宮城谷 昌光 「クラシック千夜一曲」

音楽という真実
集英社新書 1999年発行  680円

 宮城谷さんは小説家であり、おそらく音楽を専門とされる人ではないはずです。また、残念ながら彼の作品を読む機会に恵まれませんでしたし、正直、名前も存じ上げませんでした。中国古代を題材にとった小説が得意だそうで、ワタシ好みかもしれません。まだ、新しい本で本屋さんでもよく見かけます。

 その真摯で、心のこもった音楽への思いが、凡百の「名曲・名演解説」とは一線を画しています。「はじめに」から、胸を打つ。若い頃から音楽に親しみ、30歳代の貧窮生活で「音楽がはがれ落ちていく」(音楽を聴くような生活の余裕がなかった)という経験の中で、BACHの「シャコンヌ」と「音楽の捧げもの」が残った、真実そのものであり、いのちの糧であった、という重い話し。

 小説で生活ができるようになって、失った音楽を取り戻していったが、「昔聴いた音楽がずいぶんと違って」聴こえるということ。ワタシのような若輩者、しかもほんとうに音楽が聴けないほど困窮した経験などない者はその苦しみ、喜びを云々することなどできませんが、日常の生活の積み重ねのなかで「音楽が違って聴こえる」ことは理解できます。

 有名な(チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番、ミヨーのプロヴァンス組曲、という少々マニアックな選曲もありますが)名曲が、いわゆる「通俗名曲」としての一般的な説明ではなく、自らの人生経験、なぜ、どのようにこの曲に惹かれたのか、が明快に、詳細に表現されて共感します。なにか、音楽に出会う原点みたいなものを感じました。

 著者は、ワタシよりひとまわり世代的に上なのに、ひとつひとつの音楽の出会いを鮮明に記憶しており、しかも第3者ににもじゅうぶん納得できるよう、平易に、明快に表現されています。つくりものではない、真実の声が行間より音楽とともに流れてくる思い。音楽史的なコメントも的確で、「日本で言えば将軍云々の時代」というような比較も興味深いものです。

 手持ちのCDの演奏コメントが詳細です。個人的には、このような「お勧め」部分は好きではありません。しかし、宮城谷さんの分析は誠実であり、詳細であり、説得力が並ではない。「演奏史的」とか「楽曲的」などの専門的な分析ではなく、聴き手として本当に大切なこと、を自分の言葉で語っていただいて勉強になります。取り上げられたCDは、有名なものばかりで(ワタシの狙いのように)奇を衒ったものではありません。

 音楽の聴き方=日常生活における生き方、みたいで、多くの音楽ファンの心情に近い。誠実な人柄も感じられて、しみじみとした一冊でした。

 


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written by wabisuke hayashi