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「ありがたみ、ということ」
学生時代に住んでいたアパートに20数年ぶりに訪問して参りました。(息子同行)よくもまぁ、というくらいそのままの状態で、共同トイレ(水洗でしたが)共同炊事場、6畳一間。今時の学生は、ワン・ルーム・マンションでバス・トイレ・キッチン、もちろんエア・コン付きがふつうだそう。そりゃ、そうだよなぁ、このクソ暑いのにエアコンなしじゃ生きられない。でも、二十歳の頃のワタシは平気でした。不思議。
それに汚い。歳月がいっそう汚くしているんでしょうが、昔からこんなんだった記憶もある。息子は「ここじゃいやだな」なんて言ってました。このアパートには女性も住んでいたし、女の子も遊びに来てました。きっと家賃も安いんでしょうが、まだ住んでいる学生もいたので、失礼の段、お許し下さい。ワタシはすっかり贅沢に、軟弱になりました。
ワタシは喰いしん坊で、いろいろおいしいものを食べてみたい。あちこちで、珍しいものなんて食べてみたい。ま、こういうのってなんでもそうですが、ひとりで食べてもおいしくないんですよね。家族や親しい友人とだからおいしい。職場で独身の人がいるんですけど、冬場の鍋料理ね、あれくらいひとりで食べてどうしようもないものはない、なんていいますよね。
それと健康です。当たり前だけど、やっぱり健康でないとおいしくない。(=体力、と置き換えても良い)だから、海外旅行は、お金も時間の余裕もできた老後に、というのは少々残念。お金はないけど、体力タップリで、柔軟な若い脳味噌のウチに行っとかなくちゃ。貧乏旅行でいいんです。
で、(この例はいつも使うんですが)学生時代の「アイスコーヒーの旨さ」が忘れられない。社会人になって「会議のハシゴ」にアイスコーヒーが出るけど、旨くもナントもない。おそらく原材料は高級になっているはずなのに、アパートと教室の暑さにヘキヘキして、財布の状況を気にしながら飲んだアイスコーヒーの旨さ。バックには矢沢の「セクシー・キャット」とか「I Love You, OK」なんて流れてました。胃袋に、全身に染みるような冷たい快感。
「仕送りまであと5日」でも、もうポケット(当時財布を持つ習慣がなかった)には小銭しかない、という日々。こういう状況に追い込まれると、好き嫌いなんてなくなります。なに喰っても旨い。当時、安い焼き肉屋があって(もの凄い無愛想なオバはんがやっていた)これも楽しみだった。飲み屋で、持ち金と注文した金額を暗算しながら「よし、もう一本行くか」と決断するスリル。
貧乏礼賛のつもりもないし、友人もみな似たような状況だったからそれがふつうでした。いまは時代も変わったし、ワタシ自身がもう耐えられないし、息子にそういう生活を強いるつもりもありません。(ワタシはやらしてみたいが、女房が絶対に許さない)いまどき、学生はみんな携帯電話持っているでしょ。パソコンも、車もあたりまえかも。(そういえば、ワタシの兄も自宅から大学に通っていたけれど、車に乗っていたなぁ。贅沢!)
このたび、学生時代の(ま、サークルみたいなもの)同窓会がありまして、息子も行きたい、ということで連れていきました。当時の友人は一生の宝です。息子は「若い!親の世代ではなくて、兄姉みたい」「あれほどお互いの悪口を、楽しく言い合う人々を初めて見た」との感想。時代は変わったが、人生のエッセンスをこれからの学生生活で学んで欲しいもの。これは、親は教えられない。自分で学ぶものですが。(そのまえに大学に入れるか、が問題)
で、ワタシの筋金入「廉価盤道」は、子ども時分からの贅沢品であったLP、そして出た当時高かったCDから身に付いたもの。ま、はっきり言っていまは「湯水の如く」CDを買っています。「6枚1,000円」だったら、見過ごせません。でも、反省してます。どうしても、CDの数が増えていくと音楽を大切に聴かなくなります。「この曲、これしか持っていない」となれば、もっと真剣に聴くはず。「このCDしかない」となれば、そればかり集中して聴くでしょう。
ワタシのHPも少しずつ認知されてきたみたいで、全国の隠れ切支丹(=クラシック音楽ファン)から、密かに連絡がくるようになりました。老若男女〜とくにインターネットという媒体上の問題でしょうか、若い人からのメールが多いのには驚きで、嬉しい限り。で、今回は最後にお説教です。(ヘヘ)
じつはワタシ、マニアックなコレクターではなくて「これを探してトコトン」みたいなのとは縁が薄い。「安かったら買う」「その範囲内で、よりよいものを見つける」のがパターンなんです。だから、ウワサにきいているCDが手に入らなくても、そう残念に思わない。(それに、たいてい3年くらいのスパンで手に入るもの)
で、結果としてワタシのHPに掲載しているものは「珍しい」らしく〜そりゃ、そうでしょう。世評とはほぼまったく関係ないところで走っているから〜「探したけど、どこにもありません。どこにいくと買えますか?」なんていうメールが増えるこのごろ。この世界(隠れ切支丹=クラシック音楽)は狭いようで、ワタシが某CDを買ったときには「ただ、安いだけ」だったのに、数年後に話題になることもタマにある。そうなると、もう手に入らない。
ワタシは言いたい。「自分で探せ」と。その渇望感が音楽への集中力を高める。(と、エラそうに)でもね「ようやくみつけた!」CDが、ヘボいことなんていくらでもありますよ。それが人生であり、それからが「哲学」なんですよ。だから「MDに落として下さい」と、甘えちゃいけません。(どこからも手に入らないエア・チェック音源はともかく。ギブ・アンド・テイクなら許す)お金や、著作権だけの問題じゃないですよ。「心意気」の問題。(ま、手間と時間もかかるが)
自戒の意味も含めて、「ありがたみ」のお話しでした。さて、きょうも女房は料理を作る気配もないし、なにか旨いもんでも外に喰いに行きましょうか。(おお、全然反省していないワタシ。2000年8月27日)
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