Tchaikovsky ピアノ協奏曲第1番変ロ短調/「くるみ割人形」
(ギレリス(p)/ライナー/シカゴ交響楽団)


Tchaikovsky ピアノ協奏曲第1番変ロ短調/「くるみ割り人形」(ギレリス(p)/ライナー/シカゴ交響楽団) Tchaikovsky

ピアノ協奏曲第1番変ロ短調(1955年)
バレエ音楽「くるみ割り人形」(抜粋1959年)

ギレリス(p)/ライナー/シカゴ交響楽団

RCA 09026-68530-2 800円?

 音楽の楽しみ方ってなんだろう、と時々考えます。な〜に、好きなもんだけ狭い範囲で聴いてりゃ良いんだよ、嗜好品だし・・・これは一面の真理なんだろうが、これからの新しい出会いに期待したり、いままで苦手にしていた音楽やら演奏に急遽開眼したり、そんな楽しみ方もあると思いますよ。この著名なる協奏曲録音は子供時代から馴染み(25cmLPで所有していた)だったし、ギレリス/ライナーの歴史的録音は、たしか国内初のステレオLPだったはず。(1958年VIC2001)今は昔。ま、思い出を楽しんだだけ・・・それに止まらない価値ある一枚。そして、信じられない優秀録音。

 人生、おツカレ気味な世代に至ると、肉系や濃い味が苦手になるように、こんな雄壮でチカラ強い作品は敬遠気味。もしかして、クリアで知的聡明スリムな新時代の解釈が登場しているのかも知れないが、残念ながら新しい価値観を持った若手の演奏は聴く機会を未だ得ないんです。まさに、ヴェトナム戦争の挫折を経験する前の、強靱なる輝かしい自信に充ちたアメリカのオケと、鉄のカーテン(旧東側)の向こうから遣わされた「鋼鉄のピアニスト」(ちょっと比喩がよろしくない。日本で鉄鋼業が花形だった頃の形容=誉め言葉か)の歴史的顔合わせ・・・(ギレリスは1979年にメータ/ニューヨーク・フィルと再録音しているが、時代が違いますよ)

 ソロが「鋼鉄」なら、バックは鉄筋コンクリートですよ。(耐震偽装手抜きなし)名手揃いのシカゴ交響楽団は、冒頭のホルンからキラキラと輝くように強靱であって、充実しきった集中力が華やかなこと限りないアンサンブル。ギレリスは磨き上げて光り輝く、という意味で「鋼鉄」であって、重かったり、時に錆びたり、ということじゃないんです。タッチが無遠慮に硬質であるということでもない。両者とも盤石の自信と、文句ないテクニックを誇って競い合い、興奮状態へと至ります。もって回った、思わせぶりな表現など皆無。アッチェランドも常識的な範囲であります。

 ニュアンスに不足するか?と訊かれれば、第1楽章の静かなる部分、そして第2楽章の余裕の歌を聴けば、「そんなことはない」と答える準備はあります。但し、ウェットな響き、陰影に富んだ歌いまわしでないか。第2楽章中間部でテンポを上げるでしょ。ソロの技巧のキレが快く、そして圧倒的な勢いに充ちて爽快なんです。包み込むような清涼な弦も素晴らしい。

 終楽章はスポーティで快速怒濤の快進撃。ノリノリでハズむリズム。ドキドキするような掛け合いのソロも、オケにも文句ないでしょ。これは若い人向けの演奏だなぁ。ワタシの世代になっちゃうと、かなり体調整えて、心身共に元気なときに聴かないと精神的に息が切れてしまう。眩しいなぁ。

 「くるみ割り人形」は、通常の組曲盤ではなく、ライナーの意向による「抜粋版」(全40分)となります。これが、なかなかエエ味わいでして、颯爽と速めなテンポ、リズムはきりりとアンサンブルは強靱なのに、それが(信じられないことに)ちゃんとした”メルヘン”に仕上がっております。オケは滅茶苦茶に上手く、所謂著名バレエ音楽としてではなく、立派な管弦楽作品として堪能すべき姿に変貌しております。

 通常の組曲版も存分に楽しいが、耳慣れぬ美しい旋律が次々と登場します。なかなか全曲に馴染む機会ってないじゃないですか。「この作品にはもっと美しくて、おいしい部分が隠されているですよ」とばかり、ライナーが一切の手抜きなしでオケを統率してゴージャス。

 そして馴染みの旋律が要所要所に顔を出すでしょ。これが凄い。著名なる「行進曲」の恐るべき集中力とアンサンブルの厳しさは、かつて聴いたことはない水準で仰け反ります。でも、それは「軍隊行進曲」ではない。やはり”メルヘン”しているんです。「花のワルツ」には少々華やかさが足りない(謹厳実直っぽい)ような気もするが・・・でも、ほんまに惚れ惚れするようなオケですなぁ。

written by wabisuke hayashi