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ショスタコーヴィチ交響曲5番


東京在住のヘムレンさんから引き続き投稿をいただきました。

 今からさかのぼること4年ほど前の1999年の初春のこと。私はまだ肌寒いロンドンにいました。ある夕方、用事も万事片付き「何かコンサートでもやっていないかしらん」と無料新聞を手にしました。「ショスタコーヴィチ交響曲5番」とあります。当時の私はショスタコーヴィチのシンフォニーのCDを数枚聞いた程度、それもあまりマジメに聴いたこともなく、ショスタコーヴィチのイメージはごたぶんにもれず「ソ連体制的な音楽家」程度のものでした。

 正直いえば、あまり興味が湧きませんでしたが、他に面白そうなコンサートもなく、「まあ行ってみっか」というくらいの調子で出かけました。場所はロンドン市内のバービカン・ホール。

 この日の演奏はアレクサンダー・ラザレフ指揮ロイヤル・スコットランド国立管(RSNO)。当時ラザレフはショスタコーヴィチの交響曲全曲演奏を2シーズンかけてやっていたのですが、それは後で知ったこと。ラザレフという指揮者も始めて聞きました。

 ところが、このショスタコーヴィチ交響曲5番、素晴らしい演奏でした。冒頭に勇ましい軍楽に似た主題とロシア的とも思える沈鬱な民俗的な主題が、行きつ戻りつ交錯します。第一楽章の後半近くで突然、2拍子の軍隊行進曲風のものが入ってきます。しかし勇猛は軍楽の調べの後には、ロシア的な平和で希望を感じさせる主題が回顧され、常に二律背反の不思議な同居のような居住まいの悪さを思い起こさせます。聞きながら、ソ連とロシア、つまりは革新的なものと伝統的なもの、全体と個、体制と民衆といった矛盾から来る矛盾の辛さ、やるせなさのような気分がベースになっているように思いました。

 2楽章Allegrettoは比較的明るい気分で書かれていますが、3楽章のLargoではまた出口のない憂鬱、生命の根源的な苦しみのようなパッセージが語られます。このあたりは涙なしには聞けないところです。

 そして最終楽章のAllegro non troppo。3楽章の最後の部分の静けさを叩き壊すように、粗暴に引き裂くような激しい主題が休みなく展開されます。そして第一楽章の冒頭の主題が抑圧された気分で回想され、ながーいフィナーレへ。

 バービカン・ホールは終演と同時に異様な拍手と喝采の渦と化しました。私自身も、思わず「Bravo!」と叫んでしまいました。腕と掌が痛くなるほどに拍手をし続け、それがホール全体と一体化したというのはこの晩が始めての経験でした。

 一般にこの交響曲は「革命」という副題で知られています。ただ、そうした「ラベル」にどれほどの意味があるのかとも思います。作曲家にとって最も大切であったのは音楽そのものであったはずです。(5番の「革命」や7番の「レニングラード」といった)副題や(10番のスケルツォはレーニンの肖像を描いている、というような)プログラマチックな標題、さらに言えば献呈(12番はレーニンに献呈されている)を無くしても、音楽の本質はなんら失われないわけです。作曲家は自作についてあまり語っていませんが、それは語ろうと思っても語りようがなかったのだろうと思います。

 RSNOのホームページにラザレフがショスタコーヴィチについて語ったインタビュー記事があります。突っ込みがきつく、たじたじのところもありますが、面白いやり取りです(英語)。
http://www.rsno.org.uk/concerts/Lazarev_interview_shost.asp
 日本フィルのサイト「マエストロ・サロン」にも楽しいラザレフのおしゃべりが掲載されています(再掲)。
http://www.japanphil-21.com/kikidokoro/ms/ms03-03/ms03-03.htm

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 ショスタコーヴィチ5番ではロストロポーヴィチ指揮ナショナル管がまとまっています。バルシャイ+ケルン放響も最近手に入れました。ロストロポーヴィチよりも抑制された大人の演奏だと思います。

 また最近聞いた、若き日本人女性指揮者の西村智実指揮ボリショイ・ミレニアム管も気合の入った好演でした。この盤は、某レコード店で見かけたとき、「まさか・・・無謀な」と思いました。ロシアのオーケストラで日本人がロシア人作曲家を振るというだけでも相当なストレスが予見されますが、さらに新進の女性指揮者であれば、これはもう絶望的なくらい「破綻」が目に浮かびました。ところが、あにはからんや、この盤は成功しています。

(2003年8月4日更新)


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written by wabisuke hayashi