岩城 宏之 「九段坂から」

棒ふりはかなりキケンな商売
朝日文庫 1994年発行  580円

 ああ、おもしろい。やっぱり岩城さんは好きだ。先日、中古屋で見かけたBEETHOVENの全集は買うべきだったな。この本は出張途中の古本屋さんで@200にて購入〜読めば読むほど内容に記憶があるから、以前新刊で読んだのかも知れません。指揮者の職業病であり、難病でもある「頸椎後縦靱帯骨化症」の症状〜及び手術〜回復まで。1987年のこと。

 この本自体が入院を期に企画されたらしくて、もう指先が不自由だから編集者の方が「口述筆記」〜ワープロは出始めでしたっけ?(腱鞘炎になった、とのこと)〜で原稿にされた由。岩城さんの首の辺り(?)の病の件は、ワタシがまだ高校生で札幌にいる頃から北海道新聞で読んだ記憶があるから、ずいぶんと長いおつきあいなんでしょう。指揮者は、激しいリズムでガクっと全身を振動させるから、連続むち打ち症みたいなものか。

 岩城さんは若い頃、とくにアクションが激しかったですもんね。ま、表紙の写真にあるように、(手術前後)首が動かないようにガッチリ固定されております。頸椎の鞘(?)が骨化して狭くなっている(神経を圧迫する)ところを、なんとかするんでしょ?失敗すりゃ当然全身麻痺。日本はこの手術では世界的な権威らしくて、いわばそういう「闘病記」なんだがはっきり言って深刻さ皆無〜って、充分深刻なんだが、なんかとても当人は前向きだし、おもしろいんです。

 かなり以前だし、岩城さんもそれなりに回復して元気で音楽活動しているでしょ?だから安心して読めるんですよ。カラダのあちこちが麻痺してきて、まともに歩けない、お酒の入ったコップが持てない、スコアのページがぱっとめくれない、立って指揮ができない〜ついに手術を決心するまでの様子が、壮大なる楽屋落ちになっております。

 1960年代から(旧)東ドイツで何度も仕事をしたこと。手術の前年、記録的な厳冬に、ゲヴァントハウスとシュターツカペレ・ドレスデンを指揮〜「一時間半ほどの距離なのに、ドレスナー・シュターツカペレの音は、軽く、爽やかだった」と、彼が書いていると説得力が深いもの。寒波とともにストラスブールに移動〜「展覧会の絵」を指揮〜大好評の拍手に応え、管楽器奏者を讃えようと、トランペット奏者のマネをして起立を指示するが、肝心の指が動かない・・・

 スコアがまともにめくれないから、スポンジにたっぷり水をふくませて指揮台に置くよう考案します。研究の結果、スポンジ銘柄まで指定するのも、凝り性でユーモラスでしょ。杖なしには歩けなくなって、ついに正式に病名が診断され、手術を決意するが、その前に札幌交響楽団の全国ツァーと、メルボルン響の来日公演をこなさなくっちゃいけない。

 あとは抱腹絶倒無理難題創意工夫の入院生活です。手術が無事に成功したのは当たり前のこと。ほかの著作に登場した弟子であるアメリカの女性指揮者から「花束代」がごっそり届けられたり、マネージャーさんがボーナスを辞退したり、と関係者への感謝の気持ちも暖かくて、楽しい逸話です。

 ほか、指揮者の職業病、岩城さんが以前経験した痔疾の悲惨なる経験、子供の頃や学生時代の思い出・・・ラストにはこの難病を癒やして下さる全国の病院一覧も付きます。主治医との対談も配慮ある収録でしょう。いつまでも元気で音楽活動をしていただきたものです。 

(2003年10月12日)


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written by wabisuke hayashi