Mahler 交響曲集パウル・(クレツキ/フィルハーモニア管弦楽団/ウィーン・フィル)


Mahler

交響曲第1番ニ長調「巨人」
クレツキ/ウィーン・フィルハーモニー(1961年録音)

交響曲第4番ト長調
パウル・クレツキ/フィルハーモニア管弦楽団/ルーズ(s)(1957年録音)

交響曲第5番 嬰ハ短調より「アダージエット」
クレツキ/フィルハーモニア管弦楽団(1959年録音)

交響曲第10番ヘ長調「アダージョ」
テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー(1979年録音)

交響曲「大地の歌」
パウル・クレツキ/フィルハーモニア管弦楽団/ディッキー(t)F・ディースカウ(br)(1959年録音)

歌曲集「さすらう若人の歌」より
バルビローリ/ハレ管弦楽団/ベイカー(ms)(1967年録音)

D Classics HR702922  3枚組2,000円で購入

 2001年、久々の再聴です。テンシュテット/LPOの全集を聴いていて、その音質が気に食わず、思い出して聴き比べたもの。(以下、1998年執筆したものに大幅加筆)ところでこのCD、1998年に購入当時@666は格安と思ったもの。ところが21世紀に入った現在は、それほどとは思わない・・・・。


 クレツキは1973年に亡くなっていて、忘れ去られた名指揮者の一人。スイス・ロマンド管の指揮者をしていたことなんか、誰も覚えていないでしょう。地味な存在でしたが、コンサートホール・レーベルやスプラフォンでもベートーヴェンの録音(もしかしたら交響曲全集)が存在します。個人的に「英雄」との出会いは、クレツキ/南西ドイツ放響のLPだったと記憶しております。EMIのMahler は、LP時代からお気に入りでした。  バルビローリの「さすらう若人」はともかく、テンシュテットの第10番は余計だなぁ。第4番がCD2枚にまたがってしまったのは残念。演奏内容もそうとうに異質。(悪い演奏、というわけじゃない)。一般にEMI録音は好きではないが、クレツキの古い録音には音に芯もあるし、聴きやすくて上々です。音質と録音年代はあまり関係がないという好例か。


 交響曲第1番は、ウィーン・フィルに注目。クレツキはアンサンブルに神経質な人で、フィルハーモニア管のような機能性の高いオーケストラのほうが相性がよいかも知れません。柔らかく、深い響きを生かして、とくに金管や木管の音色はしっとりとした味わいがあってさすがに聴きもの。細部の彫刻は念入りだけれど、第4番・「大地の歌」(PO)のほうがより自在な印象はあります。

 スッキリとして穏和、リズムのキレも良い。(これはウィーン・フィルの特質ではないはず)「熱烈な入れ込み系演奏」ではなく、最終楽章も充分な爆発だけれど、あくまで冷静でクリア。それでも、このオーケストラ特有の色気があちこちで顔を出して、「全部クレツキの自由にさせないぞ」といった個性がある。

 メールにてKOBAYASHI様からご指摘を受けました。「フィナーレのコーダが通常と違っているようだけど」。ワタシは譜面を見るような習慣がないので、正確にはわかりませんが、たしかに終了直前の数小節がカットされている。手持ちの数種類のCDで聴いてもそういう演奏は存在しないし、もしかしたら編集ミス?それとも特別な楽譜の版が存在するのでしょうか。どなたかご教授下さい。(これ1998年以来の疑問)


 第4番はフィルハーモニア管に変わって、オーケストラの響きの違いが楽しめます。つまり軽快で、歯切れよい。アンサンブルの精度は極上、爽やかで現代的。メルヘンな雰囲気を過度に強調することなく、静謐かつ繊細で透明、テンポの恣意的な揺れもほとんどなく、オーソドックスで美しい。(メンゲルベルクと比較すると、テンポの考え方に愕然とする思い。「考え方」であって、美しさの違いではない)

 クールすぎて、アツき情熱、とか、強烈な入れ込み方向とはかなり異なるが、これはこれでひとつの見識。ルーズ(s)の歌声は、クレツキの考えに沿ったもの(つまり、重過ぎたり情念を感じさせたりしない)だけれど、より知的で軽快さも求めたいもの。(メール情報によると、ホルンはブレイン、とのこと)

 第5番「アダージエット」は、全曲録音の予定があったのかは不明。細部まで心のこもった端正なアンサンブル。この曲特有の官能性はあえて強調されず、ストレートな表現が優秀な弦とあいまって、意外と新鮮。


 テンシュテットの第10番は、もうダメ。音が泣いていて、聴き手であるワタシも泣けます。その雄弁さは、クレツキとあまりに違いすぎる。(どっちが落ちる、ということじゃなくて、同一CD収録として異質)ロンドンの名団体の色合いの違いを比べるのも一興か。(POのほうが、不純物が少ない感じ。これ、LPOの悪口じゃありませんので)

 EMI CMS 7 64481 2(1992年に発売されたもの。こちらのCDの5年前)と音質は、少々味わいが違っています。EMIのほうが、繊細で細部まで解像度が優れているが、線が細い。こちらは少々ラフだけれど、パワフルでワタシのような安物オーディオでは聴きやすいかも。


 「大地の歌」。冒頭の金管の爆発から、オーケストラの引き締まったアンサンブルが圧倒的。声楽の水準の高さは言わずもがなだけれど、ディースカウはのちのバーンスタインとの録音時より、歌い方が端正で好感が持てました。ディッキーは前のめりの焦燥感を感じさせて、その辺りが時代の雰囲気を感じさせて面白いこと。クレツキはクールな表現で、この曲特有のペシミズムを強調したものではありません。

 細部まで入念に訓練され、縦の線の合方が尋常ではない。細部まで明快。「春に酔えるもの」のバックで啼いているオーボエもちゃんと聞こえます。「美について」〜猛烈にテンポ・アップするが、バーンスタイン盤ほどの熱狂は感じません。このオーケストラの軽快で明るい響きは、作品との相性を心配させるが、クライマックス「告別」は予想外の完成度の高さでした。(第5番の「アダージエット」と同種の感想か。曲の味わいがきめ細かくも、素直に生かされていること。ここでは木管と弦の表現に不足を感じません)

 つまり、よけいな思い入れ=夾雑物(?)、重さがなく、美しく、聴きやすい演奏なんです。ワタシは、「大地の歌」に入魂の情念を求めたいが、これはこれで充分な満足感がある。(いつも言っていることと矛盾がある)


 「さすらう若人」。バルビローリはやさしく、愛おしむような表現。いままで、女声による演奏あまり聴いたことがありませんでした。ベイカーは知的、青春の甘い痛みがひしひしと伝わってきました。彼の交響曲第1番は未聴だけれど、ぜひ聴いてみたいと思わせる「朝の野を歩けば」の入念かつ繊細な節回し。ハレ管は指揮者の思いのまま、自在な響き。


 数年前に国内盤でCD化されたが、1,500〜1,700円はいかにも高い。それも、既にもう店頭で見かけないのも寂しいが。(2001年6月23日。1998年の文章に加筆修正)


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written by wabisuke hayashi