R.Strauss 交響詩「ドン・キホーテ」作品35
(ゲルハルト・マルクソン/アイルランド・ナショナル交響楽団/アレクサンドル・ルーディン(vc))


NAXOS 8.554175 1997年録音 R.Strauss

交響詩「ドン・キホーテ」作品35
チェロと管弦楽のためのロマンス ヘ長調

ゲルハルト・マルクソン/アイルランド・ナショナル交響楽団/アレクサンドル・ルーディン(vc)/アンダース・トムター(va)/アラン・スメール(v)

NAXOS 8.554175 1997年録音  中古500円にて購入。

 記憶では2006年より開始し、断続的に続けたオークションCD処分はその後二度の転居を経、2014年にいちおう一区切り付けました。正直なところもう売れんのですよ、いくら安くしても。相場が下がり過ぎて単品だと送料のほうが高い!そもそもCDを聴かない、自分だってデータ拝聴に比重は遷っております。往年の知名度高い音源がパブリック・ドメインに至ったり、著名なスター演奏家音源が安く出回ったり、結果ゲルハルト・マルクソンの出番(話題)はなくなりました。(出始めから話題はなかった・・・かも)R.Straussは近代管弦楽の精華みたいなものだから音質もちろん、オーケストラの技量がものを云うんです。20世紀中、若く貧しかったワタシは”無名こそ価値!”と力んでいたけれどやがて幾星霜、転び伴天連と自覚する今日此頃・・・

 音質極上。ダブリンのRTEコンサートホールそのものが上品な響きと類推されます。「序奏」からデリケート、線の細い響きは意外と洗練されております。各パートは分離良く、ていねいに歌っていることも聴き取ること可能、しかし表現は慎重に過ぎ、いかにもおとなしい。メリハリと厚み、迫力に少々欠けます。これはジョージ・セルとかライナー、カラヤンや小澤征爾、いろいろ聴いてきた積み重ねの結果です。続く、アレクサンドル・ルーディン(vc)はさすが現役名手、これも端正上品な表現+文句なし自在な技量で全編大活躍〜だけど、ソロの個性前面大活躍!といった風情に非ず。

 第2変奏。羊の群れ(金管楽器のフラッター奏法)は遠慮気味、踏み込みが足りない。第3変奏はサンチョ・パンサ(ヴィオラ)とドン・キホーテ(チェロ)の言い合い、二人とも名手だけど流れというかテンションが維持できていない。この変奏ラスト、オーケストラはかなり頑張って優雅な歌を歌います。しかし脳裏には著名オーケストラの纏綿たる響きが・・・「ドン・キホーテ」って長大なる変奏曲仕立て、油断すればつかみ所のない作品になるかも。第5変奏「ドルシネア姫への思い」は、前の「貴婦人の救出」突入〜失神あっての効果対比がやや弱い。

 第6変奏曲「通りかかった田舎娘」はユーモラスであり、第7変奏「木馬の飛翔」は頑張ってますよ。なかなか爽快な盛り上がり。第8変奏「囚われの王子の救出」はおとなしい。第9変奏「修行僧」のファゴットも同様(に弱い)、ここら辺りオーケストラの技量がモノを云うところか。第10変奏「騎士との決闘」のトランペットはみごとな切れ味、雄弁でした。やがてドン・キホーテは決闘にも夢にも敗れて故郷の村に帰って死の床を迎えます。落ち着いてしっとりとした幕切れです。この作品って「英雄の生涯」の裏バージョンなんでしょうか。

 同じ繰り返しだけど、全体としてメリハリと迫力に弱い。洗練された誠実ていねいな表現は悪くないけど、個性不足か。ダブリンのオーケストラなんて(マルクソンも)油断すると(録音でも)一生聴けないからNAXOSに感謝すべきでしょうか。

 チェロと管弦楽のためのロマンスは意外と最近、1980年に再発見された作品とのこと。チェロ協奏曲の緩徐楽章として完成させる意図もあったらしい。切ない、儚い風情の美しい旋律でした。

(2015年5月9日)

 数年前、「R.Strauss 交響詩「ドン・キホーテ」作品35との出会い」という(恥ずかしい)一文を上梓しており、R.Straussが少々苦手・・・というか、いやでも嫌いでもなくて、この長大なる変奏曲はようワカらん!というのが正直なところと(正直に)書いております。その後、カラヤンの「英雄の生涯」によって少々R.Straussに目覚めたのは最近のこと、指揮者界のMr.オクレと勝手に名付けたマルクソンの演奏でも充分堪能できるようになりました。R.Straussは旋律があちこち、雄弁に広がりすぎて全体の様子が見えなくなる・・・のはワタシの不勉強なのでしょう。この「ドン・キホーテ」も長大なる変奏曲であって、どこが山/ツボですか?的感想を抱いていたものです。

 この「ドン・キホーテ」は数年前のコメントでは

「脱力系R.S.指向」であるマルクソンは、どこにもリキみがなくて、淡々と進めていくのは「英雄の生涯」と同じ路線か。録音が自然なる奥行きと艶があって、一つの売り物ではある。響きにアクやクセがないのは特筆すべき個性であって、随所に美しさを感じるが、どうも全体としてオーケストラもソロも大人しい。最期まで集中しきれないのは、ワタシの根性なしか?じゃ、個性バリバリにエグい演奏が好きか?と問われると悩んでしまうが。/追加。じょじょにその清冽なる世界に近づいている自覚有。

 方向としてはジンマン盤に似ているが、オーケストラが弱いというか個性不足だし、マルクソンもリズム感が少々足りない感じ。でも、これも後期浪漫派ではない、すっきり穏健派の表現で好みです。静かで美しい。これならワタシでも楽しめます。

・・・と(かなりエエ加減)。

 最近知ったが、アレクサンドル・ルーディン(vc)もアンダース・トムター(va)も、けっこう著名なソロイストなんですね。(アラン・スメール(v)は「英雄の生涯」でも登場するからオーケストラの団員か)もともと作品の造りなんだろうが、ソロばかりが目立つ活躍でもなく、オーケストラにしっとり溶け合って出しゃばらない。(艶やかで、控えめで、とても美しい)「英雄の生涯」同様、録音が極上です。オーケストラは”ややユルい”感じはあるけれど、非常にていねいに、しっとりとしたアンサンブルを実現していて、そのサウンドを美しく、瑞々しく捉えらえておりました。歴史的録音も悪くないが、やはりこういった近代の大規模管弦楽作品は音質で、印象かなり変わりますから。

 アイルランド・ナショナル交響楽団とは、ほぼNAXOSでしか聴けないオーケストラであり、ティントナーとのBrucknerでは相当に素朴で、ラフなアンサンブルを聴かせておりました。マルクソンはかなり緻密に仕上げて、技術的な弱さとか、各パートの音色の魅力に疑念を感じさせるようなことはありませんね。作品的に「英雄の生涯」に求められるほど”大爆発”は求められない(かな?カラヤンを聴いちゃうとね・・・)だろうから、素直な気持ちで、静謐と安寧溢れる「ドン・キホーテ」を堪能いたしました。

 オーケストラの技量、そしてマルクソンの表現が先鋭とエクセントリックを求めないものだから、”ややユルい”感じになる。牧歌的といいますか、もともと作品がそんな方向に似合っていると思いませんか。人生も後半に差し掛かって、ようやくR.Straussが”見えて”きております。全42分の変奏曲の全貌が少しずつ掌中に入って参りました。ここ一ヶ月、「アルプス交響曲」と、この「ドン・キホーテ」ばかり何度聴いて、そして厭きない。フィナーレは安寧感に充ち、特筆すべき安堵に溢れました。

 チェロと管弦楽のためのロマンス ヘ長調は、知名度の低い10分ほどの佳曲。浪漫的で落ち着いた味わいのある旋律であって、静かに終えた「ドン・キホーテ」の名残惜しいアンコールとなっております。途中、激昂して高らかに歌うチェロは、短いけれど多くのチェリストに演奏していただきたい名曲です。(ノラスとか、マイスキーの録音がある)

(2009年1月9日)

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written by wabisuke hayashi