見知りと出会った、みたいな感慨がありました。 (2007年8月31日)
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