Khachaturian 声楽作品集「歓喜の歌 ー春の日の出」ほか
(ロリス・チェクナヴォリアン/アルメニア・フィル)


ASV CD DCA 1087 Khachaturian

「歓喜の歌 ー春の日の出(Ode To JoyーThe Spring Sun Rise)」 (1956)(Vardouhi Khachatrian(ms)/アルメニア合唱団)
3つのコンサートアリア(Hasmik Hatsagortsian(s))
「祖国のバラードーどこかで空は青いかもしれない(Ballad Of The MotherlandーMaybe Somewhere The Sky Is Blue)(Mourad Amirkhanian(b))
「詩曲(Poem) (rev. 1961)(アルメニア合唱団)
「ザンゲズルの行進(March of Zangezur)(1938)

ロリス・チェクナヴォリアン/アルメニア・フィル

ASV CD DCA 1087 ((c)(p) 2000)

 Loris Tjeknavorian(1937-伊蘭→濠太剌利/亜美尼亜人)はハンス・スワロフスキーの弟子。1989年よりアルメニア・フィルの音楽監督を務め、最近の動静は伺えません。ASVにKhachaturinの作品を系統的に録音して、それは廃盤でしょう(NMLにては拝聴可能)。久々に珍しい声楽作品音源を入手したけれど、作品情報詳細など自分の力では探せませんでした。どれもAram Khachaturian(1903ー1978喬治亜?→露西亜?/亜美尼亜人)らしい、わかりやすく泥臭い、哀愁漂う魅惑の旋律ばかり。オーケストラのアンサンブルはちょっぴり粗く、響きも薄いけれど指揮者の薫陶もあって、祖国の音楽を心を込めて演奏しておりました。言葉の意味はもちろん不明、何語で歌われているかもわからない。音質は良好。初耳でも楽しめる、わかりやすい作品ばかり。

 「歓喜の歌」を歌うヴァルドゥヒ・ハチャトゥリアンは作曲者の親戚筋でもないらしい亜美尼亜の歌手。弦の無機的なアルペジオから、ハープが可憐に参入して弾むような希望に始まりました。しっとりとした深みのある声に、民謡風の旋律がしみじみと感傷的に歌われました。弦とハープのみの伴奏が延々と続いて、後半ようやく管楽器、打楽器、そして壮麗な合唱が加わって喜ばしいクライマックスがやってきました。祝祭的風情いっぱいに盛り上がる名曲。(10:37)

 「コンサート・アリア」はハスミーク・ハチャゴルチャン(s)が高貴に劇的、表情豊かな歌を聴かせて下さるけれど、詳細情報はネットより探せませんでした。題名だけでも曰くありげな内容と類推。

 No. 1「もし私が緋色の珊瑚だったら(Poem: If I Were A Scarlet Coral)」しっとりとした憂愁のソプラノ・ヴォカリーズに始まって、魅惑の哀愁旋律をたっぷり切なく、デリケートに歌います。(7:14)
 No. 2「毎晩誰かが水辺にやってくる(Legend: Every Night Someone Comes To The Waters)」不安げに妖しい、沈むような旋律。後半に劇的な管弦楽の爆発と高揚を伴います。(8:01)
 No. 3「ディテュランボス:あなたはその場所へ運ばれる(Dithyramb: You Are Carried To The Place)」相変わらずの哀愁に切ない、ちょっと劇的アクセントに始まる旋律。変拍子も多彩に華やかな管弦楽が寄り添いました。(4:32)

 「祖国のバラード」はムラド・アミルハニアン(1974-亜美尼亜→仏蘭西?)の担当。晴れやかな管楽器のトレモロから、朗々たる美声に非ず、いかにもアクの強い男声の歌が始まりました。内容はわからないけれど、これが鬱陶しいソヴィエット!風情の雄弁。(7:41)

 「詩曲」は木管の可憐な歌から始まって、例のリズミカルに民俗的、多彩なリズムは時に剽軽に、哀愁も漂わせて自在に躍動疾走、初耳でも馴染みに懐かしい感じ。ラストに向けてようやく可憐な女声合唱登場、やがて男声も参入していかにも中央アジアっぽい(?)魅惑の旋律とリズムに金管も際立って盛大に締め括りました。(19:16)

 「ザンゲズルの行進」はもの凄く俗っぽい、ある意味潔い、爽快に元気、ちょっぴり陰もあるカッコ良い行進曲。豪快な金管、弾む木管、盛大な打楽器のリズムはとってもステキ。(4:06)

(2026年8月29日)

【♪ KechiKechi Classics ♪】

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written by wabisuke hayashi